月姫 恋雅
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「やっほー! 志貴、遊ぼうよ」

 俺の目の前には嬉しそうに手を振るアルクェイドの姿があった。

 土曜の学校帰り、俺はいつもの交差点でアルクェイドに捕まっていた。

「アルクェイド、俺は今から家に帰るところなの……」

 疲れたような声で俺は言う。先ほどまでは疲れなど感じていなかったのだが、一気にドッと疲れが肩にのしかかる。

 何度目だろうか、こうやって誘われるのは。この一週間は曜日に関係なく毎日誘われていた。アルクェイドは俺が帰る時間に合わせてここで待ちかまえているのだ。

 最初の二、三日は嬉しくもあったのだが、こうも続くとうんざりしてくる。どんなに好きな食べ物でも三日続いたら飽きると思う。だから、なんであの先輩は毎日カレーで美味しそうに食べられるんだろうかと不思議に思ってしまう。話は逸れてしまったが、今日はアルクェイドと遊ぶことには乗り気ではないということだ。

「どうせレンと遊ぶ気なんでしょ?」

 アルクェイドは、ぶぅっと口を尖らせる。

 レン――数日前から我が家の住人となった黒猫である。

 元々はアルクェイドが魔術師から預かっていたものだったのだが、とある事情で俺と契約してからは我が家に住み着いている。住み着いてはいるのだが、なついているかどうかは疑問であるのだが。

「遊びに行くのがダメなら、志貴の家に行きましょ」

 パッと表情を明るくするアルクェイド。百面相でもやっているのではないかと思えるほど、今日のアルクェイドは表情が豊かだ。出会った頃に比べたらかなり人間味が出てきている。

「それもダメ……」

 自分でもなげやりな言い方だとは思う。それでも今日はアルクェイドに付き合う気にはなれないでいた。なぜだかはじぶんでもよくわからないのだが。

「妹も志貴と同じ家に住んでいることだし、一人ぐらい増えても構わないって」

「俺は構うの! それに秋葉は家族なんだから一緒に住むのはおかしくないだろ」

 正確には秋葉とは血は繋がっていないのだから、厳密には家族とは言えないかもしれないが、今はそういうことを言っている場合ではないので構わないだろう。

「それを言うなら、レンだって志貴の部屋に入り浸りじゃない!」

 それでもアルクェイドは食い下がってくる。

「レンはもう俺と契約しているんだから、家族みたいなもんだしなぁ」

「わたしは家族じゃないって言うの?」

「家族か家族じゃないかと言われたら、家族ではないよなぁ」

 ガーンと言う音が聞こえてきそうなほどのショックを見せるアルクェイド。表情がくるくる変わるのが面白いので、ちょっとだけこうしてアルクェイドと話していてもいいかという気にはなってきた。

「……きの……か」

 ボソッと呟くアルクェイド。

 その声が聞き取れなかったため、俺は耳をアルクェイドの口元へと近づける。

 すうっと息を吸い込むのがわかる。

「志貴のばかぁ! わたしの処女まで奪ったくせに!」

 絶叫ともいえる音量での捨て台詞を残して、アルクェイドは何処かへと去っていった。

「ばっ!――」

 耳元で大声を出されたため、その衝撃は脳まで響いていた。一瞬ではあるが、意識が飛んでしまう。

「大声でそんなこと……言う……なよ……」

 段々と力を失っていく声。近くにいる人全てが俺の方を見ていた。視線が痛い。

 お昼時の交差点、人通りはそれなりにある。そんな中での先ほどのセリフは注目を浴びるには十分すぎるほどの内容だった。

「まったく、最近の若い者ときたら――」

「――あんな大人になったらいけませんよ」

「あんなきれいな人と一度はヤッてみてぇなぁ」

 年輩な男性や子供連れのお母さん、それと男子高校生の非難の声が聞こえてくる。最後のだけは非難とは言えないかもしれないけど。

 ザッと回りを見渡して知り合いがいないことを確認する。不幸中の幸いである。特に一時間足らずで学校中に言いふらすようなお祭り男に見られでもしたらどうなることか。想像しただけでも鳥肌が立ってくる。

「なら、今のうちに――」

 俺はそそくさとその場から立ち去った。逃げ去るという表現の方が正しいのかもしれない。

 

 

「まったくもう……アルクェイドはまだ世間知らずなところがあるんだから……」

 俺は自分の部屋に入るなりベッドに倒れ込む。

 アルクェイドが去った後、俺は走ってあの場から帰ってきた。絡みつくような視線から逃げるために。

「全力で走ったから疲れたな……翡翠に言って夕食まで眠らせて……もらおう……」

 最近、体調のいい日が続いていたので、自分の体があまり運動に適していないのだということを忘れていた。だというのにこんなに走ったものだから、体が休息を欲しがっている。

「翡翠に言わなきゃ……」

 しかし、翡翠を呼ぶための声をあげることもなく、俺のまぶたは重く閉じられていった。

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 ふと目を覚ます。

 外はまだ明るい。と言っても夕日で空は真っ赤になっている。時計を確認したら夕方の五時過ぎだった。三時間ほど眠っていたことになる。

「ふぅ……」

 軽く体を起こしてみるが、まだ重い感じがする。

 俺はしっかりと蒲団の中に中に入っていた。自分で入った記憶はないのだから、翡翠か琥珀さんがやってくれたのだろう。

「――翡翠かな……」

 一瞬、琥珀さんかとも思ったが、制服のズボンがそのままだったので多分翡翠だろう。琥珀さんなら容赦なく寝巻きに着替えさせられているだろうから。

 俺はすぐ近くにあった上着を取ると、ベッドから立ちあがる。

「夕食まで時間もあるし、軽く散歩でもしてくるか」

 先ほどのことでアルクェイドにも一言文句を言いたかったということもあり、俺は外に出ることにした。

 途中、玄関で翡翠さんの姿を見つける。

「お出かけですか? 志貴さま」

「うん、何時に帰ってくるかはわからないけど、夕食までには帰ってくるよ」

 翡翠は作業していた手を止めて、門のところまで見送りに出てきてくれた。

 丁寧に送り出してくれる翡翠に背を向けて、俺はいつもの坂道へと歩き出した。

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 交差点までは何事もなく移動できた。ただし、俺に限っては。

「――夢だな、これは」

 断言する。これが夢でなかったらなんだというのだろうか。

「――だって、道行く人の顔が全てレンだもの」

 誰に言う出もなく、口に出していた。

 そう、道行く人という人の顔が全てレンなのである。立ちグラフィックがないから見えないかもしれないけど、全ての人が造形的におかしかった。

「……立ちグラフィックってなんだ?」

 自分でも不明な単語が思い浮かんだのだが、すぐに記憶から消えていく。それほど今の状況は変なのだ。

「それにしても……」

 不気味としか言いようがなかった。この状態だったら、クラスメートが全員同じ顔で授業を受けている方がまだマシである。十代前半な者の顔がレンなのは許せるかもしれない。それも女性に限ってではあるが。だが今は全ての人間、そう、男性や年輩な人の顔までもがレンなのだ。

 ――この人達が全員で向かってきたらイヤだな――

 そんな考えが頭に浮かぶ。ここ数ヶ月、大変な目に遭ってきたが、ここまで酷いことはなかったと思う。

 ――俺の夢なのだろうか、それとも以前のようにレンの夢なのだろうか――

 できるだけ視界に人を入れないようにしながら考え込む。自然と視線は上を向いていた。夕焼けの空が幻想的なほど美しい。

 しばらくは考えることもせずに、夕焼けに目を奪われていた。

「……そうだよな」

 ふっと、顔を前に向ける。

 考えてもわからないので、俺は行動に移る。当初の目的通り、アルクェイドのマンションに足を向けた。

「夢だとしても関係ないよな。一言文句言ってやろう」

 逆に、夢なんだからおもいっきり文句を言ってやろう。そう心に決めて、俺は足早にその場を離れた。

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 アルクェイドの部屋の前まではすぐに着くことができた。

 

 ぴんぽーん!

 

 躊躇もせずに、チャイムを鳴らす。

「あーい、どちらさまですかぁ?」

 かったるそうな声で、その声の主は姿を現した。

 姿を現したのはアルクェイドではなく、フリフリの付いたエプロン姿の有彦であった。

 

 スザーーーー

 

 あまりの唐突さに、そのまま滑り込むように倒れる。

「な、なんで有彦がここに?」

 ――アルクェイドの部屋のはずなのに、なんで有彦がいるんだろう。いや、それよりもなんだ、そのエプロンは――

 頭の中が混乱し始める。

「なんでって、ここは俺が借りている部屋だろ」

 不思議な物を見るような目で俺を見る。

 混乱が余計に酷くなる。頭の中をクエスチョンマークがグルグル回っている。

「おい遠野、お前も知ってるだろ。姉貴に家を追い出されてここを借りてるって」

 さも当然のように説明する。

 ――そう言えばそうだったっけ?――

 頭の中で何とかつじつまを合わせようとしているのに気付く。夢の世界を壊さないように、勝手に補完しているのだ。このことを夢だと気付いていなかったら納得していたかもしれない。

 ――今回の夢は事実が変にねじれているようだ。こうなると、アルクェイドはどこに住んでいるのだろう。有彦の家? けど、この状態で行くとシエル先輩あたりが住んでいるような気もするし――

「……急に黙りこんでどうした? アノ日か?」

 有彦を無視して考え事をしている俺に対して、そんな有彦のツッコミ。

 このセリフでわかったことがある。夢の中とはいえ、人物の性格はそのままだ。

「……赤の他人が何か話しかけてきていますよ?」

 そのまま無視を決め込む。たまに、本当に他人だったらと思わないこともない。

「遠野君、クラスメートでしかも親友のこのオレを無視しちゃったりしてくれてますが」

「親友とか言われていますよ。赤の他人に」

 有彦に対して完全に背中を向ける。

 ――どうするかなぁ、ここにはアルクェイドはいなかった。どこに行けばいるんだろうか――

「もしもーし」

 前に回り込んで、目のすぐ前で手を振る有彦。もちろん、無視だ。

 ――可能性がありそうなのは、有彦の家とシエル先輩のアパートか、いやいや学校って可能性もあるかもしれないぞ――

「聞こえてませんかぁ?」

 今度は耳元で大声を出してくる。これにはさすがに無反応というわけにはいかなかったが、気取られるほどの反応はしなかったと思う。

 ――よし、とりあえずシエル先輩のアパートに行ってみよう――

「それじゃ、そういうことで」

 いきなりそう言って手を挙げ、別れの挨拶をする。

 自分でも何がそういうことなのかはわかってはいないが、有彦にはこれで通じるのだ。たとえそれまでどんな行動をとっていたとしても。

「おう、元気でな」

 有彦も手を挙げて返す。

 挨拶もすんだので、俺はシエル先輩――今は誰が住んでいるかはわからない――のアパートに足を向けた。

 

 

 今度はシエル先輩のアパートに着く。

 

 コンコン

 

 ちょっとだけ躊躇してからドアをノックする。

 いくら今回の夢が支離滅裂だからといっても赤の他人が住んでいるということはないだろうけど、それでも誰が出てくるかわからないので躊躇してしまった。

 ――それにしても、今日は結構歩いているよな――

 いつもだったらそろそろ倒れてもおかしくないはずだけど、夢の中だからだろうか、全くといっていいほど体に変調は見られない。ドアの向こうから反応が返ってくるまでの間、そんなことを考える。

 しばらくすると、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。

 ドキドキしながらドアの開くのを待つ。

「はい、どちらさまですか?」

 

 ガチャッ

 

 ドアが少し開き、ひょこっと首が出てくる。見知った顔だ。見知った顔ではあるが、シエル先輩でも、アルクェイドでもなかった。

「弓塚……さん――――?」

 そう、姿を現したのは弓塚さつきであった。

 弓塚さんの姿を見てようやく気付く。

 ――これは普通の夢なのか?――

 レンが見せている夢だとしたら弓塚さんが出てこられるはずがないのだ。となると、これは俺が見ている単なる夢ということになる。夢に単なるも何もないのかもしれないが。

「すみません、間違えました」

 

 バタンッ

 

 慌てたようにドアを閉める。

「ちょ、ちょっと無視しないでよ」

 扉の向こうから喚くような声が聞こえてくる。

「せっかくの出番なのにぃ……」

 なにやら切実な訴えが聞こえてきたような気もするが、それを無視して俺はアルクェイドの姿を探していた。これが普通の夢だと気付いた時点でもうアルクェイドを探さなくても良いのだが、他にやることもなかったのでそれまでの行動を引き継ぐことにした。意地になっているのかもしれない。

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 ――ここにもいなかったとなるとどこだ?――

 時計を確認すると夜もかなり遅くなっていた。夢の中だというのに時間の進みは正常のようだ。

 結局、有彦の家や学校、さらには路地裏にも行ってみたのだがアルクェイドの姿を見つけることはできなかった。

「帰るか……門限もあることだし」

 とっくに門限などは過ぎている。家を出たのは午後の五時過ぎなので七時の門限などはすでに過ぎていた。夢の中なのだから、門限など気にしなくても良いような気もするが、習慣というものだろう。足は自然と遠野家に向いていた。

「おかえりなさい、志貴様」

 家に付くとメイド姿の二人が出迎えてくれた。

「ア……」

「どうかした? 志貴」

「アルクェイド、どうしてここに?」

「どうしてって、」

 そこには割烹着を着たアルクェイドの姿があった。その割烹着は普段は琥珀さんが着ているものである。

「メイドに決まっているじゃない。何を言っているのかなぁ、志貴は」

 ケラケラと笑いながらアルクェイドは答える。

 ――アルクェイドがメイド?――

 アルクェイドは以前に翡翠のメイド服を着て屋敷の中を逃げ回ったことがあるので、今度は翡翠さんの服を着て逃げ回っているのかと思ったが、どうやら違うようだ。そういえば、以前に翡翠の服を着ていたときも夢の中だったか。

 ――そうか、そうだよな。アルクェイドのアパートに有彦がいたんだから、この遠野志貴の家にアルクェイドがいても不思議じゃないんだよな――

 自分の考えに、妙に納得してしまった。

「お兄ちゃん、おかえりなさい」

 琥珀さんがパタパタと走ってきて挨拶してくれた。服装はいつも秋葉が着ている制服だ。

「あっ、琥珀さん、ただいま……って、お兄ちゃん?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃないですか」

 いつものように表情は笑みのままである。

「琥珀さんが妹……秋葉ではなく? もうなにがなんだか……」

 夢とはいえ、誰がどういう立場なのかわからなくなっている。アルクェイドはメイドだし、琥珀は妹だし、有彦はフリフリエプロンだし、今回の夢は理解の範疇を超えている。

「世の殿方は『お兄ちゃん』と呼ばれるともうメロメロになると聞いたのですが……」

 琥珀さんは首を傾げる。

「いきなりお兄ちゃんって呼ばれたって実感がわかないですし……」

「大丈夫ですよ。世の中にはいきなり二桁の妹が増えることも希にあるそうですから、数人増えたところで大したことないですよ」

 琥珀さんが笑顔のままで言う。

 何が大丈夫なんだろうか、それに一度に二桁の子供が産まれたなんてニュースは聞いたことはないが、琥珀さんが言うとなぜか信憑性があるように聞こえてしまう。

「ん? 数人?」

 琥珀さんの言葉に違和感を感じて聞き直す。

 

 チョンチョンッ

 

 琥珀さんの答えよりも先に、軽く肩を叩かれる。

 振り向くと、アルクェイドが嬉しそうにしている。いつの間にかいつもの服装に戻っている。

「実は、わたしも志貴の妹だったんだよ〜」

 アルクェイドが心底嬉しそうに言う。今にも抱きついてきそうだ。

「本家の妹は私ですからね!」

 秋葉の声。今まで全然登場しなかったのに、知らないうちにそこに存在している。

「その……」

 言いにくそうな翡翠。翡翠も妹だと言いたいのだろう。

「年上ですけど、妹なんだそうです」

 いつの間にかシエル先輩まで出てきている。

 完全に何でもありな状態になってきていた。

「ここで究極の選択です。この中から一人を選ばなくてはなりません。志貴さんは誰を選ぶのでしょうか?」

 唐突に、あらぬ方向を見ながら琥珀さんが告げる。誰に対しての言葉なのかはわからないが、その言葉で何人かの目の色が変わったのは確かだ。

「もちろん志貴はわたしを選んでくれるわよね」

「兄さん、信じていますから」

「遠野くん、妹がダメなら姉でも……」

 アルクェイド、秋葉、シエル先輩が詰め寄ってくる。

「さぁ、誰を選ぶの?」

 ――急に言われたって選べるわけないだろっ――

 そう言えたらどれだけ楽だろうか。だが、三人の雰囲気がそうすることを許さないでいる。絶対に一人を選べと目が訴えている。

 救いを求めて視線を動かす。視線の先には翡翠の姿が。

「……」

 翡翠は無言でこちらを見つめているだけなのだが、無言の圧力とでも言おうか、妙な圧迫感を感じる。

 ――翡翠まで!――

「さぁ!」

 すぐ目前には三人の顔。それがズイッズイッと詰め寄ってくる。

 絶体絶命とはまさにこのことだろう。

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「はぁっ!」

 パチッと目が覚める。

 自分の部屋、俺はベッドで眠っていた。先ほどまでのことが夢だと実感できる。今までも夢だと理解してはいたのだが、その現場を離れてようやく実感がわいてきた。

 いいところで目が覚めたと自分を褒めてやりたい。

 ――それにしても、胸が重い……――

 圧迫感を感じる。何かが上に乗っかっているような重さが感じられた。

「なんだ?」

 俺は首を動かし、胸の上を見る。

 そこにはレンが丸まっていた。もちろ猫の状態のレンだ。

 俺が動いたためか、眠っていたレンもゆっくりと目を開ける。どうやら起こしてしまったようだ。

 眠たそうにあくびをするレン。

「ごめん、ごめん。ゆっくり眠っていいよ。ここが君の居場所なんだから……」

 俺はレンの頭をそっと撫でると、レンはまた心地よい眠りに戻っていった。

説明
TYPE-MOON「月姫」の二次創作。
これも2001年に書いた物。
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