飯塚くんと草野さん その2
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 飯塚雅彦は裁縫が苦手である。初めて針と糸を手にした二時間通しの家庭科。最初の一時間では糸が通せず、間の休み時間にようやく通すことが出来た。今では五分もあれば糸を通してみせると胸を張る飯塚雅彦だが、それでもナップサックを作れという課題は無理難題以外の何者でもない。型紙を切って布を裁断、仮縫いをしてミシンを使って本縫い。その後何やら複雑な機構に紐を通し結ぶ。そんなの「不可能」である。

 しかし、「出来ませんでした」で許してくれるほど家庭科教師は優しくなかった。彼女は黒板の前で何度も繰り返した。「家庭科室はいつでも解放しているので、自主的に作業をしてください。一学期の終わりには必ず完成品を見せに来ること」

 完成しなかったら? そんな質問は許されようもなかった。

 

 当初は結構な数が来ていた。だけど、水銀計の赤が伸びるに従って教室は閑散としていき、そして今、ほのかに赤く染まった家庭科室で作業するのはわずか数人。しゃべり声も絶え、ミシンが走る音の合間には遠く校庭からの歓声が聞こえてくる。そんな中、飯塚雅彦は仮縫いを続ける。線から逸れた糸を切る。針に通し直す。また縫い始める。

 そして、その手はまた止まる。顔がしかむ。布と針を机に置き、左手に顔を近づける。人差し指に浮かんでくる赤い珠。ポケットをに手を入れた飯塚雅彦はティッシュがないことを思い出し、仕方なく指をくわえようとして目の前に差し出されたティッシュに気づく。

 顔を上げると草野陽菜の姿。ティッシュを受け取ると彼女は飯塚雅彦の布と裁縫道具を手に取る。外れてしまっていた糸の先をちょこんとくわえ、針に通す。そして線に沿ってすいすい縫っていく。それはあっという間のことで、後はミシンで本縫いをするだけになった布が飯塚雅彦に手渡される。何か言いたげな彼の視線を受け、草野陽菜は慌てた様子で両手を振る。

「おせっかいかなって思ったけど、飯塚君怪我してるし、いつもお世話になってるから、そのお礼と思って」

「う、うん」

「本当はもう少し手伝いたいんだけど、今日は用事があるから」

 またね、そう少し恥ずかしげな調子で残して草野陽菜は駆け去る。それを見送った飯塚雅彦は手の中の布と机の上の針、そこに通された糸を見やる。

「間接キス……になるのかな」

 小さな声でそう呟いた飯塚雅彦の頬が赤く見えたのはきっと夕陽のせいだけじゃなかったに違いない。

説明
家庭科が苦手な飯塚くんと意外と大胆な草野さんのお話。(988字)
全12話くらいにしたいけど、最後の2話以外全く構想がでてこないのは打ち切りフラグだと思います。
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コメント
初めまして。うわあ、くすぐったいですね。こういうの、好きです。出来れば続きを希望。(天ヶ森雀)
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