葛の葉との絆語り -バレンタイン-
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二月十四日。暦には何も書かれていないが、世間一般の常識ではバレンタインデーと定められた日である。

本来は異国の祭日なのだが、我が屋敷においてもその慣例は取入れられており、あちこちで式姫達が浮足立っている様子が見受けられる。

俺は受け取る側なのだが、時折とんでもないチョコ――チョコと呼べるのかすら怪しいモノをよこしてくる式姫もいる為、内心穏やかではなかった。

そんな小さな不安と大きな期待を胸に日々を過ごし、バレンタインまであと数日という所。

「オガミ、今年は貴方が作りなさい」

想いを寄せるかの狐より、出会い頭に突然命令が下された。

「……何?」

「何って、チョコに決まっているでしょ」

首をかしげる主に対し、さも当然のように葛の葉が言った。

「えーと、それはつまり、チョコを作って葛の葉に献上せよという事でしょうか」

唐突過ぎて頭が混乱している。

「そういう事よ」

にっこりと葛の葉が笑う。

「いや何で俺が――」

「勿論、私が食べたいからよ」

俺が困惑すればする程、葛の葉は機嫌を良くしているようだ。

ここまで堂々と自己中心的な理由を口に出せるのは、一種の才能かもしれない。呆れを通り越して羨ましくさえ感じる。

嫌な予感を感じ取った俺は、彼女の申し出を断る言葉を必死に模索するが、じっとこちらを見つめる赤い瞳に結局俺は屈した。

愉しんでいるのか、あるいは本当に食べたいだけなのか。

「じゃあ、頼んだわよ」

その真意を探る時間も与えられないまま、葛の葉が立ち去って行く。

一人残された俺は、廊下の角に白い尻尾が消えるまで、馬鹿みたいに口を開けて見送るしかなかった。

 

そのままの足取りで台所に向かいお茶を淹れ、誰もいない居間のコタツに潜り込む。

ゆっくりと湯呑みを傾け、渋味と熱さが全身に行き渡ると、ようやく落ち着いてきた。

「ふう……」

今しがた起こった出来事を脳内で整理する。

葛の葉からバレンタインのチョコを作ってこいと言われた、要約するとたったこれだけ。

しかも、人の返事を待たずに。というか、どう返事した所で最終的には俺に首を縦に振らせるに違いない。

「はぁ……全く、はた迷惑な事この上ないな」

嘆息を交えつつ、本人の前では決して口に出来ない愚痴をこぼす。

それはつまり、断るのではなく、不本意だが――頭に超が三つ位付く程の不本意ではあるが、やってみようという気になっている証。

いや違うな、そんな前向きな気持ちじゃない。どちらかというと、こうなった以上仕方あるまいという諦念の気持ちかもしれない。

「…………」

男が女にチョコを送ったところで、別に不自然というわけでもあるまい。

それに、なんだかんだいって毎年もらっているのは俺の方なのである。

たまにはこちらから、というのもアリな気がしてきた。

――最大の問題は、どんなチョコを作るか。

貴方が作りなさいと言われている以上、市販のモノで誤魔化すという手は使えない。

主にそんなズルを許さないからこそ、葛の葉は最初にそう言ったのだろう。

柱に掛けてある暦に目を移す。あまり時間は残されていない。

チョコの作り方は大体知ってはいる。しかし、作りたいものも定まらないまま調理を始めた所でどうにもならない。

夜摩天顔負けの形容しがたい異形の菓子を葛の葉に馳走する位なら、首を吊った方がマシだ。いや流石にアレは真似できないだろうが……。

相手が葛の葉だけに、不出来なモノは出せない。

どんなチョコなら満足するだろう。いっそ、他の式姫達のチョコを真似てみようか。

しかし、それだと自力で作った事にはならない。手を借りるなとは言われていないが、こちらにもプライドというのがある。

出来れば誰にも気付かれたくない。大変なのは元から承知、やっぱり一人で頑張るしかない。

湯呑みを空にした俺は、天井の木目を睨みながら思いを巡らせていた。

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「おーい、チョコを献上しに来たぞ」

縁側でぼんやりと黄昏ていると、待ち人がようやくやって来た。

焦りの感じない足取り。準備万端で持ってきたか。

「遅かったわね、待ちくたびれたわ」

「そりゃどーも」

振り返ると、軽口とは裏腹に幾分やつれた顔の主が立っていた。

やり切った感と、私が満足するか否かの不安。そんなものが混ざった複雑な表情。

無言で突き出された包みを私も無言で受け取る。

そのまま踵を返すのかと思いきや、私の隣に腰を下ろし、その視線はじっとこちらを見つめている。

自信満々――いや、少し違うわね。どんな裁定でも受け止めようという覚悟を、その瞳に見た。

包みを解き、中のチョコレートを取り出す。

「…………」

一瞬だけそれを見つめ、口元へ運んだ。パキッと小気味の良い音。

滑らかな舌触りに、独特の芳香。恐らく、酒でも混ぜたのだろう。

「ふうん。まぁまぁね」

「ふー。合格、という事でいいのかな?」

分かり切った事を聞くな。不合格なら、今頃ご主人様の口へ突っ込んでるわよ。

悔しいが、私の作ったものよりは美味い。かといってそのまま誉め言葉を口にできる程、私は素直ではない。

結局、私は裁定を下さず、別の方向から問いを投げる。

「ところで、この形は何なの?」

「何なのって、見ての通りハートだよ」

澄まし顔で主が答える。分からないのか、とでも言いたげに。

確かにごく普通といえば普通だが、少しひっかかるものがある。

主に下した命は単純だが、それ故に相当悩んだはずだ。何も考えず適当にハート型にしましたなんて事はあり得ない。

味にこだわりすぎて、形まで精査する程の悠長な時間は残されていなかったか、それとも熟考の末に考える事を放棄したのか。

チョコを味わいながら様々な考えを巡らせていると、ふとご主人様がもたれてきた。

「ちょっと――……?」

「すー……すー……」

小さな寝息を立てながら眠っている。

全く、仕方ないわね。心の中で呟きながら、そっと数本の尻尾で包んでやる。

ご主人様が、式姫達が寝静まっている深夜にこっそりチョコ作りに勤しんでいた事は当然知っている。

それくらいの無茶をしなくては、私の目の前でいきなり眠るなどというこの無礼な態度は説明がつかない。

チョコを作る為に、否、私の為にそこまで無茶をするのなら――せめて目を覚ますまでの間くらいは。

こんな所で風邪でも引かれたら困るしね。

しかしこうなった以上、何故ハート型にしたのかという事が訊けなくなってしまった。

手作りならば、どんな形にも出来た筈なのに……それとも。

 

「まさか、ねぇ」

本当に何も考えず、ただ私に対する気持ちをそのまま表したかったのかもしれない。

説明
葛の葉と過ごす、バレンタインデーのお話です。
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式姫 葛の葉 

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