一章三節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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 フォークを軽く押し当てただけで、小皿に乗ったミルクレープは生地の断層を切り割られていく。

 層の厚さに似合わずスポンジケーキよりも反発を感じさせない手ごたえ。ピースから一口大にした((片端|かたはし))を突き刺しただけでも吸い込まれるような穿ちに食べるまでもなく軟らかさがうかがえる。

 舌先に載せるや体温に溶けだすようにカスタードの上品な風味が感じられた。思わずフォークを抜き出すことさえ渋ってしまう。

 舌の上で小さく弄べばたちまちに崩れた。かろうじてあると分かるたよりない食感に反して、ゆっくりとだが確固とした甘さが口の中に広がり満たされていく。

「このケーキおいしいです!」

「そう、気に入ってもらえたようで嬉しいわ」

 少々大げさに喜んで見せた暁美ほむらに対して、小奇麗なテーブルクロスと三段式のケーキスタンドを挟んで正面に坐していた同じく学生服姿の巴マミは微笑みを返した。

「でもよかったんですか? とても高そうなケーキですよ?」

「いいのよ。招待したのは私なんだから、暁美さんは気にしないで」

 意匠のさりげなく凝った絵皿やカップ類の並べられたテーブルが漂わせる清潔感や調和の具合は、二人がいる一室の雰囲気を縮図したかのようでもあった。

 居間まで案内されるなりほむらは目に映った通りの感想で素直に褒めたが――家具やぬいぐるみの色模様や配置、整頓と掃除の行き届いている様は、招かれた程度の身からすれば生活空間としての申し分を探す方が労が要りそうなほどであり、くつろいでみればなおのこと全体のまとまった落ち着きが分かる。

 当然ながら主張しすぎずそれでいて趣味のよさげな物品の数々やそれらが置かれたこのワンルームマンションの内装の有様からは、住人であるマミの性格の一端が透けて表れているのだろう。

 昨日の"骨のケンタウルス"狩りの件を境とし、『暁美ほむら』はこの巴マミなる少女をもう一人の魔法少女として認識するに至る。

 討伐後は報酬を分け合った後すぐに解散したとはいえ、短い会話の中で"奇しく"も互いが見滝原中学校の生徒であること、マミが一つ上の学年であることまでは話は及んでいた。放課後にこうしてマンションを訪問することになったのも、マミの心遣いからである。

"知らない味でよかったわ……"

 専用の台に載せられた洋菓子の数々。中にはどこかで食べたような種類まで混じっている。

 ほむらは喉元を過ぎていくケーキの感触に笑顔を作って見せるも内心ため息をついていた。正直このような五感に関与してくるものは((襤褸|ぼろ))が出てしまう懸念がある。こうも些細なことで話が((拗|こじ))れるのは避けたかった。……嘘をつくというのもなかなかに労力がいる。

「それにね」

 甲斐あってか、マミはほむらの心中に気付いている様子もなく続けた。

「私もこんなに近くに同じ魔法少女がいるとは思わなかったからお話しできるのはとっても嬉しいの。えーと確かこの前転校してきたのよね。聞いてたけど、まさかあなたがそれでしかも魔法少女だとは思わなかったわ」

「私も同じように魔法少女がいるっていうのは知ってましたが、この街で会えるとは思いませんでした。それも巴さんみたいな方で良かったです。少しほっとしました」

「あら? お世辞がうまいのね」

「そ、そんなお世辞だなんて!」

 ほむらなら"たぶんこうしただろう"と――慌てながら暁美ほむらは首を横に振った。

「あのときだって助けに来てくれなければきっとひどいことになってました。巴さんは私の恩人ですよ」

 少々大げさなほむらのリアクションにマミは謙遜まじりで頬を緩ます。

"やっぱり……もやもやする……"

 その綻ぶ顔に限らず、逐一気付けば確認していたほむらだった。がケンタウルスと戦闘を繰り広げたあの空間――『結界』内で感じた狂気に似たものは一切ない。

 結界自体が持つ何かしらの影響が認識に誤りをもたらした可能性も大いにある。ならば妙な攻撃の仕方の正体もその延長のようなものだったのだろう。と、勘違いだったと結論付ける材料を想像が巡るだけ用意できれば、それで処理した方が理にかなっていると思うほどにほむらはマミの温和な性格をすでに知っている。

 だとしてもこうしてひとたび疑ってみれば、なかなか止めることのできないのが今のほむらでもあれば、結界内とは違うモノもマミから時々向けられている気もしていた。それがどちらの少女の都合に起因するのかは、たとえ当事者の一人であってもほむらには隠し事のある限り積極的な確認の仕様はないのだが……。

「その割には暁美さんバイクにうまく乗ってたし、銃なんかガンガン使っていたように思えたけど? ……魔法少女にはこの街に来てからなったの?」

「いえ。実は私むかしから……疾患のようなものって言えばいいんですかね……そういうのがあって色々と転々としてたんです。それで、この街に来る一年ほど前に住んでた場所で治してもらえるように契約したんです」

「……そう」

 "また"だ。

 ほむらは再び――だが結界で感じた常軌を逸したものとは違う、陰りのようなものをマミに見て取った。

 どちらも異なる印象だが、"この部屋の住人らしくない"という点では共通している。

 それに今しがた話した契約内容は確かに人によっては((憐憫|れんびん))を抱くかもしれないが、同情というものをよく知っているほむらからしてみれば、マミの返しが含んだ陰は意味こそ同じであれその矛先が別なものに向けられている気がしたのだ。

 とはいえマミの考えているのことが分からない以上、ひとまずほむらは己に非があるのではという疑心を念頭に置いてみることにした。

 これでも身の上話を交えたのだから説明の現実味あるはず……が違和感でもあったのだろうか? それともたまに能力に頼っていることに――

「巴さん? どうかしましたか?」

 質問に、マミは((微睡|まどろみ))から醒めた風に気付くや恥ずかしさを隠すように声音を少し上げた。

「あぁ、いいえ。だったら納得できたわ。そんなに前だったらいろんな方法の戦い方を知っているのも当然よね。でもどうしてあんな方法で戦ってたのかしら?」

「はい?」

「あぁちょっと言葉足らずだったわ。えっとねぇたとえば私なんかは銃自体を魔法で出して戦えるの。ほら、初めて会ったときに見たでしょ?」

 長形の特殊な銃身をほむらは思い出し頷いた。マミ曰く彼女は基本的にはマスケット銃に似た単発式の魔銃を召喚可能であり、それらを弾丸の能力と共に多様に変化させることで今まで戦ってきたらしい。ほむらが見たのはその一つだったというわけだ。

 ただしメリットばかりではない。生み出した火器はどれも元来から有していた魔法性質ではなく((研鑽|けんさん))と応用によりその形を与えることが出来たものであり、また自身の魔法の特性からか"それ"を連射させようとしたりすれば途端に複雑な術になってしまう、とマミは笑談に興ずるかのように付け加えた。

「軽く出せる魔法なら他にも拘束魔法なんかも使えるわ。こっちは、私が契約で得た特技みたいなものね。――明美さんも、そういう戦いに使えそうな魔法持ってないのかなって」

「……いちおう持ってはいるんですが」

 ほむらは難しい表情を浮かべながら告げた。

「収納です」

「収納?」

「ちょっとやそっとの大きさのものなら変身した時に出る左手の盾の中にしまい込めるんです。物質の保存法則と転移とかがどうとか……あ、見せた方が早いかもしれませんね。少しいいですか?」

 きょとんとしながらもマミが了承したのを確認し、袖下の――今回は予め他人の目に触れないはずの少々奥の方で腕に巻いて出しておいた――"小型の腕時計"にほんの少し大げさになるように『魔法』を"掛け直した"。

 たちまち眩い鈍色に輝く左腕。発光が止むや、いつの間にかそこには奇妙な紋が彫り込まれ浮かび上がった円盤状の……"小型の盾"と思しき物体が出現していた。

 イメージを走らせ、盾を軽く何度か揺すってみる。すると、おもむろに盾と腕が固定されている隙間辺りから何か黒いモノが三つほむらの膝元に落ちた。

 つまみ上げ卓に置きなおした((胡桃の仮果|くるみノかか))程度の大きさのそれらは、外部が鉄線で出鱈目に囲まれ包まれているだけの単なる((卵装飾|イースターエッグ))を模した銀細工にも思えるが、球形自体は灰色が燃えるように内部で爛々とする、この世のものとは考え難い美しさを持つ宝石だ。

 といっても直視すればどこか危惧を起こさせる煌めきであった。ましてや((寄生木|やどりぎ))のごとく周囲に絡みついている鉄線も至る所を不快なほどに曲がり捻じれさせているのはさながら『苦悶』を思わせる。その中の一つは、灰色の光に所々僅かだが黒々とした不気味な艶を伴っている。

「グリーフシードじゃない。それにこの感じ、昨日の魔女から獲ったのよね。その少し黒いの」

 目ざとくマミはそれがなんであるか言い当てた。不可解極まりない宝石、だが魔法少女のほむら達からすれば見慣れた報酬の品である。

 テーブルに置いた――この世のモノでなくなった魔を狩ることで得られる討伐の証の一つは、昨日マミが一度"使った"ものであり、ほむらに残すおよそ三度の使用権と共に譲り渡したもので間違いはなかった。

「そうです。昨日巴さんから貰った分と、もう二つは転居前の街で手に入れた予備ですね。こんな風に私のは大きなカバンか異次元のポケットがあるみたいなのが特技の魔法なんです」

 ほむらは再び一つずつ宝石を盾の隙間に収め、変身を解除し腕を元の状態に戻しながらマミに向き直った。

「ですが……これ以外にも、と思って何度か魔法で武器を作ろうとしてみたりしたことはあるんですが、私の魔法はどうもそっち方面が不器用な性質みたいで」

「なるほどねぇ。代わりに既存の武器を使ってたのはそういうことなのね」

「はい。魔力を込めたりしてるので代用品としてはこれまで戦えて来ました。でも――」

「でも? ――?」

 問いかけを遮るように不意にチャイムの音が鳴る。マミはほむらに一言断りを入れてから立ち上がった。

「お客さんみたいね。ちょっと見てくるわ」

 備え付けのインターホンを一瞥したマミは、鳴らされた場所の表示から新たな訪問客が玄関前まで来ていることを知ったようだ。正門の暗証番号を知り直接訪れてくる人物に心当たりがあるのか――パタパタとスリッパを響かせ廊下に消えていく背中は、どこかほむらといる時よりも嬉しそうだった。

"…………"

 演技する相手がいなくなった間をついて、ほむらは静かに息を吐きながら現状までを反芻していた。

 これまでに感じた違和。そうした細かい部分の引っ掛かりもあるが――それ以外でも、会話やこうして招かれたことなど全体を通して考えてみれば、ほむらはマミが探りを入れていると思えてならなかった。

 もちろんマミにしてみれば突然現れた魔法少女。報酬であるグリーフシードの"うわべ"の利点だけとっても、その小競り合いの実態を知っている程度には魔法少女歴があるマミならば、本心は警戒していたとしてもなんら不思議ではない。が、ほむらにそう素直に感じさせないのが、その引っ掛かる疑問だ。

 練習通り自然に振る舞っていたつもりだった。腕時計型か懐中時計型かで悩んだ甲斐あってか、消して戻しての馬鹿馬鹿しい手品もおそらく上手くいったはず。だが能力を付与してもまだ違和感を隠せていないのか……こういう性格が暁美ほむらだと印象付けるにはまだ時間が必要なのか……それともまったく見当違いの意図があるのか。

"なんだか、尋問されているみたい……"

「あれ? "ほむらちゃん"?」

 感慨に((耽|ふけ))っていたほむらを一つの声が引き戻す。

 マミとは違う聞きなれた声に思わず横を向けば見慣れた見滝原中学校の制服。驚いたように目を丸くしてそこにいたのはリボンで髪を括った小柄な少女――ほむらのよく知る、鹿目まどかだった。

「ま――鹿目さん!?」

「あら? 二人は顔見知りだったの?」

 同じく目を剥いたほむらに、脇から出てきたマミが小首をかしげた。

「はい。同じクラスの、知人、です」

「そうだったの。暁美さんは二年生だから私よりかは知ってるかと思ってたけど、まさか転校してきたのが"まどかさん"のクラスだったとはねぇ」

「――? え、えっと……巴さんと鹿目さんはお知り合いなんですか?」

 ほむらは当惑していた。あえて喋る必要もない交友関係だったのはそうだが、そんな話はまどかとの会話で出たことがない。

 まどかは事態を呑み込めていないほむらを察したらしく語句を探しながら口を開いた。

「えーとね。どう言えばいいかわからないけど。ほむらちゃんが来る少し前だったかな。ちょっと色々なことがあってそのときに好くしてもらったのがマミさんなの」

「……へぇ」

「でも実際は私の方が善くしてもらったんだけどね」

 言葉を引き継ぐマミ。表情を柔和にする一方で、なぜか吐息には今のほむらでも分かるほど一瞬自嘲的な響きが混じっていた。

「そのときのお礼もあってね。だからお茶とケーキをたまに食べに来てもいいって言ったの」

「でも最初は無理やりわたしが押し掛けたんでしたよね」

「もう。ちょっとぐらいかっこつけさせてよ」

 互いに微笑みあうマミとまどか。どことなくほむらには学年から来るものか二人の間に温度差に似た何かが感じられたが、それでも両者共に真摯に向き合っているのは違いないという印象を受けた。

 それは……それで良い。"手段"としてあっても人間関係に基づく精神の豊かさを押し潰すことなどに意味はないことなどよくよく理解している。だとしても、予定外だったのも事実だ。

 マミのおかしさからすでに薄々ほむらは感じてはいたが――どうやら分岐や選択というものからとことん嫌われているらしい。

「それでほむらちゃんはどうしてここに?」

「私は……」

「暁美さんは私と同じ魔法少女なの。それで、ね」

「え!? ほむらちゃんもマミさんと同じで魔法少女やってたの!?」

「……まぁ」

 再度驚くまどかにほむらは((蕭々|しょうしょう))と返事する。内心ではすでにそのワードがまどかにとって新鮮でないことに穏やかではなかった。知識が好奇心や義務感に繋がりそして予期せぬ事態を招くというのは決して珍しい話ではない。

「そっか。大変だったんだね。ごめんね……」

 がどことなくまどかはほむらの思う通りの雰囲気ではなかった。

「じゃ、じゃあ! もっともっと見滝原が平和になるように、わたしもまほ――二人から何か教わったりお手伝いした方が良いのかな?」

「――心配ないわ」

 不自然にも声を張ったまどかの借り物のような元気さは少女が良く知る"誰か"のマネだったのか。だが、湾曲的に否定しようと考えを巡らしたほむらに先んじ断言したのはマミだった。

 マミは小さく呼吸を置くと、一つ笑い声を漏らしながら口元を穏やかに釣り上げる。

「配慮してくれるのは嬉しいけれど、まどかさんまで気を張ることなんて無いの。知見と責任を別々に吟味して次の日のことを考えることが出来るのが大人って聞くし、だったら今までと同じく『この専門』に徹頭徹尾任せてくれるのが一番正しいのよ。もちろんフツーにしててそれでもしも異常があったなら、その時はちゃんと連絡してくれるとありがたいわ。非公式な警察とか消防署と同じよ。前も言ったでしょ?」

「え、あぁ……はい。そうでしたね」

 当たり前だといった態でスラスラと説明を付け足したマミに、まどかは照れ隠しとも言い淀んだともつかない笑顔を浮かべる。

 今度こそほむらはまどかとマミの妙な温度の違いをはっきりと知覚し――そして見るからに不穏しかないにも関わらず、先ほどとは一線を画するほどあまりに二人だけのものだった。

 マミと繋がりの薄いほむらにしてみれば瞬間漂ったのは息の詰まる空気でしかない。見ているだけしかないのも加担しあたかも遥かな岸の向こうに突然移動させられたような戸惑いに襲われそうになる。

 そんな陰鬱を払拭したのは、マミが快活に放った両の((掌|てのひら))を打ち付ける音だった。

「さぁさぁ。まどかさんはそんなことよりもこっちこっち。好きなケーキ取って」

「は、はい。じぁあ……これを一つ」

「良いところに目をつけるのね。それすごく美味しいらしいわ」

「うぁホントですか! あ。そのお皿借ります」 

 チョコレートケーキのピースをトングで小皿に移したまどかは、坐ると最前のマミとの落差をもう忘れ去った――というわけではなく一気に詰めるかのように、上級生が手ずから入れた紅茶に明るい声で礼を返すと作法に((則|のっと))って両手を合わせた。

「いっぱいあるからまどかさんも暁美さんも遠慮せず食べて。明日のご飯が大丈夫なくらいに

ね……そういえば暁美さん。さっきの話の続きはなに?」

「え?」

「ほら。まどかさんが来た時と被っちゃったけど」

「あぁあれですか」

 状況の把握に振り回されているのもあり、ほむらはマミの急な問いかけにようやく思い当たる。武器に関しての話までしていたところで、まどかが来た為に中断していたのだった。

 てっきりこの場では自然消滅し後で話すことになるだろうと意せず踏んでいたのだが。

「でもいいんですか? あの……」

「あぁ私のことは気にしないで」

 ほむらの視線に気づいたまどかは手を軽く振りながら応えてみせた。

 マミなりに気を使ったのかもしれないが、ほむらからしてみればたとえ知っているとはいえ魔法少女でもないまどかにも接点のある話を聞かせるのは、事態を悪化させそうで未だ気が引ける。

 だんまりを決め込むのも有るが、とはいえこうなるともはや後日に先延ばしたりはぐらかすのと同じく不自然に思えてならない。……ならばいっそ、本来の目的に準ずる形で開き直り演技を続けてみる方がまだマシではないか。

「えっと、私の武器の話でしたね。……実は魔力を込めて威力や弾速は上げることができるん

ですが、肝心の精度がどうしても期待できなくて」

「なるほど。魔法で出した武器とは違うのかぁ」

「みたいです。昨日戦った"魔女"もあの小さな弱点さえ捉えられてたら苦労はなかったと思います」

 ほむらが語るように単純な魔法強化の既存武器使用が純粋な魔法攻撃に劣る点は、昨日の戦闘における敵の防壁突破という部分だけ見てもずいぶんと差が露見していた。

 何時から、はたまた何処から目にしていたのか。マミはほむらが思ったよりも納得の具合を示す。

 ――なれど((誂|あつら))え向きには違いない。ほむらは本題へとさらに踏み込んだ。

「それで昨日からずっと思ってたんですが。出来ればマミさんにこんな私でもうまくなれるようにご教授していただければなぁ、と。だってあんなに正確な射撃今まで見たことありません!」

 世辞な言い回しを抜きにすれば、それがほむらがマミに接触した概ねの理由だった。

 魔法……契約し魔法少女となった身でもこの((深遠無辺|しんえんむへん))の技には未だ謎が多くある。単純な力押しと重ね掛けばかりではどうにもいかず、それでいて時間はあろうと一人では解明のための糸口もまるで掴めないほむらには、マミという才と魔力量に恵まれかつ魔法に完全依存してきた存在は貴重でならない。

 あわよくばほむらが想いもつかなかったことが開けてくる可能性もある。――そんな期待には何度となく裏切られてきたが、光は思いつく限り託さねばならないのも事実だった。

「役に立たないかもしれないわよ?」

「そんなことないですよ。それに近々『ワルプルギスの夜』がこの街に現れるって話を聞いています」

 魔法少女としての力を得ることは同時に、"敵"となるものを撃ち滅ぼす宿命を背負うことでもある。

 ほむらたちが戦った異形の怪物がそれだった。骨のケンタウルスの外見と警戒による防御の早さは……だが一つの形態と特徴に過ぎない。

 姿形は千差万別なれど、似た存在はこの見滝原市だけにおいても今なお息を潜め蠢いている。少ない同一箇所としては、それらが多くの者には見えぬのに重ねて常人の眼を欺く結界の中に隠れ住み、獲物である人間を巧みにその巣まで誘い込むことだ。

 世俗の陰に隠れながら人々を襲い喰らう有機物とも無機物とも付かないそれらの総称は、魔法少女たちの間での通例では『魔女』と呼ばれていた。

 『ワルプルギスの夜』もその魔女というカテゴリ内の一種とされている。が昨日相手にしたケンタウルスなど比類に及ばないほどの、圧倒的な力を有する存在としての風評が常に付きまとう魔女でもあった。単独の魔法少女では飛び抜けた非凡の才でもない限りは討伐不可能とまでされている。

 魔女は使い魔と呼ばれる配下を作り出すことはあっても、他の魔女と行動を共にすることはまず無い。徒党を組むだけの知恵がないのかもしれないが――それでも力持つ者に抵抗するだけの能力はどれもが持ち合わせている油断ならない相手揃いである。

 ならばこそ、ただでさえ不条理を条理に変える魔法少女が全く敵わないとなれば、物理的な影響だけでも『ワルプルギスの夜』単体の力は、人類の歴史が経験した幾つかの災害の真の原因という尾ひれの付いたような話に違わぬものだと想定しても決して過剰ではないのだ。

 そしてその強大さをもってして次はこの見滝原市を毒牙に掛けようとしている。通例の魔女とは違いより直接的に力の源となる人々の嘆きや叫びの収集を行ったとしてもおかしくはない。実体化後を放置すれば、街ひとつに住む命のことごとくが刈り取られかねないのだ。

 だがそのような大敵だからこそ、正義を信念とする魔法少女には最たる標的とも呼べた。

「ワルプルギスがこの街に? そんな噂があったの?」

 珍しくマミは少々驚いた風に質問を返してきた。

 反対にほむらも不意を突かれた思いが生じる。マミはこの見滝原市に住み続けているはずだが、そのことを感じ取ってはいなかった? 『ワルプルギスの夜』が脅威だと分かっているのに、『何者』からも動向を聞かずその接近も知らされていなかったのか?

 ほむらは妙だと((訝|いぶか))りながらも表に出さずに続けた。

「えぇ。実は前の街にいたときに同じ魔法少女だった人がいて……その人は収納しかない私に別の戦い方を教えてくれました。長く魔法少女をやっていたみたいですから、ワルプルギスの夜も狙っていたようで情報を集めていましたし少しは教えてもらっていました」

「そっかぁ経験ある人と組んでたから一年でもそんなに戦い方が危なっかしく感じなかったのね」

「そ、そんなぁ。まだまだです」

 恥ずかしげにうつむいて見せたほむらに、マミは気付いたように言葉を添えた。

「それで、その人は?」

 聞かれて然るべき流れだった。途端にほむらは表情を暗くする。

 思い出してもあまり気分の良いものではないというのが本心だったが、まだ脳裏に刻まれている光景と、その時の"ほむら"の感情を意識しながら首を横に振った。

「……残念ですけど、もう。ちょっと強い魔女と戦ったときに身体の半分が……あぁごめんな

さい!」

 ふと気付けばケーキはまだあるも食べる手を休めているまどかがほむらの視界に入った。

 大丈夫だとまどかはすぐさま笑って返す。それにしては見たほむらまで息の詰まるような表情を浮かべていたが……。

 マミに戦闘法や経験による違和感を緩和させるために用意した幾つか脚色した設定だったが、"フリ"を続けると決めたときからちょっとした脅し文句の意味も付与できればという気ではいた。思った以上に効果を発揮したということだろうか?

 マミは短くまどかに謝罪するとほむらにも小さく頭を下げた。

「暁美さんもごめんなさいね。辛いことを思い出させたでしょ」

「いえ私は大丈夫です。だけど……そうしてワルプルギスの夜ことをいくつか教えられて、それでこうして現れるのが濃厚なこの街に引っ越してきて、しかもすぐにマミさんと出会えたのは……運命のようなものを感じるんです」

「……運命」

「私一人でも街を守るためにワルプルギスの夜とちょっとでも戦えるようになりたいんです。それにマミさんみたいな方がもし一緒に戦ってくれたらもっと成功率も上がると思うんです」

 運命とは――実に聞こえだけは良かった。

 蓋を開けてみればこうしたマミとの出会いでさえ、ほむらが仕組み魔女退治でそれらしく振る舞った結果に過ぎないのだから。

 招かれたのが最初の段階でしかなければ、好かれそうな安っぽい乙女チックな言葉で後押しをしただけのこと。……なんとも名ばかりな巡り合わせではないか。

 だとしても、口から出たそんな運命という言葉を、ほむらは馬鹿馬鹿しいと一笑に付すことも出来もしなかった。他ならない彼女自身が、手前勝手な想像をさせるその響きを((縁|よすが))に耐え忍んできたからだ。

 運命など認めない――あるいは徒労に終わらない定めがあるのだと信じることが、今のほむらの生きている理由だった。

 そして、もうそれしかない。

「買い被りになると思うけどなぁ」

 すでにほむらの想定との狂いはいくつか見られていた。それでもだ――ならば受け入れた上で当初の予定通り大成は期待しない代わりに堅実な成果だけは得てやる。

 どうせこうして振る舞いさえ間違わなければ、企みがあることなど分かりもしないのだ。よしんば気付かれ憎しみや怒りを向けられたとして、ほむらをそこまで駆り立て追い詰めた内情にまで踏み込もうとなどするはずもない。

 人はもっと自分勝手な生き物のはず。体現している身だからこそ思う。そのような相手を((謀|たばか))ったところで心が痛むわけなどないのだと。

 明るい表情で思案するマミは、今のほむらにとって実に都合の良い顔つきを浮かべていた。

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【あらすじ】
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