二章一節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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 斜光が差し込む天窓には汚れや傷が目立つものばかりだった。支えとなる鉄骨にも塗装の剥げと錆の浸食が明らかに見受けられる。

 見滝原市の開発が進む以前から人が立ち寄らず放置されていた郊外の中型廃倉庫。外見からも寂れ具合が伺え――発展から取り残された、あるいはかつての見滝原市の姿を残す、そうしたまだまだ多くも確実に消えゆく場所の一つである。

 屋内の隅には荷台か棚であったであろう解体された廃材が乱雑に積まれ長年降り積もった埃にまみれていた。晒されたコンクリート張りの床はテニスコート四個分はありそうだが、走った亀裂と((礫|れき))の散乱があちこちに確認できる。

 施錠は問題なくされていたが、結果として((黴|かび))の臭気が充満することには貢献してしまっていた。壁の至る箇所に全体の歪みから来る子供の手ほどの小さな穴があり外部と遮断されているわけではなく、かといってその程度では換気にもならなかったのだろう。

 それら浮遊し放題の細菌や微粒子が、突如として地に落ち悪臭を取り込みながら一か所に固まり始め、手毬ほどの大きさに凝縮するやまるで意志を宿したかのように開かれた作業員用の出入り口から外へ転がっていったのは――せいぜい数分前の出来事である。

 不可思議な現象を見届けた影が二つ。無臭となった室内に代わってシャンプーやリンス独特の仄かな残り香を髪から振り撒いていたが、人型のどちらにも先の変事への驚きの相は何一つなかった。

 それが少し念じれば起こせる"魔法"であることを、双方よく知っていたからだ。

「改めて数え直してみたけど……これはまた、想像以上ね」

 驚愕、とするよりはどこか呆れ気味に聞こえる物言いを発したのは巴マミだった。もう一人――作業に段落を付けた暁美ほむらは上辺だけを耳に入れ((鷹揚|おうよう))に苦笑で返す。

「持っている分はこれ"だけ"です。全部本物でしょうから、種類とかはさっき出しながら巴さんに説明したのであってると思います」

 マミの反応は少し薄いとはいえ、当然であった。静寂の廃倉庫内でなくとも、一市民としては縁遠い物が、それも大量にあるのだから。

 少女たちの足元にずらりと並べられていたのは、特異な種類まで揃えた『武器』の数々。差違はあるがその全てがトリガーを引くことで弾を発射する機構を有する、人類科学のある種の産物である。

 たとえば、黒光りの重厚さと中部付近に設置された((二脚|ボイポッド))はあるも、簡素を徹底して追求した形状と尺の度合いが合わさればまるで配管か鉄棒の類とも印象を与えかねないモノが、並ぶ異質さの中でも特に存在感と威圧を放っていた。

 全長一四四八o、バレル長だけでも七三七o。発射可能な弾は有事を除き対人への使用が暗に推奨されていない代物であった。それを装弾数十発としてセミオートとはいえ連続運用可能なこの機器は、されど上下への分離と銃身部の収納等の僅かな手順で分解しまとめることができれば再度の組み立ても一分あれば事足りる。

 技術の進展によりかつての先代たちのようにぶ厚い戦車装甲の前で有効となる場面は減少したとはいえ、その五〇口径から生み出される破壊力はまさに"対物"――アンチ・マテリアル・ライフルと称するに不足ない。

 ハンドガンの銃弾サイズをおよそでも想像出来れば、マミが興味と畏怖の入り混じった表情で先端を摘まみ上げたこの銃の吐き出す一二・七o弾がいかにより多くの物体を貫き粉砕することに重点を置いているか嫌でも分かるだろう。

 その横に置かれているのはショットガン。しかもショートバレル化――俗にいうソードオフ加工が施されていた。

 散弾銃の通称のごとく、雷管からの爆発により((実包|シェル))内部の複数の弾子を一斉に打ち出すのが、この銃が主立って扱う銃弾の特徴だ。

 本来これらの弾は空間に出されても銃口内に成された((絞り|チョーク))によって集約が生まれる。そのため直線距離上の有効射程まで弾のばらけが少なくなり実包一発辺りの命中精度を向上させているが――反して銃身を削減、チョークを無くすことで早期に散弾し、至近距離における殺傷能力を大幅に増加させているのがこの"ソードオフ"だ。

 足元に置かれたショットガンは((頬付け|ベンド))や((肩当て|リコイルパッド))といった((元台|ストック))後部にあるはずの箇所も綺麗に取り払われていた。総体的な短小化の恩恵として取り回しも容易になっている。

 そしてなにより恐るべきは、そのショットガンと先の強力なライフルが反動自体はほぼ同程度であるということだろう。ライフル銃口先端に取り付けられた箱状のマズルブレーキによる作用によって、火力は変わらず、射撃時の衝撃を格段に弱めることに成功しているのだ。

 ――というのが、今しがた銃器を並べながら要点を抜き出してマミに語った、ほむらがインターネットのサイト経由で得た知識である。

 専門書や説明書を熟読したりして裏付けを取ったわけでもないのだから本当のところ真偽は定かではないが……とかく威力と((大凡|おおよそ))の運用方法さえ押さえておければそれで良かった。細かな部分については、そもそも毛ほども興味などない。

 必要だから学習したまで。ほむらにとってはそれだけで充足していた。

 もし何らかの煩瑣なカスタマイズが施されていたとしても、"これだけ"銃を身近に扱ってなおほむらにとっては関心と知識の範囲外なのである。

 他にも盾から出されたカービン銃が十数丁並ぶ。ケンタウルスを模した骨の"魔女"との戦闘でほむらが実銃を発砲していたのはマミも知っているだろうが、玄人の少女といえどこの数と種類を目にするのは未経験だろう。――魔法で出すものは別として。

 先程の反応の薄さはそういう点が関与しているのかもしれないが……とはいえ魔法で形成するマスケット銃とは勝手が違うのか、マミは銃身を指で突いたり弾をなぞってみたりするごとに興味の度合いを徐々に増しているようでもあった。

 ……あるいは少し前よりも朗らかに微笑を浮かべるマミの関心は、すでに触れられる現物から教えられたスペックへと移っているのかもしれない。

「よくこれだけの数を集められたわね。それにどれもこれも見たことのないのばっかりだから、こんなのもあったんだってびっくりしちゃったわ」

 たとえば銃器の所持を認めている国といえど、この場に出した中には一般市場に並び難い代物もあった。ただでさえそれなのだ、写真や映像といった情報が溢れる社会で育ってきたとはいえ進んで目にすることもなかったであろうマミが知らぬのも無理はない。

「……あまり褒められたことじゃないかもしれないんですけど、社会的に悪いって言われてる人たちのいるような場所から持ち出して来たんです」

 本当は大半が別所から奪取してきたものなのだがあえてほむらは伏せた。大まかな物言いは、少しでもマミの意に沿う返答をしたいがためである。

 それでもいくつかの小言くらいは黙って聞いてやるつもりだった。

「ふーん。まぁいいんじゃない? 盾の中に収容さえ出来ればその人たち以外にもバレないで保管できるんでしょ?」

「え? ……はい」

 思わず耳を疑うほどほむらには意外だった。

 マミにはしっかりとした印象通り真面目、延いては正当性を好む傾向がある。見た目や部屋模様からも伺えるそれは、単純なゴミや汚れに対するものとはまた別の精神的な潔癖の表れなのだろう。

 ……にしては、やけにすんなりと話を切り上げた。

 もやもやが残らなかったほむらではなかったが――当のマミが何食わぬ顔でいるように見えるのだ。でなくとも深く追求するにしては不自然かもしれぬと、今は目的を優先し疑念はこれまで同様静かに心の奥に仕舞っておくことにした。

 たとえ目の前の人物の何かが狂っていたとしても、『ワルプルギスの夜』を超える必要のあるほむらにしてみれば、警戒はしても実害がなければ下手なりに太鼓持ちを続ける理由にはなる。

 そうして((囃|はや))し立てたおかげで、その((屠|ほふ))れる糸口がようやく手に入るかもしれないのだ。時間はあれど、みすみす逃したくはなかった。

「じゃあこないだ暁美さんが言ってたことを実践して解消してみましょうか。アイデアはあるんだけど、うまくいかなかったらごめんなさいね」

 此処に来た目的は、なにもほむらの所持している武器の"過半"を広げて紹介することだけではない。

 火器による戦闘方法の改善。数日前にマンションで相談していたことに対してマミなりの回答を試みるべくこの場が用意されたのだ。今まではむしろ下準備でしかない。

「……そうねぇ、やっぱり……スコープっていうのかしらコレ? こういうのがついてた方が感覚も習得するのが早いかもね」

 陳列された銃をひとしきり眺めたところで、中でもひときわ長い本体――その上部に取り付けられた照準のオプションが最も考えと合致したようだった。

 言うやアンチ・マテリアル・ライフルを持ち上げようとするマミ。初めにあった実銃への躊躇のようなものはとうに薄らいでいる態であった。が、少し((擡|もた))げただけで何かを感じたらしくすぐさま置き直す。

 それもそうであろう。このライフルの重量はほぼ一三s。持ち上げ方にもコツがあるとはいえ、マミが浮かべた面喰らったかのような表情からも分かる通り、"変身"もせずの細い腕では少々重みがあるかもしれない。

「とりあえず構えてみてほしいのだけれども……これはどうやって撃つの?」

「えーと。これはですね……」

 まず取り出したハンカチを魔法で小さなレジャーシートほどに拡大し床に敷くと、ほむらはマミの助勢も借りなんとかその上に対物ライフルを移動させた。

 ハンカチの表面にはまだ余ったスペースの方が多い。そこに腹這いになると、どこかのサイトに画像付きで解説されていた体位を思い出しながら形を近づけていく。

 ――確か目にした限りでは、((土嚢|どのう))や台がなければこうして地面に身体を預け、脚を少々広げていたはずである。つま先にも角度が付いていただろうか。

 それが『伏射』と呼ばれるとは知らずにその構えをとったほむらではあったが……姿勢が整ったのを告げたとはいえあくまで似せただけであり自信が無い。そんな状態でいる時に傍にもう一人いるのが合わさって妙に気恥ずかしくなってきてもいた。

 とはいえ見上げてみれば、性格を知る者ならば杞憂でしかなかっただろう。どころかマミはすっかり感心しきった様子であった。

「へーこんな風に撃つ銃もあるの。でも……あっそっか。長距離射撃が目的ならそんな体勢でも大丈夫よね。私のいつもの銃みたいに撃とうとしたけど、違ったのね」

 説明されたばかりの知識もマミが納得するのに役立ったらしい。おそらく移動の面での不便さを感じたのだろう。

 そもそもセミオート付きとはいえ狙撃による一撃必殺を主眼とした兵器である。加えてその破砕力は二〇〇〇メートル近くの遠方でもまだ余力を残す。

 最も安定する姿勢と"マズルブレーキ"や本体重量が射撃後デメリットになるとしても、マミが察したように適切に運用されるような場面で問題になる方がまず無いのだ。

 厳密には立ってマスケット銃と同じ形式で構えるのも間違いではないが、知らぬ二人にとっては突き詰めるほどでもなかった。いくつかの知識を頭に入れていたほむらとて、真面目に使う気などなく今日まで余裕があったから所持していたにすぎないのだ。

「とりあえず体勢はそのままでいて。ちょっとその望遠鏡……じゃなくてスコープ。覗かせてもらえるかしら?」

「えぇ構いませんよ」

 ほむらが顔を全身ごとずらすと、ハンカチに膝をついたマミが隣から覗き込んできた。

「そういうこと。ようはここで捉えたものに弾が当たるように調整をすればいいのね。もう一つ手間も効かせて捉えたいものが映るようにすればもっとうまくいくかも……」

 ぶつぶつと呟くマミ。その後の短い無言は魔法少女なりの公式を組み立てるための思案だったのだろう。

 ライフルにそっと触れながらも、マミの手つきには確信のようなものがあった。そこから直接魔力が注ぎ込まれているのをほむらが感じ取ると間もなく、全体に変化が生じ始める。

 蠢き、泡立ち――そして生まれ変わった。

 総体は銀の輝きに余すことなく包まれ、所々には豪奢な装飾や彫り刻まれた美しい紋様の数々が見受けられるように。反して単純なメッキや彩りを施されただけではなく、魔法をかける前よりも遥かに剛性が増した印象をも抱かせる。

 マミの扱うマスケット銃のごとく華美にして重厚になったそれは、大まかな外形は同じであっても完全に元のライフルとかけ離れたものへと仕上がっていた。

 だが一部始終に携わったほむらからすれば、際立って何かが変わったように感じなかったのも事実である。

 確かにライフルからは魔法の気配もすれば、改修されたのも伝わってくるのだが……外観以上に、強度が増した程度にしか能力の変化が感じ取れない。

「((スコープ|望遠鏡))の中を覗いてみて」

 疑問視するほむらの言いたいことを悟ったのかマミは立ちながら話を先に続けた。指示に従い再び似せた体勢を取り照準線付きの鏡面に視線を向ける。

「あと動かしちゃダメよ」

 途中マミが近辺に落ちていた手の平に収まるほどの((礫|れき))を何度か拾い上げライフルの射線上に固めていたが……最初から遠方を捉えるように調整されていたスコープでは、壁際の廃材は必要以上に鮮明に見えてもほんの数歩手前の石の小山は存在さえない。

 むしろ一度目とスコープを通して覗く光景は特別変わり映えもなかった。マミの身体のどこかが幾度か横切りちらついただけである。

「あの? 巴さん?」

「違いがなかったんでしょ? 今はそれでいいわ。じゃあそこから調整するわね」

 何のことか――?

 再び隣に膝を下したマミに、とりあえずほむらは黙って頷くことにした。

「それはそうと暁美さん。もしかしてあなたこれを人間の武器でしかないと思ってない?」

「……違うんですか?」

 言いたいことが掴めず小首を傾げるほむら。対してマミは合点が行った様子であった。

「認識は間違ってないわ。だからその今までの状態でも扱える銃はあったはずよ。筋力とかを魔法で向上させてちゃんと持てれば、命中率もそんなに悪くはなかったんじゃないかしら?」

"……"

 『暁美ほむら』にはハンドガンを撃った記憶もあった。迫る魔女の攻撃を一時とはいえ銃弾で落とし((凌|しの))いだこともある。手ごろな大きさと両手で握りしめていたこと、さらには魔法による補助効果により今思い返せばブレは少なくほぼ想定の箇所に命中していたかもしれない。

「だけど致命的なのはコレ――というよりかは、そこに並べた色々な銃がまず暁美さんの身体に合ってないこと。無理やり押さえつけれるのならもちろん一応は前に向かっては撃てはするけど、銃自体の大きさや反動が上回ってしまっているのね。動きながらとなると尚更だと思うわ」

 提言されてみればほむらにも心当たりがないわけではなかった。骨の集合体であったケンタウルスの『魔女』との昨今の戦いはマミの言うそれを明瞭に表していたのではないか。

 カービン銃を片腕で扱いかつ疾走するバイクを完璧に操縦する。その曲芸よろしくな有り様でさらにばら撒く弾丸の大部分を"あの魔女の急所のような小さな目標"に当てるなど、並の成人男性の筋力であろうと成せる業ではない。

 ほむらもそこは事前に気付き、だからこそバイクへのカスタマイズ――および魔法の効果によって身体を強化、興奮状態も引き起こすことで、"理想"に似せるための補いとしてみたのだ。が、出来はしたとはいえ体現してみた結果は思い描いていたものとは遥かに縁遠いものであった。

 話しぶりからしてすでに予想はしていたみたいだが、改めてマミはほむらが何の策も試みずに教えを乞うてはいないだろうと付け加える。重要なのは"それらが人間を基準とした強化でしかないことである"とも続けた。

「この場合解決はいくつかあるわ。威力は落ちてしまうけど制限を設けてしまうのも一つ。でも持ち味を削ってまで常にするほどではない気もするの。暁美さんだってそっちは不本意でしょ?」

 頷くほむら。本来の暁美ほむらが得意とする戦闘スタイルからすれば数々の魔法による補助も応用法が変わってくるのだろうが、それでもこの愚行を押すのは魔法少女としての底をさらに深いものとするためだ。扱いに長けるのが手段でしかないならば((殊更|ことさら))である。

「火力を落とさないなら、既存の武器を使った精密な射撃はさっき語った理由から断念してもらわないとダメね。弾自体に『直進』や『追尾』の魔法をかけてもムリかもしれないわ。だけれど、そういった銃弾と組み合わせれば、今までより精度の高い射撃はおそらくこれで出来るはず」

 引き金に指を絡ませておくようにほむらに指示を与え、マミは再びライフルに手を添える。

「魔法をかけたのは純粋に熱や衝撃への耐久を上げる意味もあるわ。大きく破損しなければ同じ要領で修復も出来るしね。もっと実戦に結びつきそうな言い方なら、今の状態で留めていられる、ていうところかしら。――そしてこのメインにしてカクシアジ」

 当てた手から発せられた新たなマミの魔力が静かに銃全体へと染み渡っていく。だが先ほどのような顕著な変容は一切ない。

 ――異なりは、目に見える形で訪れたのではなかった。

"……? 持ってるのに気分が……おかしい?"

 触れてさえいれば、凡夫といえど違和感を抱かずにはいられなかったであろう。

 ほむらの手中にある対物ライフル。((窃取|せっしゅ))してから眠らせておいたとはいえ、確かにそれは現状ほむらの所有物であり、この場にいるもう一人よりも遥かに"扱われている"状態にある。マミの魔力で覆われた後も、その認識はさして変わりはなかった。

 壊すのさえ自由。この銃に限らず保管するだけでも負い目の方が大きかったが……変事にそんな罪悪感が都合良く息を潜める辺り、いつの間にかそう心のどこかに占有があったのも事実なはず。

 そうだったはずがどういう訳か。マミが次なる魔法をかけた途端、じわじわと手元のライフルに関して不安と尊重の混じった意識が増大し始めたのだ。まるで"了承を得たからこうして握っていられるのだ"と――ほむらに残っていた"他人の所有物"に対する良心を銃は揺さぶり訴えかける。

 不審の先にすぐさま一層当てはまる答えを見出したのは魔法少女特有の知覚あってこそだ。

 巴マミは流し込む魔力に『魔法』としての((下知|げち))こそ与えてはいたが――それは性質からして先ほどのような『形状の変化』を意図したものとは異なっている。

 魔法は、マミの体感を"目標"を絞った上で広げていた。鋼鉄の表層に留まらずその内部構造に至るまで余すことなくライフルを覆い、物質としての『形』を計り尽くす意思の渦。使い方は少々特異な類になるも、それは大概空間を把握するために行う『探知』に属する魔法であった。

 さらには最初に掛けた魔法を経路として活用さえしている。

 原型と今のライフルはほぼ同じとはいえ、それはマミが甚だしい変化を望まなかったからだ。己で突き崩した砂の小山を見た目はそっくりに元に戻したに過ぎない。

 対物ライフルの各種構成物はすでに余すことなくマミの魔力と融合した状態にある。魔法をかける前が手本とはいえど、変化前と変化後の形成理由はもはや逆転し、その銃は『形状の全てを設計図を持つ人物が作り出した』としても過言ではない意味合いを再構築されるや付与されていた。

 今や創造主同然の巴マミからすれば、魔法の指先で触れた途端に空想を思い出すのと大差ない要領で脳裏にライフルの正確な三次元での図面を描けるだろう。

 あるいはその強い結びつきの恩恵で、銃身に埃が落ちれば表皮に付着したように感じ、小指を動かす程度の意思で引き金を機能させることすら可能かもしれない。

 器械を振るう達人は得物を自身の腕のごとく使いこなすとテレビ番組の特集か読み物語にあったのをおぼろげに思い出し連想したほむらであったが……マミは手順を踏んだ魔法の力を借りることでそれ以上の感覚を、しかも一瞬のうちに得たことになるのだ。

「――とまぁこんなところかしらね。要は銃っていう"モノ"を扱っている状態の効率が悪いから、まずは私の色に染め上げて"こちら側"になるべく来てもらって、意識改革を合わせることですぐに身体の延長になるようにしてみたの」

 魔法が伝達しきるや淀みなく連ねたマミの簡略な説明の仕方は、既に記憶に刻まれ"把握しているもの"という確信があるが故のようだった。

 たかだか数十秒の出来事であったが、本気を出せばさらに素早く同調させられたのか。緩やかな魔法の伝播はむしろほむらに直感でも理解を与えるための猶予と配慮だったのかもしれない。

「これなら特別な才能も必需じゃないでしょうしね。暁美さんにはこれをやってもらおうと思って今日誘ったの。ちょっと思い付きも入ってるから荒いとこあるかもしれないけど……どうかしら?」

 マミの問いに、ほむらはあたかも夢から突然覚まされたかの如く我に返った。それほどまでの忘我を抱いていたほどに思わずマミの魔法に"魅せ"られていたのだ。

『幻惑』をかけられたのでもなく、魔力自体や組み立てた式の美しさが特出していた訳でもない。

 この簡単な技一つ扱えばどう変わるか、あるいはそれを思いつく者が傍にいることがどういうことを指すか――見えてくる僅かでも様々な違いがただただほむらの想像力を掻き立てたのだ。

 とはいえ自信があるかは別の話である。

「えぇ、ぜひ試してみたいです。でも……難しくはないっていっても、私なんかが巴さんみたいに出来るんでしょうか……」

「やる気があるなら後は慣れよ。それにもうちょっとは頼りにされるくらいの気持ちでいるわよ」

 当てた手先から発する魔力がマミの意思の元また別な形を取ったのをほむらは感じ取った。

「じゃあ早速始めてみましょうか」

「はい。よろしくお願いします」

 マミの促す口振りは顔ごとほむらを向いているにも拘わらず、ほんの一言前と比べどこか心此処に有らずといった様子である。

 突飛な落差も、すでに大方でも((弁|わきまえ))えのあるほむらからしてみれば集中の大半を対物ライフルへと傾けているのだと((克明|こくめい))に告げているも同然だった。

「始めは私が誘導してみるから気を張らないで。暁美さんはだいたいでいいからまずこの銃の形を把握して、とりあえず私の魔法がかかったこの銃にさっきの真似でいいから魔力を流し込んでみて。経路は作っておいたから、順を辿るイメージが出来れば流し込んだ後に指示通り魔力の方向を変えるのもいくらかは楽だと思うわ」

 言われる通りにほむらは意識の拡大を対物ライフルに限定して行ってみる。脳裏になだれ込んでくるのは……形容し難いものも混じった支離滅裂な映像の数々。

 それらが氾濫した濁流の如く押し寄せ、いなや結び付き((明晰|めいせき))な"意味"を作り上げる。魔力の波動は感じられるも、やはり内部構造に至るまで人類の生み出した"兵器"からの逸脱した変化は成されてはいない。

 頭の中に呆気ないほどの早さと簡単さでほむらは構成の図面を描き終えた。携帯用の分解と組み立てのし易さはこのライフルの売りの一つでもあるが、ただの一度とてばらしたことがなくとも今のほむらならばその程度造作もなくこなせることだろう。

 初歩の範囲である魔法行使とはいえ出来具合は自信を湧かせる第一歩として申し分ないものであった。続けて本題へと大きく踏み込む『変化』と『再構築』――より自らに"近い"性質を含ますために、ほむらは魔力を静かに流し込み始める。

「そうね。暁美さんいい調子よ。そのまま隅々まで水を染み渡らせるような気持ちで。徐々に形に持って行くより、最後に一気に頭にある図の通り変化させる方が簡単だと思うわ」

 魔力を介してマミとの結び付きが高くなっているのか。ソウルジェムを送受信体とした"テレパシー"とは異なる声の響きが、耳に聞こえるものと重なってほむらに伝わってきた。

 確固としてこの場に暁美ほむらという"個"を感じていながらも、次第に明瞭度を増すマミの声に誘われるようにして意識は魔力の流れに乗りさらなる深みへと滴下していく。

 ((瓶|かめ))に満たされた精神と名付けられた液体を少しずつ別の((杯|さかずき))に注ぎ、なおかつ元の総量に変わりはなく――

 あたかも知覚や触覚が徐々に増加されていくかのごとく思えるのは誤りではない。新たなる((心神|しんしん))の器にして((肉|ししむら))の延長として掌中の銃を容認する最初の段階が次第に整ってきているのだ。

 未だ下知を与えられず不定型な魔力と共に意向はへさきも定まらないまま深淵へとさらに潜行しようとし……やおら呼び覚まされた『熱』への感性がほむらを引き止めた。

 "温かさ"と形容すべきか。心地が向けばそれだけで光か道のようにも思えた。その((温|ぬく))みの中から時折"冷気"とも取れるものが噴き出していることも、だ。

 底気味から"関わるべきではない"という警告が"個"を保つ全身に伝わる。だがソレがどういったものであるのかすでに理解も及んでいるほむらにしてみれば、進行は保身をするよりも遥かに重要なことであった。不気味さはあれど続かせなだけの意志がもはや護符となって心持ちに備わっている。

 僅かな((逡巡|しゅんじゅん))を超え所思は目標をしかと決め――たったその程度の変化から、不意に手を引かれたかのような揺さぶりが兆しとばかりに訪れた。

 奇怪な温かさの正体は、理解通りにマミの魔力であり今や頭の中にある銃の『構造』。踏み込むやマミの魔力はより強い導きとなってその存在を数多に開示される情報の渦と共に放ち、片や不定の魔力は"求める形質"からの手招きに応えほむらが指示を明確に思い描くよりもなお早

く心意を汲み己が役目を果たすために変容を始めていく。

 そこからは水路に流し込んだ液体の行く末を眺めるも同然であった。((夥|おびただ))しい分岐となった形ある経路を巴マミは端から順に単なる魔力の塊まで突き崩すや回収、すぐさまほむらの注ぎ込んだ魔力が『暁美ほむら』の色を刻み付けながら壊され消失した魔法の道をそっくり完璧に再現し、一寸の滞りもなく後続の流れが確保される。

 マミの銃に与えた魔法とスコープにかけた魔法との小さな違いも余すことなく分かれば、如何に両者が結び付けられているかも了然であった。何もない状態からでは((儘|まま))ならなかったであろう技法も、手本があればこれだけ話は別となるのだ。マミの言う通り、一度覚えてしまえば容易く扱え、ほむらの才であっても他への応用が可能となるであろう。

 最早経路を作り上げる度に『絶対に当たりそうだ』という鼓舞同然の感覚すら大きくあった。果たして無意識に読み取っていたマミの魔法への意思だったのか、それとも構築の様相からそう判断しているのか――だがどこからが刷り込まれた誘導でどこまでが自らの動きだったのか、いつの間にか自然と行っていた魔力への指揮を含めてたとえ疑問が生じたとしても創造の渦中にいる今のほむらにとってはあまりに些細な感覚である。

"もう持っているだけで分かる……! 外れが無縁になっていくこの頼もしさ。それをここで……作り上げる"

 あっけなく全てを悟ったときが、魔力が((充溢|じゅういつ))し魔法へと転じる瞬間だった。残す一切が最後の仕上げのために((迸|ほとばし))る潮流となり命じられた『形』を成し、これまでほむらを導いたあらゆる役割を肯定させる。マミの魔力も激流を押し上げ"その時"が訪れるまでほむらの余裕を削がせはしない。

"出来たっ"

 銀に彩られた銃。その総体に淡く紫に発光する幾何学的な線が幾本も浮かび上がったのも束の間、砂が零れ落ちるように目も絢な光沢はたちまちに剥がれ落ち、地に付く前に消えていく。

 ――ほむらの身に起きた現象は『形』が見た目に現れ切るよりもなお早かった。

 完成間近のマミの助力には下知の意味合いもあったのだ。すでに余すことなく解し許諾していたほむらの総身や銃把を握る手が意識の((埒外|らちがい))で微修正を施す中で、二脚は歪み高さを変え、見つめる((照準器|マジカルスコープ))は自動的に倍率を調整し『見たいもの』を鮮明に映し出す。

 鏡面に設けられた((照準線|レティクル))の中央がしかと定めているのは、先ほどマミが射線上に積んでいた礫の小山。そしてそれを捉えるのは、豪奢から一転して元の質素さとほぼ変わらぬ((形|なり))に戻った、ほんの僅かにスミレ色の艶を帯びるようになったアンチ・マテリアル・ライフル――

「……」

 たとえ魔法少女であったとしても傍目から見れば興味を示さぬ限りは小さな挙動と後退とも取られかねない物体の変化にしかすぎなかったであろう。だが暁美ほむらの胸中は、銃を作り変えたという事実への達成感と掌中の武器を意に((添|そ))い操ったという満足に、今なによりも驚きと共に支配されていた。

「やったわね暁美さん。成功よ」

「巴さん……私……やりました」

 かたわらの巴マミの賞賛は、ほむらからすればさらに事実の把握を進ませるだけの、手元にある膨大な情報からくる裏打ち以上に頼もしい響きを有していた。

「感じてもらえただろうけど、暁美さんの頑張り次第で絶対に当たる魔法になっていくわ。とりあえず試し打ちとかは必要かもしれないけれど……それは魔女の空間とか私たちの世界と隔離された場所でやれるから今はいいわね」

 マミに返す頷きにも小さくだが思わず力が入る。そうした所作を普段通りに過不足なく行う一方、未だ集中の大半は手にした銃に委ねた状態であった。拡張された精神――己自身が魔法の体現であるという状態に新たな角度から気付いてみれば、認知した事象こそ小さいものの高鳴りをさらに増させるには充足している。

 マミの浮かべる微笑みは、教え子の覚えの良さに感心する先達そのものであった。

「あとは弾に細工すれば、過剰に使いすぎなければこれまで以上に思い通りに撃てるはず。短い間隔で大量に弾を撃てる銃も同じように出来るだろうけど、今はその望遠鏡のついたので狙いをつけることからやってみなさい」

「そうですね。これなら私でも、もっとうまく出来そうです。ものに出来るようにやってみます。やっぱり相談してみて良かった。流石巴さんです」

「お世辞はよしてよ。でも力になれたようで私も嬉しいわ。練習頑張って」

「……他に、ここまで教えてくださったこと以外に何かコツとかありますか? 魔法少女特有の銃を扱う感覚とか、私には役に立たないかもしれませんが。参考までに」

「え? うーん…そうねぇ…」

 数分ほど考え込んだ後、マミは何かに思い至ったらしく小さく幾度か首を縦に振った。

「それほど役に立つ話じゃないのに話が長くなるだろうから先に断っておくけれど、やっぱり話しておくわね。どうして今回みたいな方法に気付いたかっていう話から。実は私の出す銃も厳密にはそう変わりはないの」

 手で形作ったのは小銃であり"代わり"だろうか。マミはその人差し指の銃身でライフルの本体を軽く小突いた。

「いちおう全部に技名とか用意してるんだけれども、まぁかっこつけで始めたんだけれどもね。でもね、それだけで終わらない理由はけっこうあったりするの。言葉とイメージを直結させれる、ていうのが一番大きいかしら。もうすでにコレだと頭の中のイメージを固定していれば、後で出すのも余計な時間がとられないし。集中さえ途切れなければ敵が目の前でも反撃できるわ。

 そんな武器はどれも新品同前が出てくる。魔女や戦う場所が何かしてこいない限り、弾詰まりなんてない。これは絶対に撃てるし命中する銃をイメージしてそれをずっと複製してるから。むしろ暁美さんのは武器を持たない魔法少女特有の問題とも言えるわ。だって私達にとっての武器は自分の身体から生まれたも同然だから、モノ自体の軽さも合わせてなじんで当たり前なのよ。

 だから暁美さんの持ってた銃にはまずこっち側にきってもらって、魔法少女の生み出す武器の法則にきわめて近いモノになってもらったの。

 ……。うーん。改めて口にしてみたけれど、やっぱりそれだけね。ごめんなさい」

「い、いえいえ。私も経緯が分かって、その……なんとなくですけれど色々考えれましたから」

 少なくとも嘘ではなかった。

 話の中盤から早々にほとんど無縁だと感じながらも思うところがないわけでもなかったからだ。

 巴マミの"ように"技名を決めていた人物にほむらは心当たりがないこともない。"あの子"は果たして敵に対して"射る"その撃滅の魔法の文句の中に、どれほどの意味が細かく繋がり含まれていたのかを知っていたのだろうか……あるいは知る頃が来ることはあったのだろうか……

「暁美さんもやってみる? 技を叫んだりとか」

「……え? えぇ!?」

 指鉄砲で射撃とその反動を再現するマミ。思いに((耽|ふけ))りかけたほむらを突如としてひき戻しどころか銃への集中の過半を強引に向けさせそれまでの考えを無残に打ち壊すだけの威力を、その突飛な動作と言葉は秘めていた。

 よもやそう話を振られるとは考えもしていなく。つい目が合ってしまったのも気まずさを加速させる。

 なんとか顔に出ぬように内心の混乱を抑えその一瞬のうちに過る数多の算段を整理し――そこまでしてようやく返事をしようとして、だがマミの方はそんな慌てように先んじてころころと安心させるように笑いを浮かべた。

「冗談よ。暁美さんは私よりも優秀そうだもの。頭の回転が速そうな人には無縁の話だものね。さぁさ!次は銃弾で色々やってみましょうよ」

 これで終わりと言わんばかりの物言いと切り替えの早さにほむらは戸惑いながらも頷くしかなかった。

 機嫌取りになるのなら――と、その提案に少しくらいは乗ってやっても良い気ではいたのだ。

 無論当の本人が話を切り上げたのだから気にすることでも補えないことでもないのだろう。正直今後どこかで((襤褸|ぼろ))が出る原因の一端となりそうな事への妙な返答をわざわざせずに済んだことに安堵もしていた。

 それでも、もしも巴マミの浮かべたその優しげな表情が、あとほんの少しだけ"かつて見た雰囲気"に近ければ、この困惑もより早く収まったのかもしれないが……

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【あらすじ】
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