三章一節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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 打ち捨てられた遺構の石室とでもいうべき場所だった。重要な意味合いを持っていたであろうことを思わせる形跡は列柱や壁などにありはするも、まず感じ取れるのは充満したその寂れた空気しかない。

 ((大凡|おおよそ))の形状こそ同じであれ大小の度合いに関しては全く統一のない((四方|よも))を囲む膨大な量の切石にはそこかしこに亀裂が見られた。((凹凸|おうとつ))もさほど気にされず雑然と積み上がり組み合わさって構成された石壁の表面に、びっしりと施された象や蛇といった生物の躍動溢れる数々の彫刻も、どこか音無き鳴き声でこの廃墟と化した様を嘆いているかのようである。

 切石を歪に高々と重ねた柱も壁と同じく崩壊の兆を見せていた。横に並ぶそれ等の柱の間隔は不均一であったが、本数自体はどの列も百を下回ることはなく――また奇岩群は縦の連なりも同様である。そうした広さが、床からの距離はあるも暗く覆い被さるような天井の存在と合わさることで虚しさにさらなる拍車をかけているともいえた。

 想像と通念が入る余地があるそこまでならばあるいは古代の遺跡とも捉えられることもあったであろうが、そう考察を巡らせるかもしれない『人間』の平均的な成人の背丈の倍に近いのが、実際には壁や柱となる加工された石材一つの"最小"の高さだった。密室の空間は広大な幅を有し、ただそれだけのことにも拘わらず異様と威圧をこの場に付け加えている。

 ここが何かを((祀|まつ))っていた"過去があるのならば"、伸し掛かる見えない重みも強大さの表れとして機能していたかもしれない。とはいえ元より石造りがその放つ気配のみで崇高の対象を物語ることもましてや顕現となれるはずもないのだ。

 如何なモノを示すための壮大さであろうと、今や圧迫感より先を指すことはなかった。他に残し伝えるものがないその程度まで((貶|おとし))められた現状は、同義とするにはあまりにかけ離れ最早冒涜へと働いているかもしれない。ともすれば周囲の有り様を取り巻く((侘|わび))しい暗さの正体なのであろうか。

 玉座を置いていた一室のようであり、((祈祷|きとう))のための殿舎であった痕跡も有し、かといって染みついた((廟|びょう))を連想させる空気を振り払うだけの力は、此処には無い。見放されていた。

『――――――――!!』

 その静寂を破るモノがいる。高速で回転する((円錐|えんすい))の姿はさながら独楽のようであった。それが"二体"、壁に身を擦り付け、時には打ち付けることで縦横無尽に空間を飛び回っている。

 なにより大気を裂く音に雑じり聞こえてくる怒号とも読経とも判じられない"ソレら"が発する奇声が、幾重にも((谺|こだま))し動きの激しさ以上に存在感を高め石室内を支配していた。どちらも"身体"はたかだかこの場の最も小さな切石の半分ほどにも拘わらず、響きの深さは黒々とした負の濁りを新たに隅々まで与えている。

 悪鬼羅刹の如き形態。放つ全てが呪いとなって芽吹く。忌むべきと扱う生者からは――『魔女』と呼称されることが多い存在である。

 だが不浄の種をばら撒き安穏と育んでいられたのは数分前までのこと。今や魔女たちのすぐ後ろをそれごと摘み取らんと追う"嵐"があった。暗さを払い除ける轟音に後ろを取られた異形二体の発する一段階高さを増した声は、負けじとあげる((哄笑|こうしょう))か、恐慌からくる叫びか。

 魔女たちの影は本体に遅れて移動するや否や壁面に縫い付けるかのような((文目|あやめ))の猛襲に晒される。雨となって降り注ぐ一打一打、その連続に次々と後方は((抉|えぐ))られ粉塵を撒き散らす。空間を飛ぶ一撃こそか細いが、見た目とは裏腹に起こされる小爆発は"一発"であろうと不足ない破壊を有していた。

 宙を((敏速|びんそく))に行くモノへの横薙ぎの洗礼。運動の方向こそ違うも、破壊の暴風雨は無差別ではなく確実にそれぞれの魔女たちに追い付こうという意志があった。

 それを排出するものに感情はない。あるのは基本機構を土台に毎分数百発を射出できるように曲がりなりにもカスタマイズが施されたスペックのみだ。

 そこに得物を狩る闘争への息吹を生じさせるのはやはり意思あるモノにしかなしえない。とはいえ所志はあっても、"軽機関銃"をほとんど正確に撃ち続けながら――しかも両手でそれぞれの目標へと同時に対処しているともなれば、なしえる者は最低でも屈強な肉体を持つ必要があるだろう。

 が、銃弾を絶え間なく撃ち出している中心にいるのはうら若き乙女であった。そうであってなお、扱われる二丁の銃は逃げる魔女の後方を執拗に捉え、蠢く生き物のような弾痕を残していく。

 狩り人として付与された能力からすればたとえ華奢な肉体であろうと"見た目通り"を行うのも可能の範疇だ。ただでさえ人間離れした技ではあるが……芸当はまだ付け加わる。狙撃を滞りなくさせているのは何も腕の動きのみではない。

 足場とするのは床ではなく"柱"。何一つ特別な道具も持たず、天上であるはずの広がりを単なる壁として苦も無く正面に据えながら、"横となった石の積み上がり"に直立している。もはや人間の能力の枠から逸脱した重力に逆らう様で、人の形をした怪異と化した少女は明らかな奇異へと遠距離の優位性をもって襲い掛かっていた。

 それも――闇雲に追うばかりではない。

 角度、速度等が揃った末に少女の遥か前方で壁を滑るように二体の魔女が並走を始める。そして、"突っ込んだ"。

 柱と柱の隙間を通り抜けた途端これまでの安定感とは打って変わりぐらりと体位を崩し見るからに速度を低下させる魔女たち。その体表で血飛沫のごとく飛び散る火花と光の揺らめきが原因の正体を告げる。

 "網"だ。さらに一目では看破するのが難しいほどの透明度を有していた。待ち構える形で張られていた大型劇場の((緞帳|どんちょう))ほどもあろうそれは、仕掛けていた者の意図する通りに罠として二体の異形を阻み埋まらせ動きを鈍らせる。有刺鉄線を編んで作ったかのようなびっしりと棘が生えている構造も((霞網|かすみあみ))の絡みつきを強くしていた。

 ――そこまでが突入し二に満たない秒の間で起こった光景である。ぶつかる毎に回転によって僅かながらも軌道修正と速度調整を行ってきた独楽型の魔女たちは、網に((纏|まと))わられるや同じ要領で回る勢いを増す。

 元々の衝突の強さもあり、摩擦で閃光の如き激しい火の粉が上がった時にはすでに受け止めた罠はそれぞれの方向へと大きく引っ張られていた。減速はさせたが、銃口が追いつく時間に貢献はしない。そこから引き裂かれるのが先か、ねじ切れるのが先か、あまりにあっけなく糸同士の繋がりは千切れ破れる。

 穴を開け貫くほどではなかった為に歪な風呂敷状となった網の残骸は脱出した魔女たちの全身を未だ包み込んでいた。とはいえ柱に固定されることで得ていた本来の張りを失えば、その自由を阻害するほどでもない。

 時折垣間見える透明な網だったものをくっ付けただけで次にどこかの壁に当たれば再び元の速さに戻るであろう。それを待たずして火花の乱舞が続けば体表に絡み同方向に回り出した残りも摩耗で散り散りとなるか吹き飛ばされるのは明白だった。

 そんな僅かな間に立て続けに起こる変化。それぞれの魔女たちに急激に襲来する数多の((礫|つぶて))。穿たれ未だ((濛々|もうもう))と舞う粉塵の煙……壁面に長々と続く弾痕代わりのその奥から、跡をなぞるように不意に垂れ下がってきたのは細長い"糸"。

 虚空で((弛|たる))む長さにして数十メートルはあろう二本の糸は刹那の内に各個端から引かれ、等間隔に((括|くく))り付けてある礫の正体――((玉|銃弾))と共に魔女たちへと迫る。細さとは裏腹な強靱さをもってして旋転する全身へ網ごとがんじがらめに纏わり締め上げ軌道を狂わせ、ついには方々へ逃げたはずの二体を無理やり引き合わせ激突させた。

 併せて今や総身に着飾ったも同然な銃弾が次々と炸裂を始める。

 ……都合良く塵の向こうから"落ちてきて"動きを封じた糸は、網とは違い予め用意されていたものでは無い。だが無いのであれば作り出せば良いだけだ。

 これまで浴びせた銃弾は壁面に当たるや施された魔法の性質に従い小爆発を起こして弾け飛んだが、実際は全てではなく数発に一度"((不発|はずれ))弾"となるように発射の瞬間上書きが施されていた。

 結果爆発を起こすことは無く壁にめり込むに留まり、さらに魔法はもう一つの下知に従い銃弾からさながら菌糸の如く"リボン"を伸ばす。破壊の陰に隠れながら他の"リボン"ともそれぞれ結び合いついには二本の長い糸へと変化を遂げていた。

 ほんの少し時間をかければ最初の銃弾から発生した各々の糸の片側が"網"に複雑に編まれるのは完了する。あとは事前の命に沿い"綺麗"に破れ直後僅かばかり構造に硬さと棘に粘着性を表させれば網の残骸は柔軟な鳥籠と化す。そしてそのにわか作りの束縛に、たった一本でも糸同士の結びで繋がりがあれば、勢いのまま両者を一点へと集めるさらなる拘束の準備は整う。

 糸を収縮させ余っていた分を引き戻せば同じことだが、今回は魔女たちの回転を利用した形である。魔女たちからすれば紐に連なって固定された爆弾――起動した((導爆索|どうばくさく))を己で巻き上げてしまったようなものだ。

 爆音と衝撃波を撒き散らした末に、二体の魔女たちが落ちてくる。墜落が非常に緩やかなのは浮力を有する特性と見るよりもまだ"息がある"と捉えるのが正解であろう。

 たとえ結界内と密接な関係にあったとしても魔法の弾丸付きの糸を((気取|けど))るのは透明度と子供だましの偽装を付与した網よりも難しいはず。奇襲としての効果が絶大だったのは魔女たちの傷つき亀裂の奔った総身が物語っている。

 無論異形と対する場合そこまでは一つの優勢を得たに過ぎない。心構えがあるのか――魔女たちの落ち行く先で、あたかも蠢く針山のごとく改めて二体に斜め下方から迫る少女が起こす銃弾の嵐に、容赦の文字はなかった。

 だがならばこそか。再び回転する気配もない態であった魔女たちが"ぐにゃり"と歪み始める。円錐から不定形の粘土状に……ついには互いを融合させ一体の五倍はあろうかという一枚の板へ。さらに肥大、あるいは極小の生物が分裂するかのように同じ板を"生やし"、たちまちに『箱』の形状を成した。

 無機質だった表面が幾万の回虫が統率を持って這うのを思わせる動きを見せる。表のみならず裏側まで至り各部は次第に穴を広げ、怪しげな紋様へと変容を遂げた。まるで檻と化した『箱』のその露見する内部中心では、"球体の光"が周囲を次第に強く照らし同調して"回転"の速度を徐々に早めだしている。

 明らかに危険の兆候であった。少女の方もただ黙って指をくわえているはずもなく両者が混ざり始めた瞬間から連続攻撃を与えてはいたが、影響はあるも二体分の硬さを得たのか爆発に反して細かい破片が飛ぶばかりである。『光』はさらに効果の薄さが顕著であり、紋様の阻みを超え幾つかの銃弾は命中していたが接触までに半ば溶解し爆発の規模が低下していた。

 檻状の『箱』、もしくは『光』、そのどちらが本体であろうと現状維持で決して勝負を決められない訳ではなさそうだが……あくまで魔女に動きが無ければの話だ。内部の運動が大きくなるにつれ、光球のすぐ傍――放ち漏れ出していた輝きが渦となって一点に収束する。新たに生まれた帯電する矮小な煌めきは、先の光が集ったのとは思えない毒々しい色彩であった。

 大きな光球と小さな光球。それは角度によれば達磨状の連なり、そしてあるいは"目"のように見える箇所もある。そう捉えるのであれば、その視線の先にいるのは――あの少女であった。

 反撃の前触れとしたのか少女もまた動きを変える。身の丈に似つかわしくない冷徹な様には自爆の可能性を想定出来ない愚かしい印象などない。だとしても回避よりも立ちはだかるのを選んだのは、斜めに見上げる相手が諸共に死ぬ気など毛頭ないことを『理解』していた((故|ゆえ))であろうか。

 引き金から指を放した二丁の軽機関銃が如何なる技か空中で静止した。腰に"リボンで括り付けていた"予備の同型も抜き取り手前に投げ出す。否や全ての銃は魔女たちの融合による変質をなぞるかのように必要な各部を次々と生やしながら柱の上で組み換えと接合を行い続ける。

 とうとう戦艦の大砲はあろうほどに巨大となった三丁の軽機関銃の集合体は、寸法の異なりはあれど新造された機関によって((回転式多銃身機関砲|ガトリングガン))に近似した様相だった。発射に備え束となった三つの砲身の空転が速まる。

 この"魔法"に名は無い。だが"似たモノ"は少女の得意とするものであった。ならばこそか――真の意味は違えど、滅する力を解き放つための名称はコレこそ相応しいと唇を震わす。

「ティロ・フィナーレ!」

 砲口から吐き出される大型化された銃弾の数々。休みなく排出され同じ直線軌道を描き音の壁をやすやす破り飛翔する。

 刹那の時を同じくして"箱型の魔女"の外装が再度の変形で大口を開け、自身もまた砲身となって迎え撃つかのように迫る脅威にあえて内部を晒す。間髪入れずに完全に露見した小さな光の球から放射される稲妻。無限に射程を延ばす((電戟|でんげき))のごとき大熱量の一撃は、浮遊する塵芥を悉く蒸発させて進む。

 連続射撃と高威力射撃。力と力の真正面からのぶつかりに少女と魔女、両者の中央の空間が大輪の爆炎と轟音を上げた。否――互いの攻撃が止まぬ以上、未だ光と音は拡大し膨れ上がり続ける。

 銃弾は次々と炸裂し爆炎の壁となり、対して阻まれた雷は紫電を撒き散らす。均衡を保ちながらも互いの狭間で高まっていく破壊の暴風は周囲の温度を灼熱に染めていく。閃光に照らされた二つの存在の影は伸び出し、より世界に焼き付けるかのように禍々しい黒の色濃さを増していった。

 長引けば単純な自爆よりもなお強大な爆発が起こることは明白である。が使用者達の遥か先で展開される不可思議な鍔迫り合いは、エネルギーの供給が途絶える気配がない"電撃の槍"に比べ残弾に限りがある連続砲撃では分が悪い。

 所詮は銃も弾も元あったものを巨大化させたにすぎないのだ。破壊力の修正をかけても数が変化する魔法でもなかった。いずれ弾が尽きれば押し切られる。その"いつか"は、もう((幾許|いくばく))も無かった。

 だがゆめ忘れてはならない。互いの攻撃はこの程度の距離と高低では敵を討ち滅ぼすためには些細な問題でしかなく――だとしてもあくまで位置関係は少女が見上げ、魔女が見下すのだ。そして柱に立ち、片や浮遊しても、それは各々の能力であって周囲が無重力というわけでもない。

 ((球電|きゅうでん))から稲光を発する魔女の頭上。石造りの天井が爆裂音を響かせた。

 脈絡ない破壊は一度ではない。立て続けに起こる破砕の衝撃によってついに構造の一部が崩れ出した。

 大小数多の質量が重力に引かれ隕石の如き"石の雨"となって魔女へと降り注ぐ。その形体の倍以上の切石を含んだ"豪雨"を浴び――ましてや雑じって落下してきた数個の小さな"筒状の物体"が起点となり"先の頭上での不意の異変"と同じ強烈な爆発を体躯の左右で続けざまに発生させれば、もはや魔女がその空中での静止を保つことは不可能であった。

 撃ち出す((閃電|せんでん))の計算さえも揺さぶりに狂う。たとえ精密な制御が必要でなかったとしてもこれまで通りまともに狙いを付けられる状況ではない。

 勝機は訪れる。無論致命的な隙を晒した魔女にではない。((堰|せき))を切ったように、逸れた稲妻を尻目に巨大化した銃弾が一気に襲い掛かる。音速へと至った攻撃は決着の瞬間を逃しはしない。

 かろうじて攻撃の蓄積を耐えきった箱型の合体形状も、衝突と大爆発の連続は流石に致命的であった。通常の銃弾の時とは違い光球の熱も最早防御に役立ちはしない。錯乱したのか照準も無く周囲へと放たれる電撃が、触れたことごとくの石造りを溶解させ((硝子|がらす))質へと変化させる。だがそれも長くは持たない。

「((砲撃|ボンバルダメント))!」

 総弾数百発以上によって起こされた爆発の極まりを前に、少女は劇の題名にしてその終わりを締め((括|くく))る文句の変わりと言わんばかりにこの無慈悲な鉄槌を短絡に象徴し凝縮する言葉を叫んだ。

 勝者の声に万事は喜劇となって完結する。爆炎の中にかろうじて見える"ねじくれて燃えるどす黒い炎"――明確な形体さえも失った魔女の最後の姿が、一瞬の内にさらなる大爆発に包まれ……跡形も無く消し飛ばされた。

 あの激烈な攻防からすれば、断末魔の悲鳴さえ響かない呆気ない幕引きであった。戦闘の余韻こそ未だ残るが、それも急速に些細なことでしかなくなっていく。少女が歓声を上げることも無ければ((弔|とむら))いの言葉を投げかけることも無かった。あるいは華やかさの欠片もない淡々としたこの静寂こそ、戦いが終結したことを指す光景には相応しいのかもしれない。

 主である魔女の力が無くなったことで、石室の異空間を構成していた結界が崩壊の兆を見せ始める。確かな存在があった全てが夢幻の蜃気楼となり揺らぎ出し、少女の視覚に新たな光景を徐々に作り出す。早々と見え始めた茜色に染まり始めた空は――少女にとっては馴染み深く、むしろ人間ならばここより遥かにいるべきことが当然であるはずの世界であった。

 空へと目を向ける少女。その瞳は漫然とはしていない。先ほどまで"天井"であったその一角に、気にかけるだけの"モノ"がいたからだ。少なくともこの場で夕焼けを見つめるのは少女だけではなく、"少女たち"とするのが正確であった。

 すでに少女は足場としていた柱から本来の床へと鮮やかな跳躍で着地している。視線に動きがあったのは上空の"ソレ"が傍に緩やかに下降してきたからだ。空飛ぶ絨毯――もしくは細長い糸が全体の一部から長く伸びていることを鑑みれば子供が遊ぶにしても持て余さない程度の凧とでもいうべき、四角い布切れのような薄い物体であった。

 異質なのはその布の上に一人の人間、"もう一人の少女"が不安定さも無く屹立していたことだ。さらに怪奇なのは、この少女の全体重を支えているのは足元の布でありそこから伸びた"凧糸"であることだった。

 先程までの戦いで行使された"奇跡"からすれば些細な事であるかもしれないが、これもまた不可思議な現象である。そして"少女たち"からしても、大小の違いがあるだけで『魔法』の一言で済む事柄だった。

「暁美さんご苦労様。あなたの作戦通りうまくいったわ」

 慎ましい着地で床へと降り立ち自らの長い黒髪をかき上げたモノ――"暁美ほむら"へと労いの言葉をかける少女。同時につい先程まで"足場であった布"がたちまちに解けただの糸の塊となって地に落ちたが……ほむらはさほど気にかけることなく小さく笑みを形作った。

「こちらこそ。マミさんが目立つ役を引き受けてくれたからこそですよ。いつでも出せるようにしていましたが"コレ"今回は出番なしですね」

 言いながらほむらは左腕に装着された盾の隙間からはみ出していた鋼の砲身――アンチ・マテリアル・ライフルの一部を静かに押し込み再び"収納"した。

 計画は単純だ。罠である網に絡まった魔女をそこから仕留められたのなら良し。出来なければ巨砲を((囮|おとり))に行動を制限させ、気配を消したほむらが最初の軽機関銃による射撃で脆くなっていた敵の頭上を正確に破壊し付け入る隙を作る。

 瓦礫と共に魔女へと落下してきた管上の物体、その正体はほむら手製のパイプ爆弾であった。ライフルはより事態が面倒になることを想定していつでも手に取れる準備だけはしていたが……今回は取り越し苦労だったらしい。

 ほむらを移動させるのに貢献した魔法の足場――今や糸の塊となって屋根に落ちていたソレが、"マミという少女"の腰に巻き付けてあったリボンへと意志を宿したかのごとく自動的に編み込まれていく。用途は予備の軽機関銃を保持するためだけにあらず、足場により直接的に下知と魔力を与え移動の正確性と隠密性を向上させる意味も含まれていた。

「こっちもちゃんと回収しておきましたよマミさん。一体分かと思いましたが二体分……ラッキーでしたね」

「まぁ幸先がいいわ」

 銃身を納めたほむらが手に持って見せるのは、魔法少女ならば当然知る勝利の証――宝石のようではあるが直視し続けるのは常人ならば避けたいと思うほどの名状し難い冒涜的な黒が際立つ物体――グリーフシードであった。

 簡単ではあるが魔法をかけることで再度の孵化の危険性から隔離する。そこから己の腕にある盾の隙間に手を突っ込んだほむらは一つの((旅行鞄|トランクケース))を取り出し、解錠するとそこに二つの"魔女の卵"を優しく投げ入れた。

 ケースを閉める間際に中からした明らかに二つ以上の小さな"何か"が転がり軽くぶつかる音の響きは、まるで共有した秘め事を確認出来たかのように、視線を合わせた少女たちの互いの表情を綻ばせ小さくも話を弾ませる材料となる。

 そうして僅かな会話を交わす中ですでに周囲は明確な実像を結んでいた。遺跡から一転、少女たちが((佇|たたず))むのは平坦に大きく広がる硝子張りの"屋根"。外観はアーティスティクな造りながらも緊急時には周辺の中学高校等と同じく避難場所として機能するように現代建築の強みを各所に活かした頑強な内部構造が約束された場所――見滝原市の総合体育館、その屋根の一角である。

 不意に遠くで金属が((軋|きし))むような微かな音が響いた。

「見て。無事だったみたいよ」

 "マミと呼ばれた少女"の目線の先。体育館脇の駐車場にはただでさえ一台と目立つ((車|アコード))が乱雑に駐車している。

 二人にとってその車は記憶に新しい。((遺跡|結界))に侵入した矢先、俵ほどもある巨大なイナゴ型の使い魔十数匹に襲われていたところを発見していたからだ。

 如何に大型とはいえイナゴの((顎|あご))では突破出来なかったらしく、車体全体にはいくつもの細かい傷が残されてはいるも運転席の男性は外傷も無く気絶しているだけだった。どうやら誘導に属する魔法『魔女の口づけ』によりあたかも食虫植物の臭いに惑わされるかの如く駐車場までほぼ無意識で移動させられ気を失うや結界内に取り込まれたようだ。

 この使い魔は創造主でもある結界の主のいる深部へ運ぶ前に早々に得物を捕食しようとしていた。魔女と完璧な主従関係では無かったらしい。イナゴを始末し目先の危険――人間を喰らうことでの使い魔の魔女化をひとまず未然に防いだところで、幾つかの加護と状態通達の魔法をかけておいた。それが((功|こう))を((奏|そう))し運転手諸共あの車は現実へと帰還したのだ。

 響いた金属音は結界内と駐車場とで僅かに高低差があった為である。その程度の揺さぶりでは男を目覚めさせることはなかったが、周囲には生き残りのイナゴの気配は感じずまた魔女の暗示の後遺症もないことを事前にかけた魔法ですでに知覚している少女たちはどこかに連絡もせず放置しても問題は無しと判断していた。車体の一瞬の淡い輝きは魔法が解除された知らせだ。

「そうそう"コレ"も元に戻しておかないと」

 見つめる対象を移した"マミという少女"の前には、勝利により無事残ったあの巨砲がそり立っている。柱が消失したことでそれもまた歪んでいた結界空間から屋上へと落下することになったが……僅かな高さで音を上げた車とは異なり、偉容にしては似つかわしくなく紙が地に落ちたのと変わらない((細|ささ))やかな音しか響かせなかった。

 絶妙なバランスで不動を保つその巨大な魔法の銃が『解除』の命を受けすぐさま捻じれ折れ曲がり収縮していく。数度枝が割れるような音がした頃には、少女たちの足元には変容の素体にされた三丁の軽機関銃が重なって置かれていた。

 だが元と同じ……というわけでもない。

「やっぱり、破損してますね」

 ほむらの指摘通りどれもがその銃身に大きく亀裂を走らせていた。罅の数も無数であり破断していないことだけでも奇跡と言える。魔法をかけた当人である"マミという名の少女"はすでにこうなることを悟っていた様子ではあるが、その見た目を確認したことでより納得がいったという表情を浮かべた。

 そして原型が大きく残っているのがまだ魔法が関与しているためであることも二人はよく知っていた。

「形だけじゃぁこの程度が限界なんでしょうね。使い捨て……だけれど威力自体は私の出せるマスケット銃と同程度は期待できそう」

 さらに銃自体にかけられていた魔法が紐解かれる。本来の状態に戻されたそれらはある箇所では粉々に砕けまた特に銃身部分には熱で変形したかのような歪みが見られた。もはや遊びのみならず調度品としてすら使い物にはならない有り様だ。

 魔法で接着させれば再利用も可能ではあるだろうが――効率が悪いことは明白である。回収することを口にしたほむらではあったが、思案はすでに処分する方向へと傾いている態であった。

 その隣で"マミという少女"は夕日にかざした自らの"宝石"をまじまじと見つめる。

「大技も出してみたけど、形に干渉したのに前回に比べてさらにソウルジェムが濁ってないわ。前々回ならもっと。元からちゃんと"撃つ"っていう機能が備わってるせいかもね。"偽物"でもちょっとだけならこの前"本物"を魔法で変えたのとほとんど遜色はない。まさかないから作るより、あるものを強化した方が効率がいいなんて、盲点だったわ」

「でも元にしたモノが壊れるのも早いですよね。今回は魔女がそう強くなかったから良かったですが」

「そうね。だからやっぱりこっちは物量がいるときにだけ使用しましょうか。本物なら元から強度がある分、魔法で強化したときに相対的に頑丈になるし、よっぽど使わなければ亀裂でも入らない限り暁美さんも知っての通り少しの魔法で完全な修復も出来るしね。増やせる目途がないんだからこれ以上は温存しとくべきよね」

「残念でしたよね。マミさんの力でなら銃弾は増やせましたし」

「お互いその方面で才能を貰わなかったんだから詮無いことよ。部品全部をリボンで再現して強度も上げて組み立てて、いざ撃ってみたら三発以上は魔力を供給し続けないと形を保てないなんて、むしろ笑いごとだわ。その点銃弾は形も簡単で撃って当たっておしまいだから効率が少し悪くても楽なものよ。火薬の代わりはいつでも魔法で補えるし、銃と同じ劣化の速さでも保存から使い方まで違うなら魔力を切っても形状自体の劣化はかなり遅いままで済む」

「銃に魔法をかけると『強くなれ』だけで済むけれど魔法で銃を作ると保つのに他にも『意味』が必要になる……でしたっけ?」

「そうそう。そういう説明の仕方したわね。少しの魔力で本物の鉄でも出せたら変わってきたんでしょうけれども、それが出来るようになることがあってもあまりに時間が足りなさすぎるわ。私のマスケット銃も私の適性に沿ってリボンでなるべく銃の形に近づけただけだから厳密には内部の構造からして銃ではないしね。ジェムの濁りに影響される以外は万能と思ってきたけど、少なくとも私たちの魔法ってこうして考えるとかける対象が有る無しに関係なく単純な一つの命令を重ねる方が運用しやすいみたいね」

「だとしても、ここまで良い方向で変わって来るとは思いませんでした。マミさんと出会って、えーと、雪だるまの魔女と一緒に戦って次はロボットの犬みたいな魔女、その次は猫の顔をした海賊風の魔女で、金髪の大きなのや使い魔と同じ姿の色違いも……他にも今日までそんなに日数はないのにかなりの数の魔女と戦いましたよね」

 残骸を回収を終えて立ち上がったほむらの瞳には力強い頷きが映る。

「えぇ。でも暁美さんがいてこその変化よ。この調子ならきっとワルプルギスの夜が来てもうまくいく。音に聞くお祭りと同じ名前ならそれに相応しいだけの大歓迎で迎えてあげないダメよね。嫌でも春を告げて貰わないと。さて……帰る前にちゃんと確認しとかないとね。もうすぐ仕掛けた"アレ"も限界だろうし」

 "マミという名前の少女"は静かに屋根の端に向かって歩を進め始めた。ほむらもあとに続く。

「えーっと。この辺りに……あった」

 膝をかがめるとそこに突き刺さるようにしてあった物体を手に取る。黒光りの艶が得体のしれない不安を煽るそれはあたかも先のグリーフシードに近似し、だがさらにいびつで潰れた形状を成していた――が指で些細に((弄|もてあそ))ぶことすらしていないにも関わらず、突然細かく割れ砕け、砂塵と同然になって手の隙間から零れ落ちるや風に運ばれていく。

 己が手の平で起こった現象に、当人が驚きの相を浮かべることは無かった。傍にいたほむらも同じくである。

「思った通り限界だったみたいね。だけれどこの体育館ここ数日間は目立った使い方されてないからどうかとも思ったけれど、一体分だとしてもちゃんとこうして消費に見合った働きは期待できそうだし、また仕掛けておきましょうか」

 ほむらに説明ついでに"残滓"が付いた手をはたいて見せる"マミという少女"。

 その動作の中でいつの間にか指の隙間に挟まっていたのは、砕けたものとはまた異なる、とはいえ歪んだグリーフシードという点では同じモノであった。

「……ねぇ暁美さん」

 屋根の上に転がしたグリーフシードのような物体がひとりでに立ち上がり突き刺さる様子を見ながら、"マミと呼ばれた少女"は暁美ほむらに話しかけた。どこか抑揚を欠いて。

「暁美さんは……さっきの結界の中、何に見えた?」

「え?」

 問いかけの内容……それ以前にその声音の意味が分からない――といった風にほむらは眉をひそめた。

「ただの古い遺跡としか」

「そう……」

「どうしたんですか?」

 ほむらからの言葉に、数秒の間をおいて"少女"は微笑みを返した。声はすでに調子を戻していた。

「ううん。なんでもないの。さぁ帰りましょ! 近くのフードコート寄って行かない?」

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【あらすじ】
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