四章三節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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 穢され錯乱していく天が近く((澎湃|ほうはい))と涙に暮れるのを疑わせはしないと鮮明さは陰鬱に染まっていく。傘を頼みに高を括ろうとしていた者たちの甘さまで啜り上げ糧としたかのように、不浄の力は影響を深める。

 既に狂暴な荒々しさで見滝原市上空をうねる風は、理から外れていくことへの天然自然が成せる最後の抵抗かそれとも最早諸手を挙げての歓迎の意と化してしまっているのか。

 覚えのある者が景観を目にすれば、台風かもしくは竜巻の間際でも思い出したかもしれない。認識は誤りなく、そして想像を交えても正しい続きは描けはしないであろう。本能すら凌駕する、恵みもあると軽々しく口にするには((憚|はばから))れる嵐となるのは到来すれば確実だからだ。

 徐々に寒湿の気配を濃くしていく空と街の狭間に浮かび進む"モノ"があった。地上よりおよそ八○○メートル。灰の色をした雲よりも低く漂うのは留め具が外れた((係留気球|アドバルーン))か懸垂幕か。仮に避難勧告が出ていなければ、今の天候と合わせて"龍"を連想する者もいたかもしれぬ。

 何も地上からは距離の為にほんの"糸"程度でしかないその形が想像力を刺激させる拠り所となるばかりにあらず。帯状の広告をはためかせる風船や宣伝の書かれた長大な布にしては遠目にも生き生きとし過ぎていた。風に流され時にいなすように、直線に進むのみではなく曲線の軌道も織り交ぜる。

 時折倍近く全長を伸ばしては戻してもいた。旅客機に程近い長さや幅そして飛行速度の時はあるが、ますます幻想の存在と繋がりそうな様相は当然それの類では有り得ない。

 だがもしこの悪条件でなかったとしても、飛躍した連想が出来た者がどれだけいたか。人数を限らせるのは想像の力が乏しいからではない。『才』が無く元より見えないからだ。

 "魔法の((帯|リボン))"が紡ぎ続けるのは"道"。命に従い上を行く"モノ"に天を駆けさせる――

 強風に掻き消されながらも……響く。空へ。現在の力の源はどうあれ、間違いなく元は人類に生み出された((エンジン|水冷四ストローク並列四気筒))の躍動する音が。

 高速回転する二輪から伝わる意思と受ける道の持つ意向は結び合い更なる力を成す。鋼のボディに((跨|またが))る操縦者の為だけに導き導かれた線維は先んじ縦横無尽の場を次々と編み直していく。フルフェイスヘルメットとレーシングスーツを((纏|まと))おうと、その相関は真に妨げられない。

"ここも違う――次ね"

 速度に関係なくあらゆる角度から総身を必定と打ち付ける風圧の只中で、だが今回この街で行動を起こし始めた時と比べても絶大な安定感を手にし、"暁美ほむら"は見滝原市上空を横切り続けるリボンの上を『バイク』で疾走していた。

 予め様々な魔法をかけた身を固める装備の一つ一つがこの悪条件での人体への影響を緩和しハンドル捌きに判断ミス以外の要素を含ませはしない。同じく魔法で強化済みであるバイクも、魔法を介して結果的に操縦の容易さが増大している。

 見境無く咆え叫ぶ獣とさえほむらには思えていた。魔法を行使してもその制御は気を削ぐに足りる。

 だが魔法の使い方を変えようやく理解出来た。この獣は爆音を発しようと咆えてなどいない。

 これは単なる平時の心臓の鼓動でしかないのだ。そして今は己の((拍動|はくどう))でもある。過去――あれだけ心音を気にかける人生を送っても、元から心臓など無いかのように注意から外れることはあったのだ。異常のない脈の音など、どれだけ意識を向ける必要があるだろうか。

 まさに意思の体現と化し一体となったほむらとバイク。さらに交わるのはこれも感情が形となった別の者が成す魔法。リボンの生成者は僅かな揺らぎでさえ距離を超え((詳|つまび))らかに感じ取り、言葉にするよりもなお早く的確に新たな道を繰り出す。

 結託の力がさらに思いを具現させほむらを飛翔させているのだ。道自体が作り出し続ける速さも合わさり最早この段階でさえ魔法の干渉を受けた液晶パネルのメーターが表す通り元のバイクが成せる最高速度を超えて余りある。ぶ厚い強風の壁を穿つ。

 未だ捕捉はしていない。不十分な"統計"の限界だった。だとしても望んだ探索手順をこうも早く実行に移し続けられているのは焦りよりも確かな前進への感情をほむらの中に蓄積させていく。

"――! 見つけた!!"

 魔法によって防護された肉体に無きに等しい圧迫を受けながら、遥か高みより緩やかな見えない坂を滑り落ちるかのように"その地点"に接近をかけたほむらは違和感を強めていた。

 地表を覆い尽くさんとする建築の乱立。中心市街地から離れ――二○数階、あるいは十数階のビルやマンションが、ある所では建築途中のモノも含めて密集し別の場所では距離を開けながら立ち並ぶ上空から見ても高低差が広がる再開発地区の一帯。

 その近くを流れる遠目にも視認可能な程の河川が、この付近の一部だけ妙に白く染まっていた。

 修正を加えた眼は距離を超えより正確に状況を捉える。気温差によって水面から湯気が立ち((上|のぼ))るかのようになる蒸気霧あるいは((毛嵐|けあらし))といった現象だ。

 その範囲や霧の濃度は名称さえ知らないほむらにも異常に思えた。そして時を同じくして悟ってもいる。他にも"予兆"がないかと悠長に探る瞬間は――最早無い。

"来る!!"

 異変は間もなく起こった。この局面をすでに想定し先んじて急上昇をかけたほむらに届くことはなかったが、突如再開発地区の一角から強烈な風が生じたのだ。

 地震でも起きたのではと思わせる程に視界に入る世界が大音と共に一瞬とはいえ揺さぶられた。ほむらの眼下では強風が直撃した小規模な建物の幾つかが半壊し……影響を受けた周囲でも予め突風等への対策が施されていないガラスは広範囲で((悉|ことごと))く粉々に割れ砕かれていく。

 乗り手のいない車が横転するまで浮き上がってもいた。たかだか数秒足らずの顛末は、ホイールを道であるリボンに吸着させ更には防御面でも万全の備えを施しているからといっても、直に受ければ現状維持に大きく魔力を消費せねばならないのは確実なのを物語っている。

 追い打ちとばかりに。風の巻き起こった箇所の上空――否、今や異質な空間への"穴"となって歪む場所から高速で((方々|ほうぼう))に伸びた十数本の"綱"が地上を容易く貫通していく。

 数々の万国旗のようなもので装飾された綱はビルの厚い壁面を抉り粉塵を舞わせ、あるいは((川面|かわも))へと落ち水柱を上げた。

 脈絡も無く綱が極彩色に輝きながら焼け始める。どのような状態にあろうと末端まで燃え尽きていく。綱のみが灰となり黒ずむ。

 目に映せる者が限られる場景は――人に救いを決して((齎|もたら))さぬというだけで――強大な存在に向けた"儀式"めく華々しさに通じると、感じ取る人間もいたかもしれない。確実に到来するのならば、あるいは秒読みの宴か。

 開幕するのは一大戯曲。

 暁美ほむらは、天に顕現する因縁深き地獄の権化を睨み付ける。

『――――!!』

 巨大な歯車。もしくはその上で踊る十数体の"((幼さの残る人型をした影絵|使い魔))"たちの姿から趣向を凝らした舞台装置か。

 その車軸の地に向かう片側から広がり、鼓膜をつんざかんばかりの((哄笑|こうしょう))を上げるのは……大舞台を囲う見世物小屋の天幕とも、ドレス姿の花形役者そのものとも形容し難い、瞳の無い西洋人形に似た巨大な"異物"であった。

 微動だにせず伸ばされた人形の両腕は、ハリボテの((案山子|かかし))や((磔刑|たっけい))に((処|しょ))された者の様相に近く、だが示すところが行きつくのは"誇示"のみ。逆さで宙吊りにされたような状態も、そう抱く心理こそ((遍|あまね))く世界での誤りであると断じんばかりの威風堂々――

 サイズ差だけでもこれまで暁美ほむらが巴マミと共に"この街"で戦ってきた『魔女』たちとは比べるのも馬鹿らしくなるほどの巨体であった。望むほむらと現在の場所でようやく同等の全長に見えるほど。周囲にある二○階建てのビルでさえ比べれば矮小とする、まるで城塞のようなソレが悠然と浮遊しているのだ。

 誰が呼び表したか『ワルプルギスの夜』。紛うことなき魔女にして頂点。

"今度こそ――!!"

 魔女が具現するや空気が一変したのをほむらは感じ取っていた。威圧のみが生むとはにわかには信じがたい辺りの異様さ。だがこの魔女がただ巨大であるばかりでなく強大であることもほむらは嫌というほど知っていた。飲まれたが故に違和を持ったのでは無い事実は反逆の意思をより確かに増させる。

"マミさん――!"

 ヘルメットに内蔵してある小型の通信機の電源を入れる。聞こえてくるのは雑音ばかり。すでに電波まで侵されているようだ。

 どうにせよ目標の発見を察知してもらえるのならば言語が聞こえるかは問題ではない。他に連絡が取れる手段はあり――それらを試す前に作り出されていく新たな道に変化が生じる。連続する小さな起伏。正面から伝わるや過ぎ去っていく幾度かの振動には規則性があった。

 これまで出しては消えていたリボンの尾部も、今は進んだ軌跡を残すかの如くそこに有り続けている。マミには届いたようだ。

"来なさい!"

 周辺を縦横無尽に走るほむらに気付いたらしく、踊り続けていた使い魔たちが舞いを中断しほむらに向かって飛翔する。初めは十数体であったが、突如使い魔たちに追いすがるように空間に"小さな打ち上げ花火"が瞬いたかと思えばそれが小動物を模した動くぬいぐるみとなり、次の光は黒一色のピエロを表す((記号|ピクトグラム))の身体へと変化する。

 謎の"光"は全て目に見えぬ形で存在していた使い魔の産声だ。群居は倍以上に膨れ上がっている。

 投げられた火炎瓶が空を裂く。砲弾よろしく直進し出したそれに、一部の影絵型使い魔たちが狼人間の形となって我先にと空気の摩擦で焦げながら宙を駆けついには猟犬の形状まで変わり追随する。

 ほむらは――リボンの道筋を続々と後ろに残しながら――正面からおよそ二○○メートルまで迫った敵の先発を迎える為に姿勢を傾けていく。

 詰まる彼我の距離。既にある加速と飛行しているも同然である高い自由度の恩恵を活かし、数度に渡る旋回を行う。投擲と突進をかわしたところで、片手にカービン銃を取り出し今度はほむらから仕掛ける。

 後方で待機していた様子の使い魔の集団へ銃口を向けるや乱射。避け時を誤った((使い魔|ぬいぐるみ))の幾つかが流れ弾に当たり内部に詰まっていた綿を撒き散らして落ちていく。

 言うまでも無く強大な魔女から生み出された使い魔。反撃でちりぢりとなったが、その逃げ方は人間の感情にあてはめるならば((狼狽|うろた))えよりもまだ遊びだと見なされているとするのが正しいか。

 力はこれまでほむらたちが戦ってきた魔女に匹敵しているのが既に((窺|うかが))い知れる。今しがた銃弾を撃ち込んだぬいぐるみ型の使い魔も、ソウルジェムから伝わる反応が次第に消失しているからといって"仕留めた"と考えるのは早計だ。現状尚重要な、魔法少女が"敵"を相手にする時の鉄則である。

 ならばそれらの生みの親たる"主"とは如何なる力を有しているのか。実体化はしても未だその能力は眠りの渦中にある。見逃して良い隙ではない――

 背後から再度ほむらを追尾してくる猟犬の群れを、航空戦術の((下方宙返り|スライスバック))さながらの機動でさらに後ろに回り込み不意打ちを浴びせる。

 この自由度でならちょっとしたコーナリングが魔法で生成されていく道の力も借りて曲技へと転ず。一体また一体と消滅への引導を渡しながら……だとしても制するにはまだ遠い。目の片隅では撃滅させた数の倍の花火が撃ち上がり使い魔を形作っているのを何度も捉えていた。

 知恵が働いたのか、増加した使い魔の一団は二手に分かれていく。巨大な鎌を口に当たるであろう部分から吐き出した"影絵の踊り子"たちが、ほむらから離れた箇所に常在している『リボンの道』を裁断しようと各々得物を振り上げる。

 無残にも引き裂かれるリボン。だが繊維の一本一本が虫が蠢くように((解|ほど))けると魔力供給に支障が出る前に互いを完全に縫合する。

 瞬く間に消失した切断面に激昂した態の使い魔たちは今度は火を噴いて燃やそうとするが、布の再生力は攻撃を遥かに上回っていた。髪の毛よりもなお細い糸が一本でも、それもどこからであろうと繋がっていれば、魔力が断ち切られることは無い。

 もう一方の密集した使い魔たちが鳥の大群を思わせる我が身を使った((帳|とばり))でほむらの前に立ち塞がろうとする。後ろには猟犬の生き残りが。

 あわや挟み撃ちとなる間合いで、錐揉み状態の垂直急降下を仕掛けまんまと逃れるほむら。使い魔たちが次の行動に移るよりも早く――置き土産に残された虚空に舞う手製の爆弾が、自由落下を始める前に敵集団のほぼ中央で炸裂し衝撃波を撒き散らす。

"よしッ!"

 追手を引き離し魔女の周囲で続々と目覚める使い魔たちとも距離がある。速断したほむらは盾の中に収納していた長物を引き抜いた。

 束ねた銃身を回転させることでより効率的に弾丸の高速射出を行う兵器。バルカン砲やガトリングランチャーともいうべき代物だ。それをすぐさま後ろへ放り投げる。だが先ほど投下した爆弾とは違い無造作にではない。これまで残り続けている『リボンの道』へと落ちるようにだ。

 投棄した銃にはあらかじめ"巴マミ"の魔法がかけられてる。同じ魔力の反応を感知した"道"は一部をばらけさせ絡め取る形で受け止めた。

 変化は早い。事前の魔法によって余すことなく理解されている銃はリボンに"沈む"。次の瞬間には肥大化したリボンの一部を礎に、構造自体が百倍程となった回転式の砲身が"生えた"。

 無論ただ大きくしただけでは動作などしない。伝達された魔法によって半ば無理やり動かされながら、内部に収められたこれもすでに"炸裂"の意思を込めてある弾丸――現在は砲身同様巨大化したそれを、毎秒千発の勢いで排出していく。

 艶やかな口元の『ワルプルギスの夜』の顔。そこから発せられているかのようにも聞こえる((躁|そう))めいた笑声を、衝突した弾が次々と爆裂し掻き消す。

 続けて胴体部にも同様の爆発が起こる。間隔を開けてまたしてもほむらが落とした銃が、再構築後に破壊力を解き放ったのだ。急造の砲台が増えるに伴い、魔女の全身が余さず攻撃の標的となる。

 忠誠心は高い方だったらしい。主人に危害を加える火力を使い魔は放っておかなかった。ほむらの速度に追い付けないモノは、空に曲りなりとはいえ固定されている砲台を破壊せんと即座に((馳|は))せる。

 腕は((槌|つち))へと変化し、巨大化機関銃が側面から打ち付けられる。ただの一撃で数十秒と耐え切れず広がる亀裂。が破壊の余波で粉々になる寸前、装填済みの未発射の弾丸が最後の下知を受け誘爆――大爆発を起こした。

 硬化と保護を唱えられた道は無傷であったが、近くにいた使い魔数匹を道連れにした巨大機関銃は原型を留めない破片を宙に降らす。

 魔女に接近しその大きさを否応なしに自覚させられるほどに、近くに駐在していた使い魔たちが仮設砲台へ行う対処も早くなっていく。

 注意が逸れた相手にカービン銃での射撃が襲い掛かる。とはいえ本気で砲台を守るつもりであっても数の差は未だ歴然だ。不意打ちとばかりに、何もなかったはずのほむらの真正面で大規模な"花火"の大爆発が生じた。

"――囲まれた!!"

 ヘルメットにかけてあった魔法が視野と聴覚を奪わせはしない。熱の影響があったとしても全身の魔法が悉く自身への害を防いでみせただろう。温度無き花火。だとしても巻き起こった風圧に煽られるのを止めれはしない。早々と姿勢を立て直せはしたが、既に数十体の使い魔の成す蚊柱を思わせる包囲にほむら自ら突っ込む形となっていた。

"やっぱりまだ隠れていたのね"

 見えぬ状態で存在していた使い魔たちが同時に生まれ出ることで発生させたのが先ほどの大きな花火だ。間髪を容れず花火の火片から影絵の魔法少女姿へ変化した使い魔たちがほぼ同時に距離の短さを急接近でさらに詰める。

 咄嗟に魔法をかけバイクのヘッドライトが放つ強烈な閃光。目((晦|くら))ましと掃射で隙を狙うが、それでも数体の影魔法少女は突進を止めない。鋭利な魔法の杖が、背中から、足元から、串刺しにしようと迫る。

"マミさん――!!"

 バイクは進む。ほむらは避けなかった。特別な避ける動作が一切必要なかったからだ。ほむらの感情より先んじて活路は開かれた。既に背中に置き去りにした"理由"に、ほむらは心の中で共闘相手の名を呼んだ。

 瞬く間にほむらに迫る脅威を横から全て一蹴し――

 今、使い魔の一体の杖を掬い上げ鍔迫り合いの距離にいるのは"槍"を持った人影。リボンで作られた人形である。

 準備期間中に巴マミから手立ての一つとして見せられた時は少々驚いたほむらだったが、あえて深く触れなかったとはいえ今ではその鋭利な槍を模した武装の形状が((殊更|ことさら))頼もしく思えてならない。

 使い魔と人形の((膠着|こうちゃく))は不自然に槍が半ばで折れ曲がり蛇の如く巻き付こうとしたことで打ち破られた。拘束されまいと身を捻った敵に元に戻った槍が繰り出す突き。どこか固さの残る動きではあるも脅威を抱かせ離れさせることには成功していた。

 気付けば残った砲台周辺にも似た人形たちが生成されていく。同様に槍を構えたモノから巴マミ愛用のマスケット銃型の"リボンの塊"を持ったモノもいる。異なるのは銃口付近に手が加えられ、銃剣にされていることだ。

 近接戦闘用にとほむらが出した案を取り入れた結果だった。死者の((轍|わだち))は踏みたくない様子で遠距離から砲台を狙っていた使い魔たちに十数のマスケット銃が弾幕を放つ。

"きっと。あと少し――!!"

 ほむらもリボン製の銃士を引き連れてさらなる空戦に挑む。魔法と操縦の冴えは極みを見せ、速度に頼るばかりでなく時に遅れ切り替えし欺きの技の限りを尽くして混乱を激化させていく。またしても取り囲まんと"花火"が次々と上がるが、活力((漲|みなぎ))り泳ぐ若鮎のような空中走法を見せるほむらの、その残像以上を捕らえる手段とは最早なりえない。

 人間が生まれ持った肉体のみで空を自在に飛行するなど不可能だ。その((理|ことわり))は想像を力に変換する魔法少女ですら才が乏しい程に縛られる。だが、多大な加速があれば重力の制約に抗える――ほむらの中の道理ではそうだった。

 考えを生じさせていたのは飛行機であったり、より身近なものでは遊園地の設備であった。実体験が遥かに薄い知識ばかりであったが……ほむらは魔法少女になる前から無意識に育んでいたモノまで全てを魂と共に燃料にし、経験と常識を圧倒的に覆す魔法をソウルジェムから生ませ続ける。

 ほむらの行く先をより容易にしようとリボンの人形たちが弾丸と銃剣で風切り音を響かせ先行し経路を開く。機敏さでならバイクに乗らない方が数段上であった。一方で想像力を阻害する違和感は飛べる理由を無理やりにでも用意し擦り付ける程に少なくなっていく。複雑に((敏速|びんそく))過ぎるとほむらとマミの連携に穴が出来やすいのもあった。

 手に入られる術に互いの魔力消費を抑える策を加え――動きの制約も、注意を引くのには都合が良い。

"ここね"

 巨大魔女を中心とする戦場で、あれだけ連発していた花火に続きがないことにほむらは気付いた。僅かな((暇|いとま))であるかもしれないとはいえ、望んだ展開に違いはない。見える限りの敵も魔女本体から引き離されている。"打ち止め"と見るなら勝負を賭けるには好機だ。

 援軍が守り抜こうと"寿命"を迎える仮設砲台も次々と出始めている。全弾排出を終えるや魔法は解け行く。繋がりを無くし地に落ち行くのは、原型をかろうじて留めてはいるも砲身を異様に曲がりくねらせた物体。元々特殊でもないプラスチックで主に構成されたモデルガンが、魔法で無理やりオーバースペックにさせられた結果だ。

 自らの背を己で押すだけの切迫もある。近辺で切り結んでいたリボン製人形が隠し玉の飛び道具として射出する銃剣の刃によって一刹那だけ作り出した広い虚空を、決断を持って横切りながらほむらは新たな力を車体に注ぎ込む。

 ノイズが走る液晶パネルのメーターが更なる異常数値を刻んで行く程に、瞬く間に回転数を上昇させる二輪。リボンの道の速度も合わさり生まれたこれまでの数段上の加速は高らかな排気音を置き去りにし目の無い『ワルプルギスの夜』の頭上――浮遊する巨大魔女の直下へとほむらを進ませる。

 最早追いつけるものなど敵の手下にはいないであろう勢いを殺さず、魔女から放たれる存在感ごと巻き取るように大きく円を何度も描き螺旋の柱としながら上空へ。巨大な歯車を超えてもなお回転を狭めながら筒を成し天を目指す――

 加護を重複させても耐えを強いる高速での圧を((堪|こら))えた先。ほむらの見る真下に妨げる要因は視認出来ない。あるのはこの地点でもなお視野を埋める"歯車の舞台"と、その周辺……((渦|うず))巻かせたリボンの内側に間隔を開け置いてきた軽自動車程度はある数十個の"((容器|タンク))"。

 確信を得たほむらは"この街"での戦闘時に盾から取り出してきた中で最も巨大な物体を収納より解放させる。

 直径、全長、共に一○メートル余りある円筒形から放たれる重量感に偽りは無し。上空に現させたのは、前部の回転盤とそこに設置された無数の刃によって長距離のトンネル工事を可能とする((岩盤掘削機|シールドマシン))だった。

"行きなさい!!"

 唸る重機が内なる咆えを合図に前面で直下の大気を押し退ける。魔法による下知は外装の強化のみならず安定を与え垂直落下を損なわせない。――硬化したリボンの一部が同比率であり特大の"撃鉄"を形作り、追い付くや否や鉄槌の意味を持ってさらなる加速をもたらさんと機械後方を打ち当てた。

 叩き付け風を裂き魔女に直撃したことで撒き散らされた順序立て激しさを増す爆音それぞれが瞬きの間で響き渡る。浮遊する歯車の巨大さからすれば掘削機が激突したのは全体の僅かな箇所でしかない。だが威力が到達していたのは((地中貫通爆弾|バンカーバスター))の自由落下を凌駕する域――敵の超常の浮遊力に圧倒的に勝った。

 身を揺らがせる魔女を襲う衝撃はそれだけではない。本来ではありえない高速回転をする掘削機前部の刃が諸共に降下する間も深い傷を刻まんとする。たった数秒しか持たない重機への魔法は、与えた命令を全うしてみせた。

 お菓子の箱を踏み潰すかのように軽々と。勢いを削がれることも無く落ちてきた『ワルプルギスの夜』によって、広がる小規模な建物の((圧壊|あっかい))に止まらず地面ごと((捲|めく))り上げられていく。

 誘導されていた使い魔の群れが押っ取り刀の態で魔女に向かい急ぐ。巨大魔女を発生源とした地鳴りと土煙が収まりだすのも束の間、これまで空中に残してきたリボンが落下地点を覆い尽くそうと"変形"を始めたからだ。

 さながら((繭|まゆ))。作られているドーム状の魔法は単なる拘束ではないと映ったか、使い魔たちは残存していたリボン製の部隊には目もくれない。が魔女との距離を縮めるのに障害は無いと見えて、先頭集団が次々身を砕かれていく――

 "照準器越し"に粉々にされた使い魔の姿を凝視するほむらは心得ている。地に叩き伏せさせただけでは足りない、と。少女は掘削機を投下した場所で悠長に顛末を眺めてなどいなかった。

 魔女と重機が触れ合った時点でほむらの搭乗するバイクとリボンの道は残像さえ常人の目には映らない速度に到達し、落下地点から数え一〇〇〇メートルの避難と位置取りの距離をただの数歩同然に駆け抜けている。

 半ば車体から振り落とされる形で衝撃を分散しながらほむらが着地したのは二○階建てのビルの屋上。足場の限りを尽くしながらも流れるように勢いを殺す傍ら"アンチ・マテリアル・ライフル"を取り出し己が半身となれと魔力を注ぎ込む。身に纏う追加装備を脱ぎ捨て望む格好で遮られることなく敵を捉え引き金を引くまでに時間は要しない。

 とうに肉体は中学生の体力からすれば逸脱した酷使とはいえ、魔法による回復は帳消しにさせる。無論使える回数まで含めるのならば、全身は悲鳴を上げ始める手前だ。されど隠し持つ"この一発"を放つまでは止まる訳にはいかない。

 ライフルによって射出される場の影響をほぼ無視するまでに自ら加速する攻撃が使い魔たちを破砕していく最中――隙をついて新たに装填された銃弾が魔力を大きな糧として撃ち出される。この為にと、巨大魔女を包む完成間近のリボンの檻に開けておかれた"穴"は、得物を腕の延長としたほむらにしてみれば((潜|くぐ))らすのは造作も無い。

 即座に『ワルプルギスの夜』まで近づけそうな飛翔能力を持った使い魔は長距離射撃であらかた滅している。特別性の弾丸は邪魔されることなく込められたその真価を発揮した。

 何かに命中させる意図は無い。銃弾から伝播されたのは"命令"だ。隔たりを超え周囲に向かって簡素な意思を飛ばす。

 特定の波長を起点として反応するようにも変化させたい対象に元から魔法をかけておけば些細な魔力から成る的確でない指示も状況次第で化ける。まず下知を受け取ったのは魔女の周りを大きく包むリボン……その内側の高所に置き去りにしてあった幾つもの"タンク"だ。

 一斉に亀裂が入り破片と内包されていた大量の粉が魔法による防護の輝きを放ちながら降り注ぐ。密閉された空間を舞い散り厚みを増して積もる粉末に巨体さえも染め上げられた。

 その魔女のすぐ傍ら。役目を終えたように同じく沈黙していた岩盤掘削機の残骸が最後の使命を受信し果たしたのはその時だ。かろうじて原型を留めていた箇所が厳重な庇護魔法と共に崩壊――内部に満載されていた数多の"爆弾"が矢継ぎ早に起動する。

 想定される爆発は、確かに強大ではあるがさしたる規模でもなかった。が実際に爆弾が爆ぜるや事態は止まらない。瞬時に熱波は拡散していき辺り一面に((塗|まぶ))された粉が赤熱を帯びていく。急速に、そして連鎖的に高温へと膨れ上がり、ついには太陽の如き灼熱の眩さを発した。

 『ワルプルギスの夜』へと撒かれたのはただの粉ではない。酸化し易いアルミニウムの粉末を主としたものだった。

 テルミット反応。通常は鋼鉄などの溶接に用いられる化学反応だ。その燃焼時間は僅かだが、温度は二千度にも達する。

 放たれた熱は周囲を囲むリボンの内側に生じさせた絶対防御の"鏡面"が魔力と元になった壁の耐久力が続く限りただの鏡以上の『理』として反射し続けていた。大気の影響もリボンの繭と粉末にかけた魔法で最小限に抑えている。勿論無視とまではいかなかったが、それでも様々な魔法強化の助けも借り今なお千度を優に超して燃え続けていた。魔女からしてみれば溶鉱炉に放り込まれたようなものだろう。

 包むリボンの魔法が解けていき元々遮音壁だった鉄塊へと戻っていく。炎に耐えきれず崩れ去り高熱の鋼が雨となって降った。近付こうとする使い魔はもういない。

"……"

 その様子を強化されたサングラス越しに観察していたほむらは、燃焼の光が弱まり高々とした爆炎に移り変わっていくのを確認しながらアンチ・マテリアル・ライフルを盾に再び納めた。

 己の憎悪を込めた炎。幾度となく辛酸を嘗めさせられてきたほむらの胸の内は未だに煮えたぎっていたが、その一端でも叩き付けてやれたのではと思うと押さえつけ装ってきたのとは異なる冷静さが戻って来た。

 『ワルプルギスの夜』への攻撃の数々。マミの負担を少しでも軽くしようと役割を分けたが正解だったようだ。計画通りの連携によって"これまで"の中で最も火力を注ぎ込むことが出来た。魔法の効力は失われたが激しい火炎は未だ中心部を定かにさせない程に燃え上がる。粉塵爆発が起こることも期待したが、想像と違わぬ展開となった方を喜ぶべきだろう。

 これなら消滅させるには足りずとも相当のダメージを負わせられたのではないかとほむらは踏んでいた。

 ひょっとすれば追撃によって討ち取れるのではないか。用意したモデルガンは使い切っている。グリーフシードも今ソウルジェムの穢れを吸い取らせた分で予備がまた一つ使えなくなった。だとしても巴マミ自身が召喚出来る巨砲と、もしもの為に秘蔵しておいた近代兵器を関係が悪化しようと導入すれば――

「――!?」

 そこまで考えたところでほむらの思考は地面の震撼に中断させられた。

 やはり一筋縄ではいかないか。歯噛みする思いで火災現場を睨み……そこでほむらは絶句を余儀なくされた。

 炎で覆われていた一帯が轟音を唸らせ吹き飛んだのだ。粉塵爆発や不発弾によって引き起こされた類では決してない。だがほむらは、答えを見せ付けられるまでもなく心のどこかで知っていた。

「そんな……」

 如何に強大かは胸の内に刻み込まれていた。生半可ならば文字通り傷一つ付けることは叶わないと。それならとこれまでなど比べ物にならぬ用意を今日までに重ねてきた……はずだったのだ。

 破壊の奔流の中心に『ワルプルギスの夜』はいた。あれほどの衝撃を与えられ、あれだけの光炎に焼かれ、無傷の巨体は空中に浮かぶ。歯車を天に向け、声を張って笑い、出現からこれまで何事も無かったかのように――

「――!!」

 吹き飛ばされたはずの高温に燃える空気が『ワルプルギスの夜』の手前で急激に纏まり始め((悍|おぞ))ましくうねる巨大な火災旋風へと成長していく。魔女の口から放射された極彩色の火がその勢いを後押しする。射抜かれたかのような恐怖をほむらは感じた。

 もしかすれば心のどこかにこの作戦では不十分だという疑念があったのかもしれない。それは事実がどうであるかは問題ではない、これまでの戦いから来るほむら自身の闇だ。

 今はその疑いが救いとなった。もし浅い心構えでこの光景を目の当たりにしていれば、並の魔法少女ならば仮に敵の間近であっても動けなくなっていたであろう。

 開く距離のアドバンテージを活かすのは今しかない。後方には余ったリボンの道とバイク。待機させておいた車体に飛び乗ると共に((直|ただ))ちに起動させる。

 バイクが魔力供給によって再び眠りから覚まされるのと時を同じくして。"育て上がった"猛火の柱があたかも生命の息吹さえ感じさせる燃える大蛇となり渦を巻きながらほむらのいるビルに突風の速さで襲い掛かった。

 距離を進むにつれ先端から減衰していく異界の炎。それでも建物屋上を丸ごと燃やし尽くし、防護策の無い人間程度なら焼失させるのは容易の範疇だ。

 受ければ魔法少女であろうとただでは済まないのは明白。己が身を照らす眼前に迫る脅威に――ほむらは焦りながらも冷静さを手放しはしなかった。あんなものはまやかしでしかない。直感的に分かった。

"――!!"

 熱気に破壊されていく屋上を背に、急発進で虚空へと飛び出したほむらはすぐに下降、ビル全体を一時的な盾としながら攻撃をやり過ごす。"道"の反応速度から幸いにも共闘相手の心にも変化は無いらしい。これまでバイクとリボンが成してきた速度からすれば余裕はあるかのように思えた。だがそれだけならまだしもこの段階でまともな道を作るだけのリボンは((繭|ドーム))形成に大半が使われてしまっている。

 先刻の高度を稼ぐことも、ましてや同じ手段で責めることも叶わない。幸いなのは動きの機敏さが変わらぬこと。であろうともあの炎を避け続けるだけでなく、少なくとも無数の使い魔たちを相手取らなくてはならないのは荷が勝ちすぎている。

 覆すにはまずどこかでこの魔力消費の面で非効率となってしまった状態から脱しなくてはならない。隠し持っている兵器類だけではおそらく数が少なすぎてどうにもならないだろうが、巴マミと合流さえすれば新たな作戦に移行出来るはず――

 そうした思案を続かせまいとするのか、先端部の動きが変わった燃え盛る竜巻がまたしてもほむらを襲う。ビルの各階を蜂の巣の如く突き破り使い魔たちも飛び出してきた。

"まだ――まだ倒れはしない!!"

 似た景色を幾つもほむらは知っていた。だから先程も助かった。本当にほむらが欲し、救いとなる景色は、どこにもなかったのに……

 執念、私怨、抱く思いは膨れ続け――視野に入るあらゆる逃げ道に次々と乗り換えながら、暁美ほむらは逃亡を続ける。

 

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