四章十二節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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 世界が明るい。

 "いつもの"刺激。((瞼|まぶた))を隔てた先は、さらに優しくも眩いはず。

 暁美ほむらは既に知っていた。

「……」

 見覚えのある天井。陽光の差し込む部屋――病室。誰かが換気の為に開けたのか、清潔感のある個室内に、小奇麗なカーテンを揺らして微風が吹き込んで来ている。

 ほんの少し前に見た青空より、ベッドの上から目に入ってくる場所は光に溢れているにも((拘|かか))わらずくすんで思えた。眼鏡を手近に置いているからでは無いのは、よく分かっている。此処の思い出は幾つかあっても"無"に近かったからだ。

 掛けられているカレンダーには((印|しるし))と文字が後から付けられていた。幾つかある内の一つをペンで付け足したのは、近くの机に置かれた時計と、何より己の記憶からして一日前だったはず。だのに妙に遠い昔に書き記した気がした。

 魔法少女服……では無く、そのパジャマ姿に相応しそうな夢心地に似たものから脱し、ようやく感覚も追い付いてきたか。ぼんやりとしていた指や足の先まで今は神経が繋がっている気がする。

 痛みは無い。あれほどの大怪我を負っていた手の平は見知った皮膚が付いている。『魂』と『精神』は異なるのか。どれだけ生々しく記憶に残っていようとも、((痛痒|つうよう))は幻でさえ少女を襲わない。

 白昼夢のようでいて、意識しているにしてはあまりの現実に影響を及ぼさない。身体の状態が実体験に((伴|ともな))っていなかった。――当然だろう。この段階での暁美ほむらは、『ワルプルギスの夜』どころか、まだ一体の魔女とも戦ってはいないのだから。

 視線を少し落とした先。布団の上に転がる『ソウルジェム』だけが、全てが((睡夢|すいむ))では無かったことを静かに告げている。

 拾い上げそうすることが当たり前だとばかりに胸に((宛|あて))がう。"この時間"では昨日――正確には出生時から続いていた胸の奥にある違和感が嘘のように消えていく。

 なのに、同じく胸中にある((蟠|わだかま))りは、何一つ取れてはくれない。

 功を奏しなかっただけで何も手に入れられなかったわけではなかった。思いを巡らすのはもう暁美ほむらだけが体感したものとなった"時間"であり"世界"。

 だが……手に入ったものが必要なモノだけとは限らなかった。

 非道に徹するのならば、街が崩壊し魔法少女を含めて犠牲者が出ても、案の一つとして美樹さやか辺りにでも祈らせれば全てを元に戻すことは出来るだろう。才能がある者なら尚良い。((亡者|もうじゃ))の蘇生が禁忌というのなら契約した者に代わり罪を何とかして一切合切背負う覚悟も用意しよう。

 勿論それをさせることが首尾良く上手く行くかというのはある。キュゥべえが都合良く現れるとも限らない。とはいえ、出来るか出来ないか、では無く、理屈上可能か不可能か、だ。人の道を踏み外すような外道の所業の一つであろうとも、身を支えもしてくれる打てる手であることに違いは無い。

 ほむらは知ってしまった。蘇らそうとも世の理は同じ存在だとは認めはしないことを。

 世界は経験を通しほむらに優しく告げる。((不道徳|タブー))を犯す必要など無いのだと。良かったねと微笑んで来るのだ。

 そのようなことは知ったことでは無いと((頭|かぶり))を振ってしまえばそれで済む話だった。例えばとある簡単な数字の並んだ電気信号のデータがあってそれを消したとしよう。その後あらゆる条件を同じにした上で最初から消去したモノと全く同じデータを作り上げる。二つは同じなのか否か。

 生き返らせた者達はキュゥべえ達のようなあるいはそれ等さえ遥かに((凌|しの))ぐ超科学を持つ存在でも息を引き取る前と見分けが付かないと極めて客観的に判断し証明もするかもしれない。

 自然の摂理と同義である調査結果となるだろう。自己中心を真理そのものとし復活を実現しようと、未来永劫刻まれていく情報に変化が無いのなら、再誕と等しかろうと存続も叶ってはいるのだ。

 元来か後天的か。ほむらの魂は合理的だけであってはくれなかった。単純なデータの再構築だろうと、船を帆以外全て完璧な模造品と交換しようと、細切れにされた牛が何かの拍子に完全に再生し寸分違わぬ鳴き声まで出そうとも、何もかも元通りとは思えない。

 誰かが定めた人間性が邪魔をする。数多の時間を渡り歩いても残った十四歳の理想からくる潔癖が、タブーへ踏み込めば無価値になると、非合理と世界の在り様を同一視させようとして来ていた。だから世界が告げる声が異なっても聞こえる。暁美ほむらは別人になど成れはしないのだ――と。

 これだけこの世というものに翻弄されながらも、生まれる前からあるその様な場所であり法則に救うべき少女が生者として祝福され続けていることに至上の意味があるとどこまでも拭えないでいる。

 時間を好きに巻き戻せる世界の中心の如き強大な能力を持ちながら、己の認識こそが世界そのものであると、正しく自己中心的なのだと、いざそれが真に可能な立場になれる情報を得た時に心を入れ替えることも出来なかった。

 変われぬのなら正面からまともに"敵"であり"運命"に立ち向かうしかない。だがどうだろう。たとえ『ワルプルギスの夜』だけを討つべき相手だとして、あれほどのものを倒す方法などあるのだろうか。

 これまでは巨大魔女が滅ぼされるまで長くは無かった。殆どが祈りと同時に跡形も無く((祓|はら))われるか圧倒的な力を一切((覆|くつがえ))せず敗走してきたかである。

 ……ついに暁美ほむらは『ワルプルギスの夜』の底が如何ほどであるか知ってしまった。

 迷宮の途中で床が崩れていると又聞きした時に規模がどの程度か分からなければ対処が思い付く限りその奥に置かれた宝箱に手が届く期待はまだ持てる。だが先に辿り着いた者が何故他に誰もいなかったのか実際の道や壁の様相を見てしまえば、場合によれば案自体で諦めるしかない。

 魔法少女達による共闘。鹿目まどかのあの時間での力。そして巴マミが変化した姿。全てを攻撃として纏めれば人が到達していそうな領域ではある。かといって余さず本体に直接叩き込めるとしてもいったいどれほど高威力のミサイルだけでも必要となるのだろうか……。

 頑張れば頑張るだけ、動けば動く度、"情報量"は増えるのに救いとなってはくれない。

 明らかとするのは自分ばかりでは無かった。あの時間だけに限ろうとも――まるで世界がそれとなく伝えてくる言葉と等しく、才能を持つ者が自我さえ手放し掴んださらなる強大な力であろうと、承認出来ない運命に抗えるだけの存在とは成れはしないのだと示してくる。

 能力に恵まれてはいても鹿目まどかと比べれば巴マミはまだ暁美ほむらに魔法少女として近かった。何をするにしても年齢や形式的なものを超え先輩であり師となったのだ。いずれ追い付けるかもしれない憧れ。故に奮闘の全てが未来まで含めた無益の証明としてほむらに重なろうとして来る。

 先立ちはキュゥべえを通して解決法も図らずか出してはいた。異なる存在への成り方を変えてしまうのだ。

 巴マミは魔女を駆逐する一念だけを残した。ならば暁美ほむらは鹿目まどかを守護する思いだけを残せば良い。そうすればこのような人らしさと言いたくも無い感情になど惑わされずに、あらゆる時間でまどかを魔法少女の要素から遠ざける半ば概念としておそらく永久に有り続けられるだろう。

 だがそれも所詮そうするしかないとした中での最上級の結果の一つでしかない。永遠の迷路に閉じ込められようと叶うのなら構わず喜んで身を差し出すが、まどかに危害を及ぼす最悪となる場合も有り得る。自我を捨てなければならないなら実現しようと確かめ様が無い。そのようなものは成功しても自己満足だけの夢と同じで賭けになるならば無意味だ。

 何よりアレは始まりからして才能のある者だからこそ引き寄せられた奇跡なのだとほむらは考えていた。強い思いだけで別人に転じる奇跡の条件が整うなら、もうとっくに変われていることだろう。

 暁美ほむらは巴マミにはなれはしないのだと知性で自覚出来てしまった。なのに未だに目の前を走っていると思えて仕方無い。その存在は最早取り巻く宇宙と似てすらいた。暁美ほむらへ不都合を見せるのに、鹿目まどかだけでなく己にとっての夢なのを否定し切れない。

 暁美ほむらの心は記憶により汚染されてしまった。自然の理法のみならず、少女にとっての真実でさえ、もう目の前に広がる全てが毒と化してきている。迷路に出口など無ければ作り出せもしないことを事実が関連付けようとしていた。何度戻せても、少女の時間だけは、進む。

 だとしても、知り得たことから導いているだけの早計だとその場((凌|しの))ぎであろうと胸に抱けるのもまた――あるいはまだ――人間だからか。

 時計の針は"変わらず"巻き戻せる。情報は得た。ならばまだ歩ける道があるはず。調べが足りぬと"先程までの時間"は示してくれたばかりではないか。元通りなのだから友はまた綺麗な状態で、魔法少女という理によってまだ"誰"からも汚されていない。それだけはいつだって確かであり、それのみを唯一の救いとしないから今があるのだ。

 ――本当にそうか?

"そうに、決まってる。何も変わりは無い。疑う余地なんて無い。目を逸らしてなんか、いない……! "

 腐り落とせる意地は残っている。たとえこの先執念以外失われた人形と成り果てようとも、その時こそ魔法少女の夢を見せてくる者と同じそして別の奇跡の体現となれるやもしれない。

 きっとそうだ。((縋|すが))れる。世界に受容の慈愛はあるはずなのだ。身を削った((挙句|あげく))になったとしても、これまで自らを支えてきた想いが単なる執着を超えた時、いつか必ず、己は己でありながら、ただ唇を震わすよりも遥かに世に自然と響いて塗り替える……今はまだ知らない、そうした"言葉"そのものとなれるはず。それこそ"先輩"が確と見せてくれた、この魂が熱く輝き続ける限り求めるべき、醒めても見られる悪夢なのだから。

 前に打ち立てられたのが墓標だと目に見えていても間違いなく道標であった。

"行かなくちゃ……"

 暁美ほむらはまだ――泣けない。

説明
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【あらすじ】
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