魔法使いと弟子7 無垢鳥の章
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「ぼくは君を裏切らない。そして君の裏切りを許容すると誓おう」 

「それでいいの?」

「ぼくは師匠だから、ぼくの予想を超えるようなものができるなら、それはそれで嬉しいものさ」

 

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魔法使いと弟子

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ね子だるま(ぽんたろ)

 

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 夜会から数日過ぎた12月。たまはテストを終え、次の週無事修学旅行に旅立った。

行き先は京都らしい。

 俺は久しぶりに一人で週末のカウンターを拭きあげる。たまがしっかり手入れしてくれたからかほとんど汚れていない。

日が傾き、冬の早晩を告げる。

ちりん

 鈴の音と猫の声が聞こえた。

「……」

珍しい。この店には野良猫は滅多に近づかないのだが、どこからか逃げた鈍感な飼い猫だろうか。

もしくは……

からんからんと、ベルが鳴る。

 

来訪者の姿はないが椅子の上に手紙が置かれていた。

 

 俺は二階に上がりロッカーから杖を出し、黒いウインドブレーカーを羽織る。

「メルキオル」

『朔、協会から手配書が来てるよ』

「だろうな」

メルキオルには直接通信が来るようにしている。

シャッターを下ろして店を施錠し俺は二階の窓から飛んだ。

 

 隠匿、体勢の自動調節、移動座標の固定、速度計算、呼吸器の強化、体温の維持、設定。更新。発動。東南東、マーカーを受信、識別、協会。

 足元に見えていた住宅地はみる間に田畑に入れ替り、雑木と荒れ地が目立ち始める。市街地を避け、携帯の地図を確認しながら朔は飛んだ。

 

 俺は目的の建造物を目視し、木立を挟んだ荒畑の裾に降りた。

『朔、魔女の気配だ。当たりかもしれないよ』

「だといいんだがな」

 今回は地区会長の狩りとは別件だ。

 俺は協会に人殺しの魔女狩りを別に斡旋してもらっている。

 実績のせいか『悪魔女狩り(ハンター)』と呼ばれるのは複雑だが……。

今回も人死が確認されている凶悪な術士が獲物だ。

とはいえ大概無関係な犯罪者だしメルキオルの魔女センサーはあてにならない。

 辺りは静まり返っていた。

 12月なのでそこまで不自然ではないが生物の存在を一切感じない。

ここまで廃れていると狸や野ネズミくらいは居るものなのだが……。

 建物は日本家屋、平屋の一軒家。廃屋に見える。

 近隣にも数件ある廃屋は数ヶ月前まで住人がいたらしいが今は荒れに荒れ見る影もない、畑も含めどこも数年は放置されたように見えた。

瓦屋根裏の日本家屋、平屋、部屋数は四……多くて六程度か。

屋根は半ば割れ落ち、傷んだ軒下に瓦の山を築いている。

魔女は一人、協会の情報で確定している犠牲者は調査に来た五人。いずれも一月以内の為余罪の可能性濃厚。

先発の狩人も全員音信不通。

追加の懸賞金を付けての広域募集に切り替え。

『朔、他にも術士が来てる』

「……」

 狩りに同類と出くわすことは少なくない。気配が駄々洩れならターゲットではないだろう。

 索敵は継続しつつ朔は土足のまま廃屋に踏み込んだ。

 音も気配も消し、足元に固定と停滞の術を重ねる。

 次の瞬間、産毛が逆立った。何かが背後を通った。違う、これはコウモリだ。

 朔は振り返らずメルキオルの杖先を床ギリギリに落とし歩を進める。

 暗い廃屋に光源はない。メルキオルの微かな燐光を頼りに、外観からすればさほど広くない家屋を探索する。

擦り足気味に歩を進めるごとに、足元の古びた畳から埃が弱く舞う。

「……」

 一軒ずつ、一つずつ部屋を覗く。

どこも朽ちてはいるが家具がある。住人の行方などは聞いていないがこの分では引っ越したわけではないのだろう。

ボロボロなだけでどの部屋にも際立った異常はない。

異常なほどに。

『……』

 四部屋目。

朔は杖先を床に着けた。

「当たりですか?」

 いつのまにか男が隣にいた。顔に見覚えはない。

背は165より少し下だろうか、やせ形で深く帽子をかぶっている。

「あ、ボク種嶋って言います。賞金稼ぎッス。よろしく」

 少し違和感のあるイントネーションで男は古びた畳に踵を落とした。

「っ」

 畳がめくれ上がり部屋中に埃が舞う。

俺は杖をくるりと回した。埃は静かにもとの位置に落ちる。

畳の下には階段があった。

「んふー。下がありますね。いきましょ」

 

 杖から出した数羽の小鳥を光源に朔は地下に降りていく。

種嶋が先行し、朔は後ろから光の供給と背後の警戒をする。

「お兄さんここらのひと?」

 種嶋はよくしゃべる。

天気の話、この建物の話、今朝食べた朝食の話まで途切れることなく話し続ける。

朔はたまに相槌を返すだけだが、気にしていない様子だ。

階段は長かった。途中蛇行しながらもう10分は歩いている。

「今日の獲物さん、何したか聞いてます?」

「……」

 階段の先は見えないが空気の流れはある。

「協会も説明くらいほしいですよね」

「禁忌研究」

 種嶋もそれくらいは聞いているだろう。

「違いますよ。研究内容の方です。ケチ臭いですよねぇ」

朔は少しだけ眉を潜めた。

 賞金稼ぎと自称しているならこの手合いに会ったことは無いのだろうか。

「知ったところで意味はない」

 懸賞金が掛けられる程の悪辣な術を知ったところで手を伸ばせば狩られる側になるだけだ。

間違いないのはこの下に潜んでいるだろう輩は確実に五人以上を殺している。それで十分だ。

「種嶋」

 メルキオルが広い空間に出た。朔は触媒を砕いて幾つか術を発動した。

種嶋はぴたりとしゃべるのをやめ、ポケットから紙切れを取り出した。

階段を抜けるとそこは

 

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 楽園、だった

 

「なんだ、これは」

 地下空間はかなり広く、青空と深く美しい碧い森を抱えていた。

「メルキオル」

『ここは地下60メートル位だよ』

「術による幻覚か」

『実像だね。水の流れを感じるよ。人工太陽はライトだね』

 青い小鳥がくるりと舞う。

 非効率的過ぎる。

終末世界で家畜を飼育するならともかく、こんな空間を作って魔女は何をしているのか。それともシェルターか防空壕か何かの再利用だろうか。

「すごいなー。地下帝国ってやつかな」

 種嶋が朔に振り向いた。同時に朔も踏み込む。

種嶋の背後で大きく爆煙が上がった。

「……わり……」

「…………」

 杖の前に障壁を作った。

目の前の地面が大きく抉れ、数メートル先にこの空間の下地らしき金属板がのぞいていた。

朔は周囲を警戒しながら壁を解除する。

「借りはそのうち返すからねー」

 種嶋は跳んだ。攻撃の方向を逆算したのだろう。

術士の礼など期待してはいない。出し抜いてなんぼというやつだ。

 俺も杖を構え肉体強化を唱える。天井に頭をぶつけて落ちたら終世の恥だ。

『種嶋のマーカーはもう少し右だよ』

 メルキオルが囀る。

先程庇ったついでに種嶋の服にマーカーをつけておいた。

『朔、術式が発動』

俺は触媒を砕く。

杖の前方が爆発した。

周囲木々に火の粉が燃え移った様子はない。

「なるほど」

先程の爆発も敵の攻撃ではない。種嶋の置土産だ。

「いい性格をしている」

 

 濃い緑の中にちらちら白いものが見える。

降りてみると四角い白い建物だった。

チョークの様にまっしろに漂白された壁には蔦や苔が張り付いている。

窓はほとんど無く、扉がついた豆腐のような印象を抱く。

崩れた天井から差し込む光が相まって抽象絵画の様だ。

中には何もない

卵の殻のような施設だった。

 

 飛行途中から朔に向けた妨害が止んでいたのには気づいていた。

種嶋は先に会敵したのだろう。

ふと、マーカーが消失した。

「……」

『朔、近くにいる』

 豆腐建築を縫い、奥の大きな白い建物についた。

さしずめこれがボス豆腐か。

どこが入り口か判然としない建物の横腹に穴が開いている。

朔は静かに覗き込む。

 

薄暗い室内に黒い球体が転がっている。 

 

球体は人間を食べていた。

正確には種嶋を、か。

上部に突き出した足が何だか犬神家を彷彿とさせる。

「……」

「やあ、魔法使いさん」

「……」

「きみは無口なんだね」

 球体の横には女がいた。

まだ若い。年頃は高校生か大学生位に見えた。

無論見たままを鵜呑みにするほど朔は若くない。

人形使い、枝下野密、女。56歳。

「枝下野密か」

「そっか、そうだよね。きみも協会の人か」

少しだけ寂しそうな顔をして、枝下野は朔を指差した。

「処理開始」

球体から、その表面から削ぎ落としたように松嶋の足が落ちた。

血が、床に跳ねた。

「術式解凍、連鎖四重展開」

 

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 黒い球体の正体は察しがついていた。

倉庫や道具入れ、ポケットだとか呼ばれる術。

つまり中に仕舞う。別な空間と繋げる門。

攻撃目的で使うやつは珍しいがやり方は簡単だし先ほどの喰うような動作で何をしているか嫌でも察した。

門の出現を細かく制御することで肉を刻んでいたのだ。

種嶋が生きていることは無いだろう。

俺は門に滅茶苦茶に座標設定した門を重ねることで、球体を破壊した。

 

「酷い……作るの大変なのに」

俺はガラス管を折り割った。

くるりと杖を回し構える。

トン

と軽い音を立てて朔の姿がぶれた。

 次の瞬間枝下野が天井にめり込む。朔の自分の体へのダメージを無視した殴打で跳ね上げられたのだ。

 時間をかければかけるほど手の内を探られる。殺すならなるべく初撃で殺せ。

恩人に教わった教えだ。

枝下野が床に落ちる。重い音。

 元は壁があったのだろう。床から突き出ていた金属棒が突き刺さり貫通しているが血は流れない。粘土のようにめりこんでいる

「義肢…………いや、人形……?」

「人形?」

むくり、とそれは棒を引き抜き起き上がった

 枝下野は人形使いだったはずだ。

人間の可動域を越えた関節の動き。

「『これ』は娘、人間、ママの素晴らしい娘」

 朔は咄嗟に身を引いたが首に浅い傷み。滴る熱

 指を滑らせて止血。幸い毒物は塗られていないただのガラス片を投擲されたようだ。

「枝下野はどこだ」

「ここにいるよ」

 床に広がった球体の中身を指差す。

溶けた人体のパーツに見えるが、とても生きているようには見えない。

「何をしている……お前達は……」

「達?ふふ、うれしいな」

 起き上がった人形はさも嬉しそうに笑う。

捻れていた関節が元の位置に戻る。

「ママを作りなおしてるの」

ママ……?

枝下野?

「枝下野密はもう死んでいるのか……?」

「ふふ」

人を殺し

人を固め

人を作る

人形

『ストックの急速解凍』

手に納まる重み。

「また失敗しちゃったなぁ。ねぇ、なんでみんなママを殺しちゃうのかな?」

無垢な顔で人形は笑う

「まぁ、またつくればいいよね。材料はいっぱいあるもの」

笑う

笑いながら、人形は身体中に仕込んだ術の、その備蓄を解凍していく。

こいつは壊れている

 確認するまでもない。枝下野の復元は失敗しているし、言う通りに何回も繰り返してきたならそもそも脳が使い物にならないだろう

 数十年前に書かれた自身の複製再現をした術士の論文を読んだことがあるが、人間一体の脳味噌を情報含めまるごと保存するにはたとえ術士であろうと自分の他にストレージ操作が出来る外部脳がないと収まりきらないらしい。

しかもその術士は自身でその術を使った後すぐ自殺している 

 

 朔は杖を圧縮しベルトに刺すとナイフを構えた。

「あはは」

 人形から圧を感じた瞬間朔は床に転がった。

 酸が背後の壁を溶かし下地の金属が嫌な光沢を曝す。

人形の手には手袋がつけられている。

「お兄さん早くて丈夫ね!良い材料になりそう」

 通常生物にしか術は使えないが、蓄積しているのだろう。あの手袋に。

所謂符術や式神というやつもやり方は同じだ。

べったりと塗りつけられた乾ききっていない血液が素子の燐光を放っている。

種嶋は人形だと気づいて油断した処に畳みかけられ、門を被せられてやられたのだろうか。

門を一つ破壊したところで数分先は我が身だ。

「っ」

『朔。ごめんねこいつ魔女じゃないや』

メルキオルが腰でピヨピヨ鳴く。

分かるわアホ鳥

「にーげないで、ね」

 建物の穴と奥の扉の前に壁が反り立つ。

手袋がチリチリ焦げるように揺らめいている。

 

 朔は人形に再度アタックをかけた。

 首を折るつもりで蹴り飛ばし、背中を切りつける。

「痛い!」

子供のような痛がる声に眉根が寄る。

悪趣味め!!

声と裏腹に手から放たれた榴弾を壁を張っていなす。

天井の一部が崩れてくるのを避けながら突き出された槍のように変形した腕を掴んで避ける。

関節部に腕を差し込み、折る。

「ああっ!!」

 人形が顔をしかめた。

天井のガレキに人形を押し付け、取れた腕で貫く。

人形の腕や腹から流れる赤いものは血ではない。

血の匂いはしない。

「いや……やめて……ころさないで」

一瞬だけ、たまが脳裏をよぎった。

「ぐ」

 腹に人形の足がめり込む。

跳ね飛ばされた勢いで天井に激突し、割れた蛍光灯の破片が背中に突き刺さる。

「……」

 あばらが砕けたのが分かった。

落ちた床、ひび割れたリノリウムに朔の血が流れる。

「ママ……やったよまた勝ったよ……ねぇ……わたし良い子でしょう?ママ……」

人形が嬉しそうに歩いてくる。手袋を握りながら。

 

 

 朔はおそらく生まれつきだろうが昔から素子量が並外れて多い。

素子量を直接計量はできないが、朔の素子量は並の術士数人分程度と協会で言われていた。

これだけのために朔に婿養子の申し入れをしてきた家系も複数ある程だ。

術士にとって素子量の限界は起こせる奇跡の最大規模を決める。

大量の容量

それが可能にする荒技

人形が再構築した球体。門が頭上に掲げられた瞬間を狙い、朔は手を掲げた。構築していた術式を展開する。

「三元固定」

手をスライド、壁の座標を縦軸に5本指定し

「うあああああ!」

力ずくでずらす。

 朔の鼻から鼻血が垂れる。

何もない空間を、座標を、固定し『存在』をずらす。

ウォーターカッターより精密鋭利な切り口を晒しながら人形の腕と頭が吹き飛んだ。

 

 

 家に帰るまで身体がもてばいい。

朔は震える手でバラバラにした人形の手袋にナイフ突き立てた。

「……分解」

刃と脳が熱をもつ

ありったけの素子をつぎ込み、組まれた術を強制解除していく

手袋が色を変え溶け崩れる。

ホイッスルをむちゃくちゃに吹いたような悲鳴が耳を突くが、幸か不幸か疲労でもう耳もよく聞こえない。

剥き出しになった手には何重にも式が書き付けられていた。

 

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「……」

 実時間は五分ほどだろうか、永遠に感じた解除地獄が治まりナイフを引き抜くと人形は動かなくなっていた。

 本当に魂なんてものがあるのか、俺は知らない。

死により数グラム失われる重さをそれとした話も流行ったことがあったが、あれは水分だと結論付けられていた。

定量出来ない以上、精神論の問答は疲れるだけだ。

「はずれ、か」

 鼻血を拭い、応急処置をしながら建物の内部を見渡す。

傷だらけな壁の一部に違和感を感じ、手を触れ解析してみる。

「……」

 カタカタと軽く、ドミノが倒れるような音とともに扉が構築された

『朔』

「わかってる」

 逸る気持ちを抑え、ゆっくり鍵と罠を解析、解除する。

きい

 扉は軽い木製だった。部屋の中は光源がない。

「メルキオル」

 青い小さな小鳥が部屋に満ちた。

小さな部屋だ。朽ちた太い配管と小さな暖炉のような物、それに重ねるように小さな机がある。それだけの部屋。

 朔の視線は小さな机、そこに置かれた書物に釘付けになった。

「赤穂……白雪……」

 手書きでかかれたそのノートには、確かに彼の憎き魔女の名が刻まれていた。

『朔、警戒は解かないでね』

「ああ……」

 俺は手ぶくろをはめ、魔書の項をめくる。

 人間の肉体を材料に使った外法術。肉人形。

ノートには大量の付箋紙が貼られていた。

付箋には遠隔起動術式を人形に術を使わせる術理論の応用や研究の走り書きが黒くなるほどみっしりと綴られている。

 やがて人体への影響を持つ術へ内容は傾倒していく。

そして

【私たちの永遠のために】

 幼い娘を育てる傍ら不治の病を患っていた枝下野の日記と、生きたまま、若しくは死んで間もない人体を使い別な人間を完全修復する技術。大量の素子と、大量の人間を使う虐殺術理。

 朔の頭に沸々と込み上げる。怒り。

「あいつの主がもう死んでいて良かった……」

『焼く?』

「ああ……調べ終わったらな」

 俺は粗方の内容に目を遠し、ため息をついた。

 元のノートの作られた年代やインクの劣化の差異から考えてもかなり時間が経っている。直接赤穂に繋がる手がかりにはなりそうになかった。

しかし、次の瞬間朔は目を見開いた。

「……!」

『どうかした?』

「はは……」

 乾いた笑いが朔の顔に貼り付く。

 

 栞代わりに一枚の写真が挟まっていた。

幼い二人の子供、同じくらいの背、同じ顔、揃いの白い服を着たその顔にはどこか見覚えがある。

俺は震える手で写真を裏返した。

ボールペンの走り書きの2文字に視線が吸い寄せられる。

環 忍

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