連なる戦場
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前線から幾ばくか離れた、開けた森林地帯に築かれた野営地。暗くなりつつある夕空に反比例し、仮設照明が、煌々と辺りの設備を照らし始めた。

 

戦闘は一旦小康状態になったようだ。だが、それは決して「停止」ではない。「続く」争いの中の、ほんの一場面に過ぎない。そしてこの小康状態こそが、ここに陣取るCompany社、後方部隊にとっての、戦闘の幕開けとも言える。

 

屈強な体つきの整備部隊長が、大声で喝を入れた。

「すぐに吊るせ! 【バルクアーム01】は後回しで良い! 【ポーター】が連れてきた【スケルトン】からかかれ!」

 

前線から帰還した機甲部隊のヘキサギア達が、次々と「櫓(やぐら)」のようなハンガーに入っていく。すると、それが合図のように、上部からクレーンが降りてきた。さらに、整備部隊の面々が固定台や足場を押しなながら各機体に駆け寄り、すぐさま作業に入る。整備をする上でも、機体の関節を休ませる上でも、ヘキサギアを「立ったまま」にはさせない。関節のロックは各部に負荷がかかる為、機体の各所をクレーンで吊り、固定台で押さえ込み、ロックを全解除した上で、仕事にかかるのだ。

 

整備対象の中、特段に被害が大きかったのが、P.G.の駆る機体。通称【ジャンクV-スケルトン】だった。最前線で戦うこの機体の被弾率は普段からして高めである。しかし、今回の様に左脚が装甲ごと撃ち抜かれ、移動不能になるのは稀だ。カーゴに載せられ、後輩の作業支援機【ポーター】に運ばれて、ここまで来た。もちろん、左脚以外の箇所も所々で破損している。しかし幸いなことに、搭乗者であるP.G.本人は無傷だった。彼も同じく、カーゴで運ばれてきている。

【ポーター】の作業アームに捕まれ、【スケルトン】がハンガーに運ばれる。それを行き場のない様子で見つめるP.G.。そんな愛機に近づいてきた整備兵の一人に、呟くように詫びた。

「すまない……しくじった……」

すると、声を掛けられた整備兵は、P.G.の肩をアーマータイプごとゴン!と張り手で叩き、バトンを受け取るように、対照的な態度で答えた。

「おぅ! あとは任せな!」

Company社の整備部隊はかなりの武闘派だ。最前線で戦う歩兵部隊と本気で喧嘩ができるのも、彼らだけである。そんな腕力から繰り出された張り手は、まるでP.G.に気合いを入れ、送り出すかのようだった。これにはP.G.も「あぁ……頼む….!」と、答える他なかった。

 

一方、【スケルトン】程では無いにせよ、各所に損耗を起こしているのが、もう一機のジャンクVだ。ヘーゲルの乗機【ジャンクV-ダスク】。長時間のマルチキャリバーライフルでの連射、更に致し方なくインターバルをおかずに運用した各種武器の反動で、脚部以上に腕関節へのガタが酷かった。機体が固定された後、背面外殻のロックを外し、ハッチを開けるように出てきたヘーゲル。組まれた足場を移動しながら、手際よく作業にかかる整備兵にいつものノリで主張した。

「自分のジャンクVは私が整備します。皆さんはP.G.さんのを──」

 

ここまで言って、ヘーゲルは足場に乗ったまま、整備兵に殴り飛ばされ、軽く宙を飛んだのち、重力によって、地面に叩きつけられた。

「ア゛ア゛ア゛!! オトチャーン!!」

まず初めにジャンクVに搭載されたKarma【Ja-chan】の叫びが響き、ほぼ同時に、整備兵の怒号がそれをかき消した。

「じゃかしいアホンだらぁッ!! 平時とは違うんじゃッ!! 飯食って、クソして、寝ろボケッ!!」

さらに、地面に突っ伏すヘーゲルに対し、他の整備兵が通るたび、蹴り一発と、罵声をお見舞いする。

「そうだこのド素人!!」

「テメーは機甲部隊だろがッ! 」

「な・ん・ど・言・え・ば! わかるんじゃ!!」

「大人しく任せて、くたばってろ! クソがッ!!」

「アァ……オトチャン……」

最後に添えられた情けない【Ja-chan】の声に免じてか、はたまた無駄な動作の省く為か、数発の蹴りの後、ヘーゲルは捨て置かれた。だが、ヘーゲルは再び主張する。

「いえ……私も手伝います……」

アーマータイプ越しとはいえ、物理的なダメージに悶絶しながら、立ち上がろうとするヘーゲル。

 

しかし、これを制したのは、整備兵ではなく【Ja-chan】だった。

「オトチャン、心拍数、発汗、アブナイヨ……! 脳ノ分泌、過剰カモ……!」

「……ッ」

そこまで言われて、やっとヘーゲルは自身の額で滝の様に汗が流れていること、胸の心音が異様な速度であること、物理的な痛み以外にも、全身に違和感があることに気付かされた。そして、自身に駆け寄る足音にも─。

改めて視線を向ければ、それが衛生部隊の者であることは、服装などからも一目瞭然だった。

「さすが【Ja?chan】。ありがとう、適切なフォローだよ」

「ヘーゲルさん、無理はいけません。あなたはP.G.さんより消耗してるんです」

「いくらアーマータイプとは言え、万能ではありません。『人間機能としての休息』も必要です」

そういいながら衛生兵はヘーゲルのヘルメットを外し、汗を拭く。そして、ゆっくりと身体をおこさせて、ヘーゲルにストロー付きのドリンクを渡した。

「ありがとうございます……すみません……」

 

口元でドリンクを飲みながら、ヘーゲルは久方ぶりに肉眼でみる風景に、目を細めた。汗と、疲労からくる霞目で、辺りが異様に輝いて見える。もうすっかり夜だが、昼間のように明るい。ジャンクVの頭部のみがこちらを向き、焦点を合わせる為レンズを絞り、まるで目をキョロキョロさせているようだと感じた。その周りを整備部隊の者達が取り囲み、手際よく各所の部品を外し、作業を進めている。そして、気温も下がり、湿度も含まない心地よい風が、ヘーゲルの肌と、脳を冷やしてくれた。

「……だいぶ、やられていたみたいですね。おかげで落ち着いてきました」

「良かった。自分で歩けますか? 食堂で夕食の準備ができています。もし、食欲があって、固形物が平気そうであれば、無理のない程度に食べて下さい」

「ええ、ありがとうございます。大丈夫そうです。食べてきます」

「オトチャン……無理シナイデネ……!」

「あぁ……【Ja?chan】もありがとう」

「ウィ!」

そのやり取りの後、衛生兵は再び駆けていった。別の場所に張られたテントには、歩兵部隊の負傷者が収容されているのだ。やはり少なからずの怪我人がいるとのことで、その救護に向かったのだろう。

 

ヘーゲルは若干ふらつきながらも立ち上がり、歩き出した。辺りの喧騒は戦場の「静けさ」とは打って変わったものだが、それは決して戦場のそれと別物などではない。むしろ地続きの存在であることは、ヘーゲル自身、幾度となく経験してきた。

 

整備部隊はヘキサギアだけを修理するわけではない。だが、高度にユニット化されたとは言え、それぞれの機能、構造は、全く異なる専門性のものだ。それゆえ、戦闘用ヘキサギア、武器、装備、随伴車両、各補給─異なる内容について、専門の担当員で構成されるのが、整備部隊だ。持ち分の機器について、彼らは己の技力をいかんなく発揮する。そんな整備兵達の会話は一切混線することなく、互いに共有され、現場全体を回転させていた。その様は、ヘーゲルにとっても圧巻だった。

 

「【スケルトン】の左脚はダメだ。関節から外して、【ダスク】の腕とあわせて、予備機と共食いさせたほうが─……」

 

「【バルクアーム03】は榴弾砲の砲身が若干歪んでる。丸ごと外して─……」

 

「5番車両の右後輪が─……」

 

「変えのヘキサグラムはここに置いておくぞ!─」

 

方や、奥の方に設営された簡素な指揮所では、戦闘に関わる部隊長が、情報部隊の資料を見ながら、早くも作戦会議を始めていた。ヘーゲルが近づくにつれ、その声が鮮明に聞こえてくる。今は「オネェ」の情報部隊長が、説明をしている様だ。

 

「あたし達が集めた情報は以上よ。あちらの部隊は恐らく左翼が手薄になりつつあるわ。後方の動きから、明日は─あら」

そこまで話して、ふらふらと歩くヘーゲルに、情報部隊長が気づいた。

「ヘーゲルちゃん! ナイスフライングだったわよ! グロッキーはもう大丈夫かしら!?」

ついで、その場にいた自身の上司、機甲部隊の隊長からも声をかけられる。

「ヘーゲル君、ありきたりな言葉だが、休むことも仕事だぞ」

ヘーゲルより遥かに年上であり、かつ同じ戦場にいたというのに、既に会議をしている事実に、ヘーゲルとの圧倒的経験差が現れている。自身はいつ休んでいるのかと、その疑問を口元で押さえ込み、ヘーゲルは「はい」と答え、一礼するに留めた。情報部隊長のヒラヒラと振られる手に送られて、ヘーゲルは再び歩き出した。

 

─戦況は、刻一刻と進んでいた。今まさに、この時も、リアルタイムで。だからこそ、それぞれの人員が連携を取り、仕事に取り掛かる。皆それぞれの想い、目的、能力でもって、業務に従事しているのだ。第三世代機で構成される第二機甲部隊は、今も搭乗待機状態であり、これもまた、戦闘中と言える。そんな第二機甲部隊内、それどころか社内においても「戦闘の天才」と呼ばれるニコラスは、やはりいつもの待機中と変わらず、Karmaとの会話に勤しんでいた。

「─だから、やつらはこういう動きになると思うんだ。でも【ソフィ】、この対応ならば……あぁ、ヘーゲルさん、お疲れ様です。食事ですか。今日はシチューがなかなかでしたよ」

「お疲れ様。そうか、じゃあシチューにしてみようかな」

「ここは僕らに任せて、ゆっくり休んで下さい。ね、【ソフィ】」

「─ええ、私たちの戦力であれば充分に応戦可能。私も貴方のマニューバを信じているわ、ニック」

「あぁ、大丈夫だよ【ソフィ】。出撃とあらば、僕たちの手で、奴らを八つ裂きにしようね……」

ニコラスとKarma【ソフィ】のやり取りを聞きながら、ヘーゲルが奥に目を配ると、同じく搭乗待機中の第二機甲部隊メンバーが、手を挙げて答えてくれた。アーマータイプのヘルメットで表情こそ見えないが、サムズアップであったり、形式ばらない手の動きは、彼らの性格を表していた。

「じゃあニコラスさん、私はここで」

「はい。落ち着いたらまた【ソフィ】を見てやって下さい」

これにヘーゲルもサムズアップで答え、この場を後にする。そして、程なく歩くと、仮説食堂の賑やかな香りが、ヘーゲルの鼻腔にその場にあるもののイメージを送り込んできた。

 

施設部隊が建てた食堂は、仮設とはいえ壁も屋根も空調もあり、完全に独立した空間を保っていた。そして、大量に並べらた机、椅子には、それぞれの部隊のメンバーが集まっており、夕食の時間を楽しんでいる。そんな中に、同じ機甲部隊のP.G.と、ヘイタの姿もあった。ヘーゲルに気づき、二人は小さく手を振る。

食堂はビュッフェスタイルをとっており、各種ジャンルの料理が取り揃えられているのが特徴だ。白亜理研のような大手研究所に留まらず、食料全般の技術開発、品種改良は、人間の生活に関わる部分でもあるため、盛んといえるだろう。その成果が、今眼前にあるラインナップといえる。ヘーゲルはサラダボウルと、パン、そしてシチューを盛り、P.G.達のいる席へ向かった。

 

「お疲れ様です、ヘーゲル先輩」

そう言いながら、ヘイタが迎えてくれた。ヘルメットを外したままの髪は、まさに爆発といった様相で、独特の風貌を醸している。今日の彼のメニューは、日本食のようだ。一方、P.G.はどうやら先に食事を済ませていたようで、いつものように食堂であるにも関わらず、既にヘルメットをかぶっている。無言のまま、椅子を動かしてヘーゲルへ促す。ヘーゲルも会釈をしながら、それに着席した。

 

「すまない。脚を、引っ張った」

そして、すぐ様に詫びを入れてきたのも、P.Gだった。だがヘーゲルにしてみれば些末なことである。P.G.が生きているのであれば、充分だ。むしろ、自身達の連携不足が、P.G.を危険に追いやったとも言える。

「いえ、こちらこそすみません。自分達がうまく展開出来ていれば、あのような事には……」

「自分の、判断ミスだ……」

「お二人とも、あれは敵に幸運の女神がついていただけです。俺の砲撃でも、あの距離で当てるのは正直無理です。こちらの展開より近い位置にスポッターがいたとも思えませんし、恐ろしく勘が良いか、運がいい奴がいたってのが俺の結論です」

ヘイタは【バルクアーム03】の搭乗者だ。各種重砲・重火器の取り扱いを得意とし、部隊内でも中距離以遠の攻撃に長ける。そんな彼が言うのだから、間違いはないだろう。実際、試射と思しき着弾がないままの効力射であり、「まぐれ当たり」と言えばそれまでだ。この話題はここで雲散霧消し、ヘーゲルの質問で、次の話が展開した。

「そう言えばあいつは? 確か【スケルトン】を運ぶまでは【ポーター】にいたのを見たけど」

「あぁ、後輩君はあの後気絶して、衛生部隊送りです。俺が運ぶの手伝ってきました。外傷はなく、ただの疲労だそうです」

「そうか……後でなんかもっていこうか」

「……俺も、行く。手間をかけた……」

「じゃあみんなでいきましょうか」

そんな他愛のない話をしながら、食事を進める。外では今でも作業音が響き、各部隊の報告の声や、合図の声が響いていた。

 

 

─辺りが太陽光に照らされ、本来の色を取り戻していく。一番最初に立ち上がったのは、やはり隊長の【バルクアーム01】だ。

「ミーティングの通り、指定座標へ移動を開始する。左翼側を突破口とし、目標施設への道を切り開く!」

「了解」「……了解」「了解!」「了解っス!」

異口同音の返答に、隊長はうなづき、昨日と同様の言葉を放つ。

「第一機甲部隊、出撃!」

バルクアーム型二機、ジャンクV型二機、そして、作業支援機ポーター、五機1チームの第一機甲部隊のヘキサギア達が、息を吐くような「プシュー」という排気音と共に、大地を踏み締める。

関節を噛み合わせながら、各部位を駆動させ、歩みを進める。その様を、整備部隊の面々が手を振りながら見送っていた。

「頑張れー!!」

「帰って来いよー!!」

その掛け声に、【バルクアーム01】のハンドユニットが、サムズアップで答え、再び前進を開始した。

 

「いい調子だな、【Ja-chan】」

「ウィ! 整備部隊ノ人達ガ、徹夜デ完璧ニ仕上ゲテクレタヨ!」

「そうか……またお礼を言わないとな」

「ウィ! ガンバルゾー!」

Karma【Ja-chan】の独特の口調に頷きながら、ヘーゲルはペダルを踏み込んだ。いつもと変わらない挙動だ。そして、それは即ち、彼らからの仕事を引き継ぎ、ここからが「自分達の戦闘開始」である事を意味した。

 

─戦場で一人の人間が英雄的な活躍をすることなど、まず無い。もし戦果を上げる人間がいたとするなら、それは数多の人達が積み上げた仕事の結果、その集大成に他ならない。英雄が一人で武器を作れるだろうか? 食事は? 衣服は? ……そんな当たり前の事を、忘れてはいけないのだ。それは、今の時代にあっても変わりない。人々の営み全てが、一連の戦いを紡ぎ出す。今日もまた、Company社、第一機甲部隊のヘキサギア達が、足音を響かせ、銃声を轟かせる。

 

 

説明
―戦場といえば、とかく戦闘行為自体がとりだたされやすい。しかし、それらは後方の戦場と連なる、一場面でしかない。後方でも多くの人々が己の技量を発揮し、それぞれの戦場で仕事を担っている。
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