式姫漫録 其ノ弐 あかした
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「今後ともご贔屓に。気を付けて帰れよ」

店主の挨拶を背に受けながら、貸本屋を後にする。

両手の平と肩に、しびれるような痛みが残っている。疲労困憊とまではいかないが、何か甘いものが欲しくなる程には疲れていた。

「やれやれ……」

昼下がりの町通りを独り、ため息をこぼしながら歩く。

貸本屋から借りていた本を、たった今返却してきたところである。

梅雨の間、良い暇つぶしになればと思い何冊か借りていたのだ。

本というヤツはとにかく嵩張る。

いや、あれもこれもと興味が引かれるものを選んでいるうちに嵩張ってしまった、というのが正しいかもしれない。

しかしながら今担いできた本の山は、俺が借りてきた分以上に膨れていた。

これは比喩でもなんでもない。勝手に本が増殖したわけでもない。

ただ単に、他の式姫達が借りていた分が俺のと合わさって肥大化しただけなのである。

事の発端は今朝の出来事。ふと、今日が返却期限だという事に気付き身支度を整えたまでは良かったのだが

「本を返し行くのですね。ではすみませんが、これもお願いします」

「オッケー」

まぁこれ位ならついでに持ってってやるかと、たまたま一人分を軽く引き受けたのがきっかけとなり、

「これも」

「これも」

と、他の式姫達まで自分の貸本をまるで賽銭のようにドサドサと投げ入れてきた。

流石にちょっと重いな、誰か手伝ってくれと口に出す頃には周囲に誰もおらず、仕方なく一人で賽銭箱を担いできた、というワケだ。実際に担いだ事はないが。

引きこもり生活を満喫した代償として、体力の低下をもろに実感させられた。

返却がてら、店主にその事を話してみると

「ま、それも陰陽師の務めだ」

と苦笑しながら言われた。どうやら同業者のようなのだが、さりげなく聞いてみてもいつもはぐらかされる。

謎の多い店主だが、俺は今後も利用するつもりだ。彼の人柄に惹かれたわけではなく、蔵書が豊富だからでもない。

ただ、屋敷から一番近い所にある貸本屋だからである。

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昼飯を終えてすぐ出てきたというのに、小さな空腹感を感じている。

食べたいものがあるわけではないが、夕飯までもつかというと微妙なところ。

道端で立ち止まって手頃な店でもないものかと視線を彷徨わせていると、不意にポンと肩を叩かれた。 

「えへへ。ご主人様、みーっけ」

「おや、誰かと思ったらあかしたか」

こちらを見てニコニコ微笑む様は、雑踏の中から飼い主を見つけた犬を思わせる。

本人は犬という響きが嫌いなので、俺はあえて口には出さないが。

「こんな所でどうした?」

「あれー、言ってなかったっけ。私、ここのお店で働いてるんだよ」

「何?」

そこで初めて、腰の辺りに小さな前掛け付けている事に気付いた。

普段の服装とあまり変わらないので、よく見ないと分からないのだ。

そういえば以前、どこぞの茶店で働き始めたとか聞いた事があるような……。

「そ、そうか。じゃあ頑張れよ」

嫌な予感を感じた俺は、それだけ言い残してその場からさっさと退散しようとしたのだが、あかしたは腕を掴んで離さない。

「ね、オガミさん。ちょっと寄ってかない?」

「い、いや、俺はその……」

「ダメ?」

「うっ……」

首を横に振りたいところだが、二の腕に柔らかいモノを押し付けられ上目遣いで

じっと懇願するように見つめられては流石に断りづらい。

これが無自覚なのか計算通りなのか分からないが、可愛いらしい見た目と仕草に男は弱いのだ。あと胸。

結局断りきれず、あかしたの店で小腹を満たす事にした。

「ほら、こっちこっち」

「待て待て、引っ張るなって」

飼い犬にリードごと引っ張られる主のような気分で、俺はあかしたに引きずられていった。

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小さな店内には他に客が一人もいない、実質貸し切り状態である。

これで店がやっていけるのか心配だが、個人的には落ち着いて食事が出来る良い機会だ。

「何にする……じゃなかった、こほん。オガミさん、何にしましょうか?」

「あかしたに任せる。小腹が満たせれば何でも良いよ」

お品書きも見ずに即答した。まさか、大皿に盛る程の大量の甘味を持ってくる事はあるまい。

主から一任された彼女が何を馳走してくれるのか、採点といこうじゃないか。

「はーい、少々お待ちください」

ほどなくして、あかしたが甘味を運んで来てくれた。

「おっ、みたらし団子か」

「ごゆっくりどうぞー」

そう言うと、あかしたは勝手に対面の席へと腰を下ろした。こちらの反応が知りたいらしい。

おいおい、いくら暇とはいえこんな事してていいのかと目で問いかける。

「どうしたの?」

「……いや、別に」

ダメだ、通じていない。というかそんなにじっと見られると、却って食べ辛いの

だが……。

仕方なく無言で団子を咀嚼し、悶々とした気持ちを一緒に飲み込む。

「えへへ、美味しい?」

「あぁ、美味いよ」

素直な感想を口にすると、あかしたが微笑んだ。

適度に疲れた体に、程よい甘味がちょうど良い。

二本目の串を手にしたところで、俺はしばしその手を止める。

「あかしたも食うか?」

「いいの?」

「ほれ、あーん」

と、開いた口へ団子を差し込もうとすると一瞬で食いついた。遠慮がない。

あぁそうか、俺の反応が見たかったんじゃなくて一緒に団子が食べたかったんだなぁと今更気付いた。

……いやいや、やっぱり仕事中にこんな事してていいのか。

脳裏に浮かんだ疑問を顔に出さないようにしながら、俺は次の串をあかしたの口元へと差し出した。

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皿が空になると、しばらくお茶を飲みながらゆっくり時間を潰し、夕方になった所であかしたを伴って店を出た。

別に俺一人で先に帰っても良かったのだが、中途半端になる位ならいっそ終わるまで待ってやろうという事でこうなった。

なお、その間の客数については……いや言うのはやめておこう。

烏天狗や吉祥天あたりにこの店を教えてやれば息を吹き返すかもしれない。

「ごめんね、待っててもらって」

「乗り掛かった舟だ、気にするな。一人で帰るも二人で帰るも変わんないよ」

そう言うと、あかしたが腕にしがみついてきた。

「えへへへ、オガミさんだーいすき」

「おっとっと……こら、よせって」

「気にしない気にしない。乗り掛かった舟、でしょ」

「…………」

この場合は、寄り掛かった胸とでも言うべきか。

けれど、久々に主と共に帰れて嬉しそうなあかしたを俺はそれ以上諫める事はできず、恥ずかしさを感じたまま帰路に就くのであった。

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