Baskerville FAN-TAIL the 28th.
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「あ〜あ。つっかれた〜〜」

ある日の朝。グライダ・バンビールは家に帰るなりリビングのソファにぼふっと身を投げた。

もしかしたらそのまま眠りについてしまうのではないか。そう思えるくらい、全身から疲労感を漂わせていた。

「今回は一晩中だったから仕方ないか。セリファは寝ちゃってるし」

同い年に見えぬグライダの妹・セリファを軽々と背負っているのは、彼女らと同居している魔族の女性・コーランである。

彼女らの正体は、通常の人間では対処し切れない事態に対抗する力を持った極秘の特殊部隊――バスカーヴィル・ファンテイルの一員だ。

その任務で一晩中戦っていたのである。

相手はグライダの持つ魔法剣でも歯が立たぬ、固い装甲を纏った騎士である。

触れた物総てを焼き尽くす筈の魔剣でも燃やせぬ、対魔法の防御力が桁外れに高い代物であった。

外部からの侵入が困難な筈の兵装研究所から盗み出された試作品であり、その対魔法防御能力の高さゆえに彼女らにお呼びがかかった訳である。

だがその彼女らでも、その対魔法防御能力の高さには手を焼いた。一晩中戦った挙げ句、結局強引な力技でねじ伏せてその装甲を破壊したのである。

ただし。肝心の「装甲を纏っていた者」は発見する事はできなかったが。

そこでコーランの持つ携帯が着信音を奏でる。彼女は目で「どきなさい」とグライダに合図し、空いたソファに素早くセリファを寝かせると、急いで電話に出た。

相手はコーランがしゃべる間もなく一方的に用件を言って、切れた。

しばし寝転がる姉妹を見下ろしていたコーランだが、

「出かけるわよ。セリファ背負って着いてきなさい」

その言葉にグライダがごねたのは言うまでもない。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

グライダ達の電話から少々遡る。

「結局なんだったのかねぇ」

大あくびをしながら町の大通りを歩いているのは、武闘家のバーナム・ガラモンド。彼もバスカーヴィル・ファンテイルの一員だ。

力技でねじ伏せたのは彼の技・((四霊獣|しれいじゅう))の拳である。一晩中戦った末に放った大技、名付けて「四霊獣龍の拳・((龍纏|りゅうてん))」。それで強引に装甲を粉砕して決着が着いたのだ。

「だが装着者を逃したのでは意味が無いな」

バーナムの頭上から淡々とした機械的な合成音声が。話したのは二メートルを越える巨体を持った戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウである。

冷静なその物言いに、渋いバーナムの顔が更に渋くなる。

「生身の人間が一晩中全力で戦う事はできませんよ。隙ができてもやむを得ませんね」

シャドウの隣をゆったりと歩いていた神父のオニックス・クーパーブラックがシャドウにやんわりと諭す。

そんな彼に向かってバーナムが言う。

「まさかグライダやお前の刀まで通じないとはな」

そう。神父という職業に不釣り合いに思える武器・日本刀をクーパーは持っていた。さすがに今は町中なので、専用の布の袋に入れてある。

クーパーも自身の剣技――開祖が神から授かったという伝説を持つ、古くからある流派・ ((石井岩蔭流|いしいいわかげりゅう))剣術にはそれなりの自信を持っていたが、少々表面に傷をつけられた程度であり、とても「通じた」とは言えないものだった。

「さすがに時代が進めばあらゆる技術が進歩しますからね。昔から連綿と伝わっている物だけでは対処できない、という事でしょうか」

「剣術は進化して居ないのか」

「進化はしていると思いますよ。ですがボクが進化させている訳ではないですし」

バーナムは二人の会話に嫌気が差したように二人の背中を叩く。

「まぁ俺達にできる事はやったんだ。どっかでメシにしようぜ。さすがに腹が減った」

クーパーとシャドウは会話を中断し、彼の提案に乗る事にした。

本当はすぐにでもゆっくりと横になりたいところだが、その休息の為にも空腹を満たし、栄養分を補給しなければならない。眠る必要がないシャドウだけは別だが。

そんな三人は手近にあった食堂に飛び込んだ。そこは交代制で一日中やっている安食堂だ。こんな明け方にもかかわらず、それなりに客が入っている。

シャドウが入口で控えている間、バーナムとクーパーの二人が空いている席はないかとキョロキョロしていると、唐突に話しかけてくる人物がいた。

「あなたがオニックス・クーパーブラック神父ですね?」

短い髪の男がそう声をかけてきたのだ。

その服装は明らかに人界東方独特のもの。現地では職人が好んで着る「どんぶり」と呼ばれる腹にポケットが付いた前掛けが特徴的だ。

クーパーが彼の発言を肯定すると、

「あなたの持つ刀・ ((彌天太刀 |びてんのたち))を返して戴きたい。私は十五代目((織田勘亭|おだかんてい))です」

その男は低い声で確かにそう名乗った。

織田勘亭という名には、バーナムはともかくクーパーにはもちろん覚えがあった。

彼が持つ刀――織田勘亭流・彌天太刀を作ったのは、十三代目織田勘亭なのだ。

 

 

クーパーは注文をバーナムに任せて席につき、十五代目と対峙していた。

年齢はだいたい三十代半ば。その表情には厳しい修行生活で培われたであろう、頑固だが不器用な意志の強さを感じる。

「それで、ボクにどんな御用でしょうか」

クーパーは静かにそう問い、相手の言葉を待った。

「それは先程も言いましたが、十三代目の作った刀『彌天太刀』を返して戴きたいのです」

十五代目が再び静かにそう言うと、まっすぐクーパーを見据えた。

その目と意志に迷いはない。クーパーはそう感じた。しかし、

「何故なのかをお答え下さい。それに失礼ですが、貴方が本当に十五代目だという証もない以上、二つ返事でお返しする訳にはいきません」

そう答えるクーパーの目を真剣に見つめ返す十五代目も、確かにその通りだと思い直す。

自分の国ならともかく、遥か遠い異国で名前だけでは本物とは分かってもらえまい。

十五代目は荷物の中から身分証明書を取り出し、クーパーに手渡す。

そこには彼の顔写真と共に、名前の欄にしっかりと「織田((宋朝|くにとも))」とある。

身分証を見つめるクーパーは東方の文字はあまり詳しくないが、注文を済ませて戻ってきたバーナムは自分の国の文字なのでよく分かる。

流派を継いだ者が開祖と同じ名前も受け継ぐのが、こうした職人のシステムだ。織田勘亭を継ぐのが織田家の人間であるならば、特に不自然な点はない。

「目標が、欲しいのですよ」

身分証を受け取った十五代目・宋朝は、感情を押し殺したような声で、そう言った。

「なるほどな。爺さんが残した刀を見て『俺もこれを越える刀を作りたい』って、ハッパかけたいってか」

バーナムも生まれは人界東方だけあり、同郷の人間の考え方はすぐ察する事ができるし、その気持ちもよく分かった。

「はい。私が生まれる前に亡くなったので面識はありませんが、祖父――十三代目は国でも五本の指に数えられる名匠だったと聞いています」

祖父、十三代目を妙に強調するように、力を込める宋朝。

「こうしてその名を継いだ以上、それを越えるべく精進するのが職人の道だと、私は考えています」

バーナムは「なるほど」とうなづいている。

だが、その様子を何となく聞いていた周囲の客の反応は様々だった。

「そういう事情なら、孫に返してやれよ」

「いや。金を出して引き取るべきだろう」

「別に返さなくたって刀作りに問題はない」

自分の考えに賛同してくれる人ばかりではない。それは土地が変われば物の考え方もガラリと変わるから。宋朝はそれを肌で実感していた。

「もちろんタダで返してくれとは言いません。私が打ったこの刀を代わりに進呈致します」

彼は更に荷物の中から、細長い包みを取り出す。それはクーパーの持っている布の袋に酷似していた。

その袋から取り出したのは、もちろん日本刀だ。

刃を見なければ日本刀の真の価値や良さは分からないものだが、さすがに店の中だけあって刀を抜く事はしなかった。

だが宋朝を見るクーパーの表情は非常に固いものだった。

疑いが晴れていないというものではない。完全に信用していないという顔つきだ。

「生憎ですが、何があっても貴方にお渡しする訳にはいきません。偽者の織田勘亭殿にはね」

クーパーは「偽者」の部分を強調してキッパリとそう告げた。当然ざわつく一同。

そのざわつきの中、一瞬惚けていた宋朝がバンとテーブルを叩き、

「きちんと身分は証明した筈です。それに、確かに劣る品ではありますが、代わりの品と交換しようと提案もした。それとも引き換えの代金も欲しいというのですか、聖職者のくせに!」

それを言ったら本来の聖職者は基本的に刃物を使わないのだが、その辺にツッコミを入れる無粋者はいなかった。

クーパーは自分の袋の中から刀・彌天太刀を取り出しながら、静かな声でそう訊ねた。

「貴方は十三代目の本名、伝え聞いてはいませんか?」

織田勘亭という名前は、いわば芸名。当然その人本来の名前・本名というものがある。

彼の手は刀の柄にある「((目釘|めくぎ))」という小さな部品を外し、柄を分離する作業をしながら、

「織田勘亭流第十三代目の本名は、((如月|きさらぎ))((弥生|やよい))殿。男性ではなくれっきとした『女性』です」

そして柄の部分をするりと取り外し、((茎|なかご))と呼ばれる今まで柄で隠れていた刃の根元部分を宋朝に見せる。

「……にもかかわらず十三代目を『祖父』と言った貴方を、本物と信じる事はできません」

そこには確かに「十三代目織田勘亭 如月弥生」という文字が彫られていたのだ。

 

 

その昔。東方のある小さな山の中に、第十三代目織田勘亭・如月弥生の住む工房があった。

本来は女性である弥生ではなく、一人娘たる彼女が婿をとりその婿が十三代目となる筈であった。

ところがそうなる前に十二代目が病で急逝。万一を考えて技術を受け継いでいた弥生が十三代目を名乗らざるを得なくなったのである。

しかし世はまだまだ男女差別が激しかった頃。東方はその考えが特に顕著だった土地柄。

その為、腕は立つものの「女性である」という理由だけで刀鍛冶の仕事は激減してしまった。

織田勘亭流には「古代の術で作られる伝説の刀」「神の技で鍛えた名刀」という二つ名があった。

言い伝えに過ぎない事だが、刀にはそれぞれ魂が宿るとされている。

刀を打つ行程で使い手が立ち合えば刀に使い手の魂をも宿り、文字通り一心同体になると云われてきた。

そんな魂宿る刀を使い手本人が振るえば、刃は決して折れず曲がらず、切れ味もひときわ鋭く、重さも疲れも感じないと伝えられている。

無論これらは迷信に過ぎないが、そうした古代のこだわりを余す事なく今に伝えるのが「織田勘亭流」なのである。

同時にそう言われるだけの銘刀であったという事でもあるのだが、それでも依頼が無くなるほど女性に対する蔑視の気持ちが強かったのだ。特にこうした職人の世界では。

それでも優れた刀を作り続ければきっと認めてもらえる。弥生はその一心を糧に刀を作る腕を磨いていた。

そんな弥生には、一人の思い人がいた。

同じ国に住む剣士で、名を((燕|つばくろ)) ((天空|てんくう))。

役職や家柄はそれほど高いものではなかったが、剣士としての肩書が似合わぬほど人のいい人間であった。そして彼も弥生を思っていた。

その天空が、国の剣術大会で見事優勝したのである。

戦がなくなり、剣士がその剣腕を振るう機会がほどんどなくなった「太平の世」と呼ばれていたこの時代、こうした剣術大会での優勝など大した名誉ではなくなっている。

しかし優勝者は自分の刀を一振り作ってもらう事ができる。当然天空は思い人の弥生に作ってもらうつもりであった。

だが国のお偉方がそれに待ったをかけたのだ。

「剣士の魂たる刀を女などに作ってもらうなど言語道断」と難癖をつけて。

しかし天空はその名に背き、弥生に自分の刀作りを依頼した。弥生も今ある数少ない刀以外の仕事の総てを断わって、それに打ち込むほどの熱の入れようだった。

それ以前に弥生は元々あまり身体が丈夫ではなかったので、一度にいくつもの仕事がこなせなかっただけなのだが。

それから二人は工房に籠った。

刀を作るには、何十にも渡る行程を経なければならない。そのどれもが職人の経験と勘を――そして何より体力を必要とするものだった。

それでも弥生は丈夫でない身体に鞭打ち、思い人の為に、職人として認めてもらう為に懸命にその腕を振るっていた。

天空の方もそんな弥生の心の支えとなり、自分に手伝える部分は不器用ながらも手伝い続けた。

材料の((玉鋼|たまはがね))を選別する事三日三晩。

熱した玉鋼を叩いて鍛える事三日三晩。

鍛え上げた玉鋼を伸ばし、形を整える事三日三晩。

……そして、工房からの音が静かに止んだ。

刀が完成したのである。正確には刀全体ではなく、その中核をなす「刀身」と呼ばれる金属の部分のみだ。

後は刀の刃をきちんと研ぎ澄まし、柄や鞘などを作って組み合わせて初めて刀の完成となる。

休む間も惜しいと鎚を振るい続けた弥生の顔は、本来の身体の弱さと相まって今にも命を落としてしまいそうなほどに痩せ衰えていた。

一方の天空も慣れない鍛冶仕事を手伝い続けた為か頬がゲッソリと痩せこけ、目はほおずきのように真っ赤に充血してしまっていた。

だがそれでも完成した刀身を目の前にした二人の表情は、そんな途方もない疲労感を一気に吹き飛ばすような明るい笑みに満ち溢れていた。

二人が見つめる刀身は日本刀独特の金属光沢を放つものであり、武器とは思えぬ美しさすら持っていた。

まるで星がまたたく満天の空を思わせる、静かで控えめだが確かな明るさ。それが確かにこの刀にはあった。

それを見た弥生は「まるで剣士なのに人がいい天空殿自身のよう」と語ったとされるが定かではない。

弥生もこれまでに練習とはいえいくつか刀を拵えているものの、その中でも間違いなく会心の一振り。最高傑作と言い切っても過言ではない。そのくらいの出来であった事は間違いない。

だがそこに工房の戸を開けて雪崩れ込んできた集団があった。

先頭に立っていたのは、先の剣術大会の決勝で天空に負けた剣士である。後ろに控えているのは彼の取り巻きであろう。

理由は明快であった。たとえ戦と縁遠い世となっても、名のある刀は剣士としてのステイタス・シンボル。

今は女鍛冶と蔑まれているが、腕は確かなのだから将来きっと価値ある物となる。そうした欲まみれの理由である。

彼等はこの瞬間の為にずっと工房の前で張り込んでいたのだ。

先頭の剣士は無言で刀を抜き、まっすぐ天空めがけて斬りかかった。

これが普通の試合であったならば簡単に対処できたであろう。

しかし今の天空は長きにわたる慣れぬ作業を終えた直後で疲労困憊。おまけに武器を持たぬ丸腰だ。

そして何より、自分が避けた後ろには弥生がいる。彼女を傷つけさせる訳にはいかない。

その事情と思いがない交ぜとなり、天空は無防備のまま太刀の前にその身をさらす。

天空はその一太刀で命を落とした。

だが。その勢いそのままに弥生をも斬り捨てようと刀を振り上げた剣士の動きが止まる。いや、止められる。

いきなり止まった事に驚いた彼の取り巻き達も同様だった。むしろ彼以上に動けずにいる。

彼等の視線の先では、弥生が刀身制作最後の仕上げとも言うべき茎に己の名前を刻む作業をしていた。

思い人が目の前で斬られ絶命したというのに、それを全く気にした様子がない彼女。

思い人に無関心だった訳でもなかろう。間近の惨劇に気づいていない訳でもなかろう。

だがそれすらも意識の中から追い出すほどに作業に集中していたのだ。

その「鬼気迫る」という形容しかできぬ「職人魂」を目の当たりにし、そのあまりの信じ難いほどの気迫に圧倒され誰もがその場を一歩も動けずにいたのだ。

だが先頭の剣士は、弥生の様子が奇妙な事に気がついた。

当然茎も金属でできているので、そこに名を刻むには、((鏨|たがね))という短く尖った金属棒を鎚を使って打ちつけて刻み込む必要がある。業界では刻むではなく「彫る」と言うが。

その鎚が小さく振るわれる度に、彼女の頬が、手足の肉が、まるでこそげ落ちていくかのように痩せ細っているのだ。

それだけではない。若く艶のある長い黒髪も次第に色が薄く、白くなっていく。

それはまるで何かに命を吸い取られているかのようであり、同時に鎚の一振り一振りに自分の魂を注ぎ込んでいるようでもあった。

「十三代目織田勘亭 如月弥生」

そう文字が彫られた瞬間、彼女の身体は前のめりに崩れ落ちた。その顔には総てをやり遂げた職人の、喜びに満ちた笑みを浮かべ。

しかしその肉体は若い女性とは思えぬほど骨と皮のみに痩せ衰え、髪などまさしく総白髪。

直前まで力強く鎚を振るっていたとは、目の前で見ていた筈の剣士達ですら信じ難いほどだった。

物作りに命を賭ける。それこそ誇張なしに。文字の通りに。

そうすると人間はこんなになってしまうのか。こうまでしなければ人間の身で物を作る事はできないのか。そこまで人間とは無力な存在なのか。

そして何より。自分達はこんな思いで作られた物を横からかっさらう事しか考えていなかったのか。

そんな思いが彼等を打ちのめした。

その現場を目の当たりにした先陣切って斬り込んだ剣士は、己の欲まみれの気持ちを恥じるあまりその場で己の刀をへし折り、剣士の肩書を捨て、二人を弔うが為に聖職の道に進んだと云う。

そして打たれた刀は後にこの地を訪れた旅の聖職者の指示によりきちんとした拵えを施され、亡くなった二人の名をとって「彌天」と名付けられた。

その言葉は奇しくも、刃が見せた静かで明るい輝き――満天の空を意味する言葉だった。

そしてその刀は、二人が揃って眠る寺院に奉納されたのである。

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「……伝え聞いた話なので、正確さに欠けていたり、誇張されていたりするとは思いますが」

その場の誰もが、そう締めくくったクーパーの話を静かに聞いていた。

互いを思いながらも結ばれる事なく散った若い二人に涙する者までいた。

既に運ばれている料理は少し冷めてしまっているが、そこに冗談めいて話を振れる雰囲気でもない。

そんな雰囲気の中に、電話で呼び出されたグライダ達が到着したのだ。その異様とも言える雰囲気を、電話してきた野次馬から聞いたコーランは神妙な面持ちで呟いた。

「こうした武器には血なまぐさい謂れがあるものだけど、そういう話は珍しいかもしれないわね」

そこで、野次馬の誰かから質問が飛んだ。

「そんな刀を何で神父さんが持ってんだよ」

確かにもっともな疑問である。その逸話にクーパーは出てきていないのだから当たり前である。

するとクーパーはその野次馬ではなく、むしろ宋朝に向かって答えた。

「ずいぶんと前に、その刀を奉納した寺院が火事に遭いまして。復旧の手助けに行った事があったのですよ」

しかしその手は外した柄を元通りにつけ直す作業をしている。彼はその手を止めぬまま、

「その時に火事場泥棒を撃退したのですが、今まで使っていた刀が折れてしまいまして。撃退の礼にと譲り受けました」

その理路整然とした答えに周囲から「そうだったのか」と納得の声が漏れる。

「今ではボクの愛刀と言っても言い過ぎではありませんが、この刀に固執しているつもりもありません」

鞘を元通りにしたクーパーは、彌天太刀を元のように袋に戻し終えると、宋朝の目を見て厳しい表情で口を開いた。

「ですが、それでも名を騙るような方にお渡しする事はできません。お引き取り下さい」

口調自体は優しい物言いだが、そこにはこれ以上ないくらいの強い拒絶の意志があった。

周囲の野次馬達も「これは神父さんが正しい」という雰囲気になってきている。

そんな雰囲気に割って入ってきたのは、ずっと外で待機していたシャドウだった。表情がないので分かりにくいが、かなり慌てた様子に見える。

「此処から九百メートル程先が騒がしい。其れに悲鳴も聞こえた」

『悲鳴!?』

シャドウのいきなりの言葉に皆が驚きの声を上げる。しかしシャドウが嘘や冗談を言う性格でない事は承知している。本当に何かがあったのだ。

そこへ続いて飛び込んで来たのは肩から激しく出血している中年の男性だった。彼は神父の格好をしているクーパーを見て、

「たっ、助けて下さいっ! 変な人形みたいなヤツがいきなり斬りかかって来て……!」

その言葉に驚くが、クーパーはすぐキッと鋭い真剣な表情となり、その男の肩に両手を当てた。そしてそのまま目を閉じる。自分の両手が血まみれになるのもお構いなしだ。

やがて彼の両手が優しく淡い光を放ち出す。一般に「神の奇跡」と呼ばれる傷を塞いでケガを治す魔法だ。

本来は大金を積まねば施してはもらえないだけに、実際の様子を見るのは初めての人間が多い。

クーパーの手がそっと離れた時には、傷そのものは少々の痕が残るのみで、完全に塞がっていたのだ。さすがに切り裂かれた服は血に塗れ直らないままだったが。

食堂の誰かが差し出した濡れタオルで血まみれの手を拭くクーパー。男はハッとなって治療費とばかりに自分の財布を丸ごとクーパーにうやうやしく差し出すが、彼はその財布を手で押し返す真似をして断わると、

「それよりも、どうして貴方がそんなケガをしたのか、詳しいお話をお願い致します」

その中年男性が言うには、何の前触れもなく急に空から降って来た細身の変な人形のような物がいきなり斬りかかって来たと言う。

その動きはとても素早く、いや、素早いなどというものではなく、あっという間に十数人が斬られていた。

自分にはしつこく向かって来なかったのでこうして逃げられたが、何度も斬りつけられた者もいたらしく、もしかしたら死んでしまった人がいるかもしれない。

クーパーはもちろん、バーナム達とてそんな話を聞いて穏やかでいられる訳もない。

「行ってみましょう。これ以上被害を出す訳にはいきません」

バスカーヴィル・ファンテイルの再出動である。五人(と背負われて寝ているセリファ)は急いで店を出て駆け出した。

 

 

彼等が見た物は、目撃情報通り「細身の変な人形」であった。動くマネキン。形容するならばそんな言葉がしっくりきた。

『……ホウ。マタジャマスルキカ』

ロボットのシャドウより遥かに劣る合成された機械声が、そのマネキンから聞こえた。

「またって、どういう事!?」

さすがに町の中なので剣を出さぬままグライダが訊ねる。するとマネキンはわざとらしく格好つけたポーズを取ると、

『コレヲミレバオモイダスカナ』

マネキンの両手には、盾のような物が握られていた。それを見たシャドウが、

「成程。先程仕留め損ねた甲冑人間か」

マネキンが持っているのは盾ではなく、先程戦った騎士の装甲。バラバラにされた装甲板を盾のように構えている事。

シャドウの優れた分析力がそう見抜いた。

その言葉に急いで構える一同であったが、マネキンの姿があっという間にかき消えた。

そして再び同じ場所に姿を現わした時。全員身体のどこかに斬り傷がついていた。

『ホウ。ヨケタカ』

マネキンの盾に赤い液体が。それは血だった。それも彼等の(シャドウは違うが)。

「高速で移動しての斬撃か」

マネキンを睨みつけたままシャドウが呟く。

「み、見えた!?」

斬られた腕を押さえて驚くグライダ。

「かろうじてな。けど、ちょっとこっちから仕掛けられるスピードじゃねぇ」

頬を伝う血を指で払うバーナム。

「細いだけに相当身も軽そうね」

金属並の高度を持つマントがスッパリと斬り裂かれ、表情が凍りつくコーラン。

「ですが、戦えない訳ではありません」

鎖帷子を仕込んだ神父の礼服に切れ目が入ったクーパーが、袋から刀を取り出しながら、

「あのスピードで動いて隙を突いた割に、ボク達は致命傷を受けていません。つまり彼の攻撃力はそこまで高くないという事になります」

こうした多対一の戦いの場合、少ない手数で少しでも敵の人数を減らしておくのがセオリーだ。

目にも止まらぬ速さで動けるのなら、いくらでも隙を突いて致命傷を追わせられる筈だからだ。姿の見えない相手に次々仲間が殺されていくというのは、相手にとって最も強いプレッシャーを与えるからだ。

「あのマネキンはスピード以外は使い物にならないくらいに、スピードのみに極めて特化した戦闘兵器の素体でしょう」

クーパーは近づいて来たら即斬り捨てると言わんばかりに、いつも通り抜刀術の構えを取った。

「……そして、対魔法防御能力の高い装甲を纏って研究所で暴れた。破壊か脱走かは分かりませんが」

外部からの侵入や攻撃が極めて困難でも、内部からなら脆いケースは多い。

『ゴメイトウ』

マネキンはダンスでも踊るようにクルクルと回って、かつオーバーなリアクションまでつけて驚く仕草を見せると、

『スピードニトッカシスギテギャクニツカエナイッテ、ハイキショブンケッテイナンダトヨ。フザケルナッテンダ』

その粗悪で平坦な合成音声が、どことなく淋しげに聞こえたのは、同じ戦闘用兵器として作られたロボットのシャドウだけだろうか。

「其の気持ちは理解可能だが、目標物でも無い人間を傷付ける事は、許される事では無い」

そのシャドウの右腕から剣の刃がジャキンと飛び出す。続いてバーナムも大地に踏ん張って拳法の構えを取ると、周囲に集まり出した野次馬達に向かって、

「野次馬は退いてな! こっちは敵味方仕分けるほど器用じゃねぇぞ!」

バーナムの怒鳴り声に、彼を知る町の人間は我先にとその場から逃げ出した。

「グライダさんはコーランさんと共に下がっていて下さい」

抜刀術の構えを取ったままのクーパーの言葉。それに異を唱えようとしたグライダだが、

「その腕では戦いになりませんし、貴女のスピードではマネキンに追いつけません」

言い方は優しいが辛辣なほどの冷静な分析に、コーランの手によってグライダは下がらせられる。

「スピード特化って事は、その分装甲は薄い。一発デカイの当てりゃこっちの勝ちだ」

素早く周囲の気を吸収し、練り上げたバーナムはそう叫ぶと、突き出した右手から莫大なオーラを立ち昇らせる。

「いでよ((纏竜|てんりゅう))!」

彼の背後に宙に浮かんだ青白い半透明の竜が姿を見せる。

『サッキヨリハヤイナ』

先程マネキンの着ていた装甲を力押しで粉砕した技。四霊獣龍の拳・((龍纏|りゅうてん))。自身のオーラで竜を造り出し、使役する技だ。

一度やって何かしらのコツを掴んだのだろう。マネキンの言う通り先程の半分以下のスピードで現れた。

纏竜と呼ばれた竜は無言で吠えると一気にマネキンに迫った。その速度はさすがに神の眷属だけの事はある。まさしく「神速」だ。

だがそれもトップスピードに乗れば、である。マネキンの初速の方が遥かに速く悠々と避けられてしまう。

『オソイオソイ』

そんな言葉が聞こえたかと思った瞬間、バーナムとクーパーの身体に痛みが走る。またマネキンに斬られたのだ。

身構えていた筈なのに目で追えない速さ。まさしくスピード「特化」し過ぎの言葉は伊達ではない。

しかし転んでもタダで起きるつもりはないバーナムは、痛みを堪えてそのまま竜を操り、自分達の周囲を大きくグルグルと飛び回らせる。まるで結界のように。

「バーナム。竜をそのまま回らせていて下さい」

クーパーは珍しく腰のベルトに無理矢理刀をねじ込むと、右手でゆっくりと引き抜いた。そして両手でしっかり柄を握ると、すっと真上に振り上げた。剣道でいう「上段の構え」と呼ばれるものだ。

竜が自分を攻撃して来ないと分かるや否や、マネキンは刀を振り上げたクーパーに襲いかかる。目で追えない「超神速」から次々と連続攻撃が繰り出されていく。

だが。威力自体は大した事がないとはいえ、自分の服や頬が斬り裂かれているにもかかわらず、クーパーは微動だにしない。それどころかそっと目を閉じる有様だ。

『ブキヲモッテテモナニモデキナキャイミガナイナ』

明らかに嘲る口調だが、「超神速」での移動の為かさっき以上に聞き取りにくいマネキンの声がする。しかしクーパーは冷静なものだ。

「先程の宋朝さんにした話で、思い出した事があります」

目を閉じたままの彼は、自分を心配するグライダ達に、何より自分に言い聞かせるように、ハッキリと言った。

「ボクの武器は石井岩蔭流剣術ではなく、この刀・彌天太刀なんだという事を」

その時だ。クーパーが振り上げたままの刀の刃が静かな光を放ち出したのだ。

日の光の反射では絶対にない。星がまたたく満天の空を思わせる、静かで控えめだが確かな明るさを持つ輝き。そう。刀の名である「彌天」そのものの光である。

クーパーは唐突に何もない筈の目の前の空間めがけてその光る刀を一気に振り下ろしたのだ。

足の踏み込み。体重移動。振り下ろす角度・速度・力配分。そのどれもが「理想」に完全に合致した。

一秒後。彼の右後方と左後方で、がしゃっと何かが落ちる音がした。

それは「超神速」で動いていた筈のマネキンだった。それも全身が綺麗に縦半分に斬り裂かれて。

高速移動の名残りのようにビクビクと手足を動かしていたが、それも唐突にカクンと止まった。電池切れを起こした玩具のように。完全に機能を停止したのだ。

何ともあっけない幕切れに、クーパーを除くメンバーはぽかんとして言葉をかける事すら忘れてしまっていた。

そうして緊張が解けた為か、バーナムが造り出した竜は姿を消す。すると追いついていたのか逃げ出さなかったのか、宋朝が呆然と立っていた。

その目は刀を振り下ろしたままのクーパーを凝視して。

「……今のはもしや『((魂刀|こんとう))の((唐竹|からたけ))』では……!?」

「な、何なの、それ?」

初めて聞く単語に反応したグライダが、宋朝に訊ねる。

「私の国では、どの剣術でも真上から真下に一直線に刀を振り下ろす事を『唐竹』と呼ぶのだ」

宋朝はようやく輝きの失せた刀をゆっくりと収めるクーパーを見つめたまま、話を続ける。

「魂刀もそうで、剣と己の魂を一つにするほど集中させる事により、刃が極限まで研ぎ澄まされると言われている」

心・技・体の三つを鍛えに鍛え上げた達人の中の達人のみが、初めてその片鱗を知る事ができると云われている、流派を問わず伝えられる究極の剣技。彼はそう説明した。

あまり分かりやすい説明とは言えないが、クーパーが何かとんでもない高等技術で敵を斬った事だけは分かった。

ようやく刀を収めたクーパーは、そのままの姿勢で放心状態のように立ち尽くしていた。

「おい、大丈夫かよ」

バーナムが荒っぽく背中を叩いて声をかける。やや遅れていつもの笑顔を見せると、

「これで依頼完了、ですかね」

地面に放ったままの袋を拾い上げると、袋の中に刀をしまう。

するとクーパーの目の前に慌てて駆けて来たのは宋朝である。彼はクーパーの足元に額を擦りつけるように平伏すると、

「あなたの剣、確かに拝見致しました。日本刀究極の技『魂刀の唐竹』。魂で物を斬る。それを初めて目の当たりにした気がします」

日本刀の刃は他の刀剣類と比べても遥かに細い。しかしその切れ味は世界最高峰とまで云われる鋭さだ。

それを生み出すのは使い手の魂と刀に込められた魂との調和と共鳴。それゆえに「魂で物を斬る」。

「そして、彌天太刀があなたの元にあるのが相応しい事も」

優れた使い手ほど優れた武器の力を引き出せる。その言い伝えは真実。

その言葉を胸に刻んだ織田宋朝。

そして彼は、来た時とは別人のような晴れやかな顔で皆に一礼すると、踵を返して去って行く。その様子には彌天太刀に対する未練や執着などこれっぽっちもない。

「こっちも終わったみたいね」

コーランはぽつりと呟くと、背負ったままのセリファが身じろぎする。

「……どーしたの、コーラン?」

まだ半分寝ぼけているようなセリファを見たバーナムが、

「このガキ。これだけやってる中でグースカ寝てやがったのかよ」

その言葉にグライダがゴチンと拳でバーナムを殴りつける。

「しょうがないでしょ。身体は子供なんだから。それに一晩中起きてた訳だし」

それからグライダはコーランに向かって、

「今度こそ家で寝よ。無駄に疲れちゃった」

眠ろうとした時に騒ぎに呼ばれ、しかも何の活躍もできなかったのだ。愚痴を言うのも無理はない。

「俺も放り出して来たメシ食お。片づけてねぇだろうな?」

家路についたグライダ達とは違う方向にバーナムもとぼとぼと歩く。その背中を見送る形になったシャドウは、歩き出そうとしたクーパーに小声で訊ねた。

「十三代目織田勘亭が死んだのは、もう二百年は昔の話らしいな」

「……そうみたいですね」

「彼等が眠る寺院は、刀が奉納された直後に消失したと記録が有った。では御前は二百年も前に火事場泥棒を撃退したのか?」

「……さあ、どうでしょう」

どこか怪しむようなシャドウの態度に、クーパーは飄々とした笑みを浮かべている。

そこに、やや離れた所からセリファの大きな声が。きっと起きたのだろう。その声が二人の間に走った緊張感を破壊してしまった。

「クーパー。ごはん食べよ〜〜!」

説明
「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。
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