魔法使いと弟子9 無垢鳥の章
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私のこと

 

 芦原環、高校2年生。

身長133cm、体重は……秘密。

髪はショートにして一房だけ伸ばしている。

得意なのは生物、数学。現文はちょっと苦手。

 

 環が家に帰ると母親が迎えてくれた。

不気味なくらい何も疑わず、一人で戻った元気な環を心配してくれる母。

自室に戻り、環はベッドに転がった。

「お土産……買いそびれちゃった」

 枕元に置かれたゆるキャラ、宇宙生命体みちゅうさんのぬいぐるみを一匹抱き寄せ、顔を埋める。

魔法は恐ろしい物。師に聞かされた言葉が今実感を持ってのしかかる。

「神楽坂さんに……お礼……邦ちゃんに伝え……もらえるか、な」

昨日はあの後一睡も出来なかった。睡魔が瞼を押し下げる。

窓に違和感

あれ、鍵、開いてたっけ

「……」

誰だろう。懐かしい感じがする

「今は眠って。安心して、僕がいるから」

「……うん」

小指に当たる柔らかな感触

指切りをした。じゃあ、きっと大丈夫

環は震える息を吐いて眠りに落ちた。

「おやすみなさい。姉さん」

 

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魔法使いと弟子

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ね子だるま(ぽんたろ)

 

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 夕暮れ、少し早く店を閉め、朔は2階の居住スペースで黒い名刺を見ていた。

「1000万……」

いや、俗物的なことを考えている場合ではない。

 朔は携帯に電話番号を打ち込む。

恐る恐る耳に当てコールは2回。目的の男の声が聞こえる。

「やあ、そろそろかけてくる頃かと思ったよ。どうせ仕事の依頼じゃないだろう。あと君の疑問の答えはワタシも知らない」

「もしもし、望月です」

 いきなり腹は立つが仮にも恩人でもある。努めて平静を装い続ける。

「昨日は、たま、きが、お世話になりました。ありがとう……ございます」

「いやなに、邦子からの『おねだり』だからね」

 そんな気はしていた。

「ひょっとして、いままでもあ、なたが環を」

「無理に敬語を使おうとしないで良いですよ。ふふ、ワタシも君相手は砕けた話法を取りがちだからね。お互い無礼講で、話はスムーズに進めよう」

 気を使われたのはしゃくだがありがたい。

「……たまについて、どこまで知っている」

「芦原環推定17歳、女。住所連絡先くらい」

「推定……」

「情報屋にも抜けはしまい。アレの過去は無いんだから」

 無い。神楽坂は確かにそう言った

「どうなってる……なんであんたは環と……長谷川が仲良くすることを止めない」

「止めなかったと、思うかい?」

 色々な思惑が渦巻いている。

 少なくとも神楽坂が今の形を望んでいなかったのは明白だ。

「……」

「今はあの娘にはアレが必要だ。修行のモチベーションにもなっている」

 心持ち言葉には棘が出ている。心底嫌いなのだろう。

「とはいえ、ワタシとしてはちゃんとアレに保護者が居ないことには何かと困るんだ。きみには期待しているよ」

「俺は…………正直、それどころじゃない」

 赤穂の手がかり。ようやく見つけた母の仇に繋がる糸。

「赤穂忍は恐らく待っていれば向こうから来るよ。白雪も」

 赤穂忍。確かにそう聞こえた。

「どういうことだ!?」

「ああ、解体屋はただのロリペド野郎だから気をつけなね」

「待ってくれ、神楽坂!」

「芦原環を守りなさい。望月朔」

 そして電話は切れた。

 慌ててかけ直そうとするも電話のリダイヤルに番号はない。黒い名刺を見直すと字が消えている。番号を思い出そうとするが記憶に違和感を感じた。

 使用は一度限り、か。

「何なんだ……何なんだよ……」

 外はすっかり暗くなっていた。

 食欲も何をやる気力もない。とはいえクリスマスケーキの仕事は山のようにある。

 俺は栄養ゼリー食のチューブを啜って横になった。

 

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ガチャン

 

「………………」

 数時間の微睡に、ガラスが割られた音が響いた。

店のガラスは全て防弾仕様になっている。

「勘弁してくれ……今は最悪に気分が悪いんだ……」

俺はメルキオルを手に一階に降りた。

 

 シャッターがこじ開けられ店のドアのガラスが割られている。

そして、薄暗い店のカウンターにはキャップを被った小さな人影があった。

一瞬環かとも思ったが、違う。

「誰だ」

答えるとは思っていない。

メルキオルには移動中攻撃術式をありったけ書き付けておいた。

「赤穂忍」

高い声だ。

背格好も、環に似ている。

「術士の店に不法侵入するって事はわかってるか」

 俺は動揺していた。タイムリーってレベルじゃない。

「修繕か。ほら」

 割れたガラスは瞬時に窓に嵌り継ぎ目は溶け、歪んでいたシャッターはするりと上がる。

「神楽坂に言われてきたのか」

「関係ないよ。彼じゃ僕は倒せないし、従う理由もない」

 術式の系統も判別できないが、相当熟達している。神楽坂に関してはハッタリだろうが油断はできない。

「何の、用だ」

「姉さんに無駄なことをすすめるのはやめてくれない?」

 時計の針の音が大きく感じた。

「無駄……?」

「姉さんに魔術素養はほぼ無い。双子に術を教えるだけ無駄だよ」

 忍は双子の弟なのか……?

 一般に双子の素子量が多くないのは事実だし、環自身に素子を感じないのも確かだ。だが

「じゃあお前は何だ」

 素子量が少ないのは双子の片割れも同じはず。

 今ドアを直したのはどう見ても簡単な術ではない。

「僕は、忍だよ。言ったよね」

 俺は店の灯りを点けようとするが反応しない。

 暗い店内で忍は続ける。

「そこまで長居はする気はないよ」

「……お前が自分でたまを説得すればいい、あいつはお前を探すために」

「ねえ、さっきからさ」

 空気がひりつく

「お前とかたまとか馴れ馴れしくないかな?」

 少年の瞳が紅く揺らめいている。消えているランプが一つ割れた。

 杖を握る手に力を込める。

「……メル」

 最悪店が損壊するが仕方ない。

 しかし、忍は自ら威圧を解き頭を振った。

「はぁ……ごめんね。お兄さん。今のは僕が大人気なかったよ。いままでも、そしてこれからも、お兄さんと敵対するつもりはないんだ」

 忍は椅子から降りて両手を上げ、もう一つため息をついた。

 割れたランプのガラスが朱い燐光を放ち、組み戻る。

 どういうつもりなのか全くわからない。

 メルキオルの青い燐光が視界端にチラチラと舞う。

「魔法使いごっこはしてもいいけど、危ないことはさせないであげて欲しいんだ」

「たま……きさんは、きみを探している」

 腹は立つが俺にとっても無用な戦闘は望むものではない。

「そうだね」

「だったら!」

 たまが忍に会えば俺から術を学ぶ理由は無くなる。なんなら忍がたまに術を教えたっていいだろう。

「僕はまだ会えない」

「まだ?」

「迎えに来るから、それまで姉さんを守ってあげて」

 忍はいつから持っていたのだろうか、床に鞄を置いた。

「これ、代わりじゃないけどあげるよ」

「…………メルキオル」

『生物・毒物・爆発物ではなさそうだよ』

「じゃあね」

 ふっ、と蝋燭を吹き消すように忍は消えた。

 店内の灯りがつく。割れたランプも中のガスまで充填していったのか、欠けはない。

 俺は恐る恐る鞄に歩み寄る。

『解析完了、術もかかってないね』

「……そうか」

 中には環が撮ったと思われる写真やSDカード、USBが入っていた。脅迫に使われたフルセットに、恐らく原本がついている。

「……なんだこれ……」

 一瞬ぐにゃりと視界が歪む。

「おい、メル」

『朔、ごめん。凄いのかけられたみたいだ』

「なんだ、これ」

『さっきの子の名前、言える?』

「あ……………………」

 喉を抑える。やられた。

 テーブルにあいつの名を書こうとしても書けない。

俺の中の赤穂忍の認識を封じられた。

術式を解除するまで俺は赤穂忍を表現する事ができない。

「解くまでにどれ位かかる」

『嘘だろ……ほんとごめん深度が深い、かなり強い式だね。……数ヶ月は欲しいな』

 たまの対抗術式程ではないがかなり強い思考制御式だ。

 精神支配系の術式は大抵自分より高位の術士には効かない。

 神楽坂に負けないというのは案外ハッタリではないのかもしれない。

 鞄には二つ折りの紙も入っていた。

 直接手に触れず、距離を取り、メルキオルの小鳥に開かせる。

 

紙には、特徴のない筆致で短く

「良い子にしていたら……ご褒美をあげる……?」

 

 手紙が燃え上がる。怒りで無意識に火をつけてしまった。

 どの道取っておこうがなにかに使えるような物を残す間抜けではないだろう。

「あのクソガキ……」

 

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 翌日、朔は店をClosedのまま開けた。

「おはようございます」

 待っていたのか白い息を吐いてたまが声をかけてきた。隣にはりり子。

 りり子はもともと約束していたが、たまも急遽暇になったので朔のクリスマスケーキの仕込みを手伝ってくれることになったのだった。

「去年一昨年はりり子も居なくて正直死ぬかと思った所だ。助かる」

「お役に立てるようがんばります」

 クリスマス商戦は過酷だ。しっかりバイト代分は働いてもらうとしよう。

「でしょー?やっぱりあたしがいないとね」

 りり子も上機嫌だ。よし、働け。

 バックヤードで作業着に着替えてもらい、その間に客席まで占領していた材料をキッチンに運ぶ

 クリスマスイブまで日がない。諸々懸念はあるが今だけは忘れなくては。

「やだ、たまかわいい」

 嫌な予感がする声が響いた。

「りりちゃん、これは良くないと思います。これでお仕事はできません」

 りり子に押されて出てきたたまは露出過多かつフリフリのエプロンとゴスロリ服。

「お兄ちゃん見て見て、アルティのコス完成度高くない?」

「りりちゃん……は、恥ず」

 アルティは確かりり子が好きなゲームのキャラクターだ。りり子はコスプレが趣味なので作ったのだろう。

 たまは涙目だ。大方りり子が無理矢理着させたのだろう。

「りり子、減俸な」

 

 × × ×

 

10分後

「ごめんてば」

 それなりに叱った結果、キャップ白衣エプロンマスク手袋姿でりり子はぶーたれている。

 俺もたまも同じ服装だ。

「俺ではなくたまとケーキに謝れ」

 俺の言葉に何故か間に立っていたたまが縮こまる。

「ケーキさんごめんなさい……」

 たま、お前じゃない

 涙目のたまが箱を差し出してくる。

「こっちのケースも検品終わりました。痛みがあるのはこのパックだけです」

 イチゴのチェックを頼んだのだが非常に手際がいい。一応確認するが完璧だ。

「製菓工場で働いたら社員に登用されそうだな」

 言いながら褒め言葉なのか自分でも謎だ。

 たまは仕事が早い。

 何度か経験済みのりり子より早いのだからおそらく筋がいいのだろう。

「たまは家で料理とかするのか?」

「大体おか……母のアシスタントです」

 母親もぽやぽやして見えたが、認識を改めよう。

 そういえば以前頂いた料理も美味かったな。

「りり子、生クリームのパックは後幾つだ」

「あと4つ。すぐ終わるわ」

「そうしたら卵を割ってくれ」

「むー」

「何だ」

「…………」

「せ、先生。りりちゃん早いですね」

 褒めろという圧を感じる。

「……。集中してくれ」

 もう手遅れな気もするが、あまり甘やかすと無限に増長する。少しは大人の対応をしなくては。

「お兄ちゃんのいじわる……」

 

 × × ×

 

 二人のおかげで夕方には仕込みは粗方片付いた。残りは空き時間にやろうと思っていたので自分でも驚いている。

 明日からはひたすらスポンジを焼く機械にならねばならないが気は楽だ。

「二人ともありがとう。予定より早く終わった。少しだが給料に上乗せしとく」

 客席でぐったりしているたまとりり子の前にパフェを置く。

「生きてるか?」

「生きてます……」

「死んでないわよ……」

「りり子、最後までよく頑張ったな。見直した」

「何だかあたしに対してお兄ちゃんの当たりキツくないかしら……」

「自分の素行を思い出せ」

「む、う」

 ハムスターのようにむくれるりり子の頭をわしわし撫でる。

 たまはパフェをつつきながら嬉しそうにそれを見ていた。

 

 × × ×

 

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 二人を送り、俺は駅の近くにある深夜営業のスーパーに向かう。

 ゼリー食だけではメンタルをやられそうだ。

「あれ、朔ちゃん?」

 スーパーの前に大きな買い物袋を持った橙がいた。

 

 橙の買い物袋を持って隣を歩く。

 緩いニットに、ガバチョと言うのだったかスカートの様に裾が広いパンツをはいている。

 完全なオフなのだろう。久しぶりに私服を見た。

「ありがとうね。荷物持って貰っちゃって」

「いや」

 橙にこれから夕飯を作るから食べていかないかと言われ、俺は頷いてしまった。

 重めの調理を丸一日した日は家事をしたくなくなるのだ。

「たまちゃん、修学旅行で大変だったんでしょ?」

「今日は元気そうにしていた」

「良かった……。でも、残念だったね。思い出台無しになっちゃって」

「そうだな……」

 修学旅行の代わりにはならないが、春休みにりり子も連れてどこかに遊びに行くのも良いかもしれない。

「橙の事務所はあれから大丈夫だったのか?」

 銀の蛇の襲撃後、何も無かったとは思えない。

「討伐依頼が出る程度には暴れてるね。うちの所員には犠牲者は出てない」

「そうか」

 所員以外には、被害が出ているのだろう。

 敵対団体認定された銀の蛇の構成員は志命病院からの触媒提供を拒否されているはずだ。乱獲は更に苛烈になる。

「最近は吾妻が仕事出来るようになってきてわたしも楽になってきたよ」

 橙は少し疲れた笑顔を浮かべた。

 

 橙の住んでいるアパートは駅からほど近い場所にあった。

 古民家のリメイク物件だそうで部屋数は少ない。

 管理人がまめに手入れをしているのか、整った庭木が植えられた小さな庭がある。

 家を出た時に聞いてはいたが訪れたのは初めてだ。

「良い所だな」

「そうでしょー」

 昔、中学生の頃までは、橙の家によく遊びに行き練習中の手料理をご馳走になったりしていたが、母が死んでからは避けられ交流は減っていた。

 俺も、避けていたのかもしれない。

「ソファで待っててね」

 部屋の中には物が少ない。

 ソファとテーブルと、角の小さな棚にルームフレグランスとプレイヤーが置かれている。

 事務所の方が生活感があったくらいだ。あまり帰ってはいないのだろう。

「手伝う」

「疲れてるんでしょ?一人でやれるから」

 台所から追い出され、言葉に甘えソファに座ると眠気が押し寄せる。

 入室時に自動再生されたジャズが心地良い。

 仄かに橙の香水の匂いがする。

 ついウトウトと船を漕いでしまう。

「コラ。流石に寝るではないよ」

 頭に皿を載せられ目が覚めた。

「ああ、悪い……」

「お米炊いてる時間は無いからパスタにしたよ」

「すまない……作ってもらっておいて……」

「怒って無いから。ほら、テーブルちょっと寄せて」

 テーブルに並べられたスープ、サラダ、魚のムニエル、パスタはペペロンチーノ。明日はお互い仕事だからか炭酸水が置かれた。

 向かい合ってパスタを口に運ぶ。

「美味い」

「お世辞でも嬉しいね」

 本音だよ。

「本当に、美味いよ」

「ふふ」

 昔はよく焦げた料理を食べたものだが見る影もない。

 それだけ時間が経ったのだと実感する。

 

 食事が終わって、洗い物をして、俺は部屋を出た。吐き出した息が白くなびく。

「橙、クリスマスイブにさ」

「?」

「ケーキ、一台取っとくから、取りに来てくれ」

「朔ちゃんのとこのケーキ人気なんでしょ?いいの?」

 何かささやかでも礼がしたかった。

「当日分も用意するから一台くらい増えてもなんとかなる。事務所の奴らと食べてくれ」

「そっか、じゃあ仕事が終わったら寄らせてもらうね」

 ああ、橙とこうして笑い合えるのは、嬉しい。

 

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 暖かい気持ちで俺は家に帰り、次の日から無心でケーキを焼いた。

 専門を卒業する前から菓子づくりは割とウケが良かったのだが、頑張って覚えたコーヒーや紅茶が付け合せより人気がない現状は本当にどうしたら良いのだろう。ぼんやりと考えながらひたすら手を動かす。空いた時間で追加の砂糖人形や飾りを作り、忘れていたチョコプレートにメリークリスマスとアイシングした。

 土台が冷えたら、今度は術を使った保護ケージに並べたケーキを切り、間にソース、フルーツ、クリーム、カラメリゼしたナッツなど決めた具材を並べ、更にソースやクリームを塗りつけていく。

種類毎に準備したら後はひたすらデコレーションし、メルキオルに箱にしまわせる。

『今年はチョコでリボンを作ったのか、器用だね。去年のバラは今年はやらないのかい』

 ツバや羽毛は飛ばないが煩わしい。

「クリームのバラはショートケーキだけにする。きりがない」

『あ、でもチョコのバラは作ってあるじゃん。お花好きだねっていうかこっちのほうがめんどくない?』

「ウケがいいんだよ。あとうるさい」

 ノートを確認し予約数の横にチェックを入れ、メルキオルと術で擬似冷蔵庫と化した客席側にケーキを運び、俺の仕事は一段落ついた。

 毎年ここまでの作業は、以前は父さんと、今はメルとやっている。

『リーリーはお嫁さんになってくれるって言ってるし、手伝ってもらっていいんじゃないの?』

「あいつは妹だしこれから進路を決めるんだ。真に受けるな」

 

 部屋に戻り労働の対価にメルの籠にナッツを入れてやると嬉しそうに啄む。

 食事は素子を与えている為必要ないが、この鳥は嗜好品を好むし酒も飲む。ラジオも暇だと勝手に聞くので俺より世情に詳しい。

 生きているからにはそういうものもあったほうがいいと俺は思う。

 冷凍食品を温めながらラジオで天気予報を聞く。ありがたい事に曇りはするが終日雨は降らないらしい。

 明日はクリスマスイブだ。

「もう……10年か」

 

クリスマスなんか、早く終わればいいのに。

 

 

 × × ×

 

 

 クリスマスイブ。

 早朝から店の前にテーブルを出して飛ばないよう看板に括りつける。

 役所と商工会に許可を取り毎年イブだけはこの形で販売させてもらっている。

 中に戻り、当日分の製菓を終わらせ、ちびっこにあげているクッキーを袋に詰めた。

 コンコン、と店のドアが叩かれた。

 開けるとそこには長谷川邦子

「どうした……あ、ちょっと待ってくれ。か」

「これ」

 それだけ言い紙袋を朔に押し付け、邦子は全力で逃げた。

 凄まじく速い。数秒で背中は見えなくなった。

「ええ……」

 

 昼過ぎになるとたまとりり子が店についた。今日は丁度休みに被っていたため売り子を頼んでいる。

「今日はよろしくな」

「こんにちは……すごい量ですねぇ」

「ふふん、もっと感謝していいのよお兄ちゃん」

「寒いだろうから後で術を使うが……」

 紙袋の中を見てため息をつく

「貰いもんだが多分お前らにだ……」

 中に入っていたのはサンタ服2着

 りり子は拡げて身体に当ててみている。

「誰に貰ったの?」

「匿名希望らしい」

「何か気持ち悪いわね」

 同感だ。

「着る着ないはお前らの自由意志に任せる」

「折角だから着ようかたま?」

「えっ」

 りり子に肩を掴まれ、たまはこちらと服を交互に見ている。

「う、うん」

 良かったな、長谷川。

 

 出しやすい位置にケーキを並べていると二人が着替えて出てきた。

「あ、お兄ちゃん。カイロの術はあたしがかけたからいいよ」

「そうか、ありがとよ」

 カイロは体の周りに薄い空気の膜を纏わせる術をそう呼んでいる。

 二人の衣装はミニスカサンタと言うのだろうか。上はモフモフしているが下半身はタイツの上に短いスカートと寒そうだ。

 二人とも小さいので子供の学芸会感はあるが可愛らしいのに変わりはないだろう。

「サイズが不気味なくらいピッタリなんだけど、ほんとに誰が持ってきたの?これ」

「……ノーコメントだ」

「あとお兄ちゃんのも入ってたよ。はい」

「……おう」

 トナカイのつけ角

 たまたちも恥ずかしい格好をしているのだ、しぶしぶながら頭につける。

「お兄ちゃん可ぁ愛い」

「さよか」

「似合って……ます」

「気を使わんでいいぞ」

 簡単に打ち合わせを済ませ、店の外を覗く。

「並んでるな……」

「一応簡易レジアプリを入れた端末を持ってきました。少しは楽になると思います」

「たまお前……」

「?」

「ありがとうございます」

 毎年会計記録を纏めるのが死ぬほど面倒だったがケーキを作っていると忘れてしまう。便利な術を使えようがドジはするのだ。

 ぐうの音も出ない。ありがとうたま。

「お兄ちゃん、そろそろいいの?」

「ああ」

 喫茶店露光が年1忙しい営業日が始まる。

「そうだ」

 忘れないうちに、テーブルに据え付けたホワイトボードに写真禁止と書き加えた。

 

 りり子は人馴れしているので注文予約を捌き、たまが計算会計する。俺はタイミングを見て店内から予約分の引き渡しと補充をする。

 メルを使えれば楽だが一々隠匿しながらやっていられる量ではない。

 ドアの隙間から外を見ると列はだいぶ伸びていた。

 去年何かの雑誌とブログに勝手に掲載され、知名度が上がってしまったらしい。せめて予約して来てくれ。

「畜生お前ら全員コーヒー飲めよ……」

 情けない愚痴をつぶやきながらケーキを運ぶ。

 

 2時間程休みなく回しているとようやく列は短くなった。

「一旦休憩入れるぞ」

 二人にも少し疲れの色が見える。

 とはいえ客を待たせるのもなんなので俺が一人で出て二人に15分休憩させる事にした。

「……なんであんたなのよ」

 まごつきながら二人会計を済ませた所に奴が来た。

「ご注文は」

 朝より少しめかしこんだ長谷川邦子は俺の顔を見て露骨に嫌そうな顔をする。タイミングが悪かったな

「チッ……ショートケーキ、小さいのでいいわ」

「……」

 4号のショートケーキを袋に入れ差し出す。

「ほれ」

「いくら」

「衣装代でいいよ。……店の中に二人とも居るから勝手に話してけ」

「…………おまえ、嫌いよ」

 知ってるよ

 邦子は少し赤い顔で店に入っていった。

 

十五分後

 

「おい、そろそろ再開……」

 店の中を覗くと長谷川が床に寝転がって撮影会をしていた。

「ローアングラーかよ……」

 結構引いた。

 

 長谷川は上機嫌で帰って行き、小休憩を挟みながら日が傾く頃には全てのケーキが売り切れた。

 うちは前金を取らない代わりに受け取り時間を過ぎたケーキは当日販売してしまうので客を待つこともない。クリスマスケーキは名入れをしないので特別だ。

「二人ともお疲れ様。おかげで予定より早く終わった。バイト代は予定通り出すのと、一台ずつケーキがあるから持って帰ってくれ」

 たまとりり子は仕込みの日と同じく客席で伸びている。

「ありがとうございます」

「お疲れ様ーお兄ちゃんコーヒー淹れて」

「ふ、し、仕方ないな。たまも飲むか?」

「はい、いただきます」

 ケーキに自尊心を打ち砕かれていたので少し嬉しくなってしまう。

「あれ、先生。もう一つケーキが残ってますが」

「ああ、それは橙の分だからこの後届けに」

「お兄ちゃんクリスマスイブに橙とデート!?」

 熱湯が足にかかる。

「うわっち!誰が誰とデートだと?」

「へぇー、デートじゃないんだ。じゃああたしたちもついてっていいわよね?」

「は?」

「私もですか?」

 

 りり子に丸め込まれ、何故か3人でケーキ配達をする事になった。

 りり子とたまはサンタ服の上にコートを着て上機嫌だ。

 俺は流石に角を外した。

「橙さん驚きますかね?」

「来年は橙にもサンタコスさせましょ」

「やめとけりり子……」

 歩いているうちに気づいた。

 もう5時を過ぎているが駅の方はほの明るい。

「ねえ、お兄ちゃん……」

「りり子、ケーキとたまを頼めるか?」

「先生……りりちゃん……」

 駅前の空はイルミネーションや夕焼けではなく、火災で赤く染まっていた。

 

 

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