唐柿に付いた虫 13
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「お早いお戻りでしたねー」

 門の脇で、門番の老爺相手に何やら面白そうに話をしていた童子切が、玄関から姿を現した主の元にゆっくりと歩み寄ってくる。

「供なんて退屈な事を頼んで悪かったな童子切、礼はちゃんとするからよ」

 ひょいと猪口を傾ける手つきをして見せた男に、童子切は笑顔を返した。

「いえいえ、こういう時は私が適任でしょうからお気になさらずー」

 人の世を漂泊して生きて来た童子切は、こういう時に目立たず振舞う術なども自然に心得ている。  彼女は、外見には人と変わらない姿というのも強みだが、今回のような場合には、常の重厚な甲冑姿では無く、ちょっと見には長身で中性的な用心棒が着流しに刀を落とし差しにしただけというような姿を選んでくる世間知もある。

 そして今のように、いかにも金で雇われただけの人といった顔で、この家の使用人たちと適当な雑談をしながら主を待つような真似も自然にできる。

 それにしても、腰にぶら下げた大瓢箪が、いかにも仕事が終わった後の一杯だけが楽しみな用心棒というような、実にいい感じのやる気の無さを醸し出しているのは、はて演技なのか、それとも地なのか。

 門外に出て、小高い丘の上に立つ家から里に通じる道を歩き出す。

 暫し歩いて、周囲に人影も無い事を確認し、童子切は鋭く細めた目を、一瞬だけ、最前出て来た屋敷に向けた。

「しかしなんですかねー、こんな交通の要衝に立派な家を建ててまぁ……」

 本当に、ただの商人なんですかねー。

「物や人の流れる所に金も流れる、商人が屋敷おったてるなら場所としちゃ正解に近いが……」

 そこで言葉を切って、男は声を僅かに低くした。

「それなら、なるべく道に面して建てるのが正道ってもんだ。 腰を据えて会ってみてはっきり判った、ありゃ違う、今は都合が良いから商人やってるってだけの奴だ」

 金儲けが目的になって、棺桶に黄金を敷き詰める事が夢になっちまったような、ある意味頭が平和な連中じゃ無い、金は何かを実現するための手段って割り切ってる男だ、ああいうのは良くも悪くも危ない。

「あらあら、それはまた何でそう思いました?」

「大事な南蛮渡りの品を若造に強奪された揚句に、ずうずうしい話を持ち掛けられたってのに、さほど不快感も見せずにさっさとこっちの話に乗って来たってのがな」

 主の懸念に、童子切が面白がるような顔を向ける。

「面倒な交渉にならずに良かったじゃないですかー。 それに金を手段として見る類の判断が出来る相手なら、私達みたいな集団に対して恩を売って置くという判断をするのは、さほど不思議ではないと思いますよー」

「まぁな、それはそうなんだが……」

 並の人間なら少しは迷うだろうし、ぐずぐずと愚痴の一つも零すだろう。

 そして、彼が評判通りの有能な商人であったら、あの唐柿の重要性を滔々と述べ立て、彼の行為を非難し、あの品の価値を可能な限り上げた上で、彼の持って来た話が商売になるかどうか検討し買い叩き、恩を売るにしても、少しでも高値に、自分が優位になるように交渉に入るだろう。

 彼が有能で、頭の回転が速い人間であるのは疑いない、その認識の下で、仙狸との想定問答もそこを集中して行ったんだが、大半無駄になったのは良かったのか悪かったのか……。

「恩を売ろうとか、次の商売になるかとか思案するより、とにかくあの唐柿に関して、あんまり思い悩む所を、俺に見せたくない感じだった」

「要は、あの唐柿には、それ以上突っ込んで欲しく無かった……と?」

「そう、敢えて、唐柿は大事な物じゃない、高価で珍奇だが、自分にとっては、ただの商売道具の一つでしかないと相手に思わせたい、そんな感じの即決に俺は感じた」

 まぁ、あのオッサンが胡散臭いと最初から思ってる俺の勘だからな……幾分は差っ引く必要はあるんだが。

「それにしても妙ですねー、南蛮渡りの貴重な品とはいえ、あの植物に一体それだけの価値があるんですかね」

「さてな……ただ、あの実は、あの良く判らん白まんじゅうがへばりついて離れない植物でもある」

 怪しい生き物と良く判らん植物と、その植物の栽培を隠したがっていた、怪しげな人。

「所詮疑惑でしかないが、これだけ繋がれば、何か有るんじゃねぇかと勘繰りたくもなあらぁな」

「ご尤も」

 この辺りの主の観察眼から導かれる判断は、無論完全では有り得ないにせよ、結構な部分で信用できる、童子切はなるほどと頷いて袂から手を出した。

「色々裏がありそうですねー、とすると、やはりこの館の作りも、額面通りには受け取れない」

 ですかね、と向けて来る童子切の顔に、男も渋い顔を返す。

 燃えにくい練塀に土蔵、ところどころにまとまった人数を集めて置ける広い中庭、沢山の馬。

 盗賊避けに高く丈夫な塀や土蔵は必要、買い入れた物の仕分け、荷造り荷ほどきの為に広場は必須、荷役用の馬の数は、大きな商売が上手く行っている証。

 それぞれ、理由はちゃんとつく……付くんだが。

「砦……だろうな」

「ですねー」

 何とも言えない顔を童子切と見交わしてから、男は面倒そうに天を仰いだ。

 こいつも鞍馬に相談して、何か手を打たんと駄目だな。

 ふぅ、と息を吐いて、男は童子切に顔を向けた。

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「所でどうだ、門番の爺さんとのお喋りは楽しかったか?」

 童子切の事である、世間話の体であれ、無駄に時間を過ごしてはいまい。

 だが、その主の言葉に、童子切は否定を示すように肩を竦めた。

「この界隈でツマミが安くて旨い酒を出す店の話が聞けたので、私にとっては大層楽しかったですねー」

 らしいと言えばらしい童子切の言葉に苦笑しかかった男の顔が、続いた言葉に引き締まる。

「ただ、門番の老人程度まで、随分と口の躾が行き届いていた感じなのが、少々……ですが」

「……ほぉ、そりゃまた」

 童子切の事である、露骨な聞き込みなどしなかったろうが、それとなく人の出入りや家の様子などを、世間話の中に混ぜて聞いたのだろうが、それが全部はぐらかされたという事か。

「ええ、あの館の人は、皆、中々に手強そうですよー」

「童子切もそう感じたか」

 やれやれだ、こうなってくると、化け物の方が扱いが楽だな。

 暫く何やらぶつくさと口の中だけで罵り声を上げていた主だが、ややあって、いつもの顔を童子切の方に向けた。

「そういや話しは変わるけど、童子切よ、お前さん、こういう手締め知ってるかい?」

「また、話が飛びますねー」

「悪いな、ちょいと忘れない内に好奇心を満足させたくてな」

 苦笑する童子切に、似たような顔を返して、男は手を打った。

 よー、シャンシャン、もう一つ、シャンシャン、祝って三度、シャンシャンシャン。

 その掛け声と手拍子を聞いていた童子切が、ああと小さく呟いて、暫し何かを思い出す様に虚空を睨む。

「確かそれは、博多の方で使われる手締めですねー」

 合いの手は、この辺の言葉とあちらの方言で違いはあるが、拍子と言葉の内容は紛れも無い。

 友の消息を求め、外国相手に貿易が行われている港町には何度か足を運んだ事がある。

 友の神体は刀……そして日本刀は外国相手に良く輸出される品である。

 故に、港では商人達の様子をつぶさに観察して来た、当然、彼らが契約成立の証にと手を打つ様は色々見ている。

「博多、そうか」

 ありがとよ、と言った後に、ふむ、と何かを納得したように唸る男に、童子切は不思議そうな顔を向けた。

「それがどうしました?」

「いや、何な」

 仕方なく身に纏っている堅苦しい服は、肩が凝っていかんと言いたげに首を二三度回して、男はぼそりと呟いた。

「異国船が良く来る所だと思っただけさ」

 長かった坂が緩やかになり、合流する大路を行き交う人々が見えだす。

 街に入ってしまってはあまり声高に最前のような話も出来ない。

 昼時分、旅人に供するための簡単な飯を商う店から良い香りが漂いだすが、このなりではその辺の小屋や屋台には気安く寄って汚す訳にもいかない、男は堅苦しい服を忌々しそうに見てから、傍らの童子切に財布を渡した。

「供の礼だ、その腰の大瓢箪君に一杯呑ませてやってくれ」

 主の言い種にくすっと笑いながら、童子切は財布を袂に落とした。

「半日のお手当としては悪くない給金ですね、それでは有り難くー」

「俺はゆるゆる家に戻るから、童子切は好きにしてくれ、今日は付き合ってくれてありがとよ」

「はいー、ではまた後程ー」

 例の門番の爺さんから聞いた話を、早速確かめるつもりなのだろう。人生の喜びを体現したかのような足取りで、嬉しそうに酒屋の方に向かう彼女の背を苦笑気味に見送ってから、男は、最近ようやく活気が戻り出した街中をぶらぶらと歩き出した。

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「あら、一日に何度も化け物屋敷にお運びとは珍しいわね」

 再び土蔵地下の闇の中に下りて行った榎の旦那を、微笑を含んだ声が迎える。

「御戯れを」

「ふふ、まぁそういう事にしてあげるー」

 くすくすと笑う声を、何処で遮れば彼女を怒らせずに済むか計るように、彼は慎重に口を開いた。

「真祖様、急ぎご相談したき事が出来(しゅったい)しまして」

「判ってるわ、あの男が来たのよね」

 隠し事のある後ろ暗い身じゃびっくりしたでしょ、何の用かしらねー、という言葉の後に、ふぁ、と小さな欠伸が混じる。

「ご、ご存じでしたか」

 狼狽する目の前の男に、彼女は華やかな笑い声を上げた。

「あんなアトラスみたいなのが近くに来れば、私たちのような存在ば嫌でも気が付くわ」

「あとらす、でございますか?」

 不得要領な様子の声に、彼女は妙に機嫌のいい様子で言葉を返した。

「あなた方の国だと何て言ったっけ、そうそう、大秦国(ローマ)の神話に出て来る天を支える巨人よ、あの男はね、天を支える柱たる木と一心同体の存在」

 世界に走る地脈の力を集め整え、再び世界に戻す要の存在。

「その有り余る力で、邪悪に汚された地竜を封じつつ、あれだけの式姫が十分に腕を振るえるだけの力を授ける」

 その竜を封じる力の場こそが、式姫の庭と呼ばれる、あの霊地。

「私の力一つ回復させるのが、どれだけ大変か、実際に手を動かしている貴方にはよーく判ってると思うけどー」

 私に及ばないとは言え、それに匹敵する存在を多数従えるというのがどういう事か。

「判る? あの男が抱えているのが、どれだけ途方も無い力か」

「は……」

 正直、彼には判らない。

 術にも疎く、今、真祖が語った言葉や概念の半分も理解できない。

 だが、一つ判る事と、どうしても判らない事がある。

 あの青年が強大な力を持っている事と、それを彼女が警戒している事は間違いない。

 では……なぜ。

「そんな強敵が身近に迫っているのに、何で私の機嫌が良いのか、理解に苦しむ、って顔ね」

「……!?」

 慌てて上げた目と、それを愉しそうに見おろす目があった。

 深淵を宿す真紅の瞳が彼を捉える。

「心を読んだ訳じゃないよー、長生きしてるとね、色々判る事もあるの」

 人間ってね、それ程根本的な所は変わらないのよ。

 ぱくぱくと、打ち上げられた魚のように口を動かすだけになった顔を見ながら、彼女は僅かに口角を笑う形に上げた。

「あの男は確かに私の脅威ではあるわ、でも、同時に私が求めてやまない財宝でもある」

 財宝があると知れたんですもの、盗賊なら盗む算段立ててみるのも良いんじゃないかな。

「財宝?」

「ええ、そう、純粋で圧倒的な力という、私達みたいな存在が求めてやまぬ宝物」

 あれさえ手に入れば、私はようやく……。

 さぁ、話して。

 あの男が何を求めてここに来たのか。

 何を知っていそうか。

 それとも、何も知らずに、何かの偶然でここに至ったのか。

「一言一句間違えちゃだめだよー、何が手掛かりになるかは私が判断するから」

 余計な判断で話を端折らないでね。

 闇の中で、真紅の瞳がぎらぎらとした輝きを放つ。

 その輝きに呪縛されたかのように、目が離せない。

 いや、そうではない、眼球も首も、体の全てが動かせない。

 喉が強張り、息を吸って吐く事も思うように出来ない。

 かひゅ、ひゅーと、壊れた笛のような呼吸音に、真祖の耳がピクリと動く。

「ああ……ちょっと興奮しちゃった」

 魔眼は面倒ね、そう呟く声がすると同時に、真紅の眼光が若干和らぐ。

 それと同時に強張っていた体に自由が戻り、彼は慌てて胸いっぱいに息を吸い……少し咽た。

「慌てなくて良いわ、ゆっくり確実に思い出しながら、報告して」

「わ、判りました」

 元より、商いで大成した身、商談内容を詳細に覚える癖は付いている。

 呼吸を整えながら、喉に絡む声を絞り出す。

「あの男の来訪の目的ですが」

説明
式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

手締めの事調べた本とかどっかに無いかなぁ……最近のググる先生はウィキの切れっ端みたいな如何でしたでしょうか記事ばっかり上に来て使えない。
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コメント
OPAMさん ありがとうございます、手締めも今の江戸風が一般化しちゃう前はローカル物も色々あったらしいんですよ、その辺何か良い本があれば良いんですが、今のところ見当たらずです……榎の旦那は、池波作品が好きだと、あのタイプか、と判る感じかもですね……(野良)
前回最後の手締めの描写の細かさには何か意味があるのだろうなぁと(手締めに関する知識全く無いので)前回の感想に書こうと思ってたらすでに次の回が読めて場所による違いがあると知る喜び。今は都合が良いから商人やってるってだけの奴と言われた榎の旦那、前回では武の心得が無いとも書かれていたし武人でも商人でも無いとなると・・・何者?(OPAM)
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