真・恋姫無双紅竜王伝S〜袁家の大忠臣〜
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「どういうことじゃ!」

狸を連想させる顔と肥満体の初老の男―――袁家筆頭軍師の審配が狐面の細身の男、袁家次席軍師の郭図の胸ぐらを釣り上げていた。

「顔良と文醜がすでに延津と白馬で敗れて兵の士気は下がり、外様の豪族は曹操についた。兵糧も大半が敵の手によって焼かれた!これらの事情を踏まえてもまだ戦えると進言したのか!郭図!」

審配の顔は怒りの色に染まっていた。その矛先は、全軍に通達された戦闘続行の命令を下させるよう自分に相談もせずに主君に進言した郭図に向いていた。

胸ぐらを掴まれた郭図は顔を青くしながら必死で抗弁した。

「し、しかし審配殿。両将軍が敗れたとはいえ数はほぼ互角ですし、兵糧もすべて無くなったわけではありません。そもそも短期決戦を仕掛けるつもりですから問題はないでしょう。兵の士気についても問題はありません」

「ほう?それはなぜだ?」

「袁家という威光が―――ギャッ!」

説明をしようとした郭図だったが、審配に殴り倒されてその説明は遮られた。

「もうよい!もはや両軍の陣容も整いきってしまっておるゆえ最善を尽くすのみじゃ!」

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郭図を殴って自分の天幕に戻った審配は一人、酒を飲んでいた。

(袁成殿・・・)

彼の家は代々袁家に軍師として仕えてきた家柄で、彼自身も袁紹―――麗羽の父・袁成から2代に渡って仕えてきた。

(もはや、袁家もこれまででしょうか・・・)

今も忘れてはいない。袁成の死の直前、ただ一人枕元に呼ばれた彼は死に逝く主君にか細い声でこれまで自分に仕えてきた事に対する礼と、残される娘を頼むと託させたのだ。特に娘に関しては四世三公を輩出した名門の当主としてではなく、一人の父親として頼まれたとあの時から思っている。

それだけに口惜しかった。自身が留守にしている間に郭図が審配の名で起こさせた洛陽奇襲作戦。あのときなど怒り狂ったものだ。顔良と文醜達が止めなかったら主の御前で郭図を蹴り殺していたかもしれない。

決戦は明日。両軍の数はほぼ互角だが、残った諸侯も統率役だった張?が曹操軍に降ってから動揺していることだろう。最悪、裏切りもあるかもしれない。

「麗羽様・・・あなたの御身は、この爺がお守り申し上げますぞ・・・!」

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翌朝―――戦場に響き渡る銅鑼の音と共に袁紹軍と曹操軍の最後の戦いが幕を開けた。審配は本陣で麗羽の補佐として采配を振るうが―――

「顔良隊苦戦!なにとぞ、援軍を!」

「許攸殿討ち死!部隊は壊滅状態です!」

本陣に飛び込んでくる兵たちは味方の敗報を告げる。それに対して審配は次々と指示を下す。

「顔良隊にはすぐさま援軍を送る!許攸隊の穴埋めには文醜隊を出す!早く行かんと突破されるぞ!」

『はっ!』

バタバタと出ていく兵が出ていったのを確認して、審配は溜息をついた。

「爺・・・」

「麗羽様、戦場ですぞ」

彼が教えてきた事の一つに公私の区別がある。主君たるもの戦場などの公の場では部下に親しく接してはならないと彼は教えてきたのだが―――

「爺、私は袁家当主として相応しい最期を迎えたいと思います」

「・・・」

無言で続きを促す。

「帝のおわす都に軍を差し向け、その御身をかどわかそうとした罪は重い。私はその罪を背負って―――「討ち死にすると仰せか」――えぇ」

家臣の恥は主君の恥。家臣の罪は主君の罪。これは彼女が幼いころから審配が口を酸っぱくして言い続けてきた事である。彼女はそれを実践しようとしているのだろう。しかし――

「なりませぬ」

審配は反論を許さぬ口調で告げた。一歩一歩、麗羽に近づきながら。

「この度の一連の騒動は郭図がすべて謀った事。その責を麗羽様が負うというのは確かに爺がお教えした事でございます。しかし、実行の判断を下した麗羽様を育てたのはこの審配にござる。一連の帝に対する不敬の責、負うは一人で十分―――御免!」

「な、なにをするんですの!?爺、放しなさい!」

審配は麗羽を取り押さえると、縄で簀巻きにする。縛り終わると同時に、タイミング良く文醜と顔良が現れた。

「文醜さん!顔良さん!なぜここにいるんですの!」

「審配さんからの命令です。『麗羽様を守って戦場を離脱するように』って・・・文ちゃん」

「麗羽様、失礼します」

文醜は簀巻きにされた麗羽を担ぎあげると、馬に括りつけて同じ馬に乗る。顔良も違う馬に跨った。よく見れば彼女は旅支度をしている。

「わかっておるな、顔良。このまま南皮か?に戻ってもいずれは曹操に討たれる・・・旅に出るのじゃ、3人とも。旅人なれば曹操も討っ手を差し向けることもあるまい」

「はい・・・!」

「わかったぜ、おっちゃん」

顔良は涙ぐみながら、文醜は神妙に頷いた。

「爺・・・!」

「今生の別れでございます、麗羽様・・・幸せな人生を歩み、冥府の爺を安心させてくだされ」

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3人が本陣を去ると、審配は本隊の兵をあつめた。ちなみに郭図は戦が始まるや否や、早々に逃げ出していた。

「これよりこの戦の指揮はこの審正南が執る!」

本隊の兵は袁家直属の精鋭兵団。彼らは真剣な眼差しで演説をするこちらを見つめている。

「この戦の敗北はもはや決した!しかし、我らには使命がある!主君袁本初を逃がし、再起を果たさせるという使命が!」

審配としては再起を果たさせるつもりはなかったが、こう言った方が兵達の士気が上がるだろうと考えたのだ。

「総員騎乗!」

全兵が彼の号令に従って馬にまたがる。

「抜刀!・・・敵勢の中で最も勢い猛き隊、夏候惇隊に向けて―――」

(麗羽様―――)

「突撃ぃぃぃぃ!」

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袁紹軍が壊滅し敵軍の生き残りが?城を目指して敗走を終えた頃、華琳は首実験を行っていた。

「この首は・・・春蘭が取ってきた首ね。この首は?」

「筆頭軍師・審正南の首です」

「ふぅむ・・・」

袁紹軍先鋒を壊滅させた自軍に対し、華琳は総攻撃を命じた。猛攻撃を受けて逃げ散り、討たれていく袁紹軍の中で、ただ一隊、曹操軍の中で勇猛の名高い夏候惇隊に切り込んでいく部隊があった。

それが、審配率いる本隊だった。

勇猛名高い精鋭たちはその名に恥じず奮戦したが、やはり数の差はいかんともしがたく次々と討たれていく。その中で大将の審配は主君袁紹を逃がすため槍を朱に染め、全身に返り血を浴びながら奮戦。彼の奮戦ぶりを見た敵味方の誰もが彼を称えた。

『審正南は袁家の大忠臣』と。

説明
官渡の戦いについに終止符が打たれます。今回は袁紹軍サイドでお送りします。・・・まぁ、救済的な意味で。今回主人公まったく出ません!
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コメント
まだこんな忠臣がいたんですね。(ブックマン)
しかし郭図は出てくるどの作品でも扱い悪いなぁ。まあ仕方ないんですけどw(吹風)
素晴らしい・・・。袁紹がもう少しアホの子で無ければ、奸臣と忠臣の区別も付こうに・・・そうすれば、或いはこの結果も覆え・・・ 次作期待(クォーツ)
爺に惚れました(ペンギン)
実際、正史の審配は最後に袁尚(袁紹の子)のいる北を向いて処刑されたとなってます。良い話でした。(トーヤ)
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