蜜と罰
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「『名は体を表す』というが、初めに君の名を聞いて甘党であることに疑いの余地はないと思った」

 

いつも冷静で分析上手な伊黒さんは、やっぱりすごい!名前だけで私が大の甘党だってわかっちゃうなんて。

そう、私、甘露寺蜜璃は甘いものにめっぽう弱いの。

この髪の色がなによりの証拠。でも、桜餅の食べすぎで桜餅色の髪に変わっちゃったなんて、日本中の甘党女子のなかでもぜったい私だけよね。

鬼殺隊に入ってすぐの自己紹介で「やっぱり引かれるかな……」と心配しながらその話をすると、予想に反してみんな大爆笑。めったに表情を崩さない伊黒さんでさえ、しばらく肩を震わせて笑いをこらえていたわ。

恥ずかしさのあまりうつむいていると、誰かが盛大に拍手してくれたの。顔を上げてみると煉獄さんだったわ。

「甘党もそこまでいくと見事だな甘露寺!」

それから宇随さん。

「じゃあよぉ、草餅食べ続けたら髪の毛ぜんぶ緑化すんのか?人間クリスマスツリーだな。ド派手におもしれぇ、今度やってみてくれ!」

ば、馬鹿にされているわけでは……ないみたい。みんなのほがらかな笑顔と大きな拍手が何よりの証拠。

びっくりしてうれしくて、こぼれ落ちた涙をすかさずハンカチで拭ってくれたのは伊黒さん。

「心配ない、ここにはもっと変な輩がおおぜいいるから」

ひねりの効いた励ましと優しい微笑みに、私は一瞬で心を奪われてしまったの。

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そんなわけで、それからはみんな、鬼退治の遠征に行くたびに、日本全国津々浦々の銘菓をお土産に持ってきてくれるようになったの。恥ずかしい過去を暴露してよかった!

今日のおやつは、しのぶちゃんが買ってきてくれた「肉桂餅」という餅菓子。なんでも明治初期から販売されている由緒ある銘菓なんですって。

今日はお屋敷の茶室をお借りして、お茶とお菓子を楽しむことにしたの。

私もいちおう地元では名の知れた家柄の出身だし(だれも信じてくれないけど)、しのぶちゃんもれっきとしたお嬢様。幼いころから茶道はきっちり仕込まれてる。

といっても今日は、堅苦しいお茶の席ではなくて、仲間うちでの気楽なお茶会。衣装も染の着物ではなく、2人とも着慣れた浴衣。正座だけは保っているけど、お茶の淹れ方はとっても適当。とりあえず飲めればいいのよ。だってお目当てはあくまでしのぶちゃんのお土産。そしておしゃべり。

「風味に癖のあるお菓子なので、お口に合うといいんですが……って、甘露寺さんのお口は『来るもの拒まず』でしたね」

「やだもう、しのぶちゃんたら!私のことよくわかってるわぁ!」

しのぶちゃんが用意してくれたお盆には、お餅と黒文字の小皿と、お抹茶が載せられていた。

ふっ、でもまだしのぶちゃんは伊黒さんほど私を理解していないわね、私に黒文字は不要なのよ。

ちょっとはしたないけど、片手でつまんで丸ごと頬張るのが私流。ん〜おいしいっ!これなら50個は軽くいけそうだわ。

 

実は伊黒さんも誘ったんだけど、「すまない。落ちこぼれどもの特訓があるから、行けたら行く」というお返事にちょっとがっかり。

最近は入隊者の数も増えて、連隊全体の質を維持するのも大変なよう。それでも忙しい合間をぬって、お茶や食事をごいっしょしてくれるのだもの、ありがたいことだわ。

彼のことを悪く言う隊士がいるのは知っているけど、私はぜんっぜん気にしない!だって、伊黒さんのネチネチした物言いも重箱の隅をつっつくようなダメ出しも、隊士たちの身の安全を最優先に考えてるからなんだって、わかってるもの。

「銘菓なだけにお餅の弾力がすごいですね。黒文字だとちょっと切りづらいです」

そう言うしのぶちゃんはまだひとくちしか食べていない。小皿の上でうねうねと動くお餅を、苦労しながら切り分けている。

私のように手でつかんで口に放り込んだら?とはまさか言えなくて、その可愛らしい様子を見守った。

黒文字をあやつるしのぶちゃんの手は、もみじのように小さくて、鈴蘭のように白くて、子猫の喉のようにやわらかそう。

私は視線を落とし、手づかみで食べたお餅の粉で白くなった自分の手を眺めた。しのぶちゃんの手より二回りも大きくて、肉厚。開いた手のひらは、素振り稽古で豆だらけ。

思わずため息をついてしまう。適齢期の男性が百人いたら、百人ともしのぶちゃんの手に指輪をはめたいと思うだろうな………

「私も………しのぶちゃんみたいに小柄で可愛らしく生まれたかったな」

思わず、そんな言葉がこぼれ出た。

途端、しのぶちゃんが顔を上げて私を見た。先ほどまでの笑みが消え、瞳に強い光が浮かんでる。しのぶちゃんと出会ってから初めて見る表情だった。

それを見て私は、口にしてはいけないことを言ってしまったのだとわかった。なんとかその場を取り繕おうとしたけれど、適当な言葉がみつからない。

「ご、ごめんね、しのぶちゃん、なにか、気にさわった?」

そんな場当たり的なことしか言えなかった。だって本当にわからないの。しのぶちゃんの表情が一変した理由が。

するとしのぶちゃんは、はっと我に返ったように、私の顔から視線をそらした。

「いえ………なにも………」

それきりしのぶちゃんは口を閉ざし、襖の向こうに広がる広大な庭園をじっと見つめた。

二羽の揚羽蝶が、咲き誇るキリシマツツジの上で仲良く飛び回っている。

美しい蝶たちの舞いをひとしきり眺めたあとで、しのぶちゃんは口を開いた。

「ねえ甘露寺さん。甘露寺さんもご存じでしょう。私の刃が鬼の首を切ったためしがないことを。一流の鍛冶屋に仕立ててもらっても、持ち主が三流ですからね」

自嘲の言葉におどろいて、私は目を見開いた。

しのぶちゃんの顔にはふたたび笑みがもどっていた。けれど瞳には、哀しげな色が映っている。

「しのぶちゃんが三流だなんて……」

「いいんです、甘露寺さん」

しのぶちゃんの声は穏やかだけれど、ぴしゃっと鞭を打つような厳しさがあった。

踏み越えてはいけない地の割れ目のような拒絶を感じ、私は黙るしかなかった。

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こういうとき、自分はほんとうに甘ちゃんのお嬢さんだと痛感する。

鬼殺隊にはしのぶちゃんのように身内を殺され、その仇討のために入隊した子がおおぜいいるけれど、同じ経験をしていない私には、みなどこか一線を引いているような気がする。

誰のことも私は大好きだけれど、彼ら彼女らがしょってきた過去の話には、なるべく口を出さないようにしている。

私なんかが何を言っても、ぜんぶ綺麗ごとに聞こえてしまうんじゃないかって……

臆する気持ちはすぐに察知されたようで、しのぶちゃんはすこし慌てたように「ごめんなさい」と頭を下げた。

そしてまた、にっこり笑った。早春のつぼみが開くように可憐な笑顔だった。

「君とちがって彼女の笑顔はほとんど作り笑いなのに、そう見せない技を身につけている」

しのぶちゃんに一目置いている理由のひとつはそれだと、前に伊黒さんが話してくれたことがある。私はしのぶちゃんの笑顔にただ見とれるばかりで、よくわからないけれど。

「私のこの身体が小さすぎるから、この手が非力すぎるから……両親からもらった大事な身体だけれど、私の願いを果たすには、あまりにも脆弱なんです。

だから、ね、甘露寺さん。自分の身体に劣等感を抱いているのは、あなただけじゃないんですよ。私からしたら、甘露寺さんの身体は喉から手が出るほどほしい、すばらしい肉体です。ですからどうか、ご自分を卑下するようなことは言わないでくださいね。私まで哀しくなってしまいますから」

「しのぶちゃん………」

目頭がじんわりと熱くなって、間近にあるしのぶちゃんの笑顔がぼやけてくる。

まいったなぁ……しのぶちゃんたら、可愛くて賢いうえに、とっても優しいんだもん。

………ああもういいよ、完敗でいいよ、しのぶちゃんには。

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「………あらまあ、困りましたね。甘露寺さんを泣かせてしまうなんて。

……あ、気づきましたね。甘露寺さんが涙を拭う間もありませんね。困ったわ、なんて言い訳しましょう」

おっとりしたしのぶちゃんの声にかぶさるように「どうした甘露寺!なぜ泣いてる?」と伊黒さんが茶室に飛び込んできて、私は「ひっ!」と飛び上がった。

私は気づいていなかったけど、稽古を終えた伊黒さんはお屋敷の廊下の角まで来ていたみたい。そして私の涙に気づくや床板を蹴って庭園の宙を舞い、茶室の前に着地するまでたった三秒、とは後日しのぶちゃんが教えてくれたこと。たしかに涙を拭く間もなかったわ。

「あ、だ、大丈夫。し、しのぶちゃんが買ってきてくれたこのお菓子があんまりおいしかったから、感激のあまり涙が出ちゃって………」

ああ、伊黒さんに口から出まかせを言うなんてつらすぎる。泣きっ面に蜂とはこのことだわ。でもお菓子がおいしかったのは嘘じゃないから、どうかゆるして。

祈るような気持ちでいると、すかさずしのぶちゃんが援護に回ってくれた。

「ほんとうに甘露寺さんは甘いものがお好きなんですねぇ。泣くほど喜んでいただけて、私も買ってきた甲斐がありました」

「そ、そうか。それならよかった」

ほっとため息をついた伊黒さんは、取り乱したことを恥じるみたいにひとつ咳ばらいをしてから、私の真横に静かに正座した。

凛とした横顔と美しい座位姿勢に目を奪われ、たちまち頬が熱くなる。

緊張に震える手でお抹茶を点て、餅菓子とお茶を載せたお盆を畳の上に置くと、伊黒さんは「ありがとう」と微笑んで会釈してくれた。

それから左手の上で2回茶碗を回し、3回に分けてお茶を飲み干してくれた。茶道のお手本みたいに洗練された飲み方だったわ。

ああもう……うれしすぎてまた泣けてきそう。

そのすぐあとだった。対面で私たちをにこにこ眺めていたしのぶちゃんが、伊黒さんに不意打ちを喰らわせたのは。

「でも、本当は伊黒さんと一緒に、いちばんおいしい“最初のひとくち”を味わいたかったようですよ甘露寺さんは。可愛い女性からのお誘いより“むさい”男たちの指導訓練を優先するなんて紳士の風上にも置けません。乙女の敵です。よって伊黒さんにはしかるべき罰を受けていただきます」

紳士としてはそうかもしれないけど、鬼殺隊最高位の「柱」としては当然なんじゃ……と言おうとしたけど、しのぶちゃんに凄みのある笑顔を向けられて口をつぐんだ。

あきらかにしのぶちゃんは楽しんでる。だってほら、一言も言い返せずうなだれる伊黒さんを見る目が、夜光虫のようにらんらんと輝いているもの。

「わかった……聞くのも恐ろしいが罰とはなんだ?内容によっては俺は自害する」

きゃあぁぁぁっそんなの絶対ダメ!しのぶちゃん、どうかお手柔らかに!

「心配ご無用、たやすいことですよ。お得意の俳句で甘露寺さんの美しさを讃える句を作ってみてください。もちろん季語も入れてくださいね」

「なっ、なにを言うのしのぶちゃん!伊黒さんが自害しちゃうじゃない!」

私の美しさを讃える句?無理難題もいいとこだわ。腕力と食欲ならまだわかるけど。

すると伊黒さんはやっぱり、というか、眉を寄せて困惑したように首を傾げてしまったの。

………そ、そりゃそうよね。なにごとにも真っ正直で嘘をつけない伊黒さんだもの。いくら創作の世界だからって、ありもしない美を讃えるなんて、できるわけがないわよね。

わかっていたけど、落ち込んでしまう。きっとしのぶちゃんの美しさなら、伊黒さんもすらすら詠めちゃうよね……

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うなだれる私の横で、沈黙していた伊黒さんがようやく口を開いた。

「五・七・五ではとても語りつくせないな。せめて短歌にしてくれ。それならなんとか」

………え?

伊黒さん、いまなんて?

思わず耳を疑う私。その耳に、艶のある声が流れ込んできた。

 

第一の 美女に月ふれ千人の 姫に星ふれ牡丹饗せむ

 

「わかるだろう胡蝶。この世のものとも思えぬ美は、これくらいの字数でなければ表しきれない。つまり俳句では無理だ」

私でもこの歌には聞き覚えがあった。たしか、いま流行りの女流歌人が詠んだ恋の歌だったっけ。

いえそれより、伊黒さん今とんでもないこと言わなかった?「この世のものとは思えぬ美」……とかなんとか。

頭がぼうっとなって完全に思考停止した私を尻目に、しのぶちゃんは手を叩いてけらけら笑った。

「あら、さすが。短歌にも造詣が深くていらっしゃるんですね。もちろんよろしいですよ。せいぜいお時間と情熱をかけて、わが隊一の美女への讃歌をお作りになってください。楽しみにしていますよ。

では私はこのへんでおいとまいたします。お二人はどうぞごゆるりと」

そう言い残すと、しのぶちゃんは胡蝶の羽織をふわりとひるがえし、踊り子のようにかろやかな足どりで部屋を出ていった。

と、半開きの襖に一瞬戻ってきたしのぶちゃんが顔を出す。

「そうそう甘露寺さん、さきほどの話は気にしないでくださいね。私にはほら、この中に『鬼退治』の強力な武器が入っていますから」

そう言うと、しのぶちゃんは自分の頭を指さして笑い、渡り廊下の奥に消えていった。

そうか、そうよね。首を斬れなくても鬼を倒すために、しのぶちゃんは素早い突きの猛練習をしたり、毒薬を研究開発したり、ものすごくがんばっているんだもんね。

そして、やっぱりかわいい……しのぶちゃんを讃える俳句なら、私でも簡単に一句作れそうだわ。

しのぶちゃんへの憧れを再確認したあと、ふと我に返ると、全身を射ぬくような視線を感じてぞくりとした。振り向くと、伊黒さんの美しい二つの瞳が獲物を狙う蛇のように妖しく光って、私を見つめている。

「あ、あの………い、伊黒さん……が、眼光が鋭すぎて……とっても素敵でドキドキしちゃうんですけど、ちょっと怖いです……」

「あ、ああ、すまない」

はっと眼差しをゆるめた伊黒さんは、今度はがくりとうなだれて、深いため息をついた。

「どうやら俺はまだまだ修行不足だ。君の美しさをありありと伝える言葉が浮かんでこない。残念だが、しばらくは君との茶会も食事もあきらめて創作に没頭することにする」

そう言い残すと伊黒さんも、足音も立てずに茶室を出て行ってしまった。

「…………え、え?」

な、なんなのこの展開。私ひとり取り残されてしまったわ。

しょぼんと肩を落とすと、伊黒さんのお盆の上のお餅と目が合う。ひとくちも食べてもらえず、ぽつんと取り残されたままの。

同類相哀れむ、ね。かわいそうだから、私がおいしくいただいてあげるわ。

むんずとつかんで口に放り込み、もぐもぐ咀嚼しながら反芻してみた。

「あれ、そういえばさっき伊黒さん、『しばらくは君との茶会も食事もあきらめて』って………ええっ!そ、そんなぁ………」

か、哀しすぎる………これから私、いったいなにを頼りに地獄の猛特訓に耐えていけばいいの………

煉獄さんの千本ノックも「目隠し百人斬り」も「東京湾横断遠泳」も、「これが終われば伊黒さんとごはん食べに行ける!」と思ってなんとか耐え忍んでいるのに………

あれがどれくらいつらいかって……しかも女子のなかで強制参加は私ひとりなのよ。どういうわけかしのぶちゃんは初めから免除されているし、ほかの女の子だって「まだ死にたくないです」って全員拒否。

なのに私だけはいつも、煉獄さんや宇随さんたちに首根っこつかまれて、稽古場や東京湾に放り込まれるのよ、あんまりじゃない?私だけ女として見られてないんだわ。

でも、特訓が終わると伊黒さんが「よくがんばったな、甘露寺。ご褒美だ。好きなだけ食べていいぞ」って定食屋さんや甘味処に連れてってくださるから、歯を食いしばって耐えてきたのよ。それなのに………

あんまり哀しくて、ぽとりと落ちた涙で畳に「の」の字をぐるぐる描いた。さっきまで伊黒さんが正座していらした場所に。

ねえ伊黒さん、私への讃美歌なんていいから、いますぐ戻ってきて!

そのとき、ふと思った。考えるのも恐ろしいけど、まさか………

「しのぶちゃん、ひょっとしてこれって、失言しちゃった私への罰じゃないわよね………?」

(それはないです(笑)byしのぶ)

(完)

 

 

説明
おやつの時間に蜜璃を待たせた伊黒に、しのぶが課した罰ゲームとは?
蜜璃としのぶの女子トークもお楽しみください。
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おばみつ 鬼滅の刃 伊黒小芭内 甘露寺蜜璃 胡蝶しのぶ 

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