結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜番外編5
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番外編〜開かれた世界〜中編

 

 

あの出来事から2ヶ月が過ぎ、3月ももう少しで終わろうとしていた。

2ヶ月も経ったというのに、世間ではいまだに騒ぎは落ち着いていない。

壁の外より謎の物体が現れたことを皮切りに、広範囲にわたる山火事やいろんなところで建物の崩壊といった事件が相次いで起こったのだ、無理もないだろう。

大赦へ詳しい事情を聞くために各所から電話が殺到したらしいが、大赦から知らされた情報はあまり多くない。

大赦もすべてを把握してるわけではないのか、はたまた一般人に話せる内容を考慮してわざと最小限の情報だけを伝えているのか。

あれだけ大騒ぎになったのだ、いつもの秘密主義な姿勢ではいられないと思うが、果たしてどうなっているのやら。

しかしそんな大赦からも、知らされた情報は確かにあった。

それは大きく分けて二つ。

あんな大騒ぎで二つとは少なく思えるが、しかしその内容はあまりにも衝撃的だった。

 

一つはこれまで300年間、四国を覆っていた神樹様の壁が消えたこと。

これについては海の近くに住む、壁がすぐ目に付く人々からの報告もあり、事実ということはすぐに分かった。

テレビの中継で見た感じでは完全に消えたというよりは、壁だった木の残骸がそこかしこに残ってるような状態だったけど。

なんにしろもはや壁としての機能は無いに等しく、壁が消えたという事実に違いはないだろう。

これだけでも四国の人々は大いに驚き戸惑っているというのに、さらに知らされたもう一つの情報は、より大きな衝撃を与えた。

 

それは壁が消えたと同時に、神樹様の存在も確認されなくなったということ。

つまり、神樹様がいなくなったということだ。

だがこれに関していえば、些か懐疑的な人も多かったことだろう。

神樹様からの恩恵は様々な形で国民に授けられ、その有り難さは誰もが実感していた。

だけどその恩恵を授けてくれる神樹様の姿を、実際に目にした国民はまずいない。

神棚に神樹様を模した木像も置かれているが、それはあくまで大赦から配られたものでしかなく、毎日神樹様の方を向き拝んでいるのも、あくまで神樹様がいると大赦が言っている方向を向いて拝んでいるに過ぎない。

実際に神樹様の姿を見たことがある人など、大赦に所属している人達くらいなものだろう。

だから急に神樹様がいなくなったと言われても、ほとんどの人が素直に信じられなかったはずだ。

それこそ壁がなくなったのを目の当たりにしても。

世間では様々な憶測が飛び交っている。

 

―――人々は神樹様から見放されたのか?

 

―――外敵の侵略で、神樹様が殺されてしまったのか?

 

―――我々を守ってくれていた神樹様に寿命が訪れたのではないか?

 

―――大赦が神樹様の力を独占しようとしてるのではないか?

 

等々。

より詳細な情報を知るため、大赦への詰問は今もなお続いているようだ。

神樹様の壁が消えた事について、神樹様がいなくなった事について、2ヵ月前のあの外から来た巨大な物体の事について。

それに神樹様の恩恵により潤滑だった物流の流れが、以前に比べて大分滞っている状況についても。

そのあたりの管理も大赦が関わっているから、本当に様々な方面からの問い合わせが多いことだろう。

 

だけど本当は皆、薄々は心のどこかでわかっているのだ。

神樹様が本当にいなくなってしまった事を。

これまでに四国各地で起きている様々な出来事から、その事実ははっきりと人々に突きつけられているのだから。

だけど300年間ずっと自分達を支えてくれた神樹様が突然いなくなってしまった事への動揺、死のウィルスが蔓延していたとされる外との隔たりが無くなってしまった事への恐怖、そして今後の生活がどう変化していくのか不安。

様々な感情が一気に押し寄せてきて、事実を事実として中々受け入れられないのだ。

それでも。

 

 

 

 

 

「……いつかは皆、その事実を受け入れていくんだろうな。なんせいくら信じられなくても現状は変わらず、今日も明日も明後日も、ずっと続いて行くんだから」

 

壁に寄りかかり道行く人々を眺めながら、誰にも聞こえないくらいの小さな呟きを零す。

ここ昼過ぎくらいの駅前は、平日ということもあり人通りは多い。

 

「(しかし結局、どうなったんだろうなぁ、あの後。神樹様が消えたってことは、天の神とやらに負けたのか? だけど俺達はちゃんと生きてるし……神樹様や勇者の皆が頑張って勝ったのか、はたまた痛み分けか……)」

 

ボーっと道行く人々を眺めながらも、頭の中ではあれからの顛末について考えを巡らせていた。

あの日、夢みたいな場所で銀ちゃんと会った後、一瞬ですべてが終わっていた。

銀ちゃんが言っていた天の神と思しきあの巨大な物体も、胸の奇妙な模様も、夢から覚めた時には消えていたし、あれ以降またあの夢のような場所にもいけず、銀ちゃんとも会えていない。

たまに、あの日のことは全部、ただの夢だったのではないかと思うこともある。

もちろんあの巨大な物体の事はネットやテレビでも散々騒がれてるし、その被害っぽいのもそこかしこで起こってるから、全てが夢だったとは思ってないけれど。

 

「(……園子ちゃんなら、何か知ってるのかな? 勇者をしてたっていうし、銀ちゃんの夢が本当ならあの日の事にも関わってたんだろうし。大赦にも顔は利きそうだから、俺の知らない情報も知ってるかも……って、そういうのをあんまり詮索するもんじゃないか)」

 

メル友とはいえ、大赦が関係しそうな話しを無暗に聞こうとするのはマズい。

大赦の秘密主義は周知の事実だし、仮に園子ちゃんが知ってても口外しないように厳しく言われているはずだ。

三好や安芸先輩との数少ないメールのやり取りでも、大赦に関わりそうなワードは意識して外すようにしているのだから。

というか最後に別れた時に、三好本人からそう注意されているし。

 

『本来なら家族とのやり取りすら控えさせられる立場なんだが、無理言ってメールくらいはさせてもらえるようにしたんだ。俺の努力を無駄にすんなよ? マジで、いやほんとマジでな!?』

 

と、何度も念を押されて。

というかもし下手に探って何かを知ろうとしようものなら、大赦から何かしらの圧力がかけられる可能性もある。

迂闊なことはできない。

 

「(「大赦の秘密を知った者は、人知れず消される」なんて噂もあるくらいだからなぁ。いや、流石にそれはデマだろうけど、実際俺も人知れず監視されてた身だし……ま、まぁ、皆無事だったんだ、それ以上の朗報はないよな、うん!)」

 

あの事件の後少しして、園子ちゃんから安否確認の連絡を貰った。

知らない電話番号で一瞬誰かと思ったけど、どうやらあの事件の時にスマホが壊れてしまって、学校の公衆電話からかけて来たらしい。

よく俺の番号を覚えてたものだ。

なお、その何日か後に新しいスマホを手に入れたらしい園子ちゃんとは、改めてアドレスの交換を済ませておいた。

で、その時に園子ちゃん含め、みんな無事ということは教えてもらった。

わからないことは多く、知りたいと思う気持ちはあるが、とりあえずみんな無事に事件を乗り越えたんだ。

それが分かっただけで、良しとしておくとしよう。

 

「よう、待たせたか?」

 

と、そんなことを考えていたら、突然声をかけられた。

それは顔を見なくても、その声だけで誰かがわかる相手だった。

 

「いや、俺もさっき来たばっかりだ。悪いな、こんな忙しい時期に」

 

「構わないさ。久しぶりに良い息抜きになるし、俺もお前とは色々話したいこともあったからな」

 

「話したい事?」

 

「あぁ。まぁ、それはまた後でいいさ。とりあえず久しぶりだな、桐生」

 

「あぁ、久しぶり。三好」

 

軽い調子で言葉を交わしたのは、久しぶりに会う三好だった。

見ると今日はあの大赦の神官服ではなく、大学の時によく着てたようなラフな格好をしていた。

 

「それに、やっとお前が重い腰を上げたんだ。なんとか時間作ってやるのが、友達ってもんだろ?」

 

「……悪い」

 

「そこはありがとう、って言ってくれた方が嬉しいもんだぜ?」

 

茶目っ気のある笑顔でウィンクをしてくる三好に、苦笑いしながら俺は改めて「ありがとう」と言葉を返した。

そう、今日は俺が三好を呼び出したのだ。

理由は今まで行けなかった銀ちゃんの墓参り。

あの事があってから、人生なんていつ唐突に終わるのかわからないと実感した。

だからできるだけ後悔を残さないように、やりたいと思ったことはなるべく早くやっておこうと決めたのだ。

そうしたら今まで二の足を踏んでいたのが嘘みたいに、俺は迷わず三好に連絡を入れることができていた。

 

しかしそれがこの2ヶ月先まで伸びてしまったのは、事態の収拾とかで忙しかったせいだろう。

そもそも三好は大赦でも高い地位にいるはずだから、今でもまだまだ忙しいはずなのに、本当によく時間を作ってくれたものだ。

何なら他の人に付添いを頼んでもいいと言ったのだが、三好が自分が付添うと言ってくれたのだ。

まぁ、俺も久しぶりに三好に会いたかったし、三好がそういうならとその言葉に頷いておくことにした。

そうして待ちに待って、ようやく今日、銀ちゃんの墓参りに向かうことができるようになったというわけだ。

 

「じゃあ、時間も勿体ないし早速行くか」

 

「そうだな。ところで場所は遠いのか?」

 

「歩くには少し遠いな。向こうに車を停めてるから、それで行くぞ」

 

「あぁ、わかった」

 

俺達が今いるのは、大橋市の駅前。

三好の案内で、車を停めている駅の駐車場に連れていかれた。

そこに停められていたのには見覚えがあり、それは三好が大学の時に買ったコンパクトカーだった。

 

「まだこの車、乗ってたんだな。お前、給料は良いんだろうに」

 

「金はあっても、自由に使う時間なんてねぇっての。それにこいつは結構気に入ってるんだ、そう簡単に新しいのに変えられるかよ。そもそも大赦の仕事を本格的に始めてから、あんまに乗れてもいねぇってのに」

 

「あー、そっか」

 

そう言えばと、車を買う時に色々とあったのを思い出した。

高い買い物だから仕方ないとはいえ、いつまで経っても決まらず、飲み会の時まで車の情報誌を持って来てあーだこーだ言ってる三好に我慢できなくなり、俺や安芸先輩が横からあれこれ口出ししたものだ。

せっかくの飲み会だというのに酒も飲まず、延々と車の事について語り合い、それぞれの主張が混ざった意見の押し付け合いみたいなもので口論になったり、こうなったらと実際に車屋に連れて行って気になる車をいくつも試乗させてみたり。

そして長い検討の末、ようやく買ったのがこの車なのだ。

これに乗って3人で色んなところに行ったりもしたし、三好としてもそれなりに思い入れも深いのだろう。

そんなことを思いながら俺がいつも座っていた助手席に乗るのを待って、三好は車を走らせた。

向かう方向から、どうやらあの壊れた大橋がある所を目指しているらしい。

 

「そういやぁ、最近、調子どうよ」

 

「ん? あー、そうだなぁ。まぁ、いたって普通だよ。てか、三好の方こそどうなんだよ。本当は今日、出てくるのも大変だったんじゃないか?」

 

「そりゃぁ、俺くらいになると中々外出もさせてもらえないからなぁ。だからこんなに時間もかかっちまったわけだし。まったく、偉くなるってのも考えもんだよ」

 

夏凜ちゃんにも中々会えないし、と三好はため息混じりに愚痴をこぼす。

相変わらずのシスコンっぷりのようだ。

それがあの頃の三好と変わってないのだと実感させてくれて、妙なことに少しだけ安心させられた。

 

「仕事の方はどうだ?」

 

「……あー」

 

と、安心していたらこれだ。

人が聞かれたくないことを平然と聞いてくる。

 

「……ま、まぁ、順調じゃね? 色々あったけど、俺は何ともないし。会社のほうも、なんとか回ってると思うよ」

 

「そうか……辞めさせられたって聞いたから、もっと落ち込んでるかと思ったけど。元気そうでよかったよ」

 

「あぁ、まぁな……って、何で知ってんだよ!?」

 

三好からの思わぬ爆弾発言に、思いっ切りツッコミを入れてしまった。

わざわざ隠したのに。

 

「あのなぁ、こちとら大赦だぞ? 混乱の収拾もだけど、今の四国の状況とか色々調査もしてるんだよ。どこでどんなことが起こって、何が不足してて、何が必要かとかな。色々あって大赦内もてんやわんやで、冗談抜きで目が回る忙しさだったんだぜ? ……ったく、あいつら絶対無事に解決した時の事なんて考えてなかっただろ。消えるんなら消えるで、残された奴らや事後処理のことも考えとけってんだ。残ってるのも気持ちの切り替えができてねぇ、使えねぇ奴らばっかだし。俺達がどれだけ苦労してると思ってんだ……!」

 

「え、えーと、よくわからんけど、お疲れさん?」

 

三好にしては珍しく、苛立たし気に舌打ちまでしている。

後半の方はブツブツと言っててよく聞きとれなかったけど、よほど忙しい日々を送っていたんだろう。

少しだけ同情する。

 

「……はぁ。まぁ、事態が無事に収束した時点で、一般人のお前なら問題ないとは思ってたけど。それでも安否は気になってたし、忙しい中でも最優先で調べたんだぜ?」

 

「いや、気を使ってもらったみたいで、ありがたいっちゃありがたいけど……それって所謂、職権乱用っていうやつじゃないのか?」

 

「はっ、地位があって多少の権力なんて持ってても、自由に使える機会なんてそうないんだ。こんな時だし、少しくらい使ったって文句は言われねぇよ……言うやつもそんな残ってねぇし」

 

「え? なんて?」

 

「ん? いや、なんでも?」

 

何食わぬ顔で、何でもないと首を振る。

どうにも今日は、ブツブツと独り言が多いな三好は。

 

「まぁ、それにだ。お前の場合、勇者様と関りのある人間ってことでもあるしな。完全な職権乱用ってわけじゃないから問題ないんだよ」

 

「……さいですか」

 

銀ちゃん関係、いや多分園子ちゃん関係のことか。

園子ちゃんとメル友ということは誰にも言ってないが、偶然会って話しをすることもある。

そういう所を大赦の誰かに見られていても不思議ではない。

 

「(というか知ってたなら、誤魔化した意味ないじゃないか)」

 

内心の複雑な心境を隠し、窓から見える流れる街並みを見ながら小さくため息を吐く。

そう、実を言うと俺はあの後、会社を退職しているのだ。

だいたいあの事件の後、2ヶ月になるかそこらといったところで、つい最近のことだけど。

神樹様がいなくなり、神樹様の恩恵を受けられなくなったこの世界で、今までと変わらない生活を送ることは流石にできなかった。

まだ大赦から知らされてはないし、多分そう遠くないうちに知らされることになるのだろうけど、今の四国にそこまで資源に余裕があるとは誰も思っていない。

それは現在続いている物流の滞りや物価の上昇などから、誰でも簡単に予想はついているはずだ。

だからこそどこの会社でも事業の縮小が行われ、人員削減にともなって退職者がいくらか出てきている。

俺もその一人というわけだ。

 

「新しい就職先の宛、あるのか?」

 

「……まだ、だな。目下、就職活動中だ。まぁ、実家が農場やってるからな。帰ってきて一緒にやらないかって、少し前に親から連絡はあったよ」

 

「そっか。桐生の所は、確か野菜作ってるんだっけか。今の四国にとっても、重要な仕事じゃないか」

 

「まぁ、な」

 

聞けば神樹様の恩恵が無くなったことで、全体の収穫量はずいぶん減ったらしいけど。

それでも三好の言うように、今の四国にとって重要な仕事には違いない。

だからこっちで新しい職が見つからなくても、実家に帰ればさいあく食うに困ることはないだろう。

ただ、今となってはこちらの生活の方が慣れていて、実家の田舎な生活を考えると少しだけ億劫になってくるのが難点だ。

 

それから雑談をしながら15分ほどだろうか。

車は駐車場に入って停車した。

場所は壊れた大橋が結構近くに見える、“関係者以外立ち入り禁止”と大赦のマーク入りの看板が置かれたところの近くの駐車場だった。

車から降りた俺達は、その看板の方に向かって歩いていく。

 

「この先にあるのか。ここの前は何度か通ったことあるけど、何があるのかずっと気になってたんだよなぁ。そっか、墓地があったのか」

 

「墓地、というのは少し語弊があるが、まぁ、そんなところだ。もちろん三ノ輪銀様のだけじゃないがな」

 

そう言いながら、俺と三好はその立ち入り禁止の看板を素通りして奥に進んでいく。

その先には神社にある社務所のようなものが建てられており、中には大赦の神官服を着た人が座っていた。

対応は三好がしてくれるらしく、俺の前に立って神官に話しかける。

 

「申請を出していた桐生秋彦と、付添いの三好春信です」

 

「お話は伺っております。こちらに御記帳をお願い致します」

 

「はい……ほら、桐生。お前も」

 

「あ、あぁ」

 

三好に促され、俺もペンをとる。

ペン先は筆のような筆ペンで、ペン先が固い普段使っているペンと比べて書きにくそうだ。

用紙を見ると片方が付添人、もう片方が参拝者の名前を書く欄になっている。

付添人の所にはすでに三好の名前が書かれていた、しかもめちゃくちゃ達筆に。

大学時代から字は上手かったけど、まさか筆ペンでもとは。

大赦の仕事で筆ペン、いや筆を使うことには慣れてるのだろうか。

俺はというと所々太くなったり細くなったりと、かなり不格好な字になってしまった。

自分と三好の字を見比べて、ちょっとした敗北感を味わってしまうのは俺が小心者だからだろうか。

 

「……はい、結構です。それでは、どうぞごゆっくり」

 

「あ、はい」

 

社務所の前を通る時、神官が深々と礼をしているのが見えた。

それは俺に対してというのもあるだろうけど、三好に対してという意味合いが強そうに思えた。

 

「(やっぱ、三好って偉い立場なんだなぁ)」

 

普段着で一見そうは見えないけど、神官から仮面越しでもわかるくらい敬われているのを感じ、どこか俺とは別世界の住人のように錯覚してしまう。

そう思いながらも、少し先に進む三好の後を俺も早足で追いかけた。

 

少し進むと二つの分かれ道に差し掛かる。

一つは、あの壊れた大橋へ向かう道のようだ。

そしてもう一つは、林道の方に続いている。

 

「この林を抜ければすぐだ。整備されてるから転ぶ心配はないと思うけど、墓参りで転ぶとか縁起悪いからな。気をつけろよ?」

 

「俺はそんなドジっ子じゃねぇって」

 

「ははは、一応だよ一応」

 

軽い調子で笑う三好だが、俺としては全然笑えない。

ただの知り合いが言うことなら俺も軽く流せるだろうけど、大赦に勤めている三好から言われたら本当に悪いことが起きそうに思えてくる。

しかも偉い立場にいる三好からの言葉ならなおさらだ。

すたすたと軽い足取りで進んでいく三好と違い、俺は置いて行かれないように気を付けながらも、おっかなびっくりと足元を注意深く見ながらついて行く。

 

そこから進んでいくと、本当にあっさりと林道をぬけることができた。

目の前には、大きなドーム状の屋根の付いた建物があった。

そして少し目を横に逸らせば、あの壊れた大橋が間近で一望できた。

思わずゴクリと生唾を飲み込む。

こんなに大橋に近づくことなんて生まれて初めてなのだ、少しだけ緊張しても仕方ないだろう。

 

しかしいつまでも緊張なんてしていられない。

先を行く三好に続き、俺も建物の中に入る。

その瞬間、外との仕切りなんてないはずなのに、一瞬空気が変わったような錯覚を覚えた。

海が近いから潮の香りはするものの、まるで神社の境内に入った時のような、どこか厳かで、静かで、そして清浄な雰囲気。

 

「……ここが」

 

「あぁ、ここが三ノ輪銀様の……そして歴代の勇者様や巫女が祀られている場所だ。西暦時代にはコンサートホールとして使われていたらしいが、そこを改装して英霊となられた彼女たちの御霊を慰める場所として作られた」

 

見ると確かに中は、客席と舞台のような作りになっている。

その客席の所は数え切れないくらいの名前の書かれた石碑と、舞台の中央には神樹様を模して作られたと思われる“英霊之碑”と彫られた石碑がたてられていた。

その石碑の前には、3枚の大きなレリーフが並べられている。

そこにはなにやら武器のようなものを持った少女達が、何かと戦っているらしい絵が描かれているようだ。

多分、これは勇者と天の神が戦っている場面を描いたものなのだろう。

見た限りあの日に見た巨大な物体は、どのレリーフにも描かれていないようだが。

しかしそのレリーフのうちの1枚、3人の少女が描かれている絵に、なんとなく見覚えのある姿を見つけた。

 

「(あの絵、もしかして銀ちゃん? ってことは、その隣のは園子ちゃんに東郷ちゃんか?)」

 

それが銀ちゃんの姿なのではと思って見れば、一緒に描かれている二人にも見覚えが出てきた。

勇者の絵が描かれているのなら、かつて三好から聞いた話と合わせて考えれば、あの見覚えのある姿からその予想で間違いないはず。

巫女というのがどういう役割を持つかはよくわからないが、勇者と一緒の所に祀られているということは、勇者と同じくらい重要なお役目についていたのか。

きっとその巫女達も、銀ちゃんと同じくらいの年頃の少女達なのだろう。

 

「(これだけの数の子供達が、俺達の平穏のための犠牲になってたってことか)」

 

多くのために少数が犠牲になるのは大人の世界でもよくあることだが、これだけの少女達を犠牲にしてきたこの世界はなんとも残酷で、そしてとても歪な世界だと感じる。

本来なら子供は守られるべき存在で、大人が体を張らなければならないはずなのに。

ただの自己満足にしかならないとしても、それでも俺は感謝と敬意を込めて静かに彼女たちの冥福を祈った。

 

「三ノ輪銀様の石碑はこちらだ」

 

そう言い、三好は階段を下りていく。

銀ちゃんが祀られているのは、どうやら最前列の方らしい。

階段を降りてすぐ、舞台に近い位置にあるそこに銀ちゃんの名前を見つけた。

 

「(あれ、桐生、静? 俺と同じ苗字だな……まぁ、ただの偶然か)」

 

銀ちゃんのすぐ後ろに桐生の苗字を見つけたが、同じ苗字なんてよくあること。

ましてやうちは代々田舎の農場を経営しているだけの家で、巫女や勇者がいたなどという話しは聞いたことがない……流石に、何百年も前のことまではわからないけれど。

とにかく、今の俺にはどうでもいいことだ。

改めて銀ちゃんの石碑に目を向ける

その石碑の前には、いつ置かれたのかわからないが花束が供えらえている。

花の萎れ具合から見て、供えられたのはそんなに前ではないだろう。

 

「……花束、か。園子ちゃんとかもよく来てるのかな」

 

「あぁ、乃木園子様も東郷美森様も、よく参拝にいらしているようだ」

 

「……そりゃそうだよな」

 

見れば石碑周りは綺麗になっている。

大赦の人も手入れはしているのだろうが、園子ちゃん達も来た時に気になれば掃除はしているのだろう。

大切な友達の眠る場所が汚れていたら嫌だろうし、俺だって来る時に汚れていたら掃除でもしてやろうかと思っていたのだ。

見る限り俺が改めてする必要はないだろう。

そう思いながら、俺は銀ちゃんの石碑の前にしゃがみ込む。

 

「よぉ、銀ちゃん。ずいぶん待たせちまったけど、やっと来れたぞ。ここに来るまで2年……いやもう少しで3年になるのか? ははっ、遅刻常習犯の銀ちゃんでも、流石にここまでの大遅刻はないわな」

 

自嘲気味に笑いながら、銀ちゃんの石碑を優しく撫でる。

ざらざらとした冷たい石の感触、あの夢の中で銀ちゃんを撫でた時とは大違いだ。

だけどまるでそこに銀ちゃんが本当にいるように感じられるのは、ただの俺の錯覚なのだろうか。

 

―――もう、兄ちゃんってば遅すぎるぞ? どれだけ待たせれば気が済むんだよ!

 

―――だけど……にししっ! 最初の罰ゲームは、兄ちゃんに決定だな!

 

まるで呆れたように、しかしどこか悪戯っ子のような笑顔でそう言われてるような気がして、小さく口元が緩む。

 

「あぁ、そういえば遅刻したら罰ゲームなんて話しもしてたっけなぁ。確か10分で、しっぺかデコピン1回だったっけ?」

 

確か5分過ぎるごとに、1回繰り上げで回数が上がっていくルールにしていたはずだ。

実質10分で1回上がっていく計算として……。

 

「えーと、1時間で6回か。1日で、えー、144回? 1年だと……」

 

数が多過ぎて咄嗟に計算ができない。

すると後ろで静かに聞いていた三好が、小さく笑いながら言う。

 

「52,560回だな。ちなみに3年分だと、157,680回になるわけだが」

 

「……俺、死んじまうんじゃね?」

 

三好の咄嗟の計算力にもびっくりだが、あまりにもとてつもない数字に冷や汗がたらりと流れる。

春先で、まだ若干寒いくらいの季節だというのに。

 

「ははは、お前が死んで彼女と再会したら、思う存分罰ゲームをしてもらえばいいさ」

 

「ちっ、他人事だと思って!」

 

「実際、他人事だからなぁ。そもそもの話し、桐生がもっと早く決心して墓参りに来てればよかっただけだろ?」

 

「あぁあぁ、そうだよ! 全部俺のせいでごぜーますよ!」

 

フンッと鼻を鳴らし、不貞腐れながらそっぽを向く。

そんな俺と三好のやり取りすら、ニコニコと楽し気に見てるような気がして、俺も自然と頬が緩んでしまうのだった。

 

「……あ、そうだ。銀ちゃんに供え物持ってきたんだった」

 

ふと思い出し、そばに置いておいた入れ物に手を出す。

 

「何かと思ったら、お供え物かよ。入れ物からして、ケーキとかか?」

 

「ふっふっふ、残念ながら違うんだなぁ」

 

確かに入れ物はケーキの入れ物のように見える。

しかし中に入っているのは別のものだ。

 

「じゃじゃーん! なんと、銀ちゃん大好物のしょうゆ豆ジェラード(持ち帰り用)だ!」

 

「……え、アイス? この時期に?」

 

銀ちゃんと一緒に行った思い出のイネスでは、残念ながらあのアイス屋は閉店していた。

だからどこか別の所で売ってないかと、前々から調べていたのだ。

するとなんと、結構あっさりと売っている場所を見つけることができた。

それはかつて銀ちゃんが働いていた、俺も大学生の時に何度か通っていたあの喫茶店だったのだ。

 

店長さんに聞いた所、銀ちゃんの好きなアイスだとよく聞かされていて、イネスのアイス屋が無くなったのを知って喫茶店で出してみることにしたのだとか。

生憎と売り上げとしては今一だが、妙にリピーターもいるし、このアイスを見てると銀ちゃんのことを思い出すということで、限定商品として置き続けることにしたらしい。

今回は銀ちゃんの墓参りということで、久しぶりにあの喫茶店に寄って買ってきたというわけだ。

俺はカップのふたを開けて、スプーンを刺して墓前に置き両手を合わせる。

 

「……あー、桐生? 一応言っとくけど、食べ物関係の供え物は置いていくことはできないからな? 鳥とかきて荒らされるのも困るし、アイスだとほら、溶けて何かの衝撃で倒れたら汚れるし?」

 

申し訳なさそうに三好が言ってくる。

こういう供え物とかのことについて詳しくないから、よく考えずに持って来てしまった。

まぁ、それでも問題はない。

 

「ふっふっふ、三好君。俺だって食べ物の供え物は、帰る時に持って帰ることくらい知ってるんだぜ? それに、君も大赦の神官なら知ってるはずだ」

 

「え、なにを? てか、なにその口調? 気持ち悪っ!」

 

「酷くね? まぁ、いい。とにかく墓前に供えられたものは……時間が経てば食べてもいいのだ!」

 

「え、それって神棚に供えられたものの話し、いや別に墓前のものでも悪くはないけど……って、今食うのか!? 供えたばっかなのに!?」

 

今さっき供えたアイスのカップを手に取り、一気にスプーンですくって口に放り込む。

 

「ふーっはははは! はぐはぐはぐ! どうだ銀ちゃん、羨ましかろう! はぐはぐ!」 

 

―――あ、あー! あー! そ、それあたしの! あたしに供えたのだろ!? 

 

そんな慌てふためく声が聞こえてくるようだ。

それに気分をよくし、俺はさらに食べるスピードを上げる。

 

「銀ちゃんが生きてたら、一緒に食べられたのになー! あー、ほんと残念だわー! マジ残念だわー! こんなに美味いのになー! はぐはぐはぐ!」

 

見せつけるように、まるで本当においしそうに食べ進める。

正直、言うほどおいしいわけでもないけど。

でもこれくらい大げさの方が、銀ちゃんにはダメージがデカいはずだ。

そんな俺を見て、三好は少し引いたような顔をしていた。

 

「う、うわぁ……お前、少し見ないうちに性格悪くなってないか? てか、さっきも言ったけど、ここは英霊の御霊を慰めるための場所であって、もう少し静かに粛々とだなぁ」

 

「これが俺なりの参拝の仕方ですぅ! そもそもなぁ、涙ながらに死を悼むとか性に合わないんだよ!」 

 

銀ちゃんの墓前に来ればきっと泣いてしまうと思っていた。

実際、さっきまで若干じわぁと涙が出てきそうになっていたし。

だけど、やっぱり俺には俺の意地がある。

 

「他に誰か参拝してる人がいるわけでもないんだし、誰の迷惑にもなってないんだから別にいいだ……っ!?」

 

「お、おい、桐生?」

 

「あ、頭が……キーンと……!」

 

冷たいものを一気に食べたせいだ。

久しぶりに頭がキーンとして、その痛みで思わず尻餅をついてしまう。

 

―――やーいやーい! 兄ちゃんが意地悪するからこうなるんだ! ざまーみろ―!

 

そんな銀ちゃんの煽り文句が聞こえてくる気がする。

滅茶苦茶屈辱だ。

そんな痛みだったり屈辱感だったりで若干涙目になる俺を見て、三好は呆れるようにため息を吐く。

 

「……ここに祀られる多くの英霊の方々も、きっとお前の事を見て呆れてるだろうな」

 

「へ、へへへ……それくらいの方が、丁度いいってもん、よ……い、いっつぅ……なぁ、三好」

 

「なんだ?」

 

「……実はもう1個あるんだけど、お前食わない? 流石に、これ2個もいらねぇや」

 

「は? 自分で食べないのに、なんで2個も買ったんだ?」

 

「いやぁ、久しぶりに食べてみたら美味いかなぁって思ってたけど、やっぱりそんなでもなくてさぁ」

 

相変わらず、俺にはこの味の良さはよくわからなかった。

1個食べただけで、もういいかなぁと思っている。

しかし残して家に持って帰っても、食べずに冷凍庫の置物と化してしまいそうだし……と思っていたら、ここには三好がいるじゃないか。

 

「つーわけで、残飯しょ、じゃなくておすそ分けだ」

 

「お前今、残飯処理っつったな!? 美味くないのを友達に勧めるなっつうの!」

 

三好に怒鳴りながら頭をひっぱたかれた。

アイスの痛みにプラスされて、余計に頭が痛くなった気がする。

 

「ったく。この後、真面目な話しようって思ってたのに。ほんとお前と話してると、シリアスな雰囲気が無くなるよな」

 

「う、うごごごご……ん、真面目な話? あー、確か話があるって言ってたっけ」

 

頭を押さえながら、来る途中にそんなことを言っていたのを思い出した。

 

「……ふぅ、ようやく収まってきた。えっと、それで? なんの話なんだ?」

 

「あー、それはだな……なぁ、桐生」

 

「な、なんだよ?」

 

思わず緊張して背筋がピンと伸びてしまう。

なぜならそこにはさっきまでの軽い雰囲気は微塵もなく、何か重要なことを口に出そうとしてるのか、三好はいつにも増して真剣な表情で俺を見ていたから。

そんな三好の口から飛び出してきたのは……。

 

「お前……大赦に入らないか?」

 

「……はぁ?」

 

俺の予想だにしない言葉だった。

 

 

-2ページ-

(あとがき)

園子ちゃん達がよくお参りしているのって、慰霊碑ってやつなんですよね。

慰霊碑ってその名の通り”亡くなった人の霊を慰めるための場所”なわけで、別に遺骨とかが埋められてるお墓ではないんですよね。

だけどそれならそうで、園子ちゃん達がなぜあの慰霊碑の所に毎度お参りにいってるのかにも疑問がわきます。

普通お参りに行くなら、お墓に行きますよね?

場所が遠かった? いや、園子ちゃん達なら例え別の県だとしても、時間をかけてでも行きそうですし。

そこら辺考えず、BDについてる資料とか見る前に、本作本編の方であの場所をお墓なのかなと勝手に想像して、かってにあそこに埋葬したとしちゃいましたけど(汗

というわけでこの話では、あの英霊之碑には勇者や巫女の遺骨が埋められていることとしておきます。

……でもあの慰霊碑って、作られたのが298年の後っぽい説明が資料にあるんですよね……考えれば考えるだけ、頭が痛くなってきます。

 

説明
かいたり消したりしていたら、どんどん増えていったので中編にしました。
何で前編、後編にしようとしてたのにこうなるんですかねぇ……。
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