〜薫る空〜44話(洛陽編)
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 人を殺した。その事実は、俺の中でひどく汚く渦巻いていた。恨みや怒りなんかじゃなくて、まして、悲しみでもない。ただ不快な何かが体中を血と一緒に駆け巡っている。

 不味い。

 不味くて仕方がない。

 これは血の味。鉄をなめたような味。人を殺した味だ。

 夢ならそれでいい。望むところだ。けれど、これは夢じゃない。俺がした事は現実。夢をかなえるためにした事だ。

 不快。けれど、後悔はしない。そう決めたから。

 

 

【一刀】「華雄……か」

【華雄】「貴様、曹操軍の将だな。」

 

 

 俺の呟きに答えてか、華雄は斧を向け、俺に尋ねてくる。否定はしない。俺は華琳の将だ。

 手に握る剣に力を加える。――華雄は敵だ。

 せせら笑う華雄の顔は、既に俺を殺す事で頭が一杯のようだった。後ろでは張遼と春蘭が戦っている。ここで俺が逃げれば、華雄は春蘭を狙うだろうか。

 それはさせてはいけない。華雄はここで止める。

 春蘭はただでさえ張遼を捕らえなければならない。二人を相手に片方を生け捕りなんて、まず不可能だ。

 ――ここで、倒す。

 

 

 俺の意思が伝わったのか、華雄は斧を両手に持った。――瞬間。

 

【一刀】「ぐっ…」

【華雄】「……見慣れない服装…そうか、貴様が天の遣いか。北郷一刀!」

 

 

 華雄の殺気に気おされ、片足を引いてしまった。

 華雄は俺を知っていた。華琳が自らの名声のために流した噂が、華雄にまで伝わっていたようだ。

 逃出したくなるほどの殺気は、春蘭ですら感じた事ないものだった。背中が冷たくなるような感覚。これから、こいつと戦わなくちゃいけない。

 何をしているんだろう。ほんの数ヶ月前まではただの学生だったのに。

 ――いつから俺は、人に迷いなく、剣を向けられるようになったんだろう。

 

 

【華雄】「ほう……呂布に関羽を奪われたが……こちらもそれなりに楽しめそうだ。」

 

 

 華雄が小さく呟く。

 先日の関羽と華雄の戦いを見ていないわけじゃない。俺が勝てる相手だろうか。

 俺が……。

 

 

 

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【華雄】「行くぞ!!」

 

 華雄が地を蹴る。一瞬で彼女の姿が目の前まで来た。砂が舞い上がるより早く、斧を振り切る――。

 一瞬はっとして、一刀は自分が無傷だと気付く。――避けていた。無意識に、後ろへと下がって。

 安心する暇なく、華雄は二度目の攻撃に入っている。重い刃が、俺めがけて振り切られる。横向きに半円を描いて、胴薙ぎ。

 

 

【一刀】「くっ…!」

 

 

 剣を盾に、受け止めるが、その重さに体が一瞬浮き上がってしまった。

 一振りするたびに台風のような風が吹き抜ける。

 ――っ!

 

 

【華雄】「はあああああ!!!」

 

 

 かわしたと思っていた。だが、華雄の連撃はまだ終わっていない。振り上げられた斧が一瞬で地へと下ろされる。

 

 

【一刀】「っ!!」

 

 

 体をひねってそれをかわす。

 

【華雄】「それで避けたつもりか!!!」

【一刀】「な―――がはっ…!」

 

 

 地に埋まった斧を土ごと横に振り切り、避ける間なく、一刀の腹へと突き刺さる。

 その勢いに、体ごと吹き飛ばされ、地に着いても、その体はうまく止まれず引きずられてしまう。

 

 

【一刀】「…っ…ごほっ…げほっ…!」

 

 

 どこかの内臓が切れたのか、血が肺に流れ込み、一刀はその場でむせ返る。口の周りには、他人以外の血までこびりつく。

 ゆっくりと一刀へと近づく華雄は、斧を振り、刃についた土と血を振り払う。

 ざくざくとした音が、まっくらな視界の中に響いてくる。痛みで目が開けられず、その音でしか、敵の存在を認識できなかった。腹を押さえても、手に血はつかない。しかし、口の中は自分の血の味で一杯だ。

 斬られたわけではない。ただの打撃。しかも一撃でこれだ。

 片手で腹を押さえながら、一刀はゆっくりと立つ。先ほどまでの状態がうそのように、足に力が入らない。

 

 

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【一刀】「はぁ……はぁ……俺……弱いなぁ…」

 

 

 立ち上がりながら呟いたのはそんな言葉だった。

 思えば、琥珀にはずっと弱いと言われ続けてきた。今頃になってそれが理解できた。自分は、まだ弱い。

 

 

【華雄】「まだ、終わりではないだろう?」

【一刀】「……あたり……前だ!!」

 

 

 こうして、やられないと、動けない。

 響いた金属音にそれを実感した。なにしろ、ようやく一刀は”自分から”剣を振る事が出来た。

 やられるわけには行かない。勝たないといけない。腹が痛かろうが、相手が怖かろうが、人を殺したくなかろうが。

 ぎりぎりと剣と斧がこすれ合う。喉からせり上がる何かを抑えながら、持てるだけの力を込める。自分でも驚くほど、力がはいる。

 ふらふらだった足も、踏ん張りもきく。腹を押さえていた手も、今は剣を握っている。

 目は何処も見ない。ただ、相手から目を離さない。

 

【華雄】「――……!!!」

【一刀】「っ!」

 

 

 競り合いを崩したのは華雄のほうだった。刹那的に出来た間合いに、斧を振り入れる。

 

【華雄】「はあああ!!!」

【一刀】「くっ……だああああああああああああ!!!!」

 

 しゃがみこみ、相手の腰よりも、自分の頭が低くなる。その頭の上を斧が空振り、構えられた剣を、敵に押し込む。

 がきん、と硬い音が鳴って防御された事に気付く。押し切るか、一度離れるか。

 選択する時間はない。

 華雄の斧が、一刀の剣を押しのけながら、上から下ろされる。

 

【一刀】「―――っ!!」

 

 下に剣を振り、斧の力の向きを変える。受け流された形となった斧を、後ろへと飛びのき、かわす。

 

【華雄】「うおおおおお!!」

 

 振り切ったはずの斧は、地を掘り起こしながら、前へと引きずられる。突進してくる華雄。一刀は――。

 

 

 

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【一刀】「……っぅあああああああああ!!!」

 

 

 ――迎え撃つ。

 二人がぶつかり、激しいほどの金属音が響いた。

 

【一刀】「しまっ――」

【華雄】「死ね北郷おおお!!!」

 

 

 下からすくい上げられた斧に、剣をはじかれてしまう。振り上げられた斧は刃を返され、一刀へとおろされる。

 

【一刀】「――あ゛あ゛ああっ!!!!」

【華雄】「ぐっ…貴様っ!!」

 

 振り切られる前に、華雄の体を斧の柄ごと体当たりで倒す。どれだけきくか分からない。それでも、負けられない。その意思が体を動かしてくれる。

 どさりと派手な音をたてて、二人が倒れこむ。

 

 

【一刀】「華雄ーー!!!」

【華雄】「だまれええ!!!」

【一刀】「っうあ――!!」

 

 

 殴りかかろうと、拳上げると、自分の体が浮き上がった事に違和感を覚えた。腹に足をつきたてられ、巴投げのように、後ろへと飛ばされる。

 

 

【一刀】「はぁ……はぁ……」

 

 

 息切れしながら、立ち上がる華雄を見る。ここまで戦って、状況は一刀は最初の一撃で体の内側がぼろぼろ。地に打ちつけられたことで、小さな傷も目立つほど多かった。

 対して、華雄はほとんど無傷。精々さっきの押し倒した時についた土くらいのものだった。

 

 

 

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 近づいてくる華雄の姿が実際のそれよりも遥かに大きく見える。

 猛将と称されるだけの武力はさすがというべきものがあった。

 数合で弾かれてしまった剣を眺める。華雄の後ろに突き刺さったそれを取り戻さない限り、勝負にもならないだろう。

 ――まずは剣を手に戻すこと。

 息がつまり、相手の圧力に足が自然と後ろへと下がっていく。周りから見れば、じりじりと追い詰められた獲物に見えるだろう。狩猟されることを待つ鹿や兎といったところか。

 ずいぶんと嬉しそうに狩りをする獣だと、華雄の姿をみて思う。こいつも、春蘭や張遼と同じタイプ。闘いを楽しめる人間なのだ。

 しかし、獲物としてはあまり嬉しくはない状況ではある上に、そんなものを素直に受け入れるつもりもない。

 どうすればあそこまでいけるのか。

 がち、という音が足元から響いた。かかとに硬い感触。確かめてみれば、その更に後ろには死体となった元兵士がいた。視界から華雄をはずした途端、視界の外からどん、と大きく音が爆発した。

 はっとして、俺はその剣を握り、思い切り振り回した。

 普通なら空振りするはずの元兵士の剣は、硬い何かに激しくぶつかり、その勢いをとめられた。

 

 

【華雄】「余所見とは、ずいぶん余裕があるのだな……」

【一刀】「そっちこそ、意外にお喋りじゃないか……!」

 

 

 語尾を強めて、剣に込める力を強くする。

 ――ビシ

 何かが割れるような音。それに気づかず、競り合いに力を込める。

 音は連続して響き、あっさりとその結果が現れる。

 がきんという音と共に、力が流される。華雄が引いたのか。その考えは目の前の光景で一瞬にして拒否された。破片となった鉄。俺と同じように、競り合いから力を受け流されている華雄。真ん中から剣先にかけての部分が完全に本体からはなれている。

 

 

【一刀】「うおおおおおお!!!!」

【華雄】「ちっ!」

 

 

 ――ここしかない。

 気がつけば、体が動いていた。前転するように、華雄の脇をすり抜け、奥へと走る。

 突き刺さっている琥珀の剣を握る――

 

 

【華雄】「はああああっ!」

 

 

 背後に叫び声。

 右手に折れた剣、左手に琥珀の剣を持ち、俺は華雄のいるほうへと跳んだ。

 

 

【一刀】「ぐっ!」

 

 

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 右手に持つ折れた剣。残った刃の部分に右腕毎持っていかれそうな衝撃が走った。

 しかし、前に跳んだことで接触した部分は柄。勢いが殺され、先ほど剣を弾かれたそれに比べれば、ずいぶんと弱いものだった。左足に全体重をかけ、踏みとどまる。折れた剣の上から、たたきつけるように、琥珀の剣を振りぬいた。

 華雄の小さなうめきが聞こえた。

 大きい嫌な音が鳴り響いて、一瞬ひるみ、華雄が後ろへ下がる。けれど、このまま逃がすわけには行かない。前へと走ろうと、地をけりだす。

 だが、それは先に振り下ろされる斧に遮られた。

 華雄の表情が歪んでいく。よほど下がらされたことが嫌だったようだ。そんな事に少しの満足感を得る暇もなく、華雄は、次の攻撃の態勢にはいっていた。

 振り下ろされた斧を、また引きずるように突撃してくる。

 ここで真正面からぶつかれば、先ほどの二の舞になるだろう。

 

 

【一刀】「――……はっ!」

【華雄】「――なっ!武器を捨てるなど!」

【一刀】「いい師匠がいるんでね!」

 

 

 右手を振りぬいて、華雄めがけて折れた剣を飛ばす。引きずられていた斧は俺がいるかなり手前の位置で振り上げられ、飛んでくる剣を防いだ。

 防がれてはしまったが、それで倒せるなんて、誰も思ってはいない。

 

 

【一刀】「うおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 こんなにも声が出せたのかと疑うほど、叫んでいた。

 横向きに構えられていた斧に、持ち直す時間を与えず、俺は上から全力で振り下ろした。

 

 

【一刀】「――……え」

【華雄】「――……っ!?」

 

 

 何かがはちきれるような音がして、相手に防がれるはずの剣は、地面すれすれまで振りぬかれていた。あまりにも突き抜けた手ごたえに、一瞬何が起きたか分からなかった。

 だが、それはどうやら華雄も同じだったようで、二人して、隙だらけになっている。

 その結果を見上げるように眺めた。

 ――華雄の持つ斧が、柄の真ん中から真っ二つに分かれていた。

 少しの間があいて、息も忘れていた静寂が終る。思い出したように、強く、短く息を吸う。

 抜けていく力を呼び戻すように叫んで、握り締めた剣で斬り上げる――

 

 

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【張飛】「どくのだーーーー!!!!」

【一刀】「――!?」

【華雄】「はっ…!?」

 

 

 脳天まで突き抜ける声に、体が止まり、半強制的にそちらを振り向かされる。

 そして、そこに見えたのは、血を浴びた琥珀を背負う見覚えのある少女だった。こちらに向かって戦場を走り抜けていた。

 

 

【一刀】「な…琥珀!?」

【華雄】「っ!…なめるな、北郷!」

【一刀】「――っ!ちっ…」

 

 

 柄が短くなり、片手斧となった武器を、振り下ろす。

 しかし、二度も余所見をされたことに逆上しているのか、先ほどまでの闘気は感じられない。そこにいるのは、一人の人間。

 振り切られる前に――

 止まっていた剣を走らせ、華雄の持つ刃は、空中へと弾かれた。

 体を捻りながら、刃を返す。そして、剣道をしていた自分にとっては、最も得意であろう型を。その情けない掛け声と共に、刃を背に、華雄の腹部へと剣を叩き込んだ。

 

 

【華雄】「かはっ……きさ……ま……なんの……」

 

 

 華雄の言葉は最後まで続くことは無かった。鳩尾に入った一撃は、彼女の意識を刈り取るだけの威力はあったようだ。

 

 

【一刀】「情けなくても……仕方ないとは思いたくないから……さ」

 

 

 殺しても仕方がないとは、思いたくない。既に数人の命を奪っておいて、言える言葉ではないが、それでもまだ、俺は殺すために戦いたくは無い。

 そして、どさりと地面に尻餅をつく。今頃になって、足が震えていた。

 

 

【一刀】「はぁ……疲れた……」

 

 

 ほんの数分、数十分が、何日分にも感じられた。

 

 

【一刀】「あ、琥珀は!?」

 

 

 思い出したようにさっきみた方角を見ると、張飛がすぐ近くまで来ていた。ずっと走っていたのか、肩で息をしながら、必死に走っている。

 少しして、向こうも俺の姿が見えたのか、こちらへと方向を変えて向かってきた。

 場所を知らせるように。こちらも手を振ってやる。

 

 

【張飛】「お兄ちゃん、このちびっこ頼むのだ!」

【一刀】「お、おに……って、ツッコミは後だな。了解。」

 

 

 背中を向ける張飛から、琥珀を受け取り、抱き上げた。

 

 

【張飛】「それじゃ、後は任せたのだー!」

【一刀】「あ、ああ……って、おい!」

 

 

 琥珀を一番負担なく運べるように位置を調節し、振り向くと、既に張飛の姿は小さくなっていた。

 

 

【一刀】「俺一人で二人運べってか……」

 

 

 眠る華雄の姿を見てため息が止まらなかった。

 

 

 

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あとがき

 

 

ふぅ……。

これだけ戦闘のみを書いたのって初めてじゃないだろうかw

とりあえず華雄vs一刀は決着がつきました。

次回は少し視点が変わります。

しかし、予想通り虎牢関なげぇ(´・ω・`)

ではでは。

 

 

説明
44話。
まるまる1話分フルで戦闘だけで終ってしまったorz
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コメント
ブックマン様:相当辛勝ですがなんとかw(和兎)
なんとか勝てましたね一刀。(ブックマン)
ジョージ様:そう言っていただけると僕も嬉しいですw(和兎)
成長したな・・・・一刀よ。俺はうれしいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(峠崎丈二)
スターダスト様:上から来る斧に対して、下に受け流しているので間違ってはいないかと(’’ 4pの誤字は修正しました〜。 戦争に関わる上で一人も殺さないというのはさすがに無茶かなと。。。原作どおり裏方に徹すればそうも行くんでしょうけど、それだと僕の物語では後半積むのでw(和兎)
フィル様:鉄斬りは武器によるところが大きいと思ってください…w戦闘シーンうまく伝わったようでよかったですw(和兎)
3p「下に剣を振り」・・・あれ?気のせいかな? 4p「すく上げられた」 >一刀は人殺しの目になってしまったか・・・・・一応カユウは助けたが・・・・(スターダスト)
一刀が勝ったこと以上に、鉄を斬ったことに驚いてしまいましたw でも、戦闘は一刀らしくて読んでいて楽しかったですwww 武功を立てた一刀に華琳はデレてくれるかなv(^^)v(フィル)
jackry様:その結果がこr(ryってな感じで、まだまだ大変ですが、ひとまずやってくれましたw(和兎)
BLUE様:それが一刀ですから(`・ω・´)(和兎)
勝ったとは言え、峰うちとは・・・・やっぱり甘いな。(青二 葵)
ほわちゃーなマリア様:やってくれました!(和兎)
一刀君、やったな!猛将相手に良く勝った!(ほわちゃーなマリア)
ロンギヌス様:一応鍛錬積んだので、現在は季衣より少し弱い程度(ステータスだと3〜3.5くらい?)になってますので、頑張ればこうなるかと(’’;(和兎)
munimuni様:最後は華雄の油断もありますが、一刀もがんばりました。(和兎)
かっ、一刀が自力で勝った!?(ロンギヌス)
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