ゲーミング寮長
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「うっわなんですかこのパーティー仕様」

 

 扉を開けたらそこはクラブだった。クラブはクラブでも、アズールはボードゲームを嗜むクラブ活動をしに来たのであって、決して深夜、大音量の音楽が響く中酒とダンスと異性だか同性だかとの不純交友を楽しむ活動をしに来たわけではない。なお印象には多大な偏見が含まれているものとする。

 

「アズール氏……」

「ひえっ、あ、いや、イデアさんおはようございます電気をつけても?」

「眩しいのでちょっと」

 

 はあ、と混乱しきった返事をして、部室を見回す。暗い室内は七色に輝き、眩しいことこの上ない。机、椅子、窓の配置も何もかも変わらないのに、その七色の明かりのせいでなんだか妙な様子になっている。

 けれど、何が一番妙だって、この七色の光の出所である。

 

「……どうしてしまったんですか、頭」

「拙者の頭がおかしくなったみたいな言い方止めてくれる?」

 

 アズールの部活の先輩であり、勤勉を掲げるイグニハイドの寮長をつとめるイデア・シュラウドの頭は、煌々と七色に光り輝いていた。

 

「実際物理的にはおかしくなってるでしょう。どうしたんですか、その……」

「ゲーミングPCみたいでしょ?」

「ゲーミングPCのことはちょっと存じ上げませんが。ユニーク魔法ですか? それとも魔法薬?」

「後者」

「お気の毒に」

 

 十字を切る振りだけをしたアズールを、イデアが死んだ目で睨み付けている。迫力のはの字もない。なんならちょっと面白かった。おおよそすべての原因は、イデアの頭が七色に輝き続けていることだ。今気が付いたが色の順番はランダムであるらしかった。余計に面白いけれど、ここで笑ってしまうと関係性にひびが入る気がしたので、アズールは腹筋に力を込め、適宜頬の内側を噛むことで何とか真顔を保っていた。

 

「そんなアホ……いえ、特徴的な効力のある魔法薬、一体何に使う気だったんでしょうね」

「……いやそれが、拙者のためだったらしくて」

「ハ?」

「話すと長くなるんだけどさ」

 

 そうしてイデアの語り始めた内容を聞くうちに、アズールは何とも形容しがたい気持ちが湧き上がるのを感じていた。

 

「なんというか」

「うん」

「お気の毒に……」

「うん……」

 

 今度は明確に十字を切り、ついでに異世界の住人である監督生がよくやっている両手を合わせる形での祈りも捧げておいた。それでなにが良くなるわけではないけれど、祈るのはタダだ。アズールはタダが嫌いではない。

 そうして二人は、今はイグニハイド寮の一室で泣きながら魔法薬を作り直しているであろう元凶に思いを馳せた。

 

 *

 

 エレン・テミルジはこの九月にナイトレイブンカレッジに入学した、ぴっかぴかの一年生である。眼鏡をかけて、癖のある髪を清潔感だけは失わないようにと程々にととのえて、けれど決して洒落てはいない。典型的なイグニハイド寮生だ。

 けれど、彼はそれを嘆くことはなかった。むしろ喜んだくらいである。なにせ、イグニハイド寮は自分にぴったりだったし、何と言っても寮長が、彼が長年尊敬し続けているあのイデア・シュラウド氏なのだ。いや、もうシュラウド氏などと言わなくてもいいのだ。シュラウド先輩、あるいは、寮長。ほんの少しばかり距離が近付いたようで、エレンは大変はしゃいでいた。

 そのはしゃぎようがまさか、ひとつの悲劇を生み出すとも知らずに。

 

 今週末は尊敬する寮長の誕生日だということで、普段は内向的なイグニハイド生も、少しは誕生日らしいことをしよう、という話になった。そこでエレンが提案したのは、寮内のものを七色に輝かせてはどうか、ということだった。ゲーミングイグニハイド寮作戦である。それはおおよその寮生から爆笑をもって迎え入れられ、エレンは必要な魔法薬を作って持ってくることになった。

 そうして何とか完成したのが、前日のことだ。エレンははしゃいでいた。フラスコに詰めた魔法薬は透明で、けれど光の加減で様々な色の光沢を見せた。成功の証だ。

 それを抱え、鏡舎までの道のりを急ぐ。超特急で道具を片付け、薬学室を後にし、橋に差し掛かった時のことだ。前方からゆらゆらと、青い炎が迫ってきたのだ。エレンは一目見て、それが寮長の頭だとわかった。だから、走り寄った。正確には走り寄ろうとしたが、足元の小石に阻まれた。勢いよく躓き、エレンは地に倒れ伏した。薬を詰めたフラスコはぽおん、と宙を舞い、見事に寮長の頭上で砕け散った。あとはもう、大惨事である。太陽の下、中空で七色の光沢を放つ魔法薬が大層綺麗だったことだけは、そのとき居合わせた誰の脳裏にもしかと刻まれた。

 

 *

 

「解除薬できそうなんですか」

「わかんないんだよね……ほっとけば一日で治るって言うけどさ」

「明日お誕生日でしたよね?」

「そうなんだよなあ」

 

 誕生日。それは一大イベントだ。まず誕生日は専用の衣装を着せられる。写真も撮影される。極めつけに、新聞部によるインタビューも行われる。

 

「まあ元々全部リモートで済ますつもりだったけど」

「無理ですよ。新聞部何が何でも生徒捕まえますからね」

「去年は逃げ切りましたが?」

「だとしても、今年はその姿で逃げるわけにもいかないでしょう」

 

 七色に頭を輝かせるイデアが校内を走ったり、物陰に隠れたりするところを考えて、アズールは思わず頬の内側を噛んだ。あまりにも珍百景すぎる。絶対に撮影されるし、マジカメに上げられて馬鹿みたいにバズるに違いない。主犯はケイト・ダイヤモンドと見せかけて彼の指示を受けたハーツラビュルの一年あたりだろう。彼はそういうとき、自分の手を汚すことはしないのだ。大体この図体と発光具合では、物陰に隠れたところですぐに見つかるに違いない。

 

「めちゃくちゃ怒ってるし死ぬほど疲れてるからぶっちゃけ自室に帰りたい」

「怒ってるんですね」

「怒ってますよ。言わないけどさ、怒る体力もないし……あと一応寮内飾り付けようとしたのは善意だし……大体相手泣いてたし……ゲーミングイグニハイド寮ってなに?」

「知りませんけど。まああなた方には受けの良い案だったんでしょう」

「たしかにこんなことにならずにいたらちょっと喜んでたかも」

 

 ううん、と考え込むシリアスな顔。アズールは現状のイデアを少し見慣れてきたような気がして、腹からわずかに力を抜いた。油断は禁物なので、完全に力を抜ききったりはしない。

 

「というか何故部室へ? 薬学室の手前でその状況になったのなら、鏡舎の方が近いでしょう」

「その場で転移できるのがここしかなかった」

「待ってくださいどこに転移の魔法陣書いたんだ言え」

「この椅子に仕込んでる」

「技術の無駄遣いやめてください」

 

 勢いよく目を見開いたアズールが、すぐさま床に膝をつき椅子を検分し始める。この技術なら、とか、売却が、とか不穏な言葉が聞こえてくるのを聞き流して、イデアは目の前で、今は赤く発光している己の髪をつまんだ。赤、黄、一瞬青に戻り緑へ。一秒ごとに変化する色彩は確かに見事だ。もとより光を放つものにしか効果が無いようにしてあるのも、一年生にしては随分な技術力だろう。でなければ、薬品を引っ被ったその場で、イデアはおおよそ全身が七色に光り出していた可能性があるのだから。

 光るもののみへの効果。つまり、本当は人体には効果などないのだ。なのに、イデアの髪がたまたま光っていたから、たまたまあの時間、薬学室へ向かう橋を渡ろうとしてしまったから、こうして部室に籠ることになっている。悲しい事件だ。やはり外界は悪。明日からもっと気合を入れて引きこもろうと決意を新たにしたところで、ようやくアズールが元の世界へ帰ってきた。立ち上がり、優雅に膝のあたりを払ったりしている。

 

「イデアさん」

「売りません」

「対価を」

「いやです」

 

 ぎ、と歯ぎしりの音。だいたい、このような技術は誰だって発明ができるものだ、とイデアは思っている。自分より時間はかかるかもしれないが、そのうち汎用化されるだろう、とも。自分がやるべき、自分にしかできないような天才的な発明でなければ流通させる価値がない、と思っているから、イデアはアズールの提案に首を縦に振らない。

 

「ぼ、ぼくが解除薬作ってあげますから」

「……マ?」

「その、エレンさんでしたか……を手伝う形になりますから、寮長のあなたと、ご本人の許可も必要ですが。でも確実に作って差し上げます。今日中に」

「や、でもこんな技術何に使うの」

「元々の仕込みが必要とはいえ、任意の場所への転移なんていくらでも使いようがありますし、転移陣を日用品に組み込めるという技術が欲しいんですよ。ねえイデアさんお願いします、僕ならば絶対に今日中に薬作れますよ? なにせ水中呼吸薬も人間に化ける薬も量産できる男です。信用できませんか」

 

 アズールの魔法薬学の成績は二年でもトップだ。まして、依頼に合わせて様々な薬を作り分ける相手に信用がないわけがない。一年生に任せて綱渡りをするよりも、彼の力を借りた方が間違いなく早い。イデアはしぶしぶ、けれどしっかりと頷いた。

 

「では早速寮に行きましょうか。なにか、あなたから任されたとわかるようなものがあるといいのですが」

「一筆書く?」

「お願いします」

 

 イデアはそのあたりにあったメモ帳に、アズールに解除薬の作成を任せる旨と自身の名前を書き入れ、指を当て魔力を吹き込んだ。青い紋様が、ぼんやりと浮き上がる。

 

「おやそこまでしていただけるんですね」

「うちのこみんな警戒心強いし、アズール氏警戒されてるし」

「僕警戒されてるんですか。なんにもしてないというのに」

「深海の悪徳商人……」

「明日の登校時間ギリギリにお薬持ってきてあげましょうか?」

「ごめんなさい」

 

 迅速に頭を下げ、魔力で印を施したメモを差し出す。アズールは嘘ですよ、と笑って恭しくそれを受け取り、革靴の足音も高らかに部室を後にした。

 

 その後、なんとか帰寮時刻間際に解除薬は届けられ、イデアは無事、元の青い髪を取り戻すことができた。

 が、なぜか七色に光り輝く頭髪の写真を撮影されており、勿論本人には無断でマジカメに投稿され、馬鹿みたいにバズった。イグニハイド寮生専用の掲示板では、消しても消しても件の写真の投稿がされるため、とうとう全寮生のPC内部にある画像データが消去されるという、局所的大事件が起きた。このことはゲーミング寮長事件と名付けられ、しばらくは寮内で語り継がれたという。

 

説明
※2020/12/18にPixivへ投稿した作品をTINAMIへ移行したものです

ご都合魔法薬のせいで頭が七色に輝くようになったイデアくんの話
・名前ありのモブが出ます
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