友情の薔薇
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ある日のグレッグミンスターの昼下がり。

シャサラザード水上砦にいるソニアにスイーツの土産を届け、ラスの転移で屋敷に戻ってきたリオンとラスをグレミオとクレオが出迎えた。

「お帰りなさいませ坊っちゃん、ラス様。」

「お二人ともお帰りなさい。ソニア様はお元気でしたか?」

「ああ、土産のスイーツを渡したら喜んでくれた。」

ムツゴロウ城で作られるスイーツはレベルが高いのに値段が手頃で評判だ。軍主のヒエンは自分と仲間の女性陣と甘党オヤジの分は確保しているのに、トランの英雄の分は確保しない。

『だってリオンさん戦争参加してないですしぃー、英雄だからって贔屓してたら儲からないじゃないですかぁー。』

とバッサリ断ったのである。

そのため二人はわざわざ並んで買っているのだが、トランの英雄とその夫が美男美女(?)夫婦なのは周知の事実。二人が仲睦まじく寄り添い並ぶ様子は絵になり周りを魅了する。噂の夫婦を見るためにスイーツの列に並ぶ女性も多くなるのは必然である。二人を贔屓せず客寄せパンダとして利用しているのだからヒエンの商売能力は恐ろしい。

 

 

グレミオにホールケーキの土産を渡して一息ついた頃。

「さあ坊っちゃん!修業開始ですよ!」

「あ、ああ!」

頭に三角巾を巻きエプロンをしたグレミオとリオンが気合いを入れた顔で厨房に立っていた。グレミオの言う修業とは、花嫁修業である。

事の発端は、バナーの村の一件以降屋敷に帰ってくることが多くなった二人にグレミオが新婚旅行中のことを聞いた時だ。この三年間、料理、洗濯、掃除等リオンの身の回りの世話を全てラスがしていて、リオンは野宿時の周囲の警戒ぐらいしかしていないと話した途端、グレミオがショックを受けた。チャララーチャララララーラーと音楽が流れ、床に斜め座りして嘆いたのである。

『な、何てこと……!坊っちゃんがこれほどまでに何も、何も出来てないだなんて…!こんなことなら花嫁修業させるべきでした……。いえ!今からでも遅くありません!このグレミオの全てを!!坊っちゃんにお教えします!!いいですね!?』

『ん?あ、うん?』

ガバッと立ち上がったグレミオの気迫に押されてリオンが頷いてしまった。

そんなこんなで屋敷に帰る度に花嫁修業をさせられているのだが、元々生活能力皆無なリオンの料理の腕はひどいものだった。何かを焼かせれば炭が出来る、卵を割らせたら殻が全て入る、フライパンを爆発させる、玉ねぎの皮を剥かせたら全て無くなる、じゃがいもの皮を剥かせたら厚く切りすぎて一個が一口サイズになる等々挙げたらキリがない。度重なる修業で少しずつ改善されてはいるが、毎回何かを炭にするのは最早定番となっている。

ラス様は手出し無用です!!と鬼気迫るグレミオの気迫に圧されたラスは大人しく従い、リオンの修業中はクレオを手伝って屋敷の掃除をしていた。

「助かるよ、グレミオでも届かないところはどうしようもなくてな。」

「このくらいならお安いご用さ。それにしてもグレミオ、今日も張り切ってるね。リオンの世話は僕がしたいからしているんだけど…。」

「分からんでもないが、まさか三年間も何もさせてないとは……。貴殿は坊っちゃんを甘やかしすぎだ。」

「面目無い。リオンが可愛くてつい…。」

世話を焼くのは息子のルックが小さい時以来だからラス本人は楽しんでいる。しかもリオンはラスに対し普段の他者への対応とは正反対の態度で甘えてくるのだ。特に行為の後は呂律が回らない口で『らしゅ、抱っこぉ…』と言いながら手を伸ばし、ふわふわ蕩けた幸せそうな顔で甘えてくる。ふわふわした状態のリオンを風呂に入れたり着替えさせるのはラスにとって至福の時間だ。

リオンのその態度を当然クレオは知らないので、

「惚気はやめい。今の凛々しい坊っちゃんを可愛いと言うのは貴殿ぐらいだ。」

と呆れた顔で言われてしまった。ラスにとってリオンの可愛いところは自分だけが知っていればいいので結果オーライである。

「それに、グレミオは一回死んでるからな。この三年間、後悔ばかり口にしていた。」

一度死んだ折に、リオンにもっとしてあげたいことがいっぱいあったと後悔が残ったグレミオ。だからこそ今度は母親代わりとしてリオンに自分の全てを教えたいのだろう。遠い未来、グレミオもクレオも必ずいなくなる。ラスと二人だけになっても互いに助け合って生きていけるように。

「僕としてはグレミオのシチューの秘訣を教えてほしいのだけど。ヒエンくんがもらったレシピ見せてもらったんだけど、その通りに作っても何かが足りなくて。」

「それも含めて坊っちゃんに教えるつもりだろうな。」

ボンッと厨房から爆発音がして、キィヤァ〜〜!!とグレミオの叫びが聞こえてきた。またリオンが何かを爆発させたらしい。

「……そこまで行くにはまだまだ遠いだろうが。」

「ははは、これは僕の出番かな?まだ時間はたっぷりあるから。気長にやるしかないね。」

ラスは流水の紋章を使った掃除も得意である。焦げ跡を消すのは造作もない。クレオもそれを知っているため、行ってやってくれ、とラスを促した。

 

 

 

 

そんなこんなでラスが厨房の掃除を手伝っていると、屋敷の玄関から来客を知らせるベルの音が鳴り響く。

はーいとクレオが玄関の扉を開けると、眼前に色鮮やかな花束が現れた。

「ごきげんよう、マドモアゼル。」

「ミルイヒ様!っと、申し訳ありませんつい長年の癖で……。いらっしゃいませ、ミルイヒ殿。」

「いえいえ、構いませんよ。これから慣れていけばよいのですから。」

花束の後ろからひょっこりと顔を出したのは、元赤月帝国五将軍の一人、ミルイヒ・オッペンハイマーだった。

トラン共和国成立後はバルバロッサとクラウディアの墓を守るため将軍職を辞退したミルイヒ。それでもかつてファレナ女王国新女王の戴冠式等、外交で各国に赴いていたミルイヒはその知識を後進に指導する役割を担っていた。三年経った今はほとんど隠居し、屋敷で花やハーブを育ててはそれを市場に卸し生計を立てている。最近はそのハーブをブレンドしたハーブティーを作り、マリーの宿屋で提供してもらっているのだがこれが美味しいと評判なのだ。

「本日はどのようなご用件で?」

「季節の花が美しく咲きましたのでお届けに。何本かはテオの墓に供えてあげて下さい。それと、グレミオ殿はご在宅でしょうか?」

かつてブラックルーンに操られたミルイヒがグレミオの死を招いたのは明白で。彼が生き返ってすぐ、ミルイヒは操られていたとはいえ下男呼ばわりしたことと殺人胞子により殺めてしまったことを改めて謝罪した。『ブラックルーンに操られて人が変わってしまうのはクワンダ将軍で見ていますし、坊っちゃんがミルイヒ様を許したのならば私も許します。』とグレミオは謝罪を受け入れたのだ。共和国成立後はこうして屋敷を彩る花や料理に使うハーブやハーブティーの茶葉を届けに度々屋敷を訪れている。

「ええ。今は厨房で格闘中です。」

「そういえば何やら焦げ臭いような……?」

「お恥ずかしい話ですが、坊っちゃんの花嫁修業で爆発しまして。」

「おやまあ、リオン殿が。ふふふ、不器用なところはテオ譲りのようですね。」

「よろしければお茶でもいかがですか?お湯を沸かすぐらいは出来るはずですので。」

「マドモアゼルのお誘いとあらば、是非。」

花束を受け取ったクレオが客間へ案内しようとすると、ミルイヒの目にあるものが止まった。

「失礼、こちらのマントはどなたのものですか?」

「え?ああ、ラス殿のですが、それが何か?」

「この留め具、薔薇の細工が見事なものですから。」

コート掛けにかけてあったマントの金属製のボタンをまじまじと見つめる。審美眼の確かなミルイヒの目に止まるほど繊細に彫られた薔薇の細工は、控え目な大きさでありながらキラリと光る。確かに薔薇が似合う男ではあるしリオンに贈っている姿は想像出来るが、彼がそういうものを身に付けているとは意外だなとクレオは首を傾げた。三年前と色は似ているが違うものようだし、いつ新調したのだろうか。

「クレオさーん、お客様ですかー?って、ミルイヒ様!」

来客の気配を察知してグレミオがひょっこり顔を覗かせた。

「ごきげんよう、グレミオ殿。お料理用のハーブと、最近冷えてきましたので身体が温まるハーブで作った茶葉をお持ちしました。お口に合えばよいのですが。」

「わあっ、嬉しいです!ありがとうございます!」

「グレミオ、お茶ぐらいは淹れられるだろ?」

「ええ!ラス様が綺麗にしてくださったので!こちらを早速淹れましょう!あ、今日は坊っちゃんのお土産でケーキもあるんです。ミルイヒ様もご一緒にいかがですか?」

「おお、よいですね。ご相伴に預かりましょう。」

「坊っちゃん達も呼んできますね!」

ミルイヒからハーブと茶葉を受け取り、グレミオはウキウキしながら厨房へ戻っていった。

 

 

 

 

 

ミルイヒが客間に案内されてすぐ、グレミオに呼ばれたリオンとラスが入ってきた。お久しぶりですと挨拶をし、皆でハーブティーとケーキに舌鼓を打つ。今回のハーブティーも美味しいです、いえいえ淹れ方がよいのですとグレミオとミルイヒが互いを誉め合う光景をリオンは見慣れておらず、ぱちくりと目を丸くしている。

美味しい一時が過ぎ、グレミオがお茶のお代わりを、クレオが皿を片付けに客間を出ていくと、そうそう、とミルイヒが話を切り出した。

「ラス殿にお伺いしたいことがありまして。」

「僕にかい?」

ミルイヒがラスに聞きたいことがあるとは珍しいなとリオンが思っていると。

「貴方のマントを玄関でお見かけしたのですが、留め具のボタンに彫られた薔薇の細工が美しかったもので。どちらで購入したのか教えていただけませんか?」

確か以前はあのような素晴らしいものでは無かったはず、と付け加える。解放軍時代のラスが着ていたのは羽織る程度のもので留め具は無かった。

「ああ、あれは百五十年前の友人の子孫から贈られた物でね。一般向けには販売されてないんだ。」

「なんと…!?」

「…ラス、いいの?」

リオンはマントの経緯を知っている。ラスがミルイヒに包み隠さず話したのが不思議で、隣のラスの上着をクンッと引っ張った。ラスはリオンと目を合わせて大丈夫、というように微笑む。

「ミルイヒは彼と似てるから、懐かしくて。話してもいいかなって。」

「ああ、道理で……。」

解放軍時代、ミルイヒに対してラスがどこか懐かしむような顔をしていたのを思い出した。

「おや、そのご友人と似ているとは光栄ですね。百五十年越しの友情、お聞かせ願えませんか?」

「少し長くなるけどいいかい?」

「構いません。」

 

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時は三年前、解放戦争終結後。ラスとリオンが永遠を誓い合った頃に遡る。

永遠を誓い合った夜の行為で翌日リオンの足腰が立たずラスが甲斐甲斐しく世話をして。そのまた翌日、ようやく身体が動くようになったリオンを連れたラスは、ミドルポートの領主の案内である場所に来ていた。

薔薇の剣士を愛読するファンのために作られたシュトルテハイム・ラインバッハ三世記念館である。ここには彼が当時使用していた剣や衣装、戦った魔物の牙、三世の生涯年表等が展示されていて。その中にかつて二世が飼っていてラスが倒した大型の魔物の殻も展示されており、ラスがどこか懐かしそうに笑っていた。

そうして館内を全て案内され、最後に領主が二人を連れてきたのは一般人に解放されていない特別な一室。リオンは自分も入っていいのかと聞くと、ラス様の大切なお方ならば共に入れても構わないと言い伝えられておりますと答えた。代々領主にのみ受け継がれる鍵を使って扉を開け、どうぞお入り下さいと促され中に入る。そこにはラスを象った古い銅像と、その横に宝箱が置かれていた。自分の銅像を見上げてラスが驚く。

「これは……。」

「ラス?」

「……懐かしいな、僕の船に置いてあったものだ。ほらここ、製作者の名前でガレスって彫ってあるだろう?」

「うん。」

「僕の仲間の一人だ。」

最も敵を倒した者、つまりラスの銅像をガレスが張り切って作っていたのは覚えていた。聞けば、役目を終えたあの船からラインバッハ三世が運び出したそうな。百八星を記した石板はオベル王国に安置しているのだとか。

宝箱を領主が開け、取り出したのは一通の古い手紙。上質な紙で作られたそれは色褪せながらも原型を留めていた。

「これは、三世が貴方様に宛てた手紙です。」

「っ!?」

「このシュトルテハイム・ラインバッハ八世、今ここに、三世から賜った使命を果たせることを光栄に思います。どうかお受け取り下さい、海皇様。」

現在の領主、八世が深々と頭を下げ差し出した手紙をラスが受け取った。

「ここで読んでも構わないかい?」

「ええ、どうぞ。」

上質な紙ではあるが、百年近く年月が経過しているそれを壊さぬように丁寧に封を開けて、折り畳まれた手紙を開く。かつて目安箱で見たラインバッハ三世の字に間違いない。手紙に書かれた一文字一文字を噛み締めるように読み始めた。

 

 

 

 

 

ラス殿、貴方がこれを読んでいるということは、私は既にこの世から去っているのでしょう。

これを書いている私はあの頃から年老い、心優しい子と孫達に恵まれ臨終の床におります。貴方に宛てたこの手紙を子孫に託すことを、どうかお許し下さい。

フレア様から貴方が旅立ったことと、おそらく我々が生きているうちに戻ることはないのだろうと伺った時は納得せざるを得ませんでした。キカ殿を失った貴方の悲しみと絶望は当事者ではない私には計り知れません。誰も貴方を慰めることは出来なかったのですから。

ですが、私も、フレア様も信じておりをました。真の紋章を宿し永遠を生きることになる貴方であれば、時間がかかっても必ずこの群島に戻られると。

私は貴方の友として、そして領主として、貴方がいつ群島へ帰ってきてもいいようにこのミドルポートを栄えさせる決意をしました。

チープー殿の商会を通し交易で資金を得て、観光名所となる薔薇園、紅茶の元となる茶畑、ミドルポート産の特産品を多く作りました。私の子と孫には義の心を持ち、友のために戦う気骨を持ち、決して悪行に手を染めず、ミドルポートの民のために尽くす家訓を代々伝えるようにと教育致しました。もちろん、貴方に関する家訓も。フレア様から貴方がフルネームを名乗ると伺っていたものですから。いつも余裕な貴方でさえ、姉君であるフレア様には敵わなかった。きっと驚かれたことでしょう。貴方が頭を抱える姿が目に浮かびます。

貴方が思い浮かぶ私の姿はあの頃のままなのでしょう。思い出しますね、貴方とチープー殿と共に無人島で語らった日々を。最初は手掴みで食べるなんて、と躊躇いましたが、思いきってかぶりついて良かった。あの巨大蟹の味は年老いた今も忘れられません。

あの戦争が終わってから私は諸国を旅し、その武勇をミッキーに書かせました。貴方の功績を私が奪うような記述は許せなかったものですから、貴方を唯一無二の友と訂正させて。その物語は今や海を越え国を越えて読まれているそうですから、貴方の耳にも届いているのでしょう。フレア様と共に貴方の名を後世に残す目的は果たせました。例え百年以上の月日が経とうとも、私の物語で貴方が少しでも巨大蟹を共に食べた日々を思い出して懐かしみ、心の慰めになればと願わずにはいられないのです。不老の貴方の中で、あの頃の私が貴方と同じ時を生きているならば僥倖です。

 

もしも、これを読んでいる未来の貴方の隣に大切な方がいるのならば、その方をこのミドルポートに連れてきてくださったということ。これほど嬉しいことはありません。

どうです?私の子孫が治めるミドルポートは、未来でも美しいでしょう?

 

誰よりも優しく誰よりもこの海に愛された海皇、ラス殿。

私と仲間達の魂はこの海に在ります。何時如何なる時も貴方の帰還をお待ちしています。

永遠を生きる貴方に幸多からんことを。

 

 

我が生涯の友、ラス・ジュノ・クルデス殿へ

シュトルテハイム・ラインバッハ三世より

 

 

 

 

 

 

 

「っ……、ああ。あの頃よりも、ミドルポートは美しいよ、ラインバッハ…。」

手紙を読んだラスは右手で目を覆いながら俯いて、声を震わせどこか懐かしむように呟いた。ずっと、ずっと、待ってくれていたのだと。百五十年越しの友人からの手紙に目頭が熱くなる。

「ラス……。」

手紙を持つ左手にリオンがそっと触れる。ラスが泣いているのではと心配そうに見上げると、大丈夫だよ、ありがとうリオン、と顔を上げて微笑んだ。カサリ、と乾いた音がして手紙を見てみると。

「あれ?ラス、まだもう一枚ある。」

「ん?」

 

 

 

追伸

実は私の息子、シュトルテハイム・ラインバッハ四世は、貴方もよく知るスノウ殿の娘と恋に落ち結ばれたのです。両家の顔合わせでスノウ殿と再会し、共に驚きました。当人達も、まさか親同士がかつて共に戦った仲間だったとは知らなかったと。人生、どうなるか分からないものですね。

何か頼みごとがあれば我々の子孫に何なりと仰って下さい。彼等はきっと応えてくれるでしょう。彼等から何か贈られたのならば、我々からのプレゼントだと思って受け取ってください、友よ。

 

 

 

もう一枚の追伸の内容にラスは目を見開いて驚いた。つまり、現在のミドルポートの領主一族はラインバッハの子孫でもあり、スノウの子孫でもあるということか。改めて今の領主である八世の顔をよく見てみると、まだ三十代だからか、ほとんどはラインバッハの顔だが目元がスノウにも似ている。

頼みごと、か。それなら。

「八世、頼みたいことがあるんだが。」

「何なりと。」

手紙を封筒に入れ直し、自分の上着の内ポケットから古びた赤い花弁のような欠片を取り出すとそれを八世に差し出した。

「これを、手紙と一緒にここで預かってほしい。」

「これは……」

「ガレスが作り、ラインバッハが僕にくれた薔薇の胸飾り。その欠片だ。」

「えっ…!?ラス、それって大事なものなんじゃ…!?」

先日読んだ薔薇の剣士に書かれていた。群島解放戦争が終わって、ラインバッハ三世とリーダーのラスが別々の道へ旅立つ時、三世からラスへ友情の証に自らが身に付けていた薔薇の胸飾りを贈ったと。

「年月と共に風化していって、五十年ほど前に壊れてしまったんだ。それでも欠片だけは持ち歩いてたんだけれど……。彼の魂と共に、ここに預けたい。頼めるかな、八世?」

「っ…、承知しました。我が一族の誇りにかけて、お預かり致します…!」

深々と頭を下げて欠片と手紙を受け取った八世は、そっと宝箱にしまって鍵をかけた。

 

「……ラインバッハ、フレア、皆、ありがとう…。今の僕には永遠を生きる伴侶がいる。どうか、この海から見守っていてくれ。」

「ラス……」

もう共に話すことは出来ないけれど、仲間達の魂はこの海にある。これからを生きる大切な伴侶、リオンの肩を抱いて、ラスは仲間達へ小さく呟いたのだった。

 

 

 

記念館から領主の館へ戻ってくると、八世が使用人から手に収まるサイズの木箱を受け取り、再びラスに話しかけた。

「海皇様、実は先日貴方様から預かったマントに綻びがいくつかありまして。美を継承するラインバッハ一族としては見過ごせません。是非とも新調させていただきたいのですが。」

八世からの提案にラスがうーん…と首を捻る。旅をする上でラインバッハのような派手なデザインは避けたい。

「あれと同じデザインで、同じ色か濃い色なら。」

「なんと!?」

「…正直、ラスは顔が良いから派手なものは反って服が霞む。シンプルな方がいい。」

「伴侶様まで…!」

リオンからも派手なデザインを却下されて肩を落とす八世。ならばせめて留め具にこちらを使わせて下さい、と先ほどの木箱を開けて二人に見せた。

「わ、綺麗……。」

中身は金属製のボタンだった。薔薇の細工が彫られたそのボタンは控え目ながらも何処か品のあるデザインで、リオンが思わず息を飲む。

「これは?」

「彫刻師ガレスの腕を次ぐ者が作った薔薇細工です。」

「ガレスの…。」

八世によると、ガレスは戦後ラインバッハの支援でミドルポートに工房を構えた。彼の弟子が何代も続き、今やミドルポート特産品の一つである彫り細工を支えているのだとか。

「これならばあまり目立つことはないと思います。貴方様の薔薇の胸飾りは先ほど預かったことですし、こちらを新たな薔薇の胸飾りとして受け取っていただけないでしょうか?もちろん、壊れてもこちらへ持ってきていただければ修理しますので。」

八世の懇願する顔が、腕が痛いと言ったスノウと重なる。こういうところで血筋を出してくるとは。ラスは懐かしそうにフッと笑った。

「……分かった。これを使って、シンプルなデザインで頼む。」

「ありがとうございます…!ミドルポートで最高の針子に作らせましょう!!」

 

こうして新調されたラスのマントはシンプルなデザインながらも留め具がキラリと光るものになり、それを着たラスにリオンがカッコいい、とぽっと見惚れるのだった。

 

 

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「なんと、美しい友情なのでしょう……。」

ラスとラインバッハ三世の友情、留め具の詳しい経緯を聞いたミルイヒは感激し、薔薇の刺繍のハンカチで涙をそっと拭った。

「それに、ミドルポートで作られた物とは納得です。かの細工はアクセサリーからカフスボタン、彫刻に至るまで繊細で美しいと評判ですから。」

「ミルイヒはミドルポートに行ったことが?」

「ええ。昔ファレナ女王国へ向かう際にミドルポート、ニルバ島と船を乗り継いだのです。」

ミルイヒは昔リムスレーア女王の戴冠式に赤月帝国の代表として出席していた。当時の赤月帝国からファレナへは潮の関係で直通便は無い。必ずミドルポートとニルバ島を経由する。

「ミドルポートは素晴らしいところでした。市場は活気と笑顔に溢れ、何より数多の種類に彩られた薔薇園が美しかった。もう一度行ってみたいものです。」

「それを作った彼も、君に称賛されて嬉しいと思うよ。」

「ふふふ、光栄です。」

ラスと語り合うミルイヒを交互に見てリオンは嬉しそうに口元を綻ばせる。ミルイヒが元々高潔な人柄なのをリオンは知っていた。だからこそブラックルーンに操られた彼に違和感があり、元に戻った彼を許し仲間にしたのだ。ラスの友人だったシュトルテハイム・ラインバッハ三世もそういう人物だったらしいし、服の趣味が同じ男性は友のために戦う気骨の持ち主なのかもしれない。今同盟軍にいるヴァンサンもちょっと困った人物ではあるが友のために戦う男だし。

「ところでグレミオ、クレオ、二人とも入って来たらどうだい?」

「えっ?」

ラスがドアに向かって話しかけると、おずおずと二人が入ってきた。丁度ラスがマントの話をしていたため入るタイミングを逃し聞き耳を立てていたそうで。グレミオがグスグスと泣きべそをかいている。

「ま、まさか薔薇の剣士がラス様にそんなことを遺してたなんて…!あの物語の通りの方だったんですね…!」

「グレミオ、鼻水拭け。」

クレオがティッシュをバスっとグレミオの顔に叩きつけて、チーンと鼻水をかんで。失礼しました、と淹れ直したお茶をカップに注いでいく。

「…だからこそ、リオンにはある程度身内や仲間と会ってほしい。」

「えっ?」

「当時の僕は全てに絶望し、若さ故に仲間との繋がりを絶ってしまった。もっと会っていれば良かったと後悔したのは彼等が亡くなってからだ。」

「……でも、ソウルイーターは…。」

宿主に近しい者の魂を喰らうソウルイーター。かつて喰われたグレミオも、クレオも、いずれ不老のリオンより先に死ぬのは分かっている。彼等の魂を、ソウルイーターの餌食にしたくない。

「君の紋章の性質上人との関わりを絶つのはある意味では正解だけれど、それをしたテッドは一度心が死んだ。」

「テッドが…!?」

「流れ去る膨大な時間に一人で耐えられず紋章に絶望した。僕と出逢う前までは、ね。」

グレミオとクレオはテッドの名前が出たことに驚いているが、リオンはラスが以前話した異界の者に紋章を渡したことだと察しがついた。ラスの手を取ったことで恋を知って、仲間も出来て。その仲間の魂も喰ってしまったけれど、元々人が好きなテッドはラスの助言を受け入れ深入りしない程度に人と関わることを選び、百五十年という時間を逞しく生きていった。その永い生の終着点にリオンという親友が出来たのだ。

「そもそも不老で生きるには才能がいる。止まることの無い時の流れを埋められずに、それを達観出来なければ心が死んでいく。並の人間には務まらない。その最たる才能を持つのがシエラだ。」

彼女は元々蒼き月の紋章の呪いで精神に異常を持つ。吸血鬼を生み出しそれを全て失うことがあっても心が壊れることは無かった。その精神異常と相性が良いのか、結果的に八百年という膨大な時間を逞しくしたたかに生きている。

「深入りしない程度には人と、仲間と関わった方がいい。君の心のために、後悔しないように。」

ラスが左手でリオンの右手をギュッと握り締める。

「……大丈夫、万が一暴走しかけたら僕が止める。この世界の役割よりも、君の側で君を支えるのが今の僕の生きる意味だ。」

「生きる意味……。それなら、私にもある。」

握られたラスの左手にもう片方の手を重ねて握り締め、手を持ち上げて握り直してラスを見上げる。

「テッドの分まで生きて、ラスを幸せにする。それが私の生きる意味だ。」

「リオン……、僕もだよ。」

互いの手を握り締めて見つめ合う二人が甘い空気を醸し出す。この空気に誰も割り入ることは出来ない、と思いきや。

「ラス様を幸せにするのならしっかり花嫁修業しないといけませんね、坊っちゃん?」

「え。」

グレミオにガシッと首根っこを掴まれ、ベリッと剥がされたリオン。

「さあ!お料理の次はお掃除ですよ坊っちゃん!」

「えええ……、まだやるのかグレミオ…」

「当然です!時間は有限なんですからね!」

「待てグレミオ、さっき掃除したとこ教えるから…!あと割れ物エリアはやらせるな!」

「私はそんなに信用無いのか…!?」

「ありません。」

そのままズルズルとリオンを引きずって行くグレミオをクレオが追いかけて客間から出ていった。と思いきやグレミオがドアからひょっこりと顔を出す。

「ミルイヒ様すみませんお構いもせずに…」

「いえいえ、構いませんよ。ラス殿、よろしければ都市同盟軍のお話もお聞きしたいのですが。」

「都市同盟の?」

「ええ。長年敵対していた都市同盟には行ったことがないので。バレリア殿が出向していると聞いていますし、今後観光に行く際に参考にしたいのです。」

「僕でよければ喜んで。」

「ではラス様、よろしくお願いします。お茶のお代わりが必要でしたら呼んで下さいね。」

「ああ。」

パタン、と扉が閉まって、ラスとミルイヒは都市同盟軍の話をし始める。先ほどのケーキも都市同盟の拠点の城で売られていて、ここに来る前にソニアにも届けたと話したらミルイヒが笑った。

そうだ、同盟軍といえば確か旧赤月帝国に関係する人物がいたはず。

「ミルイヒ、かつて帝国六将軍の時代に二太刀いらずのゲオルグと呼ばれた将軍がいたね?」

「おや、懐かしい名前ですね。ええ、彼もテオと同じく不器用な男でした。彼が何か?」

「そのゲオルグ、都市同盟軍に参加している。」

「!?本当ですか…!?」

「軍主のヒエンくんによると、ある約束をして仲間になったと。」

「なるほど……。」

ミルイヒによると継承戦争の頃、バルバロッサと何か約束をしたようだが教えてもらえず、辞める時も契約は成ったと言って去っていったのだとか。

「その後すぐファレナで仕官した噂は耳にしていたのですが、かの国の内乱以降行方不明になりまして。そうですか、都市同盟に…。彼はお元気でしたか?」

「ああ、ご機嫌な様子でスイーツを食べていたよ。」

「おやまあ。相変わらず甘い物が好きなようですね。せっかくです、彼に伝言を頼めますか?」

「伝言でいいのかい?手紙じゃなく?」

「彼は手紙を読んでも覚える気が無いのです。口頭の方が伝わります。」

「ふ、っははは。」

「『今度グレッグミンスターの我が家に顔を出しなさい。共和国になってから新たな洋菓子店が出来たのです。美味しいチーズケーキを用意して待ってますよ。』と伝えて下さい。」

「分かった、必ず伝えよう。」

 

 

その後、グレッグミンスターのミルイヒの屋敷に来客があったかどうかは定かではないが、洋菓子店からチーズケーキが消えた日があったそうな。

 

 

 

 

終わり。

説明
2軸のマクドール邸。4様の時を超えた友情話。ミルイヒ様とグレミオが仲良くなっています。
坊っちゃん→リオン
4様→ラス
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タグ
腐向け 4主×坊 4様 4坊 幻水2 坊っちゃん 

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