Princess of Thiengran 第二章ー入廷・再会3
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よし、これで常に自分がどこにいるか確認できる。自室の机の上に、地図を勢いよく広げた。

思ったよりも緻密な図だった。

「面白そうだねぇ」

嬉しそうにカガミものぞきこむ。

「で、どうするんだい」

知らなければ何も始まらない。

地図と足で宮廷の地理を徹底的に叩き込む。全体は広大ですぐには無理だから、とりあえず東宮の辺りを重点的に。

それから、リウヒの女官たちに話を聞く。毎日、仕えているのだから詳しいだろう。

カガミの他に、どんな人が教師となっているかも知りたい。

食事時には必ず帰ってくるというから、それから後を付けるという手もある。

どこに隠れようが逃げようが、必ず捕まえて連れ戻す。

まずは、王女自ら勉強する意欲を引き出すことだ。

「それは難しいよ」

カガミが口をはさむ。

「やる気のない人は、何を言ってもやらないからさ」

「でも、それは義務じゃないですか」

トモキも言い返す。

「自分で稼いだ金じゃなくて、国民の税で暮らしているんですよ。だったら、ちゃんと教養を身につけて、国に恥じない人間になるのが王族の義務だと思うんです」

「君は面白いことを言うねぇ」

オヤジは小さい目を丸めて感心している。

「国王に聞かせたいくらいだ」

それから、しばらく茶を飲みながら歴史を肴に雑談した。オヤジのよもや話は面白く、この男と同室になって良かった、と思った。

すべては明日から。

 

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あくる日から、トモキは精力的に動き回った。

地図と照合しながら宮中を歩き回るのは、体力的に疲れたが、楽しくもあった。迷子になることもない。大きな紙を広げて歩きまわるトモキを、女官や侍女たちが不思議そうにみていた。

それから、リウヒの教師たちを紹介された。

読み書きや国語を教えているのは、タイキという老人で、立派なふさふさした髭を生やしていた。

歴史はお馴染みカガミ。

教養、行儀、礼儀の教師はジュズという名の、怒らせたら怖そうな年配の婦人だった。新参者ですけど、と言って老女は笑った。

剣や、武術、馬術の指南がシラギだったが今日も忙しいのか不在だ。

リウヒは、特に何が苦手というわけではなく、気分しだいで授業を受けたりすっぽかしたりしているそうだ。頭はいい子なのにと、みな一様に嘆いていた。しかし、彼らは他の王子たちの勉強もみているのだ。王女のみに、与えられた以外の時間は割けない。

このときも、リウヒは行方をくらましていた。

女官たちにも話を聞く。

王女の世話をしているのは全部で三人である。それが多いのか少ないのか、トモキには分からなかったが、本人たちは不満であるらしい。ショウギの息子にだって十人はいるのに、と文句を言った。

彼女らは、話好きなたちであるらしく、軽快に語ってくれた。

王女の寝室は別だが、一日のほとんどをこの部屋で過ごすという。授業を受けるのも、食事をとるのも。

そして、気が付くとふらりといなくなるのだそうだ。最初のうちは、大騒ぎして捜しまくったが今ではもう慣れてしまったという。

「宮廷から出るわけではないしね」

「出られないしね」

あえて黙認することもあるという。ただ、たまに夜中にでも歩き回るため、その時はシラギが探し回るそうだ。

まるで腫れものに触るようだな、と、トモキは思った。

大層、扱いにくい王女であるらしい。始終、不貞腐れており気に入らない事があると、癇癪をおこし物に当たる。深夜に野獣のように泣き叫ぶ。笑わない。殻に閉じこもって、話しかけても無反応。触られることを極端に嫌う。公の場に出たこともない。

「最初の頃は、愛くるしくて可愛らしい方だったのに」

「やっぱり、あれよ、陛下が…」

「ちょっと」

話しかけた女官をもう一人が、肘でつついた。つつかれた方も、はっとして口に手を当てる。

「陛下がどうしたんですか?何かあったんですか?」

何でもないの、何でもないのよ、と三人が同時に首を振る。

「ごめんなさい、わたしたちそろそろ行かないと」

「がんばってね、お守役」

「そして、この話は忘れて」

慌てたように去って行った。

トモキは呆けたように、その場に取り残された。

 

始めは、王女がリウヒだとは思わなかった。もしかしたらリウヒは死んでいて、違う少女が身代りになっているのではないかとも思った。

しかし女官は、最初は可愛らしかったといった。他人であれば、シラギが自分をここに呼ぶはずがない。あの暗い闇を纏った王女は、間違いなくリウヒだ。あれだけ変貌するのは、何か原因があるはずだ。

実母である側室が亡くなったからだろうか。それとも、あの国王とショウギが苛めたのだろうか。

数日間だけだが、宮廷で暮らしてみてトモキは肌で感じていた。ここは、いい人もいるけど、いい人の皮をかぶった悪い人の方が、いっぱいいる。いや、無関心に日和見を決め込んでいる人がほとんどかもしれない。

でもぼくは、そんな中で自分のできる精一杯のことをしよう。

そう決意も新たに、夕暮れの空に誓うのであった。

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沈みゆく夕時の光を受けて、赤く輝く銀髪が風にたなびいた。

髪の隙間から見える瞳は薄紫で、宝玉を連想させる。その美しい男に、しな垂れかかっている女がいた。

ショウギだった。

後宮の一角、南宮にある小さな園の長椅子に座って沈みゆく太陽を見ている。

「この間は、陛下に推薦していただき、ありがとうございました。左将軍というもったいない地位を頂き、感謝の言葉もありません」

楽の音のような、低く流れる声に女はうっとりとする。

「何をおっしゃいます、そのような水臭い…」

あなたとわたしの仲ではありませんか、と甘えたように身を寄せた。

「ああ、もうすぐ陛下の元へ参らなければなりませぬ、わたしはここから動きたくないというのに」

さらに縋りつくと、男の手が女の肩に回った。

「わたくしも、あなたを行かせたくはありません」

耳元で囁くその声がなんと甘いことか。

「このお体を陛下の老体が抱くと思うと、悲しさと悔しさで夜も眠れません」

とたんにショウギが硬直した。

老体。老人。

国王はもう御歳七十を過ぎている。死期が近づいている。王が死んだら、後ろ盾を失った自分はどうなるのか。何もかも失うのは確実だ。失うわけにはいかない。失ってなるものか。

「申し訳ございません、嫉妬のあまり失礼なことを申し上げてしまいました」

再び耳に掛かる男の声で、我に帰る。

いいえいいえ、という風にショウギは首を振った。耳飾りが涼やかな音を立てる。

遠くに、女官が控えるのが見えた。行かなければならない。

 

別れの言葉を、情緒たっぷりにささやいて立ち上がろうとした時、激しく口を吸われた。

あまりの激情に一瞬我を忘れそうになる。否、忘れた。

気が付くと、女官たちを引き連れて歩いていた。後ろを振り向くと、男がほほ笑みながら立っている。

銀髪の男は、ショウギとその女官が見えなくなるまで笑顔で見送っていた。そして一団がいなくなると笑顔のまま唾を吐き、口を拭った。

日はとうに暮れ、夜のとばりがおりていた。

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夜明けとともにトモキは飛び起きた。身支度もそこそこに、急ぎ朝餉をとりに食堂へ向かう。勝負の日だ。気合いを入れ直して席を立った。

「おはようございます」

東宮の、王女の部屋に入室したリウヒと女官三人は、ギョッとして身を引いた。

トモキが窓辺に立って、爽やかな挨拶をしてきたからである。

女官たちと面識がなければ、警備をよばれていただろう。根回ししておいてよかった。トモキはこっそりと息を吐いた。

リウヒは、不審者に驚いたものの関心なさそうに椅子に座る。どうやら食事のための椅子と卓であった。

奥の方にはまた違う机と椅子がある。多分あれは勉強の為のものだろう。

「あの、殿下はこれから朝餉を召されるのですが…」

「あ、ぼくの事はかまわないでください。食べてきたんで」

と、顔の前で手をふった。

そういうことじゃあないのだけど、と女官が呟くのを無視してリウヒを観察する。

髪は相変わらず結われておらず、薄紅色の衣に茶色の帯を締めていた。いささか渋い組み合わせである。目の前に、朝餉の準備がされているのを無表情でみていた。今日も顔色が悪い。

「お召し上がりくださいませ」

女官たちが一礼すると、なんと王女は手づかみで食べ始めた。

ひどい。これはひどすぎる。記憶の中のリウヒは五歳だったが、箸は使えた。

「箸を使って食べてください」

女官たちが驚いた眼で見ている。リウヒはちらりとトモキを一瞥し、無視した。可愛くない。

食べ終わった後、片付ける女官を尻目に扉へと歩いて行く王女に声をかけた。

「どこへ行かれるのです、もうすぐ勉強の時間ではないのですか」

リウヒは再びその声を無視して外に出た。

厠かな。いや、違う。

外に出ると、王女は脱兎のごとく走り出した。もちろん後を追う。

七つのくせして速い。トモキも全速力で走った。女官や侍女たちが慌てて道を開ける。

前方にカガミの姿が見えた。王女の部屋へ向かう途中か。

「あ、トモキく…」

オヤジの声と姿は、一瞬で前から後ろへと流れていった。

「待っていてください、必ずや王女を捕まえて授業を受けさせます!」

そう叫び、走ることに集中した。

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「だから元気だしなって」

リウヒの部屋、リウヒの机に突っ伏したトモキの頭上から呑気な声が聞こえる。

王女はいない。まかれたのだ。宮外にでて、階段を下りて、上がって、角を曲がって、袋小路に追い詰めたと思ったら、誰もいなかった。辺りを必死に探したが、やはりいなかった。

「カガミさん、ぼくは悔しいです…」

「そのすぐ落ち込む性格、なんとかしたほうがいいよ」

「若者は繊細なんです」

「じゃあ、早く大人になるといい」

そういえば。顔をあげて聞いてみる。

「カガミさんやほかの先生方は、王女がいない間何をされているんですか」

オヤジはうーん、と唸った。

「そうだなあ、散歩したりとか、部屋に戻ったりとか、お嬢さんたちと話したりとか…」

控えていた女官らが小さく笑った。

「授業を受けてくれないのは悲しいけど、受けないのは王女さんの責任だろう。受けるのも受けないのも、本人が決めていることだよね。いくら七つとはいえ、自分の判断には責任を持たないと。嫌だからって逃げてばかりじゃあ、後で手ひどいしっぺ返しを食らうと思うよ」

「随分と手厳しいんですね」

「ぼくは厳しい男だよー」

自分には甘いけどね。あ、お茶のお代わりもらっていいかな。

厳しいのか呑気なのか。侍女に茶を注がれて寛いでいるオヤジを目の前に、トモキは考えた。

多分、ここの人たちは、自分さえ良ければいいのだ。国王も、ショウギも、女官たちも、カガミや、シラギでさえも。別に間違ってはいない、自分が一番可愛い。ぼくだってそうだ。手を煩わす王女は、厄介者なのだ。厄介者には誰も関わりたくない。もしかしたら、リウヒは解った上で待っているのかもしれない。それを乗り越えて、自分を叱ってくれる人を。

考えすぎか。

しかしそれ抜きにしても、ぼくはカガミさんのように突き放せない。まだ七つなのだ。

頭の中に、五つの頃のリウヒがちらりと浮かんで消えた。

王女の手を引いて、正しい道に戻してやるのが、ぼくの仕事なんだ。

トモキはため息をついた。どんな手を使っても。

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それから数日間、リウヒは何食わぬ顔で戻り食事をするものの、トモキの顔をみれば逃げるようになった。その度に王女を追いかけまわし、結局はいつもまかれる。地図をだして確認し、捜索する。地図はもうボロボロになってしまった。

とある昼餉後。初めて王女の捕獲に成功した。東宮の外れの小さな庭園で追い詰めたのである。十三歳の少年と七つの少女は、構えたままジリジリと睨み合った。

そしてリウヒの肩をつかんだ瞬間。

「触るなっ!」

激しい勢いで振り払われた。憎悪を含んだ目でこちらを睨みつけている。

トモキはその剣幕に驚いたが、ここで隙を見せればまた逃げだしてしまうに違いない。

構えを解かずに、そのまま前進した。

王女は唸りながら後退するが、後ろは木に阻まれて動けない。

一瞬の隙をついてトモキは丸太のように王女を肩に担いだ。

王女はびっくりし、野獣のような声をあげて暴れた。警備の者たちが、慌てたように駆けつける。

「あ、大丈夫です。ぼく、シラギさまに任命された王女の教育係なんです」

ご心配なくーと呑気に手を振る。シラギの名前がきいたのか、彼らは訝しがりながらも去って行った。

未だ暴れるリウヒを担いで、部屋へと戻る。途中、女官らの目線が痛かったが、あえて気にしないことにした。更にリウヒが手加減なしで叩いたり、引っ掻いたり、髪を引っ張ったりするので痛いことこの上ない。が、そのうち暴れ疲れたのだろうか、大人しくなった。

部屋にいた、タイキ…国語の老師と女官たちは仰天した。

ぐったりした王女を担いだ、傷だらけの少年。

何事かと大騒ぎになった。慌ててトモキが説明する。再び老師と女官らは仰天した。逃げ出した王女を捕まえるなんて、シラギさんもできなかった、と老師は笑った。

とりあえず、リウヒに水を飲ませて落ち着かせ、授業開始となった。

その隅で、女官の一人がトモキの傷の手当をしてくれた。

薬を塗られながら、トモキは老師の声に耳を傾ける。低くて、朗々としたいい声だった。

頭のいい人って、教えるのもうまいんだな。

理解しやすく、頭にすんなりとはいる。リウヒは、大人しく本に目を落としている。普段のふてくされた態度は影をひそめ、素直に聞いているようだった。

 

傷の手当が終わり礼を言った瞬間、トモキの腹が盛大に鳴った。あまりにも大きくて部屋に響いたくらいだ。その場にいた全員が止まった。

再び腹の音がなり響く。トモキは恥ずかしさの余り、倒れそうになった。

静寂が耳に痛い。せめて誰か笑ってくれ。そしたら少しは救われるのに…。

回転する頭の中で、そう願った時。

 

クスクス。

 

小さな笑い声が聞こえた。リウヒが笑ったのである。老師と女官たちは、本日三度目の仰天をした。トモキもびっくりした。

リウヒが笑った。

笑い声は、部屋中に感染するように静かに広がっていく。タイキが苦笑しながら言う。

「厨房であれば、まだ何かあるかも知れんよ」

女官も笑いながら

「では、わたしがとってまいります。トモキさんは待っていらして」

と、食堂に行ってくれた。

「昼餉を食べる時間がありませんでしたものね」

「シラギさまにお願いして、殿下と一緒にお食事を取られてはどうかしら」

本当は許されないことだけど、と女官たちは再度笑った。

リウヒは元の仏頂面にもどっていたが、心なしか険が取れている気がした。

 

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それからというもの、トモキは一日の殆どをリウヒと過ごすようになった。

朝、起きて身だしなみを整えた後、リウヒの部屋へ行く。

リウヒの一日の予定は、大体決まっていた。

朝餉をとり、カガミの講義を受ける。次に礼儀作法で、それが終われば昼餉。その後、タイキの授業を受け、シラギが来れば剣術を習い、夕餉を終えた後は寝室へ向かう。

食事は一緒にとり、王女が講義を受けている間は近くで控えていた。実際は控える振りをして、真剣に聞いていたのだが。

リウヒの剣の腕は…非常に危なっかしかった。が、二十二歳のシラギに向かって、しゃむにつっかかっていく。もちろん、軽々と受け流されるものの、見ているトモキはいつも手に汗を握ってしまうのであった。

自分も剣を習いたい、とシラギに申し出た。教師は誰でもよいから、と。

シラギは了承してくれた。

「剣を握ったことは?」

「包丁ならあります」

「それは剣ではない」

「すみません」

シラギ自らが教えてくれるという。願ってもないことだったので、トモキは喜んだ。

「でも、お忙しいんじゃないですか」

「いいんだ。最近はわたしも手を抜くことを覚えた」

いいのかそれで。

内心つっこんだものの、何も言わなかった。

「ただ、すぐには無理だが」

それは仕方ない。トモキは礼をとり、感謝の意を述べた。

相変わらずリウヒの逃亡癖は抜けずに、追いかけっこをする毎日だが、それも段々と減ってきた気がする。話しかけてさえくれるようにもなった。

少しずつ、良い方向に向かってきている。そういう風に思うような日々が過ぎて行った。

説明
ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。

「嫌だからって逃げてばかりじゃあ、後で手ひどいしっぺ返しを食らうと思うよ」

視点:トモキ→ショウギ→トモキ
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