festa musicale [ act 1 - 12 ]
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 自分に何が出来るか。

 学校に行かず、一日中ずっとそのことを考える。

 寝る時間すら削って、ずっと考えて。

 

 

 

 結局灯のところへ行ったのは、次の日の夕方になってからだった。

 

 

 

 

 

「うわー、良い所住んでんなー」

 思わず言ってしまう。 家賃にして大体十万弱ってところか。 学生が住むようなマンションではない。

「もしかして、お嬢様?」

 などと、緊張を紛らわすための独り言を言う。 マンションから出てきたまったく知らない赤の他人が、変なものを見る目で見てきたが、気にしている場合ではない。

(今日決着をつけるんだ)

 そう決めて、ここに来たのだ。 以前聞いていた部屋の番号を、オートロックの入り口にある機械に打ち込む。

 しばらく待って。

『あれ、馨?』

 久しぶりに聞く、空元気でない素の灯の声。

 機械を通してだけど、それはひどく懐かしいような気がした。

「よかった、部屋にいてくれて」

 そう言う。

「ちょっと話があるから」

 大事な話が。

「上がらせてくれ」

 必要なことだから。

『うん、良いよ』

 と、軽い調子で言った。

 入れてくれないかもしれないとか心配していたのがバカみたいなくらい、軽い。

 それと同時に、オートロックのガラス張りの自動ドアが開いた。 中身もすごく高級な感じだ。 名前は忘れたがどっかの有名なデザイナーが手がけたテーブルが普通に置いてあって、その横にも同じデザイナーのカウチソファが置かれている。 ここだけで既に五十万円近いはずだ、記憶が正しければ。

 さらには壁に絵が飾ってある。 フランスあたりの有名な画家のレプリカなんだろうが、レプリカといえども高級品であることに変わりはない。

(改めてすごいところだ)

 なぜか無性に感心してしまった。

 

 

 

「お邪魔しまーす」

「どーぞどーぞ」

 そう言って部屋に入る。 部屋の中はメチャクチャキレイに整理整頓されていて、これまたデザイナーらしいソファとテーブルが鎮座している。 それでいてその二つが自己主張するのではなく、全体と調和が取れている。例えば本棚などはその辺に適当に売っているカラーボックスだったりするのだが、これがものすごい高級品に見えてくるというマジック。

「何か飲む? コーヒー…は馨が淹れたほうが美味しいか」

「いや、灯の淹れたコーヒーなら飲んでみたいかな」

「そう? じゃぁちょっと待ってて、今ちょうど淹れようとしてたんだ」

 そう言って、キッチンへ向かう。 いつもとあまり変わらない様子だ。

「……」

 荒れてる様子は、ない。 灯のことだから、バレないように上手く隠しているのかもしれないけど。

「聞いてよ、今日ロングトーンですごく調子が良くて、いつも出来ないところまで出来たんだよ」

「…へぇ、すごいな」

 でもそれは偶然だ。 練習に偶然はありえないけれど、それでも偶然なのだ。

 今の灯にとって、音楽は逃避でしかないのだから。

「すごいでしょ? 他にも…」

 そうやって話し続ける。 まるで、話をしていないと自分が壊れてしまうかのように。

 いつも通りに見えて、やっぱり灯は『灯』ではなかった。 それを認識してしまうと、心が痛む。

 こうなったのは俺のせいなのだから。

 だから。

 

 

 

 

 ――俺が、やらなければいけない。

 

 

 

 

「それでね…って、馨聞いてる?」

「灯」

 立つ。

 灯の体が微かに震える。

 

「もう、良いんだ」

 そう言って、灯のそばに向かって歩く。

 

「…何が」

 灯は動こうとしない。

 

「もう、無理しなくていい」

 だから、傍に行く。

 歩き続ける。

 

 

 

「やめて、無理なんかしてないんだから」

 そんな言葉は聞きたくない。

 見るからに痛々しい笑顔で、そんなことを言うな。

「俺さ、ちょっと意固地になってた」

 そうして、灯の隣に立つ。

「……」

 隣に立つと、灯は小さく見える。 もともと身長差はあったけど、それだけじゃなく、灯が小さく見える。

 こんなになるまですり減らさせてしまったのは、俺だ。

「色々考えたんだ。 どうしたら良いんだろうって。 大学入って少しは大人になれたかと思ったけど、やっぱりまだまだガキだから、何にも思いつかなかった」

「…何を言ってるのか、わからないよ」

 親に叱られている子供みたいに、灯が震えている。

「それでいいんだよ」

「え?」

 どうして? という顔で、灯がこちらを見上げる。

 思えば、ここに来て初めて、お互いの目を見て話をしている。

 それだけじゃない。 目を見て話をすること自体が、ひどく懐かしい。

「俺にも何を言ってるのか分からない」

 苦笑いする。

「…なにそれ」

 灯も苦笑いした。

「つまり、俺が全部悪かったって事なんだよ」

「それは違う」

 いきなり話の腰を折られた気分だ。 灯は話し続ける。

「ゴメン、嘘ついてた。 私、無理してる。 ホントは今練習頑張ってるのも…違う、練習頑張りすぎてるのも、逃げだし、ものすごい元気に見えてるとしたらそれも空元気だし、天真爛漫に見えたらそれは『天真爛漫な穂積灯』って言う仮面を被ってるだけ。 いきなり来年からコンミスだよって言われて、嬉しかった。 大学から始めたばっかりなのに、認められたのが嬉しかった。 でも、それと同時にすごく不安だった。 出来る自信もなかった」

 そこまで一気に言って、少し落ち着いたみたいだ。 それでも少し興奮している。

「ちょっと、座ってろよ灯。 続きはあっちで聞くよ」

「うん…」

 素直にリビングに戻って、ソファに座ってくれる。 そういえばコーヒーを淹れようとしていた、というのを思い出して、断りを入れてからキッチンで沸いているお湯を使ってコーヒーを淹れる。

「お待たせ」

 灯の前に淹れたてのコーヒーを置く。

「ありがと」

 口をつける。

「美味しい。 味、元に戻ったんだね」

「気付いてたか」

 やっぱり、俺の淹れるコーヒーを一番飲んでいるだけあって、ちょっとした違いでもすぐに気付いてしまうらしい。 あの日からずっと、動揺していたのはバレていたようだ。

 まぁ、だからこそ、こんなことになっているわけだけど。

 

 

 

「それでね」

 コーヒーを飲んで落ち着いたのか、灯は続きを話し始めた。

「あぁ」

「それで、コンミスをしっかりやり遂げる自信がなくて、ものすごく不安だった。 でも、馨と一緒にいれば安心出来た」

「俺と…?」

「うん。 馨はいつも美味しいコーヒーを淹れてくれて、いつも私と話をしてくれて……いつも、一緒にいてくれた」

「……」

「馨と一緒なら私は大丈夫って、そう思えたんだ」

 自分の中身をさらけ出すのは恥ずかしいものだ。 灯は案の定、顔が少し赤くなっていた。

「…そっか」

「驚かない? いきなりこんなこと言われて」

「正直、ものすごいビックリしてる。 けど、それ以上に嬉しいんだ」

 そう、俺は今、灯に頼られていて、それがたまらなく嬉しい。

「だけど、あの日から、馨が私に対して今までとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ違う視線を向けてくるようになって」

 灯と新見たちが”空”で話をしていたときのこと。

 その日から、俺の灯を見る目は、ほんの少しだけ変わった。

 そんな微妙な変化ですら、灯は読み取っていた。 出会ってからたった半年程度なのに、そこまで相手のことを知っている。 どうして灯はこんなに俺のことを知っているんだろうか。

「それで、あの電話で気付いたんだ。 私、ずっと馨に依存してたんだって。 もしかしたら馨はそれが疎ましいんじゃないかってことにも。 結局、一人で舞い上がってただけだったんだ、って」

「それは」

「言わせて」

 と、強い口調で言われる。

「それで、もう嫌われちゃったんだって怖くなった。 馨に嫌われたら、どうしたらいいのか分からない。 すごく悩んだ。 周りには見せないようにしてたけど、本当に悩んで、夜も眠れなくて……。 それで……」

「音楽に…」

 うん、と、灯がうなずく。

「もう、駄目なんだろうなって、一人で自己完結して。 なら、一人でも大丈夫なように。 一人でもちゃんと出来るんだよ、っていうところを見せれたら、またもとの感じに戻れるんじゃないかなって思って」

「…うん」

 灯がそこまで考えてくれていたことに、素直に感動している。

「だから、これから馨が何を言っても、私は大丈夫。 覚悟、出来てるから」

 そう言って、締めくくった。

 灯は腹を割って話をしてくれた。 なら、今度腹を割って話をするのは俺の番だ。

 

 

 

 

 

 

「灯はさっき、俺と一緒にいると安心するって言ってくれたけど」

 色々悩んだ結果、まずそこから話をすることにした。 こうやって、お互いの溝を少しずつ埋めていこう。 大丈夫、時間はまだある。 灯はもう壊れそうだけど、溝を埋めることが灯を元に戻していく。

 そう信じて、俺はゆっくり、話を進める。

 

 

 

 いろいろなことを話した。

 灯と一緒にいると安心するということ。

 灯がSLEEKのメンバーに(冗談とはいえ)告白されたときから、俺の中の何かが変わったこと。

 それがコーヒーの味にも出て、さらにイライラしてしまったこと。

 先輩に相談して、大きなヒントを貰っても、俺の中で考えがちっともまとまらなかったこと。

 そうして悩んでいるうちに、あのメールが届いたこと。

 メールを見たとき、ぎりぎり保たれていた心の壁が崩れてしまったこと。

 それが原因で灯にひどいことを言ってしまったこと。

 そのことで俺が悩んでいるとき、先輩から怒られたこと。

 こうして久しぶりに面と向かって話をして、やっと答えが見つかったこと。

「答えって?」

「俺の気持ち」

 くすぶり続けていたモヤモヤ。 でもこれはまだ告げるわけにはいかない。

「今は教えてくれないの?」

 と、ものすごく保護欲をそそる表情を見せてくる。

「調子出てきたな灯」

「あ、バレた?」

 多分、灯はもう大丈夫。 だから、俺ももう大丈夫だ。

「うちのバンドの演奏、見に来いよ」

「楽しみにしとく」

 根本的な解決には、もっとふさわしいステージがある。

 俺たちが共通して持つ場所がある。

 だから俺は、俺の一番得意なことで、灯への気持ちを伝えよう。

 

(まさか、親友に恋することになるとはね)

 

 意外すぎる結果だが、そうなってしまったのだから、仕方ない。

 返事がどうなるかはまだわからない。

 その答えは五日後に控えた、創立祭で。

 創立祭のステージの上で、知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、馨が先輩に怒られないと気づかないくらい奥手でお子ちゃまだったとはねー」

「やかましい」

説明
馨に出来ること……
それは自分に嘘をつくことでもなく、優しい言葉で慰めることでもなく、
自分に正直になることでした。
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タグ
大学生 音楽 吹奏楽 ロック ブラス 

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