festa musicale [ act 1 - 13 ]
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 ついに、この日が来てしまった。

 ここ最近ずっと灯との事で悩んだり悩まされたり怒られたりしていて、なんだかんだで練習を疎かにしていたせいか、音が遠くに飛ばなくなっていたり、譜面が簡単すぎるからハードルを上げよう! という話があったことを知らずに一人だけまったく違うことをしていたりと、本番直前まで缶詰みたいになって練習していた。

 でもまぁ、音楽をやる以上は手を抜きたくない。 それは信条というよりも、もはや俺の信念であり、生きて行くうえでの基本理念みたいなものになっていた。

 それに今回のステージは、なおさら手を抜くわけにはいかない。

 いつもとまったく違った意味合いで、とても重要だから。

 

 

 

「馨、気合入ってるなー」

 と、新見が言ってきた。

「当然! こんな楽しいステージ、他のどこもやってないからな!」

「いいねいいねー! やっぱ祭りだし盛り上げてかなきゃな!」

 そう言って新見のテンションがうなぎのぼりになっているのを尻目に、今日ステージに昇る皆を見渡す。

 総勢八人、大所帯のバンドとなった。 集まってくれた皆に感謝しなければならないだろう。 そう思って、自然と頭が下がった。

「みなさん、この日のためだけに集まってくれて、ありがとうございます!」

 礼をする。

 なぜか誰も話さない。

 何か悪いこと言ったのか? 俺。

 なんだか怖くて顔を上げることも出来ない。

 チラッとみんなの顔を覗き見てみる。

 

 

 ――一様に、ニヤニヤしていた。

 

 

「そんなどうでもいいことよりもさー、灯ちゃんとちゃーんと、仲直りしたんだってー?」

 先輩がそう聞いてくる。情報が回るのが早い。

「どうでもいいことって…というか誰から聞いたんですか」

「ぶっちゃけ、ウインドの中は皆安堵しているのだよ」

「二人は仲良くなきゃねー。 一緒にいない二人を見てるとスープのないラーメンを食べてる気分になるの」

「それは言い得て妙やな」

 ウインドの先輩は皆が皆口をそろえて「よかったよかった」と言っている。

「…どうやら心配をおかけしたようで」

「うん、まぁ毎年一組くらいはこういうのいるから大丈夫だよ」

 ウインドは内部でカップルが発生しやすい場所のようだ。 確かに練習が多いから一緒にいる時間も長いし、つまりそれだけお互いのことを知る機会が多いということで、中だけで充分にカップルになりやすいのだろう。

「じゃぁまぁ、俺がこのステージでそういう関係のちょっとバカみたいなことをやっちゃっても大丈夫ってことですかね」

 

 空気が固まった。

 

「…え、駄目?」

「……」

 一様に固まってしまっているので、計画の練り直しが必要になったかと思ったが、

「で、うちらは何をすれば良いの?」

 と、協力してくれるようだ。

「あ、いや、特に何かして欲しいってわけじゃないです」

「なんだつまらん」

 興が醒めたかのように皆のテンションが落ちていく。 なぜかSLEEKの面子までテンションが下がっていくのを感じる。 むしろお前ら関係ないだろと。

「何もしなくて良い分、何も考えずに演奏楽しみましょう」

 といって、なんとかテンションを持ち直す、舞台裏のぐだぐだな風景であった。

 

 

 

『お待たせしました! この日のためだけに学内外の最強メンバーで作られた最高のスカバンド、WINDCOREの登場です!』

 オオオオオオオオ、という歓声の中、ステージの上にメンバーが入っていく。あらかじめリハでセッティングしたときの状態になっているため、手間が省けてやりやすい。

 エレキ楽器が素早くセッティングを済ませ、ドラムがカウントを取る。

 俺は今までに感じたことのない高揚感を覚えていた。 これまでどんな場所に立っても緊張したことがなかったのに、今は程よい緊張感が体を満たしている。

 きっとすごいことになる。そういう確信があった。

 

 

 

 

 

 ――そして、熱狂の三十分がスタートした。

 

 

 

 

 

『うちのバンドの演奏、見に来いよ』

 と、馨が言ってくれたので、見に行った。 もうウインドの方のアンサンブルも終わっていて、あとは創立祭の後の打ち上げくらいしかやることがなかったことも理由のひとつだ。

 それ以上に、馨から直接誘われたのが嬉しかったから、なのだが、口に出して言うのは恥ずかしい。 というか、デッドラインを超えそうな気がする。

 同じアンサンブルにいた純さんも一緒だ。

「馨とは上手いこと仲直りできた?」

「仲直りじゃなくて、さらに仲良くなったんですよ」

「ほうほう」

 詳しく聞かせろとばかりに身を乗り出してくる。 少し子供っぽい仕草を見せる目の前の到底届きそうにない大人に、

「ただ、二人ともちょっとずつすれ違ってただけだったんです。 どっちも悪い、だから両成敗、ってね」

 だからもうこの話はおしまい、と言わんばかりに正面を向く。そこには特設ステージの司会のアナウンスで、ステージの上に上がってくる馨たちがいた。

「お熱いこって」

 と、純さんに言われる。

「ちょっと、純さん!?」

「あはは、顔真っ赤にしちゃってかーわいー」

 こういうところがあるから子供っぽいっていわれるのだ。そこが純さんの良いところでもあるんだけど。

「はいはい、そろそろ演奏始まるから静かにしましょうよ」

「何言ってんの。 スカなんだから前に出て踊らなきゃ!」

 といって私の手を取ってずんずんステージの前まで行こうとする。

「え、いや、ちょっと良いですよ私は!」

「えー、そう? じゃぁ私はガッツり踊ってくるわー」

 手を離してくれる。 危うくこんな顔のまま馨の前に出て行くところだった。 それはなんとしても避けたい。

 後ろの方に下がって、馨が見えるところに来る。 ドラムの人がカウントを取り始めた。曲が始まる。

 その曲はものすごいロックだった。

 いつもの吹奏楽とはぜんぜん違う、すごく乾いた管楽器の音に、私はビックリしてしまう。 ウインドの人はこんな音も出せるのかと、その多彩さに感心してしまった。

 私の努力なんてたいしたことなかったんだな、と感じてしまうくらいに、皆が皆ある意味妬ましいほどの才能を持っていた。

 一曲目が終わって、そのまま二曲目に入る。 二曲目はちょっと大人しい感じの曲になった。 それでもロックであることに変わりはないので、耳に来る音圧はものすごい。

 普段はギターボーカルの新見君が、今日は自分の役目を管に任せてボーカルに専念している。 だからこんな曲も出来る。

 ドラムもベースもリードギターも、いつも通り、いやいつもの何倍も上手く感じる。ライヴバンドだからだろうか。

 二曲目も終わって、MCが入るらしい。 一応今回の発起人という名目になっている馨が、マイクを握っている。

「えー、どうもこんにちは、WINDCOREです」

 歓声が上がる。 これでまた馨の知名度が上がっちゃうなぁ、と思いながら聞いている。 知名度が上がるのは馨本人としては若干不本意かもしれないけど。

 そんな馨は、バンドのメンバーを紹介して回りながら、客席をちらちらと見ている。 誰かを探しているみたい。

 私だったらどうしよう、と考えていると、

「いきなり私事で申し訳ないですが、実は俺、好きな人がいます」

 と、突然言い出した。

 ビクッとなる。

「大学に入る前からの付き合いなんですが、最近少し気持ちがすれ違ってしまっていて。 先日やっと仲直りというか、元の鞘に納まることが出来たんですが、まだ伝えていないことがあるんです」

 周りの音が消えて、馨の声だけが聞こえるかのような、そんな不思議な感覚がする。

 勿論私がそんな風に感じてるとき、開場のボルテージは最高潮に達しているわけだけど。

「次にやる曲は、その人に贈りたいと思います。 この曲で元気を出して、これから先に希望を持ってもらえたら、嬉しいです。 あ、勿論皆さんも」

 と、最後にふざけた感じで言うと、開場全体が笑いに包まれる。

 私はそれどころじゃなくて、あの時言っていたサプライズがまさかこんな形で訪れるなんて想像もしていなくて。

「それじゃ、聞いてください。 オリジナルです。 『風』」

 だから、最後に馨と目が合った瞬間に、自然と一粒、涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 俺が出した答えは、やっぱり好きな人にはプレゼントをしなければいけないな、という、ひどく安直で、ある意味当然のものだった。

 MC用のマイクを渡されて、バンドのことを紹介しながら、ずっと会場のどこかにいるはずの灯を探していた。

 全然見つからなくて、もうMCはほとんど終わっていて、これ以上引き伸ばすのは無理だと思った。

 だから、あんなこっ恥ずかしいことを言って、場を取り繕った。

 この台詞はリハのときも言っていなかったから、バンドのメンバーも皆がビックリして固まっていたようだ。

 勿論、俺はそんな面白そうな様子は見ている余裕はない。 目の前にいる灯に思いを伝えるので精一杯だったからだ。

 多分、思いは伝わったと思う。 というかモロに好きな人がいます、って言っちゃったし。

 こんな大舞台で、名前を出して告白なんて、この個人情報保護法がはびこる世の中では絶対出来ないし恥ずかしいので、大変だった。

 だから、言いたいことは全て歌に乗せて。

 歌うのは俺じゃないけど、俺が人生で初めて書いた歌だから、人生で初めて好きになった人に贈りたい。

 風はきまぐれにその矛先を変えて、時には人に暴力を与える。

 でも、傷ついた人を優しく包み込むことも出来る。

 そんなきまぐれで自由奔放な、灯のような風。

 この歌は、俺の好きな人のことを歌った歌なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 気付いたら、大粒の涙をポロポロとこぼす灯の姿があった。

 だけど悲壮感は漂っていない。

 目は必死に見開いて、少し自意識過剰かもしれないけど、まるでライヴをする俺を一度たりとも逃すまいと目に焼き付けているかのようで。

 その姿を見るだけで、俺は満足だった。

 

 連日の徹夜で体はボロボロ、満身創痍で今にも倒れそうな状態で望んだステージだったけど。

 そのとき、俺と灯は、本当の意味で心をつなげあうことが出来たんじゃないかって、そう感じて、自然と涙がこぼれ落ちた。

説明
やっと仲直りできた二人。
でも根本的な問題は残ってます。
それをどのように解決するのでしょうか?

創立祭が始まって以来、最もオーディエンスを熱狂の渦に巻き込んだ馬鹿騒ぎが、今始まります。
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タグ
大学生 音楽 吹奏楽 ロック ブラス 

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