第12話「陛下と宰相と混乱と」(シリーズもの)
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 パースの瞳を見つめていたら、ルチアの頭の中に新しい記憶が現れた。いつもなら誰の記憶かわからないが、今なら「陛下」とパースが呼ぶ人物のものだと理解できる。「陛下」は泉に素足を浸し、鼻歌を歌う。静かな水面に月が揺れている。二足歩行の銀のオオカミ、パースが横に立っていた。彼はかっちりとした制服を身に纏い、その肩には国章が刺しゅうされていた。

「こっちに来い、ケダマ」

「イヤだ」

「フフ、獣は水が怖いか?」

 じろりとこちらを睨むパースに、陛下は細い手を伸ばした。渋々としゃがみこんで、その手を大きな毛むくじゃらの手が包んだ。優しい手つきで、大事にしていることが伝わる。柔らかい風が、陛下のウェーブかかった長い髪を揺らした。風に誘われるように体を傾け、ふわふわのパースの首元に自分の顔をうずめ、その心地よさに安心して深く息をついた。

 

 

「つまり〜…」

 目の前で跪くパースが口を開き、ハッと我に返る。記憶の中のパースは鋭い雰囲気を持っていたが、今ルチアの前にいるのは緊張感を微塵も感じさせない青年だった。

「キミは「陛下」ではないってことですか?」

 少しの寂しさを乗せたその言葉は、彼と陛下の深い関係を感じさせる。

「違うわ」

 ルチアは首をふってから、「でも、」と言葉を続ける。

「僕は「陛下」の記憶を持っているの」

「ふぅん?」

 前に立つルチアをじっと眺めたパースは、何か探っているようで目線が居心地悪かった。

「あなたが言う「陛下」って、誰のことなの?」

 ルチアの質問に、パースの頬が引きつる。

「 “無知強欲の女王陛下”ですよ」

 200年前に存在した、この国の初代女王の異名を言う彼を見た。パースの歪んだ口から犬歯がちらりと見え、口にした蔑称を不快に思っていると察した。

「ミジュリス、陛下だっけ…?」

「そうそう、よく知ってますね」

 パースは子どもを褒めるように、偉いですねぇと甘ったるく言った。ルチアはそのなめた口調を気にせず、ただただ驚いていた。「陛下」と呼ばれながらも、あだ名の可能性を捨てずにいた。本物の王族であったことに動揺しながらも、ルチアは情報の整理に努めた。

(200年前に生きていたミジュリス陛下の魂も、引き継いでいたのね…)

 今までルチアが見た記憶は、30を軽く超えていた。それは陛下だけではなく、子供少女老婆のさまざまな人たちの記憶だった。200年という時間をもとに平均寿命をざっと計算する。1人当たり約7年の命だった。

(僕がたくさんの人たちの記憶を持っているのは、国王の追手に次々と殺されたせい…)

 ルチアの中に、短命の魂たちが集まっていたことに改めて気づく。気の毒に思いつつ、自分も同じ運命をたどる気がして気分が落ち込んだ。

 そんな中でふと、疑問が浮かぶ。

(パースは、ミジュリス陛下の知り合いなの…?)

 先程見た記憶がミジュリスのものなら、パースは200才を軽く超えることになる。人の寿命は長くとも100才ほどのため、ルチアは混乱する。

(僕と同じように、姿を変える魔法を使ってる? いえ、それにしても…)

 青年に見える彼は、何者なのか。ルチアが疑問を投げかける前に、彼は口を開いた。

「キミのお名前は?」

「ルチアよ」

「ルチアさん、キミは何者なんです?」

 パースをまとっていた、柔らかい空気が消えた。今ルチアに向ける目は、記憶の中で見た厳しい姿を想起させる。下手にウソを言えば、ダントンのようにボロボロにされるかもしれない。でも、ルチアには危機感はない。近づいてきたら「止まれ」と言えば、彼はその命令を聞くことがわかっていた。

「その言葉、そっくり僕が言いたいんだけどね…」

「先に質問したほうが優先ですよ」

 ふふんと得意げなパースの目の奥底には、変わらず鋭さがあった。その視線に臆さず、厳しい口調で伝える。

「僕は特別な力があるのよ」

 真実は明かせないと思い、そう伝えるとパースは口角を上げた。

「ぼやかして言いますね。陛下…いえ、ゴールドリップの力ってことでしょ」

 決めつけた言葉に、口を開いたまま固まる。こうも簡単に当てられ、この先何を聞かれるのかと一気に不安になる。

「やっぱりかぁ」

 パースは薄いリアクションをしただけで、その緊張感のなさにルチアは肩透かしを食らった。パースの目は、まっすぐにルチアを見つめていた。

「最強の魔力を持つゴールドリップ…そんなの陛下しか、ありえませんからね」

 その言葉には喜びと確信が混ざり、パースは頬をほころばせる。矢継ぎ早に質問をしてきた。

「陛下から力を与えられたんですか? 童歌でありましたよね、「ゴールドリップはナシノビトに魔力を与える」って。あれが本当ってこと? そのおかげでキミは陛下の記憶を読む魔法が使えるとか? それとも、陛下はどこかで生きているんですかね?」

「それは…」

 ルチアは返事をしようとしたが、口を閉じた。友人たちに怪我を負わせるような人物は信頼できない。真実を伝えていいものなのか、決めかねていた。

「ううんと…」

 口ごもっていると、今まで見たこともなかった記憶が次々に浮かぶ。

 鋭い目つきのパースが、いつも隣に立っている。たまに触れる手は優しく、不器用な笑顔でこちらを向く姿が見えた。あふれる記憶たちが、パースを信じろと背中を押している気がした。ルチアは唇をかみしめてから、ゆっくりと言う。

「ゴールドリップは心臓が止まると、ランダムに他の人へ魂を移動するの。今は、僕に彼女たちの記憶も、力も、全部引き継がれているわ」

 パースは驚いた表情をしてから、寂しげにつぶやいた。

「亡くなったのか…」

 その後じっと黙ってから、ぽつぽつと話し出す。

「陛下という言葉の意味を知らない…なのに、ボクを「ケダマ」と呼ぶ。記憶は引き継がれてるけど、それは断片的なものなんですかね?」

 よく今の話で情報を整理したな、と感心しながらルチアはうなずいた。

「あなたといた記憶はあるけど、完璧じゃないわ」

「そっか…」

 パースは目を伏せた。日が傾き始め、西日に照らされたその表情は寂しそうにも見えた。しかし見上げて再び目が合うと、もとの笑顔に戻った。

「ま、良しとしましょう!」

 朗らかに宣言する。

「陛下の魂を引き継いだ方は、ボクの主人です」

 強くまっすぐ光る眼はルチアを捉え、言葉を続ける。

「ボクに命令できるのはキミだけですよ。すべてをかけて守ります。なにかご要望があれば言ってください」

「そんな…」

「再びお会いできて光栄です、陛下」

 戸惑いながらもルチアは、相手が本心を言っているとわかった。パースの口調は力強くて真剣だ。ルチアは少し考えてから、返事をした。

「僕はミジュリス陛下じゃないから、そんなふうに呼ばないで」

「わかりました、それじゃルチアさん」

 これからよろしくお願いします、と挨拶をされるが、ルチアは首を横に振った。

「ダントンとジュナチにあんなことして、今度は主人だなんて言われてもね…」

 ルチアの言葉にボロボロのダントンと涙を流すジュナチを思い返す。苦笑したパースは「そりゃそうか」とつぶやいた。

「じゃあ、もし危険な目にあったら、名前をすぐ呼んでください。飛んできますよ」

 危険なときなんて、追手を放っている今がまさにその最中だった。ルチアは試すように聞いた。

「僕の命が狙われていたら、守ってくれるって言ったわね」

「もちろん」

「反逆罪になるとしても?」

 ゴールドリップを狙うのは国王だ。それに歯向かうなら、どんな理由であれ罪に問われるだろう。ルチアの問いは、敵が王族であることを臭わせた。

「守ります」

 パースは平然と答えた。表情は変わらない。そして、今の言葉から誰が自分の主人を狙っているのか予想をしたようで、

「身分高い人に狙われているなら、今から関係者全員を抹殺でもしましょうか?」

「そんなバカなことしないで!」

 何の解決にもならないうえ、物騒な言葉をパースはへらへらと言う。それに焦って、手を大きく振ってルチアは否定をした。

「………、」

 そのとき、パースは目をぱちくりと開いた。何かを少年から感じ取ったようだ。

「ルチアさん、キミに忠誠を誓います。誰の心臓でも首でも、お望みのものすべてを献上しますから、楽しみにしててください」

 言われた言葉に反応するように、またもルチアの中に「陛下」の記憶が浮かぶ。つまらなそうな表情をしてパースがある言葉を伝える。

 

 ―――あんたに忠誠を誓えばいいんだろ。どんな奴の心臓でも首でも、望みのものすべて献上してやるよ。期待してろ

 

 その言葉に似たことを、たった今、出会ったばかりの少年へ伝えた。彼の表情は柔らかく、ルチアを包み込むようだった。

「だから、いらないからね!」

 ルチアは再度必死に否定して、パースはその様子を見てけらけらと笑った。

 

≪どなたか、いらっしゃいますでしょうかッ?≫

 

 溌剌とした声が島中に響いた。

≪強力な攻撃魔法の反応を感知いたしましたッ。緊急事態と判断し、お伺いした次第です。扉を開けてくださいませ!≫

 その声にルチアはビクリと肩を震わせたが、パースは跪いたまま微動だにしない。それに感心しながら伝える。

「もう自由にしていいわよ」

 付けたすように、

「そうだ。ジュナチにもダントンにも、触らないでね!」

 と言ってから、ルチアは駆けだした。リビングにいるジュナチの方に走っていく。だけど、すぐにへばるその足は遅かった。パースはその様子を観察しながら、音もなく新しい主人のあとをついていく。

 

 

 頭を抱えるジュナチに共感しているのか、キイは混乱したように飛び回っていた。リビングにやってきたルチアの肩に着地しても、キョロキョロと周りを見回している。

「えっとね、今の声は…」

 ジュナチはルチアに言う。来訪者は「カレバ」という王国の宰相だと。

「?」

 キョトンとした顔になれば、ジュナチが早口で話す。

 国王とカレバだけが、サイダルカか住む島の存在を把握している。深いほうれい線に立派な髭、まん丸の大きな目が特徴的な人だ。国への貢献が評価され、王から宰相に任命された。国民からの支持も厚い。

 説明の最後に、真剣な顔で言う。

「カレバさんは勘がいいから隠れて! ルチアを見たら、何か気づかれるかもしれない。作業場にいっぱい浮かんでる扉、覚えてる? あそこから逃げて!」

 遠くにある離れを必死に指さした。

≪お返事がないので、緊急事態と判断いたしました。こちらの魔法道具を破壊しますねッ≫

「???カレバさん、お待たせしました! 入ってください!」

 一族が長い年月をかけて作った魔法道具を壊されるのは勘弁願いたいと、ジュナチは壁に飾られた銀の百合に触れて、叫ぶように返事をした。外との連絡を取る珍しい魔法道具を、ルチアとパースは興味深そうに覗き込んだ。

「お願い、島の扉を開けて!」

 空に向かってジュナチが願いを言えば、島に入るための魔法道具が発動する。

 

 

 宙を浮くカレバの前には、真っ青な海と空が広がっている。その足元には、沖にもかかわらず、流されずに定位置で浮いている丸い浮き輪があった。それが立ち上がり、柔らかく動きながら長身の人が入れるほどの大きさに広がる。木板が下から枠を埋めるように積みあがり、木製のドアが完成した。重厚な作りで、細工も施されている。来賓者を歓迎するためにサイダルカ2代目が作った物だ。

 彼はそれを満足そうに見てから、ドアノブへ手を伸ばした。

 

 

「ルチアは移動して…あ、マント! どこだっけ!?」

 ダントンの治療中にどこかへ放ったマントを、ジュナチが慌てて探そうとする。ルチアは彼女を落ち着かせるために言葉をかけようとしたとき、パースが横入りした。

「あの離れに行けば、ルチアさんは安全なんですね?」

「そう、そうなの」

「それ以外の最善方法は?」

「い、今はない…マントがないよ! どうしよう!」

 しゃがみこんで床に這いつくばるジュナチの返事を聞くや否や、ルチアの腹に腕が回り、がくんと大きく視界が揺れた。ふわりと体が浮く感覚の中でリビングが一気に遠のき、作業場の扉が目前に現れた。後ろからパースののんびりした声がする。

「では、安全な場所にいてくださいね。ボクはジュナチさんとカレバさんの対応をします。あの様子で、あなたのことをしゃべっちゃったら困るんで」

 ジャシュッ、と地面を蹴る音ともにパースの気配はなくなった。振り返っても誰もいない。きっと、今はもうジュナチと一緒にいるのだろう。

「………、」

 さきほど、彼がジュナチを人質に取った時を思い返していた。あれは魔法ではなく、彼の身体能力の結果、一瞬でジュナチを自分の腕の中に引きこんだのだ。

 ただものじゃない動きに驚きながらも、今は構っていられなかった。

「ルチアよ入れて」

 扉にお願いして、彼は急いで作業場へ入った。

 これが、カレバがドアノブに手をかけてドアをまたぐまでの出来事だった。

 

 

 汚れた庭や壊れた屋内を見て、カレバは唸り、ジュナチの横に立つパースを見た。

「貴方は納品者のパースか。まさかこの島に侵入して、ダントン・サイダルカに怪我を負わせるとはね」

「さ、サイダルカ…ですか?」

 パースは珍しく虚を突かれた顔をした。

「知らなかったと? この子の身分をですかッ!?」

 カレバがジュナチを手で指せば、えええ?と戸惑った声を出し、

「サイダルカなんですか?」

 パースが再度確認して、ジュナチはゆっくりとうなずいた。

「まさかサイダルカに会えるなんて…」

 ジュナチを見ながら素直に驚いているパースへ、カレバは眉間にしわを寄せて厳しく聞く。

「何も知らないと言うなら、貴方はこの島にどうやって侵入しましたかッ?」

「えっと…」

 思い返すそぶりをしながら、どこまでを話していいのかパースは考えていた。

「ケンカして頭に血が上ってよく覚えてないんですけど、ダントンを追っていたら、いつの間にかこの島にいて殴りまくってました」

 飄々と答える男の言葉をカレバは信じずに、ジュナチへ向き合った。

「ダントンさんはどこにおりますかッ?」

「あ、あそこで伸びています」

 ソファーで動かないダントンを指さす。乱雑に毛布が掛けられ、ダントンの顔は陰になって見えづらかった。

「お怪我は?」

「うあっと…! 大丈夫です! わ、私もここをちょっと切っちゃって! もうすぐ直ると思うんですけど!」

 ジュナチは、自分の首に巻かれている緑の包帯を必死になって見せた。庭やリビングのすさまじい残骸があるにもかかわらず、すでに怪我が治りきっているダントンとカレバを会わせるのは、まずい気がした。前のめりになり、自分の方に関心を寄せてほしくてアピールを続ける。

「傷が深くなかったということですかッ。こんな大変な被害なのに…幸運でしたね、妙ですがッ」

 カレバはもう一度パースを見る。笑顔の彼から、どんな質問も答えてやるという気合いを感じ取った。それにも大きな違和感を持った。

「パース、貴方を逮捕いたしますッ。マホウビト同士の死闘は犯罪です。なんと国宝具が貴方たちの魔法で動き出しました。どれほど暴れたんですかッ? うむぅ、まだ動いているようだ…」

 カレバは胸元から布にくるまれた何かを、2人に見せないように確認する。そこにはオーブがあった。中で細かいチリのようなものが宙に8の字を描いている。カレバがオーブを見つめている間、パースは顔をしかめた。

「臭い…」

「そんなことはありません、失敬だなッ」

 パースの言葉に気分を害したカレバは、オーブをさっと胸元に仕舞って話を続ける。

「この島への不法侵入、サイダルカの命を狙った罪。こんな大層な犯罪者、早急に丁寧に対応させていただきますッ」

 カレバが言うと同時に氷の拘束具が現れ、パースの腕を後ろ手にして締め付けた。肌へグズグズに刺すような冷たさに、パースは顔をしかめることはない。彼にとってこれくらいの痛みはどうとも思わなかった。

「ふむ…?」

 強い痛みに慣れている彼をやはり妙だと思いながら、カレバは続ける。

「サイダルカに手を出せば、国王の名の下に処分されます。極刑です。今ジュナチさんが許可していただけば、首を落とすことも可能ですがッ?」

「い、いえ! そんなことは望んでいません!!」

 怖い言葉におびえながら、ジュナチはパースを見た。いつも城の中で会っていたときのように、口角を上げて穏やかな表情をしていた。

(連行も処刑も、困る…!)

 彼にはまだまだ聞きたいことがあった。ダントンと2人してオオカミになったこと、「へいか」とルチアへ言った意味、そしてルチアを瞬時に隠すほど庇う理由も。

「うう…」

 この状況をどうすればいいのか考えがまとまらず、ジュナチは頭に手を置いて体を丸める。苦い顔をしている彼女を、カレバはパースに恐怖を感じていると勘違いした。

「ジュナチさん、大丈夫ですッ。もし今後も何かあれば、かならずや私が飛んでまいります。貴方を怖い目には決してあわせませんからね!」

 カレバにウィンクをされながら微笑まれ、ジュナチは困りきった表情でお礼を言うしかなかった。

 

 

つづく…

 

 

 

閲覧ありがとうございました。

次回は12月2日(来月の第1金曜日)の夜に更新します。

よろしくお願いします。

説明
ファンタジー小説シリーズ「魔法道具発明家ジュナチ・サイダルカ」
【最強魔女?ネガティブ発明家?冒険】

1話はこちらから→https://www.tinami.com/view/1092930

挿絵:ぽなQ氏 (https://twitter.com/Monya_PonaQ )
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異世界ファンタジー 魔女 魔法 女主人公 ボーイミーツガール 冒険 恋愛 少年少女 ライトノベル ジュナチサイダルカ 

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