〜薫る空〜47話(洛陽編) |
馬の足音が連続して響き渡る。早く前へ、前へ、前へ。その気持ちを体現しているように、兵達はその歩をさらに早める。眼前に広がる砦。あれを落とすことが今の最も重要な事。抵抗はあるだろう。たとえ呂布という大きな壁がなくとも、その門の堅さは歴史が物語っている。都へと群がる敵を押さえ込む壁が、この山に囲まれた地形の中に、そびえ立っていた。
馬に乗っているとはいえ、これだけの速度を出していれば、乗っている人物にも負担はかかる。その例に漏れず、薫もすでに息が切れ始めていた。
口から吐かれる息が、少し白くなる。それが一定の間隔で生まれては消える。
少し前に戻った意識。そこは、最後に覚えている場所から、遥かに前へと進んだ場所にあった。
以前ならまた混乱していた状況だが、薫はそれを受け入れることが出来た。
意識のない間は、夢を見るはずだったのだが、今回のそれは少し違っていて、真っ暗な深層意識の中で、薫は知った。
そこにあるもうひとつの存在。
表と裏は常に互い違いに存在していて、それらが出会うには、自らの内側でしかありえない。唐突過ぎた初対面は、以前見た夢を思い出させた。
やはり同じように真っ暗な中で、誰かが泣いていた夢を見た。その顔はよく見えなかったが、最後に聞いた声とその気配はまったく同じもので、その姿がまさか自分と同じだとは文字通り夢にも思わなかった。
彼女が見せてくれた思い出は、ほんの数日分のものだった。彼女が許昌で、華琳や一刀達と出会ってからの数日。それは彼女の人生の終わりまでの数日。
その数日のために生きてきた約二年間と、華琳達のために生きた最後の数日間。
そのために暴走した、望まない力。
そして、今度は、彼女自身のほんの少しのわがまま。
でも、そのわがままは、同時に薫自信が望んだことでもある。
彼女の思い出は、同時にすべての物語を教えてくれた。向かうべき終端とその過程。そこから生まれた結果と願望。それらが結び起こした悲しみと命。そして、できるならもう一度という、ひとつのわがまま。
――薫side
あの時、彼女はあたしを知っていた。一刀に関わることのなかったあたしを、外史の記憶として、知っていた。そして、そのあたしの存在が彼女の存在を否定した。彼女が持っていた司馬懿の記憶は、あたしの記憶。
自分の居場所だと思っていたそこには、あたしがいた。
なんで、今更こんなことを教えるのか、理解できなかった。今まで散々勝手に前へ出てきたのに。どうして急に、当然のように、そんな疑問はあたしの中からついて離れなかった。
「お前が私の居場所を奪ったんだ」といわれているようで、ひどく気分が悪かった。だってあたしは知らない。そんなもの、知るはずがない。あんたが誰で、何を知って、何をされて、どうしてここにいるのかなんて、あたしは知らない。
迷惑なのはあたしのほうだ。知れば知るほど、今こうしているのはあんたのせいじゃない。あんたがあたしの中にいるから、あたしは望まない戦なんかに関わって、呉なんかにいって、こうして軍なんか引き連れて。
あたしがいつ軍師になりたいって望んだのよ。勝手な事しないで。一刀が消える?華琳の覇道?そんなの知らない。あたしは春蘭達とは違う。望んでここにいるわけじゃない。一刀みたいに受け入れるような頭は持ってない。
あんたは帰りたいかもしれないけど、あたしはここに住んでいるのよ。居場所があるのよ。あんたはあたしだと言ったけど、違う。
華琳のために生きているあんたと違って、あたしはあたしのために生きてるのよ。
彼女の記憶を知って、気が付けば、あたしはそんなふうに叫んでいた。
今までぐちゃぐちゃにされた不満をすべてぶつけるように、彼女へと向かって。
なのに、彼女があたしに言ったのは一言だけ。
――小さい声で、ごめん、とそれだけだった。
一度言った言葉は戻せない。感情がどんどん昂ぶっていって、気づけばあたしは、彼女の生き方まで、否定していた。反論しない彼女が腹立たしくて、押さえがきかないほどに、頭に血が上っていた。
嫌だった。
自分と同じ姿で、自分の存在を否定するような彼女のやり方が、あたしには理解できないし、したくもなかった。自己犠牲といえば聞こえはいい。けど結局そこに自分が存在しないんだから、あたしは認めたくない。
あたしにこれだけ否定されているのに、彼女はまだ、何も言わない。
間が生まれて、あたしは耐えられずにまた彼女を否定しようとした。けど、その言葉が出る前に、彼女に遮られた。
【カオル】「……だから、手伝ってくれないかな」
笑いながらそう言った。
【薫】「なんで笑ってんのよ」
【カオル】「え…あ、ごめん」
謝りながら、笑顔は直らない。
【カオル】「先生と知り合う前の私とよく似てると思ったら、つい」
【薫】「先生って……あぁ、一刀のこと…ね」
一刀と知り合う前の彼女。つまりは、彼女自身が生まれて間もないころということだろう。
学校というところに入って、一刀と関わっていって、自分の事であたまがいっぱいだった頃から、変わったらしい。
でもだからって、自分が消える運命なんていわれて受け入れられるだろうか。
あたしには無理。
だって、あたしはあんな光景を見せられても信じられていないんだから。
【カオル】「う〜ん、なんて言えばいいのかな…」
【薫】「……」
何を伝えたいのか、彼女はしきりに悩んでいる。
【カオル】「私のアレ、見たよね?」
【薫】「うん」
【カオル】「コレ、もう何かわかってるよね?」
そう言って手のひらを上に向けて、青いような光をだす。
【薫】「うん、外史を形作ってる何か…だっけ」
【カオル】「そうそう、それで、せんせ……一刀がどうなるか、とか、華琳がどうなる〜とか、わかったよね?」
【薫】「まあ、わざわざ見せもらったし」
【カオル】「で、なんか思わない?」
【薫】「……別に。関係ないし」
【カオル】「なんで!?思うでしょ!普通、うわぁかわいそう…とか!助けてあげたい!とか!」
急に詰め寄ってくるカオル。
【薫】「可哀想とはおもったけど、だってあんたここで、覚悟きめちゃってるし」
さっきまで見ていた光を指す。そこには、窓に向かって何か呟いているカオルの姿があった。
【カオル】「え、と…たしかにそうなんだけど…」
【薫】「しかもこの後…」
映像を早送りして、一刀とカオルが寝台の中に入っている場面へと変わった。
【薫】「抱かれてるし……」
【カオル】「わあああああああ!!!!???これはだめええええ!!!」
と、その場面が映った瞬間、顔を真っ赤にしてカオルは光をかき消した。
一瞬の動きなのに、カオルは肩で息をするほど興奮していた。
【カオル】「くっ……もういい!こうなったら、あんたが協力したくなるようにするから!」
【薫】「え、ちょ、ちょっと!」
捨て台詞をはいて、カオルはそのまま消えていった。
【薫】「なんなの……え」
人の人生狂わせた割りには子供っぽい奴とか思っていたら、記憶を共有しているせいか、急に思い出したように、頭の中に浮かび上がってきた。
【薫】「当時●4歳って……まずいでしょ北郷せんせー」
ジト目で散り散りになった光に映る一刀の顔を眺めた。
【薫】「――……消える…かぁ…」
これがあの時のあそこでの出来事。
【桂花】「薫?」
【薫】「え、あ、なに?」
【桂花】「何じゃないわよ、前向いていないと危険よ」
隣を走る桂花の顔が説教するときの顔になっていた。
【薫】「あ、うん。ありがと」
慌てて前を向けば、門前にまで視界は迫っていて、既に城壁へと足をかけている兵もいる。
【桂花】「もう始まっているのだから、油断だけはしないで」
【薫】「うん」
――洛陽
【董卓】「え……」
少女の顔が、何かが崩れ落ちたように、蒼白に変わっていく。
目の前に立つ男によって、突然もたらされた知らせに、深い不安を覚え、膝を折る。
【李儒】「ですから、虎牢関は落ちました。お早くお逃げください」
【董卓】「そんな…」
虎牢関が落ちた。先日の水関に続き、虎牢関までも。賈駆が向かったにも関わらず、その壁は簡単に崩されてしまった。
何度も、その言葉が頭に響いてくる。
虎牢関が落ちたということは連合軍は、この洛陽にまで向かってくるということだ。しかし、董卓―月が心配していたのは、そんな事ではなく、ましてや自分の身でもなく、戦に向かった皆のことだった。
砦が落ちたのだから、つまりは敗北した。戦で負けるという意味を、幼いながらも理解はしている。
無事でいて欲しい。
望みの薄い願いだとしても、思わずにはいられなかった。
【李儒】「ここにいては、貴女の命も危うい。ですから――」
李儒という男は、いつもこうして、董卓を動かそうとする。以前、賈駆が董卓に言っていたことある。李儒の言うことだけは信じるなと。
今こうして、董卓の命を救おうとしているが、それは果たして誰のためだろうか。だが、少なくとも、董卓の為でないことは確かだろう。
男の笑いは、常にそれを示している。悪ぶれもせず、隠そうともせず、その野心に近い何かを、惜しげもなく前に出しているこの男は何のために、董卓を利用するのか。
董卓にそれを理解するだけの力はない。また、理解する気も必要もない。ただその真偽を見極めることが出来れば、それでよかった。
李儒の狙いが何であろうと、董卓のすることに変わりはない。ただ、信を置く者達の帰りを待つこと。
この暗く、堕ちた街でも、彼女達にとっては自分の住むべき場所。そこが居場所なのだから。
だから、董卓は言う。
【董卓】「――逃げません」
【李儒】「な――しかし…!」
詰め寄ろうとする李儒を、董卓は目で制止する。普段の彼女からではありえないほどの意思の強さ。それは、この街の太守になると決めたときと同じ瞳。皆を信じて、送り出したのだから、最期まで待ち続けることが、信頼の証。
――最期まで。
【李儒】「――……わかりました。では、連合は私が迎え撃ちます。董卓様はここに」
一礼し、そう告げた李儒はその部屋をでた。
踵を返した時の表情は、普段の彼とは打って変わって、ひどく不愉快に歪んでいた。
扉の閉まる音と共に、部屋には静寂が戻る。
――かつかつと、窓を叩く何かの音が聞こえた。細かく連続するそれらを確かめる。振り向けば、窓の向こう側が広がり、空は暗い雲に覆われていた。
【董卓】「……雨」
静か過ぎない城内には、ただその雨音だけが響いていた。
――虎牢関
劉備軍、曹操軍によって突撃をかけられた虎牢関は、かなりの抵抗を見せた。攻城では、攻めに必要な兵は守りの三倍といわれているが、実質の兵数差は互いの三分の一程度の差しかなかった。
さらに、虎牢関はほぼ真正面のみの防衛でことが足りてしまう上に、城壁もかなり高い。難攻不落と呼ばれた所以を、両軍の軍師勢はこれでもかというほどに味わっていた。
そして、虎牢関城内。
捕らえられた、華雄、張遼以外の将達がその場に集まっていた。
【賈駆】「そう……霞と華雄は捕まったのね」
【呂布】「……」
呂布は返答に一度だけ頷く。その呂布の代わりとでも言うふうに、下のほうから、
「情けない話なのです」などと声が聞こえてくる。
否定できないことに苦笑いになりながらも、賈駆は、駒の置かれた地図を見る。
篭城戦とはいえ、外の情報はつかんでおかなくては話にならない。物見の報告では、曹操が前線にまで上がり、劉備と同時攻撃を仕掛けているらしい。相変わらず孫策、馬騰の軍は動きを見せない。後ろにいる袁術、袁紹、公孫賛も、ほぼこの攻めには加わっていない。前回の事もあって、特に公孫賛には気を配っているのだが、今回はほとんど動きはないようだ。
【賈駆】「…………」
―このまま門前で敵をなぎ払っていれば、いずれ決着はつく。けれど、それが出来るだろうか。あの連合軍相手に。
【賈駆】「違うわね。やらないといけないんだわ」
―そうだ。城内に篭れば、またこちらに分がある。兵数差なんて、まだ取り戻せるくらい。とにかくこの戦に勝つことが先決だ。霞と華雄を取り戻して、早く月の元に帰らないと。
小さな決意だが、それは前を向くには十分な理由になった。
【賈駆】「……将が減ってから、篭城策を使うなんて、皮肉もいいところね」
自嘲する賈駆の顔は相変わらず曇ったままだった。
あとがき
ちょっと短かったかなとか思いつつ、あんまり更新しないのもアレなので、投稿しました。(´・ω・`)
それとなーくお話の核心に近づいていってます。
にしても進行ペース遅いや( ´゚д゚`)
説明 | ||
47話。 薫が見たものと洛陽の様子。 ちなみに時間軸はあってますので、おかしく感じた方は次回までお待ちくださいorz |
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コメント | ||
月どないなるん?(杉崎 鍵) ブックマン様:ほんと、やばいほどいい子です(、、 嫁にほs(ry(和兎) スターダスト様:わざわざありがとうございますw 作者はプロット無視して書いていって強引に引き戻すように書く癖があるので・・・w(和兎) 月がけなげですね。(ブックマン) 前作全話読んで来ました〜いや〜まさかあんな秘密があったとわ〜でも読んだら読んだで予測が付かないね〜この話(スターダスト) フィル様:オリキャラの割りにすっかり影が薄くなってますが、当面の薫の敵ですので、盛り上げてくれるようにがんばりますw(和兎) PANDORA様:物語の中心ですからねぇ。どうなることやら(´・ω・`)(和兎) スターダスト様:一人称に注目していただければわかりますb(和兎) jackry様:月はいいですb(和兎) BLUE様:月はいい子ですよねぇ〜(和兎) 一応前作の最初のあたりを数話読みましたが〜伏兵に攻撃の指揮をしてたのってどっちの薫なのか分からない・・・前作、読んだらコメントしますんで(スターダスト) 月の思いとは裏腹に、李儒が一体何を企んでいるのかが怖いですねw(フィル) 月も頑固なのが、健気だね〜〜〜。(青二 葵) 薫が真実を知った今・・どう動くかが楽しみです!!(PANDORA) ジョージ様:それであってます(`・ω・´) さすがに複雑な状態なので伝わりにくいですよねwもうしわけないorz(和兎) 更新待ってました〜♪ 相変わらずオモロー(もう古い?)ですなぁ。 え〜と、薫の中に『前の外史の記憶』と『今の外史の記憶』が混在あいている、的な感じであってます?(峠崎丈二) |
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