リトル ラブ ギフト 第1回【出発だ!めざすは愛の星 地球】
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         1993年3月6日

 

 

宇宙の彼方から二人の男女が地球に降り立った。

 

 

人の愛を知らない彼らは自らの生存のため地球人に襲いかかった。

 

しかし地球の守護者セーラー戦士との戦いの末、過ちに気づいた彼らは

 

平和な新天地を求めて再び宇宙へ旅立っていったのだった。

 

 

         あれから30年・・・・・・

 

 

宇宙のどこかにある、名も無い惑星。

そこは温暖な気候、青い海、多種多様な植物が

大地に根ざす、小さいながらも自然豊かな星である。

 

この星で、新しい命が生まれようとしていた。

 

星の大地の片隅に、一際巨大な植物があった。

その植物は大地と海に大きく太い根を何本も張り巡らせている。

上部には巨大なキノコの傘のようなものを有し

大小何本もの枝やツルが生えた幹の中心は、淡い輝きを放っていた。

 

地球人の目からすれば、奇怪としか言いようのない外見を持つ巨大樹木。

その樹木を根元で佇み見上げている二人の男女がいた。

彼らの容姿は、地球の人間とかなり酷似している。

髪の毛と肌の色、耳の形、そして身に纏ったコスチュームが

地球人のそれとは明らかに異質である事を除けば……。

そう、彼らはエイリアンなのである。

そしてこの巨大植物【魔界樹】の管理者でもあった。

 

魔界樹を見つめる二人の表情は静かだが、その瞳は希望の輝きで満ちている。

 

「いよいよ……いよいよだぞ、アン」

 

「えぇ……わたくし達、この瞬間をどれだけ待ちわびたことか」

 

二人の視線の先にあるのは、魔界樹の幹から生える枝の先端についた大きなサヤ。

サヤは心臓が鼓動するように静かに、しかし力強く胎動している。

やがて何度か繰り返された胎動が止まると、サヤの口がゆっくりと割れ開いた。

 

それを見届けた男女は宙に浮きあがり、サヤの元へ駆け寄る。

開かれたサヤの中を覗くと、そこには・・・・・・

 

「生まれた! 生まれましたわ! これがわたくし達の……」

 

「あぁ! 新しい家族! 我々の兄弟だ!!」

 

サヤの中では小さな双子が眠っていた。

その姿はサヤを覗く二人の男女…【エイル】と【アン】と瓜二つである。

静かな寝息をたてていた双子はやがて、ゆっくりと目を開いた。

 

 

それから数年の歳月が流れた、ある日・・・・・・

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魔界樹の根元に4人の人物がいる。

エイルとアン、そして数年前魔界樹から生まれた双子の姉弟である。

 

これからこの幼い姉弟は兄、そして姉と慕うエイル達に見送られ

星を発とうとしているところだ。

とは言っても別に永遠の旅立ちという訳ではない。

かつてエイル達が世話になった地球という星に暮らす友人の元へ

使いに出されるという名目である。

 

エイルが双子の姉の方の頭を優しくなでながら言った。

 

「ナツミ、セイジューロー。

 大変だと思うがよろしく頼むぞ」

 

「任せといてエイルお兄ちゃん!

 これくらいのおつかい、どってことないよ!」

 

【ナツミ】と呼ばれたエイリアンの少女は笑顔でそう答えた。

地球人の年齢にすればおよそ7、8歳くらいの幼さだが、

パッチリした特徴的な瞳は自信に溢れている。

自分が兄達から頼られている事がよほど嬉しく誇らしいのだろう。

そんなナツミに手を引かれているのは

【セイジューロー】という名のエイリアンの少年。

ナツミとは対照的に、どこか憂鬱そうである。

お使いに対して消極的な態度の弟に、姉のナツミが発破をかける。

 

「ほらぁセイジューロー。そんなビクビクしないで!

 あたしも一緒だから心配ないって」

 

「……でもやっぱり怖いよ、ナツミお姉ちゃん。

 その人達って昔お兄ちゃん達をやっつけようとしたんでしょ?」

 

セイジューローは事前にエイル達から聞かされていた地球での話を思い返していた。

これから会いに行く人物が、かつては兄達と敵対していたという事実。

それは性格が小心者な彼にとって、けっして無視できない大きな不安材料なのだ。

 

セイジューローの不安に対し、エイルは顎に手を当て少し考えた後こう答えた。

 

「やっつけようと……か。それはちょっと違うなセイジューロー。

 彼女達は自分の大切なものを守ろうとしたんだ。

 あの頃の我々は欲しい物は力で奪わねば手に入らないと固く信じ、

 彼女達が最も大切にしたもの、『愛』をも奪い取ろうとした。

 ……だから衝突することになったのだ」

 

アンも微笑みながら語りはじめた。

 

「でもわたくし達は真実の愛を知り、彼女達とも分かり合うことができた……。

 つまり最後の最後で本当のお友達になれたんですの。

 ですから二人がわたくし達の家族である事を知れば、

 きっと温かく迎えてくれますわ」

 

それを聞いて少しは安心したのかセイジューローがホッとため息をつく。

ナツミはうんうんと頷いている。

 

「アンお姉ちゃん達の話を聞く限りだと、とってもいい人達そうだもんね。

 あたしもエイルお兄ちゃんが好きになったっていう

 うさぎさんって人に会ってみたい!

 やっぱりアンお姉ちゃんよりもキレイなのかなぁ〜?」

 

ナツミがアンを横目に見ながらいたずらっぽく言う。

次の瞬間、アンは素早くナツミの目の前に移動してしゃがみこむと

ナツミの両頬をギュウ〜ッと引っ張りあげた。

 

「ナァ〜ツゥ〜ミィ〜? ひ・と・こ・と・よ・け・い……ですわよぉ〜♪」

 

顔は笑っているが声は妙にドスが効いている。

 

「ご、ごめんなひゃ〜いおねえちゃん……」

 

本気でなく戯れとは解りつつも頬の痛みとアンが放つ圧に

たまらずナツミは涙目で謝った。そんな二人のやり取りを

エイルとセイジューローは口元を引きつらせながら遠巻きに見ていた。

 

「え、えっと……ア、アンお姉ちゃんが好きになった衛さまって

 どんな人なんだっけ?」

 

若干怯えながらも、笑顔を作りながらセイジューローが尋ねる。

するとナツミの頬から手を離したアンがウットリした様子で話しはじめた。

 

「衛さま……あの方は本当に素晴らしい殿方でしたわ?

 御顔立ちが凛々しいのはもちろん、異邦人のわたくしにも

 優しく接してくださった紳士な御方ですわ ……」

 

かつての想い人に胸をときめかす表情から一転、ふぅっとため息をついたかと思うと

 

「今頃は月野さんと家庭を築いて子宝にも恵まれてるのかしら――?」

 

遠くの空を見つめながらうつろな笑みを浮かべた。

彼女の様子の変化にセイジューローは戸惑う。

 

「お姉ちゃん、急に寂しそうになった……」

 

「アンは本気で彼に憧れていたからな。私ももちろんうさぎさんに対して……

 コホン。 確かに、今思えば衛さんは私なんかよりも

 ずっと立派な紳士だったな……」

 

「月野さんも、わたくしと違って愛に満ち溢れた素晴らしい淑女でしたわ……」

 

エイルとアンの脳裏には、憎悪に狂う自分達の攻撃から

お互いの身をかばい合うセーラームーンと地場衛の姿が

まるで昨日の出来事のようにフラッシュバックしていた。

 

なにやら感慨にふけっている二人にピンとこないナツミとセイジューローは

呆けた視線を彼らに向けている。

 

「おっと、思い出に浸ってしまったな」

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子ども達の視線に気づいたエイルは

再びコホンと咳払いすると彼らに向き直り

お使いの内容を再確認する。

 

「では二人とも改めて頼むが、地球の十番町という所へ行き

 そこで暮らしているはずのうさぎさんに会って、それを渡してきてほしい」

 

エイルは事前にナツミに渡しておいた手のひらサイズの巾着袋を指さした。

黄緑色の袋の口は紐で固く閉められており

紐の両端にはそれぞれ水色とピンクの小さい玉が付いている。

 

「ねぇ、これって中身はなんなの?」

 

「それは秘密だ」

 

口元に人差し指を立てながらエイルが言う。

しかしそう言われると余計気になってしまうのが子ども心というものだ。

 

「えぇ〜?  なんで!」

 

ナツミが当然の疑問を口にするとアンが

 

「持っていってのお楽しみ――という事ですわ。

 とりあえず言える事は、それはわたくし達から月野さん達への

 友情のメッセージ、愛の贈り物ですわね」

 

愛の贈り物・・・・・・

よほど喜ばれる物が入っているのだろうか?

それでこんな小さな袋に収まる物とは一体……?

まじまじと手のひらの上に置かれた袋を見つめるナツミ。

この口紐を解いてみたくてたまらない。

 

「言っておきますけど、勝手に中を開けたりしてはなりませんことよ?」

 

心を見透かされたような事を言われ

ナツミはあわてて取り繕いながら袋を懐にしまった。

 

「わ、わかってるって! ところでさぁ」

 

「……どうしてお兄ちゃん達は来ないの?

 どうしてぼく達が行かなきゃダメなの?」

 

頭に浮かんだある疑問を口にしようとしたナツミより先に、

セイジューローが不安と不満が入り混じった表情で二人に質問する。

 

「もぉ! セイジューロー、あたしが質問しようとしてたのにぃ〜」

 

言葉をさえぎられてダダをこねるナツミをよそに、

セイジューローの肩に優しく手を置きながら

優しく言い聞かせるようにアンが語りかけた。

 

「ごめんなさいねセイジューロー。でもわたくし達まで

 魔界樹から離れる訳にはいきませんの」

 

あなた達だけを行かせるのは正直心苦しい。

その思いがアンの顔には如実に浮かび上がっている。

そしてこちらも申し訳ないという表情を浮かべながらエイルが続けた。

 

「魔界樹も生命を産み出すまでに成長したとはいえ、まだまだ樹木としては幼い。

 万が一目を離した間に、枯れたり病気になればそれこそ一大事だ。

 常に我々の誰かが『愛のエナジー』を注いでやり、見守らねばならないのだ」

 

「それにわたくし達の種族は、魔界樹が与えてくれるエナジーがなければ

 生きていく事ができない…だからこの場を離れる事ができないのよ」

 

魔界樹のエナジーがなければ生きていけない・・・・・・

それこそがナツミの頭に浮かんだ疑問なのだ。

 

「うん、そうだよね? あたし今それを聞こうとしたの。

 じゃあ魔界樹からしばらく離れるあたし達はどうすればいいの?」

 

「うむ、その事についてなんだが――」

 

それを疑問に思うのは当然であると

わかっていたかのような反応をエイルが返した、その時。

 

 

『心配はいらない』

 

 

謎の声が響いた。

ナツミとセイジューローは突然の事に驚き、辺りを見回している。

一方のエイルとアンは落ち着きはらっていた。

むしろこの展開を事前に知っていた様子だ。エイルがつぶやく。

 

「魔界樹」

 

「「えぇ!?」」

 

ナツミ達が驚愕の声を上げた。

謎の声の主が、自分達の目の前に佇むこの魔界樹だというのか……?

 

『驚くのも無理はない。こうしてお前達二人に

 テレパシーを送るのは、これが初めてなのだからな……』

 

軽く混乱しているナツミ達をアンが諭した。

 

「落ち着きなさい二人とも。前あなた達にもお話したでしょ?

 魔界樹は普通の植物とは違う、強い超能力と慈愛の心を持つ

 知的生命体でもあるって」

 

ナツミ達はハッと我に返り、そして思い出す。

今まで自分達は魔界樹から贈られるエナジーを糧に生きてきた。

だがそのエナジーを受け取る瞬間、必ず心の中に不思議な感覚があったのだ。

絶対的な安らぎ、優しい母親に抱かれたような温もりをいつも感じていた。

 

『ナツミ。セイジューロー。

 私は今までお前達二人の成長をエイル、アンとともに見守ってきたのだ。

 お前達が私の内より生まれ出でた時、私はとても嬉しかったぞ。

 この世に生を受けてくれてありがとう。私のかわいい子ども達……』

 

実を言うと、自分達が魔界樹から生まれた事実をエイル達に教えられても

ナツミ達はほとんど実感が湧かなかった。物心つく前から

魔界樹はそこに存在していたしそれが当たり前と心の中で思っていた。

何より自分が植物から生まれた事が内心信じられなかったのだ。

自分達には兄弟はいるのに親らしき人物がどこにもいないのは何故なんだろうと、

不思議で寂しい疑問を抱いた事もあった。

だけど今確信した。自分達のすぐ側にいつでも母親がいてくれたのだと。

 

二人は魔界樹の言葉から確かに親の愛を感じ取った。

 

「魔界樹……お母さん!

 ごめんなさい、今まで何も知らなくて」

 

セイジューローは目に涙を浮かべている。

母親の愛を知った喜びと、蔑ろにしてきた申し訳ない気持ちが

入り混じっているのである。

 

『気にするな。わかってくれればそれでいいのだから』

 

「あたし達の方こそありがとうって言わせて!

 お母さんの子どもに生まれてよかったって今なら思うよ。

 これからはお母さんの事、もっと大切にするね!」

 

『その「愛」をもらえるだけでも私は幸せだ。本当にありがとう』

 

ナツミの感謝の言葉を受け取り一間置いた後、魔界樹が再び話し始めた。

 

『さて、地球へ使いに行ってもらうにあたって

 お前達二人に渡しておかなければならないものがある。

 私がお前達に与えるエナジーに関するものだ』

 

突然魔界樹の幹が脈打ちながら大きな輝きを放ちはじめた。

驚くナツミに魔界樹がテレパシーを送る。

 

『ナツミ、手をかざしなさい』

 

「えっ? ……こう?」

 

ナツミは恐る恐る両手を上に伸ばす。

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魔界樹の幹の光が収束して小さくなっていく。

小さな光は魔界樹の内部を移動するように動き出し、

幹の上部にある一点のくぼみのところで止まった。

光がさらに小さくなりやがて消えたと思った次の瞬間、

くぼみの穴からポンッ! と音を立てて何かが勢いよく飛び出した。

 

エイル達も含めた4人が一瞬ビクッと驚くが

ナツミは両手を構えたまま、落ちてきた物体をその手に受け止める。

自分の手の上を見ると、そこにあったのはピンポン玉くらいの大きさの

硬そうな殻に覆われた木の実のような物体だった。

 

「これって、魔界樹の……種?」

 

呆気にとられていると不意に種がプルプルと震えだし表面にヒビが入った。

何事かと思うのもつかの間、ヒビの間から細長いものがぐぃーんと伸び出し

種はその衝撃でまるで卵のごとく真っ二つに割れた。

割れた種の中から出てきたのは、手足の無い緑色の楕円形ボディ、

天頂部から植物の新芽を生やし、なぜかおしゃぶりをつけた

するどい目つきの奇怪な生命体だった。

 

「ジュー! はじメ〜まして、でし!」

 

「うわ! しゃべったぁ!?」

 

手の上にいる未知の生物から普通に挨拶をされ狼狽えるナツミ。

セイジューローはもちろんだがエイルとアンも引いている。

ナツミはこの生き物となんとかコミュニケーションをはかろうと試みた。

 

「え〜、え〜っとは、はじめまして! あ、あたしの名前はナツミ。

 あのぉ……あ、あなたは一体?」

 

『それは【魔界樹ベビー】。私の今持っている記憶、知識、

 能力をコピーした私の分身のような存在だ』

 

当人に代わって魔界樹が答える。

それを聞いて驚きの声を上げたのはエイルとアンだった。

 

「魔界樹の分身……!?」

 

「こ、こんなちんちくりんの変なのがぁ〜? っは」

 

これは失言ととっさに口に手をやるアンだったが時すでに遅し。

身体を伸び縮みさせながらナツミの手の上で抗議する魔界樹ベビー。

 

「ジュ〜!! ちんちくりんで変とはなんでしか!」

 

『こう見えて頼りにはなるぞ。

 とりあえずわからない事があれば、ベビーに尋ねてみるとよかろう。

 お前達が生きるのに必要なエナジーも供給してくれるぞ。

 身体が小さい分、一度の供給量は少ないがどうか我慢しておくれ』

 

エイル達はナツミ達のエナジー供給問題に関して

魔界樹がすでに対策を考えているらしい事は聞かされていた。

しかしこのような謎生物の誕生は全く予想していなかったのだった。

はたして本当に大丈夫なのだろうかと二人の頭を不安がよぎる。

 

「まっそういう事でし。これからよろしくメ、ナツミ、セイジューロー。

 アテシのことはベビーとでも呼んでくれでし」

 

「よ、よろしく、ベビー」

 

「お母さんの分身かぁ……なら不気味がる事なんてないんだね、よかった!」

 

セイジューローはまだ若干動揺しているが、ナツミは正体がわかり安心したのか

先ほどとはうって変わった様子で魔界樹ベビーを自分の肩の上に乗せた。

 

『それを私と思って一緒に地球へ向かってくれ。

 ベビーも私と同じように、生きるにはお前達の「愛」が必要だ。

 その子にも二人の愛を注いでやってほしい。

 我が分身よ、子ども達のことくれぐれもよろしくな』

 

「りょーかいでし! 二人のお守りは任せてほしいでし!」

 

エイル達にお使いを頼まれたナツミのように、ベビーもまた

自信に満ちた様子で魔界樹の頼みを引き受ける。

そんなベビーを横目に見ながら「このコなんとなく自分と似てるかも」と

親近感を覚えるナツミであった。

 

これでいよいよ出発できる……と思った矢先

ハッと何かを思い出したエイルが声を上げた。

 

「そうだ! セイジューロー、お前にはこれを預けておこう」

 

そう言いながらエイルが渡してきたものを見てセイジューローは驚く。

それは普段エイルが愛用しているフルートと

魔物【カーディアン】が封じられたカードだった。

かつては何枚も存在したカーディアンのカードだったが、

そのほとんどがセーラー戦士との戦いで失われてしまい

今手元に残っているのはこの最後の一枚のみとなっていた。

 

「これは……! お兄ちゃんどうしてぼくにこれを?」

 

「カーディアンは最早、私とアンには不要なもの。

 ならば最後まで使われず残ったこのカーディアンは、

 せめてお前達のお守りとして持たせようと思ってな」

 

セイジューローはフルートとカードを交互に見つめている。

その目は戸惑いつつも小さな好奇心を宿していた。

 

「私の見よう見真似から始まった笛の演奏も、なかなかに上達した。

 お前の腕ならカーディアンを召喚させる事だってできるだろう」

 

セイジューローはフルートで美しい音色を奏でるエイルに

幼いながら強い感銘を受けていた。自分も笛を演奏してみたいと思った彼は

エイルに頼んで何度もフルートを貸してもらい、エイル直々の指南も

受けながら徐々に演奏の腕前をあげていったのだった。

 

尊敬する兄であり笛の師でもあるエイルから太鼓判を押され

一瞬素直な笑みを浮かべたセイジューローだったがその顔色はすぐ不安に変わった。

 

「で、でも……ぼくの言う事聞いてくれるかなぁ?」

 

うまく召喚できたとしても、こちらに牙をむいてこないかもわからない。

カーディアン自体セイジューローにとっては得体の知れない生き物なのだ。

不安がる彼にアンが優しく声をかける。

 

「確かに主の命令を無視する、困ったちゃんなカーディアンもいましたわね。

 でも心根の優しいセイジューローなら、この子(カーディアン)も

 素直に従ってくれるはずよ。 大丈夫! きっとあなたの

 心強いボディーガードになってくれますわ」

 

 

「お姉ちゃん、あたしは?」

 

アンの言うボディガードの対象に自分が入っていない事にひっかかり

ナツミが文句をつける。するとアンはわざとらしく視線をはずし

 

「……さぁ〜どうかしら〜。まぁさっきのわたくしに対するおナマな態度でいては

 いざという時ナツミのことは守ってくれないかもしれませんわねぇ〜?」

 

「ぶーっ! お姉ちゃんのイジワル〜ッ!」

 

「おーっほほほほほほ!」

 

高飛車笑いで挑発するアンの腰元をふくれっ面でポカポカこづくナツミ。

さきほどとは少し違うゆるいじゃれあいを、

エイルやセイジューロー、ベビーは微笑ましく眺めていた。

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すべての支度が整い、いよいよ出発の時が訪れた。

 

『ナツミ、セイジューロー、ベビー。

 お前達が無事にお使いを成し遂げ、ここへ帰ってくる事を祈っているぞ』

 

「うさぎさん達によろしくな」

 

「もちろん衛さまにもね」

 

「はーい!」

 

「い、行ってきます……」

 

魔界樹、エイル、アンからの見送る言葉。

それを聞いて兄達と離れ離れになる事を実感し

セイジューローの心は曇り、大きく揺れる。

一方ナツミは平気らしく、元気に返事をした。

 

「地球への移動はアテシに任せるでし!

 まずは一度この星の大気圏外、いや宇宙まで上昇するでし。

 二人とも、アテシから離れちゃだメでしよ」

 

そう言いながらベビーはナツミの肩からぴょんと飛び降り

ナツミとセイジューローの間に跳ねて移動すると、

目をつむりながら何かを念じるようにリキみはじめる。

するとベビーを中心に淡い光の結界のようなものが展開され、

ベビーの側で立っていた二人も結界に包まれた。

セイジューローは驚いた表情で光の壁に手を当てている。

同様に光の壁に手を当てながらナツミが言った。

 

「これってエナジーのフィールド?」

 

「そうでし。このフィールドの中にいれば

 真空の宇宙に飛び出しても平気なんでし。

 ……それじゃあ、出発でしっ!」

 

ベビーが号令を出すと、光のフィールドは三人を包んだまま

ゆっくりと宙に浮きはじめた。

そのまま上昇を続けてみるみる地上から離れていく。

 

「きっと帰ってくるんですのよぉー!」

 

「気をつけてなぁー! 私たちはいつまでも

 お前達の帰りを待ってるぞー!」

 

エイルとアンが手を振りながら大声を上げて見送っている。

空から見下ろすその光景に、セイジューローはたまらず泣きだしそうになった。

ナツミも多少寂しさを感じながらも、エイルの言葉に首をかしげる。

 

「いつまでも……? なんだか大げさだなぁお兄ちゃん達ってば」

 

「アンお姉ちゃん、エイルお兄ちゃん……」

 

「それじゃあ地球までお使いにいってきまぁーす!

 もしお土産あったら、持って帰ってくるねー!」

 

ナツミは地上の二人に向かって元気な大声で叫んだ。

地上と空中。互いに見つめ合うエイルとアン、ナツミとセイジューロー。

 

天を見上げ手を振っているエイルとアンの姿も、

地上に鎮座する巨大な魔界樹もどんどん遠ざかり小さくなっていく。

そしてエイル達の目にも、幼い妹達を包んだ光は

遠ざかって小さくなっていき、やがて空の彼方に消えていった。

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「うわぁ〜! あたし達の住んでる星って

 こんな感じだったんだぁ!」

 

「全体的に青くて所々緑色で……きれいな星だね」

 

宇宙空間に飛び出したナツミとセイジューローは

故郷の全貌をはじめて目にした。

自分達はこんなにも美しい場所で生まれ育ったんだなと

なんだか誇らしくなり、心が高揚する。

二人の視線は反対側に広がる銀河にも向けられた。

特にナツミはそれこそ星のごとく瞳を輝かせている。

 

「そしてこれが宇宙!

 向こうにいっぱいきらきらが見えるよ!

 あのきらきらがお星さまなの?」

 

「そう。あの光ひとつひとつが、生命の輝きなのでし。

 星はみーんな生きているんでし……。

 

 さて、いよいよ地球に向けて出発するでしよ!

 これからアテシの最大最高の超能力、

 《亜光速ワープ》を使うでし!」

 

聞きなれない単語にナツミが顔をポカンとさせる。

 

「あこーそく? なにそれ?」

 

 

「めっ ちゃくちゃ なっ がぁあ〜〜い距離を

 

 むっ ちゃくちゃ はっ やぁあ〜〜いスピードで

 

 すぅ〜〜っ とんでいくんでしっ!」

 

 

「おぉ〜! とにかくなんかすごいって感じ!」

 

頭の悪そうな抽象的説明でまくしたてるベビーの勢いに

結局よくわからないながらも納得するナツミであった。

 

「あっそうそう、二人は楽にしてくれて大丈夫でしよ。

 アテシのエナジーフィールドの中にいる限り超加速の圧力も

 感じないし、外に振り落とされるなんてアクシデントもなく安全でし。

 だから安心してゆったりしてるといいでしぞ」

 

「ふぇ〜、 こういうのなんて言うんだっけ?

 アンお姉ちゃんから教えてもらった地球の言葉にあったような……

 思い出した! 《イタ飯・佃煮》だ!」

 

「お、お姉ちゃんそれを言うなら《至れり尽くせり》じゃ……?」

 

「……そうとも言うわね」

 

弟にツッコミを入れられ赤面するナツミ。

ベビーが笑いながら言った。

 

「ジュジュ〜、間違えても言葉の勉強してるのはエライでし。

 

 ……それじゃあいくでしよ!

 地球に向けてしゅっぱぁあ〜っつ!

 

 亜光速ワープ、開始っ!!」

 

   ギュワァンッ!!!

 

ベビーが叫んだ次の瞬間にはもうそこに

ナツミ達の姿はなくなっていた。

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「……行ってしまったな」

 

妹達が地球へ向かった事を確認し、エイルはつぶやいた。

ふと横を見るとアンが目を閉じて悲しげにうつむいている。

 

「寂しいわ……わたくし。次にあの子たちの

 顔を見られるのはいつになるのか」

 

エイルはアンの肩にそっと手を置く。

 

「私も同じ気持ちだよアン。長い時間のはじまりだからな。

 ……もっとも、そう感じるのは見送った我々だけであって

 当の彼らは本当に単なるお使いとしか感じないだろうがな……」

 

《次に顔を見られるのはいつ》 《長い時間のはじまり》

そしてエイルがナツミ達を見送る時に発した《いつまでも帰りを待っている》

これらの言葉が意味することは――?

 

少し無言の間が空いた後、アンがふっと顔を上げ空を見上げる。

 

「……それにしてもお土産ですって。

 観光旅行に行くんじゃないんですのよ まったく。

 ナツミったら、すっかりお転婆さんに育ってしまいましたわねぇ」

 

呆れながらも笑みを浮かべながらそうつぶやいた。

聞いて相づちをうちつつ含み笑いをするエイル。

 

「そうだな。しかしお転婆なところはアンに似たと思うぞ?」

 

「ま! エイルったら! わたくしは気高くおしとやかな

 クールビューティーで通ってるのよッ」

 

「フフフ、よく言うな……セイジューローの方は少々甘えん坊で

 気が小さいところが心配だな。穏やかな気質なのはいい事だが」

 

「そうね、あなたみたいにもっと凛々しく堂々とした

 男の子になってもよろしいのに。

 平気で月野さんに浮気してたあの頃のエイルのように……ネ?」

 

「お、おいアン!」

 

「おほほほ! ……」

 

二人の談笑がふと途切れた。

口を閉ざし遠くの空を彼らは見つめる。

空は夕闇に包まれはじめ、この星の夜を迎えようとしていた。

やがてエイルが口を開く。

 

「あの頃……か」

 

「あれからもう……どれくらいの時が経ったのかしら?」

 

「そうだな……うさぎさん達に見送られ地球を去ってから……

 およそ、《30年》ほどだろうか」

 

夕やけの空を見つめながら二人は

セーラームーン達と別れてから今日までの日々を思い返していた。

 

「30年……長いようで、あっという間ですわね」

 

アンは後ろへふり返ると、魔界樹にゆっくり歩み寄りそっと手で触れた。

魔界樹の鼓動、命の息吹を感じる。

 

「あんなに小さい芽だった魔界樹が、こんなに早く大きく育って……

 きっとこれもわたくしとエイルの愛の成せる業ですわよね」

 

「あぁ、その通りだ。私達の純粋な愛のエナジーが魔界樹の成長を

 強く促し、そしてナツミ達を授かるまでになってくれたのだ」

 

「うふふ! こんなに嬉しいことはありませんわ!」

 

アンはふり向きざまに無垢な笑顔でエイルの胸に飛び込んだ。

エイルも微笑みながら彼女を受け止め、抱き合った二人は

勢いのままその場で一回転する。幸せそうに笑い合う二人。

やがて再び遠くの空を見上げた。

次に彼らが思い返すのは地球での日々だった。

 

「地球……短い間ではあったが、

 あの星では色んな思い出ができたものだな」

 

「月野さん達とお花見に行ったり、

 バーチャルリアリティゲームという娯楽に興じたり、

 学校で居残りの補習をさせられたり――

 火野さんの学園祭で、変な格好で舞台にあげられたこともありましたわね」

 

本来彼らにとって地球での生活は、明日へ命を繋ぐための

過酷なサバイバルであった。一方で様々な人間との交流が生まれ、

自分達が知らない文化にも多く触れることになった。

こうした体験が二人が人の愛を知り、真に人間らしい心を

取り戻すに至るための重要な資産になったのかもしれない。

今や二人にとっても、十番町でうさぎや衛達と過ごした日々は

忘れえぬ大切な青春の記憶となっていたのである。

 

「あっ、舞台といえば衛さま達と白雪姫のお芝居を練習しましたわ!

 ……お芝居そのものはダメになってしまいましたけど」

 

「あの時は悪いことをしたな……アン」

 

エイルは自分が放ったカーディアンによって舞台を台無しにしてしまい

アンを泣かせてしまった事を思い出した。

30年越しのエイルからの謝罪に対し、アンは微笑みながら首を横に振った。

 

「いえ、もういいんですの。あの時のわたくしはあまりにも自分勝手で

 よこしまな女。因果応報だったのですわ」

 

あの時、自分が泣いて悔しがったのはお芝居が中止になったからではなく、

ただ衛さまとキスができなかったからというつまらない理由だ。

自分で用意した配役決めのくじ引きで不正までして。

練習でも月野さん達をさんざん振りまわしてしまい申し訳なかった、と

今ではアンもそう思えるようになっていた。

 

思い出話に花が咲き、二人は同時に感嘆のため息をつく。

 

「こうして昔を懐かしむ感情を、穏やかな心を我々が持つ事ができたのも、

 全てはうさぎさん達……セーラームーン達と出会ったおかげだな」

 

「ええ。もしあの時地球に行かず、月野さん達と出会わなければ

 今頃わたくし達はもっと醜い心の持ち主に――いえ、

 それどころか、魔界樹も失ってこの世には存在していなかったでしょうね……」

 

エイルとアンは改めて自分達が辿ってきた運命に思いを馳せた。

かつて魔界樹から聞かされた自分達のルーツが頭をよぎる。

 

「かつて――我らの祖先は強欲に駆られ、滅びの道を辿っていった。

 祖先の過ちを繰り返そうとしていた私達を諫め、救い出してくれた

 セーラームーン、セーラー戦士……」

 

二人が見上げる夜空の先に、小さくも強い輝きを放つ二つの星が見えた。

 

「あの時、救ってもらった30年前の恩を今こそ彼女達に返す。

 それを我々はあの二人に……ナツミとセイジューローに託した」

 

「きっと大丈夫。あの子達ならわたくし達の想いを伝えてくれますわ」

 

エイルとアンは肩を寄せ合いながら、最愛の妹と弟の無事を祈った。

 

……しかし、二人は知る由もなかった。

平和なはずの地球で、自分達の因縁と関わる事件に

彼らが巻き込まれてしまうことになるのを……

 

               【つづく】

説明
※第2回(次の話)→ https://www.tinami.com/view/1123441
エイルとアン、30周年本当におめでとうございます。
彼らならびに魔界樹編への想いの結晶を今ここに捧げます。
エイルとアン生誕30周年記念連続小説(?)作品、その第1回でございます。
拙い文章かもしれませんが何卒ご容赦ください。

※作者の半オリジナルキャラや独自設定等の要素があります。
 苦手な方はご注意ください。
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美少女戦士セーラームーン エイルとアン 魔界樹編 二次創作 

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