結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜個別ルート:結城友奈 後編
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〜ラブレター事変〜後編

 

 

 

「っ!?」

 

それは会議が終わった後の事。

少し体を動かしてから帰ろうと大赦内にある運動施設に向かっていると、いきなり何者かに後ろから目隠しをされてしまった。

「誰だ!?」そう声を出そうとしたところに口も塞がれ、いつの間にか体までロープのようなもので拘束されていた。

全くの無音にしてほぼ一瞬のうちに行われ、何の抵抗も出来ずに動きを封じられてしまった。

そんな俺をその誰かは、あっという間に担ぎ上げてどこかへ運んでいく。

 

「(ちくしょう、いったい誰だこんなことするのは!?)」

 

いきなりの事に混乱しながらも、なんとか冷静さを取り戻し、何かしら情報を得るために五感を集中させる。

耳に聞こえてくるその足音からして、相手は1人のようだ。

それなりに体重のある俺を担いでいるというのに揺れも少なく、その足音も耳を澄まさなければほとんど聞こえないレベル。

 

「(この恐ろしいほどに手慣れた動き……もしかして、大赦の暗殺部隊とかか!?)」

 

そんなのがあるのかは知らないけど。

大赦の一員とはいえ俺は末端の人間であり、大赦の全貌なんて知れやない。

だけどこれまで聞いてきた大赦の黒い噂や、大赦に入って初めて知ったいくつかの真実から考えて、実際にそんな部隊があっても不思議とは思わない。

 

「(でも、そんな奴らに狙われる理由なんて心当たりはないぞ?)」

 

俺自身に自覚がないだけで、いつの間にか大赦にとっての禁忌に触れてしまった可能性もあるが。

それでも、いくら思い返しても全く身に覚えがない。

普段の任務だって上から言われたことを素直に実行してただけだし、大赦内で出入り禁止と事前に言われている場所にも入ってないし。

 

「(誰かと間違えられて、とかじゃないだろうな流石に。マジでわけわからん……何とかして逃げれないかな……あ、だめだこりゃ。ビクともしないわ)」

 

なんとかして逃げようともがくが、思ったよりも拘束がしっかりしてるようであまり動けなかった。

抵抗らしい抵抗も出来ず、俺はどこかへと運ばれていく。

そしてついに目的地に着いたのかその足は止まり、ドアが開く音が聞こえた。

 

「待たせたわね!」

 

「(……あれ?)」

 

すぐ近くで聞き覚えのある女性の声がする。

というか間違いなく、俺を担いでる人の声だろう。

 

「重要参考人兼容疑者を確保して来たわ」

 

「流石は東郷ね」

 

「流石わっしーだね〜」

 

「(東郷? わっしー? というか、この声って……)」

 

3つ聞こえてきた聞き覚えのある声に、脳裏にその人物が浮かんでくる。

椅子に座らされて目隠しと猿轡を外された俺が見たのは、声から予想してた通りの相手。

園子ちゃん、夏凛ちゃん、東郷ちゃんの3人だった。

さっき目隠しをされていた時の言葉から察するに、俺を連れて来たのは東郷ちゃんということだろう。

 

「……なぁ、いきなりで色々混乱してるんだけど。いったいどんな理由で連れて来られたんだ?」

 

「縛られてる所から察してはいたけど、何の説明もしないで連れて来たのね。というか、普通ここまでする?」

 

「ごめんね、桐生さん。わっしーが乱暴に連れてきちゃって」

 

呆れ、そして申し訳なさそうに声をかけてくる夏凛ちゃんと園子ちゃん。

その横から、東郷ちゃんがスッと前に出てくる。

 

「桐生秋彦、貴方に黙秘権はありません。ただ真実のみを述べてもらいます」

 

「……そこは普通、『あなたには黙秘権がある』って言う所じゃないのか?」

 

「ありません」

 

「あ、そっすか……」

 

きっぱりと言われ、俺はそれ以上何も言えなくなった。

 

「これを見なさい。貴方には見覚えがあるはずです」

 

「ん? ……って、これは!?」

 

そう言って東郷ちゃんが見せてきたのは、スマホの画面。

それだけなら驚くことではないが、その内容が問題だ。

そのスマホに映っていたのは、ここ数日の間に行われた俺と友奈ちゃんのメールのやり取りだった。

 

「ちょ、ちょっと待て! なんでこれを君らが!?」

 

「貴方に質問する権利は「はいはい、ストップストップ」ちょ、夏凛ちゃん!?」

 

まるで刑事ドラマの刑事のように、強引に口を開かせようとしてくる東郷ちゃんを夏凛ちゃんが止める。

 

「わっしー、ちゃんと説明しないと桐生さんも混乱して何も言えないよ〜。桐生さん、私から説明するからね?」

 

羽交い絞めにされて後ろに下がらされる東郷ちゃんを見て苦笑いしながら、園子ちゃんはどういう経緯でこうなっているのか説明してくれた。

 

「……なるほど、そういう事か……ていうか、東郷ちゃんの行動力すっげぇなぁ……」

 

「うん、まぁ、そうよね」

 

「わっしーって、ゆーゆの事になると色々リミッターが外れるから」

 

「……リミッターが外れるってレベルじゃなかった気がするんだけどなぁ」

 

今しがた聞かされた東郷ちゃんの行い、そして俺がされたことを思い返して東郷ちゃんの凄さに戦慄する。

これがかつて勇者に選ばれた人間の潜在能力というやつなのだろうか。

 

「……ねぇ、私が悪かったから、この縄を解いてくれない?」

 

「東郷は話が終わるまでは、そのままでいときなさい」

 

説明されている間に俺の体を拘束していた縄は解かれ、逆に東郷ちゃんを椅子に座らせてその縄で拘束していた。

内心ざまぁ、と思ってしまった俺は少し大人げないだろうか。

 

「それでね、今度は桐生さんに説明して欲しいんよ。どうしてゆーゆにこんなメールを送ったの?」

 

「最初は友奈を弄んでたのかって思ったけど、園子に諭されてね。なにか理由があるんでしょう?」

 

「大人しく口を割りなさい、桐生秋彦!」

 

「……あー」

 

ジッと俺を見つめる視線が3つ。

俺と友奈ちゃんのやり取りを知られてしまった以上、もう話さないわけにもいかないだろう。

というか夏凛ちゃんが言った通り、このままだと俺が友奈ちゃんを弄んでた酷い奴扱いされかねない。

何より東郷ちゃんの行動力を考えると、黙ったままだと俺が何かされそうで怖いし。

 

「……わかった、話すよ」

 

それから俺は、このメールのやり取りをするに至った経緯を3人に話した。

 

「告白を断る練習って……」

 

「ゆーゆも思い切ったことを考えたね〜」

 

「友奈ちゃん、私の知らない間にまた恋文を貰っていたなんて!」

 

告白を断る練習などという、突飛な事をしていた俺達に呆れる夏凛ちゃん。

この練習を提案した友奈ちゃんに、少し驚いている園子ちゃん。

そして自分が知らない間に、友奈ちゃんがラブレターを貰っていたことに愕然としている東郷ちゃん。

反応は三者三様だった。

 

「まぁ、そんなわけだ。別に悪気があって告白したり、断ってたわけじゃないってことは理解してくれたか?」

 

「えぇ、そうね。そういう理由なら、こういった内容になるのも納得だわ」

 

「少しでも疑っちゃって、ごめんね? 桐生さん」

 

「……どうして……どうして友奈ちゃん、私に相談してくれなかったの……!? どうして桐生秋彦に……!」

 

「(そういった過剰反応するからだと思うぞ、東郷ちゃんよ)」

 

自分には相談せず、最初に頼った俺に嫉妬の炎を燃え上がらせる東郷ちゃん。

この反応を見るに、きっと東郷ちゃんに相談していたら、これまで以上に友奈ちゃんへのガードが固くなっていただろうことは容易に想像出来る。

いや、相談されたことを話してしまったし、もう遅いか。

 

「(明日から友奈ちゃん大変だろうなぁ)」

 

これまで以上に友奈ちゃんと一緒に行動するために、東郷ちゃんがあれこれと画策するのだろう。

そう思っていると。

 

 

 

―――ブーッ! ブーッ!

 

 

 

ポケットの中に入れていたスマホが震えた。

 

「ん? ……お、メールだ」

 

「もしかして、ゆーゆから?」

 

「えーと……あぁ、そうみたいだ」

 

相手を確認してみると、友奈ちゃんからのメールだとわかった。

約束していた最後の練習が始まったのだ。

 

「ッ! 友奈ちゃんから!? どんなっ、いったいどんな告白をされたの!?」

 

「どんだけ食い付くのよ……」

 

縛られながらも友奈ちゃんのメールということを知って、椅子が倒れそうになるくらいガタガタと暴れている東郷ちゃん。

暴れた拍子に長い黒髪が顔を隠し、その隙間から覗く目は血走っていてこちらを凝視している。

まるで和風ホラー映画の怨霊みたいで、マジで怖い。

このまま見てたら祟られそうだと思い、さっさとメールの確認に移る。

俺の左右から覗き込むように、園子ちゃんと夏凛ちゃんが顔を近づけてくる。

2人とも気になっているようだ。

 

「さて、今日はどんな内容かなっと」

 

 

 

――――――――――

送信者:結城友奈

件名:ラブレター

お兄さん、好きです。大好きです。

私とお付き合いしてください。

 

――――――――――

 

 

 

「ん? なんか、今日のは少し直球気味だな?」

 

これまではもう少し遠回りというか、遠慮気味というか、相手に気遣ったような少し長めの文章になっているのだが。

今回の友奈ちゃんからのメールは、最初に俺が送った内容と似ている気がする。

優しく言えば率直、厳しく言えば簡素、そんな内容だ。

そう俺には思えたのだが、どうやら一緒に見ていた2人は違うらしい。

 

「……友奈、結構本気じゃない?」

 

「わぁ、うわぁ……これ、すっごいよ〜! ゆーゆの気持ち、すっごく伝わって来る!」

 

「そうか? ラブレターとしては、もう少し飾り気があってもいい気がするけど」

 

「なに!? 友奈ちゃんはなんて送ってきたの!?」

 

ガタガタガタガタと、その音がどんどん近づいてきている。

とりあえずそっちは無視しておく。

 

「あー、確かにそう思うのも無理はないかもだけど……」

 

「“ゆーゆから”ってのがミソなんよ! あのゆーゆが変に取り繕わないで、こんな直球に告白してくる! それだけで本気度マックス! きっとメールじゃなくて実際に告白する時になったら顔を真っ赤にして、ちょっと目を潤ませて上目遣いで「好きです」って言うんだろうな〜! あぁ、もう、ゆーゆってば可愛過ぎるんよ〜! 胸がズッキューンってしちゃうんよ〜!」

 

「園子の妄想癖も大概だけど……まぁ、おおむね同意かしら。友奈の事をよく知ってる人なら、その気持ちも理解出来るんじゃないの?」

 

「そ、そんなもんか?」

 

ということは俺はまだ友奈ちゃんの事を、十分に理解出来ていないということなのだろう。

興奮気味な園子ちゃんや、若干頬を赤らめている夏凛ちゃんの気持ちが今一わからず、俺だけ首を傾げるばかりだ。

……これ、東郷ちゃんが見たらどういう反応をするのか、少しだけ気になるな。

 

「で? 桐生さんは、もう送る内容は決まってるの?」

 

「ん? あぁ、まぁな。最後だし、ちょっと凝った感じで返そうって思ってるよ」

 

「凝ったって、どんなの?」

 

「最後は音声を録音して送るつもりだったんだ。ちょっと宝塚っぽい感じに演じてな!」

 

「宝、塚?」

 

「……ん? あ、あれ〜? 確か、それって〜……」

 

「……」

 

男の俺がやるのは違うと思うけど、最後は思い切って少し宝塚歌劇っぽく断ろうと思っていたのだ。

ネットで調べ、映像を見て勉強し、何ならBGMまで用意している。

我ながら結構手の込んだことをしたものだと思うが、最後だしと思って頑張ってみた。

 

「告白を断る返事なんて、どう言い繕っても相手が悲しむのは決まってるだろ? だけど友奈ちゃんは、少しでも相手が悲しまないようにって気を遣って返事してくれるからな。だから俺も最後だし、友奈ちゃんを真似て少しでも相手が悲しまないように考えてみたんだ」

 

「「「……」」」

 

「男の俺が宝塚っぽくって意味不明な所もポイントな? 多分、おかしくて笑ってくれるんじゃない「「「やめ(て)(なさい)(よう?)」」」……え?」

 

いきなり3人に揃って止められてしまった。

さっきまで騒いでいた東郷ちゃんですら、なんか冷静になって厳しい目でこっちを見てきている。

 

「まさか、最後の最後で風と同じ方向性に行くなんて」

 

「そうだね〜」

 

「ちゃんと友奈ちゃんの事を考えてるの? まったく、友奈ちゃんもどうしてこんな乙女心のわからない人に相談なんて……」

 

「え、えっと?」

 

訳が分からず首を傾げてしまう。

そんな俺を見てどこか気まずそうに、園子ちゃんが理由を話してくれる。

 

「あのね、その案って中学生の時に、ゆーゆが告白されて困ってた時に、ふーみん先輩が出した案なんよ」

 

「風ちゃんが?」

 

ふーみん先輩、本名犬吠埼風。

俺の一押し歌手である犬吠埼樹の姉であり、かつて勇者として戦っていた園子ちゃん達の仲間の1人だ。

現在は大赦が出資している大学の研究機関で、神樹様が消える間際に残した資源を有効活用するための研究をしている。

以前、園子ちゃんの友人ということで紹介されたことがある。

初見では仕事の出来る大人な女性といった感じだったが、一皮むけば三好レベルのシスコンだった。

おまけに時々厨二っぽいことを言ったり、親父臭い悪ノリで周りを巻き込んだりもする。

俺としては三好や安芸先輩との飲み会でそういうノリには慣れてるし、話していて楽しい子だと思っているけど。

 

「なんかダメだったか?」

 

「いや、駄目でしょ! 相手によっては、馬鹿にされてるって思われても仕方ないわよ!?」

 

「え、そこまで?」

 

「「「うん(えぇ)」」」

 

3人が力強く頷いた。

そっか、面白い案かと思ったけど駄目だったか……。

 

「ったく。ほんとに妙な所で風と似た所あるのよね、桐生さんって」

 

「どこか波長が合うのかもね〜」

 

「駄目な方向性で波長があっても問題でしかないわ、むしろ害悪ね」

 

中々に手厳しい。

さっきから東郷ちゃんが、針を刺すようにチクチクと痛い口撃を仕掛けて来てる。

体が動かせないからって、口で攻めて来てるのか?

……というかこの案についての口撃は、地味に風ちゃんに対しても向かってるんだけど。

 

「まぁ、皆がそこまで言うなら、この案はやめておくか」

 

流石に友奈ちゃんに限って馬鹿にされたと思うことはないだろうけど、ここまで不評となると俺も少し不安になってくる。

 

「んー、じゃあ最後の返事はどうするかねぇ」

 

これまで準備してきたのが全てパーになってしまった。

新しくどんな返事を返すか頭を捻らせる。

 

「えっと、それについてなんだけど〜」

 

「ん?」

 

「ちょっと借りるね?」

 

園子ちゃんがメールを操作し、俺に見せてくる。

 

 

 

――――――――――

宛先:結城友奈

件名:RE:ラブレター

告白してくれてありがとう。きっと凄い勇気がいっただろう?

だけどやっぱり俺と君とじゃ齢の差もあるし、何より友奈ちゃんはまだ未成年だ。

俺と君とはそれなりに付き合いはあるけど、まだお互いによく知らない所もあるし、お互いにこれから先にもっと好きな人が出来るかもしれない。

今、すぐに答えを出すのは早いんじゃないかと思う。

だから君が成人して、もしそれでも俺の事を好きでいてくれるなら付き合ってみるのはどうかな?

将来の事とかまだわからないから、その時もあくまでお互いをより知るためのお試しみたいなものでだけど。

それでもいいなら。

 

――――――――――

 

 

「……これ? いや、でもこれって断ってるというより」

 

「問題の先送り……いや、むしろ半ばOKしちゃってない?」

 

「そのっち、どんな内容にしたの? ちょっとここからじゃ見えないのだけど」

 

「ううん、そんな大した内容じゃないんよ。だけど、今ゆーゆって結構落ち込んでる状態でしょ? だから最後くらいは少しでも希望がある返事にして、元気付けてあげたいなって思って」

 

友奈ちゃんに元気がないとは聞いたけど、そこまでか。

確かにここ最近は俺と話す時も、少し無理に笑顔を作ってるように感じたけど。

とは言っても、だ。

 

「これ一応、告白を断る練習なんだけどなぁ」

 

「でも、大人の人が小さな子に告白された時、こういう断り方をする時ってあるよね?」

 

「……まぁ、あるにはある、かなぁ?」

 

俺自身、小さな子に告白されたことはないから実感がわかないけど。

 

「ね? お願い、桐生さん」

 

そう言って、ジッと園子ちゃんは俺を見つめてくる。

 

「う、うーん……まぁ、園子ちゃんがそこまで言うなら」

 

少し考えて、俺は折れることにした。

友奈ちゃんとは少し違うけど、やっぱりこういう真っ直ぐ目を見て頼まれるとどうにも断り辛い。

まぁ、練習がどうのこうのよりも、これで少しでも友奈ちゃんが元気になってくれるならそれが何よりだ。

こうして俺は園子ちゃんの案の通りに友奈ちゃんに返事を返し、俺達の奇妙なメールのやり取りは終了することとなった。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

自宅への帰り道。

友奈は先ほど送った、最後のラブレターの内容に少しだけ後悔していた。

なんでもっと考えて内容を書かなかったのだろう、あんなのただの自分の気持ちをそのまま伝えただけじゃないかと。

そう、“自分の気持ちをそのまま伝えた”のだ。

 

「……私、お兄さんの事……好きだったんだ……」

 

恋愛。

漫画やアニメ、テレビのドラマでよく題材にされてるし、よく見聞きするものでもあるが、それがいったいどういう感情なのか友奈にはよくわからなかった。

人を好きになること、これはわかる。

家族の事は大好きだし、勇者部の皆も大好きだし、一番の友達である東郷の事はその中でも特別大好きだ。

だけどそれはあくまでも家族として、友達としての好きでしかない。

恋愛感情を含んだ好きが、友奈にはどうしてもわからなかった。

 

そんな友奈にある時、転機が訪れた。

切っ掛けは1通のラブレターから始まった、桐生とのメールのやり取りだった。

その中で、友奈は何度も考えさせられた。

もちろん練習だとはわかってはいる。

それなのに桐生からラブレターが送られてきた時、胸がドキドキしたり温かい気持ちになる。

これは何故だろうか?

桐生に向けてラブレターを送る時、迷い、悩み、書いては消してを繰り返して、そしてやっとの思いでラブレターを送った。

返って来るまで緊張は収まらず、そしていざ断りのメールが返ってきた時、胸が締め付けられるように苦しくなり、涙まで流してしまうこともあった。

これは何故だろうか?

昔から憧れていた人だから?  ……何となく違う気がした。

憧れの人だからと言っても、練習とわかっている告白をしたり、断られたりしただけで、流石にここまで心が乱されることはないだろう。

どうしてこんな気持ちになるのか、友奈は何度も考えた。

何度も、何度も、何度も、何度も……。

そして考えれば考えるほど、自分の中にある感情が“そういうもの”だからとしか思えなかった。

 

「……好き……大好き……お兄さんの事が……私は……〜〜〜〜ッ!」

 

改めて口にすると、途端に恥ずかしくて顔が熱くなる。

そしてやはりと、友奈は改めて思う。

自分が桐生に抱いている感情は、好きという感情なのだ。

それも友達や家族へ向ける好きではなく、恋愛感情が含まれた意味での好き。

それがついさっき辿り着いた友奈の答えだった。

だから、あれは衝動的なものだった。

指が自然と動き、今の自分の想いをメールにのせて送ってしまったのは。

 

「……はぁ」

 

だからこそ今、友奈はこれまでにないくらい憂鬱な気持ちだった。

これは断られることを前提にした練習だ。

それなのに衝動的とはいえ送ってしまい、しかも断られるとすでにわかっている。

気持ちが落ち込み、溜息が増えるのも仕方ないだろう。

何度目かの溜息かわからないくらい吐き出した時。

 

 

 

―――ブーッ! ブーッ!

 

 

 

「あっ……返信、来ちゃった」

 

スマホを見ると、そこには桐生からの返信メールがあった。

正直、見るのが辛い。

だけどこの練習は自分から言い出して始まったこと。

この最後の返信メールを見ないのは、こんなことに付き合ってくれた桐生に対して失礼だ。

そう自分に言い聞かせ、友奈はメールを開いた。

 

 

 

――――――――――

差出人:お兄さん

件名:RE:ラブレター

告白してくれてありがとう。きっと凄い勇気がいっただろう?

だけどやっぱり俺と君とじゃ齢の差もあるし、何より友奈ちゃんはまだ未成年だ。

俺と君とはそれなりに付き合いはあるけど、まだお互いによく知らない所もあるし、お互いにこれから先にもっと好きな人が出来るかもしれない。

今、すぐに答えを出すのは早いんじゃないかと思う。

だから君が成人して、もしそれでも俺の事を好きでいてくれるなら付き合ってみるのはどうかな?

将来の事とかまだわからないから、その時もあくまでお互いをより知るためのお試しみたいなものでだけど。

それでもいいなら。

 

――――――――――

 

 

 

「……え?」

 

そこに書かれていたのは、これまでと違ってこちらを突き放すような内容ではなかった。

それこそ最初に桐生が言った、相手に対して「もしかしたらこれから先、付き合ってくれるかも」と期待をさせてしまう内容。

いや、文面を見る限り数年後だが、もしこちらの気持ちが変わっていなければ、そのまま付き合ってもいいと言ってるのだ。

 

「……どうして? ……なんでお兄さん、こんな……」

 

桐生がどういう理由でこんな返信をしてきたのか、友奈には理解出来なかった。

理解出来なかったけど……。

 

「……ッ!」

 

思わず涙が零れてしまう。

悲しさからではなく、自分の想いを受けとめてくれたことへの喜びで。

もちろん、これが練習だとわかってはいる。

桐生が本当にそう思ってるわけじゃないこともわかってはいる。

 

「……お兄さん……お兄さんが、悪いんだよ? 期待させるような返事はしない方が良いって言ったのに、こんな返事するから……」

 

わかってはいるが、友奈は自分の中で大きくなっていく気持ちを抑えることが出来なかった。

 

「……だから私、期待しちゃうからね?」

 

 

 

 

 

 

あれから暫くして。

俺達はまた任務のために、本土に降り立っていた。

ただ、これまでと違うのは……今回は友奈ちゃんが俺とチームを組むという点である。

 

「えへへ、諏訪方面に行くのは初めてだから、ちょっと楽しみ! お兄さん、一緒に頑張りましょうね!」

 

「そ、そうだな。まぁ、すぐ後から他の人員も来るし。皆で頑張ろうな?」

 

「はい!」

 

メールでの告白の練習をしていた頃の作り笑顔ではない、満面の笑顔を向けてくる友奈ちゃん。

元気が出たのは良いことなのだけど……前よりも距離感が近くなってる気がするのは、ただの俺の気のせいだろうか?

今だって俺の手をギュッと握って言ってくるし。

普通、ここでわざわざ手を握る必要ある?

 

「それじゃあ東郷さん、夏凛ちゃん、園ちゃん! 行って来るね!」

 

「えぇ、行ってらっしゃい。気を付けてね、友奈ちゃん」

 

「うん、そっちもね!」

 

「あんまりはしゃぎ過ぎないようにするのよ? 危なっかしいんだから」

 

「あはは、わかってるって!」

 

「いってらっしゃい。ゆーゆ、それに桐生さんも頑張ってね〜」

 

「うん、行ってきます!」

 

「あぁ、行ってくるよ」

 

園子ちゃん、夏凛ちゃん、東郷ちゃんに、友奈ちゃんは元気に手を振る。

園子ちゃんがここにいるのは、今回は園子ちゃんが東郷ちゃんと夏凛ちゃんの方に同行することになったからだ。

なぜ宗主という立場である園子ちゃんも一緒なのか、それは沖縄で人間の生存が確認されたことが理由だ。

しかも沖縄には勇者として戦っていた女性がいるらしい。

決して多くはないが、それでも沖縄で人間が生き残れたのはその女性の貢献が大きいだろう。

だけど、どうやら向こうは今がまだ西暦時代という認識らしく、こちらとは色々と齟齬があるようだ。

これも神樹様が最後に使った力の影響だろうか。

 

今回は情報の共有や、今後どのように付き合っていくかの話し合いを目的として、宗主である園子ちゃんが直々に赴くことになった。

ちなみに沖縄行きの目的はその通りなのだが、園子ちゃんが自ら赴くに至った一番の理由は、園子ちゃん自身が沖縄へ行くことを強く望んでいたからだったりする。

本人が言うには「自分でもよくわからないけど、その勇者をしてた人に凄く会いたくなって」ということらしい。

曖昧な反応ではあったが同じ勇者として戦っていたからか、西暦時代に勇者として戦っていた女性に対して親しみを持ったのかもしれない。

そしてそれは他の子達にも言えるようで、東郷ちゃんや夏凜ちゃん、友奈ちゃんも同じ反応を示していた。

今回は友奈ちゃんは俺の方に来ることになったが、いつか近いうちに会いたいと言っていた。

沖縄行きの同行者は東郷ちゃんと夏凛ちゃん、そして船の中に安芸先輩と三好の計5人。

宗主である園子ちゃんに秘書役の安芸先輩、そして幹部クラスの三好も一緒なら話もスムーズに進めることが出来るだろう。

 

「それじゃあ、お兄さん! 早速行きましょう!」

 

「そうだな。早く行かないと日が暮れるかもしれないし」

 

「……桐生、さん。友奈ちゃんに怪我をさせないように、しっかり見ていてくださいね? もし、少しでも怪我をしていたら……」

 

「お、おうとも! 全力で守るさ!」

 

「もう、東郷さん心配し過ぎだよ!」

 

「逆に、友奈ちゃんは楽観し過ぎよ。人生、何が起こるのかわからないのだから。石橋を叩いて渡るつもりでいかないとだめよ……わかりましたね? 桐生、さん」

 

「お、おう」

 

東郷ちゃんから感じる圧に気圧されて、俺は言葉に詰まりながらもなんとか頷いた。

ちなみに今回の諏訪の任務は、さらに先の調査をするための足掛かりとして本格的な拠点を作ることになっている。

四国とはずいぶん離れていて、俺としてはもう少し近い所に拠点を作って地道に進めた方がいいと思うのだが。

園子ちゃんもそうだが大赦上層部は、西暦時代に勇者が活躍していた場所ということをよほど意識しているらしい。

何かご利益でもあると思ってるのだろうか?

それとも勇者が活躍していた場所の近くなら、他にも生存者がいるかもしれないと期待しているのだろうか?

まぁ、所詮俺は末端の人間。

上から言われたことに、ただ従うしかない。

 

前回までの任務で諏訪にある重要施設の場所、それぞれの損壊具合、最低限でも生活出来るようにするために必要となる物資は大まかにだが把握している。

そのため今回からは、業者の人達を連れての作業となる。

俺達の主な仕事は炊き出しや荷物運び、その他業者の人達が作業しやすいように諸々の雑事をすることだ。

業者の人達も俺達も細心の注意を払って作業するため、そこまで怪我をする心配もないとは思うが、万が一がないとも限らない。

 

「(怪我なんてさせるつもりは毛頭ないけど、何かあったら体張ってでも守らないとな……じゃないと、後が怖い!)」

 

細心の注意を払って任務に当たろう、そう改めて心に誓った。

俺がバイクの前に乗り、その後ろに友奈ちゃんが乗ってくる。

俺の腹部に腕が回され、そのままぎゅっと抱きつくように友奈ちゃんが体をくっつけてくる。

服越しではあるが、背中に女性特有の柔らかい感触を僅かに感じた。

 

「……えーと、友奈ちゃん? 少し密着し過ぎじゃないかなーって」

 

「しっかり捕まってないと、落ちちゃうかもですから。ダメですか?」

 

「い、いや? 別にダメじゃないぞ? 落ちないように気を付けるのは当然だしな、うん」

 

「よかった! じゃあ、もう少しだけ」

 

そう言うと、友奈ちゃんはさらに密着してくる。

友奈ちゃんの顔が首元に近く、吐息が当たってこそばゆい。

 

「……チッ!」

 

「(ッ! と、東郷ちゃんの圧が増した!?)そ、それじゃ、いくぞ!」

 

俺はその場から逃げるように急いでエンジンをかけ、バイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 

桐生と友奈の乗るバイクが遠ざかって行くのを、東郷は奥歯が折れてしまいそうなくらい強く噛み締め、まるで般若のように恐ろしい形相で見つめていた。

友奈に対して最後まで笑顔を向けていられたのは、東郷の鋼の精神力の賜物だろう。

 

「うん、まぁ、頑張ったわ東郷。ちゃんと最後まで笑顔で送り出してやれたんだもの、表彰ものよ」

 

気遣い混じりに、夏凛は東郷の肩を軽く叩く。

そんな夏凜の気遣いなど気にも留めず、東郷はその厳しい目つきのまま今回のチーム分けをした張本人、園子の方を向いた。

当の園子はこうなると予想していたのかまるで動じた様子がなく、普段通りの余裕のある柔らかい笑顔を浮かべている。

 

「そんな怖い顔しないでわっしー、ほらスマイルスマイル〜」

 

「……」

 

「園子、今余計なこと言うのはやめなさい。いや、マジで。今の東郷は噴火間近の火山みたいなもんよ」

 

「わ〜、それは大変だ〜。急いで避難しないと〜」

 

「……避難する前に、教えてくれるかしらそのっち? どうしてこんなチーム分けにしたのかしら?」

 

「いや、こんなって……その言い方は、一緒に行く私としてもちょっと傷付くんだけど」

 

「あら、ごめんなさい夏凜ちゃん。そんなつもりじゃなかったのだけど」

 

「……そんな顔で言われても説得力ないっつーの」

 

はぁ、と深い溜息を吐く夏凛。

今回は任務として沖縄の人達との話し合いに赴くのだ。

流石に任務に私情を挟む東郷ではないと思うが、今の東郷を見てると少しだけ心配になって来る。

 

「園子、お願いだからちゃんと説明してあげてくれない? なんか今回の任務ちゃんと上手く行くか不安で、今から胃がキリキリしてるんだけど。落ち着けるためにサプリの摂取量が、沖縄につく頃にはヤバいことになりそうだから。ほんとお願い」

 

「あはは〜。相変わらずサプリジャンキーだね〜」

 

「ジャンキー言うな! ちゃんと用法容量は守ってるっての! ストレスでそれを越えかねない量をキメないためにも、しっかり説明責任果たしなさい!」

 

「夏凛ちゃんのお腹事情はともかく、私も説明して欲しいわね」

 

「……東郷、あんた本当に私のこと友達だと思ってる?」

 

「えぇ、もちろんよ」

 

「……そ、そう」

 

あまりにも素っ気ない態度に、流石に少し涙目になりそうになる夏凛だった。

しかしこんな東郷だが、ちゃんと友達と思ってくれてはいるはず。

友奈の事になると周りが見えなくなるのが東郷の悪い癖なのは、勇者部の誰もが知ることだ。

だからあまり気にするなと、夏凛は心の中で自分に言い聞かせる。

そんなやり取りすら微笑ましそうに見つめる園子は、少しだけ桐生と友奈が向かった先に視線を向けてから口を開いた。

 

「……ゆーゆにもチャンスをあげたかったから、かな」

 

「チャンス?」

 

園子の言葉に、夏凛が首を傾げる。

 

「実はゆーゆの大赦でのお仕事って、わっしーと一緒が多いんだ。これはわっしーたってのお願いだからそうしてたんだけど」

 

「あぁ、確かに多いとは思ってたけど。でも、そんな事だろうとも思ってたわ」

 

「……でも、最近こう思うようになったんだ。今のままじゃ、ダメなんじゃないかなーって。今のままじゃ、ただゆーゆをわっしーに縛り付けてるだけなんじゃないかなーってね」

 

東郷が近くにいることで、これまで異性から友奈へのアタックは東郷がブロックし、友奈が異性へ近づく可能性は東郷が事前に動いて取り除くという中々の徹底ぶりを見せていた。

過保護と言えばまだ聞こえが良い方で、見る人によっては東郷という鳥籠に友奈という小鳥を閉じ込めているようにも見えるだろう。

事実、想像力豊かな園子にはそう見えていた。

 

「私はただ、友奈ちゃんに変な虫がつかないように必要な事をしてただけよ」

 

「うん、それはわかってるよ。実際、そのおかげで未然に防がれたものもあるみたいだからね〜」

 

人の良い友奈は周囲から好かれやすくもあるが、同時に不埒な輩が近寄ってくることもあった。

例えば人が良い友奈をいいカモと思って詐欺を働こうとする輩だとか、他人から好かれやすい友奈を良く思わず理不尽な嫌がらせをしようとする輩だとか。

それも東郷が普段から目を光らせているおかげで、そういった輩が接触する前に“対処”し、友奈を悲しませる事態を未然に防ぐことが出来ていた。

だが。

 

「わっしーだって、わかってるでしょ? ゆーゆが桐生さんの事を好きなのは」

 

「……はぁ」

 

それを聞いて、東郷は苦虫を噛み締めたように顔を顰める。

少しの間無言でいた東郷は深く息を吐き出し、悔しそうな表情を浮かべたながら、認めたくない思いが伝わってくるような声色で言った。

 

「……そんなの……とうの昔にわかってるわよ」

 

以前から友奈は、桐生の事を憧れの存在だと口にしていた。

しかし桐生のことを話す時の友奈の顔を見て、東郷にはそれは憧れよりも初恋に近い感情を抱いているように思えてならなかった。

桐生と再会を果たし、話している姿を見てからはなおの事だ。

 

「友奈ちゃんは恋愛に疎い所があるから、自分では本当に気づいてなかったのかもしれないけれど。きっとずっと前から、それこそ初めて会った時から好意を抱いていたのかもしれないわ」

 

「えーと、確か2人でエレベーターに閉じ込められたんだっけ? それで桐生さんに色々励まされて、そんな桐生さんに憧れたと……で、あの告白の練習が切っ掛けで、それが憧れじゃなくて恋愛感情だって自覚しちゃったってことか」

 

「……多分、ね」

 

恋愛に疎い友奈が幼い頃に初めて抱いた感情、さぞかし困惑したことだろう。

分からないなりにどうにか頭を巡らせ、漫画かアニメかで見知ったもので解決しようとしたのではないかと東郷は考えた。

それが憧れという感情。

昔から友奈は漫画をよく読んでいたが、その内容は少女漫画にある恋愛物よりも、少年漫画の熱血物を好んでいるところがあったから、その予想はあながち間違いでもないはずだ。

もちろんその中には恋愛に関する話もあっただろうが、友奈の性格が災いしてか恋愛よりも憧れの方に天秤が傾いてしまったのだろう。

しかし友奈はついに自覚してしまった。

自身が桐生に抱いている感情は、憧れなどではなかったことを。

 

「実は今回のチーム分け、ゆーゆから事前にお願いされてたんだ。今回は桐生さんと一緒のチームにして欲しいって」

 

「へぇ、そうだったんだ。初耳だわ」

 

「……」

 

「わっしーはそうじゃないみたいだね?」

 

「……少し前に、友奈ちゃんから相談されたわ。次の本土での任務、別のチームになってもいいかって」

 

「そっか〜」

 

「で、今こうなってるってことは、東郷は断らなかったってわけか」

 

夏凜の意外そうな言葉に少しだけ不機嫌そうな顔を向けるも、諦めたように深いため息を零して視線を外す。

 

「……本当はね、問答無用で断りたかったわ。今回も友奈ちゃんと一緒が良かったから……ううん、今回だけじゃないわね。いつだって、どこでだって友奈ちゃんと一緒が良い。友奈ちゃんと一緒なら、どんな辛いことがあっても乗り越えられる。友奈ちゃんと一緒なら、どこまでだって行くことが出来る。そう思っていたから……でも、友奈ちゃんにあんな真剣な顔で相談されたら、断われるわけないじゃない」

 

俯きながらそう言う東郷の声は、少しだけ震えていた。

 

「……正直言うとね、私は桐生さんが嫌い。言い過ぎかもしれないけど、憎しみに近い感情を抱いているわ」

 

「東郷……」

 

「だって癪じゃない。出会ったのは向こうが先といっても、2年くらい前にたった1度きりなのよ? なのにその1度きりの出会いが、いつまでも友奈ちゃんの心に残り続けている。それがどうしても悔しくて、恨めしくて……桐生さんが悪い人じゃないのはわかってるの。わかっては、いるのよ」

 

「わっしー……」

 

「……嫉妬してる、簡単に言ってしまえばその程度の事よ。きっと相手が桐生さんじゃなくて、他の誰でも同じだったんでしょうね」

 

自嘲するかのように、東郷は苦笑いを浮かべる。

そして今まで隠していた本音を口にしたからか、どこかスッキリとした顔で園子を見つめて言った。

 

「そのっちの考えは理解したわ。2人の仲を取り持とうとするのも邪魔はしない。だけど私だって、そう簡単に諦めるつもりはないから。私だって友奈ちゃんの事が大好きだもの。知らなかったかもしれないけど、私ってかなり諦めの悪い女なのよ?」

 

「いや〜、それは知ってるかな〜」

 

「周知の事実ね。まぁ、諦めが悪いというか、執念深い女って感じだけど」

 

「そう、私は執念深いのよ。だからどれだけ劣勢だったとしても、決して諦めない。いえ、諦めることが出来ないのね。ふふ、我ながら頑固で、不器用だとは思うけれど」

 

「あはは〜、そういう所は昔から変わってないよね〜」

 

「昔からって、小学生の頃から? ……妙に想像出来ちゃうのが怖いわ」

 

きっとその頃から頭が固くて、融通が利かなかったのだろうなと夏凛は思った。

子供の頃ということを考えると、今よりもなお性質が悪かったかもしれない。

 

「それに桐生さんが友奈ちゃんと付き合うことになったとしても、必ずしも友奈ちゃんを幸せにしてあげられるとは限らないじゃない? 友奈ちゃんの事は私が一番よく知ってるわ。これまでずっと一緒に過ごしてきて誰よりも一番友奈ちゃんの事を想ってるし、理解してあげられる自信だってある。断言するわ、友奈ちゃんを幸せに出来るのは桐生さんじゃない。この私よ」

 

不敵な笑みを浮かべて、強い意志の籠った目が園子を貫く。

それを受け、園子も目を逸らすことなく東郷を見つめる。

 

「それでゆーゆが幸せになれるなら、それでもいいと思うよ。幸せの形って色々だから、わっしーの事も応援する。もちろんゆーゆと桐生さんの仲も応援するけど」

 

「……そう」

 

「なんというか、園子も難儀な道を選んだもんよねぇ。自分だって桐生さんの事、好きなくせに」

 

「えへへ〜、そう直接言われると恥ずかしいんよ〜」

 

少し頬を赤らめてにへらと笑う園子を見る限り、自分の恋路も諦めているわけではないのだろう。

だが自分の幸せだけでなく、友奈や東郷の幸せをも応援する園子の姿勢に夏凛は脱帽するばかりだ。

間違いなく苦労するだろうし、他人の応援をしてばかりだと最悪自分の恋が破れることだってありえる。

園子が選んだのは、そんな茨の道だ。

 

「……前から思ってたけど、そのっちって友奈ちゃんに影響され過ぎじゃないの? 宗主になるって決めた時もそうだけど、皆のためだからって頑張り過ぎはダメよ? 何かを成すことが出来たとしても、それでそのっちが犠牲になんてなったら周りが悲しむだけなのだから」

 

「わかってるよ〜。“無理せず自分も幸せであること”、だよね?」

 

勇者部六箇条。

もう何年も前に作った誓いではあるが、勇者部の誰もこの誓いを忘れていない。

しっかりと胸に刻んで、日々の活動に勤しんでいる。

 

「犠牲になんてなるつもりはないよ。誰かが犠牲になる必要なんて、もうないんだから。ちゃんと私も幸せになれるように努力するつもりだから、そこは安心して? 大変だと思うけど、“なるべく諦めない”よ。“なせば大抵なんとかなる”からね!」

 

「勇者部六個条を乱用して誤魔化さないで。そういう所も、あの時の友奈ちゃんにそっくり」

 

「あはは〜、誤魔化してるつもりなんてないんだけどな〜」

 

「まったく、もう……生憎私は桐生さんと友奈ちゃんの仲を応援は出来ないけど、そのっちと桐生さんの仲くらいなら応援してあげるわ。だから何か頼みたいことがあったら、ちゃんと言うのよ? むしろ率先して手を貸してあげるから」

 

「わ〜、ありがとうわっしー!」

 

東郷の言葉に喜ぶ園子だが、夏凛は東郷の言葉に別の意味を読み取って頬を引きつらせる。

 

「……桐生さんと友奈の仲を引き裂くため、って考えると中々ゲスイわよね」

 

「失礼ね、夏凜ちゃん。あくまでも私は、友達の恋路を応援してるだけよ?」

 

「あぁ、そう。まぁ、誰が付き合うことになっても別に構わないけど。仲間内でギスギスするような事態にはならないようにしなさいよね? 必要なら、私だって手くらい貸してやるんだから」

 

「そんな事になるわけないじゃないの、心配性ね夏凛ちゃんは」

 

「……ついさっきまでの東郷の態度、スマホで録画しとくんだったわ」

 

どうせこれから先も見る機会はあるだろうから、その時にでも録画して後で見せてやろう。

そう決めた夏凜だった。

 

「さて、私達もそろそろ出発するわよ。目指すは沖縄!」

 

「沖縄か〜、どんなところだろうね〜」

 

「沖縄を1人で守りきった勇者、か。どんな人かは分からないけれど……ふふ、不思議とすぐ仲良くなれる気がするわ」

 

3人は気持ちを切り替え、これから向かう新天地にそれぞれ思いを馳せながら船に乗り込んだ。

 

 

-2ページ-

(あとがき)

これにて個別ルート、友奈ちゃんルートは終了です。

銀ちゃんの時と同じく、これ本当に友奈ちゃんルートの話しなのか? という我ながら疑問が湧いてしまう内容でしたが。

 

・沖縄の生存者について

アニメでは四国以外に生存者はいない、そう園子ちゃんが口にしていました。

ですがゆゆゆいでは沖縄、そして北海道にも炎の結界が解かれた後でも生存している人がいる描写がありました。

なのでここではゆゆゆいの設定を組み込んで、四国以外の人達もなんとか生存しているという設定にしてます。

4年以上たってようやく発覚というのは、アニメでは本土に降り立ったのが全てが終わった4年後ということでしたので、アニメとゆゆゆい、両方を組み込んで4年後以降の発覚ということにしました。

……沖縄で4年後なら、北海道組はいったい何年後になるんでしょうね。

 

 

説明
個別ルート、友奈ちゃん編の後編です。
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結城友奈は勇者である 大満開の章 独自設定 オリ主 冴えない大学生(社会人) ヒロイン 結城友奈 

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