3.それはまるで物語のように
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〜シラナミ〜

 

 

――王子様は、ひと目みて姫を気に入ってしまったのです。

――なんとか彼女を目覚めさせる方法はないものか。

 

 

「ひと目惚れ」。

以前の僕はそんなものは信じていなかった。

だが今は、たったひとつ言葉をもらっただけで、人は誰かを愛せることを知っている。

 

しかし裏を返せば、相手のことを他に何も知らないのだと気づかされる。

そんな中での人探し。簡単に見つかるわけがない。

 

「ある都のさびれた料理屋の関係者」を追って、

僕はオルフェアの町に来ていた。

考えてみれば、心当たりがありすぎるのだ。

気に入った料理を出した料理屋が経営に困っていると聞けば、

立て直せる見込みさえあれば、よく買い上げていたから。

 

何かわかるかと、まずは調理ギルドの町に来てみたものの、

さびれてしまった料理屋など世界に山ほどあるし、

当然調理ギルドの町の料理屋はさびれてなどいない。

僕としたことが、とんだ判断ミスをしてしまったようだ。

 

次の目的地を決めるべく宿に戻ろうとすると、聞きなれた声が耳に入った。

「み……観たいのはやまやまですが、わっ、私、ご主人様の忘れ物を届けなきゃ……」

 

「何してる、ミツノ。宿で待機と言ったはずだが。」

僕の声に、はじかれたようにこちらを見る女。僕のメイドのミツノだ。

道化の恰好のプクリポに何やらつかまっていたようだ。いつもオドオドしているからな……

「シラナミさまっ! あ、あの、いつもお持ちのかばんをお忘れです……!」

「……。」

言われてはじめて、手ぶらでうろついていたことに気づく。

 

「よーぅ、兄さん、嬢ちゃんのツレかい? 忘れものたあ、なんか疲れて頭がまわんねぇんじゃねえか?

 そんな時ゃ、ナブナブサーカス団のショーをみていきな! 疲れた心も元気いっぱい!!

 よっぽど急ぐ旅でなきゃ、名物のひとつも観てくもんだぜ?」

個人的に急ぐ旅……ではあるが、アテがあるわけではない。

加えて認めたくはないが、僕はだいぶ舞い上がっていたようだ。少し落ち着いて観光らしきことでもするか。

 

「……観ていくか。」

「えっ? あ……いえ、失礼いたしました。では私は宿にてお待ち…」

「…お前も来い、ミツノ。」

「えっっ!?」

「僕1人では入りにくい。お前、さっき観たいと言っていたな。別にかまわないだろう?」

「あ……あの……!! は、はい、光栄です……!!!」

「ほい、おふたりさま、ごあんなーーい!!」

 

 

場内はほぼ満席で、道化プクリポに案内されて席につくと、すぐ照明が落とされた。

楽しげな音楽に乗せて次々に曲芸を披露するプクリポたち……も、まあ面白いのだが。

正直隣のミツノの方が面白い。

 

ピエロが空中ブランコから落ちそうな演技をすれば、本気で泣きそうな顔で見守るし。

プクリポの子供が玉のり芸をすれば、目をかがやかせて笑う。百面相だ。

ふだんビクビクオドオドしていると思っていたが、何に対しても大げさなくらい反応を返す。

 

……いやしかし、僕はそういえばあまり女性とこういうところに来たことがなかったが。

わりとこういう反応をする、ものなのだろうか。

 

あの人も、こんなふうに。泣いたり笑ったり、ころころと表情を変えるのだろうか。

 

僕が気持ちを伝えたら、どんな顔をするのだろうか。

どんな景色を一緒に見て、どんな贈り物をすれば、笑ってくれるのか。

 

何も知らない。……全部これから知っていける。

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〜ミツノ〜

 

 

――王子様は、あの夜の女性を探し回りましたが、

――条件に合う女性は見つからないのでした。

 

 

……シラナミさまの目的は一体なんなのだろう。

勿論、いちメイドである私が知らなくてもいいこと、ではあるのだけど。

 

……本当はちょっと気がついてる。

妖精の国で、元気づけて差し上げられた(と思う)後、

急に旅に出ようとおっしゃられて。

取引先様とお話になっている様子はなくもないんだけど、

普段ならされない忘れ物もされて、明らかにいつもと違う……。

 

きっと元々どなたか、意中の方がいらして、その方を探し歩いておられるんだわ。

探してお気持ちを伝える決心をされたから……あの時に、きっと。

 

予定を消化して先を急ぐ旅、でもなかった。

サーカスは突然のことで驚いたけど、とても楽しかった。

オーグリードの都で、雄大な赤土の建築物と沈む夕陽を見て。

ウェナ諸島の都で、女王様の歌を聞いて。

今日みたドルワームの水晶宮も美しかった。

……シラナミさまの想いが叶ったら、その方と見にいらっしゃるおつもりなのね。

 

「よかった。」

口に出してみる。

シラナミさまがお元気になられてよかった。

何か決心をされたみたいでよかった。

お幸せになられるなら、本当によかった。

それは本心のはず。

 

私には、お側に居られるだけで十二分に有難いこと。

メイドになれた時に、こんなことも想像していたもの。

奥様を迎えられる日がきたら、その方にも、シラナミさまにも、

一生懸命お仕えしよう、って。

 

……胸が痛むのなんて、嘘だわ。眠れないのも。

ちゃんと分をわきまえているもの。きっと旅で疲れてるんだ。

だって私が、お元気になって欲しいと望んだんだもの。

眠らなきゃ。明日もまた、精一杯お仕えするために。

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〜ミツノ〜

 

 

――妻は自分の見事な髪を売り、夫の立派な金時計の鎖を買いました。

――夫は自分の立派な金時計を売り、妻の見事な髪を飾る櫛を買いました。

 

 

「ミツノ、ちょっと一緒にきてくれないか。」

宿に戻られたシラナミさまからお呼びがかかる。

どこかに商談?に行かれたあと、こんなふうに呼ばれることの多い旅だった。

……一般的な女性の反応をみてらっしゃるのかしら。

 

岳都ガタラ。ドワーフの町。

これまで巡ってきた都より幾分小さい、山間の町。

連れて来られたのは、宝石の細工物のお店だった。

 

「この町にはこういった店が多いんだ。

 ……プライベートなんだが、ある人への贈り物をここで選ぼうと思っている。

 もちろん僕は石も細工も最高のものを選べるが、……女性の意見も聞きたくなってな。

 正直に、思うように意見を言ってくれ。」

「はっ……はい! 私で……お役に立てるのなら。」

 

シラナミさまと、アクセサリーを見ていく。

シラナミさまがお手に取られるのは、豪奢な大ぶりのブローチ、大きな真珠が象嵌されたネックレス……

「こういったものが……お似合いの方なのですね。」

思わず聞いてしまった。

 

「…………。」

「……シラナミさま? ……あっ、す、すみません、お聞きしてはいけませんでしたね……!」

「……いや、その……。知らないんだ。」

「?」

「……相手の、顔も名前も、今は知らないんだ。女性が最初のプレゼントで喜ぶもの、を、ただ選びたい。

 本当は、自分で選んだ方がいいのだろうが……。」

「……!? さ、左様でございますか……。」

 

さすがに驚いたけど、今はアクセサリーを選ばなくては……。

ただ、どういう方かもわからないのに選ぶのは、難しかった。

 

ふと、店の片隅にある、小さなペンダントに目がとまる。

小さな赤い宝石が3つ鎖で揺れる、とてもかわいらしいものだった。

 

「ふーん、最初はそういうものがいいのか?」

シラナミさまがお手に取られて、そのままお会計に行ってしまわれる。

「あっいえ! あの……私の目からみてただ、かわいいなと……

 す、すみません、シラナミさまのお相手にどうかは……」

「いや、これは買っておこう。

 ミツノが好むようなものを好む相手かも知れないだろう?」

 

照れくさそうに、幸せそうに。

こちらに笑顔を向けられたシラナミさまを見て。

もうごまかしようがないくらい胸が痛くて。

 

「……申し訳ありません、わ、私、先に宿に下がらせていただきます……!!」

そう言うのが精一杯で、ただ、店を飛び出した。

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〜ミツノ〜

 

 

宿には戻れなかった。

シラナミさまに今の私を見られるわけにはいかないもの。

 

町の中で見つかりにくいところを必死で探して、気づいたら展望台にいた。

ぽつぽつと雨が降り出す。……大降りになればいっそ、泣いていてもばれないかしら。

 

欲深いのは私だわ。

私のようなお相手かも知れないなら、なぜ私ではだめなのだろう、そう確かに思った。

 

もうごまかせないかも知れない。

シラナミさまが奥様をお迎えになられたとき、笑ってお仕えもできないのなら。

……メイドを、辞めるしか、ないのかしら。

お側にももう、いられない……?

 

シラナミさまにこれ以上不審に思われないうちに、宿に戻らなくてはと、

頭のどこかで思ってはいたけれど、足は動かず、頭はぐちゃぐちゃで。

 

どれくらいそこにいただろう。

 

「ミツノ!! お前、宿に戻ると言ってただろう?

 なんでこんなところに。雨も降ってるのに。」

「シラナミさま……!!!」

 

「シラナミさまじゃないだろう。理由を聞きたいな。

 ……いや、僕のためにも聞きたい。

 もしかして、さっき僕は、何か女性を怒らせるようなことをしたか?

 例えば、ああいう贈り物を選ぶのに女性の意見を参考にするのは、

 僕のメイドであるお前でも、怒ってその場を辞すほどひどいことか?」

「いえ、……贈り物はご自分で選ばれるのがベストかも知れませんが、

 怒るとか……そういったことでは……」

「ではお前はなぜここにいる?

 ……僕はまた、知らない間に何かしてしまっているのか……

 やはり僕は、そういう人間なのかな。欲深くて、人を傷つける……」

 

「……いいえ!!」

きっぱりと否定する。いけない、私の都合でシラナミさまがまた落ち込んでしまわれてはだめだ。

「……シラナミさまは……欲深くても、それゆえに、強い意志をお持ちです。

 そのおかげで……救われた者も、いるのです。」

こうなっては、ふたたびこう言う以外に思いつく言葉がなかった。

私が言ったとわかれば、余計なことをと言われるかも知れないけど。

「忘れないでください。あなたが……」

ふたたびお元気になられるなら、それでいい。

もうごまかせないなら、お側には、いられないのだから……!!

 

最後の言葉は流石に飲み込んだ。

でも、どのみち、言えはしなかったと思う。

不意に手首をつかまれた。

シラナミさまは、いつも細い目を、真ん丸にして、私を見つめていた。

 

 

 

〜シラナミ〜

 

 

僕は、あの人を探す旅をしてきた、つもりだった。

あの言葉を僕にくれた人。僕が愛されていることを忘れないでと言った人。

その言葉が、いつも僕の隣にいた、ミツノの口から出てくるなど、考えもせずに。

ミツノは、驚いて思わず手首をつかんだ僕を、これまたびっくりした顔で見ていた。

 

雨がいつの間にか上がっていた。

展望台からは、美しい虹が見えていた。

 

 

 

――それはまるで物語のように。

――そう、幸せの青い鳥は、すぐそばにいたのです。

説明
【ネタバレ】 DQXジューンプライドイベント

【その他】 数字は時系列 各ページ等冒頭のキャラ名視点で進行します

IF・パラレルということでご納得頂ける方のみどうぞ。
イベント終了直前の作品のため、
公式の終了手紙と違いミツノが旅に同行前提です。

※pixivさんから引きあげて来ました
※少なくともtumblrさんにも同じ話が上がる予定です
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