堅城攻略戦 第二章 仙人峠 12
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 闇の中に、激しい喘鳴が響く。

 床に飛び散った汗が中空で静かに燃える炎の明かりを照り返し、夜空の星のごとくに朧に光る。

 力が根こそぎ奪われ、顔が上げられない、毛根の全てから噴き出したかと思うほどの汗が顔を流れ下り、鼻や顎から雨だれのごとく床を濡らしていく。

 だが、それを見ながら、男は低く、ぜいぜいと掠れた声で勝ち誇ったように哄笑を放った。

「貴様らの最大の弱点は少数である事よ、式姫ども」

 確かに彼女たちは一騎当千の優れた戦力、だがそれは一人の喪失が、人の軍で言えば、精鋭数百人規模の……いや、替えが効かないという意味では、それ以上の損失となる事と同義。

 そして、少数精鋭の潰し方は常に決まっている、多数の有利を得られる地の利を確保して、持てる手勢全てを叩きつけ、こちらの損害は多少度外視してでも、消耗戦の果てに、先に相手を擂り潰す。

 まして、こちらの軍の大半は、死人を利用しているに過ぎない、どれだけ減ろうが、妖どもにそのあたりの町や村でも襲わせれば、いくらでも補充は効く。

 その意味では、奴らが仙人峠に寄せてきたのは寧ろ幸運だった、蝦蟇の先走りで、計画は多少狂ったが、逆にあれで障害を排除したと思ったか、式姫どもはさらに山の上を目指し分け入ってきた。

 逃亡の困難な死地へと。

 空を飛ぶ天狗には逃げられても、後の二人は倒せるはず。

 ……いや、贅沢は言わぬ、一人で良い、一人でも式姫か、式姫を使役する男を潰せれば、戦力の均衡はこちらに大いに傾くこととなり、こちらの勝利はほぼ約束された物となる。

 だからこそ、本来はそこまで力を割くべき拠点ではない仙人峠に対し、今こそが勝負所と見て、送り込めるだけの陰火を放った。

 後は、奴らが無数の陰火の中に飲まれるのを待つのみ、こちらの勝利は動かない。

 若干の懸念としては、あの山の山頂にしつらえた、こちらから送り込む力を受ける為の祭壇が、蝦蟇が居なくなったこともあってほぼ無防備になっている事くらいか。

 あそこを押さえられると、こちらからの術をあの山で発動させる事が出来なくなる……とはいえ、あれは所詮こちらから送った力を術に変えるための儀式の場でしかなく、既に陰火を送り込んでしまった以上、式姫に押さえられた所で、現状がどうこうなる事は無い。

 奴らを排除して後、ゆっくり取り返せば良いだけの事。

「何が少数精鋭だ、一騎当千だ、一時は多勢を翻弄する事は出来ても、多数は常に少数に勝つが軍事の常道。 妖怪討伐の英雄気取りの果てに、わしと堅城に挑んだ愚劣さを存分に後悔させてくれる」

 美しき式姫どもよ、せいぜい派手に、悲劇的に滅び、わが戦勲の華の一つとなるがよい。

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 これは自然の火ではない、その蜥蜴丸の言葉を受けて、男は眼前に拡がる火のように見える代物に意識を凝らした。

「ふ……ん、確かにな、こいつぁどうも、軍師先生の言ってた最悪の底が抜けてたか」

 深山幽谷を霧怪で満たし、足元が怪しくなった段階で妖が仕掛けることで、君らを谷底に誘導して落とすか、逃げ帰らせるかしようとするのでは無いか……そう鞍馬が最悪時を想定して告げた言葉とは全く異なる光景が男の前に拡がる。

 口調は軽いが、さしもの彼の減らず口にも緊張が透けて見える。

(これは彷徨う亡者の魂の放つ光、陰火です。ですが私は、こんな大量の陰火、それも敵意に満ちたそれが一つ所に発生するなど聞いた事も)

 ありません……そう主に語り掛ける蜥蜴丸の声に戦慄が籠る。

「霧の妖だったら、蜥蜴丸の感覚借りりゃ何とかなるかと思ってたが、流石に俺の体使ってる状態で、こいつら全部の相手は……」

 男の言葉に、蜥蜴丸が頷く。

(陰火を斬るには、生者の気力を以って魂を圧倒する必要があります、多少は何とでもなりましょうが、いかんせん数が多すぎます。 どうなさいます、軍師殿は対応が難しいなら逃げろと仰ってましたが?)

 その言葉に固い表情で頷いた男が、その目を険しくする。

「逃げる……」

 男が蜥蜴丸を構え、麓へと至る道を、そして視線を転じて稜線の方を見やる。

 視線が迷う。

 炎は、その揺らぎのように、見る人の心をざわつかせる物なのか。

 予測を外した、あの軍師先生を信じて良いのか、そんな疑念が心の中で鎌首をもたげる。

 軍師を連れてきて駄目なら、恐らく俺たちの戦はここで終了。

 逃げてしまえよ、対応できないなら逃げろと、事前に指示もされている。

 こんな状況下じゃ、逃げても仕方ねぇよ。

 逃げてぇよなぁ……こんな大変な事全部ほっぽり出して、家で自分の為の身の回りのことだけやって、後はぐうたら過ごしていられたあの頃みたいに。

 俺みたいなぼんくらに似合いの生活へ。

「……逃げるなら、何処に逃げりゃ良いのかなぁ、蜥蜴丸」

(ご主人様?)

 普段と違う主の声音に、蜥蜴丸が訝しげな声を返す。

「安全な場所探して、すたこら逃げるか、堅城なんぞほったらかしてよ」

(……本気ですか?)

「偽りなく言わせてもらえば、そう思わねぇ日は無いな」

(そうですか)

 蜥蜴丸の声はあくまで静かだった。

 この人が逃げたとしても、それは人として仕方ないこと。

 彼の祖父が、彼に残してしまった残酷な重荷は人に耐えきれる物ではない。

 あの傑出した人物が、自らに課した重荷に潰されていった……その姿を間近で見ていた自分は痛い程にそれを理解している。

 いっそ逃げれば良いとすら思う、私は鍛錬とその成果が見せてくれる世界をこの上なく愛しているが、だからこそ判る、この人の歩む道は己を練磨し、向上させる試練の道ではない、あらゆる鉄槌を以って人を打ち砕こうとする悪意と困難に満ちた、そんな過酷なだけの茨道。

 人にそれを耐えろ、耐えて己を鍛えろなどと言える程、彼女は傲慢にはなれない。

 だけど……この人は。

「とはいえよ」

 陰火がひたひたと密やかに寄せてくる、それを眺めながら、男は肩を竦めた。

「俺ぁ、その逃げ込める場所が欲しくて、戦なんてしたくもねぇ面倒ごとを始めたんだ、さっさと勝って帰るぞ、蜥蜴丸」

(承知!)

 この人は、逃げない。

 だからこそ、私は敗北の末に砕けかけた無様な身を永らえ、この方の歩む道を支える杖となろうと決めたのだ。

(しかしご主人様、勝って帰るとは……どのようにして?)

 軍師殿の読みは外れていた、であれば、このままここにいるのは危険。

 だが、男はそれを否定するように首を振った。

「いや、俺も最初はそう思ったが、大筋では鞍馬の読みは正しいと思う」

 濁流のごとく堅城方面から押し寄せた瘴気の存在を、その身を以って感じた彼には分る。

 敵は堅城に居ながらにして、山々を貫く地脈を利用して、堅城でも使った守りの力を発動する、そして、それは式姫が山深く攻め入り、容易に戻れぬ状況下で、地形に左右されにくい存在を使って為される。

 枝葉末節を切り離してみれば、鞍馬の読みは、その骨格において、ほぼ完璧に相手の手筋を読み切っている。

 であれば、その読みの上で彼女が示した、この山を制圧する為に彼らに授けられた策もまた、通用するはず。

「信じてみようぜ。俺たちの戦いなんて、勝ち目も薄い挙句に、儲かりもしねぇ馬鹿騒ぎに付き合うと言ってくれた、酔狂な軍師殿をよ」

(馬鹿騒ぎ……左様でございますね)

 蜥蜴丸の返答に、珍しく笑みの気配を感じ、男もにやりと笑った。

「奴らの包囲を突っ切って、俺が感じた瘴気の流れ来た地脈の要まで走る……頼むぞ」

(お任せを)

 小さく、だが力強く頷く気配があり、刀を構えた男に彼女の力が静かに満ちる。

(私たち式姫の力は、あれら陰火を寄せ付けない護りとなりえます、刀を振り回した所でひるむ相手でもありませんし、守りの力に集中して一気に駆け抜けるが上策……とはいえ、陰火の纏う瘴気に触れ続ければ、護りも徐々に失われ、最後にはあの群れに飲み込まれます)

 体も徐々に重くなり、足も鈍る……それまでに、辿り着けるか。

 距離としては大したことは無い、だが、そこに至る道はすでに陰火がひしめき、彼の持つ命の気を求めて蠢いている。

「なるほど、そして蜥蜴丸は俺の力を使って動いてる……つまるところ、後は俺の気力次第って事か」

(ええ、私の方は、ご主人様の力を最大限上手に使ってみせます、つまり、私たちの日頃の鍛錬の見せ所です)

「なるほどねぇ、まぁお前さんの方は心配しちゃいねえんだが」

 蜥蜴丸を脇が前にし、男は稜線の少し先に目を向けた。

「俺の方が、ちょいと心許ねぇな!」

 男の体が、一弾と化して駆け出した。

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 仙狸とおゆきが、麓の道を走る

「どうじゃ、要は見えたかの?」

 走る仙狸の声が、普段に似ず焦りを滲ませる。

「あの人の気配は辿れるけど、思ってたより遥かにあの山を覆う瘴気がきついわね、このままじゃ通せない」

 敵の力が想像以上だった事に加え、仙人峠に攻め入った皆の反応も鈍い、いまだに自分に呼応する力を感じない。

 おゆきの声にも焦りが滲む。

 細かい変化を見逃すまいと、少し距離を離して山を俯瞰していた時は判らなかったが、近くに寄り、気配を探ってみて、二人はすぐにその異常な死者の気配に気が付いた。

「あのような馬鹿みたいな瘴気を、かような末端の防御拠点にまで流し込みよるとはな……こちらが考えるより重要な拠点だったのか、それとも、余程に力に自信があるのか……」

「自信を持つだけはあるわよ、あれだけの力を振り回せるなら、使いたくもなるんじゃないの」

 おゆきの眉宇に陰が落ちる。

 なんでこう……人も妖も力に振り回される輩ばかりなのかしら。

「まぁ、力を振り回してくれたお陰で、山の異変はわっちらの方で比較的早く察知できる現れ方となってくれた、とも言えるの」

 状況は確かに悪いが、最悪でもない。

「陰火を使役するなんてね、骸骨軍団の時も思ったけど、発想が外道なのは兎も角、見栄えが大体衝撃的よね……案外虚栄の心が強いのかしら」

「敵に敗北感を与える目的での示威的な力の行使というのは、それはそれで戦の見識じゃ、一概にこれが虚栄心とも言い切れんのじゃが」

 虚栄心か……自分の持つ力を誇示するような敵の用兵の中に、その心は潜んでいるのか、それとも冷静な計算の上に為された示威なのか。

 おゆきの言葉の何かが引っかかったのか、仙狸が走りながら何やら思う様子で首を捻る。

「どうしたの?」

「いや、ちょっとの……すまぬな、何れにせよ今考える話では無い」

 今は、要を探す事に注力しよう。

「そうね」

 こういう時の仙狸は、自身の中で何か考えがまとまらない限り、思い付きを口にするような軽薄な事はしない、それを知るおゆきはそれ以上の話をやめ、周囲に山神としての意識を凝らした。

 この気の流れに対して、自分が打ち込む楔の一撃を……何処にする。

 地脈を流れ、あの山を覆った死者の気が強すぎる、距離を隔てた麓からでは、さしものおゆきも、その地脈の要となる場所が絞り切れない。

「仙狸、この敵が使ってきた地脈の弱いところ、どこだと思う?」

 貴女の山猫としての勘は、何か教えてくれない?

「ふむ、雪女が寒がり猫に相談とは世も末じゃが、そうじゃな」

 おゆきの山神としての力は絶大、だがそれでも敵の地脈に一撃を与える場所を絞り切れぬというなら、別の視点から契機を掴むが、今の己の役目。

「常のお主なれば迷う事もあるまいが、その感覚を鈍らせておるのは、この山を押し包んだ幾千の死者の瘴気じゃな」

 確かめるように発せられた仙狸の言葉に、おゆきが固い表情で頷き返す。

「ええ、幾つか目星らしいものは付くんだけど、こちらの力を通し切れる脈が拾いきれないのよ」

 確証が欲しい……いや、そこまでは望めなくとも、ここに賭けようと最後に自分の背を押す根拠が。

「やはりそうか……死の気配がきつ過ぎて、わっちに至っては何も探れぬからな、この瘴気の中で当たりが付くだけ、やはり大したものじゃよ」

 そう呟きながら、仙狸は足を止めて山を見上げた。

 堅城から流れ来たのは、いわば瘴気の濁流。

 濁流を断つのは。

「……ある」

 あるではないか、この多くの強い祈りを集めてきた山には、それと対照的な力が。

 濁流、川の流れを断つ力とは、それを超えて先に移動しようとする人の意思に外ならぬ。

「……どこ?」

 短いおゆきの言葉に緊張が混じる。

「多くの人が、祈り、歩き、踏み固めてきた」

 すっと、仙狸が、主たちもまた、その足で登って行った道を指し示す。

 麓から、そして山頂へと至る。

「修行と巡礼の道」

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■蜥蜴丸

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「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。
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コメント
OPAMさん ありがとうございますー、ここから前哨戦のクライマックスであり、敵の軍師と鞍馬の戦いの始まりですので、ぐわーっと進めていきたいと思います。 まぁ仕事復帰したので、ちょっとそちらも忙しくはなりそうですが(苦笑(野良)
まずは小説の再開(と執筆可能な状態に回復されたこと)おめでとうございます。前回から時間が経っていたのに、今回の序盤を読み出したらすぐに前回最後の暗い炎に燃える山の状況が脳内に浮かんできました。今回、その危機的状況に対する各々の考えと決断が書かれ、この状況をどうやって打破していくのか・・・(復帰早々ですがw)続きを楽しみにしています。(OPAM)
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