始まり
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「エターナルドラウジネス!!!」

「あ……!!」

 

春のまま時が止まってしまったかのような、それが永遠に在り続けるかのような美しい自然。木々、花々が咲き続けている神々の楽園――エリシオン。

そこで、激しい戦いが繰り広げられていた。しかし、瞬は神聖衣を纏っていながらハーデスの側近であり眠りを司る神、ヒュプノスとの戦いの最中に掛けられた技により永遠の眠りに就く。

苦しみ、悲しみ、喜び、楽しみもない代わりに――永遠に一人きり、夢の中を彷徨っていた。

 

「ここは…。」

 

それとほぼ同じ時。

ファフナー、アンドレアスとの戦いの最中、ヘレナを庇いアフロディーテは巨大化した植物の鋭利な蔓に勢い良く体を貫かれる。

ヒュプノスの技は瞬の小宇宙の発現などを封じてしまう筈が、小宇宙が弾ける衝撃を感じ取る事が出来た。暗闇の中佇み今は離れ離れである黄金聖闘士、魚座のアフロディーテを思う。

 

戦っている。

誰が敵なのかは分からない。ただ誰かの為に戦っているが、それはもう感じない。アフロディーテは、死んでしまったのか。

 

嘆きの壁。

 

奇跡を起こせ。

 

そう励まし背中を押してくれた事を思い出す。

「アフロディーテ!負けないで!」

 

声が振動し空気を伝わって無空間に反響する。暗い世界。

誰にも届いていない。誰かに届く訳もないが、感情に任せて叫んでいた。

 

しかし、それは届いていた。

 

『随分と嘗められたものだな。この私が、この程度で負けると思うのか?アンドロメダ。』

 

「アフロディーテ!」

 

小宇宙を通して伝わってくる。その人の声が。そうすると、瞬は大きな目に涙を溜めた。顔を覆う。アフロディーテが酷い状態だという事が分かる。無空間に嗚咽が響く。

 

『何を泣いている。泣く暇があるのなら、戦え。私は、負けない。負ける訳がないのだ。』

 

温かい何かに肩を掴まれた気がした。

 

 

「我らは誇り高きアテナの聖闘士なのだ。」

 

「…はい!」

 

 

はっきりと、傍にいるかのように耳へ届いた声。温もりは瞬の背中を押すようにしてなくなった。

 

 

 

冥王ハーデスに打ち勝ちグレイテスト・エクリップスを食い止め、地上には平和が戻った。

 

 

 

「星矢…。」

 

サガは佇んでいた。冥王ハーデスとの戦いで意識が無い星矢に蘇った黄金聖闘士達が群がるようにしているのに、ただ動けずにいた。しかし、その表情はこれ以上ない程の衝撃と悲痛なものに歪んでいた。額から頬へ汗が伝う。拳が握り締められる。致命傷を負い、意識が戻らないという現実を受け止める事が出来なかったのだ。

沙織は顔を覆って、時折謝りながらも涙を流している。

俄に信じられなかった。信じたくなかったのであろう。この光景が現実である事が。

 

サガは、星矢を双児宮で看病させてほしいと沙織に願い出た。皆、それに同意してくれた。青銅聖闘士や黄金聖闘士達も交代で星矢の看病に協力してくれるとの事だ。

車椅子に乗る星矢を見た時、サガは到頭、涙を流した。それは止めどなく溢れてくる。

 

「私はまだ、お前に何も伝えていない。先輩としても、そうでない事も。」

 

 

 

黄金聖闘士達はアテナの力により蘇り、地上を守る聖闘士として未だそれぞれの宮を守護している。それはいつまた地上が危険に晒されるか分からないという理由だ。教皇となったサガにより勅命を受けた聖闘士はそれを全うしていた。同様に蘇った白銀聖闘士達も任務を遂行している。

 

星矢は死闘により受けた傷が治らず意識も戻らない。沙織を始め皆心配をして看病していたのだが、サガは執務の合間にも手を握り締め眺めるかのようにして、ある時は涙を流していたのを瞬も見た事がある。睡眠もろくに摂らず早朝、夕刻には意識が戻らない星矢を乗せた車椅子を押しながら宮の庭を散歩していたところを見た事がある。青銅聖闘士達はサガがこんなに優しい人間だったのかと衝撃を受けた程だった。

 

やがて星矢が目覚めると皆喜んだ。未だ車椅子に乗ったままではあったが、聖闘士達が双児宮に集合し、その夜はパーティーも開かれ賑やかなものになった。照れ臭そうな少年の笑顔は沙織の胸を締め付け、サガは聖闘士達と交流しつつもその傍を離れなかった。

 

 

オルフェの美しい琴の音色が双児宮を包む。心地好く、酔っ払った聖闘士達を癒している。その音色に耳を澄ませながら宮のベランダで一人、瞬は無数の星が輝く夜空を眺めていた。

 

「良い一日になったなぁ。サガ、嬉しそうだったなぁ。」

 

笑みは消えることがない。

しかしそこへゆったりとした余裕がある歩の音が響いて振り向くと、意外な人物が立っていた。その美貌は微笑を浮かべている。

 

「良いかな?」

「うん!どうぞ。アフロディーテも酔ってるの?」

「いや?私は酒には強いのでな。」

 

魚座のアフロディーテだ。ふと大切な事を思い出し美の戦士と称されている美貌の横顔を見つめる。

 

「助けてくれてありがとう、アフロディーテ!あの時、あなたは大変な状況で…」

「何の事かな。戦いの最中にああやってされていると迷惑だぞ、瞬。士気を下げる。」

「はい。」

「私は、私が出来る事をした。それだけの事だ。」

 

視線は夜空に向けられたままに、答えられたその声音は落ち着いていて変わらない。微風が吹き二人の髪が靡く。沙織の提案で聖衣姿でのパーティーとなった為に互いの頭部以外は聖衣を纏っている。

 

「だが、立派だ。君は成長した。その神聖衣が輝いている。」

「あなたもその神聖衣がとても似合ってます。触っても良いですか?」

「構わん。」

 

神聖衣魚座のショルダーパーツに触れて、瞬は嬉々とした。目を輝かせながらボディパーツの胸元に触れようとすると、急に手を掴まれる。それから自分の手に一輪の薔薇が握らされている事に気付くと笑った。

 

「うわぁ、すごい!手品みたいだ!」

「フッ、毒はない。聖衣にあまり触られると指紋が付いてしまうだろう?」

 

その笑顔は過去の双魚宮での戦いでは、想像も付かないものだった。二人は敵対し命を懸けて戦った。今、その核心には触れなかった。それはもう暗黙の了解のようにされている。

 

「こうして君と話すのは初めてかな。」

「うん。あなたとこんな風に話せるなんて、夢みたいです。」

「嬉しいのか?」

「はい!」

 

純粋なものだ。まだあの時のあどけない少年のまま変わらない。この少年達がハーデスに打ち勝った。俄に信じられない話だが、黄金聖闘士達もまた、アテナの聖闘士として共に戦っていた。勝利を収め、地上を守る事が出来た。

 

「フッ、君はまるで清水のようだ。こうしていると私の心に付いた穢れを洗い流してくれるかのようだな。」

「穢れなんて、あなたには無いんです。アフロディーテは植物を愛する人でしょう?そんな人の心が、穢れている訳がないんだ。」

 

話せば話す程、優しいこの少年から泉に雫が落ちるようにして刺激を与えられる。ポツリポツリと、それは溜まりやがて溢れ出してしまいそうになる。自分が知らなかった少年の素顔。そう考えられるのは今、平和となり心に余裕を持てるようになったがゆえか。ふと悪戯心が湧いたアフロディーテは、唇に新たな薔薇を咥える。そして少し屈み、互いの額を触れ合わせ見つめ合う。

 

瞬が何を考えているのか。

今をどう感じているのかを知りたくなった。じっと見つめ合う。

暫くして、植物の脈動から全てを知った。

 

「アフロディー…」

「君はこの私といてもペガサスの事しか考えていないのだな。」

「え?」

 

名を呼ばれようとしたが遮っていた。自分と共にいるのなら、自分の事を考えていてほしい。それは自分勝手な事か。しかし、瞬の思考は澄んでいた。穢れないものだ。アフロディーテは改めて、その純粋な心を知りこの少年に出逢えた事に安堵に近いようなものを覚えた。口に咥えていた薔薇を手で放り、そっと額を離すと小さく含み笑いをする。

 

「こうして話している時くらい、私の事を考えても良いのだぞ?」

「僕はちゃんとあなたの事を考えてますよ?アフロディーテ。」

「どうかな。」

 

ならば、と。アフロディーテはもう一度屈み額を合わせる。今度はただ、そうしたかったというだけだ。始め瞬は訳が分からなかったのであろう、目を何度か瞬かせたが次第に目を泳がせ始めた。片手を捕らえて追い討ちを掛けてみるが、大きな双眸がギュッと閉じられると共に手を握り返された。

 

「アフロ、ディーテ!」

「どうした?」

「からかってるよね?」

「いや?こうしてみたいと思った。君の反応が見たかった。」

「え?どうして?」

 

返事は無い。雲に隠れていた月が現れる。月光が二人を照らし影を作る。その影は重なっていて、至近距離での美しい容貌に見惚れてしまっていた瞬は不意に我に返り眉を下げて見せる。

 

「教えて下さい。」

「君に、真実を教えても良かろう。」

 

手は解放され、薔薇の花弁が宙を舞う。アフロディーテが瞬に背を向けると、外套がはためく。その背は当然ながら全てを覚悟し守ろうとする確固たる意志を持つ武人そのものだ。多くを語らない代わりに、実力行使であるアフロディーテそのものだった。その人が、何を教えてくれるのかが気になる。

 

「君が、ハーデスに魂を乗っ取られた時私もそれを小宇宙で感じ取っていた。君は消えてしまったのかと、そう思った。」

「…あなたはその時の事を知っていたんですね。あの時僕は、何も出来ませんでした。沙織さんとシャカにも、兄さんにも…酷い目に合わせてしまったんだ。」

「良いのだよ。あの時の君は何も出来なかったはずだ。それに君は、ハーデスに魂を奪われる事はなかった。抗い、食い止めたのだろう?私との戦いの時もそうだったが、何ものをも恐れぬその心、大したものだ。」

「僕には守りたいものがあったから、だから。」

「君は、男だ。そして強い。私と戦った時以上に、君は成長してみせた。少女のような顔をした君に、まさかここまでの力があるとは。」

「嬉しいけど、少女のような顔って…もう。」

「現に、君は美しいではないか。」

 

心地良い風に、月に、空に守られている、神聖とさえ感じるこの場所に聖衣は相応しくない程に。終始微笑んだままのアフロディーテだったが、再び瞬へ向き直る。その表情は勿論、柔和なものだった。

 

「君は強い。私はそんな君に近付きたいと思ったのだ。」

「…近付きたいって…やっぱり酔ってるんでしょう?アフロディーテ。お酒臭いです。」

「違う。ここはデスマスクもシュラも、他の黄金聖闘士達もいない。私の素直な思いを聞け。言っておくが、貴重だぞ。」

「…はい。」

「互いにアテナの聖闘士として、承知の上で言おう。君を侮辱してしまうかも知れんが君に何かあった時、守らせてくれ。」

「それはどういう…。」

「無論、地上の平和を守りアテナを守護する。それは当然の使命であり、宿命だ。だが、私は君を守りたい。敗北とは全く醜いものだが、私は君に負けたのだ。」

 

髪が静かに風に靡いている。目の前の人が何を言いたいのか瞬には理解出来ないままだ。

 

「負けたって、どういう事ですか?アフロディーテ。」

「それは男として。そして、慕い…つまり、私は君に惚れているのだ。」

「それって…。」

「俄に信じられんだろう。それに、男にこんな事を言われて気持ちが悪いかも知れん。」

「気持ち悪いなんて思いません!でも僕は未だに…きっとヒヨコのままなんです。まだまだ、あなたのような聖闘士にはなれなくて。カノンにも叱られちゃいましたし。」

「フッ、良いではないか。それだけ心配されているのだ。でもね、もう君はヒヨコなどではない。」

 

距離が縮まる。気付くと、アフロディーテは瞬の目の前にいた。靡く髪が、瞬の頬を擽る程近い距離だ。穏和な瞳から逃げられない。瞬は何も言い出す事が出来ずにいた。

 

「君に、触れたい。」

「触れたいって…どういう事?」

「こういう事だ。」

 

手を頬へ添わせると唇に触れるだけのキスを送る。発言から、もう気付いてもいい筈の想いを瞬は分からないでいたがゆえに強行突破する事にしたのだ。欲しいと、そう思ったものに対してはアフロディーテは手段を選ばない男である。

 

暫く時間が止まってしまったかのようだった。

柔らかいものが唇に触れている。

目を開いたまま、何も出来ない。

 

「ん…。」

 

しかし、嫌ではなかった。心臓は驚きに跳ね上がったがこうしている事が心地好いと思えてきている事に瞬は気付いてしまった。そっと目を閉じる。手を包まれる。指を絡ませて握られる。アフロディーテは頭を撫で白い頬を隠す若草色の髪を優しくゆっくりと払い除ける。そして漸く唇を離した。

 

「嫌だったかな?」

「…まっ、待って!アフロディーテ!今のって!」

「フッ、今はこのままでいい。」

「?」

「君が堕ちるまで、間もなくだろうからな。」

「よく、分からないけど…でも、あなたは待つ必要はありません。」

「それは?」

「あなたの気持ちが、その、嬉しかった…からかな?」

「だろうね。」

「もう。分かってるなら聞かないで!」

 

拒否されなかったがゆえに瞬が期待してる事を知っていたアフロディーテは声を我慢して笑うも手指を絡ませ繋いだ手を握り締めた。頬を膨らませて怒る少年に至近距離で微笑むと、また互いの額を合わせる。

 

「ペガサスにはサガがいる。あまり心配をしなくても、回復するだろう。今まで、夜は眠れていなかったのだろう?」

「うん…。」

「なら今日は子守唄でも歌ってやるか?ベッドなら貸すぞ。」

「子守唄はいらないけど、あなたの…双魚宮にお邪魔しても良いですか?」

 

その瞬間、パーティーの終わりを告げるような鮮やかな花火が空に咲く。互いの顔がハッキリと見えた。

 

「おいで。」

 

手を繋がれ、導かれるまま瞬は双魚宮へと案内された。

そこで二人の距離は急速に縮まり、何度も会うようになった。そして、今は恋人同士となったのだ。

 

時折星矢と惚気合う話を瞬に聞かされると、アフロディーテはその度に苦笑いを浮かべつつも愛しい少年を甘やかしてしまうのだった。

 

説明
黄金魂+エリシオンでアフロ瞬、少しサガ星です。
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タグ
魚瞬 アフロディーテ サガ アフロ瞬 聖闘士星矢 サガ星  

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