Kaikaeshi and Automata 6「友人を探して」 |
三人は、さらに森の奥へと進んで行った。
やがて、開けた場所に出た。
その場所で、光一郎は思わず目を見開く。
森の中に、いくつかログハウスが建っていたのだ。
ログハウスはどれも年月が経ってボロボロになっている。
「これは一体?」
光一郎が戸惑っていると、琴葉はこれが何か説明した。
「お母さんに聞いた事があるんだけど、この辺りは昔、別荘地だったんだって」
森の中にある、もう一つの家。
そんなテーマで、その昔、この森で別荘地の開発が行われたらしい。
しかし不景気になり、開発は途中で中止になってしまった。
既に建てられていたログハウスも、そのまま放置されたというのだ。
「普段、ここはあんまり人が来ないところなの」
「人が来ない?」
ユズは、ハッとした。
「まさか」
「そう、そのまさかだと私も思ったの!」
橋本が、行くところがあると言っていた場所はこの別荘地だと思ったのだ。
琴葉達は、建物を一つ一つ確認していく。
だが、どこにも橋本はいないようだ。
「絶対、ここだと思ったんだけど……」
「……だとしたら、有り得ない」
琴葉は、一番奥にあるログハウスの方を見た。
「あっ!」
窓から見える室内に、僅かに明かりが灯っている。
電気は通っていないはずなのに、明かりがある。
「あそこだ!」
「もしかしたら……」
琴葉達は駆け寄ると、ドアを開けた。
「うわっ!」
ドアの手前にいた男の人――橋本が声を上げた。
部屋には携帯用のランプがいくつも置かれていて、ソファーとテーブルがあり、男女がいた。
中にいた人達は、ドアを開けた琴葉達の方を一斉に見た。
琴葉はその中の一人と目が合った。
「由香里ちゃん!」
「……やっぱり、ここにいた」
部屋の隅に由香里がいたのだ。
「琴葉ちゃん? それに光一郎君も?? 知らない人までいるなんて……」
「……わたしは知らない人じゃない。わたしはユズ」
突然、三人が現れ、由香里は目をパチクリさせる。
知らない人と言われたユズは、ムッとしたようだ。
「瀬戸さんまでいるなんて。じゃあやっぱり赤いマントを羽織った人達は……」
光一郎は、周りを警戒しながら、由香里達に声をかける。
「みんな、赤マントに連れ去られたんですね! 今すぐ逃げましょう!」
周りに、赤いマントや赤いマントを羽織った人達もいない。
光一郎は逃げるチャンスだと思った。
しかし、由香里達はキョトンとしていた。
「どうしたんだい? さあ、早く!」
「……何だか、嫌な顔してる」
光一郎は、みんなに外に出るよう促す。
しかし、ユズの言う通り、由香里達は何故か出るのを躊躇っていた。
「まさか、赤マントに操られているのかい??」
光一郎は焦る。
すると、由香里達は、小さく首を横に振った。
「私達、ここから出るつもりはないから」
「えっ?」
由香里は真剣な表情で、操られているようには全く見えない。
それは、橋本や他の人達も同じだ。
「どういう事??」
琴葉は戸惑う。
その時、背後に誰かが立った。
ハッとして振り返ると、赤いマントを羽織った背の高い痩せた男が立っていた。
「「赤マント!」」
光一郎とユズは思わず声を上げる。
「この人が!?」
琴葉も慌てて身構えようとする。
しかし、琴葉は赤マントが持っているものを見て、首を傾げた。
赤マントは、何故か飲み物や食べ物が入ったコンビニの袋を持っていたのだ。
「それは何なんだ??」
「美味しそう」
光一郎も気づき、身構えながら尋ねる。
ユズは、食べ物をじっと見つめていた。
「飲み物と食べ物よ」
由香里が答えた。
「そんなもの一体何故?」
テケテケのように自分で食べようと思っているのだろうか?
と、赤マントが口を開いた。
「キイィ、イイイィ」
「えっ」
それを聞き、琴葉は驚く。
「琴葉、何て言ってる?」
「ええっと……『そこにいるみんなのために、これを買ってきた』だって」
「みんなのため?」
赤マントは微笑みながら、マントを翻した。
瞬間、痩せた赤マントの身体がさらに痩せていく。
次の瞬間、赤マントは髪の長い女の姿になった。
「変身しちゃった!」
「……予想通り、こいつは色んな姿になれる」
「髪の長い女……まさか」
橋本の友人達が言っていた、女だ。
さらに、赤マントはマントを翻した。
刹那、今度は小学一年生ぐらいの男の子になった。
「この子は!」
学校で見た、赤いマントを羽織った男の子だ。
「キイィ、イィイイ、イイィィイ」
「『全部、私だ。この方が誘う時、安心してもらえる』だって!」
「誘う? やっぱりみんなを監禁して生き血を吸う気だったんだな!」
光一郎は、ドアの前で手を広げ、赤マントが中に入れないようにする。
「違う」
しかし、ユズは、はっきりとそう言った。
由香里が傍にやってきて、その手を下ろさせた。
「彼が、そんな事するわけないでしょ」
「……あなた達は逃げてきた。ここから出るつもりはない」
「そう。私達は、ここにいたいの。ここが一番楽しい場所だから」
「楽しい?」
「キイイィ、イイイィ」
赤マントは低い唸り声を上げながら、由香里達の傍へと歩く。
「『私は、彼らの幸せを願っている』??」
琴葉は通役しながら、困惑する。
由香里達の傍にやってきた赤マントは、マントを翻すと、元の背の高い痩せた男の姿に戻った。
「一体何が目的なんだ? 彼女達を油断させて、それから……」
光一郎がそこまで言った時、琴葉が言葉の続きを遮った。
「光一郎君、そうじゃないと思う」
琴葉はふと、由香里の傍にあるテーブルに目をやった。
その上には、画用紙が置かれている。
「えっ」
見ると、赤マントは、由香里達を見て優しげな表情を浮かべていた。
生き血など吸う気なんて全くなさそうだ。
「彼らの幸せ……」
そこには、イラストが描かれていた。
「あれって」
先日、昼休みに教室で見た由香里の絵だ。
テーブルには画用紙が何枚もあって色々なイラストが描かれている。
琴葉は、部屋の中を見渡した。
橋本の傍には、大量の漫画が置いてある。
他の人達の傍にも、携帯のゲーム機があったり、ぬいぐるみと裁縫道具が置かれていたりしている。
「そっか……」
琴葉はそれを見て、このログハウスが何なのか理解した。
「ここって、自由に過ごせる場所なんだね」
部屋の中にあるものは、由香里や橋本の好きな物ややりたい事の道具だと思ったのだ。
「その通りよ」
由香里は小さく頷き、橋本達も頷いている。
「私達が何故ここにいるのか、理由を話すわね」
そう言うと、由香里は琴葉達にソファーに座るよう勧めた。
「これでも飲んで」
橋本が、赤マントが買ってきたコーヒーをテーブルの上に置いた。
「ありがとうございます」
ソファーに座っている琴葉は、コーヒーを一口飲んだ。
一方、隣に座る光一郎は状況が全く理解できず、困惑した表情を浮かべている。
二人の向かいのソファーには、由香里が座っている。
そしてその横には、まるでそれが普通の事であるかのように、赤マントが座っていた。
彼らの後ろには、橋本を始め、ログハウスにいた人達が立っている。
彼らは赤マントの仲間のように見守っている。
ユズは床に座りながら二人をじっと見つめている。
「ごめんね、床に座らせちゃって」
「別にいい」
「それにしても、怪もお買い物とかできるんだね」
琴葉がそう言うと、赤マントが答えた。
「キイイィ、イイイィィ」
「『店員に催眠をかけて、お金を払ったように見せた』? って、それじゃあお金払ってないって事?」
「どろぼー」
すると、由香里が口を開いた。
「安心して。お金は後で私がちゃんと払うから」
「由香里ちゃん……」
「私達はみんな、同じ思いを持ってたの」
由香里が静かに語り始めた。
「みんな、毎日が辛い。もっと自由になりたいって思っていたの」
由香里は、テーブルの上にあるイラストを見つめた。
「私の場合は、このイラストよ」
由香里は、クラスで一番勉強ができた。
昼休みも図書室に行って塾の宿題をするほど勉強熱心だ。
「勉強が大事なのは分かってる。けど、ほんとはずっとイラストを描いていたいって思ってたの。イラストを描いてると、凄く楽しいから」
由香里はそう言うと何故か悲しそうな顔になった。
「だけど、そんな事、ママが許してくれない……」
「……あなたの親は、完璧を求めているみたいね」
由香里は、家でよくイラストを描いていた。
それが唯一の趣味で息抜きだった。
しかし、母親は「勉強もせずに、そんなの描いてたらテストで悪い点を取るわよ」と言い、いつもイラストを描くのをやめさせようとしていた。
「そんな時、理科のテストで75点を取っちゃったの……」
「……逃げるのも無理はない」
75点は、由香里にとってはかなり悪い点数だ。
このままでは母親に怒られて、イラストを描くのを禁止にされてしまう、由香里はそう思った。
「どうしたらいいのか分からなくてずっと悩んでたの。そうしたら、彼が私の前に現れて」
由香里は、赤マントの方を見る。
少年姿の赤マントと出会った由香里は、彼が自分の描いたイラストに興味を持っていると気づいた。
そして見せてみると、嬉しそうに笑ってくれたのだという。
「言葉は分からないけど、味方のような気がして。この前も、わざわざ学校に会いに来てくれて嬉しかったわ」
「それって」
先日、学校に少年姿の赤マントが現れた時の事だ。
「あれは、由香里ちゃんに会うためだったんだ」
琴葉の言葉に、赤マントは小さく頷いた。
「彼は、放課後、私をあるところに連れて行こうとしたの」
それが、このログハウスだった。
夏純や周りの人達が、由香里が赤いマントを羽織った男の子と歩いているところを目撃したのは、その途中の出来事だったのだ。
「ログハウスには、イラストを描くための道具が用意されていたわ。ここで好きなだけ描いていいよ。そう言ってくれてるように思えた。
家に帰ると、ママに点数が悪い事を怒られて、イラストを描くのを禁止されちゃうから。だから私は……」
「……ここに逃げたのね」
由香里は、琴葉、光一郎、ユズをじっと見つめた。
「私は、ここにいて、ずっとイラストを描いていたいと思ったの」
「由香里ちゃん……」
由香里の目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。
そんな由香里を見ながら橋本も琴葉に話しかけた。
「僕も彼女と同じだよ。僕は大学のサッカー部に所属しているけど、この前、レギュラーを外されて。それで悩んでる時、彼と出会ったんだ」
赤マントは橋本をログハウスに誘い、たくさんの漫画を用意していたのだという。
「誰にも邪魔されず、好きな漫画を読んでいればいいよ。彼がそう言ってくれているように思えたんだ」
橋本の周りにいる人達も、共感している。
彼らはまた、悩みを抱いていて、赤マントに誘われたようだ。
「だから、みんなここにいるんだね……」
琴葉は戸惑いながらも、由香里達がログハウスにいる理由をようやく理解した。
すると、赤マントが口を開いた。
「キイイイイイィイイィィ、イイ、イイイィイイイ」
「『私は人間が好きだ。純粋で真っ直ぐだから。だけど悩んでいる人が多い。だから私は彼らを助けたいと思った』」
「キイイィ、イイイィ」
「『私は、彼らの幸せを願ってる』……」
赤マントは先程と同じ言葉を言った。
「ここにいたら、幸せって事かぁ……」
「……みんな、自分の世界に引きこもってる。こいつはそれを助けてる」
赤マントは凶悪な怪などではなく、反対に彼は人助けをしていたのだ。
琴葉は、そんな赤マントと由香里達を見て、何も言えなくなった。
ユズは、ただ事実を淡々と言っていた。
だがその時、光一郎が声を上げた。
「こんなの間違ってるよ!」
「え……?」
光一郎は、険しい表情で由香里達を見た。
「最初は君達も赤マントに催眠をかけられているのかもって思ったけど、悩みを聞いて、そうじゃない事はよく分かった。
だけどここにいるだけじゃ何も解決しないだろ!」
「それは……」
戸惑う由香里達を見ながら、光一郎は立ち上がると、赤マントに狙った。
「僕は怪帰師だ。君を元の世界に帰すのが仕事だ。君が生き血を吸うというのは間違った情報だって事はよく分かった。
だけど、このまま放っておくわけにはいかない」
「……こんなに困ってるのに?」
「困ってるから、だよ」
赤マントは凶悪な怪ではない。
しかし、由香里達をログハウスに誘い、家出させてしまったのは事実だ。
「元の世界に戻る条件を教えてくれ!」
光一郎は、赤マントにそう言った。
赤マントは、そんな光一郎をじっと見つめる。
光一郎は真剣そのものだ。
「キイイィィ、イイィイ」
赤マントは、ゆっくりと唸り声を上げた。
「ええっと、『君達が彼らを幸せにできたら、元の世界に帰る』だって」
「幸せにできたら?」
光一郎はその条件に困惑して顔をしかめた。
由香里達を無理矢理家に帰しても、赤マントは納得しないだろう。
彼らをまた連れ去るか、同じように悩んでいる人達を連れ去ってしまう可能性もある。
「そんなのどうすれば……」
「捕まえる」
光一郎は頭を抱え込んでしまい、ユズは苦い顔をした。
「ユズちゃん……光一郎君……」
光一郎とユズの気持ちはよく分かる。
琴葉もこのままでは良くないと感じていた。
(だけど、幸せにする方法なんて……)
その答えが分からず、思わず俯いてしまった。
「あっ」
不意に、テーブルに置かれた由香里が描いたイラストが目に入る。
琴葉はそのイラストを見て、何かを思うと、ハッとした。
「もしかしたら……。ううん、もしかしなくて、そうかも……」
琴葉は顔を上げると、赤マントを見た。
「みんなを幸せにできればいいんだよね??」
「キィイイイ」
「『その通り』か。よし、だったら!」
琴葉は、由香里達の方に顔を向けた。
「みんな、ちょっと待ってて! 光一郎君、ユズちゃん、行くよ!」
琴葉はそのまま外に飛び出した。
「あ、ちょっと」
「琴葉?」
光一郎とユズは訳が分からないまま、琴葉を追う。
「ね、ねえ、どうしたんだい??」
走りながら、光一郎は琴葉に声をかける。
「……琴葉、諦めないで」
ユズは琴葉を止めようとする。
だが琴葉は、「何言ってるの!」と答えた。
「諦めてなんかないよ! 由香里ちゃん達に本当の幸せに気づいてほしいの!」
琴葉は走りながら、その内容を光一郎とユズに話すのだった。
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赤マントにさらわれた友達を助けに行こうとします。 しかし、ある理由があるそうで……。 |
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