艦隊 真・恋姫無双 167話目 《北郷 回想編 その31》
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【 看破 の件 】

 

? 南方海域 連合艦隊 にて ?

 

 

長門の放つ兇悪な破壊音は、静かな海原に何度も響いた。 それも遮音物が少ないため、少し遠い所でも耳へ唐突に異様な音として入る。

 

艦娘という、人外の力を持つ長門の脅威的な威嚇行為は、普通の精神の持ち主だったら、即気絶するか、敵前逃亡もやむを得ない事だろう。

 

現に、長門の決意を聞いた桂花の身体は、小刻みに震え、顔を俯いたままで沈黙した状態だ。

 

 

『…………………』

 

『ふっ、どうした? 今さら私の力に脅威を覚えたか! だが、もう遅いぞ!! これも戦場での習い、潔く散るがいいッ!!』

 

 

その状態を見て、更なる大声で威嚇しつつ拳を大きく振り上げ、桂花を殴打しようと構え────

 

 

『ばぁ───っかじゃないのッ!!』

 

『!?!?』

 

 

急に俯いていた桂花の顔が勢い良く上がったと思えば、その身体に見合わない大音声を上げた。

 

その様子は、あの長門に拳を向けられて萎縮どころか怯えもなく、むしろ普段よりも若干キレ気味の傾向である。

 

 

『言っとくけどねぇ! 私はアンタのような脳筋の猪と違って、ここを使って仕事してるの! ここでぇッ!!』

 

『そ、それが何を………』

 

『それが何を───じゃないわよ! アンタの下手な演劇、えっと……《大根役者》っていうの!? そんな稚拙な芸じゃ魂胆丸見えじゃない!!』

 

 

人差し指で自分の頭を示しつつ怒鳴りつける桂花。 

 

長門の考えた《何か》に気付いた故の行動だったが、当の長門は別の事で食いついた。

 

 

『私が大根!? いや、そんな事より――――なぜ大根役者の意味を知って!!』

 

『ふん! もちろん一刀から教わったのに決まっているじゃない! これだから脳筋の巨乳人は嫌いなのよ!!』

 

『――――――――の、脳筋の巨乳人!?!?』

 

 

敵への罵倒も有効な攻撃なのだが、この生粋の武人である長門にとって、この反撃は余りにも予想外過ぎで、思わず動きが止まる。

 

それを見た桂花は更なる勢いで、今まで聞いた事の無い罵倒?を聞き、思わず固まる長門へ口撃を畳み掛けた。

 

 

『アンタ、覚悟を決めたと言ったわねぇ?』

 

『う、うむ』

 

『それなら、有無を言わさずに討ち取るのが戦場の鉄則! 情けを抱けば逆に自分が殺られるのよ! そこは分かってるのぉッ!?』

 

『じゅ、十分承知している……つもり……だ』

 

『つもり……? つもりって、何? 現にアンタは口先ばかりで出来ていないのに、何を根拠に語るつもりなのよ!?』

 

『…………うぐっ』

 

 

鬼気迫る桂花の態度に動揺する長門。 

 

本人としては完璧に演じたつもりだったのだが、どうやら大根だった模様。

 

まあ、大根かどうかはさておき、当の長門本人に言わせれば、最初は固く決意していたのだ。 

 

自分自身、そして仲間の艦娘達からの覚悟も定め、迷いなど一切無く、この少女を本気で討つつもりでいたのだから。

 

 

だが───間近に対峙して、ふと疑問が沸き起こった。

 

 

今回の攻撃対象とはいえ、何時もの深海棲艦相手ではなく、提督と同じ艦娘達が護る対象である、無手の生身の人間?だ。

 

それは、例えると《幼き子供相手に全力で殴り掛かる武道家》のようなモノであり、長門の真っ直ぐな心根と相反する状態。

 

しかも、自分達の危機の際、救いだしてくれた恩人の仲間であり、怪しげながらも提督と関係があるとの事で、更に彼女の決意を迷わせた。

 

 

『圧倒的な武威、居丈高な恫喝、更に多数の軍勢による集団圧力! 私一人を討つだけに、こんな面倒臭い真似したら、直ぐに気付くわよ!!』

 

『……………では、大根は……関係なく……』

 

『そもそもがぁ! 覚悟が足りないアンタの心の未熟さ! 騙すのであれば、真実味を纏わなきゃ即座に看破されるの! 分かった、この大根!』

 

『………………はい……』

 

 

そのため苦悩の末に考えたのが、様々な派手な威嚇を行い、どうしても抗えないと桂花に自覚させ抵抗を諦めさせようとした結果だ。

 

早い話《 反抗心を折り降伏させる 》という、長門なりの平和的解決策だった訳だが、曹魏筆頭の軍師様に難なく見破られた始末。

 

 

決して……猫耳頭巾がよく似合う小柄な可愛い美少女に対し、手を上げる事が出来ない……などという不純な動機では無い事を改めて追記しておく。

 

 

 

◇◆◇

 

【 過去 の件 】

 

? 南方海域 曹魏(華琳)陣営内 にて ?

 

 

桂花の様子を離れて見ていた華琳の下に、とある人影が訪れ、きびきびとした口調で報告を行う。

 

 

『華琳様、お待たせしました。 かの地域は無事に制圧が完了したと。 あと、捕らえていた者も合図があり次第、直ぐに解き放つとの事です』

 

『そう……報告ありがとう、』

 

『いえ、これも役目ですので。 ですが、華琳様……』

 

 

華琳と会話していたのは、曹魏の三軍師の一人である郭嘉──《真名は禀》──であった。

 

何時もは険しい表情を浮かべた少女だが、この時は更に深刻な雰囲気を漂わせて、主である華琳に疑問をぶつけていた。

 

 

『華琳様を疑うつもりは御座いませんが、桂花殿は……この立場を望んでいたのでしょうか?』

 

『残念だけど、あの桂花が……私の願いと引き換えに望んだことなの。 あの日、一刀が私の前から消え去った後に………』

 

『ああ、思い出しました。 確かに桂花殿の奇行が終わった頃でしたね。 もしかして、あの時の話された内容に関わりあるのですか?』

 

 

▼▽▼

 

 

曹魏が三国を統一し、多くの人々が待ち焦がれた平和な世を謳歌している裏腹に、その立役者達の住む城内は……荒れた時を迎えていた。

 

 

────魏国 許昌 城内

 

 

『───桂花様ッ、どうかお止め下さい! 真桜、早く足を押さえろ!!』

 

『ウチらだって! 隊長おらんようになり、悲しんでる最中───って、危なッ!? 今、足が顔の横ギリギリ通ったでぇ!!』

 

 

三国統一を達成し戦勝で湧く曹魏に、青天の霹靂というに相応しい事象が発生、城を中心に大混乱の津波が呑み込み、時間と共に広がっていく。

 

 

『ぐうッ! 桂花様を傷付けず取り押さえるのは、私達だけでは……キツい! 誰かに……助けを!!』

 

『凪ちゃん! 華琳さまを呼んでくるから、桂花ちゃんを押さえておいてなのッ!!』

 

『おいっ! ウチかておる………ってぇ! ちょっと、待てぇな!! 何をウチの胸を憎々しげに……うわぁあああッッ!?!?』

 

 

たが、これは……まだ城内での話。

 

されど、曹魏の中枢を揺るがす大騒動であった。

 

一刀が消えた事を知った桂花が、自責の任から大いに取り乱し、自死を図り、武官から取り押さえられていたからだ。

 

 

『放して、放しなさい! 私は! アイツに……一刀に……何も出来なかったッ!! こんな役だ立たず、早く死なせて天の国へ行かせてッ!!』

 

『隊長は絶対! そのような事を望んでいません! それに──もし命を断っても、隊長と同じ場所に逢えるかどうかも分かりませんよ!?』

 

『だからと言って、一刀が身命を賭し私達や国を守護してくれたのに……散々嫌悪して罵詈雑言吐いた私が! この国に生きる価値など無いわ!!』

 

 

  ───北郷一刀、天に還る───

 

 

初め聞いた時は冗談かと嘲笑した桂花だが、後になり周辺からの情報収集で顔色が変わり、最後は夜中に号泣する華琳の姿を見て……卒倒した。

 

数日間寝込んだ後、一刀に対して自分の不明を恥じ、華琳や同僚達に謝罪。

 

同時に、男を毛嫌いする事を極力止め、真っ当な対応を心掛け、多くの兵士達は亡き北郷に、涙ながら感謝の意を捧げたという。

 

しかし、暫くして……桂花の付加不思議な行動が続いた。 普段あり得ない命令や伝達の相違、文書の不備、関係物提出日の忘却。

 

日常生活でも、魂が抜けたような様子が続き、流石に心配した華琳達が体調を心配するが、謝罪と大丈夫の一辺倒。

 

このままではと、皆が桂花の対応を相談した後に────

 

 

( 桂花様、失礼します。 お伝えしたい事がありまし───!? )

 

( …………一刀………ご免なさい……一刀…… )

 

(桂花様ッ!? だ、誰かぁ────!?)

 

 

──────桂花の自殺未遂が発覚した。

 

 

偶然、使人が桂花の部屋に訪れた時、正座した桂花が自分自身の首に鋭利な刃物を当て、一刀への謝罪を呟いていたという。

 

他の武官が出払っていたため、急遽北郷警備隊から凪達が駆けつけ対応したのだが、桂花の暴れ具合が尋常ではなく、やむを得ず華琳を呼ぶ事に。

 

 

『な、凪ちゃん! 華琳さま呼んで来たなの!』

 

 

『事情は聞いたわ。 桂花の事は引き継ぐから、三人共下がっていなさい!』

 

『……華琳様、御心痛の中、私達の力が及ばず余り、誠に申し訳が────』

 

『何を言っているの。 貴女達だって大変なのに早く戻って休みなさい。 桂花の事は心配いらないわよ。 私が必ず……説得してみせる!』

 

 

こうして、華琳が訪れたことにより、桂花の騒動が終息することになった。

 

 

だが、この後で、何を話たかは誰も知らない。

 

その内容も二人は語らぬままで済まし、他の将達も察して、誰も聞かなかった。

 

これ以降からは、桂花の行動は普段通りに戻り、前よりも精力的に動くようになったのだが、ただ一つ変わったことがある。

 

 

『………………』

 

『桂花、今日も報告は入らなかったわ。 まったく、こんなに私達を待たせるなんて……』

 

『仕方がありませんよ。 男なんて、いえ……アイツは……何時も無頓着で馬鹿でスケベで……底無しに優しい者ですから。 多分、向こうでも………』

 

 

桂花達は、仕事の合間や空いてる時間帯に、窓から天を眺めることが多くなった。 雨の日だろうが、風の日だろうが、ただ空きもせず眺め続けるのだ。

 

まるで、何かの渡来を待つかのように。

 

 

『早く帰ってきなさいよ……一刀。 待ってるんだから』

 

 

その生が終わる……最後の最後まで。

 

 

▲△▲

 

 

禀からの問いに、華琳は躊躇することなく内容を口にする。 まるで、何でもない事だと言わんばりだ。

 

 

『私がね、約束したのは……《場所を提供する》ことよ。 もし一刀か関係者に会えたら、その場所を整える……と』

 

『聞いてしまった私が悪いのですが、この事は桂花殿との内密だったのでは?』

 

『もう、いいのよ。 既に桂花と私が願った事は成就されたのだから。 後は残された時間がある内に、できる限り実行に移すだけよ』

 

そう言い終えると、華琳は桂花達の居る場所を黙って注視するのであった。

 

 

◆◇◆

 

【 憤懣 の件 】

 

? 南方海域 連合艦隊 にて ?

 

 

『たかが文官風情だと思って、嘗めないで貰いたいわね! 幾ら武が戦場の華といえ、知を蔑ろにして勝負に勝てた戦など古今東西ないわよ!』

 

『……………』

 

 

まさかの敵から説教……しかも、高身長の長門が、子供のようにしか見えない桂花から叱られる、という姿に、戦場?とは言え少し空気が弛緩した。

 

無論、そんな空間は周辺だけの物で、当の本人達は絶賛修羅場……いや、桂花の無双状態。

 

怒涛の口撃は激しさを増し、ビッグセブンと世に謳われ、海軍の象徴と持て囃された長門が、顔を苦痛に歪ませ耐え続けていた。

 

 

そして、ついには────

 

 

『嫌らしく煽り続けたのは、私の心を追い詰めて折りにきたと思うけど……御生憎様! あの時の、あの時の絶望と比べれば、物の数ではないわ!』

 

『──────!!』

 

『嘘だと思うなら私に攻撃してみなさい! 既に死んだ身の上なのに、今さら死が怖いなんて、ふざけた世迷言なんか言わないわよ!!』

 

『……………くっ!』

 

『私が生きた時代はね、仲の良かった者さえ明日には居なくなる乱世よ! 覚悟が口だけの輩なんかに……大事な一刀を託すなんてごめんだわ!!』

 

『────がはっ!!』

 

 

何とか耐え続けていた長門も、最後に放たれた『退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』のカットイン口撃を受けて、精神面は大破の一歩手前と化した。

 

 

 

『やるな、ナガートを大破寸前まで追い込むとは。 やはり湖の……あのSisters(姉妹)だけある』

 

『流石はWalkure(ワルキューレ)……無事に帰還できれば、本国に良い報告が出来そうだ』

 

『え、えっと、お二人は何の話……ん? あれはポーラ? また、お酒の瓶をもって───』

 

 

『い、幾ら寡黙で可愛い物好きの長門さんでも、あんな簡単に大破するわけ───ハッ!? ま、まさか……新しいアウトレンジ戦法!?』

 

『いや、待て。 動揺し過ぎて語っている意味が理解できない。 こういう時こそ冷静に、瑞雲神へ五体投地で祈り、瑞雲の境地に入らねば……』

 

『そうですよねぇ、信じたくな~い現実なんてぇ見たくないですよねぇ。 ならばぁ、お酒を呑んで忘れてしま~ぇ……えっ、ザラ姉様ッ!?』

 

 

一部の外野から混乱の声が聞こえてくるが、当の長門としては、それどころではない。

 

提督の関係者と想定される少女は、長門の嫌がる事ばかり的確に攻めてきている。 

 

自分達を救った関係者だから、なるべく無傷で捕獲しようと策を練れば見破られ、口を開けば完膚無きに言い負かされた。

 

このままでは此方の打つ手が無いと、長門は焦躁感に駆られ、思わず提督の姿を探してしまう。

 

《集団戦において、何か自分で判断できない事あれ、上官の指揮を伺う》のは鉄則。 それに、今までの艦隊でも、提督の指揮の元で戦ってきた。

 

先ほど、提督の声が聞こえていたため、長門は無意識で探してしまったのだ。

 

しかし、いつの間にか長門の直ぐ側に桂花が近付き、先ほどとは違う……底冷えするような低い声で話す。

 

 

『駄目よ……一刀を頼らせない』

 

『─────ッ!?』

 

『一刀を見れば私の決意が鈍り、一刀と語れば必ず私を止めようと動くわ。 だから、絶対にさせない。 これは、私の──────』

 

 

最後に何かをボソボソと語ると、桂花は急に大声で長門を嘲笑うかのような言葉を口にする。 

 

急な変化に流石の長門も困惑するが、桂花は誤魔化すように話を進めていく。

 

 

『ふん、まったく情けないわね。 幾ら覚悟したと口にしても、その程度の浅はかな実力で、私を討とうなんてお笑い草よ!』

 

『しかし、貴女や仲間は私達を────!!』

 

『…………兵は、詭道なり。 人を騙し誑かし、最終的に勝利を手繰り寄せるのが、軍師として求められる私の役割よ。 何よりも証拠に、ね!!』

 

 

桂花が腕を上げると、近くの海原が騒がしくなる。 遠くに見える海原から、黒い集団が唐突と現れ、此方に向かってくるからだ。

 

しかも、その方角は……未だに傷が癒えない艦娘達が集まり、集団で互いを労っている避難先だ。

 

ここに居る彼女達は、幾ら治療を受けたとはいえ、燃料は底をつき、装填する弾がどころか艤装自体も壊滅的な酷い有り様。

 

護衛についていた三国の兵士達は、桂花との闘争が始まった時点で引き上げていたから、護る者は比較的動ける者達と僅かだけ。

 

そんな弱体化した艦娘達が集まる場に、徐々にハッキリと見え始めた集団。 隊列を横に広げ、その圧倒的な数を誇示するように進行する。

 

あまりにも不気味な集団ゆえ、何とか無事な艦載機を持つ艦娘が発艦させ、その姿を逸早く確認すると、息を吸い込み大声で叫んだ。

 

 

『─────て、敵艦見ゆ!! 繰り返す! 敵艦、見ゆッ!!』

 

 

この警告により、艦娘達の騒ぎが更に酷くなり、慌ただしく騒然とするのであった。

 

 

◆◇◆

 

【 天佑 の件 】

 

? 南方海域 連合艦隊 にて ?

 

 

 

『なんだとッ!?』

 

 

とある艦娘が発した声を聞き付けた長門は、思わず桂花の顔を睨み付ける。

 

艦娘が発見した敵艦……即ち、それは深海棲艦。

 

長門や艦娘達と砲火を交える間柄であり、つい数時間前に援軍と駆けつけた、桂花達の軍勢により駆逐されたばかりだったのに。

 

この状況を踏まえ、長門は睨み付けたまま、桂花に厳しく詰問を行う。

 

 

『………………これは、貴女の仕業か? どうして、助けた私達の命を奪うのだ!?』

 

『さっき言ったじゃない。 兵は詭道なり、騙される方が悪いのよ』

 

 

『………………もし提督が知れば、哀しむぞ?』

 

『敵を心配するっていうの? それなら、一刀に伝えなさい。 悪い女に気をつけないと、こうやって騙されるから注意しなさい、とね』

 

 

『………………貴女を討てば、打開できるのか?』

 

『寧ろ、この状況を変えるには、それしか無いと……全部を説明しなくても分かるでしょう?』

 

『…………………………』ギリッ 

 

 

─────桂花の返答は、極めて黒に近い。 

 

こんな者を信じていたのかと、思わず歯を強く食いしばる長門。

 

そんな長門を意に介さず、桂花は自分の両腕を左右に広げ、横にクルリと回ると、意地の悪そうな表情で、ある秘密を長門へ語った。

 

 

『心配しなくても、私は不死身じゃない。 あの変態……于吉という道士の術で、魂に肉付けした状態だから、この身体が壊れれば普通に死ぬわ』

 

『……………………』

 

『生前の自分と同じ肉体だから、違和感なんて無いけど、今度死ねば……魂ごと破壊される事になり、私の存在自体無かった事になるそうよ』

 

『……………私に介錯しろと?』

 

『はぁ……巨乳人の癖に察しが良いのも考えものだわ。 あの猪みたいに何も考えず大剣で斬り、飼い主へ尻尾を振って褒めてもらえばいいのに……』

 

 

長門は間近で聞いた桂花からの言葉を思い出す。

 

 

《『これは、私の────罪だから』》

 

 

長門には桂花の過去の話は知らないし、別に知ろうとも思わない。 そもそも戦場で、敵対する者に同情すれば、殺られるのは此方の方である。

 

だが、何かある度に提督を気に掛ける少女、そして最後の呟きを合わせると、如何に長門と云えど、桂花の心情が薄々と理解できたのだ。

 

そう、理解はできたが……現実は非情である。

 

 

『キャアァァァァァァッ!!』

 

『も、もう───やだッ! 轟沈なんか、轟沈なんかぁッ!!』

 

『邪魔! 退いて、お願いだから退いてぇ!!』

 

『誰か───助け……て……ぇ………』

 

『提督、提督は────』

 

 

傷付いた艦娘達は怯え混乱し、頼りになる者に縋(すが)ろうと、精一杯に手を伸ばす。

 

されど、それが必死に深海棲艦へ抵抗する、別の艦娘の足を引っ張る事を分からない。 

 

元は経験不足の素人に近い者達ゆえに、だ。

 

 

『このままでは危ないネ! Follow me! 早く助けに向かいまショウ!!』

 

『チッ、こんな時に弱い者虐めしやがって! いいだろう、オレが相手してやるッ! 何隻だろうが掛かって来いッ!!』

 

『うふふふっ、有象無象の的がこんなに! これだけ居るなら外れる事はなさそうね。 砲雷撃戦、始めるわよ~!!』

 

 

勿論、既に金剛達も救援に入るが、何かと数が多いので、全てを護りきれていない有り様。

 

全滅も間近に迫る勢いに、長門の精神は刻一刻と焦燥感に駆られる。

 

 

『どうするの? 考えている暇なんてないわ。 早くしないと……無駄に仲間が死ぬだけよ?』

 

『………………………』

 

『貴女は一刀に仕える将なんでしょう! 救える仲間を見捨てる気なの!? それが嫌なら……さっさと実行に移しなさい!!』

 

 

長門の耳朶を打つ艦娘達の悲鳴、後押しする桂花の言葉に、漸く覚悟を決めた長門は拳を力一杯固め、ゆっくりと桂花に向けて構える。

 

 

『そう、それでいいのよ。 これで私の贖罪ができる。 長かった……本当に長かったわ』

 

『最後に礼儀で伝えておく。 私の名前は《長門型 1番艦 戦艦の長門》だ。 長ければ長門と覚えておけばいい。 皆からも長門と呼ばれている』

 

 

桂花は長い間苦しみ抜いた罪が裁かれる事に、涙を流して喜ぶが、長門としては忸怩(じくじ)たる思いに胸を摘まされる。

 

だが、双方ともに決着をつけねば終わらない事は理解しているため、止める訳には行かない。

 

ならばと、改めて覚悟を決めた長門は、武人の礼儀として名前を名乗った。 

 

自分に対する怒りと後悔、桂花に対する憐憫(れんびん)との区切りをするために。

 

 

『存在さえ無くなる私が覚えている筈ないけど、一応覚えておくわ。 それと、私は……姓は荀、名は彧、字は文若、真名は桂花よ』

 

『………真名? 真名とはなんだ?』

 

『真名とは、信じられる者にしか許可されない魂の呼び名よ。 もし、許可されない者が呼び名を使用すれば、斬られても仕方がないとされるわ』

 

 

まさか、敵対する相手から名前を教えてもらうとは……この時の長門は驚くだけであったが、後に提督から意味を教えられ、心底驚愕する事になる。

 

互いに交流を終わると、桂花は跪き、静かに両手を組み合わせ、頭を長門に向けながら目を閉じ、静かに時を待つ。

 

 

『…………最後に会話できたのが、長門で良かった。 まさか、この私が……こんな穏やかに逝けるとは……思っていなかったわ』

 

『せめてもの情け、痛みも感じぬ内に葬るとしよう。 さらばだ……桂花』

 

 

この会話を最後に、長門の拳が狙いを桂花に定め、静から動に急速に動き出し────

 

 

『ま、待て! 長門ッ!!』

 

『──────提督!?』

 

 

拳が動き出す前に停止の声を掛けてくる者が居たため、長門は直ぐに行為を止める。

 

その者は、長門の敬愛する上官であり、桂花が最後まで待ち続けた……北郷一刀その人であった。

 

 

 

説明
お待たせいたしました。
6月2日に桂花と長門の台詞等を一部修正。内容には変わりはありません。
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