【2・序章】
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【勇者の目覚め】

 

 

 

さてキミは

 

英雄のように強くなりたいのか

英雄のような偉業を成し遂げたいのか

英雄らしく堂々と立ち振る舞いたいのか

 

それとも

 

皆から「英雄のような扱い」を

されたいだけだろうか?

 

 

 

■■■

 

暖かい風が大気を震わせる。まるで新しい目覚めを祝うかのように。

そんな穏やかな空とは裏腹に、カチコチな表情で、ギクシャクとした足取りで、ひとりの戦士が城内の廊下を歩いていた。右腕と右脚を同時に出し、遠目から見ても「大丈夫かアイツ」と不安になるようなそんな姿。

 

「がんばれオレ、大丈夫だオレ、上手くやれよオレ」

 

そんな言葉をぽつりぽつりと漏らしつつ、緑髪の小さな戦士は騎士団の訓練場に向かう。

別に彼は騎士団の訓練が初めてというわけではない。確かに入ったばかりで日は浅いが、きちんと認められた立派な王国の戦士である。まあ、まだまだ新人の身分ではあるが。

そんな彼は最近ようやく戦士としての基礎を学び終え、本日初めて、同年代の戦士たちと合流する。

同年代とはいえ己より先に戦士となっているヒトたち。中にはもう既に騎士の名を許された子もいると聞く。

 

「がんばれオレ、大丈夫だオレ、上手くやれよオレ」

 

先ほどと同じ言葉を繰り返し、ぴょこんと跳ねた緑髪を揺らすこの見習い戦士の名を「スタン」といった。

 

■■■

 

訓練場の扉の前でスタンは大きく深呼吸をする。ここを開けたらもう後戻りは出来ない、いやするつもりはないけれど。いやでももう少し落ち着いてから。

そんなことをぐだぐだ考えつつ、なかなか扉に手をかけようとしないスタン。心の準備というものは必要だしと目線を彷徨わせていると、扉の向こうから「迷子になってるのかな?わたし迎えに行くね!」という明るい声が聞こえ、そのまま無常にも扉は開かれた。

まだ心の準備が整っていないのに。

突然のことに目を丸くしているスタンの前に現れたのは、同じくらいの背丈の女の子。スタンに気付いたその子は「良かった、ちゃんと来れたのね!」とすぐに笑顔を浮かべスタンに向けて手を伸ばす。

 

「わたしはアリア!これからよろしくね、……じゃない!自己紹介は揃ってからやるんだった!」

 

今の無し今の無し忘れて!とあわあわし始めたアリアを見て、先ほどまでの緊張はどこへ行ったのやら、スタンの表情は思わず緩む。

冷たくなっていた指先も強張っていた頬も、なんだか今ではほこほこと暖かい。

だからつい「オレはスタン、よろしく」と口走ってしまったのは仕方のないことだと思う。

お互いよろしくと笑顔を向け合い、しばらく顔を見合わせ「…あれ?」と首を傾け、お互い「いや違う自己紹介は今やらなくて良い」と慌てる不毛な時間が流れた。

 

とりあえず集合場所に行こうとアリアの先導で訓練場の一画へと足を向ける。訓練用の盾や防具が並ぶ壁際を歩いていると、キラキラしたナニカが視界に映り込んだ。

それはこちらに顔を向け、ヒラヒラと手を振っているようだ。さらに目を凝らして見ればそれはキラキラな金の髪とピカピカの水色の鎧、そして輝く笑顔を浮かべている、のだと思う。

訓練場の地味な色合いの中でも目立つそれはスタンたちへと駆け寄って言葉を発した。

 

「やあ!」

 

眩しい。とスタンが反応できずにいると、アリアが「今回はわたしとランスロットだけだから気楽にしてね」と声を掛けてくれた。どうやらこの目の前のキラキラしている彼はランスロットという名前らしい。

自己紹介される前にさらっと名前が判明していくなあと、スタンがこの場の緩すぎる空気にほっとしつつ少しばかりいいのかな?と疑問に思っていると、とりあえず仕切り直しとばかりにアリアがパンと手を鳴らした。

それじゃあ改めて自己紹介!というアリアの言葉に一瞬キョトンとしたランスロット。しかしその表情は一瞬で何かを察したように頷いている。

そのままランスロットもアリアもスタンの方をじっと見つめてきたので、スタンは慌てて頭を下げて名を名乗った。

 

「オレは戦士スタン。よろしく」

 

スタンの言葉にアリアはちゃんと覚えてるよとニコニコ笑みを返し、ランスロットはこれからよろしくとキラキラ笑う。いいヒトたちそうだ、良かった。

次にアリアが「わたしは騎士のアリア、よろしく!」と元気いっぱいに胸を張る。アリアの言葉を聞いてスタンは目を見開いた。

騎士。同じくらいの年頃なのにアリアはもう騎士の名を与えられている。

凄いな、という素直な言葉がスタンの口から漏れた。どれだけ努力したのだろう、どれだけ鍛錬を重ねたのだろう。

オレもいつかなれるかなというスタンの手を取り、アリアは「なれるよ、キミは絶対なれる。一緒にがんばろ!」と笑顔を向ける。

そうだといいなと釣られて笑うスタンの耳に、コホンと咳払いの音が聞こえた。音のした方に顔を向けるとランスロットが「仲良くなれそうなのは喜ばしいことだが、俺の方も見てほしいな」と苦笑している。

スタンがランスロットに向き直ると、ランスロットは「俺はランスロット」と手をヒラヒラさせた。俺のカッコよさに目を奪われてミスしないように気をつけてくれよ?と ウィンクと共に冗談っぽく笑う。

まあ確かにランスロットはキラキラしているし、つい目を向けてしまいそうだ。スタンが素直にこくんと頷き「気をつける」と答えると、ランスロットは一瞬虚をつかれたような表情をしたあと破顔しなるほどと呟いた。

 

「ランスロットはね、泉?湖?の精霊の加護を貰っているのよ」

 

だからなんか凄く丈夫でほとんど怪我しないの、とアリアが自慢げに教えくれる。アリアが言うには武器もほとんど劣化せず、錆びることがないらしい。いやそれでも手入れはちゃんとしてるからね?とランスロットが口を挟む。

凄いな、とスタンはランスロットに対しても素直な言葉を漏らした。精霊に気に入られるためには運もあるが、彼らは邪な魂の持ち主には近付こうともしない。

ならば加護を得たランスロットは人並外れた高潔な魂を持っているのだろう。多分。

あともしかしたら本当に格好良さも必要なのかもしれない。

 

自己紹介も終わり今日は顔合わせということで鍛錬などはせず、そのまま3人でお喋りして過ごすこととなった。今日のところはアリアとランスロットのみだったが、他にも何人か訓練場に現れる同年代の子らもいるらしい。

「結構キャラが濃いというか独特なヒトも多いけど、悪いヒトじゃないから!多分!」というアリアの言葉に不安しか感じないが、仲良くなれたらいいなとスタンは思った。でもこのふたりも結構キャラ濃いのに、彼女にそう言われるとはどんなヒトたちなのだろうか。

しばらく色々話して、そろそろ解散という時間、というかアリアがそろそろ身体動かしたいとソワソワし始めたので今回の顔合わせはお開きとなった。

「じゃあちょっとわたし走ってくる!」という言葉だけを残して、アリアはあっという間にどこかへ飛び出して行く。城の外周あたりを走りにいったのだろう。

あれくらい勢いがなければ騎士になんてなれないんだろうなとスタンが頬を掻くと、ランスロットが「ありがとう」という不思議な言葉を発していた。

何も御礼を言われることはしていないとスタンはキョトンと首を傾ける。

 

「アリアは騎士だし、…あんな感じだから、たまに、ね」

 

心ない言葉を言われたり妬み嫉みの目で見られることもあるのだという。だからスタンの素直な言葉にとても喜んだのだろうと。

「俺もね」とランスロットは少し悲しそうな表情を浮かべた。加護を得たことで極々稀に何かしら言われるらしい。その力は実力ではなく加護のおかげで成り立っているだけだのなんだのと。

だからそのことを自分からアピールすることはない、そもそもひけらかすものではないし、とランスロットは笑った。まあアリアは言ってしまうだろうなーとは思っていたそうだが。

確かにランスロット自身は加護について特に言及することはなかった。それっぽいのは錆びない剣だが手入れはちゃんとしてる程度の話題だけで。

 

「キミの素直な言葉と真っ直ぐな…混じりっけのない瞳はとても嬉しかったよ。だから、ありがとう」

 

そう言ってランスロットはぺこりと頭を下げた。スタンとしては凄いと思ったことをそのまま言葉にしただけであるためイマイチピンときていないのだが、とりあえず上手くやれていたらしい。

顔を上げたランスロットはへらりと微笑み「出来たらで良いからたまにアリアの特訓に付き合ってあげてほしい」と頼み事をする。多分とても喜ぶだろうから。

でも無理なときは断っていいし無理はしないでいい本当にと妙に念を押されたのは何故だろうか。もう既に騎士である子の特訓に参加出来るのは願ってもないことなのに。

 

「ああそうだ、今度俺の部屋においで。俺は剣術書を色々持っているから、スタンに合う教本があるかもしれない」

 

これもまた嬉しいお誘いだ。

スタンは明るい笑顔をランスロットに向けて、ありがとうと元気よく返し今度こそ解散となった。

最初は緊張していたけれど、終わってみたらとても楽しく、とても有意義な顔合わせだったといえよう。満足げな気持ちのまま、スタンはベッドに潜り込む。

明日も頑張ろう。

 

■■■

 

結論から言うとアリアの特訓は割と地獄だった。誘われたので軽い気持ちで着いて行ったのだがやってることの規模がおかしい。

いやわかる、これだけのことをやっているならばそりゃ既に騎士の名を賜るだろうなあということは、身をもって実感した。

だからその、

 

「次は…もうちょいがんばる…」

 

スタンの口からはそんなか細い声しか出せない。

その言葉を聞いてアリアは力強く頷いた。彼女としてはやろうとしたという行動そのものを評価しており、達成したしないは二の次ではある。出来るに越したことはないが。

とはいえ、だいたい特訓に誘ってみた相手からは「もういい」だの「2度とやるか」だの「エリートさんとは違うんだよ」だの、そんな言葉をぶつけられてきた。その度にアリアは悲しい気持ちになっていた。

けれどスタンは「次」「頑張る」という言ってくれたのだ。それだけでとても嬉しい。

だから、

 

「うん、がんばろ!」

 

そう言ってアリアは明るい笑顔をスタンに向けた。

そのせいで 「新人イビリをしているのでは?」と若干の誤解が進むのだが、それはまた別の話。

 

アリアとの特訓の帰り道、ふらふら歩くスタンはランスロットと遭遇した。スタンの顔を見るや否やランスロットは察したように苦笑し、「ここからなら俺のとこのが近いから少し休んでいくといいよ」と部屋に誘う。

お言葉に甘えることにした。

案内された部屋のソファに腰を下ろし、スタンは大きく息を吐き出す。一度座ってしまうともう駄目だ、もう立てないここから動きたくない。

スライムのようにでろんとソファに縋り付くスタンに茶を差し出しながら、ランスロットは「あの子に悪気は全くないから」と笑った。その言葉にスタンはゆるゆると頷く。

それは理解している、特訓中にアリアからの悪意なんて全く感じなかった。ただまあちょっと、予想以上にキツかっただけで。

 

「特訓に誘うなら相手に合わせた内容にしなよ、と何回か言いはしたんだけどね」

 

苦笑しながらランスロットは頬を掻く。どうにも少し意固地になっているのか、そのらへんは一切曲げないらしい。

俺から見ても少しやりすぎだなあと思う、と遠くへ目を向けた。この場にいない少女の身を案じているのだろうか。

どうやらランスロットはたまにアリアの特訓に付き合っているようだ。相手がいたほうが良い訓練の時は当然のこと、アリアの元気がない時や逆に元気が有り余っている時も。

ちょっと極端だけど、悪い子ではないよ。そう言ってランスロットは笑った。

そうか、ランスロットはあのアリアの特訓についていけるのか、そうか…。

 

「…どうすれば、最後まで特訓に付き合えるようになる?」

 

スタンがそう問えばランスロットは少し目を見開いて、嬉しそうにへらりと笑ってこう言った。「とりあえず今日はゆっくり休むと良いよ」と。

疲れていては出来るものも出来なくなるからねと、もふんとした何かをスタンに被せてくる。ふかふかした良い手触りの大きな布。

あっ駄目です困ります何この上質な毛布今こんなもの与えられたら寝ちゃうふかふかの誘いに負けちゃう暖かさが攻めてくる駄目です困りますあーーーーー。

 

ものの数秒で寝息を立て始めたスタンを見て、やはりスタンは限界ギリギリだったんだなあという気持ちと、流石に手加減しなよアリアという気持ちと、でも諦めず追いつこうと前向きなスタンを喜ばしく思う気持ちと、へし折らないでくれよアリアという願うような気持ちが入り混じるランスロット。

余裕があったならばスタンのために見繕った剣術書を渡そうと思っていたが、また後日にしようと数冊の本を隅に寄せた。スタンはランスロットと戦闘スタイルが違うため己の見繕った本が実用的かはわからないが、基礎の底上げにはなるだろう。

頑張ってほしいなとランスロットはスタンを毛布ごと抱え上げ、そっと己のベッドに移動させる。流石にソファで寝ても疲れは取れないだろうしね。

 

次の日、朝起きて見知らぬベッドの上で目覚めたスタンは混乱しながら周りを見渡し、「そういえば昨日ランスロットの部屋で寝ちゃってた」と思い出しはした。

しかし何故か己がベッド、家主がソファで寝ていることに気付き混乱は増した。

そのためパニックのまま半泣きで寝ているランスロットを叩き起こし「あれいやなんでえっとごめん!!??」と謝罪し、起こされて開幕涙目で謝罪を受けたランスロットは少し呆れた。スタンにではなく己に。

こうなりそうだったからスタンより先に起きるつもりだったのだが、思ったよりスタンの目覚めが早かった。不覚。

なのですぐさま切り替えて、未だアワアワ涙目のスタンに「おはよう」と己のイケメンパワーを最大限発揮した笑みを向ける。

ランスロットの爽やかな顔面に怯んだらしく動きが止まったスタンに対して、柔らかくそれでいて畳みかけるように言葉を並べ「うん、準備はいいかな?じゃあ朝食に行こうか」と押し切るところまで成功した。

よし。

 

■■■

 

ランスロットと共に剣術書を眺めたり、アリアと特訓したりとスタンはゆっくり学んでいく。アリアとの特訓は前よりはちょっとはついていけてると思う、多分。

あと、顔合わせをしていなかった何人かとも会えた。まあ、見かけたから声を掛けた瞬間「馴れ合うつもりはない」と叩っ斬られ、名前すらわからないヒトもいたが。

アリアたちに聞いてソイツの名前だけは教えて貰ったが、本当に絡むつもりがないらしく、その後も姿を見かけることはあったが、ほぼほぼ接点がない。同い年くらいの仲間なのだから仲良くしたいのだが。

 

そんな日々を過ごすスタンに、本日は「おつかい」の任務が科された。

まあ任務というほどのものではないが、スタンひとりで騎士団のための用品を買いに行く、というのは初めてのことだ。しかもいつもの買い物とは違い「注文はすれども品物は受け取らない」というもの。

持ち帰るのは品物ではなく受領書とか引き取り券とかいう薄っぺらい紙。無くしそうだと少しばかり緊張しながらお金を預かり、スタンは城下町へと足を踏み入れた。

 

城下町に来るのは初めてではないが、自分のものではないお金を持ち、自分のためではない買い物をするのは、なんか少しドキドキする。お金を落とさないように、買うものを間違えないように、買い物後の紙を無くさないようにとスタンは緊張しながら指定された店へと向かった。

店の扉を開くと人当たりのよい明るい声がスタンを出迎える。「こんにちは!」と大きすぎる声でスタンが挨拶すると、店主は察したように「うん、いらっしゃい」とへらりと微笑んだ。

 

「騎士団の子だね。今日のご用は何かな?」

 

「えっとえっとえっと…」

 

あわあわしながらスタンが言葉を探す間も、店主はニコニコと笑顔のままゆっくり待ってくれている。辿々しくもあれとそれととスタンが言葉を並べれば、店主はカタログをすっと取り出し「これと…これかな?」と確認をとった。

イラストが描かれたそれを見てスタンはパァと表情を輝かせ「うん!」と元気に返事を返す。これはすごい!買いたいものがわかりやすい!

「うん、じゃあこれで…個数は…」と店主がメモをとる間、スタンは任務完了したと安心して胸を撫で下ろした。あとはお金を払って注文完了の紙を持って帰れば良い。

スタンは店主に言われた値段のお金を渡し、代わりに紙を受け取った。

 

「はい、毎度ありがとうございました。…よく出来ました」

 

クスクス笑う店主にスタンが首を傾げれば、どうやらこの店は騎士団御用達の店で多少融通が利くため「新人のはじめてのおつかい先」に使われているのだそう。

おつかいに来た新人が多少間違えたりうっかりしてもリカバリーが利くようにはされているらしい。実際カタログもそれ用に制作されたのだという。

今後騎士団関係の買い物をする時はこの買い方が多くなるから、慣れさせるためにこの手法をとっているのだとか。

実際、堂々と買うものを間違えた子やお金を店内にバラ撒いた子、個数を間違えた子など色々いたがフォロー自体はされたようだ。騎士団に帰ってから叱られはしたようだが。

なんだ、とスタンが気を抜くと店主は笑いながらカウンターに肘を付き、忠告を落とした。

 

「気をつけてね。1番多いのはその引き換え券を忘れたり無くしたり破っちゃう子だから」

 

慣れない買い物だし薄っぺらい紙だから意識が外れやすいんだろうね、と店主はスタンの持つ紙を指差しニヤリと笑う。お城に帰るまでがおつかいだよとひと言添えて、店主は「今後ともご贔屓に」とヒラヒラ手を振りスタンを送り出した。

 

■■■

 

自分の言葉を聞いて気が抜けた表情から一転しガチガチになった戦士の子を見送り、店主はふうと息を吐く。

少しあわあわとしていたがきちんと注文、きちんと支払い、忠告を聞いて気を引き締める、といった行動を取ったあの子。安心するとやや砕けた口調になりがちだったがここらは許容範囲だろう。

「良い子が新人に入ったねえ」と店主は騎士団に送るレポートを書き始める。あの子だったら城内勤務より街の見回り等のヒトと接する部署が合うかもしれない。

なんせまあ以前来た子は、忠告しても「自分は大丈夫です!」と自信満々に出て行き案の定紙を無くしたり、警戒しすぎて自ら紙をぐしゃぐしゃにしたり、態度悪くとっとと出て行ったりと色々あったから。あの子はそこらへんのバランスが良さそうだ。

 

「なんだかんだで必要なのは、平均的にやるべきことがきちんと出来る子、だよねえ…」

 

店主はレポートの最後に己の名を署名し封をする。おつかいという名の「街での行動」「街のヒトとの接し方」のテスト。

買い物は完璧だったとしても騎士として不適合、買い物は失敗したが騎士として適正あり。いろんな子がいた。騎士団というものは言われたことだけをやればいいというわけではない。

 

「頑張れ未来の騎士さん」

 

どんな騎士に育つのか楽しみだ。出来ればウチのお得意様になってくれたら嬉しいが。

ふふっと笑って店主は己の仕事に戻った。

 

■■■

 

おつかいが無事に、いやまだ気は抜けないが、無事に終わったスタンは城への帰路を進む。時折、懐に仕舞った紙がちゃんとあるかを確認し、おつりもちゃんと残っているかも確認し、再度紙を確認し、と若干挙動不審になりながら。

だからだろうか、「ねえ」と突然声をかけられたスタンは飛び上がるほど驚いた。

 

「ねえ、キミこれどーなってるの?」

 

声はすれども姿はない。前にも横にもなんなら背後にも。姿が見えないのに声だけが聞こえる。混乱するスタンに「上、上」と楽しげな声が降り落ちた。

言われた通りに空へと視線を向ければ、そこには緑色のナニカ、いや緑色の服を着て杖を持った少年がふよふよと浮かんでいる。

 

「キミのこれ何?髪?なんで逆さまなの?」

 

そう言いながら緑色の少年はスタンの雑に結った髪をちょいちょいと突く。「何でキミの髪は上に伸びてるの?」と不思議そうに。

何故と問われても、とスタンは困ったように眉を下げた。

スタンの髪はくせ毛の剛毛で、放っておくと意図しない方に跳ねまくる。それをなるべく抑えるために、適当に結ってあるだけだ。

流石に見かねたアリアとランスロットが、なんとかならないかとスタンの髪と格闘してくれたこともあった。が、クシやブラシが折れるだけに終わった。

重力に逆らい天へと伸びる己の髪に悩んだこともあったのだが。

 

「まあいいや、綺麗な色だしふかふかして面白いね」

 

スタンの髪を突くだけでは足りなくなったのか、もさもさ触り始めた少年はアリアやランスロットと同じことを言った。いっそのこと坊主にしようかとスタンが漏らしたら、ふたりとも「綺麗な深緑色なのに」「ふかふかしてて猫の毛みたいなのに」「無くすなんて勿体ない」と声を揃えたのだ。

自分としては面倒な髪質なのだが、何故か他人にはウケが良いらしい。頭の上でぴょこぴょこ動くのも気にいられているようだ。

なんでだ、とスタンが困った表情を浮かべると、少年は「あ、ゴメンね」とスタンの髪から手を離した。

 

「見慣れない好きな色のヘンなものがひょこひょこ動いてたから」

 

そう笑って少年は「ボクはマナナ、ヨロシクね☆」と名前を教えてくれた。マナナは外見からして庶民ではないように思えるのだが、突然髪を触ってきたことといい口調といいなんか軽い。

故にスタンもあまり考えず普通の口調と普通の態度で名乗った。同い年くらいみたいだし。

まあこの後話をして、マナナは名門の家の優秀な子だと判明するのだが。

そういやなんかずっと浮いてた。翼もないのに浮いてるってのは、確かにすごいことだった。

 

「いやスタンもお城の戦士なんでしょ」

 

「そうだけど、…オレはなんか得意だとか優秀だとかじゃないし…」

 

スタンが眉を下げれば、マナナは小首を傾げ不思議そうな表情となる。そうだよな、そんなやつが騎士団にいるなんて不思議だよな。

「あれでもキミ、」というマナナの言葉を遮って、スタンは話題を変えようと「マナナは魔法が使えるんだよな!風だっけ!?」と手を広げた。

王国にも魔法使いはいるのだが、まだ見習い・新人のスタンは彼らと顔を合わせることは殆どない。だから「あんまり魔法って見たことないから、見てみたいな」とスタンはマナナに頼んで見る。

キョトンとした顔のマナナは「別にいいけど、流石に街中じゃ危ないよ?」と己の杖を軽く小突く。火や水や土違って、風は小さな威力で出力するのは難しいらしい。

そういうものなのかとスタンが不思議そうに問えば、マナナは笑いながら「この世界の大気を動かす自由な『風』を抑えられると思う?」と空に目を向けた。

同じように空を見上げ、己の髪を揺らす風を感じながらスタンは、まあ確かにそうかもなと笑った。

 

■■■

 

スタンはマナナと共に城下町の外、とは言っても街の入り口が視認できる程度の距離だが、に向かう。おつかい途中だ、寄り道なんかしない方がいい。それは理解しているのだが。

少しだけなら。ほんの僅かな時間、ちょこっと風の魔法を見せてもらうだけなら。そんな言い訳をしながらも、スタンはワクワクとした表情を隠せない。

「じゃあ、いっくよー☆」という言葉と共にマナナの杖の宝石が緑色に光った。その杖をぶんと振り上げマナナは風の魔力に包まれる。

 

「ウインドー…バースト!」

 

そんなマナナの声が聞こえたと同時に、大きな風の渦が目の前に吹き荒れた。旋風、いやそれよりももっと大きいか。竜巻のような大きな渦。

アレに巻き込まれたら受ける傷はひとつふたつでは済まないだろうなと、スタンは感嘆しマナナの魔法に見惚れていた。自分は目の前の敵ひとりに1回斬りかかるので精一杯なのに、1回の魔法で複数を攻撃出来るなんてすごいなと。

スタンはそれをそのまま、素直に、真っ直ぐな瞳で褒め、自分もやれたらいいなと腕を持ち上げた。こうやったらなんかピカッとしてドカンと複数を攻撃できるような感じで。

まあウンともスンとも言わなかったわけだが。

むうとしょげるスタンを見て、マナナは使えるかはわからないけどと魔法を扱うコツを教えつつ実際何度か魔法を発動してくれた。「最初は媒体…ボクは杖使ってるけど、キミなら剣かな?それに魔力を乗せるイメージをするといいかも☆」と。

よくわからないがとりあえず力を込めてスタンが剣を素振ると、マナナは「ん?」と首を傾けた。スタンの目には剣が大気を空振ったようにしか見えなかったが、剣の振り方がおかしかっただろうか。

 

「…キミ、火の気質が強いんだよねぇ…?」

 

「? うん」

 

スタンが頷くとマナナは更に小首を傾げる。しばらくうーんと目を瞑っていたマナナは「まあいっか☆」とスタンの剣をコツンと叩いた。マナナが言うには今ので若干魔力が乗ったらしいので、訓練すれば属性が付与された技に育つかもしれないらしい。

「火属性な剣技使えるようになるかな」とスタンが期待しつつ笑えば、マナナは「…ん?」と不思議そうな声を漏らした。えっ?

 

変な空気になりかけたが、もう少し頑張れば出来るようになると思うよというマナナの言葉を信じ、スタンは最後に魔力のコツを学ぼうと、マナナの魔法を見せてもらうことにした。

先ほどと同じようにマナナが風の魔法をお披露目する。先ほどと同じように見事な大きな風の渦。

ただ違ったのはスタンと魔法の発動位置が近く、魔法の影響で少しばかりスタンの頬に切り傷ができてしまったことと、

懐に仕舞ってあった紙切れが、風に攫われどこかに飛び去っていったことくらいだ。

 

「あーーーーーー!」

 

魔法が収まり静かになったその場所で、スタンの悲鳴だけが大きく響き渡った。

 

■■■

 

その場に崩れ落ちたスタンから事情を聞き、自分のせいで大事なものを飛ばしたと知ったマナナも探すのを手伝うと申し出た。傷の手当てもしようとマナナは手を伸ばしたが、スタンが「オレはどうでもいいから!」と走り出したので追いかける羽目となる。

慌ててマナナはスタンに呼びかけた。

 

「まってまって、多分風向き的にはこっち!」

 

「わかった、ありがとう!」

 

一応自分がこの騒ぎの原因で、怪我をさせたのも自分なのだが、その相手の言葉に耳を傾け『ありがとう』と言える辺りスタンはとても素直なんだろうなとは思う。純粋すぎて逆にちょっと怖いが。

スタンはお城の戦士だと言っていたが、こんなに素直でやっていけるのだろうかとマナナは割と心配になった。他人に対して怒りを抱くという行為も、戦士として生きる為には必要ではあるだろうに。

これは彼の美点なのか、それとも。

ふうと息を吐き出しつつ、マナナはスタンを誘導し紙切れが飛ばされた方向へと導いていった。

 

多分ここら辺だろうというエリアをふたりで探す。高いところはマナナが、物陰はスタンが。時折お互い「あったー?」だの「ない…」だのの言葉を交わしながら。

なかなか見つからずスタンの目に涙が滲んできた頃、マナナの探す場所でもなくスタンの探す場所でもないところからガサゴソと音が鳴り響いた。

音に気付いたマナナがスタンのところへと降り立ち、「なんか聞こえない?」と不安そうに声をかける。マナナの言葉を聞いて、スタンはすぐに溜まった涙を拭い取り盾と剣をしっかりと握りしめた。

しまった探すのに夢中で街から離れすぎた。

オレのせいだ。

マナナはすごい魔法使いだけど、多分戦いには慣れてない。

ならオレが頑張らなきゃ。

なんだろう、獣とかかな、ならなんとかなるかな、小さいのならオレでもなんとか。

大きいのだったらどうしよう、マナナだけでも逃がせるかな、ドラゴンだったらどうしよう!

剣を構えて音の方から目を離さず、それでもスタンの頭の中はぐるぐるといっぱいいっぱいで。

自分の心臓の音しか聞こえないほどの緊張感のなか、ガサガサとなる草むらから何かが飛び出してきた。

 

「オヤクニ……イテテッ」

 

飛び出してきたというか、転がってきたというか。草むらから出てきた拍子に自ら転び、痛そうに頭を抑えるひとつ目の、なんか硬そうな、四角い、…なんだろうこれ。

一瞬疑問が浮かびはしたが、スタンは反射的にそれに駆け寄り「大丈夫か?」と声をかけた。剣も盾も放り投げ、心配そうな表情で。だって転んだから、痛そうにしてるから。

スタンが駆け寄るとそれは目?をパチクリとさせ「ケガ シテマス ネ」とスタンの頬に指?を向けた。「オレはいいから、キミは大丈夫か?」というスタンの問いには答えず、それは肩?から掛けているカバンに手?を突っ込んだ。

 

「ドンナ キズ モ ナオシテ ミセマス」

 

そう言ってそれは目?ににこりとした形を映し、カバンの中から取り出した薬瓶をパパーンと掲げあげる。「オクスリ!」と得意げに取り出したそれをスタンに差し出し、スタンが勢いに負け思わず受け取った姿を見て彼はニコニコ笑った。

ええと、使えということなのだろうか。

少し戸惑いながらスタンは受け取った薬を頬に掛ける。すると地味に感じていた痛みがすぐさま消え去った。結構お高い薬じゃないかなこれ!

こんな小さな傷には勿体なかったのではとスタンが困った表情を浮かべると、薬をくれた彼も困ったように「マダ イタイ デスカ」と新たな薬瓶を取り出した。驚いたのはスタンだ。

 

「違う違う!もう痛くないよ、ありがとう!」

 

そんな高価そうなものをポンポン取り出されると逆に困る。スタンが慌ててそう言うと彼はほっとしたようにニコニコと微笑んだ。

その笑顔につられてスタンもへらりと微笑んだところ、突然スタンの後頭部にガツンと衝撃が走る。「!?」と驚いてスタンが振り向くと、そこにはマナナがふよふよと浮いていた。

「えっ何どうした」とスタンが若干の涙目で問いかければ、マナナは「うーん、つい。なんとなく」と杖をポンポン叩く。なんとなくで殴られると困るのだが。

困惑しながらスタンが少し呆れたような表情のマナナに再度理由を問いただそうとした瞬間。スタンを、同時にマナナも、バシャっと大量の水に襲われた。

今度はなんだとスタンが目を丸くしながら水が飛んできた方向に顔を向けると、アワアワと目を腕をクルクルさせながら「アワ アワ、ケンカ、イケマセン! ケガ !オクスリ、」と先ほどの彼が薬やらなんやらカバンの中身をぶちまけている。

とりあえず、マナナに理由を問うよりも明らかに混乱している彼を落ち着かせるほうが先だなとスタンは彼に駆け寄った。

 

■■■

 

「…えっと喧嘩じゃない、えーっと、大丈夫、うん大丈夫」

 

スタンが彼、ボット02と名乗った、ロボ?を説得している間に、マナナは魔法であちこちにバラ撒いかれたカバンの中身を回収する。風を操り散らばった道具を掻き集め、ひと所へ積み重ねた。

この量がよくあのカバンに入っていたなあとマナナは関心しつつ、「これで全部かな?」とボット02に声を掛ける。スタンの説得のおかげで一応落ち着いたらしいボット02はマナナに向かって「アリガトウ ゴザイマス」とぺこりと頭を下げた。

 

「フタリ ハ、コンナ トコロ デ ナニ ヲ?」

 

集めた道具類をカバンに詰め込みながらボット02は不思議そうに首を揺らす。まあ確かに、街から離れたこんな場所で彷徨いているのは珍しいのだろう。

スタンたちが事情を話し、探し物をしている旨を伝えれば、ボット02は元気よく「オテツダイ シマス」と両手を挙げた。

怪我の治療をしてもらった上に探し物を手伝わせるなんて申し訳ないとスタンが言っても、「サポートする」「手伝う」とボット02も譲らない。

スタンとボット02が平行線の譲り合いをしているのを見て、マナナは「そういう用途のロボなのかな?」と首を傾けた。実際そう作られたロボは自分の役割を全うしようと動く。ボット02は「サポート用ロボ」みたいなものなのだろう。ヒトを助けるためだけの、作られた存在。

だがしかし、それにしてはボット02は自我が強いというか、個性があるというか。少しばかり挙動がおかしい。

実際、今行われているような平和な口論も普通のサポートロボなら1度断られたらすぐさま引く。彼らは他人と争うように出来てはいないはずだから。

ふーんとマナナは楽しげに笑い、優しい口論を続けるふたりの間にふわりと割り込む。

 

「手伝ってもらっちゃったら?面白そーだし☆」

 

いやでも、と困った顔をするスタンを飛び越えてマナナはボット02の頭にひょいと乗っかった。「スタンが探してるのはこれっくらいの大きさの紙切れなんだけどさ☆」と勝手に話を進めていく。

マナナの話を聞いて「ハイ!」と嬉しそうな声を鳴らしたボット02は、突然ピタっと固まった後マナナを頭に乗っけたまま「あれ?」と考え込むような仕草を見せた。

そのままスタンの方へと目を向け、カバンをガサゴソと探る。「…コレ デスカ」とボット02は少しくしゃくしゃ汚れた紙切れをおずおずと差し出した。

 

「ゴミ カナ ト、オモッタノデ。アトデ ステル ツモリ デシタガ」

 

差し出された紙切れに書かれていた文字は、見覚えのある店名と、見覚えのある商品名と、見覚えのある騎士団の名前。

それを確認したスタンは泣きそうな笑顔でボット02に抱きついた。

 

「あったああぁああー!!!良かったあぁああ、ありがとう!!!」

 

全身で喜びを表現するスタンと、「ゴミ ト シテ グシャグシャ 二 マルメ ナクテ ヨカッタ…」と少し冷や汗を掻いているボット02、「良かったね☆」と笑うマナナ。

笑ってはいるが、マナナは少しばかり残念そうだ。ボット02もこの騒ぎに巻き込めばこの面白いふたりともっと一緒にいられるだろうと思ったのに。

なんだ、すぐ見つけちゃった、これで終わり、お別れかなあ。

スタンはお城の戦士だし、ボット02は普段どこでどうしているかわからない。もう会えない可能性のが高いのだ、それはとても面白くない。

まあワガママを言う気はないけれど、とマナナはニコッと笑顔を作る。「じゃあ街に帰ろうか」と提案すると、ボット02も道具の補充のため街に行きたいらしい。

ならばとマナナは張り切って、己の下にいるボット02を魔法で浮かし、スタンもふわりと風で包む込んだ。飛んで行けば早いよね、…いや流石にキツいなあ、超低空飛行だけど我慢してね!

 

3人はかなり低い高度ではあったが来た道を浮いて移動する。スタンもボット02もずっとテンション高く「飛んでる!」「スゴイ デス!」とはしゃいでいた。

まあ街の入り口近くに到着したあたりで「ゴメンもう無理☆」とマナナが力尽き、全員固まってちょっと地面に落下したが。土埃に塗れながら、スタンもボット02も「あはははは!面白かった!」と笑い合った。

 

「ジャア 、ボク ガ コノママ マナナ ヲ オウチ マデ オクリマス」

 

マナナを頭の上に乗っけたままボット02が立ち上がり、効くかわからないけどとカバンの中から薬瓶を取り出しマナナに手渡す。今度は魔法使い用のオクスリも持ち歩こうと呟いて。

じゃあ、とマナナが城に戻るスタンに手を振ろうとした時、スタンは笑いながら「またな!」と笑った。「毎日は無理だけど、また遊ぼう」と。

マナナがキョトンとした表情を浮かべると、

スタンは前より自由時間が取れるようになったから、とニコニコ笑う。以前は特に城の外へ出る理由が無かったため城内で勉強や自主練をしていたが、「友達」に会いに行くなら喜んで来ると。

 

「オレは戦えるし、マナナは魔法が使えるし、ボット02は怪我が治せるし…。ふたりと一緒なら最強だな、今度はちょっと遠くまで冒険に行こう!」

 

スタンの言葉にボット02もニコリと笑い「ナラ オクスリ イッパイ ヨウイ シマス」と己のカバンをポンと叩いた。他にも道具があった方がいいかな、こっそり秘密基地とか作っちゃおうか。

ワイワイと盛り上がるふたりを眺めながら、マナナは目をパチクリとさせていた。あれ?じゃあまだこのふたりと一緒にいられる?これからもこの面白いふたりと一緒に。

黙ったままのマナナに気付いたふたりが、少し困ったようにマナナを伺う。そんなふたりを見て、マナナはへらりと笑ってこう言った。

 

「うん!また遊ぼうか!」

 

全員の予定を擦り合わせ、じゃあ次はこの日にと約束を交わし、3人は笑顔で手を触り合って別れる。早くその日にならないかなとウキウキしながら。

城への帰り道をご機嫌で歩きながらスタンは、その日までに訓練頑張るぞと拳を握った。なんせふたりとも戦いには慣れていないだろう、なら戦士の自分が前に出ないといけない。でないと冒険が楽しくならない。

新たな目標を胸にスタンは意気揚々と城の門を潜った。

…おつかいの帰りがものすごく遅くなったことをとても叱られたが、それはまあ、些細な話。

 

■■■

 

しばらく経って、今日はマナナとボット02と遊ぶ日。城でやるべきことを全て済ませ、ウキウキ気分でスタンは城を飛び出した。

途中、初対面で「馴れ合う気はない」と言い放った剣士、グレンという名前らしい、とばったり出くわしたが、普段通り安定の無視をされる。

スタンは毎回めげずに挨拶と軽く会話を試みているが、ひとことふたこと返答があるだけであっという間に目の前からいなくなられてしまうのだ。仲良くなるどころの話ではない。

話しかければ返答してはくれるので完全に嫌われているとかではないと思うが。多分。

ぽつんと取り残されたスタンは気持ちを切り替えるように首を振り、マナナたちとの待ち合わせ場所へと走った。

 

待ち合わせ場所に着くと、ボット02はもうすでにおりスタンの姿を見つけると嬉しそうに手を振る。ふたりでしばらく待っていると「遅れてゴメンね?☆」とマナナがふわりと現れた。

全員揃った、じゃあ今日はちょっと遠くまで冒険に行こう!まあ流石に街から離れすぎないようにはするけども。

3人はワイワイと話をしながら歩き始める。お薬をたくさん持ってきた、武器の手入れをしてきた、魔法の練習をしてきた。みんな今日のため、少しばかり張り切ってきたと。

マナナはほとんど街の外には出ないし、スタンも今はまだ外での訓練はしていない。唯一外に出たことのあるボット02も薬草を採取するために出る程度。

「ヤクソウ ヲ オミセ ニ モッテイク ト、オクスリ ト コウカン シテ モラエルンデス」とボット02は得意げに語った。なるほど、じゃあ今日はボット02のいつも行く範囲を冒険しよう、薬草集めが目標だ。

ふわっとした目標を掲げ、ボット02のよく行く採取ポイントを巡りながら3人はあちこち歩き回る。次はあっち、今度はこっち、あそこにもありそうだから行ってみよう。

3人でお喋りしながら、たまにじゃれついてくる獣を追い払いながら、摘んだ薬草をボット02のカバンに入れた。「イツモヨリ イッパイ オクスリ ト コウカン デキソウ デス」そう言ってボット02が嬉しそうに笑うものだから、スタンもマナナも張り切って薬草を採取して行く。

 

薬草を探しずっと下を見ていたスタンがふと顔を上げると、少し離れた場所で小さなナニカがキラリと光った、ように見えた。白く、いや赤く?輝く不思議な色の小さなナニカ。

スタンが思わず「わあ?…」と漏らした声にマナナとボット02も顔を上げ同じ方向に目を向ける。ふたりにも不思議な色に見えるのだろう、「キ イロ?」「緑色?」と各々違う色でそれを称した。

なんだろう、と興味を惹かれたままに3人はそれへと近寄って行く。近付くたびにそれが何なのか、姿形がはっきりしてきた。あれは…。

 

「珍しいドラゴン!!」

 

スタンが大きな声を上げた。不思議な色をしているが姿形はドラゴンだ。小さな、子どものドラゴン。

騎士団ではドラゴンは危ないから迂闊に近寄ってはいけない、例え小さいドラゴンでも傍に親兄弟がいるかもしれないから、と言われてはいる。それを思い出したスタンが見渡しても親のようなドラゴン、つまり大きなドラゴンの姿は周囲には見当たらない。

 

「これは…迷子かもネ☆」

 

マナナが少し考えて言った。こんな小さなドラゴンのみで行動することはないだろうと、ならば親からはぐれて彷徨っている子竜だろうと。

迷子ならば保護をしたほうがいいのだろうか、いや親竜を探すべきか?いやしかしスタンたちが大きなドラゴンと対面して生きて帰れるとは思えないし。

 

「ゼノノ??ノー!」

 

迷子の竜をどうしようかと悩むスタンのマナナの会話が聞こえたのか、不思議な色の小竜は小さな手足をパタパタと動かし、力一杯首をふるふると横に振った。

こちらの言葉を理解しているようだ、その上でこの反応ということは。

 

「マイゴ ジャナイ!ッテ イッテ マスネ」

 

ボット02にはこのドラゴンの鳴き声が言葉として理解出来るらしい。その翻訳は正しいらしく、ドラゴンは「ゼノっ!」とコクコク頷いて嬉しそうにボット02の頭に乗った。

同時に「ゼノゼノ、ゼノゴン!」と何かを訴えるようにスタンたちに向けて指を突き出す。この声にスタンたちは首を傾げ、ボット02は「エ?」と困ったような表情を浮かべた。

 

「エット… マイゴ ハ ソッチ ダロ!…ッテ」

 

「え?」

 

「え?」

 

ボット02の翻訳にスタンのマナナは顔を見合わせる。いや迷子じゃないぞ?ちょっと冒険しに来ただけで、ほら街も城も見える範囲…。

スタンが周囲に目を向けると、そこにあったのはだだっ広い原っぱと程よい森。街の姿はどこにもない。おかしい、今日は街が見える範囲程度の冒険だったはず。

「ここどこ?」とスタンが困ったように眉を下げれば、マナナも「どこだろうねえ…」と頬を掻いた。どうやら薬草集めに夢中になりすぎて、結構遠くまで来てしまったようだ。

 

「いや違う!冒険!冒険してるだけだから!大丈夫、オレたちは迷子じゃない!」

 

スタンが不安を打ち消すように言い訳すると、不思議な色のドラゴン、さっき「ゼノゴン」と鳴いたからゼノゴンで良いだろう、も「ゼッノ!」とスタンに向けて力強く頷いた。

「ジブン モ ソウダ ッテ イッテ マス」そんなボット02の翻訳に、なるほど!オレたち一緒だなとスタンたちも力強く返す。

そのままなんか仲良くなって、ゼノゴンと共におやつタイムを取ることにした。これとか食べる?とゼノゴンに食べ物を渡したり、暖かな陽射しの元で横になったり。

基本的にドラゴンというものはヒトの手で扱えるような生き物ではないのだが、スタンたちの言語を理解出来るゼノゴンはとても人懐っこく「怖くないドラゴンもいるんだな」と錯覚するほどだった。

青い空、穏やかな風、新しい友達も出来たのんびりとした時間。4人はしばらくその時間を堪能することにした。

 

迷子は己を迷子だと認めない。

認めたら不安で泣きたくなってしまうから。

だからまあ、迷子の4人は誤魔化し誤魔化し力一杯遊んだ。

 

…で、これからどうしよう?

 

■■■■■■

■■■

 

そんなこともあったなとスタンはぼんやりと思い出す。まだ己が小さかった時、騎士団に入りたてだった頃の楽しかった思い出。

確かあの後マナナに空から大まかな方向を見てもらい、城の見えた方向にただひたすら進んでなんとか自力で帰れたはずだ。確か、多分。

あの時出会ったゼノゴンも「あっちに似た感じのドラゴンがいるっぽいよ☆」というマナナの言葉を聞いて、その方向に一目散に飛んでいった。あのゼノゴンは元気しているだろうか。

ふうとスタンは柔らかな息を吐く。割と色々やらかした記憶がなくはないが、楽しい日々だったなと。

なんせ今ではスタンも背も伸び、昔よりも立派な鎧と兜を身につけた、立派な騎士に成長しているのだ。見習いという肩書きが付いてはいるが。

昔と比べて髪も伸びた。まあもさもさ具合は変わらず毛量も凄まじいので、流石に昔のように頭の上で括るわけにもいかなくなったが。

1番楽なまとめ方、つまりは首の後ろ近くでひとつに結んでいるが、どう頑張ってももさっと広がる。我ながらどうなっているんだこの髪は。

前髪をチョイと弄りながらスタンは目の前にいるキラキラの騎士、ランスロットの話に耳を傾けた。ランスロットも昔と比べて背が伸び物腰も多少落ち着いている。

スタンの隣でランスロットの話を聞いているのは、同様に成長したアリアだ。こちらは落ち着いたかと問われたらすっと目を逸らしたくなるくらいは今でも元気いっぱい。

小さい頃色々あったらしいこのふたりは、その辺りのゴタゴタを全て実力でねじ伏せ、黙らせ、立派な騎士団の顔へと成長している。アリアに至っては親衛隊入りしていた。

スタンも頑張っていたつもりなのだが、ふたりとの距離は埋まらない。それでもふたりはスタンと仲良くしてくれるし、特訓も勉強も共に行ってくれる。感謝しかない。

今でも休憩時間に菓子をつまみながら、3人でダラっと話をしていた。担当部署が違うため、こういった雑談も情報共有として必要なのだろう。

その中でランスロットが「この前ドラゴンに会ったよ」と話始め、その話を聞いてスタンも昔のことを思い出した。ドラゴンと会った時の楽しい思い出。

まあランスロットの話は楽しい思い出ではないようだ、寝ているドラゴンに気付かずうっかり起こして怒らせたと困り顔で語る。

 

「共にいたテングリに呆れられたよ「怒り燃ゆ 眠る竜の目 覚ますとは…」と」

 

「当然じゃない!」

 

アリアも呆れたように言い放った。あれだけ存在感のあるドラゴンに気付かないってどういうことよ、とため息を吐く。

ランスロットは慌てながら「いやそのドラゴンは岩場にいてね?寝てたから動かなかったし、そういう色の岩だと思ってて」と弁明をした。

苦しい言い訳にも聞こえるが、本当なんだろうなとスタンは思う。ランスロットは基本的に余裕のある態度で事実しっかりしてはいるが、たまに「どうして」と言いたくなるほどの大ポカをやらかすことがあるから。

それを聞いてアリアは「信じらんない…」と己の前髪をクルクルと弄った。ドラゴンよ?しかも話を聞く限り凄く大きくて凄く重い深緑色の重竜じゃない!とランスロットを睨む。

 

「あのねえ、そんな色の大きな岩なんてあるわけないでしょ!」

 

ごもっとも。

アリアの指摘に苦笑しながら目を逸らすランスロット。そのままお説教へと移行したが、ランスロットは甘んじてそれを聞く。

怒らせ襲われ命の危機に瀕したのは事実だ。それにアリアのこれはランスロットを心配してのこと。ランスロット的にはその想いを無碍にはできない。

「ドラゴンは全部危険なんだってば!気をつけなきゃダメだし、迂闊に近付いちゃダメでしょ!」というランスロットを叱るアリアの言葉を聞いて、スタンはすっと目を逸らした。小さな頃、小さなドラゴンだったとはいえ、スタンも無防備にドラゴンに近付いて、あまつさえ一緒に遊んだわけで。

そのスタンの不審な行動はしっかりアリアの視界に映ったらしく、当然アリアから「スタン?」という厳しい声が飛んでくる。

 

「…何やったか話して?」

 

「ち、小さい頃の話だし…」

 

「うん、なんかやったのね?話して?」

 

これが誘導尋問というやつか。スタンがアワアワとランスロットに助けを求めるよう視線を送るが、ランスロットは「一緒に叱られようか!」と爽やかな笑顔を返してきた。

叱られるとわかっていて、自分のやらかしを素直に自白できる者はそういない。

「昔のことだから!」と逃げようとするスタンと「いいから」と圧をかけるアリアの攻防が続き、まあ予想通り押し負けたスタンの自白を聞いて案の定アリアの雷が落ちた。自然とスタンもランスロットも床に正座し、アリアからのお説教を聞くことになる。

はい、…はい、反省してます…。不用意にどっか行かないし、無防備に危ないものには近付きません…。気をつけます…。

 

お説教タイム、もとい休憩時間が終わり、3人は仕事に戻る。アリアは親衛隊に、ランスロットは街の外の見回りに、スタンは街の中の見回りに。

重要人物護衛、街の外の守護、街の中の守護。3人とも担当は違うが、全て騎士の仕事。 国を護るため必要な役割。

 

「仕事中なんだから買い食いとかしちゃダメだからね!」

 

「しないぞ!?」

 

別れ際にアリアから忠告を受け、スタンは慌てて首を振った。いやまあうん買い食いはしない買い食いは。ただちょっと街のヒトたちがおやつをくれるだけで。断るのもほら悪いし。

スタンは街のヒトらに好かれている。大半のヒトが頻繁におやつを分けてくれるくらいに。子どもがスタンをジャングルジムに見立てて登ってくるくらいに。

スタンは城内の奥へと走り去るアリアを見送り、ランスロットと共に城を出る。と、途中で白い剣士、グレンの後ろ姿が見えた。

いまだにほぼほぼ接点がない。たまに休憩所で顔を合わせ、たまに訓練所で剣を振るっているのを見かけるくらい。最低限の交流しかとれない。

とはいえ、スタンは彼を見るたび不思議に思う。

 

「…あれだけ強いならとっくの昔に騎士になってそうなのに」

 

訓練所で見かけた時の彼の覇気を思い出しスタンは目を瞑った。離れていても肌を襲ったあの冷気。

それだけで「ああ彼はとても強いのだ」と理解できたのだから、実際手合わせしたらコテンパンにされるだろう。それなのに彼は「騎士」ではなく「剣士」のまま。

まあ単に騎士になる気がないだけかもしれないが。

 

「ん?ああ…」

 

スタンの見ている場所に目を向けたランスロットは困ったように頬を掻く。「騎士ってのは、強ければなれるものではないからね…」と言葉を濁しながら。

彼はもしも強さだけが条件の軍があれば、すぐ上に行くだろう。ただここはこの国はマトモな軍部は、そうではない。故に彼は「戦士」ではなく「騎士」でもない。それだけの話だと。

スタンはランスロットの話を聞いて、不思議そうな顔で首を捻った。まあ確かに、強さが条件ならばスタンはまだまだ騎士になれていないだろう。しかし現状、見習いではあるが騎士と認められている。

もしやグレンにとって己は結構目障りなのではという考えがスタンの頭をよぎった。なんせ自分より明らかに弱いやつが騎士になってるのだから。こんな弱いやつを兵として採用するなんてと国そのものに不信を抱かせたりしてないだろうか。

 

「……強くなろう…」

 

ひとりでそう結論付けうんと頷くスタンを見て不思議に思いながらもランスロットは「そうだね」と返事をする。ランスロットから見てもスタンはまだ伸びしろがありそうだ。

それはもちろんランスロットも。

お互い頑張ろうと声を掛け、ふたりは己の仕事場に向かった。

 

■■■

 

街のヒトたちと交流しつつ、困り事を手助けしつつ、仕事が終わったら訓練しつつ。そんな生活の区切りの休日。

スタンは待ち合わせ場所へとウキウキ向かった。待ち合わせ相手はいつものふたり。

「遅くなった!」とスタンが声を掛けて振り向いたのはマナナールとボット03。スタンが小さな頃出会って、一緒に冒険したマナナとボット02が成長した姿だ。

あの時育んだ友情は未だ潰えず、その後も定期的に遊び、全員同じくらいに背が伸びた。マナナは家の方針で、ボット02はばーじょん?の更新?をわかりやすくするため、ふたりとも名前が若干変わっているが本人自体はほとんど変わらない。

いや、ちょっと変わった。ボット03だ。

昔は「サポート用ロボ」という側面がとても強く、ロボらしく機械システム的な喋り方、敬語で言葉を発していたが、今は。

 

「ジカン ドオリ ダヨ!」

 

この様に敬語が取れ、口語調で喋るようになっている。街のヒトらに「ロボではなくヒト」として扱われたのと、マナナやスタンの影響が大きいのだろう。

1番接していたふたりが気安く話しかけ「トモダチ」として過ごした日々の積み重ねのおかげで、03に成長した際人懐っこく接しやすい性格と口調に変化したようだ。

その変化にマナナもといマナナールがえらくご機嫌で、うんうん面白いねぇ☆と楽しそうにボット03の頭の上に肘を付いた。「カバンも大きくなったから安定性抜群☆」とボット03の上で猫の様に微笑む。

「キミタチ ガ ムチャ スルカラ…」とボット03はむうと困った顔を浮かべた。スタンは怪我をしがちだし、マナナはテンション上がると魔力を限界まで使いがちだし、ならあの道具を持って行ったほうが良い、これもそれも必要だ、と持ち物を増やした結果昔持っていたカバンが破裂したらしい。

それを補修しつつサイズアップしたら今の大きさになったのだという。ボット03は心配性だなあとスタンとマナナールは笑い、ボット03本人は軽くため息を付いた。

マナナは名前が変わったくらいでほとんど変わらない。昔と同じく飄々とした明るい気まぐれな魔術師。

まあスタンも騎士として色々と学んだ結果、マナナールのこの態度は名家の育ちのせいもあるのかなと察してはいるが。表面上は人当たりが良さそうに見せておいて、内面ではかなり色々と考えている、そんな雰囲気。事実、内側を簡単には見せない・読ませないという仕草はたまに感じられた。

まあこの3人でいるときはほとんど素だろう、結構気を抜いている気はする。ボット03のカバンの中身を勝手に漁りながらケタケタ笑っているマナナールを見て、スタンは嬉しそうに笑った。

 

さて。

今日はお休み、ならば息抜き。昔からこの3人が揃った時は少し遠くまで足を運ぶ。

1番最初にかなり遠くまで迷子もとい冒険をした経験から「割と遠くへ行っても大丈夫そうだな」と認識してしまい、体躯が大きくなったのも相まって更に遠くへと冒険しに行っていた。

隣国近くまでなら徒歩でも日帰りで帰れる距離であり、危険なドラゴンや獣がいなくもないが比較的安全。隣国の住民も友好的であるため彷徨いていても咎められることもない。

なんせ隣国は自国の女王と血縁のある国なのだ。文字通り姉妹国。自身の身を守る術があるのならば息抜きに遠出するには丁度良い場所だった。

なので今日もそちらの方へと出掛けるつもりだ。

 

近況報告をしながらのんびりと歩く。家柄の関係からかマナナールはアリアと何度か顔を合わせたことがあるし、街の外に出る関係からボット03はランスロットと顔を合わせたことがあった。

そのため3人は共通の話題も多い。普段見られない仕事モードの騎士仲間たちの話や、オフモードの騎士たちの話、街の住民の様子や街の外の話。話題が尽きることはない。

ピクニック気分で休むに良さげな場所を探しながら3人が歩いていくと、緑豊かな景色に違和感が現れ始めた。

最初は葉っぱがおかしな形に削れている程度だったが、その違和感は隣国に近付く度に強くなる。葉っぱだけではなく枝が、そしてところどころの木々が枯れて、否、燃え尽きて炭の様に真っ黒になっていった。

そのうち地面までも真っ黒に染まっていく。まるで誰かに火を付けられたかのような痛々しい景色。

スタンたちは思わず足を止め、周囲を見渡した。何があった?ドラゴンでも暴れたのか?でもそれにしては…。

先ほどまでの穏やかな雰囲気は一変し、不穏な空気がスタンを襲う。それはマナナールもボット03も同じだったようで。

 

「これはちょっと…ヤバげかもねー…」

 

「エマージェンシー!エマージェンシー!」

 

勘の良いマナナールが「ヤバい」といい、危機管理能力の高いボット03が「緊急」のコールを鳴らしていた。ならばこれはただドラゴンや獣が暴れたわけではない。

それよりももっと、もっと邪悪なナニカ。

明らかな悪意を持って行われた破壊。

スタンはそれを行う存在を、物語の中で知っていた。

物語の中で、だ。

だからそれが己の目の前にいるなんて、カケラも想像していなかった。

思わずスタンは声を漏らす。

 

「なんて威圧感だ…!これが、」

 

魔王。

 

スタンたちの目の前には、今まさに周囲を燃やし破壊し尽くす魔王がいた。竜のような角と翼、火の様に赤い体を持つ魔王。

スタンたちに気付いた魔王は破壊の手を止め「予想より早いな」と愉しそうに嗤う。考えなしの馬鹿か、ただの鉄砲玉か、捨て石は知らないがとスタンたちを見定めるかのように視線を動かし「もう潰れた国のために死ぬ気か」と嘲笑った。

 

え?今こいつはなんて言った?

潰れ、いやそんなはずはない、だってオレたたちはついさっき街を出たんだ。いつも通りの街を、活気のある街を。

 

魔王の言葉に動揺したのはスタンだけではなく、マナナールもボット03も同様に、むしろスタン以上に狼狽している。

露骨に動揺しているスタンたちの姿を見て魔王は彼らを見下すように嗤い飛ばした。小動物が怯える姿を愉しむかのように、無抵抗の虫を潰すかのように。

 

「どうした?怖気づいたのか?このゴミどもが!?」|

 

そこまで言われても動揺により恐慌状態に陥っているマナナールたちは動けない。そりゃそうだ、突然住んでいる国は滅ぼしましたと言われて、微塵も動揺しない者はいないだろう。例えそれが虚言だったとしても。

マナナールたちは魔王の行った破壊の跡を見ている、故に事実かもしれないと考えてしまう。こいつならこの短時間で国ひとつ滅ぼすことができるだろうと。

ただ

3人の中でもひとりだけ

動揺はしたもののすぐにそれを打ち消せた者がいた。

それは

王国には騎士団があることを知っていて

騎士団には優秀な人材がたくさんいることを知っていて

アリアやランスロットがいることを知っている

「見習い騎士」のスタンだ。

スタンは知っている、騎士団がそんなにヤワじゃないことを。あの騎士団がいるのにこの短時間で国が潰されるはずがないということを。アリアたちがそんな簡単にやられるはずがない。

だから魔王の言葉は虚言、スタンたちを弄ぶための言葉だと一瞬で切り替え、スタンはパンと己の頬を叩いた。

その音に驚きマナナールたちがスタンを見たが、スタンはそれに気付かない。大きく息を吐き出し「魔王」のみを見据えていた。

 

マナナールも、ボット03も戦いには慣れていない。襲ってきた獣を追い返すくらいしかしたことない。

ならオレが

そこまで得意じゃないけど戦えるオレが

見習いだろうとなんだろうと

「騎士」のオレが

前に立たなくちゃいけない

前に立つべきだ

オレしかできないこと

オレがやるべきこと

 

息を吐き切り、スタンは剣をしっかり握り直した。「逃げて」と小さく、マナナールたちに聞こえるくらいの音量で呟いて、視線は刃は魔王にしっかりと向ける。

大丈夫、大丈夫。倒さなくていい、無理はしなくていい。

ふたりが逃げられる時間を稼げればいいだけだ。

それならなりふり構わずやれる。後を考えなくていいのだから。

だから、

 

「気圧されるな…!行くぞ!いっけぇぇぇ!」

 

自分を鼓舞するための言葉を思い切り吐き出しながら、スタンはガムシャラに魔王の元へと飛び込んだ。これが騎士として正しい行動なのかはわからない。

ただ出来るオレがやらなきゃ皆死ぬ。それが1番嫌だ。

そんなスタンの姿を見て、魔王は「ほう?」と興味深そうに目を細める。先ほどの小馬鹿にしたような声色とは違い、滲むのは若干の関心。

 

「これだけの闘気を受けても挑んでくるか!?…おもしろい!」

 

笑みを浮かべた魔王はスタンの振るう剣を片手で止めた。怯まなかったことだけは褒めてやるが、実力は大したことないなと言わんばかりに。

スタンの瞳が驚愕で見開かれ、悔しさで歯をギリリと慣らす。足りない、届かない、これでは。

 

オレは、弱い。

 

魔王はスタンの頭に向けて手を伸ばした。虫ケラを潰そうと、燃やし尽くそうと。

魔王の手から放たれた炎が今まさにスタンを焼こうとした瞬間、大きな風がスタンと魔王の間に発生し両者を引き離す。この風は。

吹き飛ばされたスタンが驚いて背後を振り返ると、真っ青な顔で、今にも泣き出しそうな顔で、それでも必死に魔王を睨み付ける友人たちの姿が映った。逃げろと言ったのに、生きてほしいと願ったのに、彼らはまだここに残っている。

なんで、とスタンが呟くとマナナールは大声叫んだ。

 

「痛いのは嫌いだし死にたくはないよ!でも、それよりも、スタンがいなくなるほうがボクは嫌だ!」

 

そしてまたマナナールは風の塊を魔王に向けて放つ。風が火を吹き消すかのように、魔王の動きは少しだけ鈍った。魔王の眼光がギラリと光り、鬱陶しい魔術師に狙いを定めている。

スタンの中でチャンスだという気持ちとマナナールが危ないという気持ちが同時に生まれた。生まれただけだ、反射的にスタンの身体は友人を守ろうと魔王とマナナールの間に走り込む。

その時、

 

「イッタン サガッテ!!」

 

優しい音が聞こえた。

その音と共にボット03が躍り出る。マナナールを守ろうとしたスタンの更に目の前に、大きな身体が立ち塞がった。ヒトよりも頑丈な頼もしい背中。

「ディフェンスモード」というシステム音が鳴り、ボット03はテコでもここを動かないぞと魔王の攻撃を受けながら睨み付ける。魔王の舌打ちがスタンの耳に届いた。

 

魔王としてはやりにくいだろう。ちょこまか動き回る騎士に集中すれば遠くから風の魔法が飛んできて、厄介な魔術師に注視すれば騎士が背後から襲ってくる。ならばとまとめて潰そうとすれば、頑丈なロボが全てを守るのだ。

戦い慣れていない、泣きそうな顔の必死な顔のガムシャラで無茶苦茶な虫ケラ3体に思った以上に手こずった。

そして。

 

「赤騎士のー…!聖っ剣!!」

 

騎士の剣が眩く光り魔王の体に剣が振り下ろされる。魔王とは真逆の正しく聖しい一筋の光。真っ白な世界の片隅から「…やったか!?」という騎士の声が聞こえてきた。

魔王はぽつりと呟く。

ああ、予想外だ。こんなところにこんなものがあるなんて。とてもとても、不愉快だ。と。

 

■■■

 

やったか!?なんて言葉が流れる時は、大抵やれてない時だ。言われた相手はだいたい生きている。

例に漏れずその言葉を言われた魔王は憎々しげにスタンを見下ろしていた。スタンは体勢を立て直し、再度魔王に剣を向ける。

ならばもう一度、やれるまで何度も。「やったぜ」と言えるまでずっと。ふたりと一緒ならふたりがいてくれるならいつまでも。

そんなスタンの覚悟は、魔王の「時間か」という言葉と共に霧散した。舌打ちと射殺さんばかりの眼光を残し、魔王がその場から飛び立ったからだ。

何が起こっているのかわからず、魔王の気配が無くなってもしばらくは3人ともその場から動けずにいた。

 

ようやく我に返ったスタンははゆるゆると地面に座り込む。今更身体が震えてきたし怖くなってきた。

若干涙ぐむスタンの頬をマナナールがガッと掴んで「スタン!生きてる!?生きてるね!生きてる!!」と泣きながら震えながら確認する。マナナールのこんな顔はこんなに慌てている姿は珍しいなと、思わずスタンはへらりと笑った。

「チリョウ スルヨ!」というボット03の呼び掛けにスタンとマナナールは顔を見合わせ、「いやキミが先」と声を揃えてボット03のカバンを引ったくり治療道具を引っ張り出す。1番大変だったのはキミだろう、ありがとう助かったとボット03を包帯でぐるぐる巻きにした。

ぐるぐる巻きにされ動きにくいと困った声で訴えるボット03の姿を見て、ようやく全員の顔に安堵と笑顔が戻ってくる。

生きててよかった、これでちゃんと、みんなで帰れる。

 

帰るといえばとマナナールの声が落ち込む。魔王の言っていたことは本当だろうかと。国は滅びて帰る場所などないのではないかと。

この場所なら隣国に避難したほうが近いかもしれないというマナナールの言葉に、スタンは首を振った。

確認のため王国には戻りたいと。騎士団があるのにあんな短時間で全滅するとは思えないと。もし無事なら報告をしたいと。

スタンの訴えにマナナールは苦笑して「立派な騎士さんだなぁ☆」といつもの調子で軽口を叩く。「ナラ ボク ガ フタリ ヲ オンブ スルヨ」と胸を張るボット03だが、流石にそれは申し訳ない。

徒歩で戻ろうとスタンが立ち上がるとマナナールがニパッと笑って杖を光らせた。

 

「うん、わかった。やっちゃうよ?☆」

 

何を?というスタンの言葉は風に掻き消される。物凄い強さの風に身体を包まれスタンもボット03も、そしてマナナールもぶわっと空に浮かび上がった。

「吹っ飛んじゃえ☆」とマナナールが杖を振るうとビュンとスタンたちは吹き飛ばされる。王国の、お城に向かって一直線に。なるほどこれなら早いし障害物も地形も無視して帰れるな、怖いけど物凄く怖いけど。

吹っ飛ばすだけだから着地は自分でやってね、という恐ろしい言葉は聞かなかったことにした。

たすけて。

 

■■■

 

結論から言うとスタンとボット03は城の壁に叩きつけられた。死んだと思った。

物凄い音がしたらしく、ズルズルと地面に落下したあと敵襲かと誤解した王国騎士たちに取り囲まれた。死んだと思った。

ちゃっかり自分だけ激突も落下も避けたマナナールが騎士たちに説明してくれなかったら、あのまま牢屋にでも連れて行かれていたのではないかと思う。

ちょっと怒ったボット03が涙目でマナナールに瓶を投げつけていたが、仕方ないと思う。まあ投げつけていた瓶は魔力回復薬だったらしいが。ボット03の怒りと感謝の葛藤がよくわかる。

 

さて、先程の出来事を見てわかるように王国はピンピンしていた。城は現存しているし、騎士たちは元気だし、恐らく城下町も平常通りだろう。

そんなこんなでスタンたちが安堵したのも束の間、なんか騎士たちに両脇を固められ、何故かそのまま運ばれ、よくわからんうちに謁見の間に到着し、いつの間にやら女王の真正面に放り込まれた。

混乱するスタンとボット03を尻目に、ケロっとしているマナナール。マナナールにもう全部任せたい。しかし女王はスタンを見ている。たすけて。

そりゃこの面子だったら自分とこの騎士に事情聞くでしょとマナナールが小声で教えてくれたが、無理!無理です!えらいひととちゃんとおはなしする自信がありません!まだ見習いなんだよオレは!!!!

 

「スタン」

 

「ひゃい!」

 

女王がスタンの名を呼ぶ。反射的に返事をした後、スタンは不思議そうに目を瞬かせた。あれ?オレの名前知ってるんだ?

自分の所の騎士の名前くらい把握してるわよと呆れたように女王は微笑み「何があったのかしら?」と優しい声でスタンに問うた。その声を聞いて少し落ち着いたスタンは、つっかえつっかえ、しどろもどろになりながらも先程あった事を語り始める。

マナナールとボット03が補足してくれて助かった、泣くところだった。

スタンたちからの説明を聞いて女王は「なるほど…」と呟き横にいた親衛隊に何か耳打ちをする。少ししてすぐにその隊員が戻ってきて、女王に紙を手渡した。

その紙を見て女王は安堵の表情を浮かべ、スタンたちに向き直る。

 

「事情はわかったわ。…貴方を正式な騎士に任命します」

 

なんか突然見習いが取れた。

キョトンとするスタンに女王が理由を告げる。どうやら昇格の理由は「魔王という存在の発見・確認・調査報告、そしてそれを退けた功績」となるらしい。

邂逅したのはたまたまだし、調べようと思って調べたわけではない。友達を守ろうと必死だっただけだ。退けられたのも友達がいたからだし、そもそも魔王はなんか勝手にどっか行った。

故にスタンは功績とされるほどのことはしていない、そう己で思っている。だから女王の言葉を否定しようと、訂正をしようとスタンは口を開いた。

その瞬間マナナールがスタンの口をパシンと塞ぎ、にこりと微笑む。その顔には「ちょっと黙っててね☆」と書かれていた。

スタンが目を白黒させている間に女王は「勿論、そちらのおふたりにも褒章を」とどんどん話を進めていき、マナナールは涼しい顔で「拝領いたします」と頭を下げる。マナナールに倣って慌ててボット03も頭を下げていた。

スタンが何も理解できないままサクサクと処理が終わり、女王は謁見の前から退出する。女王の後ろ姿が見えなくなり、扉が閉まってからようやく、スタンの口は解放された。

ぷはと大きく息を吐き出し、スタンは戸惑いながらマナナールに顔を向ける。

 

「っ何するんだ、」

 

「王族の決定を否定しようとしたでしょ?」

 

王国騎士のキミがそれをしちゃダメ、とマナナールはスタンを杖で小突く。ほんっっとヒヤヒヤしたとマナナールは大きく大きく息を吐き出した。

そもそも突貫の面会だったとはいえ帯刀したまたま武器を持ったまま王族と謁見とか恐怖しかないとマナナールは己の杖を撫でる。スタンは全く気にしていなかったが、それは女王からの「貴方がたのことは全面的に信用・信頼しています」のメッセージだったらしい。

まあ逆に「そこまでしてるんだから全て正直に話せ」という意味も込められているため、マナナールは終始スタンの補足に回ったわけだが。

だから発言があんなにすんなり信用され、スムーズに話が進んだ。

王族がそういう対応してるのに、その信用を裏切るかのような否定的な態度はダメでしょ、というか王族の言葉を否定するのはダメでしょ、キミはその王族に仕える騎士なんだからさと、マナナールはため息を吐く。

そう、かとなんとなく理解したようなしてないような顔でスタンは頷いた。こういうところが「見習い」だった所以だろう、若干宮廷のルールに疎い。

ちゃんと教えといてよ騎士さんたち、とマナナールは周りで控えている騎士たちを一瞥した。

 

しかし、とスタンは首を傾ける。

結果的に有用な情報だったから良いものの、何故詳細も何も話していない時点で信用されていたのだろうか。ここに到着した時に騎士たちにマナナールが説明してはいたが、かなり簡素な内容だったはずだ。

確か「魔王と戦ってきた」程度の簡単な説明。本来なら言い訳や戯言だと一蹴されてもおかしくない内容だっただろうに。

スタンの疑問に答えたのはやはりマナナール。

 

「多分女王は別ルートで魔王の情報自体は掴んでいたんじゃないかな?」

 

故に魔王の情報を欲していて、今回の騒ぎで明らかに嘘をつけなさそうなスタンが当事者だったから全面信頼の意を示したのだろうと。褒章がかなり高いし、欲していた情報以上の情報だったんだろうねえとマナナールは頬を掻いた。

だから素直に貰っておいていいと思うよ?とマナナールはニパッと笑う。

マナナールの解説を聞いていたスタンとボット03は「偉いヒトたちの見えないところの攻防とルールと仕込みと読み取り能力怖い」と若干怯えた。マナナールがいてくれてよかった、ありがとう名家。

 

■■■

■■■

 

キィと執務室の扉が開かれた。入口にいる近衛兵に視線を送り女王は己の部屋へと入る。

情報自体はかなり有用だ、魔王の姿形と手札が判明したのは大きい。スタンという騎士の話から描かれた魔王の姿絵。竜のような姿の赤い魔王。

そんな姿なだけあって、魔王は宝玉のようなものを持っているらしい。龍ならば神通力の源とされる神秘の宝珠。どんな願いも叶える、意のままに宝を生み出す不思議な珠。

 

「腹立つ…」

 

実際そんな力はないのかもしれないが、龍を気取って魔王がそんなもん持ってること自体がムカつく。

王族らしさのカケラもない言葉をつい漏らしながら、女王はちらりと大きな窓に目を向けた。保護は、出来たらしい。ならば安心だ。

「ついこの前、会ったばかりだったのに」そんな言葉を小さく漏らす。

女王には姉がいる、勿論姉も女王だ。姉妹で隣り合う国を治めていた。

子供の頃に一緒に遊んだ記憶はある。ただ最近は、お互い女王の仕事が忙しくて会う暇などなかった。近隣の情勢は逐一調べているから、互いの国が平穏なことは把握していたが。

それなのにこの前突然姉が、隣国の女王がアポも取らずに訪問してきたのだ。「久しぶりに愛しの妹ちゃんに会えて嬉しい」と妹を溺愛している姉を装ってまで。

姉は厳格が服を着て歩いているようなヒトだ。洗脳でもされているのかと本気で疑った。

「久々に姉妹水入らずでお話したいわ」と近衛も親衛隊も御付きも全て部屋から追い出した時点で察しはしたものの、ふたりきりになってようやくいつもの表情になった姉を見て安堵したのは妹として失格だろうか。

 

「恐らく、魔王と内通してる者がいるわ」

 

いつもの厳しい表情で、姉は簡潔に結論から切り出した。ここ最近、姉の国の周囲がきな臭く、不審な事件が増加していると言う。

表面上は事故として、秘密裏に色々と調査した結果「魔王」の発生に気付いたらしい。ただ、調べた魔王の性質的に工作を仕掛けるような性格ではなかった。

ならば「誰か」が、国の内情に詳しい何者かが魔王に協力しているのだろうと。恐らく立ち回り的に兵士の誰か。

唐突すぎて頭の処理が追いつかない、が、それを顔に出したら叱られる。必死に動揺を抑え「私の国?姉さまの国?」と言葉を返した。

其方のところだ、と姉はトンと机を叩く。何度か少しばかり罠を、国内にいたらすぐに気付く程度の嘘の内容を混ぜ込んだ情報を流したにも関わらず、そいつはそのまま引っかかった。

ならば「裏切り者」は姉の国のものではない可能性が高い。

まあこちらの国にのみ工作を仕掛けているあたり、厳密には両方の国間での戦争でも狙っているのかも知れないがと姉は恐ろしい言葉を繰り出しながら。

それを聞いて少しばかり青ざめてしまった。それはすぐさま姉に指摘される。

 

「魔王と内通している其方の国の兵士が、妾の国を襲ったらどうなるか、其方がわからないはずないでしょう?」

 

言われてみればその通りだ、個人の裏切りだの魔王と内通しているだの、国民が理解できるはずもない。そいつが我が国の鎧を身につけているならば、誰が見ても「隣国が差し向けてきた刺客」にしか思えないだろう。

そいつが「魔王様のために!魔王様のために!」と怒鳴り散らしながら暴れてくれれば話は早いが、まあそこまで馬鹿な奴は裏切りなんてしてもすぐバレる。

姉が言うにはその裏切り者の尻尾すら掴めていないらしい。こちらとしてもそんな不審な行動を行っている兵の報告など上がってきていない。

己の国の兵を疑いたくはない、が、裏切り者がいる言われてしまうと誰も彼も怪しく見える。つい考えこんで眉間に皺が寄っていたのだろう、姉が私の額をピンと弾いた。

此奴を捕まえるには現行犯でないと難しいだろう、と。それほど狡猾でズル賢い。ならば。

 

そうして姉は、いいえ、隣国の王である「白の女王」は、私、いえ、この国の王である「赤の女王」に話を持ちかける。

姉妹の微笑ましい会話ではない、国の代表同士の国のための会合。

話し合いは夜遅くまで続き、一応の結論が出て、一旦解散となった。

そして今日。

 

裏切り者が姿を現し、計画通りに姉の国は襲われた。

 

■■■

 

ふうと女王は息を吐く。

姉が保護出来たのは僥倖だった。なんせ当人は「計画通りに行ったら妾は死ぬでしょうね」とさらりと言ってのけたのだ。女王として理解は出来るが身内としては理解出来ない。

普通に考えたら「滅ぼした国の王の首」なんざ、トロフィーとして完璧だ。お前がここで首を差し出せば国民は助けるなどと言われたら自分とて喜んで敵に差し出すだろう。

ただ身内としては姉に死んでほしくない。厳しいし何度も叱られはしたが、姉からは優しさも愛情もたっぷり与えてもらった。そんな姉がいなくなるのは嫌だ。

姉は己が死んでも問題無いように手を回してはいたが、死ななくとも良いなら死なない方が良い。

そう思ってうちの騎士と魔王が遭遇したとの報が入った瞬間、姉の国に向けて馬を走らせた。結果うまいこと合流出来たらしい。

裏切り者は姉の首を欲しなかったのか、それとも。

 

女王が思考を巡らせようとした時、ノックの音が響いた。ああ、当人がご到着のようだ。

入室の許可を出すと少しばかり髪の乱れた姉が、それでも威厳を崩さず凛と立っている。

兵に指示を出しふたりきりにしてもらった。正面に座る姉は、珍しく気落ちした様子を隠さない。

 

「…犠牲、は最小限に出来たのね。民の受け入れ、感謝します」

 

姉としてはその最小限すら出すつもりはなかったのだろう。信頼出来る者にある程度は話し、姉の国では「何かあったら隣国へ避難誘導」、こちらでは「避難民の受け入れと居住地の確保」を指示してあった。

それでもやはり民を逃すため犠牲となった兵は居たし、女王を逃がそうと壁になった騎士は出てきてしまったようだ。何かあったらすぐさま逃げろと言い付けておいたのにと姉は悲しそうに微笑む。

ただ幸いだったのは、うちの騎士がたまたま偶然国境近くに居て、たまたま偶然魔王と遭遇し、たまたま偶然魔王を退けたことだ。

魔王側としては、襲撃され国から逃げ出した民を国境近くで襲い、全ての罪をうちの国に押し付ける算段だったのだろう。そんなことされたらうちの国は諸外国全てからの印象が悪くなる。

それが、たまたま居たうちの騎士が魔王の注意を引き付けてくれたおかげで、隣国の避難民は安全にうちの国へと移動出来たのだ。

しかもうちの騎士は魔王と割と派手にドンパチやっていたらしい。その活躍は避難民たちの目や耳にも入り、「襲撃してきたのはこの国ではなく別の何か」だと認識したようで、こちらの国へと移動がとてもスムーズだったと聞く。

まあ全員が全員信じたわけではないだろうし、全員が素直にこの国に避難してきたわけではないとは思うが。

 

あとこちらとしてやることは「魔王という存在の開示」「魔王に協力している者の開示」「隣国へと襲撃の実行犯はこの魔王一味であり、この国は関与していないと宣言」あたりか。

実際は裏切り者がこの国の者なのだから関与しているといえばしているのだが、国としては知らぬ存ぜぬで通すべきだ。国関係のどこかに所属していたならば情報を全て抹消しておかなくては。

 

「裏切り者だけど。彼奴、馬鹿正直に名乗ったわ」

 

殺すつもりだったから冥土の土産として教えてくれたのかしらねと姉は呆れたように頬杖を付いた。そういう性格なのか無駄に律儀なのか。裏切り者がわざわざ馬鹿正直に名乗らなくとも良いだろうに。

いやこちらとしては調べる手間が省けて楽なんだけど。

 

「あと魔王の名前も。…一応妾の方でも調べてはあったけれど、確定した、ということね」

 

魔王の名はバスカー。なるほど敵の名前は把握した。これからやるべきことは多い。

私たちは騎士や兵のように戦うことを得意としてはいない。しかし私たちには私たちなりの闘い方がある。

犠牲は出た、姉の国は壊れた、完璧ではない。けれども先手を取ってこれたと思う。国民の大半が無事に避難出来たのだから、敵の情報を得ているのだから、最悪の盤面は回避出来たのだから。

 

頑張るぞ!と決意を新たにする妹を見て、姉は微笑みそうになる口元を引き締めた。

口元を手で隠しながら姉は、堂々と真正面から襲撃してきた裏切り者の姿を思い出す。馬鹿正直に名乗ったことといい、真正面からの襲撃といい、どうにも挙動がおかしいのだ。

魔王信者の荒くれ者ならばもっと賊のような態度になるだろうし、策略家ならばもっと狡猾に動くはず。そのどちらでもない。

挙動としては、感性のマトモな正々堂々とした騎士なのだ。ただ明らかにどこかがおかしい。騎士として不適合だと判断されるレベルで、どこかがイカれている。

魔王より厄介そうだなと姉は視線を流した。こういうタイプは何をやらかしてくるか予想が立てにくい。

マトモな狂人の思考を理解することは、常人には不可能なのだから。

 

■■■

■■■

 

スタンの見習いの文字が取れた、と思ったのも束の間。あれやそれやこれやと色々発表され、あれやそれやとバタバタ忙しくなってきた。

普段と業務が変わったり、組む相手が変わったり、ヘルプに入ったり、街のヒトや避難民のケアをしたり。

国内の警備を固めつつ、周囲の警戒も増やしつつ、あとは。

 

「グレンが…」

 

魔王との内通者、平穏な世界の裏切り者、平和な国を滅ぼした真犯人。それの捜索、討伐も騎士たちの仕事に組み込まれた。

まあ厳密に言えば指名手配犯のような扱いなのでメイン業務ではないが。この顔にピンと来たら騎士団まで。

そんな裏切り者の情報が出た時からスタンは落ち込んでいる。本日の仕事の相方であるアリアは呆れたように息を吐いた。

 

「とっとと見回り行くわよ?」

 

「…もっと、」

 

もっとちゃんと話をしてたら、止められてたかな。もっと仲良くなれてたら、アイツはこんなことしなかったかな。友達になれていたら、様子がおかしいことに気付たのかな。

もう済んだことだ、起きてしまったことだ。ぐだぐだ考えるだけ無駄なことはわかっている。それでも「もしかしたら防げたことなのではないか」と感じてしまう。

しょんぼりとするスタンの背中をバンと叩き、アリアは「しゃんとする!」と叱った。騎士なら騎士らしくしろと。

 

「それに、スタンがどうこうしたところで変わらないわよ。向こうがこっちを拒絶してたもの」

 

グレンはスタンも言われた「馴れ合うつもりはない」という言葉を、律儀にほぼ全員に宣言していたらしい。ここに出入りしていた理由も「強くなること」だけが目的だったようで、まあ実際強かったけどとアリアはそっぽを向いた。

どうせ国内で1番強くなったと思い込んで魔王に自分を売り込んだだけでしょと頬を膨らます。強さに酔ってなんでも思い通りになると思って。

プンスカ怒るアリアの言葉にスタンは少し首を傾けた。そうだろうか、確かにあまり交流は持てなかったが、何度か言葉を交わした際はそんな風に感じなかったのだが。

己の強さを自慢するというよりは、どちらかというと「平和のために強くならなくては」みたいな雰囲気があったような。

首を傾げるスタンを、アリアは「あんなヤツのことはいいから!行くよ!」と引っ張った。向かうのは街の外、今日は外回りのヘルプ。

見習いが取れたばかりのスタンや親衛隊のアリアすら城外の警戒に駆り出されているのだから、本格的に手が足りていないのだろう。元々外回り担当だったランスロットも最近城内で見ていない。

「ランスロットはさらに遠くまで行ってるからね」とアリアは語る、野営もしつつ魔王軍の動向を探るための調査警戒に注力しているらしい。

どこも大変だとスタンは息を吐いた。スタンたちはそこまで遠くへは行かないが、警戒するに越したことはない。そう考えながら、スタンとアリアは街の外へと歩みを進めた。

 

息抜きに友達と出掛けたスタンがうっかり魔王と接触した時のように、どうもスタンは微妙に運が良い。いや死にかけたのだから運が悪いというべきなのかもしれないが。

強いていうならば人運が高いというのだろうか。良い仲間や友人を引き寄せると同時に、悪人や変な相手も引き寄せる。本人の気質もあるのかもしれないが。

まあつまり、何が言いたいかというと。

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

スタンは初手ピンポイントで指名手配犯の居場所を引いた。

スタンやアリアは当然のこと、グレンですら一瞬「え?」という呆けた顔をしたのだから本気でたまたま偶然うっかりと遭遇したのだろう。実際、調査線上に浮かんだ暫定魔王の城とは離れた場所ではある。

変な空気になりかけたが、それを一瞬で斬り払ったのはグレンだ。すぐさま戦闘態勢に移行し、己の武器に手を掛けた。

 

「魔王バスカーが腹心、霧雨の将グレン。参る」

 

そんなひんやりとした声色と共に、グレンはスタンたちを冷たく睨みつける。グレンにとってオレたちはもう敵なんだな、とスタンは反射的に剣を構えながら思った。

しかし何故だろう。

どうして、

 

「なぜだグレン!なぜバスカーの言いなりになる!?」

 

平和を脅かす魔王の配下になっているのか。

城にいたとき感じた「平和のために強くなろう」としていた姿はスタンの勘違いだったのか。

どうして真逆の、平和を壊す側にいるのか。

 

「ふん…貴様らの夢物語を聞き飽きただけだ…」

 

甘っちょろい烏合の衆でしかない騎士団。

平和ボケした国民。

求める平和とは掛け離れた世界。

間違っているならばこの手で創るしかない。

たとえどれだけ手を染めようとも。

 

「偉そうなこと言わないで!あなたは力に酔っているだけじゃない!!」

 

強いからそう思う。

自分でなんでも出来ると。

自分が全て正しいと。

 

己がヒトを殺すことすら正しいのだと思い込んでいる。

 

それを認めるわけにはいかない。スタンもアリアも騎士だから。騎士はヒトを、国を、秩序を守るものだから。

それを認めるわけにはいかない。グレンは剣士だから。剣士は世の中にいる道理を間違えた敵を斬るものだから。

 

正義の反対は悪ではない。

正義の反対はまた別の正義。

どちらが正しいかなんて答えは出ない。

勝った方が「本当の正義」になるだけだ。

 

■■■

 

スタンは寒さが苦手だ。冷たい風が吹き荒ぶ場所では、マントをぐるりと身に巻き付けミノムシのよう寒さを凌ぐくらいには。

少し肌寒い朝なんかなかなか起きられない。毛布に丸まり暖まるまでベッドの上から動かない。

そんなスタンにとって、冷気の扱いを得意とするグレンとは相性が悪かった。近付くだけでひやっとする。

まあグレンにとっても、苦手な熱さの塊であるスタンとの相性がすこぶる悪いのだが。それでも、技術も威力も己のほうが上だと自負し、押し切るつもりではあった。

しかし、それはアリアが許さない。親衛騎士に任命されるほどの実力のある彼女がスタンのサポートに回っていた。

アリアは数度武器を打ち合い、グレンがスタンの剣撃に一瞬動きを鈍らせるのを見逃さなかった。自分がメインで動くよりもスタンのサポートをした方が良いと判断し立ち回る。

「スタン、なんかこう、あのへんの燃えそうなふわふわとか髪の毛とか燃やしちゃって!!」というアリアからの割と雑な指示を聞き、「えぇ…?」と困惑しながらスタンは剣に火の力を乗せた。

マナナールから教えてもらいなんとか身に付けた火の剣撃。氷は炎で溶かせばいい。

思い切り、必死に。スタンはありったけの力を込めて剣を振るう。

その一撃は見事グレンを切り裂いて、常に冷静だった彼から驚愕の声を引き出した。

 

その場に膝をついて俯くグレンを見てもアリアは警戒を緩めない。当然だ、敵対した相手に無防備に近寄る馬鹿はいない。

いないはずだった。

 

物凄い悲鳴を上げて、崩れ落ちるように膝をつき、苦しそうに俯いている。

だからスタンは反射的に、先ほどまで命の奪い合った相手に、

心配そうに駆け寄った。

昔目の前で転んだボット02を助け起こした時のように「大丈夫か」などと声を掛けながら。剣も盾も放り投げ、心から心配そうな表情で。

だって苦しそうにしてるから。

 

アリアが止める暇もなかった、手を伸ばしても届かない間に合わない。

スタンは膝を付くグレンに手を伸ばすと、グレンの口元が月のように綺麗に歪んだ。スタンがそれに気付く前に、スタンの体は黒い炎に包まれる。

そのままスタンの意識は途切れた。

 

■■■

■■■

 

暗い暗い、己の手すら見えない場所。指を折り曲げて見てもそれすらわからない。

この暗闇に己が溶けているのではないかと不安に思い、そっと頬に触れてみる。まだ己のカタチは保っていた。

ただ記憶の中の己より小さい。触れた手も感じた頬も。

ならばこれは現実ではないのだろう、夢の類い。だから、普段なら絶対に味わえないこの高揚感にも説明がつく。今ならなんでもできるような、力が溢れてくるような、どこまでも強くなれるような、そんな気持ち。

普段だったら有り得ない。己は何にも出来ないし、すぐに限界がくるし、なかなか強くなんてなれない。弱っちい自分。

夢、ならば。何も見えない何も聞こえないのならば、今くらいはこの気持ちに身を委ねても良いのではないだろうか。果てしなく強くなれる、そんな気分に浸っていても。

もっと、もっと。

それを欲しいと望むたびに己の中のナニカが書きかわっていくような気がしたが、そんなことはもう些細なことだ。

何か声が聞こえる。

スタンはその声に耳を澄ます。優しい優しい声色で、それはこう言っていた。

 

もっと強く、もっと

 

闇を。

 

■■■

■■■

 

アリアは慌てて城へと戻った。

どこをどう走って城まで辿り着いたのか自分でも覚えていない。ガムシャラに騎士団に飛び込み、そこで控えていた騎士たちに勢いのまま報告する。

アリア自身も動揺していたのだろう。「グレン見つけた」「スタン攫われた」「ふたりともどっか行った」そんな断片的な報告をするだけなのに、舌が回らず言葉が出てこず、まずは落ち着けと諭されたらぐすぐす泣き始めた。

なんせアリアからしてみれば、付き合いは長いがスタンは見習いが取れたばかり新人騎士だ。つまり己が、親衛騎士の自分がきちんと補佐しなくてはならない存在だった。 それがみすみす目の前で拉致られたのだ、私のせいでとぽとぽと涙を落とす。

そんなアリアの報告は、瞬く間に王国騎士たちの間で広まった。スタンは騎士団の中で1番の新人のため目を掛けていた騎士が多かったのと、本人が人懐っこく素直だったので好かれていたのもある。それが攫われたのだ、騎士たちの間に動揺が走った。

ただ、同時に全員不思議に思う。「何故」スタンが?と。スタンは新人だ、重要な情報を持っていたわけではない。人質として価値があるわけでもない。

なんなら見せしめとして殺されるようなポジションだ。それをわざわざ攫っていく理由が思い当たらない。

「なんかの生贄とか、それとも魔王はヒト喰いするのか?」と誰かが言った瞬間、アリアは「スタ、スタンが食べ、食べられ、」と真っ青になってなりふり構わず騎士団から飛び出したので、慌ててその場にいた全員で追いかけた。

ひとりで魔王城に突撃しそうな勢いだったからだ。まあ実際そうするつもりだったようだが。

魔王がヒトを主食にしているならもっと被害報告上がってるから可能性は低いと説得されようやく落ち着いたアリアを見て、「まあ竜っぽい見た目だし喰いはしそうだけどなあの魔王」とポツリと呟いた騎士は周りから殴られた。これ以上ややこしくするな。

 

■■■

 

城での騒ぎは、遠征に出ていたランスロットの耳にようやく届いた。場所が場所だ、流石に入ってくる情報は遅れる。

休憩中だったランスロットは持っていたカップをカシャンと落とし「え?」と戸惑いの声を漏らした。

同時にやはり「何故」という疑問符が浮かぶ。スタンとグレンは別段仲が良かったわけではなく、仲間に引き込む理由もない。これでスタンがとんでもなく強かったならば理由が生まれるが、グレン自身が訓練場のスタンを見て「大したことないな」と冷ややかな眼差しを向けていた。

それに、攫うならアリアのほうでも良かったはずだ、アリアの実力は多少は認めていたようだし。それなのにわざわざ新人のスタンを選択している。

グレンの行動の意図が読めない、とランスロットは目を閉じる。

魔王を退けたことで有用だと判断された?それとも、その魔王から何か指示された?しかしアリアの報告ではたまたま偶然グレンと接触したようだし。

ランスロットは重く息を吐いた。どうであれ無事であってほしいと厚い雲に覆われた空を見上げる。

スタンが拉致られた日からランスロットがその情報を得るまでそこそこの時間が経ってはいるが、いまだ発見されていないらしい。

故に王国からの指示として「スタンの捜索」も追加されているが、言われなくとも探すつもりだ。なんなら最優先で進めたいが。

範囲を広げるべきかと休憩を終わらせたランスロットが立ち上がった時、虚ろな気配が背後に現れた。

ふらふらとした、重く、暗く、けれども中身がうっすらとした妙な気配。

不思議な気配を不審に思いランスロットが振り向くと、そこにはひとりの青年が佇んでいる。

見たことのない真っ黒い鎧を身につけて、見たことのない赤黒い剣を持った、見覚えのある髪を揺らす、見覚えのある顔。

 

探していた相手が、目の前に立っていた。

 

ランスロットは思わず彼の名前を呼ぶ。呼んだ、が、その言葉は疑問で揺れた。己の知っている彼とは似ても似つかない姿だったから。

頭の中では理解する。「彼」は「スタン」だと。

頭の中で否定する。「スタン」はあんな表情しないと。

それでも現実は突き付けた。「目の前にいるのは、貴方が探しているスタンだ」と。

ランスロットは叫ぶ。

 

「…その姿、まるで……どうしてなんだ!!」

 

「……」

 

その問いに答えは返ってこなかった。

返ってきたのは躊躇のない剣撃。普段のスタンからは想像出来ないほど、重く鋭い黒い一線。

避けきれずランスロットは悲鳴を漏らした。それでもすぐに立て直し、戸惑いながらも大剣を構える。刃を向けたくないと、剣を振り下ろしたくはないと葛藤しながら。

けれどもランスロットは黒いスタンに刃を向けた。ここで己が止めなくては取り返しのつかないことになると。

 

今は夕闇。宵の口。

夜はまだ、始まったばかり。

 

■■■

 

…まだ耳に残っている。

珍しいな、とスタンは虚空に目を向けた。感覚が遠くなってからどのくらい経っているのだろう。

ふと己の頬に手を添えてみる。その行為自体は理解している、手が頬を撫でる感覚はわかる。でも、ただそれだけだ。それをしたからといって何も感じない。

いつからこうなのか、ただただ全てが遠い。まるで身動きの取れない沼の中にいるかのような鈍さ。手を伸ばしても届かないから、いつしか手を伸ばすことすらやめてしまった。

全てが遠く遠い、何も知らないわからない。それでも良いかと思っていた。

 

だから、

先ほど、ちょっと前、今さっき、に、居たあの水色のモノ、ヒト、男。それが鳴らした音、声、悲鳴、は、珍しく己の中に届いたのが珍しいなとつい考える。

何故だか心に引っかかったそれは、「わからない」ではなく「思い出せない」なのだと深いどこかで声が響いた。

おかしいなとスタンは緩慢な動きで首を傾ける。元々無いモノならば思い出すも何も無い、「わからない」で済む話だ。

なのに己は「思い出せない」と言う。

まるでそれを、先ほどの水色のことを元々知っているかのように。

 

スタンが霞がかかったような頭と身体でぼんやりとしていると、グレンがスタンの様子を見に現れた。

放っておけば自動的に闇に侵食されていくように仕向けてあるのだ、わざわざ構う必要も見守る必要はない。

とはいえ流石に、スタンが勝手にふらふら外に出ていたときは若干慌てて回収した。そのため完全に馴染むまでは所在を確認することにしてはいる。

まあスタンを回収した際、周囲に騎士団の鎧の破片が落ちており、スタンの剣や鎧に血の痕が付いていたため「経過は順調」だとグレンは判断しているが。

 

「闇の力も、だいぶなじんできたようだな…」

 

スタンの様子に満足したのか、グレンは確認もそこそこにどこかに去って言った。「俺にはやるべきことがある、貴様に構っている暇はない」と言い捨てて。

そんな扱いをされてもスタンは気にしない。

大剣は強い武器だ、安心する。

白色は良い色だ、落ち着く。

だってそれを持つものはよく笑い、笑い?笑う?もの、…?

 

あれが?

 

スタンは珍しく表情を歪ませ「ぅ……あ………」小さく唸る。

白い、ふわふわした、ヒラヒラした、冷たい、大きな剣。

知っているオレはこれを知っている。嫌なときに見たものだ、悲しい気持ちになったものだ、近寄ってはいけなかったものだ。

何故?だって誰かが叫んでいた。

あの時、スタンの名を必死に呼んでいた白色の、

あれとは違う、白いものが、他にも、いた?

白い、

白い、マントを付けていた

柔らかな金髪を揺らして、大剣じゃない、綺麗な槍を持っていた、鮮やかな水色の服を靡かせ一緒に戦った、

 

騎士の。

 

「…ぁ…」と小さく小さな音がスタンの口から漏れる。

最後に見た彼女の必死な顔が、スタンの名を呼ぶアリアの顔が、スタンの頭に浮かび上がった。

その顔が、己が襲った水色の男の顔と重なる。アリアと同じように必死にスタンの名を呼ぶ、水色のキラキラした鎧を着た、金髪の大きな剣を得意とする、騎士。

最も新しい記憶の中で、ランスロットが赤色に染まる。

 

「…っオレ、は…」

 

ランスロットに手を掛けた?

己の鎧と肌に付いた赤黒い痕は。

スタンが生きてここにいるということは。

グレンが満足そうに「馴染んできた」と言ったということは。

スタンは目を見開いて、己の手に視線を落とす。真っ黒な鎧が、真っ赤な血に染まっているように見えた。

 

夜陰はまだまだ暗いまま。

ようやく晩方、夜の後半。

 

■■■

 

スタンは小さなきっかけから、少しだけ失っていたものを取り戻した。まだ思い出せないことも多い。けれどもスタンはスタンのカケラを拾い集める。

自分の手で、小さなカケラをちょっとずつ。

それなのに、拾おうとしたカケラを闇がすぐさま覆ってしまった。スタンを包む真っ黒な闇は、今でもスタンを蝕み続ける。

 

『闇の力を手に入れれば、全てを支配出来る』

『キミの望む全てを、この力で与えられる』

 

その言葉は甘味のようにスタンを蕩けさせた。闇の力のおかげで、ずっと望んでいた「強さ」は手に入っているのだから。

スタンを形作る最後のカケラがなかなか思い出せないのも相まって、どうしてもその言葉に縋ってしまう。

闇の力がなくなったら?

この力が無くなってしまったらまた以前の自分に、弱っちい見習いの自分に戻ってしまう。

 

「闇の力が消えたら、オレは…」

 

オレには、何が残るというのだろう。

カケラを探すことをやめ、手を伸ばすことを諦め、ただ優しく全てを受け入れてくれる闇に身を委ねる。

楽なほうへ、容易く望みが叶うほうへ。

そんな時だ。

魔王、いや、その時からさらに力を増し邪神へと変貌したバスカーがスタンの元へと訪れたのは。

ぼんやりとした風貌のスタンを見て、邪神は愉しそうに嗤う。

 

「随分らしくなってきたではないか!!」

 

こうなることを知っていたかのような口調で、邪神は満足げにスタンの胸元の赤黒い球をピンと弾いた。

天使どもと同じだ、天使が堕天使になるのと同じ。光や聖の力が反転すれば、それはそのまま協力な闇や邪の力になる。

そう嗤い、邪神はスタンの頭を掴み壁へと叩きつけた。大きな音と共にパラパラと小さな破片が辺りに舞い散る。

「あの時は腹立たしかったが、いい様だな」と邪神はスタンから手を離し手を払う。まだ未覚醒の雑魚だったのが幸運だった。おかげで忌々しい聖なる光は闇に飲まれ、従順な手駒に堕とすことができた。

思わず邪神は大きく嗤う。これでこの地を、いや世界全てを支配出来ると。

 

かなりの力で叩きつけられたはずだが、スタンは無反応だった。それどころではなかったからだ。

土埃の隙間からスタンは邪神の姿を食い入るように見つめる。知っている覚えている、

 

思い出した。

 

色は違うがあの姿はあの声は。

ああこれだ。足りなかったカケラは。

思い出した最後のピース。やっと全てがピタリと揃う。

スタンはふらりと立ちあがり、黒い剣を握りしめた。

 

邪神がまだ魔王だったとき、

うっかりたまたま遭遇したとき、

己の傍にはふたりいた。

共に戦ってくれた頼もしいふたり。

大事な大事な

ふたりの友達。

彼らを守らなくては逃さなくてはと

己が「騎士」であると自覚させてくれた

幼い頃からの大切な友人。

ああそうだ、

 

「…オレは…まだ…!」

 

友人を仲間を国をヒトを、守る騎士でありたいと願う。

闇の力が無くなったら?

それがどうした闇の力で友達が守れるか?

あんな空っぽな状態で?

なら無くなってもいいじゃないか、弱っちくてもいいじゃないか。

魔王と戦ったときのように一緒に頑張ればいいだけじゃないか。

オレはずっとひとりじゃなかった。

オレは強くはないけれど仲間たちがいっぱいいた。

頼もしい仲間が。

闇の力で引き出された「強さ」なんていらない。

仲間と共に頑張る、それで充分じゃないか。

 

すぅとスタンは息を吸う。

怖かっただろう、今のオレのように。

泣きたかっただろう、今のオレのように。

逃げ出したかっただろう、今のオレのように。

それでもふたりは、マナナールとボット03は、オレと一緒に戦ってくれた。

全員で無事に帰るために。

だからまた、あの時のようにスタンはバスカーに斬りかかる。

自分の居場所を思い出したから。

 

今のスタンが仲間たちに受け入れてもらえるかはわからない。

帰る場所が残っているかはわからない。

帰る場所など待っていてくれるヒトなど、あるのかどうかもわからない。

けれども。

 

「帰るんだ、オレは」

 

マナナールとボット03がいるあの国へ。

アリアやランスロットがいる騎士団へ。

帰りたい、ただそれだけを想って、スタンは邪神に剣を振る。

魔王を退けたあの時のように。

 

やっと暁。黎明の時。

夜が明けて日が昂る。

 

■■■

■■■

 

「…もう少し優しくしてくれると、とても嬉しいかな!」

 

「我慢」

 

城のとある一室で騎士のふたりが顔を合わせていた。ふたりの間には救急箱。

少し前、大怪我をして帰還したランスロットの処置をアリアが行っている。素人の手当で大丈夫なのかという疑問はあるが、アリア曰く「こいつ頑丈だから」とのこと。

おおまかな手当が終わったあと、アリアは「で?」とランスロットに圧を掛けた。「騎士団に報告した通りだよ?」とランスロットはにこりと笑う。

はあとアリアはため息を吐いて、ここには絶対ヒトが来ないんだけどと部屋の中を、今は家主のいない寒々とした空気を孕む、スタンの部屋に視線を回した。

 

「……」

 

「なら先に言うけど」

 

それでも爽やかな笑顔を崩さないランスロットに痺れを切らし、アリアが先に口を開く。

スタンが拉致られたのは本人のポカではあるわよとアリアは眉を下げた。倒したとはいえ敵にノコノコ近付くほどだとは思わなかったと呆れながら。

スタンの名誉のために絶対誰にも言わないし、私の管理不行き届きではあるから全部がスタンの自己責任だとは言わないけどとアリアはバツが悪そうに目を逸らす。

アリアの言葉にランスロットは目を丸くして、同時に納得したかのように頷いた。スタンならやる、敵味方問わず「大丈夫か」とか言いながらノコノコ近寄る。

素直で優しいのが美点だが、それはスタンの欠点でもある。優しすぎる。

アリアがその事実を伏せているため、騎士団のなかでは「グレンが不意打ちで守りの甘い新人スタンを狙い、拐った」とされていたはずだ。スタンはただの被害者だと。

この事実が公開されていたら、スタンは国から見捨てられていたかもしれない。迂闊な本人が悪いと、自業自得だと。

頷くランスロットにアリアは再度「で?」と問いかけた。こちらが伏せていた事実を話したのだから、お前も話せと。

アリアの圧に両手を軽く上げ、降参の意を示しながらランスロットは苦笑する。

 

「…わかったよ。…スタンにやられた」

 

この言葉を聞いてアリアの顔が悲しそうに歪む。ただ、多少予測はしていたのだろう、少しの間を置いてすぐに表情を戻した。

気付いていたんだねとランスロットがぽつりと漏らすと、アリアは貴方の傷跡や鎧に付いた剣筋がスタンのと同じだったものと小さく返す。スタンと付き合いが長く、よく共に訓練していたアリアだから気付けたのだろう。

 

「魔王軍にやられたって報告したくせに」

 

「嘘は言ってないよ」

 

あの時の黒く染まったスタンの様子は、洗脳か暗示かが掛かってるようだった。魔王城の近くで遭遇したのだ、ならやったのは魔王だろう。

魔王軍に洗脳されたスタンにやられた。それをちょっと省略して報告しただけだ。故に嘘ではないとランスロットは笑う。

1番近くで魔王軍の動向を探っていたランスロットの報告のせいか「あのランスロットがやられるほどの敵がいる」と警戒度が上がり、国の方針としては戦力増強の準備モードに入った。

故に今のところ魔王城に近付く者はいない。斥候は出ていると思うが、恐らく慎重に動くはずだ。ならばあのスタンの情報が出回るまで多少の時間が稼げるだろう。

ランスロットはスタンを止めることは出来なかった、が、覆い隠すことは出来た。

 

ふたりとも裏切り者だ。

仲間ひとりを守るため、帰る場所を残すため、国に事実を隠している。

国に忠誠を誓った騎士としてはかなりアウトな行動。

 

それでも、

 

「自力で脱出してくれたら楽なんだけど」

 

「いやあの状態だと難しいと思うよ?」

 

まあ大事になる前に迎えに行ってやろう。そのあとは1発殴ってチャラにしよう。

いやもう少しやってもいいかな、とアリアは拳を握りながら笑い、ランスロットも俺もたまにはやりかえそうかなと笑った。

アリアとランスロットの少しの裏切りで、事実はこっそり隠される。

彼の名誉も、彼の居場所も、優しい裏切りで守られた。

彼が帰る場所は残されている。待ってる仲間もたくさんいる。

 

帰っておいで、赤い騎士。

大丈夫、心配ないよ。

 

 

すでに白日。光が照らす。

夜空はもう、ここからは見えない。

 

 

next?

説明
2の序章話。スタン中心グッド寄りのルートのようななにか。
独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け。
今後の展開とかの諸々によっては消します
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