子供の頃はチンドン屋の後に付いていきたくなった。チンドン屋はクラリネット吹きが多いがハーメルンの笛吹き男はフルートだ。グリム童話にあるハーメルンの笛吹き男という物語は、実際にあった事件が元になっているという。1284年6月26日にドイツ北部の都市ハーメルンで、子どもが130人も集団で失踪するという事件が発生しているのだ。しかし物語に登場するネズミの件は 後付けされたようで、1559年頃までの物語にはネズミの集団発生は無いらしい。だが笛吹き男が派手な道化師の出で立ちをしているのは 1300年頃造られた教会のステンドグラスに由来しているようだ。ハーメルンの伝承には多数の考察があるらしい。それは、舞踏病、移住、子供の十字軍、巡礼、作り話、溺死、山崩れ、誘拐、戦死、疫病など25種類に分類されるほど多く、解釈は様々なようだ。最も広く支持されている説は、子供達が 彼ら自身の村を創建するために故郷を捨て去ったとする説のようだ。この説は周辺の地域に存在する地名によっても裏付けられているらしい。笛吹き男は、植民地運動のリーダーであったと見られている。もうひとつ植民説とおもわれる理由は、ハーメルンの旧家の壁から発見された文章にあるという。「1284年6月26日に、笛吹き男が130人の子供を街の外へ連れ去った。その笛吹き男は植民運動を組織していた司教の代理人であった」。13世紀のドイツ地域は人口が増えすぎてしまい、長男が土地と財産の全てを相続し、他の者は農奴となるしかなかったからだとの考え方があったという。この物語は ドイツ国外には、グリム童話とともに伝わっていったらしい。日本でも翻訳されて、子供から大人まで幅広い層に知られている。しかし「笛吹きが子供を連れていき、子供達は二度と戻って来なかった」という悲しい結末は、改変されていることが多いようだ。 ヨーロッパで笛といえばフルートをさし、主要な生産地はドイツとイギリスだったらしい。1284年の日本は弘安7年で北条貞時が9代目執権に就任した鎌倉時代の後半になる。日本で笛吹きのイメージだと牛若丸の横笛か虚無僧の尺八になる。ずいぶんハーメルンの笛吹とはイメージは変わるものだ。チンドン屋についていくとパチンコ屋だが、虚無僧の尺八に率いられていくなら、一揆かなぁ。 |