The way it is 第四章ースザクの港
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スザクの港に着いたのは、夕暮れ時だった。

夕餉を済ませた後、上着を羽織ったマイムは外に出た。

風が強くなって、海が唸っている音が聞こえる。昔の記憶はほとんど薄れているのに、やはり懐かしいと感じてしまうのは何故なのだろう。

一人酒場に入って、酒を注文した。

小さな弟、トモキが生きていたら、あたしの性格はもしかしたら変わったものだったかもしれない。

踊り子として宮廷に上がらなければ、また違った人生を送っていたのかもしれない。

漁師の男と結婚して、子を産んで、何も考えずに生きていたのかもしれない。

取り留めもなく思考を巡らせて、酒に口をつけているマイムの耳に、片隅から歌声が聞こえた。

昔、ここでマイムも歌った。想い人を待つ一番星の歌を。

あの陰気な男は、褒めてくれた。いい歌だった、きれいな声だと言った…。そして、自分の預かり知らぬところで、老人の手から守ってくれた。

ああ、そうか。

きっとあたしは、初めて恋に落ちた。

だけどそれを誤魔化す術も知っていた。

そして思った以上に現在の恋人に執着している。

小さな息を吐く。

あの男が欲しい。この男も手放したくない。いっそ何もなければそれでいいのかもしれない。

もう一度ため息をつく。

みんな、素直に生きている気がした。自分一人が同じ所を言い訳しながら、グルグル回っているみたいだ。

「ねえちゃん、一杯付き合えや」

下卑た男が嫌らしい笑いを浮かべながら、隣の席に座った。

完全に無視して明後日を見ると、男の手が肩にかかる。

なにすんのよ、気安くさわらないでと怒鳴ろうとした時。

「おれの女になにをする」

後ろから低いドスの効いた声がした。殺気さえ漂っている。

男は舌打ちして席を立っていった。そこにカグラが腰を下ろした。

「酒場で一人酒ですか」

先程の鋭い気配は微塵も感じさせず、にこやかに微笑む。

「ねえ、カグラ」

頬をついて、横にいる恋人を見やるとマイムは静かに笑った。

「あたしと二人でいる時は、そんな気取った言葉で話さないで。本当のあんたの話し方をして」

「これが素ですが」

「嘘つき」

マイムの手が上がり、カグラの唇を撫でた。

海軍の仕事をするようになってから、大分と日に焼けたようだ。スザクから宮廷に帰ってきた時、この男はいつも海の匂いをさせている。それは海辺で育ったマイムの薄れた記憶の断片を、郷愁をひっぱりだしてくるのだった。痛いような、懐かしいような、切ないような掠れた郷愁。

「長年の習慣を今更変える事は難しいが」

白い手を、日に焼けた大きな手が包みこんで唇を押し当てた。

「お前がそう言うのならば、精進しよう」

全てを晒せとまでは望まない。自分だって見せたくない。だけども、おれの女と言われるくらいなら、少しは本性を見せてくれてもいいじゃないか。

「ありがとう。白将軍さま」

マイムはにっこり笑って銀髪の頭を引き寄せると、その頬に口づけした。

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この船の感覚は久し振りだとリウヒが言うと、隣のクロエは複雑そうな顔で微笑んだ。

「色々あったからな」

「色々あったな」

リウヒとクロエは、舳先に腰かけて話している。そうすることが、当たり前のように思っていた。あの船でも、よくここでキジと話した。

波が高いため不安定だったが、クロエが支えてくれた。

海軍の歓迎を受けた後、リウヒは真っ直ぐ一人の青年の元へ向かった。

「クロエ!」

「リウヒ!久しぶり!」

「仮にも陛下に向かってなんだ、その態度は!」

がっしりと抱き合う二人をひっぺがして、シラギが怒鳴る。

「やめろ、シラギ。クロエはわたしの大切な友達だ。今だけは王の看板を降ろさせてくれ」

「申し訳ありません、黒将軍さま。でも、陛下がそう望まれるので」

二人は仲良く反発し、行こう、と舳先へ駆けて行った。

「王さま業も結構大変そうだな」

「うん。たまにあの船で、三人で遊んでいた頃がすごく懐かしくなる」

「なあ、リウヒ。今でもキジに会いたいか」

「…会いたい。すごく」

「おれも」

そういえば、二人とも散々はたかれたよな。よく馬鹿って言われた。馬鹿二人―!って。でもクロエも言ったじゃないか。あれは心の叫びだったぞ。

笑いながらリウヒはふと思った。

もう、過去の人物のようにわたしたちは、あの男の話をしている。

過去の人物になってしまったのか。あの恋しくて堪らない男は。

隣にいるクロエは敏感に察したのだろう。

「リウヒ」

立ち上がって手を引っ張った。

「ここから叫ぼう」

昔みたいに。

「イヤッサイイヤッサイって?」

「ううん。キジの馬鹿って」

思わず大声で笑ってしまった。

「よし」

立ち上がって先端に立った。腕を広げて呼吸を整える。

はい、吸ってー、吐いてー吸ってー。

「キジの馬鹿―!」

「恰好つけー!」

「大馬鹿者―!」

「海に落ちてしまえー!」

ゲラゲラ笑いながら、声の出る限り叫んだ。何度も何度も。目を白黒させてこちらを見ている見物人のことなどどうでもよかった。王であることも忘れた。海が怒ったように大波をぶつけて、ドオンと舳先が乗り上げる。

「危ねえ」

クロエが抱き止めてくれた。それでも二人はクスクス笑う。

「キジに聞こえたかな」

「今頃くしゃみしているよ」

その言葉にリウヒは吹き出した。と、体が持ち上がった。

「陛下。これ以上風を浴びては、体調を崩してしまう。中に入りましょう」

「大丈夫だって、シラギ。本当にお前は心配症…、シラギ?シラギ、ちょっとー?」

問当無用でさっさと歩いてゆく男にリウヒは本気で腹を立てた。

クロエは無言でそれを睨みつけている。

「何でシラギは、いつもそうなんだ。わたしのやりたいことくらい…」

「リウヒ。ここニ、三日、ずっとしんどいのだろう。体がだるいのだろう」

驚いてシラギの顔を見た。

体調がだるいのは事実だったが、崩しているほどではないと気を張っていた。

うまくごまかせていると思っていたのに。

「無理をするな」

「うん…」

「少し寝なさい」

しかし、船の部屋が嫌だった。あの兄の部屋を思い出させる。

「シラギ」

「どうしました」

「ここにいて」

一瞬、驚いた仏面顔の男が破顔一笑した。

「では仰せのままに」

「いや、あの、寝台の中までこなくていいのだぞ」

「こことは寝台の中のことでしょう」

「部屋の中という意味だ」

「遠慮なさらずに」

「…お前はだんだん、カグラに似てきたな」

「それは褒め言葉か、貶し言葉か」

「両方だ」

なんだかんだ言いながらも蒲団の中に潜り込んできた男は、リウヒを抱きしめると子供をあやすように背を叩いた。

シラギはこんな性格だっただろうかと訝りながら、リウヒはすぐに眠りに落ちていった。

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「なんでそこで眠るかなあ」

その様子をこっそり覗き見していたキャラは、うっかり呟いてしまいシュウに襟首を引っ張られた。シラギが顔を巡らせてこちらを見る前に、とっとと退散した。

「陛下はシラギさまを父のように思っていらっしゃるのかしら」

リンがため息をついた。

「攻め方がちょっとずれているのよね」

シンが肩をぽきぽきと鳴らせた。

「なんだか平行線みたい」

シュウが頬を掻いた。

「さて、お仕事しましょう」

リンたち三人娘は、リウヒの身の回りの世話をする。普通、国王ともなればもっと多くの女官にかしずかれているものだが、今のところ、三人で事足りるとリウヒが人数を増やさないでいるらしい。

しかし、これは一体いくらするのだろうか。襟に刺繍がみっしりと入った衣を畳みながら、キャラは首を傾げた。

「金二十くらいかな」

「ええ!そんなに!」

二年はゆうに遊んで暮らせる金額ではないか。そんなこと言われると、触るのが怖くなってしまう。

「大丈夫よ。キャラさんは物を取り扱う手が丁寧だもの」

「手際も良くなってきたしね」

お褒めの言葉までもらった。

「本当にキャラは頑張り屋さんだな」

その夜、トモキはクスクス笑いながら、キャラの頬に口を落とした。

みなは、他の部屋に集まって、また飲み会を開いている。リンと白将軍の片腕、ジャコウの一騎打ちで大盛り上がりだ。

キャラとトモキはこっそり抜け出した。どうせ飲まされて、二日酔いに苦しむのは目に見えている。ならば好きな人と甘い時間を過ごしたい。リウヒはシラギがずっとついているし。

「その内、女官長にでもなるんじゃないか」

「まさか。長は名門出の人しかなれないじゃない」

分からないよ。とトモキの両腕が腰に回る。

「リウヒさまとシラギさまはともかく、カグラさまやマイムさんは民間出じゃないか。それに陛下は大学制度の見直しをしていらっしゃる」

そして蕩けるような口づけをされて、キャラはうっとりした。

なってやる。大好きで堪らない恋人に相応しい女になってやる。

固く決意すると、トモキの頭に両腕を回した。

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モクレンは腕を組んで、修練場で剣を振るう部下たちを見ている。辺りには勇ましい掛け声と、鋭い金属音が無数に響いていた。

「おー。やっているようじゃの」

近所の散歩をしている好々爺の風情で、タカトオがひよっこり顔を出した。二十歳前後の若い娘を連れている。

「孫を連れてきた。ロッカ、ご挨拶なさい。副将軍のモクレン殿じゃ」

「始めましてー」

ロッカと呼ばれた娘は、顎をしゃくるように汚い礼をした。

「モクレンと申します」

僅かに頭を下げるだけの礼をする。こんな無礼な娘に、丁寧に挨拶をする筋合いはない。

「ねえ、じいさま。黒将軍さまはどこにいるの?ロッカ、黒将軍さまを見に来たのに」

甘えたようにタカトオの腕を掴んで揺さぶる。

何この娘。何なのこの娘。

「これこれ、人さまの前でやめんか。シラギさまは不在じゃ。外に出られておる」

「えー。つまんなーい。せっかく西国渡りの衣を着てきたのにさー」

ぷうと頬を膨らませた。

子供がやったらさぞかし可愛かろうが、立派に成人した娘がやったら、ただ滑稽なだけだな。モクレンはこめかみに筋が浮くのを感じた。

「せっかく来たんじゃ、手合わせでもしてゆけ」

対するタカトオは、孫馬鹿のジジイそのものだった。

「いいよー」

呑気に、全く呑気にロッカは返事をすると、誰とするの?と首を傾げた。

「モクレン殿、誰か呼んでくれぬか」

ここは子供の遊び場ではないというのに。この甘甘ジジイが。

心の中でため息をついて、マツバを呼んだ。想いを打ち明けられてから、やけに目につく。

「なんっすか?」

「このお嬢さんの相手をして差し上げろ」

「あ、どうも。始めましてー」

「こんにちはー。よろしくお願いしまーす」

ヘラヘラした男と、フニャフニャした女は同時に頭を下げた。

差し出された剣を握り、マツバと共に場へ向かうロッカは、先ほどの浮ついた雰囲気が一切取り払われていた。顔つきさえ変わった。

モクレンは小さく感嘆する。マツバと同じ系統の人間か。

「まずは一本。願いまする」

声に覇気が籠っている。

刹那、鋭い音が響き渡った。重なり合う金属音は、まるで剣が鳴り歌っているようだ。

修練場のその一角だけが、別空間のように目立っていた。マツバとロッカは、みなと同じく剣を合わせているだけだというのに。

しかも、ロッカは西国渡りという足さばきをしにくそうな衣を着ている。が、全く難儀な様子も見せず軽やかに舞っていた。

「チェストー!」

奇妙な掛け声と共に、鈍い音がした。マツバの手から剣が飛んで、回転し地に刺さった。

「やったあ、じいさま!宮廷兵から一本とったよ!」

無邪気にピョンピョン跳ねている。

「畜生、もう一本!」

心底悔しそうにマツバが叫んだ。

いいよー。と呑気な声がして、再び猛烈な剣音が鳴り始める。

「やるな。あの娘」

「わしの自慢じゃ。十五人の孫の中で一番の腕を持っておる」

テロンテロンに相好を崩してタカトオが答えた。

「大学を卒業したらここに入れるつもりだ。本人も黒将軍さまの傍にゆきたいと息巻いておった」

どっかの誰かさんのようじゃろ。

モクレンは不機嫌そうに鼻を鳴らしただけだった。

「チェストー!」

威勢の良いロッカの掛け声が修練場に響いた。

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「威風堂々として、とてもいい軍になったな。なによりあの時、わたしを助けてくれた。この国の主は、宮廷海軍を誇りに思う」

おりる間際、リウヒが整列している軍にそういうと、彼らは一斉に礼をした。

泣いている者までいた。

「もったいないお言葉を頂戴いたしまして、左将軍カグラは幸せに存じます」

「これからもますますの発展と健闘を願う」

「はっ!」

がっつり予算をふんだくったカグラは、早速五隻の大船と大砲を購入した。おっつけこの港にやってくるだろう。

にっこり笑ってリウヒは船を降りた。体がだるい。寝ても寝ても寝足りない。

それでも無様な姿は見せられない。背筋を伸ばして誘導されながら宿に向かう。陸地も民衆でいっぱいだった。笑顔で応じつつ、ゆっくりと歩く。

懐かしいな。

スザクの港はあの時と全く変わらない。まだ二年も経っていないのに、遠く昔に感じる。この地でリウヒは、王に立つと決意し、宣言した。

「お疲れ様でございました、陛下」

スザクの長が、陸地に立ったリウヒに深々と礼をする。

「久しぶりだな、イズシ。変わりはないか」

リウヒも微笑む。これから長たちと昼餉を共にしなければならない。

よっこらしょ、と王の看板を背負いなおして、白髪の長の後に続いて歩き出す。

 

その夜。布団に潜り込もうとした時だった。

リウヒはいきなりすっぱいものがこみ上げてきて、慌てて口元を押さえた。

「う…」

異変にすぐさま気が付いたのは、マイムだった。

「いいから、ここに出しなさい!」

自分の寝着の裾を広げると、背中をさする。我慢できなくなって、リウヒは戻した。

キャラは驚いたもの部屋を飛び出していった。気分の悪さの余り、涙や鼻水まで出てきた。

「大丈夫よ、大丈夫」

えずくリウヒの背を、優しくさすりながらマイムが歌うように言う。

「全部、出してしまえばすっきりするわ」

 

「落ち着いた?」

「うん、ありがとう…大丈夫」

ナカツの処方してくれた薬が効いたらしい。

リウヒは寝台に横になっている。着替えたマイムが、静かに髪を梳いてくれた。

「本当に大丈夫?そんなに疲れていたの?」

キャラも心配そうに覗きこむ。

違う、とリウヒは首を振った。違う。

「リウヒ」

妙に真剣な顔でマイムが覗きこんだ。

「ここ最近、体がだるくて、ぼうっとしていたでしょう?寝ても寝足りないとか」

「うん、していた」

「そうだったの?」

「陛下」

ナカツが静かに口を開いた。

「ご懐妊されましたな」

ああ。

リウヒは顔を覆った。体の血がすうっと引いて行くような感じだった。まるで闇に落とされたような。

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子供が出来た。喜ばしいことなのに、リウヒはただ、真っ青になって泣いている。

キャラはどうしていいか分からずにちらりと横を見た。マイムとナカツはえらく厳しい顔をしている。

「トモキたちには、まだ言わないで…」

リウヒの小さな声が聞こえた。

「ごめん、少し一人になりたい…」

そういうと、枕に顔をうずめてしまった。

「分かったわ。しばらく外に出ている。念のため、三人娘には言っておくから」

「うん…」

マイムが優しく蒲団を叩くと、立ち上がった。キャラも後ろ髪引かれながらそれに続く。

リンたちに説明をした後、男部屋の戸を叩くと、マイムはカグラとトモキの上着を借りてきた。

「ん」

「あ、ありがとうございます」

外に出ると、底冷えするような風が吹いた。宿の前の長椅子に腰かける。周りは人っ子一人いない。

「寒いわね」

「あの…マイムさん。リウヒの相手って…」

「次期的に見て海賊船に乗っていた男でしょう」

キャラの顔から血の気が引く。まさか、そんな。

しばらく二人で黙っていた。

「…シラギも呑気にリウヒの周りをうろうろしている訳にいかなくなったわね」

「でも、リウヒはシラギさんを…」

「恋愛対象として全く見てないわ。でもあの子は王よ。父なし子を産む訳にいかないじゃないの」

それに。

「自分の好きな人が、最初から自分と同じ想いなんて、そうそうあることじゃないわ。一緒にいるうちに情が湧いて、愛が芽生えることだってあるじゃない」

キャラはマイムを見た。その横顔は相変わらず美しい。

「マイムさん。もしかして…」

美しい横顔が、僅かに歪んだ。

「人のことは分かるのに、どうして自分のことは分からないのかしらね」

そういってマイムは自嘲的に笑った。

 

 

 

説明
ティエンランシリーズ第四巻。
新米女王リウヒと黒将軍シラギが結婚するまでの物語。

「人のことは分かるのに、どうして自分のことは分からないのかしらね」

視点:マイム→リウヒ→キャラ→モクレン→リウヒ→キャラ
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コメント
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます!白さんのマジ喋りは黒さんに近いです。そして黒さんはきっと中途半端に攻めている(笑)。(まめご)
白さんのマジ喋りにちょっとくらっとしました。そして好きな女子と同衾して一緒に寝ちゃう黒さんって…本当に父親属性!?(天ヶ森雀)
タグ
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