朝日と吸血鬼【ヴァンパイア】
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一日の中で朝は最も寒いそうだ。夏はしっとりと冷たく、冬は凍るように寒い。また、一切の音もなく静寂があたりを支配し、ただただ無音が残る。

 あたしはそんな朝に魅せられた。

 朝日が煌々ときらめきながら大地に優しく降り注ぐその時に初めて一日の始まりを実感する。

 少しばかり昔、乳白色の輝きが薄墨色の空をゆっくり侵食して行く時、何故だか自分の心に巣くっていた闇色の何かも乳白色の輝きに浸食された。

 そう、あの日から朝が好きだ。

 

風が唸りをあげて夕日に照らされた地を駆け抜ける。

「うぅ、寒い〜っ!!」

秋も終わりを告げようとしている11月の中旬である。

 寒くて動かない指先で携帯をいじり片っ端から返信を送っていく。

(三日もためちゃったから結構あるなぁ)

めんどくさ、と心の中で呟きながら、しかし文面だけはそんな雰囲気を見せたりはしない。

親友の結からもメールが来ている。

 

“田中クンの彼女になりましたぁ〜。あんたも早く彼氏見つけなさいね!”

 

ふぅ、と息をつく。結は知らないだけだ。あたしには彼氏がいる。結の”田中クン”よりもずっとずっと素敵で、不思議で、人の部類に属さない彼氏。

 

“えー、結、彼氏出来たんだー!?ずるいなー!今度紹介しなさいよね〜!!”

 

けれど、文面は違う。全く違うことを書いて全く違うことを思っている”あたし”じゃない人になる。

なんか、嘘つきだな、あたし。

自嘲気味な笑みを浮かべると切なさが増す。

いつの間にやら、足はいつもの路地へ向かっていた。人が誰もいない路地に。

だから――呼ぶ事にした。

「おいで、リスチアル」

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「はい、ただいま」

すらっとよく通る声で彼は言う。

「お嬢様」

ヴァンパイア。吸血鬼の彼は、優しく鋭い歯を見せて笑った。

出会いも覚えていない。

気づけば隣には彼がいた。彼氏ってなったのは一年前くらいだった気がするけれど。

 

「とりあえず、その他人行儀なのやめようよ」

人がいない場所でしか会えない私達。その羽と歯は見ているものを戦慄させ震えあがらせるから。

「いいの、一応始まりは大切でしょ?」

「もぅ」

「あはは、すねないで」

ざらりとした猫のような舌であたしの首筋をなめる。

最初は怖かったのにもう慣れて気持ちいいくらいである。

けれど、その日は違った。

 

「どうしたの?」

 

私の言葉。

彼の舌が――震えている。熱を持っている。いつもよりもゆっくりと首をなめる。

「……っ」

「どうしたの?」

リスチアルは、笑っていなかった。人前で浮かべる崩れることのない完璧な笑みとも違う。私にだけ見せる楽しそうに純粋な笑みとも違う。切なく苦しそうに歪んでいる笑み。

「何でもないんだ。今日は、あうつもりだった。話が――あるんだ」

いつの間にやらもう”夜”と定義するまでになっている。寒い。

あたしが寒がってぶるりと身を震わせるとそれを知ってか知らずかあたしの体を強く抱きしめた。

「話って何?」

あたしは、自分の置かれている状況を確認する。彼氏に抱きしめられている、なーんだ、普通じゃない。しかし、どこかあたしの中では浮世離れしていた。

「好きだ」

「いまさら何よ」

抱きしめながら震える唇でそう紡ぐ彼にあたし自身、震える唇で問うた。

好きだ、なんてもう一年も前にお互いで確認し合っている事項。嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。あたしのカンは何故だか当たりやすい。それが恨めしい。

 

「だから、俺、もう、自分を抑えきれなくなりそうで。だから、もう、別れよ?」

 

やっぱりね。カンは外れない。

「自分を抑えきれないってどういうこと?」

「血、吸いたくなるんだ。人にとって、血がどれくらい大事か知っていても、それでも」

「っ……」

「だから、もう、もう、ダメなんだ……」

そんなの嫌だ、と声を大にして叫びたい気持ちに駆られる。けれど、また、もう一つの気持ちがあることもあたしは否定できなかった。即ち――リスチアルを怖く思う気持ちも。

 けれどそんな気持ちを押し殺してあたしは笑うことにした。

「血、吸っていいよ。全部はダメ。少しくらい、吸ったっていいよ。だから、傍にいてよ」

涙が頬を伝う。やだ。怖がってるって思われちゃうかもしれない。ううん、でも実際、この涙はきっと怖がってる涙。

けれどリスチアルは首を横に振って笑った。

「いや、ダメだよ。」

顔は、苦痛に歪んでいた。

「何でっ」

「君を苦しめるなんて、出来る訳ない」

「――そういえば、何で今日そんなに具合悪そうなの?」

「眠れないんだ。君の血の味を想像して、吸いたくって死にそうになって、眠れないんだ」

いよいよ恐怖に体が固まる。けれど、けれど、あぁ。なんてあたしは思われているんだろう。胸が恐怖と幸福と――正反対の感情でくるまれていく。

「だからね――、もう、会わないよ。会えないよ」

リスチアルは真っ直ぐな強い瞳であたしを見据えた。決心は――ついた。

「分かった。でも最後に一つだけ――お願い聞いてくれる?」

「もちろんですよ、お嬢様」

「あはっ、それじゃあ――今日だけは一緒にいてくれる?」

リスチアルは泣きそうな顔で、けれどさっきよりずっと笑顔らしい顔で微笑んだ。

「仰せのままに」

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あたしたちは、遊びまくった。人のいない公園や河原。二人っきり。風は冷たくなっていく。けれど、リスチアルは優しくて、暖かくて。

 気づいたら、もう、一日はとうに終わっていた。

 三時。

河原でリスチアルは泣くように言った。

「時間、過ぎちゃってた」

リスチアルの声に振り向くと、彼はもう、そこにはいなかった。

ばいばい、風に乗ってそんな声が聞こえた気がしたけどあたしは、そこにしゃがみ込んで泣きじゃくることしかできなかった。

何時間そうしていたんだろう。

ふいに、しゃがみ込んで顔を覆い隠しているにもかかわらず顔に優しい光が当たる。

無意識にあたしはつられるように顔をあげてしまった。

落涙。

落涙。

落涙。

さっきまでと比べ物にならない量の涙があふれて。

止まらなかった。

河原が乳白色の光に満たされていく。

「あぁ、あ、あぁぁあ」

嗚咽が喉から洩れる。

彼はいない。

なのに、隣に彼がいるかのように暖かで。

そして、あたしは立ち上がった。

もう、振り返らない。

リスチアル、あたし、貴方に会えて幸せでした。

「ばいばい、今までありがとう。もっと魅力的な子になって、会いに行かざるをえない女になるから。それまで待ってなさい」

さっき言えなかった言葉を紡いであたしは歩き出した。

何もかもが白く、透明に輝いている世界。

リスチアルも同じ空を見ていると思うと、何故だか心も透明になって行った。

 

説明
完全オリジナル短編小説。イラスト募集中です。どうぞよろしくお願い致します。

朝日を見ると幸せになる。乳白色の輝きはあたしの心も同色に変えてゆく。あの時からずっと――
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