Sky Fantasia(スカイ・ファンタジア)五巻の1 |
プロローグ
八月三日
今日も強い日差しが降り注いでいる世界《グラズヘイム》の主国《ミズガルズ》
その国の南地区にある《セイント・エディケーション学園》は、北、東、西部に姉妹校を持つ一校で、兵士科と魔法科、通信科がある。
だが、学園の図書室は、そんな暑さも感じさせない、とても快適な温度だ。
現在、学園は、夏休み真最中なために、校舎内で、あまり生徒を見かけることはない。そのため、普段から少ない図書室も、今、部屋にいる生徒は、四人程度だ。
係りで登校している、カウンターで読書をしている生徒。一緒に勉強しに来た二人組。その中、一際目立つほど、机の上に、本を山済みしている一人の女子生徒がいた。
彼女の名は、リリ・マーベル
《魔法科》の一年生だ。
彼女の手元には、何やら文字が、ぎっしり書かれているメモが、いくつも散乱している。
さあ、彼女はいったい何を調べているのだろうか……
わたしは、朝から図書館に篭って、調べ物をしていた。
(材料と工程は、こんなものかな。やっぱり、最終的には、お金かー)
調べていることの結論に、気持ちが、どっと落ち込むと、疲れが出てきて机に突っ伏した。
すると、時間を告げるチャイムが鳴った。
わたしは、顔だけ起こし、腕時計に目をやると、もうすぐお昼の時間だ。
時間を確認すると、体を起こし、固まっている体を伸ばす。
そして、机の上に広げていたメモを鞄にしまうと、積み上げていた参考書を、魔法で浮かすと、元あった場所に戻した。
(ホントはダメだけど)
片付けが終わり、図書室をあとにしたわたしは、靴を履き替えるために、下足置き場に向かう。
(お昼ご飯、何にしようかなー。今日は、リョウ君、《魔連》休み、って言ってたから、お腹空かせてるだろうし……)
ここに出てきたリョウ君、フルネーム、リョウ・カイザーは、同居人であり、この学園の兵士科の一年生、そして、同い年でもある男の子だ。なぜ、一緒に暮らしているかは、二年前のある事件が、きっかけなんだけど、今はあまり掘り下げないようにしとく。
また、ここで出てきた《魔連》とは、正式名称《魔導連邦保護局》
魔連の主な活動は、魔法を悪用する者の取り締まり、犯罪者の逮捕、そして、戦争、犯罪で住処を失った者への保護、といったことをとり扱っている。
リョウ君は、夏休み頭から、急に、魔連に勤めているお母さんのお手伝いを始めた。同じく、お母さんの部下でもあるお姉ちゃん曰く、ほしいものが出来た、と言う理由らしい。
まあ、このことは、今度、リョウ君に訊いてみることにして、今は、お昼のメニューだ。
そんなことを考えながら、廊下を歩いていると、不意に、下駄箱のすぐ近くにある掲示板に目が留まった。
掲示されていたのは、学園祭の宣伝ポスターだ。
通信科が作ったと思うそれは、鮮やかな色彩を使っていて、プロ顔負けの作品だ。
ポスターには、日程や出し物の内容などが、書かれているけど、その中で、わたしが特に惹かれたのは、
「なになに……。響かせ! 我らの魂(うた)を!″Z庭特設ステージにて、一日だけのライブを開催」
「きゃ!」
いきなり聞こえてきた真横からの声に驚き、体が引いてしまった。
その声の主を、すぐに確認すると、張り詰めていたものが一気に緩んだ。
「……いきなり出てこないでよ。サブ君」
「わりわり。ずいぶん真剣に見てるみたから」
そこに居る無邪気な笑みを浮かべた、髪を後ろに束ねた男の子は、リョウ君の同じクラスのサブ・アシュラ君だった。
サブ君は、リョウ君が通っている道場《鳳凰流》の同門生でもある。
一見、耳にたくさんのピアスを付けて軽いイメージがあるけど、兵士科の学園トップである。
そして今、彼の格好は、制服ではなく、私服だ。
「今日はどうしたの? 勉強しに来たようには見えないけど」
「ん? ああ、近くまで来たから、誰か可愛い子、誘ってメシに行こうと思ってな」
サラッと言ってきたサブ君の言葉に、わたしは、呆れ、溜息が漏れた。
「……程々にしないといつか痛い目見るよ」
そんな助言も、彼にとっては、
「大丈夫、俺の愛は無尽蔵だ」
無意味だった。
サブ君は、親指を立てて、満面の笑みを浮かぶ。
「……もういい」
わたしはもう一度、溜息が漏れた。
「ところで、これ」
そんなわたしの心情もサブ君には、届かず、サブ君はその親指で掲示板を指した。
その指されている箇所は、わたしが、さっきまで眺めていた場所である。
「興味あるのか?」
「うん。楽しそうだなぁ、って」
「そうか……」
サブ君は、意味ありげにそう呟くと、いきなり、携帯を取り出して、どこかに電話を掛け始めた。
「……ああ、俺だけど学園祭のライブの件なんだけど、まだ大丈夫か?」
いきなりのことで、訳が判らないわたしは、ただじっと、サブ君の電話の様子を眺める。
「……じゃあ、登録頼むわ……判ってるって、この埋め合わせは、また」
電話が終わったのか、サブ君は携帯をしまうと、わたしの方に向き直ると、
「よし。行こうぜ」
と笑いかけてきた。そして、そのまま、外に歩いて行ってしまった。
わたしは、訳が判らないまま、ポカーンとしていると、
「おーい! 早くしろよ」
と、サブ君は、再度、わたしを呼んでくる。
えーと、どういうこと?
話が見えないわたしは、ただついていく。
学園から出たわたしたちは、よくみんなで使っている喫茶店《ヒマツブシ》を訪れた。
そこに向かう道中、サブ君は、色んなところに電話していた。わたしは、少し気になりながら、サブ君の後をついていった。
お店に入ると、一番に、コーヒー豆の香ばしい臭いが鼻に入り、気持ちを落ち着かせてくれた。お店の内装は、板張りの床に、レンガの柱が建っているレトロな作りである。
今は、お昼時などで、お客さんもたくさん居る。
「いらしゃい。おや、今日は何かの話し合いかい?」
カウンター向こう側で、コーヒーを淹れている優しそうなおじ様が、わたしたちに気付くと笑い掛けてくれた。
わたしもすぐに
「こんにちは」
と挨拶を返す。
サブ君はすぐに、マスターに話しかけた。
「マスター。あいつら来てるか?」
すると、マスターは、視線で一つの席を指しながら、
「もう来てるよ。あとで、注文取りに行くからね」
それだけ言うと、コーヒーをお客さまのテーブルへ持っていった。
わたしは、マスターが教えてくれた席に視線を向けると、そこには男女三人が、座っていた。
わたしとサブ君は、すぐに、そちらに足を向けた。
サブ君は、先ほどの文化祭のイベントのことを、三人に話した。
「―――て、ことだ」
「……ことだ、じゃねぇよ。てめぇ、勝手に決めんじゃねぇ」
その中で、メイド服を着ている女の子が、機嫌が悪そうな表情で、サブ君を睨みつけた。
その女の子の名前は、リニア・ガーベル。兵士科の同級生である。ちなみに、なんでメイド服なのか、は、わたしもアルバイトで通っているお店から、途中から抜けてきたからである。
「なんか、格好と性格にすげぇーギャップがあるけど、それで売ってんのか?」
「んなわけねぇだろ。客の前じゃ、隠してるよ」
わたしも同じところに通っているから判るけど、その隠しようは、まるで別人のようなものである。
「そうなの? これはこれで、俺はいいけどなー」
「じろじろ観てんじゃねぇ!」
リニアは、少し頬を赤くして、ニヤニヤしているサブ君を睨み付けた。
そんなやり取りを、机に頬杖をしていた銀髪の少年、リョウ君が、メンドくさそうに口を開いた。
「まあ、リニアのメイド姿については、どうでもいいとして、《ライブ》に出るってどういうことだ?」
「言葉通りだけど」
リョウ君の質問をサブ君は、邪気のない笑みで答えた。
すると、リョウ君は、溜息を一つ吐くと、
「パス」
と切り捨てるように答える。だが、サブ君は、表情を変えない。
「つれねぇな〜。一緒に青春を謳歌しようぜ」
「どの口が。言ってんだ? 俺はやらねぇぞ」
そう言うと、リョウ君は、ゆっくりと立ち上がった。
すると、不意に、サブ君は、携帯取出し、そこからSDカードを逝き取ると、リョウ君の席の方へ弾いた。
「まあ待てって、実は昨日、用事があって、マリアさんと、会ったんだけど……」
その瞬間、リョウ君の動きが止まった。そして、なぜか表情に、焦りの色がどんどん濃くなっていく。サブ君は、口元に笑みが浮かぶ。
すると、リョウ君は、その表情のまま、サブ君を睨みつけた。
「それに何が入ってる?」
「写真、って言えば、何か心当たりあるのか?」
その瞬間、リョウ君は、席に座り直し、目の前のSDカードを乱暴に掴んだ。
そして、明らかに、不機嫌そうな表情になる
「コピーは?」
「安心しろ。もらったデータは、見えるだけで、コピーできないように、ガチガチにロック掛かってたから」
「……何の写真なの?」
わたしは、隣のリョウ君に、訊いてみた。リョウ君は、めずらしく困った表情を浮かべると、一瞬固まってしまった。
「気にするな」
そう答えると、持っていたSDカードをテーブルにある灰皿に投げ入れた。
その瞬間、SDカードは、銀色に燃え上がり、ドロドロに溶けてしまった。リョウ君が、あそこまで困った顔をするほどのものって、いったいなんだったんだろう?
(気になるなー)
「オレはやら―――」
「ちなみに、今回ライブに出たい、って言ったの、リリなんだよな?」
サクヤが何か言いかけると、サブ君は、言葉を遮るように、わたしに振ってきた。
わたしは、いきなりのことで、驚いたけど、下を向いて、少し間を空けてから、
「……うん」
と、少し恥ずかしくなったけど、答えた。
もちろん、言った≠ニ言うのは嘘だけど出てみたい≠ニいう気持ちは、本当である。
その気持ちを持ってわたしは、リニアの方へ少し視線を上げる。
すると、リニアは、困った顔で、うっ、と唸り声を上げた。
そのあと、諦めたような溜息を吐いた。
「……わーたよ。やりゃー良いんだろ」
その瞬間、うれしい気持ちが、抑えれないほど込み上げてきた。しかし、次の二人の言葉に、そんな気持ちは、一瞬で収まった。
「でもよぉ。オレ、楽器なんができねぇぞ」
「俺も」
そういえば、リョウ君が、オカリナ以外の楽器をしているところなんて、想像できない。リニアにいたっても、同じである。
だけど、サブ君は、そんなことお構いなしであるようだ。
「もちろん。これから特訓するに決まってるだろ」
これが、わたしたちの長い思い出の始まりだった……
一章 ミーティング
八月九日 夜。
アルバイトが終わったわたしは、サブ君が住んでいるサクヤさんの家に向かっていた。
サクヤ・シグムンドさんとは、わたしたちの学園へ魔連から派遣された教官で、兵士科受け持っている方である。また、《鳳凰流》という剣術の継承者でもあり、リョウ君やサブ君の師匠でもある。
それはさておき、わたしは今、猛烈に疲れている。
それは、バイト中のあるトラブルが原因だ……
昼間、休憩が終わったわたしは、テーブルを拭いていた。すると、いきなり覆面をした三人組の強盗が、押し掛けてきたのである。
そのとき、入口の近くにいたわたしは、恥ずかしいことに、真先に人質になってしまった。
でも、リニアの活躍(単に、キレただけかも知れないけど)により解決したのだ。そのあと、魔連の南支部で事情聴取を受ける羽目になり、解放されたころは、空には真っ赤な夕日が沈んでいた。
そして、今、わたしは、目的地への道を一人歩いている。
なぜ、隣にリニアが居ないかというと、事情聴取が終わったとき、帰ろうとするまた氏たちの前に、突如、リニアのお父さんと名乗る方が、現れたからである。
その方は、わたしに、
「リニアと話がしたいのだが、借りてもいいかな?」
と訊ねてきた。答える前に、リニアの顔を盗み見ると、今にでも襲いかからん、と睨みつけていた。
すぐ仲が悪いということが判ったので、
「はい。どうぞ」
「ちょっ! てめぇ! なに勝手に―――」
「それじゃあ、リニア、親子水入らずで」
と笑顔で、リニアを残して、部屋を出てきた。
だって、ここでリニアが、帰ったら、二度と会おうとしないだろうから。
でも、
(凄い怒りようだったなー)
あんなリニアは、見たことのない。今になって不安になってきた。
(大丈夫かなー)
今は、リニアを信じるしかない。
オレは、目の前に座っている男の部屋のソファーに腰を掛けている。
事情聴取のあと、オレは、父親と八年ぶりに再会してしまった。
というより、一方的に、向こうから会いに来やがっただけだが。
(リリの野郎、勝手に決めやがって)
そんな愚痴を胸に呟きながら、何となく部屋を眺めていた。至るところに、賞状や楯が、飾られているだけで、他には、必要以上の物がない、殺風景な部屋だった。
(そういやー、昔からゴチャゴチャした部屋、嫌いだったなー)
「……元気だったか?」
そんな感想を、胸の中で述べていると、目の前の男が、声をかけてきやがった。
元気だった、か、開口一番のベタベタのセリフに、オレは、自然と笑いが込み上げてきた。
「ああ、元気になったぜ。すこぶる絶好調だぜ、この体は。人から外れたおかげでな」
「……」
男は、オレに言い返すことなく、また黙り込みやがった。
そのとき、不意に、扉がノックされた。男は、そのノックの主に軽い、返事を返す。
「失礼します」
扉が開くと、そこから現れたのは、オレの良く知る奴だった。
オレは、そいつに抗議の視線を向ける。
「タク兄(にい)。これはどういうことだぁ?」
タクマ二等尉。オレの今の保護者であり、同じ人造魔導師だ。
そして、今回のファミレス襲撃事件の現場監督だった。
「こうでもしないとお前、ガーベル中将と会おうとしないだろ? それに、中将は、俺の知らせから飛んできてくれたんだぞ」
「……余計なことを」
タク兄(にい)はそう告げると、オレの座っているソファーに歩み寄ってきた。
そして、前にいる男が、座るように言うと、タク兄(にい)は、オレの横に座った。
すると、すぐにタク兄(にい)は、オレに向かって話しかけてくる。
「リニア、そろそろ戻ってもいいんじゃないか?」
その瞬間、オレは、怒りが耐え切れなくなり、キレる前に席を立ち、扉の方へ移動した。
そのとき、タク兄(にい)は、待つように、言ってきやがったが、オレは無視する。
扉が開いた瞬間、背中から中将どのが、声を掛けてきやがった。
「ピアス、まだ付けてくれてんだな」
その言葉で、オレは、振り返ると、右耳に付けている《アサガオ》の形をしたピアスを右手で触れながら、
「ほしいならやるぜ。もともと、お母さんの形見なんだからよー」
と挑発混じりに言ってやった。
だが、野郎は、口元に微笑みを浮かべやがった。
「いや、それはお前が付けてくれている方があいつも喜ぶだろう」
オレは、その笑みが気に食わず、舌打ちをすると扉の方へ向き直る。
だが、野郎は、話を辞めない。
「俺のことはいい。せめて、《セルマ》には会ってくれねぇか?」
「会ってどうすんだ? てめぇの姉ちゃんは、機械の体になってでも、生にしがみ付いてるぜ≠ニでも言うのかよ?」
オレは、そう言い残すと、そのまま部屋を後にした。
サクヤさんの家に着くと、わたしは、門にある呼び鈴を押した。
サクヤさんの家は、南地区の首都から少し離れた隣町にある小さな山、一つ丸々が土地である。また、町道から門までは、竹やぶを切り開いた石段を通るように作られている。なので、忘れがちだが、サクヤさんは、超が付くほどのお嬢様なのだ。実際、あの人は、そんなこと気にしては、いないだろうけど……
インターホンの応答に答えると、すぐに門が開かれる。
すると、そこから現れたのは、水色のショートカットの女の子だった。
「今晩は、ミサネちゃん」
「はい。今晩は、リリさん。リョウさんは、もう来ていますよ」
ミサネちゃんは、とても可愛い笑顔で、挨拶をくれた。
この女の子、ミサネ・シグムンドちゃんは、サクヤさんの実の妹さんで、歳は私より一つ下である。背が小さくて可愛いのが特徴で、リョウ君の様子を見に道場を訪れた際、知り合えた。それまでは、話の中だけで知っていたけど、こんなに可愛い子だとは思わず、会えたとき、わたしから彼女に声を掛け、すぐに仲良くなることができた。
ミサネちゃんの案内で、みんなが集まっている場所まで連れて行ってもらう。
門を潜ると、一番に、目の前の大きな母屋に入った。母屋の中の通路を通り、そこから伸びている離れに案内してもらう。
離れと言っても、人一人住めるぐらいの大きさがあるこの部屋の扉の前に立つ。
でも、人がいるはずの部屋からは、話し声が聞こえてこない。
そんなことを思っていると、ミサネちゃんが、部屋の扉を開けてくれた。
部屋の中には、リョウ君とサブ君、ジーク君と楽器一色が置かれてあった。
わたしは、ミサネちゃんにお礼を言うと、開けてくれた扉を潜る。部屋に入ると、わたしは、壁にスポンジのようなものが貼り付けられているのに気付いた。わたしは、不思議に思い、部屋を見渡たす。それは、そこら中に張られており、部屋に全然溶け込めていない。
「壁、どうしたの?」
わたしは、その疑問を、サブ君にぶつけてみた。すると、サブ君は、自慢そうな笑みを浮かべる。
「防音材を打ちつけたんだ。これでも、少しは、音が和らぐから、騒音対策になってんだ、ぜ」
「へー」
わたしは、サブ君の説明を聞いて、自然に驚きの声が漏れた。
「でも、さすがに、一週間で作るのは疲れたぜ。ジークが居なかったら、出来なかったぜ」
「ジーク君も手伝ったんだ。ありがとう」
わたしは、ジーク君に、素直にお礼を言う。すると、ジーク君は、少し照れくさそうに微笑を浮かべる。
「僕は、学園祭に出れないから、ね。これくらいのことをしないと、みんなに悪いからね」
そう、ジーク君は、学園祭に出ることが出来ない。
その話は、バンド結成のときだ……
「ごめん。僕は、できない」
メンバーが決まったと思った瞬間、ジーク君は、申し訳なさそう表情で、応えた。その瞬間、サブ君の表情が少し暗くなった。わたしは、サブ君とジーク君の意図がつかめず、答えを求めるように、リョウ君を見た。しかし、リョウ君も次の言葉を待つように、ジーク君をじっと見ていた。
「……どうしてなの?」
ジーク君が、次の言葉を言いにくそうだったので、わたしは、少し躊躇しながら、先に訊いてみた。
「実は、僕、転校するんだ」
「…どこにだ?」
それまで黙っていたリニアが、暗いトーンで話に入ってきた。
「西地区にある姉妹校《ヴィラ・アーシラト学園》だよ。この世界から出る訳じゃないから、遠くはないんだけどね」
と言うと、ジーク君は、リニアに微笑みかけた。
「べ、別にそこまで訊いてねぇよ」
すると、リニアは、恥ずかしそうに顔を逸らした。
そして、ジーク君は、転校の理由を話してくれた。
聞く話では、姉妹校同士のパワーバランスの問題らしい。
これは、姉妹校同士の相乗効果のために、一つの学園に、力が固まらないようにするためだ。前期の成績を学園で合計し、その結果から学園同士が、生徒を交換するシステムである。
その一人に、ジーク君が選ばれてしまったのだった……
「ありがとう。ジーク君」
わたしは心から感謝の気持ちで、ジーク君にお礼を言う。
ジーク君も、
「どういたしまして」
と言うと、微笑みを返してくれた。
話し終えると、わたしは、リョウ君の隣に腰を下ろす。
「遅かったな」
すると、リョウ君は、すぐに声をかけてきた。
「え? う、うん……」
わたしは、条件反射で遅れた理由を濁してしまった。だけど、リョウ君は今、魔連のお手伝いをしていることを思い出し、理由を話すことにした。
「……実は、今日、バイト先に強盗が入ったの」
理由はないんだけど、わたしは、リョウ君の顔を見ないように、下を向いて、今日の出来事を話し始めた。
リニアの活躍、事情聴取のこと、でも、リニアのお父さんに会ったことは、伏せておく。
すべて話し終え、わたしは、顔を少しだけ上げる。
すると、なぜか、リョウ君の顔が、困った表情になっていた。
「そ、そうか。それは大変だったな」
その反応が、不自然を感じると、リョウ君の顔をジーと見つめた。
「な、なんだ?」
「……リョウ君、何か隠してる?」
すると、リョウ君は、わたしから顔を逸らした。
「…別に、なにもない」
あやしすぎる、そう思うと、わたしは、リョウ君から視線を外さず、見つめることにした。
そのとき、不意に扉が開いた。
「わりー、遅れた。…って、てめぇら、何やってんだ?」
「え? なんでもないよ!」
変なタイミングで、そこに現れたのは、わたしより遅くまで魔連に残っていたリニアである。
リニアは、横にいるらしい誰かに、お礼を言うと、部屋に入ってきた。すると、部屋の異変に、気付いたのか、周りをキョロキョロ見渡し始めた。
「なんだ? この壁に付いてんのは?」
「防音材。即席にしては、いい効果なんだぜ」
「だからか、部屋から声が、洩れてねぇのは」
リニアは、なにかを納得したのか、サブ君の答えを訊くと、わたしの目の前に座った。
わたしは、さっきのことが気になり、すぐに声を掛けた。
「お父さんとはどうだった?」
その瞬間、リニアの顔が、不機嫌になった。
「あんな奴、親だなんて思ってねぇよ。すぐに別れてきた」
「そ、そうなんだ……」
リニアは、さっきのことを思い出したのか、怒りを露わにする。
わたしは、これ以上、触れないことにしようと思い、聞くのをやめた。
そう思った矢先、サブ君が立ち上がり、手を叩いた。
「んじゃ、みんな揃ったところでミーティングを始めるか。まず、頭に入れとかないといけないのは文化祭の日にち、これは《九月二十日》だ。これまでに俺たちは、二曲できるようにならないといけない」
「一ヶ月と少ししかねぇじゃねぇか。できんのか?」
リニアは、サブ君に根本的な疑問をぶつけた。すると、サブ君は、楽しそうな笑みを浮かべる。
「できる≠カゃねぇ、やる≠だよ。これからな」
「……理屈が、根性論じゃねぇか」
その答えを聞いたリニアは、呆れた溜息を漏らした。リョウ君も同じように呆れている。そして、わたしも、苦笑いが浮かんだ。ジーク君も同じ。
そんな、わたしたちのリアクションもお構いなしに、サブ君は、話を続ける。
「次に、誰がどの楽器をするか、だけど…もう決めてるから。まず《ギター》をリョウ、《ベース》俺、《ドラム》リニア、そして《ボーカル》をリリ、な」
「……決めた理由は?」
リョウ君は、答えを予想できるのか、半分あきらめた感じで訊く。
「もちろん、俺の独断と偏見だ」
その瞬間、二つのため息が同時に、部屋に漏れた。
わたしは、そんな気持ちを切り替えるように、サブ君に質問することにした。
「もう一つ、キーボードが残ってるけど……」
「ああ、本当は、ジークにやらすつもりだったんだけど…まあ、任せろ。もう一人当てがあるから大丈夫だ」
そう応えると、サブ君は、自信満々の笑みを浮かべた。
その笑みに、わたしは、ほどほどにね、と言っておいた。
「じゃあ、解散。次は、再来週に集まろうぜ。それまで、各自、楽器の扱いを覚えろよ」
サブ君の話が終わった直後、リニアとリョウ君が、各々呆れながら抗議した。
「覚えろ、つーても、どうすりゃあいいんだ? オレ、ドラムなんか触ったことねぇぞ」
「俺も、だ」
そんなリョウ君に、サブ君は、一冊の本と、立てていたギターを手渡した。
本を見てみると、表紙のタイトルは《サルでもすぐにできる! ギター入門》だ
「これで大丈夫だろ。あと、リニアは、毎日、ここで俺が特訓してやるから心配するな」
「……」
リョウ君は、諦めたのか、ただ、もらった本を眺めている。
「特訓って、てめぇは、できんのかよ?」
リニアは、訝しげな表情で、サブ君を訊く。その質問に、サブ君は、当たり前だろ、と言うかのように、自信満々な笑顔を作った。
「この一週間で、ここにある楽器は、マスターしたぜ」
「…無駄なところで、才能使うなよ」
そんなサブ君に、リニアは、呆れた、とため息を漏らした。
ミーティングが終わり、わたしとリョウ君は、駅へと延びる町道を歩いている。
そんな中、わたしは、部屋を出る前に、サブ君からもらった曲を聴きながら、楽譜を眺めている。
わたしたちの演奏する曲は、サブ君の知り合い(どんな人か判らないけど)が作った曲らしい。プロではないらしいけど、インターネットの世界では、有名な人だそうだ。
携帯で聴いているけど、とても素人が作った曲とは、思えないほど、完成度が高く、そして、心に響くメロディーである。
なにより、ライブに出れる、という、うれしさが大きすぎる。
わたしは、メロディーに乗せて、鼻歌でリズムをとりながら、楽譜を眺める。
「まえ……あ…な…」
すると、イヤホンの隙間から何か聞こえてきた。わたしは、それが人の声だと気付き、片方のイヤ ホンを外して振り返る。
「なに?」
「前!」
「へぇ? ―――っ!」
前に向き直った瞬間、標識の鉄柱におでこを、ぶつけてしまった。ぶつけたときに、すごい音が聞こえた気がする。わたしは、あまりの痛さにうずくまって動くことができなくなった。
すると、心配してくれたのか、リョウ君が、駆け寄ってくれた。
「おい、大丈夫か?」
リョウ君は、呆れている声で訊いてきた。だけど、わたしは、痛さで応えることができない。
「見せてみろ」
そう言うと、リョウ君は、わたしの顔を覗き込んでくる。わたしは、少し視線を上げた。
気づけば、リョウ君の顔が、すぐ近くまであった。
その瞬間、耳が、焼けるように熱くなるのを感じた。
しかし、すぐに、リョウ君は、立ち上がる。
「赤くはなっているが、まあ、大丈夫だな」
そう言うと、リョウ君は、わたしに、手を差し出してくれた。
「へぇ? あ、う、うん」
わたしは、どぎまぎしながら、その手を掴む。リョウ君は、わたしの手を握ると、引き寄せて、立たせてくれた。
「うれしいのは判るけど、気を付けろよ。次は、溝にはまるぜ」
「もう! そんなことないよー」
わたしは、抗議の視線を向けるが、リョウ君は、そんなわたしを笑うと、そのまま歩き出した。
わたしも、慌てて後を追う。
まだ、心臓のドキドキが止まらない。
前を歩いているリョウ君に聴こえてしまうんじゃないか、と思い、わたしは、その音を隠すように、持っていた楽譜を胸に押し付けた。
説明 | ||
間が空きましたがやっと新作を書き終えました。 今回の話は「夏休リリ編」と「学園祭」です。夏休、病院から退院したリリは、私用で学園の図書室に居た。お昼に気付き帰ろうと、下駄箱に移動したとき、掲示板に一枚のポスターを見つけた・・・。 スカイシリーズ第五段。よかったら読んでください。 |
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