セトの花嫁
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――8:25AM 犬山セト

 

「今日、転校生の子が来るんだって」

「へぇ……。どんな子?」

 

灰色の日々が過ぎていく。無意味な日常が私の横を歩いている。

一つ年上の同級生。たった一人、年下の私。飛び級なんてするつもりは無かったのに。

「何故私はここにいるのだろう」心の中で、一つ。そう呟いた。

 

「知らないけど……あ、犬山さんは何か知ってる?」

「え……あ、ごめんなさい。全然……」

「そっか。うん、そうだよね。ごめんね」

 

話しかけてくれる人はいる。けど、どこかによそよそしさを感じるのは。

彼女達が私を敬遠している所為なのか。それとも、私が彼女達に心を開いていないのか……。

 

「あ、先生来た。席戻ろ」

「うん、じゃあね」

 

話の輪にいなかった私に、声をかけてくれた彼女が手を振ってくれた。

それに倣い、私も彼女に手を振り替えす。対角線の席に座る彼女から、薄らと笑顔が見えた。

そう。別段、苛めを受けている訳ではない。ただ、灰色なのだ。

話を振られても、笑顔を向けられても。何故か、何処か溶け込めない自分がいた。

 

「起立、礼!」

 

日直の声を受けて号令。その後は先生の話。後は授業。

今日も今日とて、別段変わりの無い日々が流れ……。

 

(ああ……)

 

そういえば、転校生が来るんだった。

思考の合間になあなあと聞いていた話を思い出し、私は視線を窓から教壇の方へ向けた。

 

「――っ!」

 

そこには。そこに、いたのは。

 

「……と言う訳で、今日からこのクラスの一員になる冬村サユキさんよ。仲良くするようにね」

 

鮮血を思わす深紅の瞳、流水を髣髴とさせる艶やかな髪、雪のような白い肌。

そしてどこか年上とは思えない、あどけなく可愛らしい、柔らかな顔立ち……。

 

「…………も」

「……犬山さん? どうかしたの?」

 

その時。私は飛び級を果した自分の運命に感謝した。

 

「萌え……」

 

蕾が花を咲かせるように。陽光に当てられ、凍てついた川が融けていくように。

私の世界が色めいていく。私の世界に風が駆け抜けていく。

 

「っ?! せ、先生!! 犬山さんが眉間を強打した類の量の鼻血を! せんせーい!!」

 

私は貴方に合う為に生まれてきた。私の灰色は、この日を待っていたのだ。

遠ざかる意識の中、私はそんな事を考えていた。

ああ、体が落ちて行く。けれど、私は痛みになんて動じない。何故なら、私はもっと大きな場所へ落ちたからだ。

 

「犬山さんが死んだー!?」

「わ、私の所為かなっ!? 私の方を観てた気がするけどっ!!」

 

お父さん、お母さん。貴方達の娘は運命の恋に落ちました。

 

 

 

こんな設定で始めてもいいじゃねぇかシリーズ第一弾(最終回)

 

「セトの花嫁」

 

 

 

……水の音。水の音が聞こえる。その音に、私はゆっくりと目を開けた。

ここはどこだろう。光は無く、闇すらも無い大きな「無」

私は、どうしたのだろう。確か、さっきまで教室にいて……。

 

もしかすると。私は、死んでしまったんだろうか。

嫌な想像が脳裏を駆ける。若い身空でそんな殺生な事があっていい訳が無い。

また愛しのユキたんと愛のジョグレス進化もしていないというのに……。

 

――意識の海を漂う貴方……私の声が聞こえますか……?――

 

誰かの声。女の人の声。

深い深い水底から湧き上がるような。それでいて、見上げた水面から振り落ちてくるような。

在り処の見えない、不思議な声。まるで、私を誘うように…………。

 

……誘う?

 

 

ごめんなさい

 

――私の名はリクレー……はい?

 

貴方の気持ちは嬉しいけれど、私にはもう心に決めた人が……

 

――いえあの。何か勘違いをされてませんか?

 

勘違いではありませんっ! 私のユキたんへの思いは本物ですっ!!

 

――あの、とりあえず話を……。

 

あ、ユキたんって言うのは冬村さんって言って私の運命の人なんですけど、今後仲を深め合ってから頃合を見てこう呼ぼうかなって

――うっさいわボケいいから話聞けや脊髄ぶっこ抜いて干物にするぞ。

 

申し訳御座いません

 

 

少女のように透き通った愛らしい声が一瞬にして極妻の檄に。

世界はなんて世知辛いのだろう。結局、昨日の友は今日の敵でしかないのだろうか。

そう思ってしかし、そもそも声の主とは友ですらなかった事に気付いて悲しくなった。

何故、初対面の相手から「脊髄を干物に」などと言われる破目に。私はただユキたんの愛を語っただけなのに。

 

 

――なんか色々と面倒になったので結論を言いますが、貴女は死んでません。残念な事に。

 

今、残念な事にって言いましたか?

 

――いわゆる臨死体験と思って下さればいいです。非常に残念ですがそろそろ意識が戻る頃でしょう。

 

あれ、私スルーされてますか? しかも二度も残念とか言われてますよ。

 

――スケイル、茶箪笥の羊羹を出してくれます? それから奥にあるいい方のお茶も。

 

完全にスルー体制入りやがりましたね。泣きますよ? 警察呼ばれる勢いで泣きますけどいいのかコノヤロウ。

 

 

泣けど騒げど既に相手にされないだろう事を知りつつ言う私。

見えないけれど、想像するに玉露か何かを飲みながら、お茶受けの羊羹に舌鼓を打つかの人がシルエットで浮かぶ。

その向こう側に聞こえる音。あれは……。

 

……世界不思○発見? 好きなんですか、少女のように可愛らしい極妻の方。

 

――スパニッシュオムレツ!

 

私が最後に聞いたのは、極妻の方の野○村真ばりの珍解答だった……。

 

 

 

――5:57PM 冬村サユキ

 

 

「いきなり、失敗しちゃったのかな」

 

ゆらゆらと、漠然とした不安が私の肩に手を置いた。

目の前で眠る彼女の事を主に、自らのこれからに影を感じた。

 

この娘……犬山、セトさんは。倒れる前、確かに私の事を見ていた。

それから……。それから、私の頭の中は、今までずっとその映像が繰り返されていた。

何故、倒れたのだろう。どうして、私を見ていたのだろう。今もまだ、その事だけを考えて。

 

私がアクアフロートに来た目的はあまり褒められたものじゃない。

だからこそ、それを気取られないように気を張っていたのだけれど。

逆にそれがいけなかったのだろうか。何かを感じ取られてしまったのだろうか。

だとしたら、私は……。

 

「……ぅキた……んめぃ…………」

 

不意に、彼女の声が聞こえた。落ち着いた雰囲気の静かな声。

けれど、それに反して口調は何処か熱を帯びていて。

 

「犬山……セトさん」

 

飛び級をしていて、同学年でありながら私よりも年下。

それが無くとも、どこか近寄りがたい雰囲気の横顔は、未知に対する恐怖に似た物が見え隠れする。そう聞いた。

そんな彼女が見る夢はどんな物だろう。関心が不安を少し和らげた。

視線は自然とシーツのかかっていない彼女の顔へ。何を思うよりも先に、「綺麗だ」と感じた。

 

瞳が閉じられている故に尚、際立つ長い睫毛。時折何かを囁く度、控えめに震える桜色の唇。

そして何より、今生では決して得る事の出来ない白銀に輝く髪。

 

その全てが今、私の前に「女の子」がいるという事を実感させる。

 

「復讐の為に生きてる私とは大違い……」

 

ふと、そんな言葉が漏れた。不思議と私の中にそれを咎める自分はいなかった。

理由を考える隙すら私の頭には無い。ただ、その寝顔に見ほ「答えは縄文式土器ぃぃいい!!!」「にゃーーーー?!」

 

 

 

――6:00PM 犬山セト

 

 

「問題の時点で土器までは予測がつくだろう答えに対して何故食物を!

世界不思○発見はそういう番組じゃないんです! そんな姿勢の輩は私が粛清してくれる!

じわじわと舐り殺しにしてくれるっ!!」

 

天元突破の勢いさながら、私は高らかに声を上げた。

クイズ番組でわざと奇天烈な解答をする人は例えお天道様が許しても私のドリルが許さない。

 

「ね、ねぶり……?」

「なぶりの間違いではないかとお思いですかっ!

音声的に貴方は女性ですから特別措置をって冬村さんっ!?」

 

世界は流転する。ありのまま今起こった事を言うならば、そう。「一人だと思ったら二人だった」

何を言っているか判らないと思いますが私にもさっぱりです。

想い人の前で発狂とか、その想い人が若干引き気味だとかそういう次元じゃない話に頭がおかしくなりそう。

いや、そんな事よりも。

 

「あの、今のって……」

 

現在進行形で冬村さんの私への風評被害が危険域に達している事実に私の思考が熱暴走を起こす。

何で私達は保健室に。と言うか明らかに二人きり。外を見るに時刻は恐らく放課後で。

 

……冬村さんルート確定? 大人の階段を駆け上がる系統のイベント中? いやいやそんな馬鹿な。

 

「縄文式土器が、どうとか……」

 

申し訳ありませんが、それに関しては私にも何がなんだかさっぱりです。

……ともかく。どうにかしてこの状況を打破しない事には私の幸せな人生設計が始まる前に終わってしまう。

夢の内容はおぼろげに覚えている。けれど、その夢と先程口走った狂気の羅列をどう結び付けようか。

本当ならばじっくりと時間をかけて考えるべき事だけれど。今はそんな時間など存在しない。

早々に第一案は破棄しよう。私の左脳が囁いた。何とかして夢の内容を捏造しよう。私の右脳が呟く。

 

結果。

 

「ちょ……ちょっと宇宙の帝王になった夢を見まして……」

 

ああ、私はもしかしたら馬鹿なのかも知れない。生まれてこの方、始めてそう思った。

 

「そ、そうなんだ……」

 

案の定、冬村さんは更に引いている。

終わった。素直にそう感じた。この話は早くも終了ですね。この後の思考は要りません。

そんな訳にも行かないのは明らかで。けれどもこの状況をどうやって打破しろと。

頭は回転するばかりで思考の体を成してはいない。私はもう駄目かも知れない、そう思った時だった。

 

「クス……」

 

聞こえてきたのは笑い声。私のじゃない、冬村さんの。

 

「冬村さん……?」

「ご、ごめんねっ。犬山さんの事、もっと怖い人だと思ってたから」

 

冬村さんが笑う。目を細め、鈴が鳴るように。

 

「そうだよね。人間だもんね。……同じだよねっ」

 

西日の空で、世界は陰りつつあるのに。とても、暖かい。

「同じ」という言葉が、温かい。

 

「私もね、見るよ。変な夢。いっぱい」

 

それはまるで、雪解けの始まるうららかな春の日差しのように。

それは、まるで色付き始めたばかりの灰色に、輝きが増すような。

やさしい。……優しい、笑顔だった。

 

「私、冬村サユキ。よろしくね、犬山さん」

「あ、……えっと。犬山、セトです。よろしくお願いします、冬村さん」

 

夢想にも似た世界から現実に戻る。

互いに名前を呼び合っていたのに、と。改まった自己紹介が妙におかしかった。

 

「ふふ、変な感じだね。お互い名前はもう知ってるのに」

 

冬村さんもそう思っていたらしく、またころころと笑う。

可愛いな。他の思考を通す事無くそう思う。

 

お手本のような「女の子」の笑顔。私には、ないものだ。

 

「……ところで、冬村さんはもうこの学校を回ったりとかは?」

 

ほんの一瞬。一瞬だけ感じた負い目を振り払う。

何に対しての負い目かも分からないまま。触れたくない物に触れてしまったかのように。

 

「……そういえば、まだかな」

「それじゃあ、少し回ってみませんか? 付き添って下さったお礼もしたいですし」

 

 

 

――6:20PM 冬村サユキ

 

 

合縁奇縁、とはよく言ったものだと思う。

犬山さんが目を覚ますまで。覚ましてからの十数分。

その中で、今この状況を予測できたとして。それはどんな奇跡なのだろう。

 

「うーん……。時間的に開いている教室が少ないですね」

 

「お礼」は辞退したけれど、学校案内の提案に私は頷いた。

犬山さんといると。何故だか、とても安らいで。だから、まだ帰る気になれなかった。

 

「ごめんね、よく考えれば分かった事だよね」

 

けれど、もう少し時間を考えるべきだったと思う。

傾いた太陽の赤さが深まり、今はまさに放課後と呼ぶに相応しい。

ちらほらと残っていただろう生徒達も帰路に着き、殆どの教室には鍵がかかっていた。

 

「いえ、私も気付けばよかったんです。

むしろ私の方が申し訳なくて……」

 

リノリウムの床を打つ二つの足音は止まらない。

行く先がどこであろうと私は構わない。けれど、それは犬山さんの心じゃない。

 

「開いてる所と言えば……」

 

と。そこで足音の一つが止む。それにならう様に、私も足を止める。

 

「開いてる、所……」

「犬山さん?」

 

心地よい夕日の赤に照らされて、同じくらいに。

……いや、それ以上に赤く映る気さえする犬山さんの顔。

犬山さんから見た私も、これくらい赤いのだろうか。

 

「そんな……ユキたん、積極的……」

「ゆきた?」

「あ、いえ。なんでもなんです。ちょっと三千世界の鴉を落とす勢いで愛が溢れて」

「へ?」

 

犬山さんへの理解が浅いからだろうか。思わず間の抜けた返事が飛び出した。

まず、全体的によく解らない。後、「ゆきた」って何だろう。

お茶請けによさそうなイメージが無意味に湧いていく。

 

「そ、それはともかく。冬村さん」

「うん?」

 

何だろう。犬山さんから闘志の様な物が見える気がする。

 

「保健室……は出発点なので。体育倉庫と屋上のどっちに行きますかっ!」

「たいい……く?」

 

その二つのチョイスはどこから来たのだろう。確かに教室と言う教室に鍵は閉まっているけれど。

もしかすると、世に二つとない珍しい体育倉庫なのかも知れない。

それがどんな物なのか、見てみたい気はする。

 

でも。

 

「屋上、かな」

 

今の私には、屋上がとても魅力的な選択だった。

 

「屋上ですか。成程、初めては外で……」

「見晴らしよさそうだよね。この時間なら夕日も綺麗そうだし」

 

淀みなく進む時計の針。黄昏はもう、すぐそこに。

迫る夜と沈む夕日が織り成す漆黒と朱のコントラスト。

高い場所から一望するそれは、きっと、とても綺麗で……。

あれ? なんか犬山さん落ち込んでる……?

 

「ど、どうかしたの?」

「大丈夫です。分かってた事です。むしろ本当にごめんなさい」

「うん……?」

 

いよいよもって解らなくなる。どうして私は謝られたんだろう。

あまり触れない方がいいのだろうか。

 

「……屋上、行きましょうか」

「う、うん」

 

「久しぶりにキレちゃいました」とか言われなくてホッとする。

当然、私自身に言われる要素はないつもりだけど。

 

「ところで、さっきの話ですけど」

「えっ?!」

 

やっぱり「キレちゃいました」とか言われるんだろうか。

実は犬山さんは夕焼けにトラウマがあって、綺麗だと思った夕焼けに65点をつけられたとか……。

 

「屋上の景色は中々いいですよ。駅の方まで見渡せますし」

「え……あ、うん。そっか! そうだよね、うん。た、楽しみだなっ!」

「……?」

 

我ながら恥ずかしい想像をしたものだと思う。

大体、髪の長さから言って夕焼けの点数を聞くのは私の方が。……それはともかく。

 

(駅の方まで……か)

 

想い、わずらい。何故か心にあたるあの日の事。

始めてここに……アクアフロートに来た日の事。

 

「冬村さん?」

 

瞬間。思考の外から声が届く。

 

「どうかしたんですか?」

 

気付けば、私はいつの間にか立ち止まっていた。

声が届く程度とは言え、私達の間に距離がある。

 

「……うん」

 

一歩、二歩と。開いた距離をつめていく。

 

「こっちに越して来た日にね」

 

心が揺らぐ事がある。心に刺さる物がある。

 

「駅で男の子と目があったの」

 

あの日、駅であったのはそれだけの筈だった。

それが、一瞬で「それだけ」ではなくなってしまった。

 

「年は私と同じくらいで、メガネをかけてて……」

 

目が合って次の瞬間、姉さんの顔が浮かんできた。

顔を見たその時、懐かしさが湧き上がった。

 

「頭から、離れなくて……」

 

どうしてか、なんて考えても。答えなんて出るはずもなくて。

今更ながら、後悔に苛まれる。どうしてあの時声をかけなかったんだと。

 

「そう……ですか……」

 

 

――6:30PM 犬山セト

 

世界、滅びないかな。衝動的にそう思った。

メガネだかなんだか知らないけれど、私のユキたんに色目を使うなんて。

今すぐ私の前に出て来いメガネめ。レンズを抜いた後でなめこをぶつけてくれる。

 

「………………」

 

……でも。冷静になればそれが普通なんだ。

普通に考えれば、男女どちらであろうと異性にときめくのが正常な反応で。

 

「……冬村さんは」

「ん……?」

「その人の事が、気になる……ん、ですか?」

 

今の私は、そこから外れた所にいる訳で。

 

「気にはなる……けど。犬山さんが思ってるような意味じゃないと思う……」

 

本心からか、それともまだ自分の感情をはかりかねているのか。冬村さんの答えには曇りが見えた。

それでも、気にしている事は確か。もしかすると向こうの「男の子」も同じくらいの感情を持っているかも知れない。

縁は異なもの。人の縁はどう繋がっているか解かったものじゃない。

それならば……私は。

 

「……ここを開ければ屋上ですよ」

 

冬村さんを尻目にそう告げて、ドアを押す。

開いたそこから一歩進んで空の下。冷たい風が私の頬を撫でた。

少し待てばこの熱病のような気持ちも冷める。そうしたら、冬村さんに今日の事を謝ろう。

どこまでその理由を説明できるか判らないけど、必要な事だから。

 

「わ……。ちょっと風が冷たいね」

 

思考の外から冬村さんの声がする。

振り向いて、声をかける。その前に一呼吸。大丈夫、もう妙な考えは終わらせる。

言葉に繋げて、言葉に応えて。

 

「あ、大丈夫ですか。冬村さ……」

 

自然に、振り返……。

 

「…………っ」

 

息を呑む。声を失い、立ち尽くす。

見返ったそこに、視線の進むその先に。

 

「でも、凄くいい景色……」

 

見下ろす景色が霞む程の美しさを見た。

世界を見下ろす深紅の瞳は幼い子供のように輝いて。

風を受けて舞い踊る髪は、夕日が照らし眩いほどに艶やかに。

深くなっていく宵闇は新雪のような肌をより際立てていく。

その全てが。「冬村サユキ」という存在をどこまでも鮮やかに引き立てていく。

 

「今日、ここに来れてよかった」

 

冷めない。この思いが、冷めるはずがない。

 

「私、こっちに着てからずっと一人で……。本当は凄く不安で」

 

一時の感情なんかじゃない。私の気持ちはそんな薄っぺらなものじゃない。

 

「でも、この景色を見て……。なんて言うのかな、決心がついたっていうか」

 

もっと貴方を知りたい。もっと私を知ってほしい。

私は、貴方に恋をしている。

 

「だから、ありがとう。犬山さん」

 

うん、もういいや。男とか要らない。私が滅ぼす。寒中水泳で鍛えた私のマッスルアーツで圧し折る。

いつか、冬村さんの辞書から不安の二字が消えるまで。

そしてその代わりに「セっちゃん愛してる」が入るまで。むしろ入った後も永久に。

確固たる物となった愛を胸に、沈みゆく夕日に私はそう誓ったのだった。

 

 

――7:15PM 冬村サユキ・犬山セト

 

「すっかり暗くなっちゃったね」

 

涼やかな月明かりの時間。私達は二人で帰路に着いていた。

夕日が沈んでその直後。どちらからともなく微笑み合いながら。

 

 

「そうですね」

 

夢のような時間だった。出来る事ならあの一瞬を永遠に留めて置きたかった。

あの時、冬村さんの笑顔に思わずにやけてしまったものの、一滴たりとも鼻血を噴かなかった自分を褒めてあげたい。

 

「今日はもう無理ですけど、今度この辺りの案内もしましょうか?」

「本当? 嬉しいな」

 

それにしても。今日一日で、それも驚くくらいに短い時間でこんなに仲良くなれるなんて。運命が私達を祝福しているとしか思えない。

このペースで進展すれば一週間後にはきっと世界が羨む公認ベストカップルになって毎日のように互いが互いに愛の囁きを「ねえ、犬山さん」

「は、はい! 何でしょうか?!」

 

 

「あのさ、……あのね」

 

何となく、そうなんじゃないかとは感じてる。

でも、それは私の思い過ごしかも知れない。だから、聞かないと。確かめないと。

 

「私達さ。もう友達でいいのかな?」

 

 

「え?」

 

その言葉を聞いて、私は。いや、私も「それ」に気がついた。

 

「え、あ。違ったかな……」

 

私達は、まだ互いの関係を決めていなかった。互いに、自らの位置を定め忘れていた。

それは本来ならば必要のない事。繋がりに確認なんて詮無い事。

それでも、気付いた私にはそれが必要で。きっと、冬村さんにも何か似た思いがあって。

けれど、それに触れてはいけない。今は、まだ。

 

「友達……じゃ、無かったんですか?」

 

だから、私はそう言った。出来る限りに真っ直ぐに、し得る限りの自然さで。

 

 

「……そっか、そうだね」

 

救われた想いが胸に広がる。「同じ」である事に安堵する。

聞き返された時は少しだけ怖かった。でも今は、それ以上に嬉しくて。

 

「明日も一緒に帰ろうね」 

 

そんな一言も今なら臆せずに言える。逆に言えば、今はここまでが精一杯なのだけど。

まだ互いに知らない事が多い。言えない事だらけの私達。

でも、最初は今以上に何も知らなかった。犬山さんを怖い人かも知れないと思っていた。それは間違いだと気づく事ができた。

きっと時間が解決してくれる。これから色んな事を話して、笑って、時には喧嘩もしたりして。

いつか、何でも話せる関係になればいい。そんな友達になれたら、とても素敵だと思う。

 

 

「はい、喜んで」

 

そう、今は友達で構わない。

互いをもっと知って、いつしか一番の親友と人からも呼ばれるようになって。二人の時間が増えて。

すぐに友達では我慢できない関係に冬村さんも。そんな恋仲になれたら、とても素敵だと思う。

 

 

「なんだか、明日からが楽しみだよ」

「ええ、楽しみですね」

 

 

見切り発車さながらで始まった一つの恋。二人の行く末は、そしてメガネの男の子の正体と運命やいかに。

願わくば、流血沙汰やなめこ沙汰にならぬ事を。

説明
「シルエットノート」の百合要素配合IF二次創作です。
原作を知らない方はマッハで逃げる事をお勧めいたします。
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