真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版8
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第八章〜悪意の矛先〜

 

 

 

  「・・・何、この文字?」

  魏城・桂花の執務室にて、この時代ではとても貴重な紙で作られた一巻の巻物を机に広げ、

 眉をひそめ頭にはてなを浮かべながらそう言い放った。

  「・・・そうか。お前でも読めないか?」

  桂花の言葉に、やはりという顔をする秋蘭。

  「所々、私達が使用している文字も使われているようだけど、その間の文字と組み合わせて

  使っていることは分かるけど・・・。これじゃあ、何が書かれているのかさっぱりね」

  そう言って、桂花は椅子に座る。そして、秋蘭は広げられた巻物を再び丸めていく。

  「まぁ・・・、期待はしていなかったからあまり気にしないでくれ」

  「・・・何か引っかかる言い方をするわね?」

  「気のせいだろ?」

  「ふん・・・、用が終わったならさっさと出て行ってくれる?私、戦の事後処理で忙しいんだから」 

  不機嫌そうな顔をしながら、桂花は悪態をつく。

  「そうだな、邪魔して悪かった・・・」

  そう言い終えると踵を返し、そのまま部屋から出ていく。

 

  「桂花ですら分からないとなると・・・、この大陸の文字ではないのか?だが、我々と

  同じ言語を使用しているのだから、羅馬(ローマ)や埃及(エジプト)のそれではなかろう・・・。

  となると、やはりこれは五胡の言葉なのだろうか?」

  魏城のとある廊下にて、歩きながら一人問答する秋蘭。彼女の手には先の五胡の戦の際、兵士が持って

 来た巻物があった。しかし、それに書かれていた言葉が解読できず、桂花に聞いたのであったが彼女ですら

 解読する事は出来なかった。

  「あら?秋蘭様、いかがなさいましたか?」

  「ん?」

  突然、呼びかけられ秋蘭は面を上げる。

 そこには、自分とさほど変わらない背で、すらっと長い髪と垂れ目が特徴の、まったりとした

 雰囲気を出す女性が立っていた。その手には、自分の背ほどの変わった棒を持っていた。

  「おや、撫子(なでしこ)ではないか。西方からいつ帰って来ていたのだ?」

  「今し方、着いたばかりなのです。これから華琳様に報告をしに向かう所で、秋蘭様を

  たまたま見かけたもので」

  「そうか、御苦労であった」

  「いえ〜、秋蘭様からそのようなお言葉をいただいては他の頑張ってくださっている方々に悪いです」

  「いや、お前は華琳様のため、この国のためによくやってくれているのだ。当然の事だ」

  「・・・ありがとうございます。ならばわたくしも秋蘭様の期待に応えられますよう、ちゃんと

  報告しなくてはいけませんね〜」

  「ふふ・・・。では、頼んだぞ」

  そして、二人はすれ違って行った。

  「あ、待て撫子」

  「はい?」

  何かに気が付いたように足を止め、秋蘭は後ろを振り返る。呼び止めれらた撫子も足を止め後ろを振り返る。

  「宮殿はこっちだ」

  そう言って、宮殿のある方角を指で示す。撫子が向かう先と全くの反対であった。

  「え?あらあらまぁ・・・、これは失礼しました」 

  撫子は口を隠して照れ笑いしつつも秋蘭に頭を軽く下げる。

  「うむ、では改めて頼んだぞ」

  そう言うと、秋蘭は再び歩き出した。

  「・・・・・・」

  撫子は頭を下げたまま、視線を秋蘭に、そして彼女の右手へとずらす。その右手にはあの巻物が

 握られていた。

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  「北郷一刀が見つかったのか」

  「ええ、五胡の侵攻の際に紛れこませておいた者達が魏領の山陽付近の村で見つけたのを確認しました」

  「老仙の爺も一緒なのか?」

  「はい。しかも、彼の中に埋め込まれた玉の力が少しずつですが、彼の中で解放されつつあるようです」

  「クソッ!北郷をこの世界に連れて来た所までは、上手くいってたのによ!」

  「そうですね。その後の彼等の妨害がなければ北郷を我等の手中に収められたはずなのですが、

  北郷一刀に玉が埋め込めれてしまった時点で我等の計画は半分頓挫したも同然・・・」

  「止めろよ・・・。気が滅入るじゃねぇか!てめぇはそんな事を話すために俺を呼んだのかよ。

  って言うか、女渦はどうしたよ!?」

  「彼は・・・、どうやら新しい玩具を見つけたとかで」

  「はぁ?」

  「今、そっちに夢中だからこっちに顔は出せない、との事です」

  「・・・・・・。まぁ、別にあいつが居なくてもいいけどよ」

  「それはともかく、実際の所・・・、玉の力を彼はまだ制御できてはいないようです。その上彼は、

  それが自分の体に埋め込まれた事すら知らない。南華老仙は順を追って彼に教えていくつもりなのでしょう」

  「・・・って事は、今のうちに始末出来れば問題無しってことだな?」

  「乱暴に言えば、そうなります。そこであなたをここに呼んだのは・・・」

  「俺に行けって、そういう事だろ?分かったよ、お前もここから離れられないのは知っているし、

  女渦も使えねぇんじゃ・・・、俺が行くしかないだろうよ」

  「気遣い感謝します」

  「ただ、その前にやらなきゃいけない事があるんだ」

  「正和党ですか・・・?」

  「ああ・・・。そっちを速効片付けてから北郷を始末してやるからよ」

  「頼もしいですね、期待しましょう」

  「へへっ・・・、それより、お前の方はどうなんだよ。何だか妙な事になってんだろ?」

  「えぇ・・・、まぁ大丈夫だとは思いますが、念のために彼女に頼んでおきました」

  「この外史の人形を使うのか?人形遊びの好きなお前らしいよな」

  「伏義(ふっき)・・・」

  「冗談だよ・・・お前ももう少しその硬い頭を、女渦・・・までとは言わねぇがよ。もう少し柔らかく

  した方がいいぜ?」

  「余計なお世話です」

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  「ふぅ・・・」

  「桃香様、だいぶお疲れのようですね」

  「あ・・・、朱里ちゃん!そ、そんな事ないよ!ほら、見ての通り!元気元気っ!」

  朱里に心配をかけまいと、椅子から立ち、自分が元気である事を示すべく体をてきぱきと動かす。

  「・・・すごく、から元気な感じがします・・・」

  そんな桃香を見ていた蜀の軍師・鳳統こと雛里が小さな声で言う。

  「うぐ・・・、雛里ちゃん。厳しいな〜・・・」

  桃香は雛里の言葉に肩ががくっと下がるり、その流れで椅子に座り直す

  ここ、蜀の成都の城・桃香の執務室にて、桃香、朱里、雛里は業務の書類の処理をこなしていた時の

 事であった。すでに日は沈み、綺麗な満月が地上を優しく照らす。外では虫達の鳴き声がかすかに聞こえ

 てくる・・・。  

  「北郷さんは見つからないし、正和党の人達とも上手くいかない。その上書類の山に押し潰されたら

  ・・・さすがに私の体も持たないよ〜・・・。はぁ〜・・・」

  深い溜息をつきながら書簡の山が二つ出来ている執務用机にうつ伏せになる桃香。そんな時、外から声が

  かけられる。

  「桃香様、いらっしいますかな?」

  「桔梗さん・・・?はい、どうぞ」

  「失礼致します」

  執務室に入って来たのは大きな酒瓶を片手に、頬を少し赤くした厳顔こと桔梗であった。

  「桔梗さん、酔ってますよね?」

  「いえいえ、この程度酔ったうちには入りませんぞぁ!」

  そう言う人に限って酔っているですよ、と桃香達は口にはしなかったものの心の中でツッコミを入れる。

  「そんな事はどうでもよいでしょう!桃香様、今日市で良い酒を手に入れて来たので御裾分けしようと

  来た次第で!」

  そう言って、その酒が入った陶器を桃香の机にガタンッとやや乱暴に置いた。

  「気持ちは嬉しいんですけど、私達・・・業務の処理でそれどころじゃないんですけど」

  申し訳そうに桃香は言うが、

  「そのようなものは明日にでもやればいい事。今宵は仕事なぞ止めて、酒の酔いしれましょうぞ!」

  聞く耳を持たない桔梗であった。

  「・・・・・・」

  桃香の話など聞く耳も持たず、酒を勧めてくる桔梗の勢いに完全に押される桃香。

  「桃香様、今の桔梗さんに何言っても無駄だと思います・・・」

  「あわわ・・・」

  二人の軍師にも言われ桃香も諦めざるを得なかった。

  「分かりました。では桔梗さんのお言葉に甘えて・・・」

  そう言って、桃香は机に置かれたお猪口一つを手に取る。それを見た桔梗は酒瓶を傾け、お猪口から酒が

 溢れる寸前まで注ぐ。お猪口を自分の前に持って来ると、酒の表面に自分の顔が映っていた。そして桔梗も

 自分のお猪口に酒を注ぐ。

  「桃香様・・・」

  「はい・・・?」

  黙っていた桔梗が急に話しかけてくる。

  「あなた様は・・・、決して一人ではないのですぞ」

  「え?」

  「一人で何もかも背負いこむな、と言っているのです。ここ最近、あなたが元気がない事は

  自分も・・・他の皆も、口にはしないものの心から気にかけております。まぁ、蜀の王として

  の立場が故もありましょうが、あなたも所詮人間、神仏ではありませぬ」

  「・・・・・・」

  「ですから桃香様、我々にもっと頼って頂きたい。あなたには常に笑顔であって欲しいのです。

  その笑顔がためにわしらはあなたの剣となり、盾となりましょうぞ・・・」

  「桔梗さん・・・」

  「・・・おっと、少し長く喋りすぎましたかのう。さぁ、気を取り直して!」

  「はい!では、頂きます!」

  そう言って、ゆっくりとお猪口に口を近づけた、その時であった。

  「桃香様!」

  執務室に、問答なしに翠が慌てて入って来た。そのせいで桃香はお猪口の酒を少し零してしまう。

  「ど、どうしたの、翠ちゃん!?」

  「どうしたのだ翠よ。お前も酒の宴に混ざりたいのかのう?」

  「さ、さっき・・・見張りの奴から、む、村が・・・村が・・・」

  桔梗の言葉に答える事なく、翠は何か重要な事を伝えるが、噛み噛みのため上手く話が理解できない。

  「落ち着け翠よ。そんなに慌てていては何が言いたいか、まるで分からんぞ」

  桔梗に言われ、翠は深呼吸を数回繰り返し、自分を落ち着かせる。

  「・・・、今、見張りの奴からの報告で南の山の向こうで火が上がっているって報告が!」

  「え!?」

  「何だと!?」

  「さっき、愛紗達が急いで向かったから、あたしはそれを桃香様にって・・・!」

  「そっか、愛紗ちゃん達はもう行ったんだ」

  「桃香様!」

  朱里の言葉に桃香は無言で頷くと、手に持っていたお猪口を机に置く。

  「朱里ちゃんと雛里ちゃんは急いで情報の整理をして。翠ちゃんは、他の皆に宮殿に来るように

  伝えて来て頂戴」

  「お、おうっ!」

  桃香に言われ、翠はまた慌てて執務室から出ていく。

  「やれやれ・・・、折角の宴が水泡と化してしまいましたのう・・・」

  桔梗は残念そうに言う。それを見て桃香は苦笑いで対応した。

  

  この時、桃香はこの事件が後に起こる事になるであろう、悲劇の連鎖の序章である事にまだ気付いて

 いなかった・・・。

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  別の頃、成都から南に位置する林道にて・・・。

  「おい!向こうの空が赤いぞ!」

  一人の男が指をさす。その先に見えるのは山の向こうで満月や星達の輝きをかき消し、確かに夜空が

 赤く染まっていた。

  「本当だ!何だ、ありゃあ?!」

  「焚き火・・・にしては少し派手すぎるな・・・!」

  「これは只事じゃぁ無さそうだな・・・よし!誰か、この事を廖化さんに報告しに急いで戻って来れっ!!」

  「応っ!!」

  一人の男が馬に乗って、来た道を全速力で戻っていった。

  「・・・・・・くそ!」

  男達の中に紛れ、一人苦虫を噛みながら赤く染まる夜空を見つめる少年。今、彼の心中は拭い去る事の

 出来ない記憶に満たされつつあった。

  「「「「おおーーー!!!」」」」

  そんな少年の心中など知るはずもなく、男達は急ぎその夜空を赤く染めている所へと馬を駆けていく。

 

  『廖化さん、あなたのその想い・・・私にもよく分かります!私も同じ思いなんです!私もこの大陸で

  悲しんでいる人達を守るために戦ってきました。なら、一緒に歩む事は出来るはずです。ですから・・・!』

  

  「・・・同じ思い・・・か」

  とある村の一軒の小屋、そこは正和党・頭領こと廖化が生活の場として利用していた。廖化は椅子に

 座りながら、以前ここにやって来た桃香の言葉を思い返していた。

  「確かに・・・、目指そうとするものは彼女達と俺達に違いは無い・・・」

  この大陸の平和のため、そしてその未来のため、自分は正和党を立てた。そして、この大陸に住む人達の

 ために賊とも戦ってきた。それは向こうも同じ事だった・・・。

  「だが、共に歩む事は出来ない・・・」

  一方で、自分達が相容れぬ者同士である事もまた事実・・・。いや、自分がただ勝手にそう思っている

 だけなのかもしれない。以前、彼女達に語った理由など、こちらの手前勝手な言い訳に過ぎないのだ。

  「俺は・・・、迷っているのか?」

  自問自答する。すると、あの時の男の言葉を思い出す。

 

  『あんたはいいのかい?こんな女がこの国を統べている事に・・・納得しているのか?

  そんなはずは無い・・・だろ?それに、あの女が王として相応しい存在ではない事は、お前だって

  分かっているだろうよ』

 

  あの時は奴の言葉を否定する訳でも無く、ただ黙って話を聞いていた。それは自分も何処かでそれに

 納得していたのかもしれない。

  「しかし、それとこれとでは話は別だ・・・」

  自分が代わって国を治める気など毛頭ない。それに今の彼女の政治方針に何の不満も無い。そして何より

 民達の幸せを誰よりも考えているのは、他ならぬ彼女のはずなのだ。彼女の思想が人を不幸するものでは

 無い以上、それに不満を抱く必然性も無い。

  「ならば、ならば何故・・・、奴の言葉が頭から離れない?」

  

  『お前の正義の鉄鎚で、愚王・劉備玄徳を粛清するんだ!』

  

  「・・・俺に、それだけの力があるのか?」

  ふと、自分の手を見る。彼女よりは大きいであろう、その手を。果たして自分に劉備玄徳を粛清する資格が

  あるというのか?

  「俺は、一体何がしたいのだ・・・?」

  そんな事を考えていた、そんな時であった。

  「大変だ!大変だ、廖化さん!」

  正和党の党員の男が、慌てて廖化の家に入っていく。

  「どうした・・・」

  廖化は慌てる党員を落ち着かせると、何が大変なのかを問いただした。

  「山間の向こうが赤くなっているって、見回りをしていた奴が!」

  「確かか!」

  「あぁ!!今、巡回していた連中がそれを確認しに向かっていった!!」

  「よし!ならば、俺達もそこにで向かうぞっ!」

  「はい!!」

  そう言って、廖化は椅子にかけてあった上着を着直した。

 

  この時、廖化はこの事件が後に起こる事になるであろう、悲劇の連鎖の序章である事にまだ気付いて

 いなかった。

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  夜空を赤く染めるもの・・・、場所は成都より南東の一つ山の向こうに位置する巴郡。その中で

 一番大きい街、かつて劉備達が入蜀した際、彼女達が厳顔、魏延と戦った城壁に囲まれた街のいたる場所で

 火が上がり、その火が夜空を赤く染めていたのであった・・・。

  「・・・っ!!」

  その悲惨な光景を見た姜維は唖然とする。

  「こりゃ随分と派手に燃えてやがるな」

  彼の隣りにいた党員が、その光景を見て率直な感想を漏らす。

  「ただの火の不始末・・・、にしては規模が大きすぎるな」

  「今は、頭を使っている場合じゃねぇ!今すべき事は、自分の体を使ってこの惨状をどうにかする事だ!

  行くぞ、皆!!」

  「「「応っ!!」」」

  隊長格の党員が檄を飛ばすと、それに他の党員達が呼応する。そして燃え盛る街へと急ぎ駆けて行った。  

 

  「愛紗!どうやら火元は巴郡の街のようだ!」

  駆ける馬の上で、星は隣で自分同様に馬に乗る愛紗に言う。

  「巴郡か・・・!あそこは以前、我等が桔梗達と戦った場所だな」

  赤く染まった夜空を見上げながら、愛紗はその時の事を思い返す。

  「最も、あの時とは状況がまるで反対ではあるがな・・・」

  余裕でもあるのか、星は皮肉めいた事を言う。

  「・・・そうだな」

  「関羽将軍、趙雲将軍!」

  そんな時、前方から馬に乗った一人の兵が近づいて来ると、そのまま愛紗と星が率いる騎馬隊の中へと

 上手く入り込むと、二人の横に並んだ。

  「先程、先行していた馬岱隊が巴郡に入りました」

  「そうか。それで状況は?」

  「はっ!街の至る所で火が上がっており、住民達はかなり混乱しております。状況からして恐らく何者に

  よる放火と!」

  「くっ、何と卑劣な・・・!!」

  愛紗は悔しさから、口元から歯が軋む音が出る。

  「火か・・・。我等の生活に必要不可欠な存在が我等に牙を向けて来る・・・か」

  「現在、馬岱将軍達が消火にあたっておりますが、火元が強く消火に時間がかかっています」

  「分かった。皆の者、聞いての通りだ!全速力で街に向かうぞ!!」

  「「「応っ!!!」」」

  愛紗の檄に兵達は呼応すると、その行軍速度を上げていく。その一方で、星はその兵士に問いかける。

  「所で、先程お主は何者かが放火した・・・と言っておったが、心当たりはあるのか?」

  「は?・・・あぁ、それなのですが・・・」

  星の問いに、兵は思わず言葉を濁す。これは何かあるなと、星は兵士をさらに追及する。

  「はっきりとした情報では無いのですが、正和党と思しき輩が家に火を付けていたのを見た・・・と

  街の住民が話していましたので・・・」

  「ふむ・・・」

  兵の話を聞いて星は黙ってしまう。

  (まさかここで、その名が出て来ようとは・・・。しかし、まだ不確かな情報のである以上、まだ結論

  付けるのは早計だろうな)

  「そうか。済まなかった。下がってくれ」

  「はっ!」

  兵は星に言われた通り、後ろの行軍に戻っていく。

  「星、今の者と何を話しておった?」

  「大したことではない。気にするな」

  「しかし・・・」

  「愛紗。男と女の話に、それ以上の詮索は・・・野暮と言うものだぞ?」

  「な!?そ、それは・・・どういう意味なのだ?!」

  妖艶な表情でそんな事を言う星に、愛紗は顔を少し赤くして怒鳴る。

 

  「街の状況はどうなっている!?」

  「はい!火が強く、消火に手こずっています。このままでは、街全体が火の海です!」

  愛紗達とは反対の方向から、廖化が率いる騎馬隊が街へと向かっていた。

 廖化は党員から街の現状を聞いていた。その悲惨さに思わず、自分の顔を手で覆い尽くしてしまった。

  「・・・・・・」

  「廖化さん・・・」

  そんな彼の姿を見て、党員は思わず彼の名を呼ぶ。それに気づいた廖化はすかさず命令を出す。

  「今は街の住民達の安全を最優先だ!消火は住民の避難が完了するまでの時間稼ぎとするんだ!」

  「分かりました。では、皆にそのように伝えてきます!!」

  そう言うと、党員は一足先に街へと向かっていく。その姿を確認した廖化は後ろから付いてくる五十人前後の

 党員達の方を振り返る。

  「皆、急ぐぞ!!火は俺達を待ってはくれないぞ!!」

  「「「「応っ!!!」」」」

  彼の檄に党員達は呼応する。そして行軍速度を上げていく。

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  「おい、こっちだ!早く水を回せ!!」

  「水じゃなくて、砂をかけた方が早く鎮火出来るぞ!!」

  「大変だ、中に逃げ遅れた奴がいるようだ!」

  「足を怪我しているようだ!誰か手を貸してくれ!!」

  街中のあちらこちらで、怒声が交わる。蜀軍よりも一足先に街に入った正和党達は街の住民達と連携して、

 消火作業を開始していたが、火の勢いが強く消火が進まない。

  「水で消せないのなら、火もと近くの物を壊すんだ!!」

  「了解ぃぃいいいっ!!」

  そして男達は火もとの家やその周辺を片っ端から破壊していった。

 それ以外にも逃げ遅れた人達の救助、怪我をした者達の手当などとこの混乱した状況の中、一つの情報が

 流れる・・・。

  「何だって・・・!?」

  「声がでかいぞ・・・!」

  「すまん。だが、この騒ぎは・・・劉備軍の仕業だっていうのは?」

  城壁の外に設置された簡易的な避難所で、二人の党員が他の住民達に聞こえないように耳に囁く形で

 話していた。

  「あぁ、本当かどうかは分からないんだけどよ・・・。劉備軍の兵装を身に着けていた奴が家に火を

  つけるのを見たって・・・」

  「どこからの情報だ、それ?」

  「悪りぃ、こんな状況だからどっからのものかまでは・・・」

  「・・・とにかく、この事はここだけに留めておけ!こんな事が街の皆に知れ渡れば、火に油を注ぐも

  同然・・・余計混乱するぞ」

  「どうかしたんですかい?」

  二人の党員の話に、街の住民が割って入って来た。

  「あ、ああ・・・その、どうやら劉備様もこの事態に気付いて大至急、こちらに応援に来ているってさ!」

  党員は、上手く話を誤魔化す。それを聞いた住民は先程まで不安そうな表情は安心した表情に変わり、

 その事を他の住民達に言いふらしていった。

  「いいのかよ?あんなこと言って?」

  「本当の事を言う訳にはいかないだろうが!・・・それに劉備様だってこの事態に気が付いているはずだ。

  きっと今頃、こっちに軍を寄越して来ているはずだ」

  「まぁ、確かにそうだな」

  「・・・・・・」  

  そんな二人の話を傍らで耳を立てて聞いていた姜維は、気付かれないように膝を擦りむいた少女の手当を

 続ける。心の中で巻き起こっている怒りを胸に秘めて・・・。

  「お兄ちゃん、どうかしたの?」

  「え?ああ・・・、いや何でもない。何でもないよ」

  どうやらこの少女は彼のそれに気がついたようだが・・・。

  「た、大変だ!誰か手を貸してくれ!」

  ・・・と、そこに慌てた様子で剣を持ち、所々に返り血をつけた党員が駆け込んで来た。

  「どうした!」

  「向こうの方で、暴れている連中がいるんだ!!」

  「火事場泥棒か!?」

  「いや、そういうんじゃなくて・・・。とにかく、来てくれ!人手が足りないんだ!!」

  「・・・分かった!おい姜維、お前も来い!!」

  「あ、はい・・・!」

  一通り少女の怪我を治療した姜維は立ち上がる。しかし、少女が彼の服を引っ張る。

  「お兄ちゃん、どこにいくの?」

  心配そうな顔をして自分を見上げている少女と同じ目線になるようにしゃがむと少女の頭を撫でる。

  「あぁ、皆が困っているから助けに行かないといけないんだ。だから行って来る!」

  姜維は優しく微笑む。それに少女は笑顔になる。

  「・・・うん!」

  少女を説得すると姜維は再び立ち上がり、壁に掛けていた自分の得物を取って党員達に遅れて付いて行く。

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「うわぁ・・・、これはひどいな〜・・・!!」

  「えぇ、街は文字通り火の海ですからねぇ」

  姜維達より一足遅く街に入った蒲公英達はその街の惨状に唖然としていた。

  「馬岱将軍、消火の準備が出来ました!」

  「え・・・?あ、ああ・・・うん!ならさっさと火を消しちゃおっか!」

  部下に呼びかけられ、はっと我を返す蒲公英であった。

 愛紗達より先に到着した蒲公英達は、正和党と同様に鎮火作業、住民の避難、怪我人の手当を開始した。

 この時、彼女達がいる所は街の北門、そして姜維達は街の南門とちょうど反対側の位置であった。

 しかし、北門と南門を繋ぐ大通りは火事で倒れた物見櫓や倒壊した家々のせいで遮断されていた。

 それによって、蜀軍と正和党とを遮断する事にもなった。さらに、蒲公英達はこの街に駐屯しているはず

 の仲間と連絡が取れず、正和党が既に街の鎮火作業を展開していた事を、正和党は蜀軍が街に来ている事を、

 今現在分かっていなかった・・・。しかし、この全貌を見れば誰しもが出来すぎた偶然ともとれる現状・・・、

 無論この状況を意図的に作り上げた人物がいた。

  「・・・まさかてめぇの人形がここまで良く働いてくれるとは、予想外だぜ・・・」

  「だろだろ、凄いだろう?君の話を聞いて大急ぎで改良してわざわざ持って来てあげたんだ!」

  「・・・まぁ、感謝はしといてやる」

  「はぁ・・・、やれやれ。もう少し素直に『ありがとう』って言えばいいのに。この、つんでれ!」

  「・・・っっ!!ぶった斬るぞ!!」

  ブゥオンッ!!!

  「うわっと!言う前に斬りかからないでくれよ!?」

  「斬られたくねェならさっさと消えろ!」

  「はいはい、言われなくても消えますよ。んじゃ、頑張ってねぇ〜♪」

  「ちッ、変態が・・・」

  全ては出来かかった亀裂をさらに大きくするための画策。たった一人の人間による、この思惑がこの街の中で

 荒れ狂う炎と共に渦巻く。この余りに強引な展開を現実のものにするべく、舞台の裏側から舞台上の役者達を

 操っている事に、役者達は気付いているはずも無かった。その結果、事態は最悪な方向へと向かっている事に

 この人間以外誰一人として気付いていなかった。

  「馬岱様!!」

  「ど、どうしたの!?たんぽぽ、今すごく忙しいんだけど・・・!」

  馬に乗りながら、桶に入った水を器用に火もとにかけながら部下の話を耳を傾ける。

  「そ、それが今、街の東通りでこの街に駐屯していた兵達と正和党と思しき武装集団が交戦していると

  ・・・先程、仲間の一人が!」

  「うええぇぇっ!!それ、本当!!」

  「間違いありません。しかも、この街を襲撃したのも正和党の者達だと・・・」

  「な、何だってーーー!!!」

  その急な展開に蒲公英は目を大きく見開いて大袈裟気味に驚く。

  「ど、どうしましょうか!?」

  「どうするも何も、助けに行くに決まってるよ!ここは任せるから、五、六人誰か蒲公英に

  付いて来て!!」

  蒲公英は数人の部下を引き連れ、交戦する場所に急ぎ向かう。しかし蒲公英は気付かなかった。この情報を

 持ってきた兵士が自分の隊にいるはずの無い人間だと言う事に。舞台を円滑に進行させるため、この街にすでに

 忠実な人形が何十体も配置されている事に。

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  「きゃああーーー!!!」

  「た、助けてくれだーーー!!!」

  燃え盛る家々の間を逃げ惑う民達。

  「ひゃはははは、死ね死ねーー!」

  「皆、殺してやるぜーー!!」

  ザシュッ!!!

  「ぎゃあぁっ!!」

  ドシュッ!!!

  「グへっ!!」

  そして、そんな彼等を問答無しに斬り捨てるは。

  「な、何だ・・・あれは!?」

  「蜀軍の兵が何でを民達を襲っているんだよ!?」

  本来、彼等民達を守るはずの蜀軍の兵士であった。

  「一体何がどうなっているんだ!狂ったのか!?」

  「分からん・・・だが、目の前で起きている事は全て事実だ」

  その時、蜀軍の兵士が一人の女性に襲いかかろうとしていた。

  「はっ!いかん・・・!」

  「っ!止めろぉおおおーーーっ!!!」

  「・・・っ!?」

  党員の一人が気が付いた時にはすでに姜維が走り出していた。その手には彼の得物である、大型の片刃剣を

 振りかぶりながら、その女性を守るために・・・!

  「でぃやぁあっ!!」

  ザシュッ!!!

  「うぎゃあっ!!!」

  その兵士は姜維によって、後ろから叩き斬られる。

  「あ・・・っ!!!」

  だが彼の行為は無駄であった事にすぐ気付く。彼の目の前には、背中を斬りつけられすでに息を引き取って

 いた若い女性。そして、その女性が腕に抱えていたのはすでに息を引き取っていた幼い赤子であった。

 恐らく、母子であったのであろう。その両手は守るように、しっかりと胸の中に赤子を抱きしめていた。

  

  「・・・・・・っっっ!」

 

  姜維の頭を、一瞬よぎる・・・。それは目の前に広がる光景とよく似ており、されど全く別の・・・

 彼の中の記憶の断片であった。

 

  「うあああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・っ!!!」

 

  彼の叫びがこの炎が燃え盛る音に混ざり合いながら街全体に響き渡っていく。そして、いつしか彼の周りを

 数人の蜀軍の兵士達が囲んでいた。

  「くっ!?いかん、このままでは姜維が危ない!お前達戦闘準備だ!!」

  「で、でも、相手は蜀軍ですぜ!」

  「今は姜維を守る事だけを考えろ!!連中は、あいつを殺す気だ!!」

  「分かりました!!お前等、さっさと武器を持て!」

  「「「応っ!!!」」」

  そして、皆々が武器を手に取り、蜀兵達に立ち向かっていく。一方、姜維は・・・。

  「・・・殺してやる・・・、ぶっ殺してやる!!」

  先程、少女を包み込むような優しい目は、いつの間にか怒りに濁った獣の様な眼と変わっていた。

  「てめえら、全員・・・、地獄行きだぁぁぁぁああああああっ!!!」

  怒りを込めた剣を肩にかけ、兵士の一人に猪のごとく突っ込でいった・・・。

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  「でやああああーーーっ!!!」

  ザシュッ!!!

  「ぐわぁっ!?」

  「くそ・・・、一体何なのだ、こ奴等は!?」

  「分からん・・・。少なくとも、仲間ではない事は間違いなかろうさ。」

  そんな会話を交わしつつ、二人は互いに背を預けあう。

 ここは、街の約一里手前の林道・・・、愛紗、星が率いる騎馬隊は突然謎の奇襲を受けていた。

 仕方なくこの場で戦闘を開始したのであったが、慣れない暗闇の中での戦闘もあって、皆々上手く戦えて

 いないのが現状であった・・・。

  「いかんな・・・。我等の多くは暗闇での戦闘に慣れておらぬ。このまま長引けは全滅しかねないな」

  「ならば、どうすれば・・・」

  「私としては、辺りの木々草々に燃やして・・・」

  「却下だ!」

  「何故だ?火計になると同時に、明りにもなって・・・まさに一石二鳥ではないか?」

  「その理屈はおかしいだろうがっ!?」

  「では、愛紗・・・お前に何かいい案があるのか?」

  「そ、それは・・・」

  その時、草むらから人影が二人に飛びかかって来た。

  「おっと!」

  「くっ!」

  それにいち早く気づいた二人はさっと横に回避する。

  「はぁあっ!!」

  「でやぁっ!!」

  ビュンッ!!ビュンッ!!

  そして、すかさず反撃。その息の合った連携に敵は一蹴された。

  「ぐあ・・・っ!」

  その一方でまた一人、部下が倒れる。確実にこちらの戦力が削がれつつあった・・・。

  「やれやれ・・・、これではいつになったら蒲公英達と合流できるのやら・・・」

  この現状に、いつも余裕の表情を崩さない星の顔に苦の色が滲み出ていた。

-10ページ-

  

  ザシュッ!!!

  「くぎゃあっ!!」

  蜀軍の兵士がそのまま崩れさる・・・。

  「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」

  肩で息をしながら、その亡骸を見る姜維。その目には情けや憐みの感情は一切なかった。

  「これで、全員のようだな?」

  「ええ。どうやらそのようですね」

  そう言って、党員達は周囲を見渡す。そこに自分達以外の人影はなかった・・・。

  「なぁ、そろそろ戻った方が良くないか?蜀軍の兵士達が避難所を襲われていたりしたら・・・」

  「・・・そうだな。ここでだいぶ時間を使ってしまったからな。早く消火に戻った方がいいだろう」

  「姜維、聞こえたか!?戻るぞ!」

  「・・・、あ、はい!今、行きます!!」

  党員の一人に呼びかけられた姜維は、はっと我に返る。彼の目は獣の眼からいつもの彼の優しい目へと戻って

 いた。そして、仲間と一緒に避難所へ戻ろうとした。だが、その時どこからともなく、馬の鳴き声が聞こえてきた。

  「・・・?」

  姜維は周囲を見渡す。すると、燃え盛る家々の間を凄まじい勢いで駆け抜けて来る馬を見つけた。

  「な、何でこんな所に馬が!?」

  困惑する姜維に構う事無く馬は彼の前に豪快に着地すると、今度は馬の背中から勢いよく小さい何かが

 彼に飛びかかっていった。

  「てぇりゃああああーーー!!!」

  「うわぁあっ!?」

  勢いよく飛び掛かって来たそれが姜維の胸に激突する。その衝撃に耐えられず、姜維は後ろに吹き飛ばされる。

 一方でそれは宙で一回転、二回転と軽やかにバク転を決めつつ地面に降り立った。そこには幼いながら蜀の武将

 の一人として活躍する、馬岱こと蒲公英が立っていた。

  「ってぇ・・・、いきなり何するんだよ!?」

  「ここにいるぞぉおおおっ!」

  姜維の話を無視し、蒲公英は右腕を高らかに上げ自分の存在を知らしめる。

  「な・・・、何言っているんだ、お前?」

  「決め台詞」

  「・・・・・・はぁ?」

  その場に数秒間の沈黙が流れる・・・。

  「・・・そんな事より、あなた達・・・正和党だよね?」

  咳払いを一つして、蒲公英は尻餅をつく姜維に問いただす。

  「・・・それがどうした?」

  「やっぱり・・・、あの話は本当みたいね!」

  「何の事だよ・・・!」

  「トボケないでよ!街に火を付けたのはあんた達だって言うのは、たんぽぽたちは知ってるんだから!!」

  「は、はぁっ!?ふざけるな!俺達が着いた時にはすでにこうなってたんだぞ!」

  「言い訳なんて無駄だよ!あんた達が、家に火を付けているのを見たって街の人が言ってたんだから!」

  「な、何・・・そんな馬鹿な!?」

  「馬鹿はどっちよ!火をつけるだけじゃなく、この街の人達や兵達を殺しておいて!それで言い逃れよう

  なんて、男として恰好悪いったらないって!」

  「何言ってやがる!!自分達が先に仕掛けておいて白々しいじゃないか!」

  「無駄だ、姜維!この状況を見てはどんな言い訳をしようが無意味だ!」

  そう言われ、姜維は自分達の周囲を見渡す。そこには、この街の人、蜀の兵であった亡骸が横たわっていた。

 そこに自分達のような、武器を携えた人間がいれば、誰がどう見てもその人間達が彼等をやったようにしか

 見えない。ましてや、蜀の武将であるならばこのまま黙って自分達を逃がすはずもない。

  「馬岱様ぁ!」

  そこに遅れて、蒲公英の部下数名が駆け付ける。だが、そんな彼等の行く先を阻むように、家の窓から熱風と

 共に炎が横から巻き起こる。

  「・・・うわぁ!?火の回りが早いぞ!」

  蜀兵達は炎と熱風に堪らず、来た道を後退していく。すでにこの周囲でも倒壊する家が続出し、道が次々と

 家の瓦礫と炎で塞がれていく。

  「まずいな。姜維、ここは一旦引くぞ!」

  この状況をまずいと判断した党員が仲間と共に来た道へ後退する。

  「は、はい!」

  「こらぁ!逃げるって事は後ろめたいことがあるって言う事じゃない!」

  党員に言われ、姜維は撤退する党員達と同じ道へと駆けだした時であった。

  「うわぁっ!?」

  彼の目の前の道を遮るかの様に火で燃え盛った一軒の家が倒壊した。倒壊した家のせいで、姜維は党員の

 仲間達と分断されてしまった。

  「余所見なんてしてんじゃないわよ!!」

  「のわっ!?」

  後ろから蒲公英がその手に持った槍で襲いかかって来る。

  ブゥオンッ!!!

  不意打ちも甚だしいその攻撃をかろうじてかわすと、姜維は距離を取る。

  「ちぇ、外したか・・・」

  舌打ちしながら、その少女は彼に槍先を向ける。

  「後ろからなんて卑怯だぞ!」

  「ま、いっか。あんただけでも捕まえて吐かせれば、たんぽぽ的には問題無いし」

  「・・・っ!」

  姜維は足もとに落ちていた自分の大剣を拾うと、その剣先を蒲公英に向ける。

  「そうやって、自分達がした事を棚に上げるその捻くれた考えが・・・余計に腹が立つんだよ!!」

  ブゥオンッ!!!

  蒲公英に向かって剣を振り落とすが、蒲公英はその剣の軌道を見切り難なく交わす。再び斬撃を放つも

 蒲公英はその小さい体を駆使し、大剣から放たれる斬撃を回避していく。

  「くそ!小さい分、素早しっこいなぁっ!」

  「何ですってぇ!!だれが洗濯板よ!」

  今度は少蒲公英が槍を彼に向かって突きを放ち、姜維はその一撃を剣の腹の部分で受け止めた。

  「誰もそこまで言ってねぇ!」

  槍の柄の部分をはじき飛ばすと、蒲公英はその反動を使って宙で一回転しながら地面に降りたつと、

 姜維はその瞬間を逃さまいと、まだ構えてもいない彼女に横薙ぎの追撃を立て続けに放つ。

  ブゥオンッ!!!

  「ふん!そんな猪みたいにただ突っ込んで来るだけの攻撃なんか当たりっこないよ!」

  蒲公英の隙を狙ったはずの一撃はまたしても空を切り、姜維は自分の大剣に振り回される形で体勢を崩して

 しまう。

  ドガァッ!!!

  「うがっ!!」

  蒲公英が放った一撃が前のめりになっていた姜維の背中を叩きつけられ、そのまま前のめりに倒れた。

  「ほら、あんた。もう観念してたんぽぽに捕まりなよー」

  姜維は後ろを振り向くと、そこには子憎たらしいほどの余裕の笑みをこぼす小悪魔の少女が自分を見下ろす

 ように立っていた。

  「へ・・・、冗談じゃねぇよ・・・。お前みたいなちびっ子に・・・誰が捕まるかよ!」

  自分も負けずと笑って、さらに減らず口を蒲公英に向けて言い放つ。

  「むっか〜、またたんぽぽを馬鹿にしてー!もう許さないんだから!!」

  そして二人は再び互いに構える。今度は膠着状態が続き、互いを牽制しつつ相手の隙を窺う。

  「ふっ!」

  その膠着を先に解いたのは姜維の方であった。大剣を右肩に乗せる様に剣を振りかぶったままで、

 そのまま蒲公英に突っ込んで行く。そんな彼の姿を見て・・・。

  「ぷっ・・・!まるでどっかの脳筋馬鹿みたい」

  彼の行動を先読みする武将・馬岱。振りかぶった大剣を上から振り下ろす彼の姿を想像すると、そこに

 自分の動きを加える。

  (横にさっと避けて、蒲公英の槍であいつの延髄を叩いてやるんだから・・・!)

  そして、姜維の攻撃範囲に自分が入ったのに気付く。その瞬間、彼に自分が想像した彼の姿が被る。

 自分も姜維の方に向かって行き、間合いを調節する。そしてこの瞬間、姜維は剣を振り下ろしてくる・・・

 はずだった。

  「えっ!?」

  自分が想像した彼の動きと現実の彼の動きにずれが生じる。剣を振り下ろす彼はそこに無く、その場に踏み

 とどまる彼の姿がそこにあった。このずれに気づいた時にはすでに横に避けた後であった。

  ドガぁッ!!!

  「うぐっ!」

  最初の一撃は剣では無く彼の左足。横に避けたせいでその一撃を自分から横腹にもらいにいってしまう。

  「剣を振り上げたからって、必ず剣撃が来るって事にはならないぜ!」

  姜維が放った蹴りにより、軽い体は浮き上がる。姜維はすかさず左足を地面に戻し、振り上げた剣を

 そのまま横薙ぎへと移した。

  「・・・っ!?」

  蒲公英はその横薙ぎの一撃を喰らうまいと、槍の柄の部分で受けとるべく浮足立った体勢で構える。

  「うぉらぁあああーーーっ!!!」

  ガキィイイイッ!!!

  姜維が放った第二撃は彼女の槍の柄の真中部分によって遮られてしまったが、その衝撃まで遮る事は

 出来ず、その小さな体はその強烈な一撃に後ろへと吹き飛ばされてしまう。

  「きゃうっ・・・!!!」

  幸いな事か、蒲公英は火があまり移っていなかった家の戸を破り、家の中へと大きな音と共に入っていった。

  「・・・へ、ざっとこんなもんよ!!って言いたいけど・・・、これはちょっとまずいな・・・」

  小生意気な少女に目に物を喰らわせた姜維だったが、気付いた時には彼の周りを炎が囲んでいた。

  「ちくしょう・・・、俺はここでお終いかよ・・・」

  そう思った時であった。

  「姜維!!」

  「・・・廖化さん!?」

  火の中から、勢いよく一頭の馬が飛び出してきた。そしてその上には、正和党・頭領こと廖化が乗っていた。

  「姜維、無事だったか!心配を掛けさせておって・・・!」

  「すいません・・・っ!」

  廖化は馬の上から姜維に説教する。だが、姜維の顔は満面の笑みであふれていた。

  「・・・まぁいい。さぁ早く乗れ!」

  「はい!」

  言われるがままに、姜維は相乗りする。

  「あ・・・。そういえば、あいつは?」

  姜維は先程、吹き飛ばした少女の事を思い出す。

  「問題は無かろう・・・。見てみろ」

  そう言って、廖化は火の向こうに指をさす。その先には主人である、気絶している少女を自分の背中に

 乗せたまま、こちらを睨むように見る一頭の馬がいた。

  「・・・・・・」

  子憎たらしいとはいえ、少女の無事が確認できて内心安心する。

  「さあ、姜維!しっかり捕まっていろ!」

  「は、はい!」

  姜維が自分の腰を両手でしっかり持ったのを確認した廖化は手綱を巧み操る。そして、再び馬は火の中へと

 勢いよく飛び込んでいった・・・。

-11ページ-

 

  「廖化さん、どうしてここに?」

  燃え盛る家々の合間を縫うように、馬を駆けていく廖化に尋ねる。

  「皆からお前の事を聞いてな」

  「・・・すいません。手を煩わせてしまって・・・」

  申し訳なさそうな顔を廖化に見えないように、俯く姜維。それに気付いてか、廖化は軽くため息をついて

 こう言った。

  「何を言っている。仲間を簡単に見捨てられる程、俺は人手なしではない」

  「・・・廖化さん」

  ああ、やっぱりこの人に付いて来て本当に良かった、心の中でそうつぶやいた姜維であった。

  「あの、他の皆は?」

  「何人かは一足先に、街の人達と共に村へ戻した。この街の火は・・・もう俺達の手には

  負えないと判断した。今は、人命救助を中心に作業を展開している。お前にお手伝ってもらうぞ」

  「・・・分かりました」

  そして、馬の速度はさらに上がった。

 

  シュンッ!シュンッ!シュンッ!

  「な・・・、連中が去っていく!」

  愛紗と星達を襲っていた謎の戦闘集団が、突然として撤退していく。追撃しようにもこの暗闇、しかも深い林

 の中へと入って行ってしまったため、それは困難かつ危険があった。

  「とりあえずこの場は何とかなったようだな、愛紗」

  「ああ、だが思わぬ所で時間を食ってしまった・・・。蒲公英達は大丈夫だろうか?」

  そう言って、愛紗は未だ赤く染まる夜空の方を見る。街の鎮火がまだ出来ていない事が見て分かった。

  「大丈夫であろう。あの娘、まだ幼いが我等と同様、蜀を支える柱の一人。そうであろう?」

  「・・・そうだな。皆の者!態勢を整え次第、すぐに街に向かうぞ!」

  

  「ん、ん・・・」

  頬にくすぐったさを感じ、重い瞼を何とか開く。朦朧とする意識の中、目の前にいるものを確認する。

  「黄鵬・・・?」

  目の前のものに焦点が合っていく。そこには自分の身を案じる様に、頬を優しく舐める愛馬がいた。

 主人が気が付いたのをが分かったのかさらに舐め回す。それをくすぐったそうに、蒲公英は愛馬を両手で撫でる。

 どうやらここは街から少し離れた外側の城壁の傍のようだ。辺りを見渡すと、数人の兵達があっちこっちと駆け

 回りながら、街の民達に食糧を配給したり、怪我の手当、事情聴取などをしていた。

  「そっか・・・。たんぽぽ、あいつに吹っ飛ばされて、いったた・・・!」

  先程の事を思い返す蒲公英。あの少年の一撃で吹き飛ばされた瞬間が彼女の頭に焼き付いて離れない。

  「・・・ったぁ〜、あいつ・・・今度会ったらぶっ飛ばしてやるんだから・・・」

 自分の愛馬に話しかける様に蒲公英はそうつぶやくと、それが分かっているのか黄鵬は鼻息で反応した。

  

  そしてそれから間もなくして、蒲公英達は愛紗、星の部隊と合流する。街の大規模火災が発覚してから、

 六刻が過ぎていた・・・。そして、街の火は如何な消火作業によっても、その勢いは衰える事は無く、

 火が完全に鎮火したのは、それから数刻後・・・日が山々の合間から昇り始めた早朝の事であった・・・。

-12ページ-

  

  「何?!それは本当か!!」

  消火だ、救助だ、配給だと徹夜明けの者達には堪えるような大声を出す愛紗。

  「愛紗、もう少し周りに聞こえないよう、声量を調節してくれんか?」

  「う、すまん・・・」

  星に突っ込まれ、周りの痛い視線を受けいるのに気が付いた愛紗の顔はみるみると赤面していった。

  「だが、蒲公英。この街に、お前達のほかに正和党の者達がいたのは確かなのだな?」

  「うん。たんぽぽ、その人達に直接会ったし、それに・・・」

  「それに?」

  「う、ううん!何でもない何でもない・・・!」

  「ふむ・・・、そうか」

  慌ててはぐらかす蒲公英を気になりはしたがそれは後で追求すればいい事だろうと話を続ける星。

  「この街に火を付け、挙句・・・この街の民達・兵達を殺した・・・か。先程、道中で我々を襲ったのは

  もしや正和党の者達だったのか?」

  顎を持ち、一人考える星。そこに愛紗が疑問を提示する。

  「だが、もし仮にそうだとしても彼等がここを襲った理由は何だ?」

  「・・・賊と同様、金銀財宝を略奪を目的としての事か?それとも別の理由が・・・?何にせよ、この街の

  有り様では彼等の目的を断定するのは難しかろうな・・・」

  一晩中燃え続けた街は、もはや黒く燃えきった燃えかすとそこから昇る黒い煙、そしてかつては人であった

 でだろう、その人形の黒い塊が至る所に転がる・・・、地獄を絵に描いたような光景をその城壁から見ながら、

 星は答えた。

-13ページ-

 

  それから丸一日が経った頃・・・、正和党が拠点とする村に一人の党員が血相を変えて駆け込んで来た。

  「りょ、りょ・・・廖化さん!大変だ!大変だぁ!!」

  「ん・・・、どうした?」

  「さっき劉備様の遣いの兵士がやって来て、こいつをあんたに渡すようにって・・・」

  そう言って、党員は手に持っていた竹簡の巻物を廖化に渡した。恐らく内容は今回の件についてこちらの

 事情を聞きたいといったものだろうと廖化はその竹簡の巻物を広げ、そこに書かれた文字を目で追っていく。

  「・・・・・・なっ!?ば、馬鹿な・・・!何だこれは!?」

  黙って竹簡を読んでいた廖化がいきなり声を荒げる。あの廖化がここまで動揺する姿は姜維達も初めて見た

 ため、思わずこちらも動揺してしまう。

  「ど、どうしたんですか、いきなり!?一体、何が書いてあったんですか?」

  そう言って、姜維は彼が持つ竹簡の中身を覗く。そこに書かれていたのは・・・。

  「何だよ、これ・・・。これじゃあ、まるで正和党が極悪な賊みたいじゃないか!?」

  「・・・・・・」

  姜維は怒りを露わにし、廖化はもはや言葉は無かった。その内容は、等にとってはあまりにも残酷な

 内容であった・・・。

 

  『汝達、正和党の巴郡での所業は遺憾極まりなき事。我、劉備玄徳は正和党を蜀国の害となりし存在と認め、

  正和党頭領、廖化元倹及びその配下に厳正な沙汰をすべく廖化元倹は成都に来たれし』

 

  姜維は廖化の両腕を掴む。それと同時に、彼が持っていた竹簡が地面に落ちる。その衝撃で竹簡の紐が切れ、

 ばらばらになって地面にまき散らされる。

  「廖化さん!行っちゃ駄目だって!劉備は俺達を完全に悪者にする気だ!!皆仲良くって言って置きながら、

  自分に従って来ない俺達を問答なしに叩き潰す気なんだ!!!」

  廖化の両腕を掴みながら、姜維は説得する様に彼に言う。

  「・・・・・・」

  しかし、廖化は彼の言葉が聞こえていないのか。放心した様に黙ったままであった。

  「廖化さん!」

  そんな彼の名を呼びながら彼の体を揺する。

  「・・・すまない。まさか、あの劉備殿から・・・このような書状を渡されるとは思っても見なかったのでな・・・」

  冷静を装ってはいたが、ひどく動揺している事は姜維達にも理解できていた。

  「・・・お前達、悪いがこの事はしばらくここだけの話にしておいてくれ」

  震えた口で、そう言う廖化。そんな彼を見て、二人は不安な顔をする。

  「で、ですけど・・・!」

  思わず、党員が言葉を出すが、

  「頼む・・・!今は一人で考えさせてくれ!!」

  「・・・!」

  廖化によって遮られ、それ以上言う事が出来なかった。

 廖化はその場を去って行く。そしてその後ろ姿を見送る姜維達には、その背中がいつもよりも小さく見えた

 のであった・・・。

-14ページ-

     

  数日後・・・、大陸各地に散らばっていた正和党の仲間の元にある一通の文が届く。

 それは、廖化直筆の・・・檄文であった。

  

  そしてその内容は・・・。

 

  一方、廖化は近くにいる仲間を村から少し離れた森の中のとある一ヵ所に集め、彼等の前に立った。

 彼等の目線が廖化に向け、全員の目線を受ける廖化。その姿は一つの決意を胸に秘め、彼等を導く指導者

 の姿であった。

  

  そして、彼の口が開いた。

  「正和党諸君!今、我々は言われ無き咎によって、この大陸に害を為す存在として見なされてしまった。

  だが、私は・・・そのような理不尽な行為に泣き寝入りする気は毛頭無い!!

  私はこれより、蜀国に宣戦布告する事をここに宣言する!!!」

  廖化の言葉に、仲間達の間に動揺が走る。しかし、それでもなお話す事を止めなかった。

  「皆が困惑するのは仕方の事ないだと思う。だがこれは国への反逆では無い!今、この国はかつての

  漢王朝と同じ運命を辿ろうしているのだ!先の巴郡火災事件は我々を陥れるための国の一部の人間

  の仕業であったのだ!そんな理由のために、どれだけの不幸が生まれたか皆も承知の通りだ!!

  そう、この宣戦布告はそのような腐った輩を排除し、そしてその事実を劉備玄徳に教える為、この手で

  過ちを犯した蜀に正義の鉄槌を下す為なのだ!!!そのために、私は各地に散らばった仲間達に私自ら

  檄を送った!そして皆にも力を貸して欲しい!!!この国を、そしてこの大陸に真の平和をもたらすために!!!」

  仲間達から歓声が上がる。それは彼の意志に同調し、共に闘う事を意味していた。

  

  この瞬間、蜀と正和党の戦いの幕が開けたのであった。

 

  そこから少し離れた木の影からそれを声を殺して笑って見ている男がいた。

  「くっぁははは・・・・!これで後は勝手に向こうがやってくれるな。全く、世話を掛けやがって。

  ・・・さて、そんじゃぁ北郷を探しに行くとしますか?」

  そして男の姿は一瞬にして消えた・・・。

説明
 夜遅くにこんばんわ、アンドレカンドレです。

 この第八章、正和党が蜀に反乱を仕掛けるきっかけとなる事件を描いたお話なのですが、今改めて見直すとかなり強引な展開だなぁ〜と反省しました。

 ちょっとした行き違いが大きな災いを引き起こす火種となってしまう(例えば人種、思想、国家の相違からテロ、内戦、戦争(ex.イラク戦争、ダルフール紛争・・・etc.)が起ってしまう)・・・という事を描きたかったのですが、この時の僕は投稿する事で一杯一杯だったんだと思います。

 話が長かったため、所々不要な描写はカットし、極力綺麗にまとめたつもりです。
 では、真・恋姫無双 魏・外史伝 第八章〜悪意の矛先〜をどうぞ!!

 ※そういえば、この章で撫子が初登場。この頃、彼女のキャラクター設定に手を焼いていたのは今でも覚えています。彼女があんな風になるとは・・・、この時の僕は予想だにしていなかったですwww。
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