真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版13
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第十三章〜その笑顔に、少女は恐れ慄く〜

 

 

 

  蜀と呉の国境より蜀側の地・・・、開拓されていない森林。

  「ひ、ひいぃい・・・!!」

  「助けてくれ〜・・・!!」

  そこで狩りを生業としている狩人達が血相を変え、何かから逃げていた。

 自分達が所持していた弓矢を捨て、その森の出口までもう一息というところ・・・。

  「ぎゃ、ぎゃあああぁああっ・・・!!!」

  前方を走っていた狩人がその叫び声に足を止め、恐る恐る後ろを振り向く。

  「た、助け・・・、てくれ・・・!た、助け・・・て・・・!!」

  そこには後ろから黒い触手の様なものが数本、仲間の狩人の胸を刺し貫いていた。

 不思議な事にその刺し貫かれた箇所から血が流れていない。触手状のそれは生きているかのように

 うねうねと動き、その気持ち悪さが一層恐怖を募らせる・・・。

  「ひ、ひぃいい・・・!!」

  その光景を見ていた狩人は恐怖のあまり、腰が抜けその場に尻餅を着く。恐怖が体を支配され

 そこから動く事が出来ず、全身から大量の汗が流れ落ちる・・・。

  「あ、がぁ・・・!!た、助け・・・て・・・!」

  必死に目の前で腰を抜かしている狩人に助けを求めるが、その助けの声は次第に掠れ、消えていく。

 触手に刺し貫かれた箇所から黒く変色していく狩人。黒く覆われた狩人は漆で塗られた漆器のように

 なる。黒が完全に狩人を覆い尽くすと、今度は黒く覆い尽くされた狩人から何かが現れる・・・。

 それは黒い文字、身体の部分、人間を成す要素、感情の名称、・・・そう言った文字が一文字一文字

 序列と化してどこかに飛んでいく。その先、暗闇の中へと・・・。序列化した文字達が狩人だった

 黒い物から糸の様に紡がれていくにつれ、狩人だったそれは小さくなっていき、ついには完全に文字と

 なって跡形も残らず、暗闇の中へと消える。腰を抜かしていた狩人はそれをただ黙って見ている事しか

 出来なかった。黒い触手の先端が今度は腰を抜かしている狩人を次の目標にした。

  「ひ、ひいっ!!いやだ・・・、こっち来るな・・・!こっち来るなぁぁぁあああ!!!」

  腰が抜けて立てないその体を二本の腕を使って、出口方向に後ずさる狩人。だがそれも空しく、

 触手はその狩人に狙いを定めると狩人に伸びていった。

  「あんぎゃぁああああああああああああああああああ・・・・・・っ!!!」

  その断末魔にも似た叫びが森の中を駆け巡る。その叫びに驚いた木々で羽を休めていた鳥達が

 一斉に空へと羽ばたいていった。

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  その頃、ここより近い林道・・・。

 そこには、道中で恋、音々音の二人とその配下を拾い、雪蓮達に合流すべく進軍していた趙雲隊と

 呂布隊がその道を進んでいた。

  「星・・・、お腹、すいた・・・」

  つい先程、食事を済ませたにもかかわらずやはりと言うべきなのか、恋が空腹を星に訴えた。

 この時、人選を間違えたか・・・と星は心の中で呟いた。

  「そうか、済まぬが恋。もうしばし我慢してくれるか?もう少し先で呉軍が陣を張っている」

  「・・・そこで、ご飯?」

  「ああ、そうだ。だからもう少しの辛抱だ。良いな?」

  「・・・・・・」

  恋は頷く事で意思を表示した。

  「・・・それにしても、呉の連中も手前勝手ですな・・・。こちらは正和党の連中で忙しいと

  いうのに手を貸せなどと」

  恋の横に並ぶ小さい少女、軍師(見習い)の音々音は一人呉の人間に対して愚痴を零す。

  「呉領内での問題ではあらばそうだろうが・・・、生憎我々の領内で起きた事だからな。

  わざわざ首を突っ込んできてくれている向こうに愚痴を言うのは筋違いであろう?」

  「うむむむ・・・、しかし、しかしですぞ!その謎の集団は元々呉の方で暴れておったの

  でしょう!何故にこのような時にこっちにやって来るのですかっ!?」

  「いや、それを私に言われても仕方のない・・・、文句ならばそ連中に言ってくれるか?」

  「・・・、星」

  二人の会話の中に恋が割って入ってくる。

  「食事であればもう少しの辛抱だと・・・」

  「愛紗・・・、大丈夫?」

  「・・・そうか、すでにお前の耳にも入っていたか?」

  「・・・・・・」

  恋は頷く。恋がその事を知っていた事に星は少なからず驚いていた。すでに愛紗の事が軍内、各地に

 散らばっていた部隊の元にも行き渡っていた事に・・・。おおよそ正和党の仕業であろう、情報を

 操作し、混乱を引き起こす・・・戦において情報は兵糧と同じほどに重要な要素であり、この情報が

 蜀軍に予想以上の混乱を及ぼしている所を見ると、向こうの思惑通りに進んでいる事になる。しかも

 この情報が嘘でない事が余計に性質が悪い。現に正和党の一人に討たれた愛紗は行方をくらまし、

 生きているのか、死んでいるのか、曖昧なのである。星も共に戦場を駆け抜けた間柄、愛紗の安否を

 懸念していたが、態度を決して崩さない。星は恋にこう言った。

  「逆に聞くが、お前は愛紗がそう簡単に死ぬような女と思っているのか?」

  「・・・・・・」

  恋は首を大きく横に振る事で意思を表示した。

  「では、お主が信じる愛紗を信じればいい」

  「・・・・・・、・・・」

  少し考えて、恋は首を縦に振る事で意思を表示した・・・時であった。

  「あんぎゃぁああああああああああああああああああああ・・・・・・っ!!!」

  断末魔にも似た叫びが林道にまで届く。その悲鳴に驚いた、木々で羽を休めていた鳥達が一斉に

 空へと羽ばたいていくのを見る事が出来る。

  「た、助けてくれぇえええ・・・っ!!!」

  助けを求める人の声・・・、それは道の前方から聞こえ、血相を変えて走って来る狩人の姿が

 目視できた。星は部隊の足を止め、その人物に注意を払いつつ近づいて行く。星の姿を確認できた

 からか、その男は崩れさる様にその場にしゃがみ込んでしまった。

  「・・・お主、大丈夫か?」

  星はしゃがみ込んでしまったその男に駆け寄り、目線を合わせようとしゃがむ。

  「あ、あの・・・た、助けで助けてくだせぇな!」

  涙目気味のその男は星にただただ助けを求めてくる。

  「落ちつけ・・・、この先で一体何があったというのだ?」

  「ば、化け物だ・・・。ありゃぁ・・・化け物だぁ〜・・・!」

  落ちつけとなだめたにもかかわらず、男は恐怖に顔を染め一層取り乱してそう答える。これには

 さすがの星も困った顔になる。

  「待て待て、一体何を言っておるのだ?化け物・・・だと?」

  「そうだ〜っ!ありゃ化けもんだぁ!皆、あいつに殺されちまった!!おらも!おらも〜!」

  そう言いながら男は星の両肩を掴む。

  「星・・・!!」

  後方で待機していた恋が自分の名を叫んだのに気が付く・・・その瞬間であった。

  ザシュッ!!!

  「ぎゃあああ・・・っ!?」

  「なにっ!?」

  男の胸、腹に何か・・・黒い触手状のものが背中ごと刺し貫き、星はとっさに後ろへと下がる。

  「い、嫌だ・・・。助けて・・・!た、助け・・・、死にだぐねぇーーー!!」

  男は星に助けを求めんと腕を伸ばすがその腕と足も触手に刺し貫かれる。不思議な事に貫かれた

 箇所から血が流れていなかった。男は成す術も無く、宙に浮き上がっていく光景に、星はそのただ

 見ている事しか出来なかった。

  「た、たす・・・たすけて・・・!たす、げて・・・!」

  男は涙を流しながら、助けを求めて来る。だが、その一方で触手に刺し貫かれた所から黒く

 変色していき、ついにその黒が男の全身を覆い尽くしてしまう。今度は黒く覆い尽くされた男の頭、

 足から黒い文字が糸の様に紡ぎだされていく。狩人の体から離れた文字達がどこかに飛んでいく、

 ・・・その先には。

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  「な、何なのでありますか!?あれは・・・!」

  「・・・・・・」

  狩人の体が文字へと変換される度、狩人の体の部分が欠き、削れていく・・・。そして体が全て

 文字と化し、跡形も残らず完全に消えてしまった。黒色の文字を服の裾から全て取り込んだその素姓の

 知れない人物は触手をその裾の中へと素早く戻した。

  「何奴!今の男に何をした!?」

  星は目の前の男か女か定かでない人物に尋問する。しかし当の本人は深く被った帽子の中から星を

 見ているだけで、彼女の尋問に答える事は無かった。

  「星・・・」

  そこに後方にいたはずの恋が武器を携えながら星の側にやって来る。その影に隠れる様に音々音の

 姿があった。

  「恋、後方で待っているように言ったはずだぞ」

  「・・・ごめん」

  「趙雲殿!恋殿はあなたの事を心配した上で加勢に来てやったのですぞ!」

  と、恋の背中から出て来た音々音が星に文句をぶつけてきた。一方で恋は戦闘態勢に入る。目の前の

 人物に注意を払いながら星に話しかける。

  「・・・気を付ける。そいつ・・・危険」

  そうであろうな・・・と、星は軽くつぶやいた。

 その時、触手を操る者が右腕を星達に向ける。裾の中から三,四本の黒い触手が一斉に飛び出し

 星達に襲い掛かる。

  「ふっ・・・!」

  星はその触手達を左に避け、恋は音々音を抱え右へと避ける。

  ザシュッ!!!

  その際、星は一本の触手を愛槍『龍牙』で切断した。切断された触手は地面の上でしばらく

 のたうち回り、動かなくなると黒い文字と姿を変え、触手としての形を失う。黒い文字達は宙に

 しばらく舞い、自然消滅した。

  「止むを得んな・・・、はっ!」

  星は先に攻撃を仕掛けて来た人物に立ち向かって行く。

  「はあぁぁぁあああっ!!!」

  星は突進から連続の突きを放つ。触手を使ってくる者はその槍の斬撃に切り刻まれていった。

  「・・・っ!?」

  しかし、星の表情は浮かない。彼女には手応えが全く感じられなかったのだ、その感触はまるで

 紙切れをきざんでいるかのように。

  「・・・ふんっ!!!」

  ブォウンッ!!!

  そこにすかさず恋が止めにと奴の胸を刺し貫いた。

 その瞬間、ポンッという栓を抜いた音と一緒に首が飛び上がる。そこに残るのは奴が身に着けていた

 服のみ。そして首だと思ったそれ、実際は蛸に似た生き物、蛸と違っているのはそれの足が八本

 以上で、全身が真っ黒だという事。

  「人間では・・・無かったのですか?」

  有りえないと言わんばかりに音々音の口はあんぐりと開ききっていた。

  「・・・たこ?」

  「ほう、風変りな蛸か・・・どういう冗談なのだ?」

  恋の言葉に星は心に余裕があるかのように皮肉を言うが、内心はかなり参っている様子。

 そんな心の内など知る由も無い蛸もどきは八本以上の足を使って、星達に襲い掛かる。

  「うぎゃぁあああっ!!」

  「ぎゃあああっ!!何だこれはぁ!」

  「あっーーー、あーーー!?!?」

  触手そのものに意志があるように、星、恋、他の兵士達にも無差別に襲いかかる。

 ある者はその触手に貫かれ、先程の男の様に黒く変色し、文字へと変換され、ある者はその触手に

 攻撃を仕掛けていく。しかし、攻撃によって斬り刻まれた回数分だけその触手の数は増え続け、

 兵達に一層激しく襲いかかった。黒く覆い尽くされてしまった兵士から黒い文字達が紡ぎ出され、

 蛸もどきに次々と取り込まれていった。

  「くっ!このままでは・・・」

  星は触手の合間を掻い潜り、蛸もどきへと近づいて行く。それを見ていた恋も音々音を脇に抱え、

 動揺に近付いて行く。

  「化け物よ!我が槍の一撃、その身に刻めぃっ!!」

  ブゥオンッ!!!

  星は渾身の槍の一撃を蛸もどきの眉間に放つも、上に避けられてしまう。

  「何!?」

  外見からは考えられない跳躍で空高くまで飛び上がった蛸もどき。星達の頭上から頭四個分程の

 高さの所で浮遊し、下に降りてくる様子が無い。

  「蛸が宙に浮遊するか・・・、世も末だな」

  浮遊するそれを見上げながら顔をしかめる星。攻撃しようにも、自慢の愛槍も届かない。それは

 恋にとっても同じく言える。弓隊を使って落とそうとも考えたが、思わぬ攻撃を受け、部隊は混乱

 していた。星は蛸もどきの攻勢が緩んでいる今のうちに後方の混乱を静めるべく、恋と共に後方へと

 下がろうとした。

  「・・・来る!」

  「ちぃっ!」

  恋の言葉に星は警戒する。浮遊する蛸もどきの触手状の足がうねりを上げて再び襲いかかる。

 二人は足から繰り出される攻撃を回避していくが、容赦なく二人を襲いかかる。

  「いかん、これでは一方的だ。こちらも何か・・・痛打を与えなくては!」

  星は地面に落ちていたやや大きめの小石を見つけると何かを思いついたのか、その小石を咄嗟に

 拾い上げると、蛸に目がけて投げつけた。しかし、小石は足によって容易く叩き落とされた。

 だが、星の狙いは次にあった。蛸もどきがその場から動かなかったのが、彼女の思惑を叶えた。

  ザシュゥウウウッ!!!

  蛸の顔を龍牙が刺し貫く。星は小石を投げた直後、龍牙も投げていたのであった。さすがの蛸も

 第二の攻撃に対応出来ず、龍の牙に噛みつかれる。その結果、兵士達に襲い掛かっていた触手による

 攻撃が止んだ。

  ガギィ―――ッ!!!

  浮遊していた蛸もどき、龍牙に刺し貫かれたまま共に落ちていき、龍牙は地面に突き刺さる。

  「ふう・・・、手こずらせおって。しかし、こうして見るとまるで蛸串のようだな」

  地面に突き刺さった龍牙に刺し貫かれているその光景を見て、星は面白そうに言った。

  「・・・美味しそう」

  恋は口からよだれを垂らしながら、そんな事を言っている。

  「待て待て、こんな物を食べてはいくらお前とて腹を壊すぞ」

  「・・・・・・」

  少し残念そうな顔をする恋。

  「それにこいつについて少し調べてみたいしな。研究用に朱里への手土産にしよう」

  「・・・朱里と一緒に、食べるの?」

  「・・・恋殿・・・」

  恋一筋の音々音もその発言には呆れ返った・・・。星はその蛸もどきを回収するべく、龍牙を

 回収しに向かう。全く動いていなかったため、星は油断していたのであろう。星が龍牙に手をかけた

 瞬間で・・・。

  「・・・っ!?」

  突然蛸もどきが息を吹き返し、一本の触手が星の顔面に襲いかかる。避けようにも、油断していた

 星はほんの数秒程対応が遅れ、回避は不可能であった。

  「星・・・っ!」

  「趙雲殿!」

  恋と音々音が彼女の名を呼ぶが、間に合うはずもなかった。

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  「み〜つけた♪」

  

  ポンッ!

 

  それはまるで長い間開封されずにいた蓋を力を込めてようやく取れた時に聞く空気の破裂音にも

 似た音が鳴ると同時に、その蛸の触手が消える。星の眉間と触手の先端との距離が髪の毛一本の太さ

 程の所であった。触手が消えたように、龍牙に刺し貫かれていた蛸も姿を消していた。

  「やれやれ・・・、ようやく捕まえられた〜。・・・手間取らせちゃってさぁ」

  そしてその代わりではないが、星の数歩前に別の男が現れる。

  「まぁ・・・、でも結果的には意外な収穫もあったし、一石二鳥・・・いや、一石三鳥かな?」

  男は満面の笑みを零しながらそう言った。しかし、その笑みは見る者の背筋に悪寒を走らせる・・・

 そんな悪意に満ち足りた笑み。

  「・・・・・・・・・」

  一体何が起きたのであろうか・・・。星の思考はただそれ一点に絞られていた。

 自分は先程、蛸の様な得体の知れない物体を討ち取ったと思い、近づいた途端、息を吹き返したそれに

 反撃を許した。もう駄目だとそう思った瞬間・・・、ぎりぎりの所で救われた、というべきなのか?

 龍牙に刺し貫かれていたそれは姿を消し、今度は目の前に男が現れた。その男は嬉しそうにこちらを

 見ている・・・。しかし、どうしてだろうか、助かった・・・とは微塵に感じなかった。むしろ身の

 危険を先程以上に全身で感じていた。

  「うっふっふふふ・・・」

  彼女の目の前に現れた謎の男。細身の長身、その長い手足に、先端が跳ね上がった独特の癖毛、

 この時代には珍しい鼻眼鏡と、上も下も赤を基調とした服装で身に纏った。何が愉快なのだろうか、

 男はさっきからにやにやと笑い、星は先程から警戒心が緩める事が出来ない。

  「・・・・・・」

  この時、星は迷っていた。素直に助けてくれた事に礼を言うか、それとも身の危険を優先しこの男を

 ・・・。

  「お主・・・」

  「・・・何かな、お姉さん?」

  男は愛想の良い返事をする。

  「・・・とりあえず、危ない所を助けられた。礼を言う」

  まずは素直に助けてくれた事をに礼を言うという選択支を選んだ。男は星の言う事を理解出来ない

 かのように眉をひそませ首をひねる。

  「・・・・・・あぁ!そう、そういう事!君も律儀な人なんだねぇ〜。でも別に助けたつもり

  じゃなかったんだよね」

  「・・・?」

  成程、と言わんばかりにたちまち満面の笑みに変え、けらけらと笑う。その後、訂正するように

 言葉を続ける。

  「さっき君を襲いかかろうとしたあのタコ君〜、前に僕の所から逃げ出した奴でさ。ず〜っと

  探していて今日やっと見つけたわ・け・。で、その時たまたま君が襲われかけていただけって

  話・・・!」

  相手を小馬鹿にするそのうっとおしい口調で説明する男、星の眉をしかめる。楽しそうに話を

 終えた男に対して、星は今自分が一番知りたい事を尋ねてみる。

  「・・・つまり、あれは貴様の所有物か」

  「そうだよ♪でもそれがな・・・」

  星は地面に突き刺さった龍牙を手に取ると、地面から抜き取る。そのまま話の途中の男に横薙ぎの

 一撃を放った。

  ブゥオンッ!!!

  「あっぶないな〜。人に聞いておいていきなり斬りにかかるなんて・・・非常識じゃないッ!?」

  「・・・っ!」

  彼女の誰もが認める神速の攻撃、だが、男はそれを避けていた・・・、どうやって避けたのか?

 男はいつの間にか星の背後に立っていた。

  「貴様、今・・・何をした?」

  星は背後に立つ男にそう聞いた。彼女の背後を取った余裕からか、男はふふふ・・・と口から漏らす。

  「聞いたところで・・・、君達には到底理解出来ない事さ・・・」

  男は左腕を大きく振りかぶるとそのまま星の首に掴みかかる。

  「ふっ!」

  星は身を屈め、前に前転、受け身を取りつつ身を翻し、男との間合いを取る。

  「・・・星、こいつさっきのたこより、・・・もっと危険」

  恋も加勢に入るべく、星の横に並ぶ。

  「そうか。お主がそういうのであれば、恐らくそうなのであろうな」

  「いや、危険って・・・僕は別に君達に危害を加えるつもりはないって、ただちょっとお話が

  したいなと・・・」

  「良く言う・・・、貴様の所有物のせいで我々は随分な被害を受けたのだぞ!」

  「そうなのです!あの黒いタコのせいで音々達はひどい目にあったのですぞ!!」

  星は槍を握る手に力を込める。星と音々音の責めに男は困った顔をする。

  「そうかもしれないけど・・・、でもそれは僕じゃなくて蛸君のせいだって・・・」

  「ならば、その蛸君とやらを今一度ここに出し、我々に引き渡してもらおうか」

  「勝手な言い分だなぁ〜・・・、人の物をよこせって横暴じゃないかなぁ?それにはあれすでに

  僕の研究所に飛ばしちゃったから、もうここにはいないんだよ。分かる・・・?」

  「・・・そうか。ならばいたしかたない。では代わって、お主に投降して貰おう」

  「そう言われて、僕が素直に従うと・・・思っているの?」

  先程までへらへらと笑っていた男の表情が一瞬別のものに変貌する。

  「・・・出来ればそう言って欲しくは無いが・・・な」

  「そう・・・、ふふふ・・・じゃあ、嫌だ。絶対・・・君達に投降しない!僕は自分が強いって

  思っている勘違いな人の鼻先をへし折ってやるのが凄く好きなんだよねぇ〜!」

  「断言するか・・・。では、止むを得まいな!」

  男との間合いを取った星はそのまま突撃していく。

  「武力行使させてもらう!はぁあああっ!!!」

  星の龍牙が男に牙を剥いた。

  ブゥオンッ!!!

  「おっとと!」

  男は足捌きと体捌きを巧みに使う事で、横薙ぎ、振り下ろし、突き、更には連続の突き・・・、

 星の一撃を紙一重に避け続ける、それはまさに蝶が舞う様・・・。その動きは蝶の舞を比喩される

 武将、星にその動きを見せつける・・・。それでも星は攻撃の手を緩めない。

  「な、何と・・・!あやつ、へらへら笑っているだけしか能が無いと思っていましたが・・・、

  趙雲殿の攻撃を全て交わしているのです!」

  「・・・それも、全部、紙一重・・・」

  男のその意外とも言える動きに、恋と音々音は驚きを隠せなかった。

  「そう言えば、この外史の君達にはまだ言っていなかったよね?僕の名前は・・・『女渦』。

  女の渦と書いて女渦。よろしくね♪」

  「断る!」

  星の攻撃を避けながら、男はへらへら笑いながら名乗ったが、星はそれを突きの一撃に乗せ、

 一蹴した。

  「星・・・っ!!」

  「恋っ!」

  「うぇッ!?」

  ブゥオンッ!!!

  女渦の隙を突くかのように、恋が天下無双の豪撃を放つ。星は恋の動きに合わせ、その一撃から

 免れたが女渦は思わぬ介入に対処出来ずその豪撃に巻き込まれた。恋の一撃により、地面には大きく

 抉られてしまう。女渦はそれを直接喰らいはしなかったものの、その衝撃を受け、天と地が逆様に

 するその無様な格好で、抉れた場所を目を丸くして見ていた。

  「ふぉえ〜・・・、さすが天下無双・呂布奉先の一撃・・・」

  半ば感心していた女渦の鼻の先に方天画戟の切っ先が現れる。

  「もう・・・、逃げられない。諦める・・・」

  方天画戟の切っ先を辿っていくと、それを握りしめる恋が女渦を見下ろしながら立っていた。

 そんな状況下でも女渦はにやにやと笑っていた。

  「・・・そんな無関心な目で見降ろされる。ちょっとゾクゾクってきちゃうねぇ・・・」

  「・・・?・・・降参、する?」

  恋は女渦が言おうとしている事が分からなかったが、とりあえず彼の意思を訪ねた。

  「・・・どうかな?」

  「・・・っ!?」

  「な、何と・・・!?一体いつの間になのですか!?」

  恋が牽制していたはずの女渦の姿はそこに無く、またしてもいつの間にか、今度は恋の背後に

 腕を組みながら立っていた。何かを思いついたのか、女渦は掌を上から叩いた。

  「降参する前に、君の事を隅々まで調べさせてくれない?君のその強さには僕も非常に興味が

  あるんだ。僕の研究所に来てくれない?」

  女渦はそう言うと、恋は戟を再び女渦に向ける。

  「・・・行かない。知らない人について行っちゃ駄目って、桃香達に言われてる・・・」

  日頃からの桃香達の教育の賜物といった所だろうか・・・、恋は女渦の誘いを頑なに拒んだ。

  「そう・・・。ふふっ、でも勘違いしな〜いで♪僕は君の答えなんか聞いていないよぉ?」

  そう言って女渦は無防備の状態で、恋へと近づいて行く。

  「・・・っ!」

  ブゥオンッ!!!

  恋は何か危険を感じたのか、近づく女渦に向かって一撃を放った。

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  ポンッ!!!

   

  それはまるで長い間開封されずにいた蓋を力を込めてようやく取れた時に聞く空気の破裂音にも

 似た音が周囲に鳴り響き、風が吹き抜ける・・・。そこには左手を手前に出した女渦のみ・・・。

 彼に一撃を放ったはずの恋の姿が・・・、そこには無かった。

 

  星は唖然とする、まただ・・・あの時と全く同じだ。星は蛸状の物体が消失した時の一連を思い返す。

 奴はどのような原理・手段で、一瞬にして消してしまったのだ?手品の類ならば、例えば消す前に布か

 何かで消す対象を隠してから消す・・・、この対象を隠す動作に必ず種や仕掛けが存在する。

  だが、目の前で繰り広げられたそれは種も仕掛けもないものであった。本当に一瞬にして恋の姿が

 消えてしまったのだ・・・。

  「れ、恋・・・殿?」

  何度もまばたきをする音々音。今度は服の裾で目を擦るも、それでも恋の姿を見つけられなかった。

  「れん・・・、どの?恋殿・・・。恋殿ぉおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

  音々音は恋が立っていた場所周辺をくまなく探す。

  「恋殿ぉ!何処に行かれたのですかぁああああああっ!!隠れていないで、出て来てくださいなの

  ですぅうううううううううっ!!」

  音々音の両目から涙を零しながら探すが、彼女の努力も空しく恋を見つけられなかった。

  「あっははははあはははっははッ!!!その辺を探したって無駄無駄ぁ、見つかるわけ無い

  じゃないかぁ!」

  「ど、どういう事なのですか!?分かるように説明するのです!!」

  大爆笑する女渦に、涙目ながらに問いただす音々音。

  「くっくっく・・・ふぅ、僕ご自慢の研究所に招待してあげたのさ!今頃、研究所の檻の中で

  ぐっすりすやすや・・・お寝んねしているんじゃないかなぁ?」

  「今すぐ・・・、今すぐに!ここに恋殿を戻すのですぅ!!」

  「あぁ、それは無理無理、無理な話だよ。さっきの蛸君と同じ、すでに僕の研究所に飛ばしちゃった

  から・・・、一旦研究所に帰らないと駄目なんだよね〜、これが」

  「・・・だったら、お前の研究所まで案内しろなのですっ!!」

  「そう言われて僕が、はい分かりました、な〜んて簡単に言う程、僕が軽い男だと思う?」

  「だったら、力づくで言わせてやるのです!!お前達っ!!」

  怒りで頭に血が昇っている音々音は兵士達に号令を出した。

  「待て、音々!!勝手に兵を動かすな!」

  「趙雲殿は黙っているのです!!お前達、奴を捕えるのです!捕えた者にはいつもの倍の給金を

  支払ってやるのです!!」

  その彼女の言葉に、兵士達の士気は一気に上がる。そして武器を持った兵士達は我先にと女渦へと

  仕掛けていった。

  「お前達!音々の言葉に乗せられてはいかん!!不用意に奴に近付くな!」

  だが、金に目がくらんだ兵士達の耳にはそんな彼女の言葉など入らない。しかも相手は一人・・・

 寄って集ればどうって事はない、そう安易に考えていたのである。しかし、それが彼等の命取りと

 なった。

  「ふぅ・・・、やれやれ」

  首を横に振り、自分に向かって来る兵士達に横目に見る。

  「でやぁあああっ!!」

  「うぉおおおおっ!!」

  「ぬぉおおおおっ!!」

  数十の兵士達が女渦を捕まえようと一斉に飛びかかった。

 

  ポンッ!!!

 

  恋が消失した時同様の破裂音が鳴った。気が付くと、女渦に飛びかかった数十の兵士達の姿が

 何処にも無かった。

  「そ、そんな・・・あれだけの数の兵を一瞬で・・・?」

  音々音の女渦への怒りは、一瞬にして恐怖へと変貌し、後ろへと後ずさろうとしたが地面に足を

 引っ掛けてしまい、尻餅をつく。

  「きぇえええっ!!」

  その直後でありながらも、一人の兵士が勇敢に女渦へと立ち向かっていく。

  「ほっ!」

  ザシュッ!!!

  兵士が剣を振り下ろすよりも先に、女渦の右手が兵士の顔面を貫き、後頭部から右手が飛び出す。

 右手を抜くと顔面にはぽっかりと穴が出来、兵士は足元から崩れ倒れた。

  「あれ?どうしたの?もう来ないのかな?・・・来ないなら、こっちから行くけど・・・?」

  そう言うと、女渦は一歩一歩・・・兵士達へと歩み寄っていく。

  「ひ、ひぃいいい!!」

  「化け者だぁあああっ!!!」

  「あんなのに勝てる訳が無いぞぉ!!」

  先程まで高かったはずの兵士達の士気はすでにどん底まで下がってしまっていた。

  「化け物はひどいなぁ〜、そりゃ確かに君達とはちょっと違うけど♪」

 女渦が一歩前に進めると、兵士達は一歩後ろへと下がる。一人の人間に恐怖を覚えてしまったのだ。

 このままではいけない・・・、星はこの状況を打破するべく行動をとった。

  「音々、ここは兵をまとめて先を急ぐぞ」

  「何ですと!恋殿を身捨てろというのですかっ!?」

  星の判断に怒りを示す音々音であるが、それでも星は言葉を続ける。

  「我々の目的はこの先にいる孫策殿達と合流する事であって、この男と捕える事ではない!

  今、ここで無駄に兵達を失うわけにはいかない!」

  「し、しかし・・・恋殿が、恋殿が・・・!!」

  「甘ったれるな!!」

  「ひぃっ!?」

  駄々をこねる音々音に星は一喝する。その一喝に怯む音々音、まるで母親に叱られる子供・・・。

  「貴様の駄々でこれ以上兵達を無駄死にさせる気か!!彼等は桃香様が我々を信じているからこそ

  託して下さったのだ!!それをこのような場所で、このような変態に殺させる

  わけにはいかんのだっ!!」

  「うぅ〜・・・」

  今にも泣きだしそうな顔をする音々音。しかしそこは耐え、分かったという意思表示としてその首を

 縦に振った。

  「では急ぎ、兵をまとめろ!」

  「それを僕が黙って見過ごすとでも思っているのかなぁ〜?」

  そこに女渦が割って入ってくる。その顔は邪魔してやると物語っている。

  「無論、見過ごして貰うぞ!」

  そう言って、星は女渦に強烈な突きを放つ。

  ブゥオンッ!!!

  「おっとぉ!」

  女渦はその突きを体をくの字にして避ける。星はすぐに龍牙を引っ込め、女渦と距離を取る。

  「急げ!奴は・・・私が引き留めておく!」

  「分かったのです!お前達、急いで出立の準備をするのです!!」

  音々音は星の言葉に従い、兵達に指示を出していく。

  「うっふふふ・・・、意外と健気だよね〜趙雲ちゃん♪自分が囮になって皆を逃がそうって?」

  「さてな・・・、私は囮になるなど一度も言ってはいないのだが・・・」

  にやにやと笑う女渦に対して、不敵な笑みを零す星。

  「・・・笑っても無駄無駄、君にも余裕が無いのは筒抜けんだから・・・」

  「・・・・・・」

  図星だった。星は笑っていたが、これ程の危機は・・・袁術と袁紹の二大勢力から攻められた時

 以来であろうか、と内心で語る。あの時と違うのは、自分が桃香様の立場にあると言う事か・・・。

 いや、他にも違う・・・、ここには華琳殿はいないし、何より目の前にいる一人の男は袁術、袁紹が

 束になったとしても到底及ばない底の知れない危険な存在であろう。

  「そういう貴様こそ、お喋りばかりしているのを見ると、自分から攻めるのは不得手なのだろう?

  男のくせに受け身にばかり回るのは、少し格好が悪いのではないか?」

  「そう・・・?だったら、今度はこっちから攻めてみよう・・・かなぁっ!!」

  女渦は地面を踏み、間合いを詰める。その長い二本の足は常人以上の歩幅で星に近付いて来る。

  「ふんっ!!」

  女渦が左手を差し伸ばしてきた瞬間、それを避けるとすかさず身を屈め、女渦の足を龍牙で払う。

 女渦は体を捻ってその場で宙返り、足を浮かせる事で星の足払いを避けると、その流れで星の首に蹴り

 を放った。

  「ぐっ、甘い!」

  星は女渦の蹴りを槍の柄の部分で受け止めると、槍を巧みに操り女渦の足を払い除ける。

 再び足を地につけた女渦は体勢を崩し、星に背を向ける。そこに龍牙の切っ先が飛んでくる。

  ブゥオンッ!!!ブゥオンッ!!!ブゥオンッ!!!

  「うわっと!」

  女渦はわざとらしく驚き、背を向けたまま体を右と左と捌く事でその突きを次々と避けていく。

  「はっ!」

  ドガァッ!!!

  「ぐぅ・・・!」

  女渦を貫き損なった龍牙を引いた星の動きに合わせ、女渦の後ろ回し蹴りが入る。思わぬ女渦の

 反撃が星の下腹部にめり込み、星の顔は苦痛に歪み、堪らず後ろへと後ずさる・・・。星はそこで

 ある事に気が付いた。 

  「ぬぅ・・・!?」

  龍牙の二本の角がごっそりと無くなっていたのだ。星は女渦の方を見る。相変わらず、にやにやと

 笑っていた・・・。無惨な姿と化した自分の愛槍に悔しさが顔に滲み出る。

  「可哀そうな趙雲ちゃん・・・、ご自慢の槍が無残な姿に。悔しいねぇ〜、悔しいねぇ〜♪

  ま、やったのは僕だけど!」

  それが分かっているかのように、女渦は追撃ちをかける台詞を星に吐きかける。だが、星はそれ

 でも龍牙を再び女渦に構える。

  「あれ、まだそんなので戦う気?よっぽどお気に入りだったんだね〜、それ?」

  「如何にも!この龍牙、あの乱世を共に駆け抜けてきた私が最も信頼する武器。例えその牙を

  失おうとも・・・、まだ戦う術はある!はぁああああああっ!!!」

  ブォウンッ!!!

  気合いと共に渾身の一撃を女渦に放つ。その攻撃を女渦は何事も無いかのようにまたも避ける。

 攻撃の直後に生じる隙を突いてくる様に、女渦は星に手を伸ばしていく。常人よりも長いその手の

 せいで、本来届くはずの無い間合いからでも彼の両手、両足が星に襲いかかる。特別な武装をして

 いるわけではなく、純に素手で戦っているにもかかわらず、その間合いは星のそれと大差は無い。

 奴の手に触れられたのであれば、それ即ち敗北を意味している。星は女渦の手を彼と同様、体捌きと

 足捌き、更に槍で捌く事でかわしていく。

  「うふふふ♪楽しいね〜。こんな風に必死になって僕を殺そうと果敢に仕掛けてくる・・・、

  もう最高ぅッ!」

  「そうか・・・、だが生憎私は全く楽しくないのでな!早い所、先を行く皆の後を追いたいと

  思っている!」

  バシィッ!!!

  「くっ!?」

  女渦は龍牙を二本の牙の根元を右手で取り、星の動きを一瞬止める。

  「追いかける・・・か。果たしてそれはどうかなぁ?」

  「ほう・・・?それはつまり私が貴様に負けると、そう言いたいのか?」

  「そこまで大言を吐くつもりは無いよ。仮に、君が僕を負かして後を追ったとしても・・・、

  生きている兵士さん達と合流できないかもって話・・・さ」

  「何だと・・・、貴様道中で伏兵を張って来たというのか!?」

  「いやいや・・・、僕は1人でここまで来たから伏兵なんて張れるはずも無いって♪」

  と満面の笑顔でそう返す女渦。

  「では、どういう・・・!?」

  星の問いに答える代わりなのか、おもむろに左手を頭上よりも高く上げると、パチンッと

 指を鳴らした。

-6ページ-

 

  ここより少し先を言った林道・・・、音々音は隊を率いていた。

  「ん、何だあれ・・・?」

  行軍していた一人の兵士がふと空を見上げると、何かを見つけた。

  「おい、皆あれ見てみろよ・・・!」

  兵士は周囲の兵士達に声をかけ、空で見つけたものを確認し合う。それは前を走っていた

 音々音にもその声が聞こえていた。

  「どうしたのですか・・・、何を騒いでいるのです?」

  音々音は近くの兵士に尋ねてみた。

  「はっ、どうやら空から何かが降ってきている・・・みたいな」

  「・・・?雨でも降ってきたのですかな?」

  音々音も他の兵士達と一緒に空を見上げる。ところどころに雲が浮いてはいたが、雨を降らせる

 雨雲は一つも無かった。

  「・・・ん?何ですか、あれは?」

  それは彼女にも見る事が出来た。空から何かが降ってきている事を・・・。

  「皆ーーーっ!行軍速度を速めるのです!急ぐのですぅううううううっ!!!」

  音々音は空から降って来るものの正体に気が付くと、すぐに行軍速度を速めるよう進言した。

 だが、それも手遅れであった・・・。

  「ぐぎゃぁあああっ!!!」

  突然、後ろの方から断末魔が聞こえる。

  「うぎゃぁあああっ!!!」

  そしてまた別の所からも聞こえる。

  「陳宮様!速くお逃げ下さ―――、がぁあああっ!!!」

  隣にいた兵士の背中に一本の剣が上から突き刺さり、口から血を吐きだした。

  「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!!」

  それをあるがままに見ていた音々音の叫びがこだまする・・・。誰も予想だにしていなかった敵の

 攻撃に為す術が無かった。今日この日・・・、この大陸の一部限定の地域にて剣、槍、戟などの刃の

 雨が降る。その雨は、その地域を通りかかった者達全てに等しく降ったという・・・。

-7ページ-

 

  「何のつもりだ、貴様?」

  パチンッと指を鳴らした女渦に改めて問いただす。

  「さてぇ・・・、何のつもりだろうね。僕を倒して後を追いかけてみれば、僕が何をした

  わかるかもねぇ〜。・・・でも」

  女渦はそこで息をつく。

  「行かせはしないけどね・・・!」

  その低い声と一緒に、龍牙を握る右手に力が更に込められた。

  「な・・・っ!」

  龍牙の牙が根元から抜ける様に落ちる。とても自然に抜け落ちた牙は地面に落ちる。歯が抜け、

 柄の先端からまた牙が伸びてくれば良かったが、龍牙の牙はもう二度と生える事は無い・・・。

  ブゥオンッ!!!

  呆然とする時間すら星に与えまいと、空を切る音が襲い掛かる。

  「はっ!?」

  ザシュッ!!!

  咄嗟に身を引いて寸前でかわしたが、胸下の服は引き裂かれ、彼女の二つの乳房を軽く抉った。

 星の全身から汗が吹き出し、表面を流れる落ちる。彼女の意識がそちらの方に向かうのを女渦は

 逃さなかった。

  ガシィッ!!!

  「が・・・っ!!!」

  星はまたしても女渦に背後を取られてしまった。分かっていたはずなのに、それに対処する事が

 出来なかったのだ。たった・・・そのほんの一瞬が、命取りとなってしまった。

  「が・・・、ぐっ・・・」

  口を開け、空気を取り込もうとするも気管に入って来ない。自分の槍、龍牙が喉元を押し込み、

 外側から気管を狭めているからである。無論、それは星自身がしているわけではない。よく見ると、

 龍牙の柄を星の手以外に、別の人間の手が握っていた。星の両手を挟む形でその手は柄を握るその

 手は女渦のもの。

  「・・・・・・・・・」

  背後に立っていた女渦が後ろから龍牙を手に取り、そのまま星の喉へと押し込んでいたのだ。

 その状態が数秒間続き、星の顔色が次第に青ざめていく。先程から龍牙を押し返そうと何度も試みて

 いたが、その細い腕のどこにそんな力があるのか、女渦の両腕がそれを阻止していた。

  「・・・!・・・、・・・、・・・っ」

  次第に彼女の目の焦点がぶれ始め、抵抗する力が弱まっていく・・・。開いた口から唾液が垂れ流れ、

 目から涙が流れ落ち、手足は痙攣し、震えている。ついには失禁し、尿が内股を伝って流れ落ちる。

 そして朦朧とした意識の中で、星は桃香達の姿を思い描いた・・・。意識を失う寸前で見たのは、

 桃香の満面に咲き誇った笑顔だった・・・。

  「・・・ここまで、かな?」

  星が完全に落ちた事を察知した女渦は窒息死してしまう、その寸前で腕の力を緩めた。

  ドサッ!!!

  星の手が龍牙からするりと離れ、支えを失ったその身体はそのまま地面に伏せ倒れた。

 龍牙を後ろの方に適当に放り投げ、女渦は落ちた星の後頭部を左手で軽く触れた・・・。

 

  ポンッ!!!

 

  そして最後に破裂音が響く・・・。そこに残るは、女渦一人・・・。

-8ページ-

 

  別の頃、刃の雨が降った場所では・・・。

 道に至る所に、空から降ってきた大量の剣、槍、戟が突き刺さっていた。そしてそこを偶然

 通りかかった兵士達は体を刃に刺し貫かれ、大量の血を吐き出し、肉塊と化していた・・・。

  「う、うぅん・・・!う〜ん・・・!」

  そんなあまりにも悲惨な光景の中に、もぞもぞと動く影が一つ、あの刃の雨から奇跡的に生還して

 いた少女がただ一人いたのであった・・・。周囲にいた兵士達が空から降って来る刃から彼女を守る

 ため、自らを壁とし命と引き換えに救ったのであった。

  「う、う〜ん・・・!こ、困ったのです・・・。足が抜けなくなっちゃったのです」

  すでに肉塊と化した兵士達は、少女の上に圧し掛かる形に倒れ少女の足を抜けなくしていた。

  「手を貸してあげましょうか♪」

  そんな彼女の前に、左手が差し伸べられる。

  「おぉ!助かったのです!」

  少女は何の考えもなしにその左手を掴んでしまった。少女は自分を助けてくれようとする者の顔を

 見ようと、顔を上げる。その表情は助かったという安著に染まっていた。

  「・・・・・・っ!?」

  が、顔を上げ、その者の顔を見た瞬間・・・、恐怖と絶望へと一気に染まった・・・。

 そんな少女の表情が変貌するのを見て、左手を差し伸べた者は不敵な笑みを零した。

 

  ポンッ!!!

 

  今日で四回目の破裂音が響き渡る・・・。すでに日は暮れ、夕方の頃となっていた・・・。

-9ページ-

 

  同時刻、ここよりさらに離れた・・・蜀と呉の国境の蜀側に近い場所。

 その開けた土地にて遠征していた呉軍は天幕を張り、夜に備えていた。その中で最も大きい天幕、

 そこには呉王孫策と軍師周喩がいた。

  「・・・それにしても遅いわねぇ、星達」

  「予定では、すでに合流しているはずなのだけれど、向こうで何か問題があったのかしら?」

  「すでに例の集団に出くわしちゃった、とか・・・?」

  「斥候を放って、情報は集めているのだけれど・・・。蜀内に入ってから連中の動向が完全に

  途絶えてしまったわ。可能性としては無いかもしれないわね・・・」

  「やっぱり・・・もっと先を急げばよかったわ!」

  「雪蓮・・・、何を言おうとしているかは分かるけど、この辺りは人の手があまり入っていない

  未開の地・・・。幸いこうして開けた地を見つけられたわけだけど、この先しばらくは道なき道を

  突き進む事なるわ。土地勘の無い私達がこれ以上・・・」 

  「あーあー、聞こえなーいっ!!」

  冥琳の説教にも似た長い話を聞きたくないと、雪蓮は両耳を塞いでそう言った。

  「・・・・・・」

  そんな呉王の姿を見て溜息を吐く冥琳。そして、雪蓮は子供の様に頬を膨らませる。

  「そんな事言わなくたって分かってるわよ・・・。それに、星の事だから仮に出来わしたとしても

  上手い事切り抜けられるでしょうしね」

  「・・・・・・」

  「何よ冥琳、その顔は〜?まだ何か言いたいの?」

  「別に・・・」

  「もう〜・・・、何よそ・・・」

  緩んだ表情であった二人の顔が一気に引き締まる。雪蓮は側にかけてあった南海覇王を手に取り、

 冥琳もそれに合わせて雪蓮の後ろへと下がる。

  「出てきなさい。そこにいるのは分かっているのよ・・・!」

  南海覇王を鞘から抜き取った雪蓮はその切っ先を天幕の入口に向ける。 

  「・・・・・・」

  観念してか、入口の前でこそこそしていた者が天幕の中へと入って来たのは、その身を白装束を

 纏わせ、フードで顔を隠した人物であった。なお、天幕の前で警護していた兵士達はすでに気を

 失っていた。

  「その姿・・・、成程、蓮華達が出くわしたっていう白装束ね。ここへ来たって事は私の首が狙い?

  それとも・・・悪事を認めて降伏しに来たのかしら?」

  雪蓮の言葉を白装束は黙って聞いていた。しかし、この後の白装束の発言が雪蓮と冥琳を驚愕させる。

  「お久しゅうございますな・・・、策殿」

  「っ!その声は・・・、そんなまさか!?」

  そして白装束は自分の頭に被さっていたフードを両手で丁寧に取り外し、フードの下の顔を二人に

 見せた。その顔を見て、雪蓮と冥琳はあまりの衝撃に言葉を失ってしまった・・・。

  「・・・・・・・・・祭」

  「・・・・・・・・・祭、・・・殿」

  二人がやっとの思いで喉から出した言葉は・・・、目の前に立つ人物の真名であった。 

説明
こんばんわ、アンドレカンドレです。

 ここにて、話数を調整・・・。改訂前第十四章の内容を二分割しました。今回の話は星、恋、音々音が女渦と出くわす場面です。この展開に関しては、星、恋、音々には深く詫びなくてはいけない・・・、ごめん本当。まぁ、何だかんだでまた登場するわけだし、それで許してほしい・・・(敵として)。
 何せ、蜀ポジのキャラが無駄に(?)多く、捌き切れないので何人かを削りたかった(南蛮の美以は未登場の始末)。それでも朱里、雛里、紫苑、白蓮(特に白蓮は悲惨、その事についてはまた後日に)辺りがかなりどうでもいい感じになってしまった。ごめん、君達・・・。

 謝罪はこの辺して、真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版 第十三章〜その笑顔に、少女は恐れ慄く〜をどうぞ!!

 ※最後当たり書いていて、少し鬱な気分になりました。
 ※※本当は三枚目の挿絵、本当はあれが露出していたのですが、途中で修正しました・・・。
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コメント
ちなみにこのポンッ!という音、これは本来そこにあった物質が一瞬に消えた結果、物質があった場所は瞬間的に真空と化し、周囲の空気を一気に引き込む際に生じる音とという設定です。(アンドレカンドレ)
スターダストさん、確かに似ています。ですがモチーフはそっちではなく、元はパソコンのドキュメント作成の操作にある「切り取り、貼り付け」から。そこから形を変えて今に至ります。考えがまとまった頃、その事を知って、指摘されてからは開き直ってポンッ!を入れたのです。(アンドレカンドレ)
で、この回見た時からずっと思ってたんだけど・・・如渦のあれってはたから見たらワンピースの七部海の一人の技にそっくりですね (スターダスト)
これは又上手いな〜ネネと星の顔がとても如渦の印象を強くしているし、星のやられる絵は表情に動揺の色が現れている、祭さんの絵は体全体とを見せることで何だかインパクト感が以前と違う。(スターダスト)
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