真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版18
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第十八章〜今交わる、二つの運命〜

 

 

 

  俺が意識を取り戻してから2日が過ぎた。その間に俺の見舞に来てくれた人達がいたわけで・・・。

 劉備さんが関羽と張飛ちゃんと一緒に来た時は・・・。

  「北郷さん、本当にありがとう。あなたのおかげで、正和党の人達との戦いを終わらせる事が出来ました」

  「俺、何かしたっけ・・・?」

  いきなりそんな事を言うもんだから、俺はポカンとしてしまった。そんな俺を見て、後ろの2人が苦笑していた。

  「自分がした事に自覚が無いとは、北郷殿も意外と抜けている所があるようだ」

  「にゃはは〜、北郷の兄ちゃんもお姉ちゃん並みなのだ♪」

  「う〜ん・・・。そう言われても、俺が正和党の戦いをどうこうしたってわけじゃないし・・・」

  その後、ぶっ倒れて3日間も寝ていたわけだし・・・。

  「伏義の件もそうだけど・・・。でもそれ以上に、あの時、北郷さんが私に言ってくれた・・・、

  『あんたが王に相応しいかどうかは、俺には分からない!だが、今あんたがするべき事は逃げる事じゃない

  って事は分かる!!王として、あんたは責任を全うするべきなんじゃないか!?それがあんたを慕い、ついて

  来てくれた人達の信頼に応えるって事じゃないのか!!』って」

  何か俺の真似のつもりなのか・・・、低い声を出してあの時俺が彼女に言った事を口にする。

 しかし、今こうして考えてみると、俺も好き勝手な事を言ったものだ・・・、蜀の王様を相手に。

  「あぁ〜、あの時は頭に血が上ってて・・・、俺もかなり興奮していたからな〜。今思い出しても、随分好き

  勝手な事を言ったなって思うよ・・・」

  後ろ頭を掻きながらそう答えると、彼女は首を横に振った。

  「ううん、そんな事は無いよ。あの時の私は、自暴自棄になっていて自分しか見えていなかった。あなたの

  言葉に、私は気付く事が出来た。皆にただ甘えて、自分の理想を逃げ口にしていた私に、それじゃ駄目なんだ

  ってことに」

  そんな大それたことをしたんじゃないんだけどな〜、俺は心の中でそう呟いた・・・。

  「まぁ・・・、俺の言葉で劉備さんの力になったって言うなら、俺も大言をほざいた甲斐があったってもんだよ」

  俺がそう言った途端、どっと笑いが起こる。

 その後、劉備さんが俺に何か礼を言って来たが、丁重に断った。俺が伏義と戦ったのは、露仁の仇を取るためで彼女達の

 ために戦ったわけじゃかったし、その上俺のためにこの部屋一室を貸してくれたから、なんて言ったら・・・。

  「全く・・・、欲の無い御方だ」

  と関羽に呆れていながら言われてしまった。だから俺はこう返した。

  「俺が欲しいものは、もう全部手に入れているからね」

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  次に来たのは孫策だった・・・。

  「よっ!見舞いに来てあげたわよ、少年!」

  春蘭ほどではなかったけど、勢いよく扉を開けて入って来た彼女。見た所、一人の様だ。

  「一人で・・・来たのか?」

  「え?蓮華達も連れて来た方が良かった?」

  「いやそう言う意味で言ったんじゃなくって・・・!付き人無しで来るなんて少し不用心じゃないかって話だよ」

  「えぇ〜、だって何かたるいじゃない?一人の方が好きに出来るし♪」

  「一人の時に、命を狙う敵が襲ってきたらどうするんだ?」

  「返り討ちにしてやるわよ。だって私、強いもの♪」

  悪びれた感じが微塵も無く、ケラケラと笑う孫策。何という自由人だ・・・と逆に感心してしまう。

  「呉の王様がそんな事言ってたりするから、孫権や周喩が苦労するんだよな・・・」

  「ちょっと〜、折角見舞いに来てあげた私に一体どの口が言ってんのかしら〜!」

  そう言って、孫策は俺の口を引きちぎる勢いで横に引っ張ってくる。

  「ひたたたたたたたた・・・!!ひたひ、ひたい!!」

  会ってまだ日が浅いって言うのに、この人は・・・遠慮が無いな、本当。ほんの少ししか会っていなかったのに、

 どっと疲れる俺・・・。孫権や周喩の苦労が目に浮かぶ・・・。あ、そうだ。孫権と言えば・・・。俺はひりひり

 痛む自分の口を手で擦りながら孫策に尋ねてみた。

  「孫権は俺の事で何か言っていなかったかな?」

  「蓮華が・・・?私は別にこれと言って聞いていないけど・・・、はっ!まさか、うちの妹に手を

  出す気じゃ・・・!」

  「そういう話に持っていこうとしなくていいから」

  俺は強引に逸れそうになった話を戻した・・・。

  「ひょっとしてあの時の事を気にしているの?」

  あの時・・・、俺と華琳が孫策と話をしていた時だ。孫権は孫策の後ろから、俺を睨みつける様に見ていた。

 彼女、俺に何か言いたそうな感じだったが、結局、聞けずに終わったわけで・・・。

  「・・・・・・・・・」

  「・・・?」

  そして急に黙って俺の顔をじーっと見てくる孫策。

  「あなたが蓮華に会ったのは、あの時が初めてなのよね?」

  「ああ、そうだけど・・・。でもそれが何だって言うんだ?」

  「じゃあ、あなたに兄弟は?」

  「俺は一人っ子だ。ついでに言えば、俺の身内はこの世界にはいない。天の国にいるって言えば、わかる?」

  「ふ〜ん・・・」

  孫策の質問に答えると、不敵な笑みをこぼす。一体何だって言うんだよ・・・。

  「なら、きっと他人の空似なんでしょうよ」

  「何だその、空似って・・・?」

  「言葉通りよ。あの子は彼とあなたの姿を重ねていたのよ」

  「だから、誰のことだ・・・?」

  いまいち孫策が言おうとしている事が分からない・・・。孫権は一体誰の姿を俺に重ねているっていうんだ?

  「別に気にする事は無いわ。少なくとも、あなたを嫌っているって事は無いから」

  何だ、その取って付けたような・・・。結局、詳しい事は聞けず、孫策ははぐらかすように部屋を出て行った。

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  2日後の、昼も近い頃・・・。

  「何かこうして3人で歩くのも久しぶりだな」

  「そうですね〜。洛陽じゃ、落ち着いて話せなかったですしね〜」

  「しかし、一刀殿。もう体の方は宜しいのですか?あなたに無茶はさせるなと華琳様は仰っていましたが・・・」

  「部屋の中で横になっているばかりじゃ、そっちの方が体に悪いって。それにこうして少し体を動かして

  おきたかったし」

  街に出ていた俺は偶然出会った風と稟と一緒に街の散策をしていた。

  「そうだな、兄ちゃん。体がなまったままじゃあ、いざって時にあんたの息子が役立たずになっちまう

  からなぁ」

  「こらホウケイ!こんな真昼間の道のど真ん中でそんなはしたない事を言うんじゃありません!」

  ホウケイの下ネタ発言に突っ込みをかます風。そんな彼女を見て、俺は少し安著していたりする。趙雲さんの

 事で沈み気味かな、なんて思っていたが・・・。いや風の事だから、俺にそんな姿を見せてないだけなのかも

 しれない。もっとも風が今どんな心境にいるのか、俺には到底分かるはずもないけど・・・。

  「それで一刀殿が街へと赴いたのには何か用事があっての?」

  隣の稟が俺に街に出てきた理由を聞いて来る。

  「用事・・・といえば、用事かな。ちょっと確認っていうか、見たいモノがあったから・・・」

  「見たいモノですか?」

  「そうそう。この通りを右に曲がった先に・・・」

  そう言いながら、俺は通りを右に曲がると、そこに俺が見たかったモノがあった。もっとも既に修復作業が

 開始されていたようで、それは本来の姿を取り戻しつつあった・・・。

  「ああ・・・、やっぱり派手に壊れちまったようだな」

  俺が見たかったのは城壁・・・。あの時、最後に見た光の柱に巻き込まれた城壁の状態を確認したかった。

 伏義に左拳を鳩尾に喰らわせて、派手に吹っ飛んでいった奴は城壁にぶつかって、その後、奴を包み込むかのよう

 に光が奴の体から溢れ出して、その光が柱となって、天高く昇っていった所で、俺は気を失ってしまった。

  「稟、ここの城壁って最初どんな風に壊れていたのか、知っているか?」

  「真桜達の話では、城壁の一部がごっそりと無くなっており、その地面もだいぶ抉られていたようです。

  しかも、不思議な事に、その切断面は研磨された様に、とても綺麗なものだったそうですが、それが何か?」

  「・・・・・・」

  稟の説明で、大体のイメージが浮かぶ。となると、あれは全ての物質を飲み込んだって言う事か・・・。

 幸いあの周辺は人がいなかったからあれに巻き込まれた人はいないはず・・・。もしあれを街中でやっていたら

 なんて、想像しただけでもぞっとしてしまう。あの時、俺がした事は間違っていなかったのかな?

  「お兄さんが気に病む事は無いと思いますよ〜?お兄さんは、悪い人をやっつけたのですから、むしろ胸を

  張ってもよろしいかとぉ〜♪」

  「風・・・、お前。俺の心、読んだのか?」

  「おや?何のことですか〜?」

  俺の問いに対してとぼける風。風の奴、絶対俺の心を読んでいたに違いない!・・・俺って思っている事が

 顔にでやすいのか?

  「隊長〜〜〜!!」

  そんな事を考えていると、作業場の方から、聞き憶えのある声が聞こえて来る。俺は声の主を探した。

  「真桜か」

  真桜の姿を見つけた俺は、近づいてくる彼女に手を振った。

  「何や隊長ぉ、もう体の方はええんか?」

  「俺はもう大丈夫だ。それより、お前はどうしてここに?」

  「うち?うちはそこの作業場の監督しとるからに決まっとるやろ。隊長がぶっ壊したっていうから、華琳様が

  率先して直すようにーって」

  「・・・そうか。それは悪かったな」

  俺は真桜に謝ると、彼女はケラケラと笑いだした。

  「まぁえぇんやないか?華琳様も別に怒っとったわけやないし?それにうちも好きでやっとる事やしな」

  「・・・そう言ってくれると、俺も少しは報われる」

  「真桜、作業の方は如何ですか?」

  横から稟が口を挟んで来る。

  「こっちの方は割と順調やでぇ。でも他の所じゃあ、蜀と正和党とで揉め事が起きとるみたいで凪と沙和が

  愚痴っておったで?」

  そう言えば、来る途中でも喧嘩しているのを見たな・・・。

  「そうか・・・、まだ蜀と正和党との間に出来たわだかまりは、取り払えていないんだな」

  「まぁ・・・、しゃーない事やないのかなぁ?事情が事情なわけやし」

  「考えの行き違いがきっかけで起きた戦いですからね〜。戦いが終わったからと言って、考えの行き違いが

  なくなったわけでは・・・ないですからぁ」

  「「「「・・・・・・・・・」」」」

  急に重くなる空気・・・。

  「ってちょっと何やねん、この辛気臭さは!?止め止め!」

  と言いながら、手で空気を払い除けようとする真桜。

  「それより隊長。うち腹が空いとるんやぁ、どっかで飯を食べに行こや?」

  「・・・そうだな。昼も近い事だし、何処かで食べて行こうか?」

  「そんじゃ、ごちになりまっせ隊長♪」

  にやにやとにやけながら、そう言ってくる真桜。

  「ちょっと待て真桜。何勝手に俺にたかろうとしているんだ!!」

  「おやお兄さんも気前が良いですね〜、では風も甘えましょうかね〜♪」

  「では私も♪」

  「っておい!お前等も話に乗るなって!?」

  「さすがうちらの隊長!よっ!魏の種馬!」

  「全然嬉しくない!そんな事言われても全然嬉しくないから・・・」

  真桜のボケに突っ込みを入れる俺だったが・・・。

  「・・・・・・」

  「ん?どうしたん隊長・・・、そ、そない怖い顔して?」

  腰に帯刀していた刃に手を掛けた。

  「一刀殿!?」

  「お兄さん!?」

  「う、ええええ!!ちょ、ちょ、ちょっ!!隊長待ってや!今のは単なる冗談や無いか!?」

  俺は刃を鞘から逆手に抜き取ると同時に地面を力一杯に蹴る。

  「ひ、ひええええええっ!!」

 

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  「・・・!」

  俺は真桜の背後にいたあいつに斬りかかった。

  だけど、あいつが放った蹴りの先が振り下ろした刃の鍔に当たって俺の攻撃は不発に終わる。

  俺はあいつを睨み付ける。一瞬でも目をそらせば次の瞬間殺される。

  これは確信だ、あいつの鋭い眼光が『お前を殺す』と語っていたから。

  実際は一秒にも満たない時間が立ったと思う。でも俺には一分、いや一時間と言ってもいいくらいの体感だった。

  止まっていた時間を動かしたのは俺だったと思う。

  あいつの足を払いのけて、もう一度刃振りかざした。

  ゲシッ!と俺の顔が蹴られた。その蹴りは決して重いものではなかったが、俺が攻撃の手を止めるには十分だった。

  「・・・くそッ!」

  痛みを訴える鼻を押さえながら後退り、あいつとの距離をとった。

  まだ目の前がちかちかする。でも呑気にしていられない。

  俺は立ち上がるとあいつをもう一度睨む。視界には腰を抜かして尻餅をついている真桜の姿もあった。

  「・・・左慈、だったか?」

  左慈はニヤリと笑った。

  「俺の事は覚えていたようだな」

  「2度も殺されかけたんだ、忘れたくても忘れられないさ」

   嫌味で返したが、左慈は顔色を変えない。その事を歯牙にもかけない様子だ。

  「ふっ、良かったな。殺される相手が誰かも分からないと、死んでも死にきれんだろうしな」

  「・・・悪いが、俺は死ぬ気は無い」

  「その気が無くとも俺は貴様を殺す」

  「露仁はお前の事を知っていた。そしてお前も露仁の事を・・・」

  「露仁?あぁ、あの愚物のことか。

  使命だ、運命だと、無駄な建前ばかり作って自分の存在を意味あるものにしようと必死になって・・・。

  いくら足掻いたところで、己の醜悪さの前には全て霞んでしまうだろうが」

  正直、こいつが何を言っているのか分からなかった。

  だけど言葉の所々に苛立ち、不快の感情が読み取る事はできた。

  そしてそれは露仁に向けられたものだ。

  「・・・さっさと死ねば、まだ救いはあっただろうに」

  その台詞に衝動的な感情が体の奥底から溢れようとした。お前は一体、じいさんの何なんだ、と。

  だけど、俺はその衝動をぐっと押さえつけて堪えた。俺には確かめないといけない事があるから。

  「・・・お前は、何を知っているんだ?」

  「さあな」

  「とぼけても無駄だ。全部、教えてもらうぞ」

  「俺が教えるとでも?」

  「その気が無くても力づくで聞き出す」

  「ふん。手が早いのは、相手が女に限った話ではなかったのか?」

  「今まで問答無用で襲いかかって来たお前が言えることか?」

  「ほう、言ってくれるな」

  俺と左慈の視線が今一度重なり合う。俺達の間に火花が散るっていうのはまさにこう言う事なのだろう。

  後ろから誰かが叫んでいるような気がするが、そちらに注意を向ける余裕は今の俺にはなかった。

 もはや戦う事は避けられない。俺は刃を構え直す。

 それに合わせて左慈も身を少し屈め、戦いの構えをとった。

  「あ、あのぅ〜隊長・・・。

  うちがここにおること・・・、忘れてあらへん?」

  「早くそこから離れろ」

  「そ、そうしたいんけど、こ、腰が抜けてもうて・・・」 

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  「・・・・、聞いてあらへんやろ〜」

  足に力を込め、俺は身体の重心を前に傾ける。

  俺は刃を振り上げ、そして力一杯に大地を蹴った。

  「ひ、ひぇぇえええ〜〜〜っっっ!?!?」

 

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  「そう、その姜維という少年と言葉を交わしたのね」

  「はい」

  成都城のとある一角。

  街全体を見渡る、絶好の場所に華琳と桃香がいた。

  桃香は成都の街を見渡した。ようやく復興の目処が立ち、かつての街の姿を取り戻さんとする民達の姿が多く見受けられた。

  だが一方で、街中で繰り広げられた戦いの爪痕もまた至るところに残っていた。

  桃香はその光景をあるがままに受け入れる。

  「これは、私が理想を追い続けた結果の代償。

  自分が選んだ道は決して間違っていた訳ではなかったと、今でも思っています。

  だけど、その理想の裏で苦しんでいた人達の存在を私は無視していた」

  その事実を、蜀の王は一人の少年によって気づかされた。

  「私は華琳さんや雪蓮さんのように強くはありません。

  でも、その強さは二人だけのもので、私には決して真似のできないもの。

  だから、私は私のままで強くなろうと決めました」

  しかし、桃香はそれを恥とせず、それを糧として前へと進める一歩へと変えたのだ。

  「それで?具体的にはどうするの」

  「分かりません。

  それは、これから自分と、そして皆と向き合って、その方法を見つけていこうと思います」

  「・・・・・・」

  以前であれば、間違いなく叱咤していただろう。

  そんな甘い考えで王が務まるはずがない、と。

  しかし、今の彼女に迷いはなく、己の足で確かにこの場に立っているのだ。

  そんな彼女の姿を見た華琳は口を開く。

  「以前、私はあなたに『王になるべきではなかった』と言った」

  「華琳、さん?」

  唐突に後ろから声をかけられ、桃香は自然と華琳の方に振り返る。

  「けれど、今のあなたを見て、その考えを改める必要があるわね」

  そう言う彼女は不敵に、しかし慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。

  「劉玄徳。あなたは、人の上に立つ『王に相応しい』人物よ」

  華琳の言葉に、桃香は頬を赤らめ満面の笑みを溢した。

  「華琳さん・・・!」

  桃香の笑顔につられて、頬が緩みそうになった華琳。

  しかし、それを寸前で止めたのはある光景が目に入ったからであった。

  「・・・あれは、何?」

  「え?」

  桃香も華琳の視線の先を見る。

  そこに見えたのは、遠目でも分かる程の広範囲に渡る砂塵。

  馬が走った跡か、工事によるものか、いずれにもに明らかに様子がおかしかった。

  「何だろう、誰かが喧嘩しているのかな?」

  怪訝そうな表情を浮かべる華琳。

  あの光景を見て、ただの喧嘩と片付けようとする友人(仮)の能天気具合に。

  再び砂塵が上がった場所に目を向ける。

  根拠はなかった。しかし、確信はあった。

  今、あそこに一刀がいると。

 

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   先に手を出したのは一刀だった。

  しかし、一刀が右側より横に薙いだ攻撃は不発に終わる。

  左慈は振り上げた右足の脛で斬撃を受け止めたのだ。

  (こいつ、武器じゃなくて足で止めたのか・・・!)

  剣と脚で拮抗する二人の攻防。

  競り合いする間もなく、左慈の足から蒼い炎が上がり、瞬間、爆発と共に刃を払い除けた。

  爆発によって後ろに弾かれた刃に一刀の身体が持っていかれ体勢は崩す。 

  一刀に体勢を整える隙を作らせまいと左慈は距離を詰める。

  「これで、終わりだ!」

  その短い台詞を言い終えると同時に、再度蹴りを繰り出そうとした。

  「くっ、させるかよ!」

  一刀の目に一瞬光が灯り、そして刃を握る手に力が入る。

  それに気づいた左慈は攻撃を直前で中止する。

  「はぁあああーッ!!!」

  両足が地についていない状態にもかかわらず、一刀は強引に刃を振り下ろした。

 

  ドゴォオッッッ!!!

 

  振り下ろした刃は左慈を捉えられず、その勢いのまま地面を叩き割った。

  砕けた地はその衝撃で砂塵と化して、空へ舞い上がった。

  「ちっ!

  ・・・だが、まだ使いこなせていないようだな!」

 

  ドガァッ!!

 

  「ぐぅっ!」  

  一刀の一撃を掻い潜り、左慈は今一度蹴りを放った。

  蹴りを腹部に受けた一刀は堪らず前のめりになり、更に左慈の蹴り上げを受けてしまう。

  「がっ、ご・・・っ!」

  蹴りは一刀の顎下を的確に捉え、その首が飛んでいってしまうのではないかとばかりに頭部は打ち上げられた。

  そして、とどめと言わんばかりに、左慈は一刀の頭部を狙って回し蹴りを放つ。

  二度の攻撃をまともに受け、意識が飛んでいた一刀にこの蹴りを受け止める事は出来なかった。

 

  ズドォオオン―――ッッッ!!!

 

  恐らく、それは大型トラックに跳ねられた様な、爆弾が爆発した様な、そんな轟音。

  左慈の蹴りによって、一刀の身体は捻りと回転を加えて吹き飛ばされた。

  吹き飛ばされた先には新鮮な野菜、果物が店先に並ぶ八百屋。

  野次馬はもちろん、店の店主も慌ててその場から逃げ出した。

  その直後、一刀は品物が置かれた台に激突した。

  木製の台は当然に砕け、置かれた品物の野菜や果物は宙を舞い、無惨な姿に変わり果てた。

  「・・・・・・」

  その光景を冷めた目で見る左慈。

  舞った物が地面に全て落ちた事を確認した上で、一刀の様子をうかがう。

  砕けた台の破片や潰れた野菜、果物の下敷きとなり、まさに埋もれた状態であった。

  自身の攻撃を三度受けた事でもはや虫の息か、そう考えた。

  止めをさすべく、左慈はゆっくりと一刀の元へ歩み寄る。

  しかし、左慈は気づいていなかった。

  虫の息となったものの中で小さい火が燻り、次第に大きな炎へ変わっていた事に。

  その事に左慈が気づいた時、瓦礫の山から人影が飛び出した。

  「はぁあああーーーッ!!!」

  再び飛び散った破片を物ともせず、一刀は刃を両手に握り締め、一歩の踏み込みのみで左慈との距離を一気に詰める。

 

  ブォンッ!!!

 

  風を切る音。

  一刀は左慈に斬りかかった。

  対して左慈は慌てる事なく、手の甲で斬撃の軌道を軽く流した。

  一刀は刃の刀身の向きを変え、もう一度左慈に斬りかかる。

  だが、これも左慈は最低限の動きで回避した。

  またしても自分の攻撃は空を切る。

  しかし、一刀は攻撃を緩めなかった。

  「ふん、はっ、せやぁっーーー!!!」

  繰り出される連続斬り。足に地を着ける間もなく、一刀は攻め続ける。

  左慈は斬撃の軌道を瞬時に読み取り、時に受け流し、時に回避して、淡々と機械的に対処していく。

  「はぁああッ!!」 

  受け流され続けても諦めず、一刀は攻撃を続けた。

  その時、彼の瞳が金色に変わり、目つきも鋭くなった。

  それと呼応するかの如く、すでに放たれた斬撃の軌道が大きく変わる。

  本来ならばあり得ない位置から刃が左慈に迫っていく。

  突然の斬撃の軌道変更に、左慈は目を見開く。

  瞬時に危機を感知し、その場から大きく後退した。

  微かではあったが、一刀は手応えを感じた。

  見れば左慈の片頬に切傷ができ、一筋の血が流れていた。

  「・・・・・・ちっ」

  思わずの舌打ち。

  先程までの無表情は何処へと消え、左慈は苛立ち、不快そうな表情をしていた。

  頬の血を手で拭うと、左慈は力強く地面を蹴り、再び一刀との間合いを詰めていく。

  「でやぁっ!!」

 

  バシュンッ!!

 

  空気を切り裂く音。

  目に止まらぬ瞬足から繰り出された蹴り。

  しかし、切り裂いたのは空気のみ。

  刃を持たない反対の腕で、一刀は難なく受け止めた。

  ただそれだけの行動。

  だが、それだけで先程までの一刀とは違う、と確信するには十分だった。

  「こいつッ!はぁあああ―――ッ!!」

  今度は左慈から繰り出される連続の蹴り技。

  目にも止まらぬ速さ、しかし一刀はそれらを全て片腕のみで受け続ける。

  ある瞬間、一刀は蹴りを受け止めずに回避行動に移った。それと同時に刃を両手で握り締める。

 

  ドォオオオンッ―――!!!

 

  斬撃とは明らかに違う音。

  一刀が放った攻撃は胴抜き。

  刃は左慈の腹部を捉え、抜き切ると同時に青い爆炎、左慈の身体は炎に包まれて吹き飛ばされる。

  青き斬撃が宙に残像として数秒程残り、一刀の身も青い闘気に包まれていた。

  吹き飛ばされた左慈の方は、修繕中であると思われる、閉じられた建物の戸を木っ端微塵に粉砕した。

  激突に伴う轟音は続く。二つ、三つ、四つ・・・。

  轟音と共に空へ舞い上がる無数の破片と砂塵。

  「はぁ、はぁ、はぁ・・・」  

  大きく肩で息をする一刀。

  これで終わったか、否、そんなはずはない。

  一刀には確信があった。

  今一度見る宙に上がった破片と砂塵。

  突然として砂塵が爆散する。

  その衝撃で砂塵は弾かれ、更に細かく拡散する。

  その中から現れたのは蒼い炎を身に纏った左慈。

  「ふん、はぁああッ!!」

  蒼い炎に包まれた身体で、地上の一刀の姿を捉えた直後、空中を蹴り、迷いなく突撃した。

  それは、拳銃から撃たれた銃弾の如く。

  回避は不可能と判断した一刀は刃を構え直し、防御の体勢をとる。

 

  ガッゴォオッ―――!!!

 

  体の芯にまで鈍く響く、重々しい衝突音。

  左慈が放った右拳と刃の刀身が激突した。 

  その衝撃は直下の地面を砕き、周囲の建物達は衝撃で震え、脆弱なものはそれだけで屋根の瓦は砕け、柱は傾いた。

  遠巻きに見ていた人間達は何もない場所で転げ、吹き飛ばされる。

  ただの喧嘩とは明らかに次元の越えた戦いに恐れ慄き、逃げ惑う人々の中には真桜、稟、風の姿もあった。

  もっとも、二人の戦いの間に挟まれていた真桜は白目を向いて仰向けに倒れていたが。

  「一体、私達は何を見せられているのでしょうか・・・?」

  稟の至極当然の疑問。

  一刀の剣戟、左慈の徒手空拳。

  相反する二人の攻撃は噛み合わない。

  されど実際は拮抗しており、剣が、脚が、交わる度に青と蒼の炎が弾け、残像を残す。

  筆舌に尽くしがたいこの戦いを果たして、

  言葉だけでどれだけの人間に信じさせる事が出来るだろうか。

  「ぅ〜・・・」

  「寝るな!」

  バシッと、鼻提灯を作って寝息をたてる風に突っ込みをいれる。

  鼻提灯は割れ、はっと目を覚ます風。

  「おぉ〜、夢かと思い、眠れば目を覚ますかと思いましたが、まだ風達は夢の中にいるようですねぇ」

  「現実逃避した所で無駄ですよ」

  「むむむ・・・」

  「むむむ、ではありません」

  「と、言われても〜。このままでは成都は跡形も残さず、この世から消えてしまうかもしれませんねぇ〜」

  「過ぎたことは言わない!

  この騒ぎを聞き付けて、成都の警備隊が来るとは思いますが・・・」

  「実際、止められそうなのは霞ちゃんや愛紗ちゃんあたりかとぉ・・・」

  正直そのあたりでも怪しい気がする、と思ったが風はそれ以上敢えて言わなかった。 

  今、二人の戦いはこの地域のみで留まっているが、決着が着かなければ成都の街全域が戦いの場になる、

  そんな様相を見せていた。

 

 

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  華琳と桃香が二人の戦いを目撃する少し前の事。

  成都のある地区へと場面を移す。

  ここは戦闘があった区画から離れていたこともあり、

  さほど損害は少なく、以前の賑わい程ではないが、活気は十分にあり、戦が終わりを迎えた事でかつての日常を取り戻しつつあった。

  「よかったの〜。皆、元気そうで!」

  「この辺りは直接被害があった区画ではないようだ」

  昼にはまだ早い時間、喧噪の中に沙和と凪の姿があった。

  「だけど、戦場になった場所は・・・」

  そう言うと、沙和から明るかった雰囲気は消え、曇った表情を浮かべた。

  「あぁ、特に城に続く大通りは酷いものだった」

  ここに来る道中、凪は戦場の跡地を確認していた。

  死体検分が追い付いていないせいか、蜀軍・正和党の兵士達の遺体はいまだ多く取り残されていた。

  通りに並ぶ家屋などの建造物の多くが破損していたが、ある程度に形は残っていた。

  しかし、数多の人間の血がこびり付き、洗っても洗い流せない。

  開けた大地での戦とはまた異なった凄惨な光景がそこにはあった。

  「いっぱい、人が死んだんだよね?」

  「あぁ・・・」

  戦とはそういうもの。戦えば誰かが死ぬ。大規模になれば数千、数万の犠牲にもなるだろう。

  「本当は、必要のない戦・・・だったんだよね?」

  「・・・あぁ」

  しかし、此度の戦は過去のそれとは事情が異なった。

  悲しい行き違いと、一人の悪意に翻弄された結果、引き起こされた戦だったのだ。

  「沙和たち、何もできなかったの・・・かな?」

  「それは・・・私にも分からない」

  沙和の問いに、凪は淡々と答える。

  問う沙和の辛そうな声に、凪は正面から受け止める。

  華琳と一刀は止めたが、自分達がこの戦に介入していたならば、あるいは被害を抑える事は出来たのではないか。

  「沙和・・・」

  負の堂々巡りをしかけていた彼女に、凪は声をかけた。

  「全ては終わったことだ。もしも、なんてことを考えても意味がない」

  それは非情にも思える友人の言葉。

  今更に仮定を提示したところで、それは何ら意味もない。

  それは沙和も重々に理解していた。だからこそ、沙和の胸は強く、強く締め付けられる。

  「う、うん・・・そう、だよね。えへへ・・・」

  乾いた笑い。無理に笑って、無理に笑おうとする沙和。

  こんな時、気の利いた事が言えたならば。

  どうしようもなく口下手な自分を凪は恨んだ。そして耐え切れず、凪は沙和から目をそらした。

  そんな時だった。

  「きゃっ!」

  「あっ!」

  短い悲鳴が聞こえ、凪は顔を上げる。

  後ろに転びそうになった沙和の姿を見て、咄嗟に動く。

  そして、転ぶ寸前のところで凪は受け止めた。

  「大丈夫か?」

  「う、うん。沙和は大丈夫・・・、あ!」

  沙和は慌ててもたれかかっていた身体を起こす。

  「ご、ごめんなさいなの!沙和ちゃんと前を見て、いなくて・・・」

  どうやら沙和は誰かとぶつかったらしい。

  不注意でぶつかってしまった相手に謝ろうとしたが、相手が相手だったため途中で言葉を失ってしまった。

  「蓮華、様・・・?」

  凪は沙和がぶつかった相手の真名を呟いた。

  

 

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  「双子の」

  「兄弟」

  短い単語を呟いた後、凪と沙和は互いの顔を見合わせてから改めて蓮華に向かい直した。

  「「隊長に?」」

  タイミングを合わせた訳ではないが、二人の声が重なる。

  場所は変わり、ここは一軒の茶屋。

  内装は絢爛豪華とは言わないものの、一定の格式はあるでろう雰囲気。

  店の軒先に設置されたの正方形状の四人用テーブルに腰を掛ける蓮華、凪、沙和。

  なお、蓮華の背後より一歩離れた場所に護衛役の思春が立っていた。

  彼女達の反応をみて、蓮華は軽く溜息を吐いた。

  「その様子だと、その可能性はないってことね。ごめんなさい、変な事を聞いてしまって」

  「そんな、謝るようなことでは!」

  「でも蓮華様、どうして隊長に兄弟がいるって思ったの?」

  「大した理由ではないわ。

   ・・・ただ、彼によく似た人物に出会ったものだから」

  「隊長によく似た人、なの?」

  「一体、それは?」

  「えぇと・・・、何といえば良いのかしら。その・・・」

  凪と沙和の疑問に、蓮華はどのような回答を示せば良いのか考えあぐねていた。

  そんな彼女の様子を見かねたのか、自ら一歩引き、その会話を聞いていた思春が動く。

  「蓮華様、差し支えなければ私の方から」

  「思春?けれど、わざわざ話を広げるようなものでは・・・」

  「お前達は、朱染めの剣士の噂は知っているか?」

  朱染めの剣士。単語がでた瞬間、蓮華は間の悪そうな顔をする。

  「それって、たしか全身血塗れの姿をしている、謎の人・・・なの?」

  「噂は度々。

  ですが、噂は噂でしかなく、いずれも曖昧なものばかりで、本当に実在するのかどうか」

  「我々は、幾度もその者に遭遇している」

  「えぇ!?」

  思春の証言に沙和は反射的に驚いた。

  「沙和、声が大きいぞ。

  ですが、それと先程の質問がどのように繋がるのでしょうか?」

  「問題なのは、その者が『北郷一刀』に酷似していた、ということだ」

  「「えええっ!?」」

  思春の更なる証言に、沙和だけではなく凪も声を上げて驚いた。

  「二人とも、声が大きいわ。周囲にも人がいるのだから。

  ・・・けれど、そういう反応になるわよね。だから言うのを躊躇ったのよ」

  「な、成程・・・。ですが、それは確かなのですか?」

  「分からない。顔立ちは確かに似ていたけれど、雰囲気が大分違っていたから」

  「あ!もしかしてあの時、隊長の事を見つめていたのって!」

  沙和に言われ、蓮華あの時の事を思い出す。

  北郷一刀の顔を確かめようと覗き込むように見ていたら、その本人には困惑され、

  更に華琳や雪蓮にからかわれてしまった事を。

  思い出すと同時に、恥ずかしさも込み上げてきた蓮華の顔は赤面した。

  「あ、あの時は、完全に誤解を招いてしまったのだけれど・・・」

  恥辱から声が上ずる蓮華。

  凪はそんな彼女ではなく、敢えて思春の方に尋ねた。

  「思春様はどう思われているのですか?あなたも面識があるようですが」

  「私の認識も蓮華様と相違はない。顔は似ているが、本質の部分では別人に思えた。

  かといって、ただの他人の空似とも思えなかったのもまた事実だ」

  「えぇ。それこそ、『北郷一刀』が二人いるような・・・」

  「えー、隊長がこの世に二人いるって、さすがにないと思うの〜」

  蓮華の考えに、沙和は苦言を呈した。常識的に考えても同じ人間が二人もいるはずがない。

  天の御遣い、天の国であれば、などとも考えたが、それはさすがに都合が良すぎる解釈だろう。

  「確かにそうね。

  ごめんなさい、つまらない話をしてしまって」

  「いえ、そんなことは・・・」

  二人にとって、蓮華の話は決してつまらない話ではなかったが、内容が内容なだけに半信半疑な印象をもつ事となった。

  そんな話を一区切りをつけんと、思春は咳ばらいをして、三人の注意を引き付けた。

  「蓮華様、この件に関してはまだ公にすべき事ではないと思います。

  お前達も、今話したことは内密にして欲しい」

  「はい、承知致しました。沙和、お前も・・・」

  「え〜。どうしよっかな〜なの」

  「こら、沙和!」

  「沙和も難しい話はもういいかなって思うの。

  で〜も〜、沙和は・・・ちょっと分かっちゃったかもなの♪」

  そう含みのある言い方をしながら、沙和は蓮華に視線を向ける。

  「な、何が分かったのかしら?」

  「え〜、言っちゃって良いんですかぁ〜、蓮華様?」

  にやにやとからかうように沙和は蓮華に問う。しかし一方で、蓮華には沙和の意図が掴めかねていた。

  少し前まで泣きそうな顔をしていた沙和がうって代わって楽しそうに意地悪な顔をしている。

  そんな彼女に案著するべきなのか、それとも戒めるべきなのか、凪は考えあぐねていた。

  そうしていると沙和との認識の差に、蓮華はしびれをきらした。

  「だから、一体何を・・・!」

  「ずばり!蓮華様は、その剣士さんが好きってことなの!」

  「ぶふぅっ!?」

  「な、ななな・・・!?」

  「そ、そ、そ、そうなのですか!?れ、蓮華様!」

  沙和の爆弾発言に、三者三様の反応をする三人。

  「ご、誤解しないで頂戴!

  確かに、彼は気になる存在ではあるのだけれど、決して、そういう意味ではなくて!

  というか、どうして思春が一番動揺しているのよ!」

  「も、申し訳・・・ありません!」

  「えぇ〜、本当に誤解なの?

  隊長に似ているってことはぁ、剣士さんもきっと格好いい人だと思うの。

  だから、蓮華様は一目惚れしちゃったんじゃないのかなって♪」 

  沙和に問い詰められ、元々赤くなっていた蓮華の顔は更に赤く染まり、より一層動揺する。

  「ひ、一目惚れなんて!

  実際にあの人と会ったのだって、助けてもらったあの二回だけで、言葉を交わしたのだってほんのわずかで、

  どんな人かも何も分からなくて・・・」

  明らかな動揺から、息を荒げ、早口になる蓮華の姿を見て、沙和は予感を確信へと変えた。

  沙和は更に蓮華に揺さぶりをかける。

  「へぇ〜、助けもらったの!しかも、二回も!?その時のこと、詳しく聞きたいの!」

  「こ、こら、沙和!あまり蓮華様を困らせては!」

  「凪の言う通りだ。

  沙和、これ以上蓮華様を辱める発言を続けるのであれば・・・」

  困り果てていた蓮華に助け舟を出さんと、凪と思春が沙和の勢いを止めようとする。

  だが、そんな二人を見て、沙和は引き下がるどころかにやりを小悪魔のような表情を浮かべた。

  「でもでもぉ、二人とも気にならないの?

  蓮華様が、剣士さんの事を、どう思っているのか、気にならないの〜?」

  「「・・・・・・・・」」

  「し、思春・・・、凪・・・?」

  途端、無動となり沈黙する二人。

  そんな二人の様子を見て、蓮華は恐る恐る声をかけた。 

  「れ、蓮華、様・・・」

  「どう・・・なのでしょうか?」

  四面楚歌ならぬ、三面楚歌。三人の視線が蓮華に注がれるこの状況下。

  ここに自分の味方はいなくなってしまった。

  しかし幸いな事か、まだ一面のところから逃げ出せる事に蓮華は気が付いた。

  「も、もう!三人とも、いい加減にして頂戴!」

  急いで席を立ち、三人の包囲網から脱する蓮華であった。

 

 

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  それは人の流れに逆らい、しかし、それは誰にも気づかれる事なく。

  それはこの場所に似つかわしくない、異様な存在であったが、それは人ごみの中に掻き消される。

  しかし、確かにそれは存在していた。

  一歩、一歩と不自然なく、誰に気取られる事もなく、蓮華に近づいていく。

  「も、もう!三人とも、いい加減にして頂戴!」

  沙和達から距離をとった蓮華は丁度良く人ごみの方に背を向けていた。

  それの左手がゆっくりと、蓮華の背中へと伸びていく。

  そして、中指の先端が彼女に触れる・・・。

 

  ブォオンッ!!

 

  まさにその瞬間。一瞬の空を切り裂いた音。

  今この瞬間まで存在していなかったはずの者の介入。

  実際は、蓮華に触れようとした左手を切り落とさんと一振りの刀が振り下ろされた。

  だが、それより先に男が左手を引っ込めたため、刀は空を斬ったのだった。

  「・・・っ!?」

  自身の背後で行われた一瞬の攻防。

  遅れて振り返った蓮華の目に映るのは、

  異様な雰囲気を漂わせる見知らぬ長身の男と、血の様な朱色を纏う見覚えのある男の二人。

  「あなたは・・・」

  朱染めの剣士は蓮華の声に応えない。

  彼女に背を向け、彼は自身の間合いより離れた場所にいる女渦と対峙する。

  蓮華に関心がないだけなのか、それとも、女渦から彼女を守るため身を挺しているのか。

  明らかに異様な雰囲気に、通りを歩いていた人間達は喧嘩が始まるのかと野次馬と化する者や

  その場から急ぎ離れようとする者とでこの場は入り乱れ始めていた。

  「蓮華様、お下がりを!」

  ただならぬ気配を察知し、思春は蓮華をその場から離れさせ、自身の背後に隠した。

  凪と沙和も前に出て、眼前の男二人に警戒する。

  そんな彼女達の事などまるで眼中にないと言わんばかりに、顔を少し俯き、眼鏡の位置を直す動作をとる。

  そして、無表情であった男の口角が上がる。

  「あは、あはは、あははははははははははッ!!」

  狂ったように、空に向かって高笑いする男の姿は狂気に満ちていた。

  「そうだよね、そうだよねぇ〜。君ならそうするよね〜♪

  孫権ちゃんにストーキングしていれば、我慢できずに君は出て来ざる得ないよねぇ!」

  「・・・・・・」

  狂ったような禍々しい瞳を向けられても、表情は変わらない。しかし、刀を握る手に力が込められる。

  「ようやく見つけたぞ、女渦。・・・お前を、殺す!」

  「ふ、・・・ふふ、ふふふ、あっははははははっはははははッ!!!」

  大袈裟に、馬鹿にしたような高笑いが街中に響く。

  「殺す?この僕を?君が?

  いやいやいやぁ〜、その冗談は何度聞いても笑っちゃうよー!あっはははは・・・!」

  刀の先端を女渦に向けて牽制する。

  肝心の女渦は笑うのを途中で止め、両手を顔の横まで挙げ、わざとらしく驚いた。

  「・・・もう、殺らせはしない。彼女は、お前の玩具じゃない!」

  その台詞を聞いて、女渦は眉をひそめ、口をとがらせる。

  「勘違いしているようだけど、僕は別に孫権ちゃんに興味はないよ?

  むしろ、興味があるのはぁ、君の方かな?」

  「・・・?」

  「君はあの時、確かに死んだ。間違いなく死んだ。なのに、君はまだ生きている。

  『向こう』の介入があったのは、明白だろうだけど・・・さ。

  全てを失った君を突き動かすのは一体に何なのかなぁ、ってさ」

  「ふざけるな!」

  「ふざけてないよ、本気だよ!だって僕には興味があるんだ。

  だって無駄じゃん、君がやっている事は。無駄な事をして何の得があるの?

  教えてよ、かz・・・」

  「・・・黙れッ!」

 

  ブォン―――ッ!!

 

  女渦との間合いを一瞬で詰めると、迷いなく斬りかかる朱染めの剣士。

  だが、その剣先は女渦には届かない。

  自身の身丈よりも遥かに高い位置まで女渦は豪快に飛び跳ねたのだ。

  着地点は地面ではなく、通り向かい側の一軒の屋根の上。

  そのままのろりと立ち上がると、女渦の影が剣士を飲み込んだ。

  「ククク・・・!良いじゃないか、良いじゃないかッ!最ッ、高ッ、じゃないかぁ!!」

  「勝負だ、女渦!!」

  刀を構える朱染めの剣士。

  その姿を愉快な笑みを浮かべて見下ろす女渦。

  「無論、受けて立つよ!

  と、その前に・・・」

  女渦は剣士から目をそらす。その先には蓮華、思春、凪、沙和がいた。

  「折角だから、君のために余興をちょっと用意したんだよ。

  洛陽で戦闘に関する情報をたっくさん集められたから、それなりに手応えがあると思うよぉー♪」

  「戯言を。お前を殺す以外に興味はない」

  女渦の発言から例の傀儡の兵士達を繰り出すつもりだと、剣士は察した。

  だが動じない、為すべき事はただ一つであったために。

  「果たして本当にそうかな?

  さぁ、血に濡れた君よ!!

  せいぜい足掻き、この僕を!楽しませておくれ!!」

  両腕を大きく広げると同時に現れる、漆黒の影が数十。

  洛陽を襲った黒い鎧を身に纏った傀儡の兵達が一斉に襲い掛かった。

  傀儡兵達は互いの動きを阻害しないよう、阿吽の呼吸が如く連携を展開する。

  先に四体の傀儡兵が朱染めの剣士を四方から囲むと、手甲より延びた剣を朱染めの剣士に向かって振り下ろした。

  「―――ッ!」

  四方向から放たれる四つの斬撃。

  その軌道の合間を縫うように、剣士は身を躱し、右より迫る傀儡兵に近づく。

  剣士は右手に携帯していた刀を逆手に持ち変えると、そのまま傀儡兵の胴体を裂いた。

  

  ザシュッ―――!!!

 

  鎧、骨、それらの抵抗など関係はないと、サクッと恐ろしく軽々と傀儡兵の身体を二分にする。

  剣士は間髪入れず、刀を右手から左手に持ち変えると、今度は前面より襲い掛かってきた傀儡兵の喉元に一突きを入れた。

  初手の攻撃で二体も戦闘不能にされ、残った二体の傀儡兵は剣士から距離を取る。

  それに合わせて新たな傀儡兵達が剣士に攻撃を仕掛けていく。

  剣士は傀儡兵の喉を貫いた刀を引き抜くのではなく、薙いで首を斬り裂く。

  新たに襲い掛かってきた二体の傀儡兵が放った斬撃を刀で巧みに捌き、一息、体勢を整える。

  隙ありと、朱染めの剣士の背後を取った二体の傀儡兵が同時に突きを放った。

  だが、剣士はそれに合わせて上へ飛ぶ。

  傀儡兵の剣は空を切った。

  宙に舞った体を返して剣士は刀を振り上げる。

  そして、背後の傀儡兵に向かって振り下ろした。

  

  ザシュッ―――!!!

 

  朱染めの剣士の繰り出した兜割り。

  傀儡兵は頭上から胴体を真っ二つにされる。

  残る一体は地上に降りた剣士に、もう一度攻撃を繰り出そうと剣を振り上げた。

  だが、剣を振り上げた瞬間、その胴体は剣士の刀に貫かれていた。

  振り上げられた腕が力なく降ろされるのを確認すると、剣士は刀を骸と化した傀儡兵から引き抜いた。

  この間、わずか数秒の、瞬きする間もなかった出来事だった。

  それでも絶えず、朱染めの剣士を取り囲む傀儡兵達。

  その動きは奇異なものであるが、規則正しく、文字通りの傀儡そのもの。

  四体一組で対象に攻撃を仕掛け、一度攻撃を行った後は追撃などはせず、対象から距離を取る。

  組んでいた傀儡兵が倒れたとしても、残った傀儡兵達は即座に他の傀儡兵と四体一組をとる。

  しかし、朱染めの剣士は傀儡の兵達に囲まれたとしても動じない。

  己がすべき事は明白であり、ここで倒れる理由がないからだ。

  故に、何度と襲い掛かる傀儡の兵達が襲い掛かろうとも難なく躱し、そして斬り進む。

  「はぁっ!」

  「やぁあっ!」

  一方、凪と沙和は互いに背を預けた体勢で傀儡兵達の攻勢を凌いでいる。

  洛陽で戦ったそれと同じ傀儡兵ではあるも、苦戦を強いられていた。

  凪が気を纏った打撃を叩き込み、一体倒す。

  そんな凪に別方向より襲い掛かる傀儡兵の攻撃。

  それを沙和が双剣で受け止め、払いのける。

  二人が連携をとる事でようやく傀儡兵一体を倒せる。

  それが限界であった。

  「凪ちゃん、大丈夫?」

  「あぁ。

   だが、これでは気を練れない!」

  凪は気弾を傀儡兵の群れに飛ばして一掃しようと考えるも、向こうはそんな隙を与えまいと容赦なく攻め立てる。

  それはまるで、こちらの考えが向こう側に見抜かれているようだった。

  「ふんっ!」

  「はぁあっ!」

  蓮華と思春は彼女達のそれと異なり、思春は傀儡兵の攻撃に合わせて『カウンター』を駆使して薙ぎ倒す。

  そして、思春が討ち漏らしたものを蓮華が防御主体で対処する。

  「蓮華様、お怪我はありませんか!」

  「えぇ、あなたのおかげよ!」

  しかし、こちらも決して優勢ではなく、一応に拮抗状態を維持する事が精一杯であった。

  

  つい先程まで平穏であったはずの街の大通り。

  傀儡兵達が現れた瞬間、悲鳴がこだまし、戦いの場から急ぎ離れようと逃げる者達で溢れ返っていた。

  この通りを巡回していた警護兵達もこの騒ぎを聞きつけ、人波に逆らい、遅れてこの場に到着する。

  しかし、異様な姿の傀儡兵に困惑し、怖じ気づく者さえいた。

  それでも街を守るべく、武器を取って果敢に戦おうとする者もいたが―――。

  「でやぁあっ!!」

  

  ザシュッ―――!!!

 

  「ぎゃあああっ!!!」

  一介の警護兵の力では太刀打ち出来るはずもなく、敢無く返り討ちとなってしまう。

  

  この通りで繰り広げられる戦いを一人、蚊帳の外から展望する女渦は呟く。

  「ふぅん・・・、

  颯の動きにはある程度規則性がある。設計上、こればかりはどうしようもない。

  恋姫が相手だとすぐに見抜かれて対処されてしまう。

  攻撃を含めた行動パターンをあと3個は用意しても良さそうだな。

  ・・・でも、それにはもっと情報が必要だ。

  さすがに今回はそこまでの時間はないだろうから、また今度にしよう」

  そんな考察を終え、女渦は左の方向に目をやった。

  女渦の視線の先には、幾つもの砂塵が舞い上がる光景。

  そこでは、一刀と左慈の二人が常人の域を超えた攻防を展開していた。

 

  

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  「突きィ―――ッ!!!」

 

  ドンッ―――!!!

 

  右足で地面を蹴った瞬間、その音と同時に地面が大きく抉れた。

  刃の刀身を水平に構えた一刀は一瞬で左慈との間合いを縮め、渾身の突きを放つ。

  一刀との攻防で体勢を崩していた左慈はその突きを回避する事が出来ない状態だった。

  「く・・・っ!」

  奥歯を強く噛み締める左慈。

  彼の眉間を刃の切っ先が捉えていた。

  だが、切っ先は眉間を貫く事はなかった。

  「ぬぅうううっ―――!!!」

  苦虫を奥歯で噛んだような表情。

  刃の切っ先と左慈の眉間には紙一枚程の隙間。

  刃の刀身を蒼い炎に包まれた両手で挟み込む、左慈の真剣白刃取り。

  間一髪で致命傷は避けたが、一刀の渾身の突きによる衝撃までは無力化出来なかった。

  一刀が刃の柄から手を離すと、左慈は刃の刀身を受け止めた体勢を崩す事なく、

  両足で地面を削り取りながら後方へと大きく下がっていった。

  左慈が過ぎ去った後に遅れて、炎を纏った突風が発生する。

  突風で家屋はガタガタと音を立てて震え、更にその振動で窓は割れていく。

  外に放置されていた道具や洗濯物が突風に巻かれて空へと吹き飛ばされていくのであった。

  突きにより生じた衝撃は、隣の区画まで後退したところでようやく無力化する事が出来たようだ。

  「ぐ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」

  肩で大きく息をする左慈。口元から噛み締め過ぎた反動から血が流れ落ちた。

  刃を粗末に投げ捨てると、左慈は口の中に溜まった血を足元に向かって吐き出した。

  「クソ・・・ッ!」

  悪態をつき、左慈は口元の血を手の甲で拭い取る。

  左慈は余裕を失っていた。

  力を使いこなせていなかったはずの憎き男が、自分との戦いの中でそれを使いこなし始めている。

  なんという皮肉。それが左慈には不愉快で堪らなかった。

  そんな左慈の視界に、彼方より近づいて来る影が飛び込んできた。

  その影の正体は、無論、言うまでもない。

  一刀はその身から青い火を飛び散らせ、真っ直ぐに、愚直なまでに真っ直ぐに左慈に向かって行く。

  左慈は戦いに備えて構え直す。

  自分の得物を持たないまま、正面からぶつかるつもりか。

  何という愚。

  純粋な格闘で、こちらが遅れをとるわけがない。

  待ち構える気など毛頭ない。

  左慈は気の流れを操るように、力を発現する。

  そして、彼の身体から蒼い炎が溢れる。

  「・・・・・・はっ!」

  その掛け声とともに低い姿勢から前へと飛び出す。

  猪突猛進に駆け抜ける一刀と地面を滑る様に駆け抜ける左慈。

  この時、左慈は一つ勘違いをしていた。

  一刀が素手で立ち向かって来るものであると。

  それに気づいたのは、二人の間合いが重なった時だった。

  一刀は左手を動かす。

  その手が向かったのは、腰に下げられた刃の鞘。

  「ぐっ!?」

  瞬時に理解した左慈は先手を取らんと貫手を放った。

  だが、左慈の先手は不発に終わる。

  一刀は左慈と接敵する直前で地面を蹴って飛んだ。

  左慈の上を通過していく一刀。

  一刀が着地した時、二人は互いに背を向けあっていた。

  「・・・ぬっ!」

  「・・・ふッ!」

  二人は振り返る。

  左慈は振り返りざまに再度貫手を放った。

  

  ゴギィッ―――!!!

 

  「ぐ、ぐぉおおお―――っ!?!?」

  骨が砕ける鈍い音。

  貫手を放つために伸ばした右腕が、本来曲がるはずがない方向へと曲がる。

  何故ならば、一刀が右手に持ち変えた鞘が左慈の右肘を打ち込んでいたからだ。

  肘を砕かれた痛みに顔を歪める左慈。

  有効打をとれた一刀はすかさず左慈に追撃を開始する。

  「はぁあああッ!!!」

  一刀は鞘で左慈の頭頂部を殴る。

  「がは・・・っ!」

  ゴリッと皮膚を抉るような感触。

  鞘で殴られた左慈の頭部から血が飛び散った。

  完全に怯んだ左慈に、一刀は容赦なく鞘で打ち込み続ける。

  一打、二打、三打・・・。

  左慈は一方的に一刀の攻撃を浴び続ける。

  「・・・ごっ、はっ―――!」

  反撃の様子はない。

  戦意喪失している様に見えた一刀はとどめと左慈の鳩尾を狙って突きを放った。

  しかし、放った突きは阻止される。

  「な、何ッ!?」

  目を丸くする一刀。

  戦意喪失などしていなかったのだ。左慈がは鞘を握り、攻撃を防いでいた。  

  「調子に・・・、乗るなぁッッ!!!」

  その叫びとともに放たれた渾身の蹴り。

  「が、はぁあッ!!!」

  蹴りが一刀の右脇腹に深く入り、それと同時に蒼い炎が爆ぜる。

  爆風とともに一刀は吹き飛ばされる。

  一刀は受け身を取れないまま、地面に落下し激しく転がっていった。

  左慈の身体は右肘の破壊、打撲による全身内出血と頭部の出血、いずれも重症と言える怪我を負っていた。

  だが、そんな彼を蒼い炎が包み込む。

  炎が消失すると、先程まであったはずの怪我も全て消失していた。

  「・・・・・・」

  左慈は右肘の具合を確かめる。

  砕けていたはずの肘は問題なく動く。

  「傷が、・・・はぁ、一瞬で消えるとか、・・・はぁ、チートすぎる、・・・だろう。がは・・・ッ!」

  右脇腹を押さえる一刀の口から血反吐が吐き出される。

  先程の蹴りで肋骨は折れ、更に内臓にまでダメージが入ったのだろう、喋るだけで激痛が全身を駆け巡る。

  だが、その痛みはすぐに解消される。

  一刀の身体が青い炎に包み込まれる。

  そして炎が消失した瞬間、痛みは完全に消失していた。

  「・・・チートを使っているのは、俺も同じ、か」

  これまでの事を振り返れば、それは当然の帰結。

  自身に宿るこの得体の知れない力。

  これを使いこなせるか、不安は今もある。

  そんな不安がよぎると決まってあの老人の言葉が蘇る。

  それはただの言葉。

  しかし、その言葉が一刀の中に生まれた不安を掻き消していく。

  だからこそ、今この場に立っている。

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  再び対峙する一刀と左慈。

  二人の間に交わされる言葉はなく、静寂が二人を包み込んだ。

  「はッ」

  先に静寂を止めたのは一刀だった。

  右手に持っていた鞘を左慈に目掛けて投げる。

  「ふんっ!」

  鉄で拵えた鞘。左慈は一蹴りで難なく叩き折る。

  左慈が再び一刀の方に目をやると、自分に対して背中を向ける姿が入ってきた。

  その行動の意味はすぐに分かる。

  一刀の向かう先には、左慈が投げ捨てた刃が落ちていた。

  当然、左慈は拾わせまいと行動に移す。

  左足を上げると、勢いをつけて地面を踏み込む。

  すると、地面に亀裂が入り、切り取れる形で巨大な土塊が左慈の目の前に隆起する。

  左慈は土塊に向かって渾身の回し蹴りを放つ。

  左慈の蹴りにより土塊は砕け、人一人を覆う程の土塊が一刀に向かって飛んでいく。

  左慈は更に土塊を無作為に蹴り続ける。

  蹴り砕く度に幾つもの土塊が一刀に飛んでいく。

  一刀の走る速度を超える勢いで迫りくる土塊。

  早く、速く、と焦り、駆ける一刀。

  自分の得物はもう三,四歩先にある。

  一刀は意を決し、刃に向かって右手を伸ばし、飛び込んだ。

  そして、刃に届いた。

  

  ザシュ―――ッ!!!

 

  目前に迫っていた土塊を振り返りざまに刃で切り裂き、二分に分断した。

  分断された土塊は本来の軌道を逸れ、一刀の横を過ぎていった。  

  だが、他の土塊が次々と飛んでくる。

  「はぁああああああッッ!!!」

  両手で握り直した刃に力を込める一刀。 

  刃の刀身を青い炎が走る。

  大きく振り上げた刃。

  奥歯を強く噛み締めると同時に、渾身の右袈裟斬りを放った。

  一刀が放った斬撃は青い残像の如く、巨大な刃と化して、迫っていた土塊を全て砂へと変えていった。

  たった一撃で複数の対象を撃破した一刀。

  だが、肝心の男にその一撃は届かなかった。

  体を捻らせ、青い斬撃を掻い潜る左慈。

  掻い潜ると当時に、身体の回転を加えた蹴り下ろしを一刀に放った。

  一刀は振り下ろしていた刃を刀身を返し、左慈の蹴りに合わせて切り上げた。

  

  ガッゴォオオオ―――ッ!!!

 

  重なる二つの衝撃。

 

  「うぉおおおっ!!!」

  「ぐぉおおおッ!!!」

  二人の攻撃が重なった際の衝撃で軌道がずれる。

  青と蒼の火花を互いに散らせ、左慈の右足が刃の刀身の上を滑っていく。

  二人の攻撃は不発に終わり、左慈は地面の上を滑るように着地する。

  「はぁあああっ!!!」

  左慈は先んじて一刀に再び攻撃を仕掛ける。

  その本来の持ち味である軽い身のこなしから繰り出す連続攻撃。

  四方八方から飛んでくる蹴りの往来。

  対して一刀はその俊敏な動きに合わせず、刃を構えて防御に徹する。

  一刀は理解していた。

  左慈の蹴りは速さがあるもどれも軽かった。

  この攻撃は牽制だ。

  一刀の動きを封じ、身動きが取れない状態から脱しようと、

  無理に反撃に移ろうとした際に生じるであろう隙を狙っているのだ。

  だから一刀は動かない。少し前のめりに、身を屈めて徹底的に守りの体勢をとる。

  牽制のための攻撃を、多方向より繰り出し続ける左慈。

  一刀の考え通りであった。

  攻撃に移ろうと動いた一刀を逆にカウンターで叩き伏せようと機会を窺っていた。

  だが、肝心の一刀は防戦一方で左慈の攻撃を耐え忍んでいる。

  こちらが疲れるのを待っているのか。

  左慈は苛立っていた。

  もしそうだとしたら、それは自分を舐めた、ふざけた行為だ。

  「ちっ!」

  苛立ちから無意識に舌打ちをする。

  だが、左慈が無意識にしたのは舌打ちだけではなかった。

  ただの牽制のはずの蹴りに必要以上の力が入ってしまい、大振りになってしまった。

  それを一刀は見逃さなかった。

  大振りとなった右足蹴りの下を一刀は潜り抜ける。

  「しまっ!」

  自分の犯した過ちに気づいた時には遅かった。

  放った蹴りを一刀に躱され、左慈は蹴りの勢いを止められず体勢を崩した。

  「はぁあッ!!」

  その一声に合わせて一刀が放ったのは上段廻し蹴り。

  一刀の渾身の蹴りは左慈の頭部に直撃した。

  「が、ぼ、ぉ・・・ッ!」

  蹴られた衝撃で脳が揺さぶられ、左慈は意識が飛ぶ。

  更に、左慈の身体は蹴りの衝撃によって吹き飛ばされた。

  吹き飛んだ左慈の身体は石で出来た壁に激突し、その衝撃で石壁に大きな穴が出来る。

  「あ、くッ・・・!」

  左慈に渾身の一撃を見舞ったはずの一刀が片膝を地面につける。

  牽制とはいえ、左慈の蹴りを全身に受けたのだ。

  一瞬の気の緩みから、蓄積したダメージが一刀に濁流の如く押し寄せたのだった。

  全身を襲う痛みと疲労。

  しかし、それらも例に漏らさず、身体を包み込む炎によってすぐに解消された。

  「でも、それは・・・」

  向こうも同様であった。

  石壁に出来た穴から左慈が現れる。

  当然のように、一刀によって与えれたダメージが微塵も残っていない。

  しかし、左慈は眉間に皺を寄せ、表情は苦悶の色に染まっている。

  「ふざけるな」

  一刀に聞こえない小声で呟く。

  「お前は、もう死ね」

  今一度、小声で呟く。

  大きく息を吐き出し、次に強く、強く噛み締める。

  顔を上げた瞬間、左慈の殺意が込められた鋭い眼光が一刀を射抜く。

  射抜かれた一刀は怖気け、一歩後ろに下がった。

  「死ねよ、北郷ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

  地響きにも似た怒号とともに、左慈は自身の感情を乗せた蹴りを放つ。

  だが、それは一刀に届く事はなかった。

 

  ガシィイ―――ッ!!!

 

  「ふぅ、危ない危なぁい。大丈夫かしらん、一刀ちゃん」

  「ちょ、貂蝉!?」

  突然の事で一刀は混乱する。

  何の前触れもなく現れた巨体の漢女(おとめ)・貂蝉。

  貂蝉と左慈、二人の放った蹴りが交差し、そして拮抗する。

  

  「貂蝉!!貴様、またしても俺の邪魔をする気か!?」

  「行きなさい、一刀ちゃん!

  ここは私に任せて、早く、急ぎなさ〜い!」

  「い、いや。急げって・・・、一体何を言って?」

  「ここから東の区画で、女渦が悪いことをしてるのよ。

  女渦はあの伏羲の仲間の一人、そう言えば分かるかしら」

  「は?じょか?

  さっきから意味が分から・・・」

  左慈を牽制しながら、貂蝉は一刀を見る。

  貂蝉の目に妙な威圧感を感じ取り、一刀は口をつむぐ。

  「・・・分かった。なら、ここはお前に任せる!」

  「合点承知よ〜ん!」

  状況を完全に呑み込めていなかったが、一刀は貂蝉の言われた通り左慈に背を向ける。

  ここから東の区画に向かうならば、この通りに沿って進めば問題ない。

  「待て、北郷!また、逃げる気か!?」

  左慈の怒りの叫びが一刀の背中に突き刺さる。

  だが一刀は振り返る事なく、その場を後にした。

   

  

-11ページ-

 

  「貴様にしてはやけに控えめだな。あの男、北郷一刀に愛想尽かしたのか?」

  「うふふ、ま・さ・か・。私はこう見えて一途なのよん?

  しばらく会えなかったからって、それだけでご主人様への愛が消えるはずがないわよ。 

  ただぁ、この外史の一刀ちゃんの心に、私が入り込む余地が無い。

  ただ、それだけの話」

  「ならば、どうして奴の味方をする!?」

  「そうね、言うなれば、私は日陰に咲く一輪の花のように、

  ご主人様・・・『北郷一刀』の物語を、陰から彩ってあげたい。

  これまでも・・・そして、これからも、ね♪」

  「・・・自分を花に例えるか。ならばその花、毟り散らすッッ!!!」

  「あら〜、あなたに出来るか」

  話し終わるより先に、左慈の右膝が貂蝉の顔面へめり込む。

  思いがけない一撃に、貂蝉は二歩、三歩とその巨体をよろめかせながら後退する。

  「・・・だったら、試してみるか?」

  左慈の表情は冷静なものだった。それは怒りの感情を通り越したものだったのかもしれない。

  そんな感情に呼応するかの様に、左慈の身体より蒼い炎が溢れ出る。

  炎の色がわずかに黒く濁ると、溢れ出た炎が地面を伝って周囲に燃え広がっていく。

  そして、瞬く間に二人を囲う。

  「あ、あらら・・・、こんな事なら卑弥呼も呼んでくれば良かったかも?」

  くの字に曲がった鼻を押さえたまま、貂蝉は自身の置かれた状況に危機感を感じ取った。

  自分の目の前にいる人物。

  自分が知る左慈という青年とは別人である事を今ようやく気づいたのだった。

  

  

-12ページ-

 

  漆黒を身に纏う傀儡達が朱染めの剣士を取り囲み、その中から傀儡兵四体が四方向から同時に襲い掛かった。

  剣士はこの不利な状況においても冷静に対応していた。

  傀儡兵の攻撃を回避し、そして同時に斬り込み、討ち取る。

  四体全てを相手にする必要はなかった。

  一回の攻撃を終了した傀儡兵は追撃をせず決まったように後退する。

  そして、新たな四体の傀儡兵が入れ替わる形で剣士に攻撃を開始する。

  休む間を与えない傀儡兵達の攻勢に、息を乱さず、淡々と精確に対応する朱染めの剣士。

  そんな剣士の立ち回りは、見様によっては舞いに似た華麗さがあった。

  一方、朱染めの剣士程ではないが、傀儡兵達に囲まれる凪、沙和、思春、蓮華の四人。

  始めこそ二人一組で攻防を展開していたが、傀儡兵の俊敏で、規則的な動きに対応するべく合流していた。

  「はぁあああっ!!」

  「やぁあああっ!!」

  傀儡兵を相手に果敢に攻める凪と思春。

  「くっ!」

  「なの!」

  傀儡兵の攻撃を受け止め、守りに徹する沙和と蓮華。  

  四人一組で防御を主軸とした戦いを繰り広げていた。

  そうして、剣士と彼女達の奮闘のおかげで傀儡兵の数は徐々に減っていった。

  数が減っている事から、どうやら無限に沸くという訳ではないようだ。

  「はぁ、はぁ・・・。ねぇ、凪ちゃん」

  「沙和?怪我でもしたか」

  「ううん、それは大丈夫なの。それより、あの人・・・」

  そう言いながら、沙和は朱染めの剣士に目を向ける。

  「・・・そうだな」

  最後まで聞かずとも、沙和の言わんとする事は理解できた。

  半信半疑だった蓮華の話。それを実際に目の当たりにした事で疑いは消えていた。

  「・・・間違いない。

  雰囲気は異なる、だが確かにあの方は隊長だ」

  それは蓮華達のような曖昧なものではなかった。

  顔に大きな傷痕があっても、眼帯で目元が隠れていても、髪型が違っていても。

  長い間供にした二人だからこそ、朱染めの剣士が北郷一刀であると確信する事が出来た。

  「蓮華様の言っていた通りなの。だって、どこからどう見ても隊長なの」

  「やっぱり、そうなのね。

  こんなに早く確認が出来るとは思わなかったけれど・・・」

  蓮華の予感は沙和達によって確信に変わる。

  しかし、それはそれでまた疑問が生まれてしまう。

  「けれど、どういうこと?北郷一刀は二人いる、ということ?」

  「蓮華様、詮索は程々に」

  蓮華が思考の沼に沈まないよう、思春は声を掛け、現実へと引き戻す。

  我に返った蓮華は思春に、分かったという意味を込めて頷く。

  周囲にはまだ数体の傀儡兵が取り囲むが、会話をする程度には余裕が生まれていた。

  そんな戦況を上から見ていた女渦がようやく動きだした。

  「さぁて、数も減ってきたし、そろそろアレを投入してみよっかな」

  女渦は指を鳴らす。

  それと同時に、二つの影がその場に出現した。

  朱染めの剣士と蓮華達の前に立ち塞がったのは、洛陽で一刀が戦った鷹鷲を名称された巨体の傀儡兵。

  動きを損なわい様するためか、鎧は簡素な代物だった。

  しかし、鎧を必要としないと言わんばかりの鋼の如き強靭な筋肉が備わっていた。

  そして、右手にはその巨漢に見合った大剣を携えている。

  二体の鷹鷲は朱染めの剣士と蓮華達を敵と認識すると、

  その巨体からは想像もつかない俊敏さで距離を詰めていく。

  「くっ・・・!」

  朱染めの剣士は一瞬、蓮華達の方に意識を向けた。その一瞬を女渦は見逃さなかった。

  剣士は鷹鷲の攻撃を飛び越え、宙で一回転しながら巨漢の横を抜ける。

  背後の取ると同時に、反撃と刀を振り下ろす。

  だが、鷹鷲は振り返り様に大剣を剣士に振るった。

  剣士の刀の刀身と、鷹鷲の大剣の刀身がぶつかる。

  体格差もあり、剣士は弾き返されるが、その勢いを逆に利用、身体を翻して再度攻撃に移った。

  鷹鷲も剣士の攻撃に合わせて大剣を振るう。

  そして、朱染めの剣士と巨体の傀儡兵の間で剣戟が繰り広げられる。

  一方、蓮華達は―――。

  もう一体の鷹鷲の突進から繰り出された重い斬撃。

  自ら盾にならんと凪が前に飛び出す。

  

  ガッゴォオッッ!!!

 

  凪は自身の両腕に備えた籠手で大剣の一撃を受け止める。

  「くっ・・・!」

  巨体の傀儡兵の強力な一撃に凪の顔が歪む。

  だが、膝を曲げまいと自分を奮い立たせる。

  「はぁっ!!」

  「えぇい!!」

  凪の行動に合わせて、思春と沙和が左右から鷹鷲の側腹部に攻撃を加えた。

  「きゃあっ!」

  「ちっ、何という硬さだ!」

  しかし、二人の放った斬撃が鷹鷲に傷をつけられなかった。

  凪は大剣を跳ね除けると、渾身の右蹴りを放った。

  「やぁあああっ!!」

  気を込められた蹴りが鷹鷲の頭部を捉えた瞬間、気が爆発する。

  本来であれば爆発の衝撃で首は折れ、そうでなくとも体勢を崩すはずだった。

  だが、鷹鷲の強靭さは尋常ではなく、首は折れず、体勢を崩す事もなかった。

  「なっ!?」

  自分の気弾が効かなかった事に、凪の目は大きく開く。

  鷹鷲はそんな彼女の右足を左手で掴み取る。

  「うわっ!?」

  自分の半分以下の背丈の凪を片腕のみで軽々と持ち上げる。

  凪はその巨漢のされるがままに、まるで玩具の様に振り回される。

  そうして勢いよく振り回した凪を、鷹鷲は力任せに思春と沙和を横方向から叩きつけていった。

  「ぐぅっ!」

  「きゃあっ!」

  鷹鷲が手を離すと、凪は他の二人と一緒に宙に舞った。

  「思春!沙和!凪!」    

  人間がいとも簡単に宙に舞う、蓮華はそんな光景にただ驚愕するしかなかった。

  一瞬にして三人が倒されてしまったのだ。

  蓮華は両手で剣を構え、目の前の巨漢と対峙する。

  そんな蓮華は理解していた、自分では勝てない事を。

  「蓮、華・・・!」

  対峙していた鷹鷲が繰り出した袈裟斬りを躱すと、朱染めの剣士は刀に自身の力を流し込む。

  すると、刀の刀身が青く輝きだした。

  「はッ!」

  その一声と共に、刀を投げる。

  投げられた刀は青色の軌道を残しながら、一直線に飛んでいった。

  鷹鷲が一歩踏み込むと、蓮華は三,四歩後ろへ下がる。

  じりじりと詰められ、気づけば蓮華の背後には壁が迫っていた。

  これ以上は下がれない、蓮華は逃げ場を失ってしまった。

  絶体絶命。蓮華は一瞬、自身の死を覚悟した。

  その時だった。

 

  ザシュッ―――!!!

 

  「え?」

  蓮華を追いつめていた鷹鷲の太い首に一振りの刀が突き刺さる。

  それは朱染めの剣士が投げた刀であった。

  思春達の攻撃は一切受け付けなかった強靭な肉体に初めて傷を負わせたのだ。

  しかし、それだけではなかった。

  青く輝く刀の刀身より青色の火が上がる。

  そして凄まじい勢いで炎となり、たちまちその巨体を燃やす。

  「ウ、ウゥ、ウォッ、オオオオォオオオ・・・!」

  微かに聞こえる呻き声。

  苦しみ、悶え、次第に動きが鈍りだす。

  瞬く間に炎は鷹鷲の身体を燃やし尽くし、消し炭と化したそれはその場で崩れ落ちた。

  

  

-13ページ-

 

  刀を投擲し、戦う術を失った朱染めの剣士に鷹鷲の容赦ない猛攻が襲う。

  暗赤色の外套を広げ、鷹鷲の視界を奪いながら、その猛攻を回避する。

  大剣の横薙ぎを一回転しながら飛び越え、巨腕から繰り出された打撃を掻い潜る。

  剣士は鷹鷲の懐に入り込むと、更に力強く踏み込んだ一歩、そこから当て身を放った。

  二人の体格差など関係なく、その当て身によって鷹鷲の巨体が宙に浮き、体勢を大きく崩した。

  蓮華はその戦いを見ていると、剣士の背後に傀儡兵達が迫っていた。

  「いけない、早くあの人に!」

  すでに炎の勢いは衰えていたため、蓮華は消し炭に刺さっていた刀を抜き取る。

  蓮華は慌てていたため気に留めていなかったようだが、炎の中にあったにも関わらず刀は熱を帯びていなかった。

  急ぎ刀を朱染めの剣士に渡そうと走る蓮華。

  だが、間に合わない。

  朱染めの剣士は左手を外套の中へ潜らせると、背後に迫った傀儡兵の方に振り返る。

  そして、外套から左手を出す。

  その手には刀とは別の剣が握られていた。

  襲い掛かる傀儡兵の振り下ろした剣をその剣で弾き返すと、右手で傀儡兵を引き寄せ、そのまま剣で刺し貫く。      

  一度の攻撃を終えて、規則通りに後退しようとした他の傀儡兵達。

  だが、朱染めの剣士は逃すまいと左手から右手に剣を持ち変えると地面を蹴った。

  下がる傀儡兵達より速く駆け、そして追いつく。

  傀儡兵達の背後に回った剣士は右手に握り締めた剣を振るう。

  攻撃の体勢になかった傀儡達は反撃をする間もなく、朱染めの剣士に斬り捨てられていく。

  操るための糸を斬られた傀儡は地面に横たわり動かなくなる。

  剣士の右手にある剣の刀身が日の光を反射して一瞬輝いた。

  「南海、覇王・・・」

  蓮華の口からその剣の名が零れる。

  それは見間違いではなかった。

  故に、蓮華は理解出来なかった。

  北郷一刀が、南海覇王が、二つ存在している事に。

  「投げろ!」

  「・・・っ!」

  唐突に、朱染めの剣士から声を掛けられる。

  蓮華は反射的に手に持っていた刀を剣士に向かって投げた。

  剣士は走りながら投げられた刀を左手で掴み取る。

  両手に剣を携えて、向かう先は体勢を崩した鷹鷲。

  二本の刀身が青い炎に包まれる。

  そして―――。

  「でいやぁああああああッッ!!!」

  空気を震わす重低音の叫びとともに繰り出される二刀流の連続斬り。

  炎によって描かれる青い残像が鷹鷲を容赦なく切り刻んでいく。

  「はぁあああッッ!!!」

  そして、止めの十文字斬り。

  鷹鷲の身体は細々に切り刻まれ、青い炎に包まれた瞬間に跡形も残さず蒸発するのであった。

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  「す、すごい・・・」

  朱染めの剣士の凄絶な攻撃の前にただ呆然とする蓮華達。

  そんな彼女達をよそに、剣士は南海覇王の切っ先を何もない空間に突き付けた。

  そう、何もなかったのだ。

  だが、その切っ先は捉えていた。

  いつの間にそこにいたのか、この場に居合わせていた者には分からなかった。

  「おーやおやおやおやおや!ばれちゃっていたのか〜」

  自分の喉元に南海覇王を突き付けられても、その飄々とした態度を崩さない。

  「女渦・・・!」

  苦虫を噛んだ様に、その短い言葉には嫌悪、不快、憎悪の感情が込められていた。

  「あは♪良いねぇ良いねぇ〜。背筋がゾックゾクするよ〜。

  あぁそれにしても、やっぱりだよねー、そうだよねー、助けちゃうよねー。

  僕を殺す以外に興味ない、なんて言っていた癖に、さっき孫権ちゃんを助けちゃってさぁ。

  外史が違っても、君は彼女を助けてしまうんだ。そういう宿命なんだよ」

  「黙れ・・・!」

  一人で喋り続ける女渦に、朱染めの剣士はその一言で圧をかけ黙らせた。

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  その場から微動だにしない朱染めの剣士と女渦。

  二人の間に沈黙が流れていたが、目に見えない何かが衝突していた。

  数秒の後に二人の男の戦いが始まる。

  この尋常ならざる因縁に、他の誰かが入り込む余地などなかった―――。 

 

説明
こんばんわ、アンドレカンドレです。

 色々とお話の全貌が垣間見え始めるこの第十八章。
再編集では、主に戦闘描写を大きく修正しています。改めて読んでみると、分かりにくい描写や、変な言葉を使っていたりと、読んでいて恥ずかしくなるような内容で、その辺りを綺麗にまとめ、分かりやすくなるように修正しています。当時はこれでよかったと思っていた内容でも、時間をおいて読んでみると、変だなぁ〜と感じてしまう、今日この頃。

 では、真・恋姫無双〜魏・外史伝〜再編集完全版 第十八章〜今交わる、二つの運命〜をどうぞ!!

 ※しかし、この女渦・・・いつ見ても気持ち悪いなぁwww

2022/6/28、後半の内容を修正
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コメント
1p脱字 王として、あんたは責任を全うするべきなんじゃ「な」いか!?「な」が抜けてます。(なっとぅ)
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