望郷―フィールドオフゴールド―
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あの丘を越えれば懐かしい故郷へとたどり着く。

はやる気持ちとは裏腹に、足は思い通りに動かない。

それでも男は歯を食いしばって前へと進む。

あの丘を越えれば。

 

男は農民だった。

田畑を耕し、収穫を神に感謝する、どこにでもある石ころのような民。

妻をめとり、子が生まれ、ささやかな幸せを甘受していた平凡な民だった。

永遠に続くはずの日常は、しかし戦の勃発で一転する。

鍬を持つべきはずの手に剣を、畑を踏むはずの足は屍を乗り越えた。

我らに正義ありと将軍たちは叫ぶ。

正義など知らんと男は泣く。

そんなものはどうでもいい、おれを帰してくれ。

あの美しい日常に返してくれ。

願いは届かず繰り返されるは阿鼻叫喚の地獄絵図。

暗闇の中で男は神に祈る。

おれを帰してくれ。

あの美しい日常に返してくれ。

胸を焦がす、焦燥にも似たこの望郷。

しかし神はうんともすんとも答えてくれぬ。

それどころか、とんでもない噂を与えてくれた。

男の故郷が壊滅したという。

黄金の原は焦土と化したという。

男は絶望した。神を憎んだ。

あなたを信じた結果がこれか。この仕打ちか。

神は相変わらず、うんともすんとも答えてくれぬ。

 

戦は始まりと同じように突如と終わった。

用無しとなった男は故郷へと向かう。

 

錆びた剣を杖に、動かない右足を引きずって歩くうちに小さな希望が芽生えてきた。

もしかしたら。

もしかしたら。

神は自分をまだ見捨ててはいないのかもしれない。

高まる期待を宥めて男は歩く。

あの丘を越えれば、懐かしい故郷へと辿り着く。

 

 

ついに小高い丘を登りきった男の足が止まった。

その目から滂沱と涙が溢れる。

 

 

眼下に広がるは見渡す限りの黄金が原――フィールドオフゴールド。

 

説明
この世界を、未だ数匹の亀と象が支えていた時代。
霧は濃く、森は暗く、神秘と信仰と迷信は絶えず、ただ空だけはどこまでも高かった頃。
忘れられた、彼らの物語。

世界観を共通させた短編連作「死者物語」です。


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