「無関心の災厄」 ワレモコウ (4)
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            「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ

 

 

 

第4話 無関心と道化師の不確定な自己

 

 

 

 しかし、もう無理、オレのキャパシティ限界いっぱい、もうオシマイ。理解不可能、思考停止。

 なぜ、研修先で会ったこの男が、同級生である白根葵の名を呼ぶ?

 

「……私の命題をお忘れですか」

 

 白根は答える。

 淡々と、静々と、粛々と。

 

「キミの命題は『ケモノの監視』……ああ、そう言うコトか」

 

 男の眼が細められる。

 命題。ケモノ。監視。プラス、白根葵。

 男の口から語られた一文節、そこから導かれる結論は一つだけだ。

 

「キミがケモノやったんか。それならその強い極性も納得や」

 

「いいえ、違います」

 

 白根は抑揚ない声で答えた。

 

「ケモノは、彼です」

 

 白根は、へらへらと笑う夙夜を指差した。

 

「え? キミやなくて?」

 

 残念ながら、オレじゃねえよ。

 またコレか。

 既視感《デジャ・ヴ》。

 

「私も最初はそう結論付けました。しかし、それは誤りでした」

 

「なんや、葵が素直に間違いを認めるとは珍しいなぁ」

 

 白根はそう言われて一瞬だけ口を噤んだ。

 

「それほどまでに香城夙夜《こうじょうしゅくや》のケモノとしての資質は飛びぬけています」

 

「じゃあ、こっちのあんちゃんは何者《ナニモン》や?」

 

「柊護《ひいらぎまもる》さんの正体に関しては不明です。私の命題でもありませんので、調査する予定はありません」

 

「ふぅん」

 

 目の前の男は首を傾げ、オレを上から下までじろじろと見渡した。

 それだけで、全身を悪寒が駆け抜ける。

 やべえ、完全にこの男に対して萎縮してしまった。一度持ってしまった苦手意識はそう簡単に消す事が出来ない。

 

「ボクはこっちのあんちゃんの方が重要に見えんねんけどなぁ……まあええやろ、そっちはボクの方から上にゆっとくわ」

 

 すまん、それだけはない。

 この一般男子高校生のオレが、夙夜より重要視される事などあり得ない。

 

「私は貴方の動向に一切関知しません」

 

「ええよ、葵には迷惑かけへんから」

 

 その男は、寄り添った珪素生命体《シリカ》のキツネ少女を撫でながら笑った。

 

「ほんなら、ボクはもう行くさかい。旅行の邪魔したな」

 

 ひらひら、と手を振る男。

 このまま帰る気か?

 オレに、言葉の魔法をかけたまま。

 

――何者や?

 

 あの瞬間にオレを縛りつけた魔法は解けていない。

 

「待て」

 

 思わず口から飛び出した言葉は、男の足を停めた。

 

「なんや? あんちゃん」

 

 振り向いた男に、一瞬ひるむ。

 が、恐怖をごくりと飲み込んで問い返した。

 

「オマエ、何者だ?」

 

「ボク? せやな、キミには教えてもええか。ボクはなぁ……」

 

 唇の端が上がる。笑みの形に。

 

「望月桂樹(もちづきけいき)。そこにおる葵の同僚で、研究員や」

 

 その上、オレが全く答えられなかった質問に、何の戸惑いもなく即答しやがった。

 

 

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 男と珪素生命体《シリカ》が去った鳥居の真ん中で、オレは自分の心臓の音を聞いていた。

 風の音と葉擦れの音と、陽光の欠片だけが残るこの場所で。

 

「なあ、夙夜」

 

「なあに、マモルさん」

 

「例えば聞くけど、オマエはさ……何者なんだ?」

 

「……ヘンなこと聞くんだね、マモルさん」

 

 夙夜は笑った。

 

「俺が何者かなんて、そんなの俺には分かんないよ……だからお願い、聞かないでマモルさん」

 

 とても悲しそうに、以前、一度だけ見せた表情で。

 オレは夙夜に釘付けになった。

 

「先輩は『無関心の災厄』って言った」

 

 一目見るなり、何の躊躇もなく。

 

「アオイさんは『野性のケモノ』って言った」

 

 探して桜崎へとやってきた。

 

「ねえマモルさん。マモルさんには俺は何に見えるのかな……?」

 

 オマエが何に見えるかだって?

 何にって……。

 ケモノ? 災厄?

 どれもオレにはピンとこない。

 何が適切なのか、ワカラナイ。

 口を噤んだオレを見て、夙夜はもう一度だけ悲しそうに微笑んだ。

 

「ごめんね、マモルさん。困らせるつもりはなかったんだ」

 

 オレはどんな言葉もかけられない。

 ああ、こんなじゃ『口先道化師』失格だ。

 一人前への道は、まだまだ遠いようだ。

 

「でも……」

 

 次に顔を上げた時、夙夜はいつもの笑顔に戻っていた。

 

「うん、俺はどっちでもいいや」

 

 夙夜の笑顔が創りモノだとは言わないが、少し寂しくなることがある。

 悲しそうに笑う時、間の抜けた笑顔を見せる時。

 どっちが真実《ホンモノ》の夙夜なんだろう?

 

「夙夜……」

 

「ん? なあに?」

 

「……いや、何でもない」

 

 少しだけ過《ヨギ》った違和感は、きっと気のせいだ。

 しかし、オレの中で何かが膨れ上がっていく。

 それは不安かもしれないし、もしかすると疑心かもしれない。

 可笑《オカ》しい。おかしい。オカシイ。何かがオレの認識とズレている。

 いつの間にかオレは違和感を拭えなくなっていた。

 いったいそれは、いつからだった?

 もともと人当たりはいいが、無関心とはいえないほどにヒトとの交流を持つようになった夙夜の変化がオレを落ち着かせない。

 

――無関心が壊《コワ》れている?

 

 その結論に、オレはぞっとした。

 先ほどまでとは打って変わって、楽しそうにスキップで――だからヤメロって言っただろうが――石段を飛び降りていく夙夜の後姿を追いながら、オレは考える。

 そんな事は絶対にないと思うのだが、もし、コイツが本気で、一つの目的を持ってその能力を使い始めたらいったいどうなるんだろう、なんて考えて不安に思う事がある。それは、無関心の破壊。

 能力に無頓着であるがゆえ、ギリギリラインで保つ事の出来た人間性はけし飛び、おそらく夙夜は『野性のケモノ』の本性を現す。

 それは果たして、いったい、ヒトなんだろうか。

 果たしてコイツはヒトであり続ける事が可能なんだろうか……?

 恐ろしい想像に、オレはぞっとした。

 そんなことあるはずない。

 そんなことありえない。

 オレが無関心を破壊し始めているなどと。

 短期間に出現した珪素生命体《シリカ》は桜崎だけで既に3体を越した。

 そして、オレたちの前に現れた白根と、望月と名乗る男。

 無関心だけじゃない、オレを取り巻く環境がどんどんと変化していく。蚊帳の外、『口先道化師』を置き去りに、部外者を寄せ付けないままに。

 目の前にまっすぐ続く石段の数を一歩一歩数えながら、オレは一歩一歩向こうに近づいて行っていた。

 片鱗を見せた白根の組織。

 崩れ始めた無関心。

 もしやオレは気づかぬうち、その中心にいるんじゃないだろうか?

 いや違う。そう思っても、いつだってオレは部外者だった。期待するな。オレはただの凡人。ただの平凡な男子高校生。

 オレが世界を選んだところで、何も変わりはしない。

 何しろオレは世界に望まれなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルに戻ったオレは、ベッドに寝転がって頭の中を整理する。

 あの望月という男の笑みが、声が、オレの中にとどまって離れない。あの瞬間の恐怖が、未だオレの心を縛りつけているかのようだ。

 しかも望月は、白根と同じ組織に属する研究員だと名乗った。

 白根の組織。いったい、それは何だ? 目的は? 母体は?

 今でこそ白根はただのクラスメイトとして生活しているが、あれらがオレや夙夜に牙をむかないと、どうして言いきれる? 得体の知れない集団が隣の夙夜を監視しているというだけで、恐ろしく危険な事じゃないのか?

 と、シリアスな思考の最中に、マイペースな台詞が飛び込んできた。

 

「マモルさん、お風呂入りに行こうよ」

 

「はぁ?」

 

「大浴場がね、夜10時には閉まっちゃうんだよ。もう9時半だからさ、あと30分しかないんだ」

 

 ああ、そうだ。確かにその通りだ。

 今日一日でどれだけ冷や汗をかいたか分かんねえ。それを流してさっぱり……ってのがいいだろう。

 

「おい夙夜」

 

「なあに、マモルさん」

 

 このやり取り、何度繰り返したことか。

 

「オレはオマエのせいでシリアスな考察をしてんだが、オマエはどうしてもそれをぶち壊したいらしいな」

 

「いいじゃん、もうやめよう。そんな深刻な顔、マモルさんには似合わないよ?」

 

 だからオマエ、その台詞……天然タラシか。

 オレは本日最大のため息をついた。

 

 

 

説明
 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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キャラ紹介→http://www.tinami.com/view/126386


※ 表紙・キャライラストは流離いのhiRoさまから頂きました。
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オリジナル 小説 現代ファンタジー SF 珪素生命体 無関心の災厄 

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