真・恋姫無双 EP.7 偶像編(3)
[全4ページ]
-1ページ-

 英雄の帰還、とはならなかった。明命から事情を聞いた桂花が大層ご立腹で、帰るなり一刀は宿屋の部屋で正座をさせられることとなった。

 

「何、わけのわかんない仮面を被って、正体隠してるのよ! せっかく名前を売るいい機会だったのに!」

「だって、正義の味方が正体バラしちゃダメだろ?」

「わけわかんないわよ! まったく……」

 

 呆れる桂花を、地和がなだめる。

 

「まあ、許してあげてよ。一刀はお姉ちゃんを助けてくれたんだから」

「そうそう」

 

 妹の言葉に天和は頷き、しょんぼりする一刀の腕に抱きついた。

 

「私を助けてくれた一刀は、とっても格好良かったよ」

「おお……」

 

 柔らかなものが、腕を挟む込む。顔を近付けた天和の唇に、一刀は思わず生唾を呑み込んだ。

 

「あー! お姉ちゃんばっかりズルいんだ!」

 

 対抗するように、地和が逆の腕に抱きつく。だが天和ほどの弾力は、残念ながらない。しかし両手に花の状況は、一刀の心を舞い上がらせるのに十分だった。

 

「天和姉さんにちぃ姉さん、一刀さんが困ってるでしょ」

 

 そこに人和も参戦し、一刀を中心としたラブトライアングルが完成した。すっかり我を忘れた一刀は、汚物を見るような視線を向ける桂花と、なぜかイラッとしながら睨んでくる明命には、気が付かなかった。

 

-2ページ-

 

「それよりも明命、あの話は考えてくれた?」

「はい……」

 

 明命は静かに頷くと、一刀を視界の端に捉えて続けた。

 

「前にもお話した通り、私はある方にお仕えしています。なので、他の誰かにお仕えすることはできません。けれどお二人の志には共感しますし、今回の事も私ひとりだったらどうなっていたか……」

「明命ならちゃんと解決出来たと思うわ」

「いえ、自分に出来ることはわかっているつもりです。ですから、私は出来ることをしたいと思います」

「……」

「いつか戻らなければならない時が来ると思いますが、それまでご一緒してもよろしいですか?」

 

 そう言って微笑む明命に、桂花も笑顔で頷いた。

 

「あなたが誰に仕えているのかはわからないけど、もしもその主君が敵として私たちの前に現れたなら、遠慮しないで戻って構わないわ」

「そう言ってもらえると、助かります」

「でもそうならないことを、祈るばかりね」

「はい」

 

 明命の真面目で礼儀正しい立ち振る舞いに、桂花は好感を持っていた。そんな彼女が仕える主君が、暗愚だとは思えない。敵対するとしても、それは朝廷に対するものとは違う意味があるはずだ。

 

(人の思う正義は一つじゃないわ)

 

 同じように民のことを思った行動だとしても、どこかで噛み合わない個々の主義がある。

 

(いつか、北郷の思う正義と私の思う正義が、すれ違うことがあるのかも知れない……)

 

 その時、自分はどうするのだろうか。それほど固い絆があるわけではない。今は彼の想いに共感しているが、どこか甘いところがあると感じたりもする。

 始まりは、簡単だった。終わりも、そうだろう。

 

(今は、目の前のことを考えよう)

 

 首を振り、湧き上がる思いを振り落とす。どこか、違和感を残しながら。

 

-3ページ-

 

 別れを惜しむように、天和は一刀の手を握りしめた。

 

「本当は一緒に行きたいけど、私たちはやっぱり歌が好きだから。三人でこれからも、貧乏だっていいから歌い続けたいんだ」

「うん。それがいいと、俺も思う」

 

 一刀たちがこれから向かう涼州は、戦闘が続く場所だ。旅芸人が安心して行けるような場所ではない。自分の身を守ることが出来ない彼女たちは、どうしても足手まといになってしまう。それは、全員がわかっていた。

 

「きっとまた、会えるよね?」

「もちろん。今度はさ、歌を聴かせてよ」

「うん!」

 

 そっと手を離し、お互い手を振る。

 

「一刀! ありがとう!」

「ありがとうございます」

 

 地和と人和も、笑顔で一刀に手を振った。両手を挙げて手を振り返しながら、一刀はふと思った。

 

(そういえば、天和って張角なんだよな……)

 

 三国志にあまり詳しくない一刀だったが、序盤に登場するその名前は何となく憶えていたのだ。悪人のイメージがあったが、この世界ではそんな感じはしない。

 だが、何となく連想してみる。

 

 旅芸人を続ける……貧乏な生活……食べるのに困る……出来心で盗みを働く……なんだ案外簡単じゃん……盗賊に落ちぶれる……黄巾党誕生。

 

「わーっ! 三人とも待って!」

 

 大慌てで、一刀は三人を追い掛けた。

 

「どうしたの、一刀?」

「何か忘れ物?」

 

 真剣な表情で、一刀は三人の手を両手でしっかりと握りしめた。

 

「えっ?」

「ちょっと……」

「あの……」

 

 頬を赤らめ困惑する三人に、一刀は真顔でこう言った。

 

「いいかい? もしも困ったことがあったら、俺たちのことを思い出すんだ。遠慮なんてしないで、助けを求めて欲しい」

「えっと、その……」

「お願い、約束して」

「うん。わかったよ」

 

 頷く三人に、一刀はもう一度強く、それぞれの手を握った。そして今度こそ彼らは別々の道を進み、新しい地に向かって歩き始めたのである。

 

-4ページ-

 

 天和、地和、人和は、無言で歩いていた。三人ともどこか上の空で、時々、照れたように笑みを漏らす。胸が高鳴って、温かな気持ちと、切ない気持ちが同時に心をくすぐった。それは初めての気持ちだ。

 

(ふふ、一刀ったら……)

(一刀の手、おっきかったな)

(一刀さん……)

 

 三人がそうしてニヤニヤしながら歩いていると、前から一人の男が近付いて来た。すれ違うかと思った男は、立ち止まって声を掛けてきたのである。

 

「あの、すみません」

 

 何だろうと思い足を止めると、男は持っていた包みを天和に渡してきた。

 

「これを受け取ってください」

「えっと、何かな?」

「張三姉妹ですよね? 前に歌を聴いたことがあります」

「私たちの歌?」

「はい。とても上手で、また会いたいと思っていました」

 

 深く被ったフードで、笑みを浮かべる口元だけが見えていた。

 

「もし再会できたら、これをぜひ渡したくて」

「これをくれるの?」

「はい。前の時はお金を持っていなくて、路上の端でこっそり聴いていたんです。だから事業で成功したら、その時の分も払おうって決めていました」

「そうなんだ。ありがとう。でも、本当にいいの?」

「はい。大したものじゃないけど、きっと三人には役に立つものです」

 

 天和たちは顔を見合わせたが、せっかくの好意なのでありがたくもらうことにした。

 

「ありがとう」

 

 去っていく男に礼を述べ、三人で包みを囲んだ。

 

「何だろう?」

「開けてみようよ」

 

 包みを開くと、中からは一冊の本が出てきた。

 

「役に立つものって、本なの?」

「何ていう本?」

「えっと、『太平妖術』って書いてあるみたい……」

 

 人和が中を開く。びっしりと隙間なく埋められた文字は、見たことのないものだった。

 

「……」

「……」

「……」

 

 それを見た三人の瞳から、光が消えた。まるで生気のない顔で、呆然と立ち尽くす。そしてブツブツと何かを呟き始めた。

 

「……大陸をこの手に」

「……天下をこの手に」

「……我らのこの手に」

 

 呪文のように繰り返しながら、三人はただ歩き続ける。続く道は遙か地平の先、青州に向かって。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
やや駆け足気味です。他の方みたいにおもしろい作品が書ければいいのですが、なかなか難しいですね。
そんな感じですが、楽しんでもらえれば、幸いです。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
6691 5783 54
タグ
真・恋姫無双 北郷一刀 桂花 明命 天和 地和 人和 

元素猫さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。


携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com