しきおりおり その1
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――おや、あなたは・・・。

 頭の中で声がこだまする。女の声だ。相変わらず視界は真っ暗だったが、自分の名前が呼ばれたのが分かった。

――ですがこれ以上私の力を受けると・・・。

 途切れ途切れの声の裏で、針で刺すような痛みが膝や腕を襲う。そう思ったら今度は鈍い痛みがより深いところでうずき始めた。

――これも運命なのでしょうかね。

 頭に雨粒が降り注いでいるのを感じる。

 髪の毛から水滴が滴っているのを感じる。

 見ることはできないが。

――どの子もいい子ばかりです。仲良くしてあげてくださいね。

 依然として女が何を言っているか分からなかったが、微笑みを含んだ声が聞こえた瞬間、全身を苛んでいた痛みが薄れ、水で洗い流ししたように引いていった。

 暗闇の端に光が差込み、徐々に視界が広がっていく。

 再び頭に声がこだまする。

「・・・ろ。あ・・・いじゅ。・・・きろ」

 広がっていく視界の中で何かが動いている。

 そう思った次の瞬間、俺の脳を鈍い音が刺激した。

 ゴシャ

「おい! 青葉大樹! 起きろってのが聞こえないか!?」

 完全に開ききった視界の中で担任、木之下がなにやら叫んでいた。まだ眠気を含んでいて重い瞼を擦りながら首を巡らす。

 どうやら授業中に寝てしまったらしい。机の上に目を落とすと砕けたチョークが散乱していた。

 にゃろう、またチョーク手裏剣を投げやがったな。

 頭についた白い粉をはたきつつ大きく背伸びをすると、背骨がポキポキと喜びの声を上げる。

「それじゃ青葉、この問題を解いてみろ」

 担任木之下が黒板に板書してある数式を指差しながら、ジロリと睨みを飛ばしてきた。

 溜息をつきつつ席を立った俺は、のそのそと教壇へ登る。

 とりあえず板書されている数式を眺めること数秒。おおよその指針を立てて解き始める。

 よって・・・すなわち・・・したがって・・・。程なくして計算を終了し、チョークを置きながら尋ねる。

「こんな感じでいいですかね?」

 そう言う俺に対し、実に悔しそうな表情を浮かべながら担任木之下は席へ戻るよう指示した。

 俺は席へ戻ると視線を窓の外へと向けた。

 天気は相変わらずの雨模様だった。青々と茂った木々が喜びの雨音を奏でている。

 今は六月半ば、梅雨明けが恋しい季節だ。

 あと一月もすれば気温も上がり、嫌になるほどに太陽光を浴びることになるんだろうが、この湿気漬けの毎日より幾分マシだ。

 俺は再び溜息をつきながら時計に目をやると、ちょうど授業終了を告げる鐘が鳴った。

 担任木之下が教壇でそのままホームルームを始める。

 しかし特に連絡事項もないのか、二言三言話して教室を出て行ってしまった。するとあっという間に教室が喧騒に包まれる。

 俺の机に向かって歩いてくる影がふたつ。

「大樹は相変わらずだねぇ。僕にはいきなり指されてできる自信はないよ」

「なに言ってるんだよ。テストでは俺より高い点数とってるくせに」

 ニコニコという擬態語がこれほど様になっているやつもそうはいないだろう。

 そんな純粋無垢な笑顔をこちらに向けているのは定禅寺ひかる。俺の幼稚園来の幼馴染だ。

 身長が平均より少し高めの俺に対し、ひかるの身長は俺の胸あたりまでしかない。昔はよくデコボココンビなんて言われたもんだ。

「そもそも前に引きずりだされることするのがおかしいのよ」

 呆れ混じりの溜息をつきながらお説教モードなこいつは広瀬まどか。中学校時代からのクラスメイトだ。

 どうもなにかと因縁をつけたがる性質のようだ。その口の悪さを治せば嫁の貰い手もできるだろうに、馬鹿なヤツだな。

「いま、すごく失礼なこと考えてるわね」

 エスパーか、お前は。

 そんなことねぇよ、ととりあえず否定してみるが頭をひっぱたかれた。聞く耳すらないのか。

 それにしても、とまどかは続ける。

「今日は一段と深く寝入ってたわね。なんかいい夢でも見てたの?」

「ん、どんな夢だったかな。見てたのは覚えているんだが・・・」

「夢っていうのは十分経つと忘れるっていうしね。そんなもんだよ」

 ひかるの話にうなづきつつ腕組みして考える。

「どうも以前実際にあったような話だったんだよな。いつ、どこでだったかも覚えてないけど」

 真っ黒な記憶の中にうっすらと雨、痛み、などの断片が渦巻いている。

「まあいいわ。別にあんたの夢なんて聞いてもしょうがないしね」

「聞いといてそれかよ。飽きっぽい性格だなまったく」

 三人で軽い笑い声を飛ばして、それからもしばらく話し続けた。

 雑談しているうちにどうやら下校時間になってしまっていたらしい。まどかが時計を指差しながら帰り支度をするよう指示してきた。

 下校準備を整え終えた鞄の中は相も変わらず無秩序と化している。

 もうちょっと綺麗にしなさいよというまどかのセリフは聞こえないフリをするに限る。

 三人が昇降口につくと、ひかるが突然口を開いた。

「そういえば大樹、傘は持ってきた?」

「うあっ!いっけね。忘れてきちった」

 今日も待ち合わせ時間ギリギリに起きたもんだから、そんな余裕がなかったんだった。

 各々の傘を開き始めるひかるとまどか。

「どっちかに入るしかないわね。傘なしで帰れる強さじゃないわよ、雨」

 振り返りながら声をかけてくるのはまどかだ。確かに廂の内にいても、傘にあたるボツボツという音を聞けば容易に想像できた。

「そうだな。どっちに入れてもらおうかな」

 二人を見比べる。ひかるは体が小さいせいか傘も相応に小さい。傘を持つ高さや傘の大きさを考慮すると、どうもまどかのほうが良さそうだ。

「じゃ、まどか。お前のほうにする」

「・・・あんた、異性とかそういうの意識しないのかしら?それとも私のことが好きとか?」

「俺はお前を異性と見たことはあまりないぞ。好き? とか寝ぼけてんのか」

「・・・女の子にそんなことを言うやつなんか入れてあげるわけないでしょ」

 はき捨てるように言ってまどかは雨の中へ歩き出してしまった。

「ちょ、ちょっと! 悪かったって! 入れてくださいまどか様ぁ」

「ちょっとひっつかないでよ!周りに誤解されたらどうすんのよ! ・・・まったく。あんまりくっつかないでよ?」

「寄らないと濡れちゃうんだよ。お前がもうちょっとそっち行けよ」

「あら、傘の持ち主に対してその言い草? いいわ、そんなこと言う人にはこうしてやるわ」

「おい! ちょっと! うわっ濡れる! わ、分かった! 極力離れるから傘に入れて!」

 すると不意にクスクス、とこれまた古風な笑い声が後ろから聞こえた。振り向いてみるとひかるが口に手を当て笑い声を漏らしていた。

『・・・なに?』

 俺とまどか、二人分の疑問を受けてひかるは一度深呼吸して答えた。

「いや、仲がいいなって思ってね。いまどき男女でそんな風にじゃれあってる人っていないよ。付き合ってもないのに、ね」

 俺は表情は険しくなるのを感じたが、まどかはそんなこと露知らず。

「こいつと付き合うなんてことありえないわよ。確かに成績優秀、運動万能、顔も見た目もそれなりに整ってるけど、それでもありえないわね。友達ってのが一番妥当な位置じゃないかしら?」

 なんか褒められているのか貶されているのか分からんな。

「お前だって大人しくしていれば可愛い部類なのにな。なんだってそんな――」

 言いかけた言葉は、みぞおちにクルティカルヒットしたまどかの拳に制された。

「て、てめぇ・・・言ったたそばから・・・」

 精一杯の抗議をしてみるが、まどかはどこ吹く風だ。畜生、覚えてろよ。

 ちらりとひかるを流し見てみると、ひかるは依然として微笑を崩さずに笑っていた。

「・・・ずいぶんと楽しそうだな?」

 なんのことかと小首をかしげていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「大樹と気さくに話せる人なんて、そう多くないからね。大樹が誰かと楽しそうに話しているのを見てると嬉しくてつい、ね」

「お前は俺の保護者か・・・」

 俺とひかるが話している間にまどかは飽きてしまったらしい。

「ほらいつまでも馬鹿やってないで帰るわよ」

「誰のせいだ、誰の・・・」

 まだ重苦しい痛みの響いているみぞおちをさすりながら、俺はまどかの傘の下へと入っていくのだった。

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 俺たち三人は、家が近いせいもあってか登下校を共にしている。俺とひかるの家は向かい同士だから、俺の家の前で集合して登校し、下校したら同様に解散というのが日常だ。俺の通っている高校から自宅へは徒歩で三十分ほど。いつも俺たちはをくだらなくことを駄弁りながらその通学路を歩く。そしてうちの前についたら解散。もうかれこれ一年近くやってきてることだ、いまさら変わらない。

だが、今日は少しばかり様子が違った。

異変に気づいたのは門の前に立ったとき、まさに今解散をしようという時だった。

「それじゃまた明日」

「おう」

 雨はすっかり上がっていた。俺は二人に別れの挨拶を口にしながら門を開けた。ギィと錆びた鉄の擦れる音を立てて、後ろ手に門を閉める。するとどうだろう。うちの門と玄関の間。短い石畳の通路の上に少女が立っていた。知らない子だった。

 俺は首をかしげる。今日来客の予定なんてあったかな?

「君、誰?」

 俺は当然の疑問を口にした。その少女はまるで聞こえていないように、一心にうちの玄関を見据えている。

「あの、うちに何か御用ですか?」

 やっと言葉が自分に向けられているものだと気づいた風な少女は、長く伸びた黒髪をひるがえしながら俺へと向き直った。

「・・・わたし?」

 きょろきょろと首を振った後、自分を指差しながら少女は尋ねた。

「君以外に、誰かいる?」

 再び視線を左右に振り、その視線の先が俺の顔を捉えたと思ったら、小首をかしげて見上げてくる。

「あなた、わたしのこと、視えるの?」

「いや、見えるって、え?」

「大樹、どうかした?」

 その声に驚いて振り返ると、ひかるが自分の家の門の内側から体を乗り出してこちらを見ていた。

「いや、ちょっと女の子がさ、うちに」

「え? 女の子?」

「ああ、ここにいる女の子」

 俺はひかるの位置から女の子が見えるよう半身ずれる。ひかるは俺の足元をじっと見つめて、一言だけ、言った。

「いないよ?」

 俺はものすごい勢いで少女へ向き直った。少女は何も言わずただこちら見上げていた。

いない? 

ひかるが何を言っているのか分からなかった。

ここにいるのに?

少女とひかるを交互に見ながら、混乱する頭をどうにか落ち着かせようとする。

一度ゆっくり深呼吸を挟んで、ひかるにもう一度尋ねた。

「本当に、いないか?」

 うん、とひかるは不思議なものでも見る顔で答えた。

「そうか。疲れてるんだな。散々学校で寝てたのにまだ寝たりないか」

 首を鳴らしながら、俺は続けた。

「ごめんな変なこと言って。まどかには言わないでおいてくれ。また馬鹿にされるからな」

「う、うん」

「それじゃまた明日な」

 心配そうな、不安そうななんともいえない眼差しを俺に向けながらも、ひかるは自宅のドアを開けて入っていった。だが、すぐさまドアが開き、ひかるが顔を半分出しながら声をかけてきた。

「今日も夕飯作りにいくからね。そうだね、七時頃にそっち行くよ」

「おう」

 それだけ言ってひかるの家のドアはパタリと閉まった。またドアが開くことがないことを数秒確認して、俺は少女のほうへ視線を向ける。

「まあ、とりあえず入りなよ」

 俺は玄関の引き戸を開けて体を滑り込ませる。靴を脱ぎながら外を見ると、少女はキョトンと立ち尽くしていた。

「どうした? 入らないのか?」

「え、でも、わたし」

「いろいろ聞きたいことあるし。立ち話もなんだからとりあえずお茶でも飲みながらって思ったんだけど」

 ちょっと悩み顔の少女だったが、どうやら納得したらしくちょこちょこと可愛らしい足つきで敷居を跨いだ。

「とりあえず靴はそこに脱いで。じゃあ俺はお茶淹れてくるから、そこの居間で適当にくつろいでてよ」

 そう言って俺はキッチンへと入っていった。

あの少女は一体何者なのか。一人で考える時間が、ちょっと欲しかった。

 

 

 

説明
<四季おりおり>
僕の処女作です。
とは言っても実は更新STOPしてるんで未完なんですが^^;
いま見直してみてもやっぱりへたくそだなぁと思いますが、初めて書いた作品なので思い入れも強いです(*´ω`*)
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです^^よろしくお願いします(。・∀・。)
以下あらすじです。

<あらすじ>
ある日、青葉大樹は夢を見る。
彼は夢の中で女性の声を聞いた。
どこかで聞いたことのある声、だけど大樹は思い出せない。
その声は言った
「どの子もいい子ばかりです。仲良くしてあげてくださいね」と。
それからというものの大樹には不思議なものが見えるようになって…?

男子高校生と、四季折々の可愛い精霊さんたちとの生活を描いた作品。
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