月の出ている今日と明日
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黄色くて丸い月が綺麗な夏の夜の事だった。

埋まっているのに飽きた、そんな夜の事だった。

 

「やぁ、そこの人」

 

俺が声を掛けると、その2人は驚いたような表情で立ち止まり、周囲を見渡した。

恐らくそこが竹林に挟まれた路上である事を確認できただけだろう。

 

「誰だ!」

 

男の方が叫ぶ。どうやら警戒されているようだ。

警戒されては俺の遺骨は掘り返して貰えない。何か手を考えるとしよう。

警戒を解くには・・・よし身近に感じて貰うとしよう。

初対面でお互いの事が何も判っていない状態である事を踏まえつつ、身近に感じて貰うにはどうしたら良いか。

いきなり心の底から信頼を得るというのは難しい。そして俺はさっさと遺骨を掘り返して欲しい。ここはひとつ錯覚して貰うとしよう。

 

「俺、俺、俺だよ」

「誰だよ!」

 

間違えた!不信感が増した!

男の方はノリの良い反応を返してくれたが、2人は今にもダッシュで逃げ出しそうだ。

仕方が無いから、さっさと本題に入るとしよう。

しかし『俺の遺骨を掘り返して欲しいんだ』だなんて不躾な事を初対面の人に頼むのはやはり恥かしい。

埋められてしまうとは情けない、というヤツだ。

だが他に人はいないのだから仕方があるまい。軽い感じで何気なさを装いつつ遠まわしに頼むとしよう。

 

「いやいや、実はちょっと掘り返して欲しい人がいましてね・・・」

 

二人の顔が真っ青になった。

恐らく、いま山の中に埋めてきた人の事を考えているのだろう。

惜しい、そっちじゃないんだよなあ。

これだから難しく考える人は困る。誤解を解かなくてはなるまい。

 

「貴方達がいま埋めてきた人の事ではありませんよ」

「ま、まさか、3年前の・・・」

「5年前の事かしら・・・いや7年前かも・・・」

 

何でこの人達、捕まってないの?

 

「おい、あんた。誰だか知らないが、詳し過ぎるぜ。生かしちゃおけねぇな」

 

今のは割と自白よりの会話だったような気がするものの、怒らせてしまった。

これでは目的を果たせない。

 

「何だい。こんな月の綺麗な夜に、俺をどうするって?」

「その月を見れなくしてやるよ」

「そ、それは困る・・・」

 

ひどい。ここ数年の唯一の趣味を無下にする気か。恐ろしい男・・・。

その時、遠くから走ってくる足音が聞えた。

 

「ちっ、見つかったか」

「早く逃げましょう。どれも知られた所で、どうせ証拠なんて無いわよ」

「それもそうだな・・・おいそこのヤツよ。

 誰を掘り返して欲しかったのかは知らないが、精々自分が埋められないように気をつけるんだな!」

 

掘り返して貰ったら、次から気をつけるよ!

そんな事を思ったものの、次の瞬間2人はダッシュで駆け抜けていった。

既に色々と望み薄だった事もあり、新しい登場人物は願ってもない事だ。

 

入れ替わりで現れたのは、額の鉢巻に『見敵必殺』と書いてある少女だった。

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「やぁ、そこの人」

 

俺が声を掛けると、その少女は目を見開いて立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回した。

その視界じゃ、竹林に挟まれた路上できょろきょろした事実しか判るまい。

 

「何だ幽霊か」

 

ぼそりと呟いた少女の言葉。その時、俺に電流走る!

・・・走らなくても良い電流が走ったような気がしたものの、よくよく考えたら別に隠しているわけではないので、むしろ話が早くて助かるという物かもしれない。

 

「いやー、実は掘り返して欲しい人がいましてね・・・具体的には俺をバケツ一杯程」

 

「食べたと思い込んだフグ毒を抜く為に勝手に砂に埋もれて、そのまま行方不明になって息絶えるようなヤツを掘り返す趣味はないな・・・」

 

さっきのきょろきょろで何処まで判ったんだ!?

 

「まぁ、そーなんだけれどさ。そこをちょろっと掘り返してさ。俺を空とか海へ送迎したりとか・・・駄目?」

 

死んだ後くらい海外旅行させてよ。

 

「お前は・・・よし、ならボクが追っていた2人組みの男女を捕まえる手伝いをするなら願いを叶えてやろう」

 

「まじで」

 

俺はさっきの2人組みが偶々降ってきた隕石に頭蓋を撃ち抜かれて、曲がり角の先で寝っ転がっている事実を伝えた。

するとこのボクっ娘はすぐさま走って確認をした後、とぼとぼと携帯電話を片手に歩いて戻ってきた。

 

「・・・警察に連絡した。本当はボクの手で捕まえて、裁判で裁いてやりたかった」

 

何でも3年前にお兄さんを殺されてから、小学校を中退してずっと犯人を捜していたらしい。凄い行動力だ。

ちなみに、両親は5年前にラスベガスで稼ぎ過ぎて埋められたらしい。勝ったと負けたがほぼ同義という実例は切なくなるね。

 

4人家族で3人が埋められた、唯一の生き残りという事か。

 

翌日、律儀にバケツひとつを持って再来したボクっ娘に、俺は掘り返されて所有された。

青い青い空の様な海の様な色のバケツだった。

 

 

半年後―――

俺の遺骨が染み込んだ砂を怪しい所にばら撒いて、そこで起こった事を何故か誰よりも早く知る事ができる、常に青いバケツを持って行動する小学生―――自称名探偵が世間に知れ渡る事になる。俺としては、名探偵の名前が売れて世界中を飛び回る未来さえ訪れて貰えたら、海や空に散るよりも世界中の要所を見て回れるのだ、拒む必要は無い。

 

俺はさらさらと世界を覆い、相棒は未解決の事件を誰よりも憎み青春を白熱させる。

俺達は生と死を超越して、この世界を満喫するだろう。

そうだ、折角だ。満喫して・・・やろうじゃないか!

 

 

―――ここからの数年は、俺が、自分の末路をまだ知らない、懐かしい時代の物語である。

死後に新しい人生を見つけたような、そんな錯覚をした時代の物語である。

説明
超短編。幽霊視点で何かを書くというお題で、とりあえず書いた代物。
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タグ
打切り 探偵 超短編 幽霊 

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