機動戦士Zガンダム -宇宙の女帝- 2
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 チャプター2『エゥーゴ』

 

 

 クワトロ・バジーナがカミーユ・ビダンを招待したのは、エゥーゴの旗艦《アーガマ》だった。

 空母を横に二つ並べたような風貌で、カミーユは今までに見たことのない型の艦だと思った。

 

 カミーユとエマ・シーンが操っていた《ガンダムマーク2》とクワトロとその指揮下の三機の《リック・ディアス》を収容した《アーガマ》は、急速反転し、グラナダ市の港を急ぎ足で出港した。当然だが、ティターンズの手が港にまでまわってきていたからである。さすがにティターンズも港の中では攻撃をしてこなかったが、港を出てから僅かのあいだの戦闘になった。ケガ人こそでなかったようだが、薄氷の上を歩むような作戦だったということだろう。

 

 「連邦軍としては、所属不明艦ということになるな」

 と、ブリーフィングルームのソファーでカミーユやエマを迎えた艦長のブライト・ノア大佐は、《アーガマ》のことをそう紹介し、向かいのソファーを勧めた。クワトロとそんなに変わらない年齢だろうか。今年小学生になる子供がいるというのは、あとで知ったことである。

 連邦軍所属の軍人でも、反連邦政府を名乗ってしまえば解雇されてしまう。現状ではエゥーゴに参加していることを隠し通していられる部隊や個人も多いが、いつまでもというわけにはいくまい。故にエゥーゴは活動資金を別に求めなければならなくなる。現状の兵器は連邦軍の頃からのものでいいとしても、新たな兵器の納入は工廠からは不可能となる。それらの問題点を一挙に解決したのが巨大企業アナハイム・エレクトロニクス社だった。《アーガマ》は、アナハイムのエゥーゴに対するバックアップの具現なのである。

 無論、エゥーゴとはいえその母体が連邦軍にあるいじょうは、オリジナルの戦力ばかりではなく、その実エゥーゴとして活動可能な戦力が現状の連邦軍に潜伏している常態でもある。連邦軍のティターンズ化が進んでいく現状で、そういった“隠れエゥーゴ”の存在は大きく、実質これまでの戦いはそのあたりの政治的駆け引きだった。連邦軍総司令本部ジャブローのキリマンジャロへの引っ越しをティターンズに主導させてしまったことで連邦軍の中枢は完全にティターンズに押さえられてしまったが、各地、それも各サイド自治軍や駐留軍はまだその大半をティターンズ籍にせずにすんでいる。更に、エゥーゴ戦力の三割を占めるのはジオンの残党である。ジオンを名乗る残党勢力は、大小とりまぜ二十をこえる。そのなかでも、旧ジオン思想の実現を目論むでもなく、単純に反地球連邦というイデオロギーにおいてのみ跋扈している勢力は反連邦の旗を掲げるだけでエゥーゴに与したのだ。

 「どんな暴力によって作られた組織でも、どんなに崇高な目的を掲げていたとしても、常に敵対勢力というのは生まれてくるということさ。エゥーゴは、それがなんであろうとも身方にすることにやぶさかではないということだ」

 ブライトとカミーユ、エマの三人の席に、コーヒーチューブを持ったクワトロが自嘲するような物言いで現れた。

 無重力帯でも問題のないようにゼリー常態に加工されたコーヒー味の嗜好品を、ブライトは礼を言って受け取り、

 「そういった組織は、敵を失うと脆いものだがな」

 チューブを吸って失笑した。

 「艦長、それはそれでもいいだろう。もとよりエゥーゴの目的はティターンズの解体、連邦政府の体質改善であって、政権取りではない」

 ブライトはそれに肯きはしたが、靴の上から痒いところを掻くような表情をしていた。根っからの真面目人間なのか、なくなることを前提とした組織作りというものにどこか納得がいかないところがあるのだろう。

 「《ゼータ》もエゥーゴということなんですね」

 話を聞いているうちに、徐々に見えてくるものがあった。エゥーゴオリジナルの戦力は、この《アーガマ》だけではなく、《リック・ディアス》もそうだが、《ゼータ》もということだろう。自分はカムフラージュのために、エゥーゴ的因子を全く持っていそうにないアステロイドベルト方面軍から呼び戻されたということだ。ティターンズより以前からジオンの残党狩りをしていた、それも地球圏外の辺境守備隊の隊員ならよもやエゥーゴの人間と勘ぐられることもないだろうということだろう。事実カミーユはエゥーゴなど名前を聞いたことがあるかないかという程度の認識でしかなかった。つまりティターンズ憲兵は、書類だけの場当たり的でいい加減な捜査をしてはいなかったということだ。結果を急ぐあまり、民間よりはるかに冤罪の多い軍の中においては感心なことである。自分のことながら、カミーユは他人事のように考えていた。そしてまさにカミーユや開発研究室のファ・ユイリィもエゥーゴの活動に巻き込まれてしまったのである。

 カミーユにはそれを知る権利があるとクワトロは言って、《リック・ディアス》の第一次納入も終え、すでにティターンズとの戦闘態勢は整ったと言った。

 「今回の《ガンダムマーク2》強奪は、連中に対する宣戦布告だよ。無論、打電もした。ジャミトフ・ハイマン大将の退役。および、連邦議会員権の放棄。そしてティターンズの解体だ」

 ブライトは、口の奥で唸った。

 交渉が思うようにいかなければ、ジャミトフの軍退役と議会員権の放棄だけでも引き出せればよい。政治方面からティターンズを支える最高司令官がいなくなれば、残りはバスク・オムの私兵と成り下がる。ジャミトフの求心力を失ったティターンズが衰退する蓋然性は高い。

 ティターンズの有りようは確かに脅威だ。政治権力は軍事によって支えられていることは旧世紀から変わらないことだが、軍そのものが政権を握るのは危険である。

 もちろん軍事政権がうまく運営された場合も多いが、うまくいかなかった場合も同じようにある。軍人であるということでもあるが、暴力の総てを安直に否定するほどカミーユは夢想的な理想主義者ではない。国家運営で腐敗がおこり進むのは、それがどのようなことにしても、そこで利潤を得ている者がいるからである。それに手をつけられない周囲の怠慢がいちばんの問題でも、腐敗を根幹から、それも総てを見直そうということであれば軍のような暴力機関が動くことも必要な場合もある。

 ただ、それらはリスクも非常に大きいものだ。

 革命終結後は、軍隊は速やかに政治から躬らの意志で撤退すべきで、それができるわけもないのだから、常に軍隊というのは政権の傀儡でなくてはならないというのがカミーユの考えだった。

 戦争を始めることができるのも戦争を終わらせることができるのも、常に政治家でなければならないということだ。

 「軍事政権なんて、うたかたで夢みたいなものでしょう」

 士官学校で習ったとおりにカミーユは言った。

 「しかし、皇帝を差し置いて四百年だか五百年、軍事政権がミラクルピースを実現した国もあるぞ?」

 「そりゃあ今ほど情報化されていない時代で、きわめて狭い国家でのみ成立したことだな」

 クワトロが茶化すように言い、ブライトも笑った。

 「私は士官学校を卒業してティターンズに抜擢された時、それを誇りに思えたんです」

 男達の談笑にエマ・シーンがヒステリックな反応をした。彼女は、総帥であるジャミトフ・ハイマン大将の心中に軍事を背景にした独裁があるなどと思いもよらなかったのである。そして、あの三十バンチ事件だ。ティターンズに見切りをつけ、《ガンダムマーク2》強奪事件に協力したのはそういった理由があった。

 「我々自身の否定にもなるが、軍事力で政権が取れるほど連邦政府は脆弱ではないよ。複雑だがな」

 ブライトは、またも苦い表情をした。

 ジャミトフはティターンズをして連邦政府の体制を変えようとしている。エゥーゴとて同じ手法を用いているのだ。ただ、そのベクトルが違うだけである。

 「連邦政府の要人たる人間の総てを、お手軽に宇宙にあげられればいいのだけどな。それができないから、ジオン・ダイクンは暗殺されたのだし、ジオン独立戦争は回避できなかった。エマ中尉は、ジオン・ダイクンのことどう思うね」

 「彼の唱えたジオニズムは理想論だと笑い飛ばすこともできますから、政治家になるべきではなかったでしょう。魅力的な思想は、不満を持つ民衆を駆り立てるだけですから、ザビ家がうまれるんです」

 「正確だと思えるが。マルクスは政治家ではない、しかしその死後、レーニンが資本論を革命に利用したな?」

 「ジオニズムをゆがめて利用されようとも、思想家であれば殺されることもなかったっていうのは、短絡的ですか?」

 ジオンと後にジオン公国大公となるデギン・ザビとのあいだにどのような確執があったのかは推し測ることしかできないが、いち思想家でいれば、他のサイドに亡命することも容易だったということだ。そこで、ザビ家一党の否定キャンペーンをおこなうこともできる。内にいるよりも外からの方が働きかけやすいということもあるということだ。ジオンの政治的な動きが連邦政府との摩擦を生んだのは違いのないことに見えたし、ザビ家のちかくにいることでサイド3政府の内ゲバの域を脱することができず、地球圏にその思想が広がるのを遅らせてもしまった。この思想がもっと早くに広まれば、逆に連邦政府は経済制裁をかけることができなかった可能性だってある。ザビ公爵家がジオン公国を牛耳っていても、戦争に踏み切る可能性が下がるということである。もっとも、ジオンがサイド3はおろかズムシティーからも脱出しなかったのはサイド3を愛していたからであろう。もっとも、亡命さえしていれば暗殺される可能性は極端に低くできたというのも確かなことである。

 クワトロはエマの認識に舌を巻く。事後で物事を判断し語るのは容易だが、それを言ってしまうと質問したことの否定になってしまうからやめた。

 「言葉には言葉を、武器には武器だと思うから、エゥーゴに参加してくれたと理解していいということだな」

 こういった考えをしっかりと持った人間ならば信用にたると判断できるものだ。無論、彼女の心情や活動の裏付けとしてである。クワトロは、エマ・シーン中尉を正式に迎え入れるために上層部に掛け合える価値があるとふんだ。

 「そういうカリスマは必要です。ジオン・ダイクンやシャア・アズナブルみたいな人って、エゥーゴにはいないんですか?」

 カミーユは、わざと少しのんきな声をつくった。エマは、考えだしたり語りだしたりすると止まらない性分のようだと判断したからだろう。

 「紅い彗星は、ただのパイロットだな。エゥーゴにも指導者はいるよ。まだ、名前はあかせないが」

 クワトロは軽く笑いながら、カミーユ・ビダン少尉もエゥーゴに引き込む価値のある青年だと思った。

 

 

 いち就寝できたカミーユは、《アーガマ》のモビルスーツドックに顔を出していた。

 クワトロとブライトの一存で艦内での自由が認められていたのである。エマ・シーン中尉が監視員つきだということからすれば、破格の待遇だった。カミーユとクワトロの付き合いの長いことが一因であるが、逆に、ティターンズ出身者であるエマを即座に認めてしまうのは《アーガマ》のクルー感情を逆撫ですることにもなるからである。

 

 モビルスーツドックでは、戦利品の《ガンダムマーク2》のひとつにスタッフが六人ほどついていた。

 うち二人は、見覚えのある制服を着ている。アナハイム・エレクトロニクス社のスタッフだった。

 興味はあったが邪魔になってもいけないという忖度が働く。エゥーゴのオリジナルモビルスーツである紅い《リック・ディアス》が《マーク2》の横に立っていたので、キャットウォークの手摺りを蹴って無重力空間を泳ぐように流れていった。

 「お前、新人だな。《マーク2》の強奪に協力したっていう」

 《ガンダムマーク2》に張り付いていた、ツナギ姿の自分よりは年上に見えるクルーが、カミーユの姿をみとめてこちらに流れてきた。

 「すみません。艦長はいいって言ってくれたんですけど?」

 その無精ヒゲのクルーはべつだん怒っている風でもなかったが、慇懃にはしておく。ここは彼らメカニックの職場だし、そういった所思の者は部隊にかかわらずパイロットには排他的なもなのだ。

 アストナージ・メドッソだと名乗ったクルーは、カミーユの肘を掴み、

 「艦長からは聞いているが、《マーク2》を運び出すまでは遠慮してくれるか。程なくだから」

 と、重力ブロックにあるレクリエーションルームまで連れてきた。

 アストナージの胸の階級章を見ると曹長なので、少尉の自分にこのような態度で接することはおおよそ憚りがあるはずだから内心驚いた。以前の部隊でこんなことだと、部下の教育をちゃんとしていないと更に上官に叱られたものだから、抵抗がないわけでもなかった。しかし彼の方が年上なのは確かだし、この艦でもエゥーゴとしても古参なのだから問題はないとも思う。エゥーゴとはそういった組織なのではないか。

 「他の処をまわっていますよ。アストナージさん、戻らなくていいんですか?」

 だから敬称をつけていた。

 「退屈してたんだよ。書類の方はもう片付けちまったし、アナハイムの連中で好きにするってことよ」

 仕事は終わって、あとは仕事と関係のあるようなないような談話というか社交辞令の応酬だったということだろう。

 「《マーク2》は、アナハイムが引き取るんですか?」

 「アナハイムにとって軍は商売相手でも、その工廠ってのは商売敵だしな。量産型のライセンス生産はできても、ブラックボックスまではな。《マーク2》なら、まだそうされてない部分があるだろうし」

 カミーユをテーブルに着かせると、アストナージはアルミ製のボウルを取り出した。汗をかいているのはそれが冷えている証拠だった。

 のぞき込むとそこには冷水に浸されたいっぱいの白く細いパスタがあった。スパゲッティーと似ているように思えるが、こんな盛りつけは見たことがなかった。ボウルの横に置いてある涼しげなガラスのカップには、見た目コーヒーのようなものが入っていた。コーヒーでないと判るのは、その香りがしなかったからだ。

 「こんなの、食堂のメニューにもなければ酒保じゃ売ってないですよね。銀蝿ですか?」

 銀蝿などという言葉にアストナージは軽く笑った。不正規の手順で入手された嗜好品のことをいう宇宙軍の古いスラングである。以前カミーユがいたアステロイド辺境守備隊は、連邦宇宙軍創立からの部隊で将兵の出入りも少ないので古い言葉が残りやすいのである。

 「メカニックにゃメカニックのルートってのがあるんだよ。ま、銀蝿だ。連中を送り出してからいただこうかと思ってたんだが、やるよ」

 「いいんです?」

 《アーガマ》に来たカミーユが一番気になっているのは食事のことだった。士官学校、辺境守備隊、アナハイムとこれまでの任地で同僚から嫌忌されたのは、カミーユがベジタリアンだということである。士官食堂のメニューで、ひと皿まるまる平らげることのできるメニューは無いと言ってもよかった。辺境守備隊の遊弋軍艦勤務の時はレーションになってしまうのでもっと切実だったのである。《アーガマ》もまさにその軍艦だ。メニューの少なくなる軍艦でよもやスパゲッティーにお目にかかれるとは思わなかった。

 「スパゲッティーじゃねぇよ。ソーメンってんだ。小麦粉の種類が違うんだと」

 フォークに巻き取って、それをもうひとつの器のソースに浸して食べるのだそうだ。ソースをはじめから麺にかけないで食べるのがフーリューなんだとも言った。

 メニューの少ない食堂にいくと気が滅入るということもあって朝食はまだだったので、カミーユはありがたくいただくことにした。しょうしょう食べにくかったが、未体験の味はまさに新鮮だった。

 「いつも食べてるってわけじゃないですよね」

 そんなことは分かりきっていたが、黙々と食べていることに居心地の悪さもあったし、話題が思い浮かばなかったのである。

 アストナージは、当然だと愚痴るように掌を顔の前で振ってから、

 「艦長は、お前に《マーク2》を任すって言ってる。ガンダムだとすりゃあ、お前がニュータイプだってことじゃないのか?」

 カミーユは、思わずソーメンを吹き出しそうになった。自分がエゥーゴに参加するいじょう、他に庶務はあってもメインはパイロット以外には考えられないから驚くほどのことはない。強奪機である《ガンダムマーク2》をそのまま運用することにも面食らっているが、そんなことよりニュータイプだと決めつけられていることに驚愕しているのである。

 「なんです、そのニュータイプって? ガンダムでニュータイプなら、エマ・シーン中尉だって」

 「ホワイトベース艦長だったブライト・ノア大佐がガンダムのパイロットを指名するなら、ニュータイプだって、アムロ・レイの再来ってことじゃないか?」

 どこかで聞いたことがある名前だと思っていたら、ブライト・ノアといったら元第十三独立部隊ホワイトベースの艦長の名前だ。一年戦争の末期、たった一隻で遊撃作戦という囮を遂行した伝説的艦長である。ホワイトベースクルーの総てがニュータイプであったとも言われていた。ブライトにはニュータイプ部隊を率いた実績があるから、その資格もあるとアストナージは言うのだろう。

 初体面にも関わらず、アストナージが妙に好意的な理由が解った。ニュータイプという人種に興味があったのだろう。

 「ブライト艦長だとしても、僕はニュータイプではないし、アムロ・レイでもないですよ」

 ソーメンをごちそうしてもらったからとはいえ、過度な期待をかけられても困るのだ。

 「アングラで読んだことがあるんだが、アムロ・レイってニュータイプ論については詳しく語っていたが、自分のことは終始否定していたんだよな」

 アストナージは北叟笑むようにした。

 軍人というのは、民間人に言わせればどうでもいいようなジンクスを大事にする。生還率の高い部隊があると噂を聞けば、そのまねをしてみせたりその共通点を探してみたりするのである。生死の狭間にいないと出てこない発想ではある。

 そういう心裡を理解はできるが、カミーユは嘆息するしかない。そんな能力があれば、グラナダ市でティターンズの憲兵に捕まるようなヘマはしないだろうし、クワトロ大尉がエゥーゴのメンバーだということくらい見抜けていただろう。疑うことすらしなかったのだ。

 「だいたい《マーク2》はアナハイムに渡すって、さっき言ったじゃないですか」

 「一機、データ採集用にな。お前がどう《マーク2》をぶっ壊してもいいようにってことだ」

 アストナージの顔を見て、カミーユは辟易とした。

 よもやブライト艦長まで自分を誤解しているのではないだろうなと、カミーユは暗澹ともした。

 

 

 ソーメンを食べ終えたカミーユがアストナージとドックに戻ると、黒かった《ガンダムマーク2》の装甲が明るめの灰色に塗装されているところだった。無重力状態では塗料をスプレーで吹き付けるということはできないので、塗装シートを張りつけて台紙を剥がす、といったような作業がなされる。イオン圧着で乾燥時間を待つ必要もない。お菓子のおまけについてくるシールのようなものだ。

 『これじゃぁ本当に《ガンダム》だ』

 再塗装を施されている《ガンダムマーク2》を見て、幾度か見た軍の資料写真をカミーユは思い出した。

 「エマ中尉からの情報だと量産体制にはいってるっていうから、ティターンズも使うかも知れんからな。識別信号を出すのは当たり前でも、別の色にはせにゃならんだろ?」

 この時代、ミノフスキー粒子の所為で目視は戦闘のさいに非常に重要なファクターである。機体色というのは、敵味方の識別に効力を発揮するのだ。

 アストナージの指示でこの配色にしているらしかった。《マーク2》を引き取りに来たアナハイムの技術者が塗装シートを持ってきたのだという。

 いくら量産体制にはいっていたとはいえ、強奪されたような縁起の悪い機体をティターンズが本格的に量産するとは思えなかった。とはいえ開発費を無駄にもできないから、予算をもうひと乗せして、最外部装甲の変更くらいはするのではないか。ただ、この予想があたったとしても確かに塗装は変えねばなるまい。これまでの《マーク2》の黒は、ティターンズのイメージカラーでもあるのだ。反連邦政府いじょうに、反ティターンズの旗の下に集ったエゥーゴのスタッフもいるからその心情を察する必要はある。もっとも《リック・ディアス》の頭部メインカメラにジオン式モビルスーツの象徴とも言えるモノアイ型カメラを搭載せねばならないほどエゥーゴの中のジオン勢力に気を使うのだとすれば、ガンダムそのものが問題だという理屈もありはする。言い出せばきりがないということにもなるが、多少の例外は認められねばならないということだろう。それに《アーガマ》のクルーにジオン系の人間がいないということなのかも知れない。

 「いくら《マーク2》だからって、一年戦争の《ガンダム》はプロトタイプだからトリコロールになってたんでしょ?」

 《ガンダムマーク2》が正規の量産型なら、なにも本当に《ガンダム》の塗装にする必要はあるまいにと思う。

 「お前、本当に宇宙軍のパイロットなのか?」

 この《マーク2》の配色が気に入らないのだと、カミーユの言葉から察したアストナージは、宇宙軍の士官らしくない迷彩塗装の感覚に訝しげな表情をし、刹那に脂下がった顔になった。

 「そんなことは解ってますよ。でも、玩具みたいじゃないですか」

 明るめの塗装では暗い宇宙空間で目立つのではないか、などと素人のような認識をカミーユが持っているはずがない。無論アストナージもそれは解っているのだろうが、ひやかしてみせたのである。

 ミノフスキー粒子散布下の宇宙空間において、通常の色彩感覚は通用しない。ミノフスキー粒子に太陽風が屈折する際に、可視光に影響を与えるのである。陸海軍の人間には意外なのだが、紅、緑系で彩度の低いもの、そして黒、灰色が認識しにくい色なのだ。たしかに一年戦戦争の時に運用された極彩色の《ガンダム》は論外ではあるが、白系だから暗い宇宙で栄えるというものではない。ミノフスキー粒子の所為で敵味方識別の為の機体色が重要なファクターになっているというのと矛盾するようだが、目立つことも困りものなのだ。

 「やっぱり《ガンダム》なら、黒はおかしいんじゃないか。はったりでも何でも、それらしいことはやってみせるべきなんだよ」

 と、アストナージは自分の配色センスに悦に入っているようだった。カミーユをアムロ・レイに準えることに余念がない。《ガンダム》を乗せたブライト・ノアが指揮する《ホワイトベース》、そのクルーの生還率の高さは軍上層部でも話題だったらしい。この《アーガマ》が《ホワイトベース》のようになっていくことは安心できることなのかも知れない。

 《ガンダムマーク2》の色が変わっていくのを見ていると、そんな気分が納得できてきた。一年戦争時の《ガンダム》に似た配色ではあるが、そこまでコミカルでもない。あのセンゴクムシャのような風体には灰色も似合っているように見えてきたのである。

 当時の《ガンダム》はプロトタイプであるにもかかわらず、敵のモビルスーツに対して多くのアドバンテージがあった。その運用後期には共用部品以外の供給がおいつかず、他兵器の部品で間に合わせるという暴挙をおこないぼろぼろだったと言うが、これもまた連邦軍の武勇伝とされていた。この《ガンダムマーク2》が敵機に対して同じだけの性能差があるとはとても思えなかったが、やってみせようと思いはじめていた。

 「色で強くなれるなら、あやかってみたいもんです」

 皮肉でも悲観でもなんでもなく、本気でそう言っていた。

 あのようなかたちでグラナダ市を脱出してしまって、自分が行ける場所など他にあるわけもない。

 カミーユは、覚悟を決めるしかないとあらためて思った。

 

 

 モビルスーツドックで《リック・ディアス》の簡単なレクチャーをすませたカミーユは、昼食をとろうと食堂に来て、そこでエマ・シーン中尉を見つけた。同じグラナダ市からの脱出組という親近感を勝手に持ってもいたし、エゥーゴへのスカウトも半分は彼女がしてくれたようなものだ。それに、この艦で真っ当な会話が成立しそうなのはクワトロ大尉とアストナージ曹長、そして彼女しかいないからカミーユが声をかけたのは当然の成り行きだった。

 「エマ中尉は、これからどうするんです?」

 バゲットを四分の一とサラダをトレーに乗せたカミーユは、エマの向かいの席に着いた。

 「カミーユ少尉。監視員がいるっていうのは、どの任務にも就けないってことでしょ。私がティターンズのスパイだってなんの不思議もないんだから」

 エマは悪びれることもなければうんざりした様子でもなく、食堂入り口の監督官を目でしめした。

 カミーユのようにもともとエゥーゴに利用されていたような連邦の士官であれば警戒されることも少ないのだが、ティターンズのメンバーであったとすれば簡単に信用されるわけもない。監視員をつけられ、その期間を知らされずに組織の中を泳がされることになる。プライベートも極端に制限されるほどの生活をしなくてはならない。尤も、強奪作戦をエマに持ちかけたのはエゥーゴ側、クワトロ・バジーナ大尉だという経緯があるから普通よりも期間は短いのではないかとエマは言った。

 クワトロは《リック・ディアス》や《ゼータ》の開発に携わっているから開発士官だとばかり思っていたが、モビルスーツを華麗に扱ってみせたりもするしスパイのようなことまでするまさに何でも屋だとカミーユは感心した。ただ苦労性という言葉は、クワトロ大尉のためにあるのかも知れない。富は得られるかも知れないが、貧乏くじを引き続ける人なのではないかと漠然と思った。

 「奥さんはいないって言ってたけど、恋人はできても結婚はできない人かもな。奥さんになる人、可哀想ですよ」

 「それは、我々軍人ならみんないっしょじゃないのかしら?」

 それでもエマは、カミーユの洞察にのどを鳴らして笑った。彼女も思うところがあるのだろう。

 エマ・シーンのようなしっかりとした人というのは、どこそこ子供というかともすればマザコンではないかと思えるクワトロには合うのではないかとカミーユは思った。

 「いい男だから、女の人はほっとかないって気がしないですか?」

 「それ、私をあおっているつもりかしら?」

 小首を傾げて、エマはカミーユの瞳をのぞき込むようにした。

 「そんなんじゃないですよ。中尉がどんな人が好みなのかって、興味があるのは認めますけど」

 カミーユは狼狽しているのを隠しきれなかった。

 「私こそ、結婚できるのかしらね」

 とエマは嘆息した。女だてらに軍人、それもモビルスーツのパイロットになってしまったら、男が寄ってこないというよりも男に寄りかかろうという気分になれなくなったと自分の心境の変化に驚嘆しているのだという。

 「フェミニストには怒られそうですが、戦うとか戦争とかってもともと男のものですからね」

 エマの職業選びを否定するつもりではないが、これはカミーユの経験則である。

 一年戦争後は、女性の軍などの国防関係への進出が加速的に増えていた。

 それは、旧世紀末期に権利だの平等などといってブームになったものとは賦質を異にしている。

 一年戦争最初の一ヶ月で、地球圏は人口の半数を失ってしまった。ジオン軍による地球へのコロニー落としがその最大の原因であり、その後の各サイドへの侵攻により多くの将兵の命が奪われたのだ。テクノロジーの進歩が大量殺戮を可能としたということでもある。

 士官学校や兵の採用基準は引き下げられ、体力面で不利だった女性の増加を招くことになる。モビルスーツに限らず女性のパイロットは稀有であったが、全体の三割に迫っていた。

 エマ・シーン中尉もそんな中のひとりである。

 そんな中のひとりではあるが、一年戦争という要因が無くても彼女は軍人になっていたのではないだろうか。

 それは、今回の《ガンダムマーク2》強奪事件に協力したことから証明できる。

 「私は、三十番地事件の実行犯なのよ」

 そして、だからエマ中尉はティターンズを見限ったのだと、その事実に驚くよりもさきにそう思った。ティターンズが毒ガスを使ってコロニー住民を虐殺したから裏切ったのではなく、自分がその片棒を担いでしまったからなのだ。

 命令にさえ従っていればサラリーを受け取ることはできるのが職業軍人だ。士官学校を卒業してさえいれば、十年間昇給しつづけることは保証されている。試験を受けなくても、三階級の昇進もできるのだ。それが地球連邦軍の給与システムである。そしてティターンズであれば、さらなる手当すらあったはずである。そんな中で、組織を裏切るという行為はそれらを放棄するということでもあり、主義や主張がなければできることではない。

 「中尉とはこうやって話すのは初めてですが、こうしたことって似合ってるって思えます」

 飛躍した返事だったし、まともに会話をしたことのない相手には失礼かとも思ったが、カミーユの正直な気持ちだった。

 「軍人になれば人殺しを商売にしているって、平和主義者みたいな人なんかに言われたりもするわけでしょう?」

 志の高い軍人にとって、それは呵責でしかない。事実、そういった平和ぼけから発した人道主義に押しつぶされてた軍が爆発し、政権を掌握して国家をひとつ転覆させかけた歴史が旧世紀にもある。しかも、怨嗟が政府を傀儡にしたのではなく、国家国民を護りたいというただひたすら正義感がそうしたのだ。人殺しと言われればいわれるほど、軍人はその言葉や行為に過剰に反応してしまうのである。今のティターンズが政権を掌握しようとしているのは、旧世紀にあったことの焼き直しかも知れないのだ。

 軍人は、その規定に則って決められた者のみを殺す。そういった規範が存在するから、私怨のない相手を殺すことにも自己を得心させられるということだ。

 三十バンチのデモ鎮圧作戦でのバスク・オム大佐の命令は、その規則を無視したのだ。自己弁護の機会を軍人みずから放棄したようなものである。

 「人殺しの言い訳の道具を残しておくことに執着しているつもりもないし、エゥーゴに参加したところで罪が消えるなんて思わないけど」

 エマの言いようは、軍人にとって切実である。カミーユとて殺人者の汚名を着たくはない。無論、ティターンズが現在ほどの勢力を持っていなければ真っ当な軍法会議が開廷され、エマには情状酌量があり無罪の可能性すらあるだろう。現に作戦では睡眠ガスと聞いていたわけだし、後に抗議でバスクに上申したさいにはきつい張り手の後に「ティターンズであったことにこそ感謝しろ」と、ティターンズの軍法会議は命令違反のみだとまで言われているのだ。

 「司令官や兵は、人や兵を殺さない。人を殺すのは戦争だ。戦争という大儀が人を殺すのだ……って、これ、僕の出た士官学校で校長に何度か聞いた言葉です。エマ中尉のやったこと、やっぱり間違ってませんよ」

 なんと言ったところで、今のエマを慰めることなどできないだろう。ただ、カミーユは明るく彼女の今の行動を肯定することだけに努めた。

 

 「ちょうど二人が揃っていてくれたな。エマ中尉、《マーク2》のレクチャーをカミーユ少尉にやってもらいたいのだが」

 クワトロも食堂に来た。

 「ずいぶんお急ぎのようですね? 《アーガマ》まで《マーク2》を運べたカミーユ少尉になら、程ないレクチャーですむとは思いますけど」

 「あと一時間ほどで、アンマンの港に入港する。エマ中尉には、そこでこの艦をいちど降りてもらいたいのだ。ティターンズでバスクのそばにいたのだから、いろいろとな。そこで補給をすませたら、すぐにキリマンジャロ攻略作戦の為に出航せねばならんからな」

 アンマンとは、月面都市のことである。実はエゥーゴ最大の拠点なのだが、非合法組織であるということや、その活動理念の為にそうであるとは公表されてはいない。

 エマがティターンズの士官であったことを指摘するわりに、クワトロの口は軽かった。

 「大尉、中尉にそう言うのは、信用できているってことなんですよね」

 カミーユは声を明るくした。質問というよりも、念を押したといった方が正解だろう。

 クワトロは言葉をうけて、食堂の入り口の処に立っている監視員を顎でさした。

 「私とて、そこまで厚顔無恥ではないよ。中尉や彼には悪いが、他のクルーの手前のポーズなんだ」

 「了解です」

 エマは脇をしめて誠実な敬礼をクワトロに向けると、カミーユもそれにつられてそうした。

 エマの声が明るい張りのあるものに感じられたから、彼女が生まれかわれるきっかけを本当に掴むことができたのではないかと思った。

 

 

 《ガンダムマーク2》のレクチャーを受けるために、モビルスーツドックの無重力帯でエマのうしろを泳いでいると、クワトロの紅い《リック・ディアス》がカミーユの視界に入った。

 クワトロ・バジーナという士官はいったい何者なのだろう。

 今回の自分も飛び込んでしまった一連の事件で、カミーユはクワトロから苛ぐようなイメージを感じ取るようにはなっていた。

 『悪い人ではないんだ』

 そして、こういった感慨も根拠もなく持つことができる人間でもある。ある意味いちど騙されてはいるのだが、それを不快だとは思えなかった。何かを隠すことに悪意ばかりでないことは解るから、彼のつかめない部分を拒否の理由にはしたくはなかった。

 それでも、いくら連邦軍が人手不足だといってもクワトロの働きようは異常だと思う。《リック・ディアス》や《ゼータ》のようなモビルスーツを極秘裏に開発するために東奔西走している傍らで、モビルスーツのパイロットをやるようなことはなかなかできるものではない。開発していたアナハイム・エレクトロニクス社は、連邦軍、ティターンズにも納品しているような企業なのだ。クワトロ本人は、企業の巨大さと強力なバックアップの賜だと言い切っているが、ならそのバックアップを引き出す人脈はどういったものなのか。それが不思議でならなかったところをもってきて、《アーガマ》に来てみれば、どうやら政治向きの活動もしているように見受けられる。完全に軍人の範疇をこえていた。将官ならまだしも尉官が、である。有事特殊軍法で昇進の辞令を受けぬままに役職に就き、上官に命令を下されるようなことはままあるのだが、彼の場合はそれに当てはまっていない。

 「少尉は以前、なんてモビルスーツに搭乗していたのかしら?」

 エマが振り向きざまに質問してきたので、それきりカミーユはこのことについて考えるのをやめてしまった。

説明
Zガンダムを小説にしてみました。
映画用にシェイプすると? がコンセプトです。
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ガンダム カミーユ サラ ファ エマ シャア 

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