動戦士Zガンダム -宇宙の女帝- 3
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 チャプター3『確執』

 

 

 サラ・ザビアロフ曹長は、ティターンズ所属の新造軍艦《ドゴス・ギア》のモビルスーツドックで、モビルアーマー《メッサーラ》のコックピットに坐っていた。今、テスト飛行から帰ってきたばかりである。ここのところ、一日おきに《メッサーラ》のテストを繰り返してばかりだった。

 サラ自身も関与した《ガンダムマーク2》強奪事件でエゥーゴとの戦端が開かれはしたが、それ以後の戦闘は皆無だった。他の部隊で戦闘があったという情報もはいってはいない。現在《ドゴス・ギア》の駐留しているフォン・ブラウン市はいちおう前線扱いではあるが、それは月面都市だからというだけでしかないようなのである。実際、エゥーゴなる敵がどこを拠点としてどのような作戦行動をとってくるのか判らないいじょうは、前線も何もない。ただ、フォン・ブラウン市、アンマン市、グラナダ市をはじめとする月面都市のほとんどが地球圏においては経済の中心地である。そこを敵に抑さえられるのは、ティターンズや連邦軍は避けねばならない。軍事的に制圧されることもだが、エゥーゴ側に着かれてしまわれないように牽制の意味もあった。ティターンズの重巡洋艦《ドゴス・ギア》が駐留するのは当然のことだということはサラにも理解できた。

 ただ、エゥーゴの要求がジャミトフ・ハイマン大将の退役と連邦議会員権の剥奪であれば、本人を拘束したほうが早いのではないかと思える。武力を用いないで戦争が片つけばこれほど安価で安全な方法はない。もっとも、ジャミトフ大将とて簡単に捕らえられるような環境にいるはずもないと言えばそれまではある。

 「連邦政府の改革は通常の政治力だけではもうなされない、と閣下は歎いておられた」

 思惟を巡らせていたサラは、思わずひとりごとを言っていた。

 今の連邦政府の改革には、軍事力を背景にした独裁体制をとるしかない。その為のティターンズなのだとジャミトフ閣下は呟いていた。紀元前の共和制ローマでも大きな改革が必要であると見なされた場合、臨時職の独裁官を時限式で設置していた。現在の連邦政府にはその機構が無いから、というジャミトフのこの行為は正直すぎる方法だとは言える。が、様々な思惑が交錯しすぎる議会制絶対民主主義、というよりも多党政治では起死回生の政策が打ち出されることはない。議会、何よりも人類や地球が緩やかに死に向かっていくだけだというジャミトフの言い分は至極真っ当に思えた。

 そしてまたどのような理由であれ、ティターンズが武装するいじょう、その解体を迫るエゥーゴが武装をするのは自明の理である。ただ、エゥーゴが戦闘にこだわるのは、連邦軍をその母体としていようとも内に噂どおりにジオン軍の残党を抱え込んでいるからなのだろうと思った。彼等に対しても、戦闘をしてみせるポーズが必要だということもあるのだろう。エゥーゴとジオン軍残党の関係については流言飛語の域を脱しないが、それも本当なのだろうと思っていた。

 『フォン・ブラウンよりもグラナダ、それよりもキリマンジャロよね』

 ティターンズの宇宙での拠点はグラナダ市であるし、最大の拠点は地球のキリマンジャロである。サイド7の二基しかないコロニーを二基ともに基地化をすすめているという噂もありはするが、どのみちここが戦場になることはまずないのではないかと、サラはノーマルスーツのヘルメットを外しながら鼻歌を歌いはじめていた。

 

 “サラ曹長。ここんところ解んないかな”

 「はい。見てみます」

 すでに《メッサーラ》にとりついてくれているメカニックからの接触回線にサラは返事をした。

 これまで所属していた部隊では人手不足でパイロット業務以外のことも任されていたというのは、戦時下ではなかったが小さな部隊だったということもあるのだろう。しかし、ここにきてからはパイロットだけをやっていればいいという境遇になっていた。ただし、《メッサーラ》のメンテナンスに一部だけではあるが付き合うようになっていた。

 これは人員不足を補うという類のものではなく、《メッサーラ》の特殊性からだ。

 あまたある兵器の中で、《メッサーラ》は民間企業のものでも軍工廠によるものでもなかった。

 パプテマス・シロッコの設計、開発、建造によるものなのだ。

 シロッコが以前に所属していた木星師団の巨大タンカー船《ジュピトリス》の巨大ドックで量産までされていたものである。ティターンズに転属になった際に三機ほど持ち込まれたのだが、その開発経緯ゆえに通常のノウハウが通用せずメカニック泣かせの部分がいくらかあるのだ。シロッコ本人からメンテナンス要領のレクチャーを受けてはいるので、サラが手を添えられるところもあるのだ。そのサラとはいえ、解らないところだらけだというのが本当だった。木星圏コロニーオリジナルのパーツも多く、現状のメンテナンスは部品の交換というよりも部品そのものの補修で賄っていた。持ち込まれた三機の内の一機と図面はティターンズ宇宙基地グリプスの工廠に運び、予備パーツを造らせる運びにはなっているが、他のモビルスーツのパーツよりも製造が困難だろう。

 《メッサーラ》の他にもシロッコは工廠に図面を持ち込んでプロトタイプの製造を依頼しているし、完成品設計図と称して《ジ・O》というモビルスーツをアナハイム・エレクトロニクスのフォン・ブラウン工場に預けていた。まさかシロッコひとりでそれらのモビルスーツや《メッサーラ》の図面を引いたわけではないだろうが、得体の知れない何かを持っているように思えた。

 

 そんなことを頭の隅で考えていると、そのシロッコが傍らに立った。

 「サラ・ザビアロフ曹長。やはりここにいてくれたか」

 「はい。メカニックの皆さんは頑張ってくれていますしたくさんみえるのですけど、臨戦態勢にできるようにと思ってます」

 サラは、あわてて立ち上がると毅然と敬礼した。

 メカニック達に曹長を借りると言ったシロッコは、サラをドックの反対側に誘った。

 そこにはとんがり帽子をかぶったような二機のモビルスーツが他のメカニックの点検を受けていた。

 六時間ほど前に、アナハイム・エレクトロニクス社のフォン・ブラウン工場から入荷した新型モビルスーツである。《ガンダムマーク2》強奪事件のさいに、エゥーゴと名乗った三機のモビルスーツの生産メーカーとして、いくつかある軍事企業の総てが疑われたのだが、アナハイム・エレクトロニクス社はもっとも疑わしいとされた。すでにティターンズ憲兵に押収された《ゼータ》というモビルスーツの研究開発をしていたチームが、エゥーゴからの要請であったことは明白になっていたからだ。アナハイム・エレクトロニクス社は、謝罪の表明と責任疑惑追及の回避にこの《ハンブラビ》を格安で納入する方針を発表したのである。《ハンブラビ》を納品しながら、裏では紅い彗星のモビルスーツをも生産しているのであろう強かなアナハイム・エレクトロニクス社を、サラは軍人としては冷笑するしかないと思っていた。

 「《メッサーラ》でなくても、これの航続距離なら行って来られるはずだ。《アーガマ》というエゥーゴの艦に行ってくれ。一時間後だ」

 「何をすればよろしいのです?」

 「二日後、バスク大佐の命令でジャマイカン少佐の機動部隊がサイド4にG3攻撃をかける。そのコロニーを月のアンマンに落とす作戦だ」

 シロッコは、表情を全く変えずに淡々と言った。

 サイド4自治政府は、連邦政府議会のティターンズ政権是非の表明を保留し続けているという経緯がある。そして月面都市アンマンはエゥーゴの最大拠点であるともくされており、その否定はしているもののティターンズの調査を拒否していた。ティターンズに相容れない二つの勢力を同時に沈降させ、地球圏に覇権を示すことできる作戦だった。

 「リークすればよろしいのですね?」

 「その通りだ。我が部隊としては異を唱えることもできるが、バスク大佐は歯牙にもかけないだろう。とはいえ、この時勢で武力衝突というわけにもいかんからな」

 察しのいいサラの頭を、子供を誉めるように撫でたシロッコは微笑みもみせた。

 シロッコに触れられてサラは声を柔らかくしたが、毅然とした言葉で小さく叫んだ。

 「民間人に危害を加えるのは、騎士道に反します」

 「その気概、まさに士官にふさわしいな。《アーガマ》から帰ってきたら、准尉への昇進辞令が下りる予定だ。バスク大佐は、《メッサーラ》のメガ砲の皮肉に応えたつもりなんだろう」

 シロッコはサラの掌の甲に接吻をすると踵を反した。

 サラには驚く余裕も与えられなかった。紅潮した表情を見られずにすんだのが複雑な気持ちにさせた。

 

 

 ティターンズの最大の拠点キリマンジャロ。その攻略艦隊の集結地点に、アンマン市で補給を終わらせた《アーガマ》が向かっていた。

 そこにサラ・ザビアロフが操縦する《ハンブラビ》が前方から現れ、一時はスクランブル騒ぎになった。しかし、信号断が上がり、それが休戦の意志を表すモノだと判って《アーガマ》が逆の方向にあわただしくなった。

 「このモビルスーツに私以外の者が触れれば爆発しますから」

 甲板に降りたノーマルスーツ姿のサラは、出迎えたクルーの前で遠隔操作でも仕掛けた爆薬に点火ができると言った。

 

 ブリーフィングルームに通されたサラの話を聞くことになったのは、クワトロとカミーユだった。

 一年戦争後の人員不足とはいえ、この若さで兵士であることと、サラの緊張した面持ちにカミーユは内心驚愕していた。

 下士官でモビルスーツのパイロットというのも異例だ。

 「ティターンズの君が、なぜ裏切りのような真似をするのか理解できないな」

 サングラスをはずさないクワトロは、テーブルを挟んでサラの目の前で腕も組んだままほどかなかった。

 サラからもたらされた情報はリアリティがありはした。他の参謀士官なら間違いなく躊躇するが、三十バンチ事件の首謀者であるバスク・オムならやりかねない作戦だ。そのコロニーをアンマン市に落とすこととて、やりかねないだろう。

 事件がきっかけでエゥーゴに寝返ったエマが聞いたら発狂しかねない、阻止すべきだと一も二もなく主張するなとカミーユはその状況を想像した。様々な憶測があるとはいえ、エマをアンマン市に残すことにした情報部の判断はここにきて正解だったのだとカミーユは思った。

 「こんな作戦こそティターンズではないのです。内部にいる私の力では、この作戦を阻止できないのです」

 サラの口調は多少ヒステリックになっていた。エマと同じように、高い志を持って入隊したにもかかわらず軍の内情を知って幻滅したというところなのだろうか。国際法に抵触する作戦を放置することに罪悪感を抱いているということは理解できた。

 情報にリアリティはあっても、同時にそれが正確であるという保証がないことも確かだった。いくら現在のティターンズの強権を駆使したとしても、幾度も蛮行を隠蔽しきれるものではない。民間人殺害を合法化するための国際法の改廃も議会を通過するはずもないし、むしろティターンズの権威を落としかねない。

 いくらバスクでも、そんなリスクをおかすのだろうか?

 「我々をはめるためのティターンズの作戦ではないのかと、私が疑っているのを曹長は承知できるな?」

 「それは、そうです。しかし、サイド4の駐留軍や自治軍ではこの作戦は阻止しきれないでしょう。コロニーが動き出してしまっては、距離が短すぎてアンマンの自治軍も役には立ちません。前もってアンマンやサイド4の護衛に動いても、後に侵略のレッテルを貼られる可能性もあります」

 疑われていると知らされてもサラは怯まなかった。エゥーゴを罠にはめるためではなく、真にバスクの作戦を止めてほしいのだから、訴え続けるしかないと思っていた。ジャミトフ閣下はこのような作戦は望んでおられない。しかし、ティターンズは閣下の権限を背景に大きくなったにもかかわらず、既に彼では制御をしきれないところまでになっている。とはいえ、そのティターンズのおかげでジャミトフの権限が今もなお大きくなってきていることも、皮肉であり事実なのだ。

 「カミーユ少尉。曹長には返っていただいてくれ」

 「しかし、大尉」

 立ち上がってしまったクワトロが、何のリアクションも示さないことにカミーユは抗議した。

 この情報に間違はない。罠であったとしてもそこにティターンズがいることには変わりがないし、情報どおりの機動部隊が相手になるなら《アーガマ》だけでは対抗しきれるものではない。陥穽で情報以上の艦隻数であれば、はなからどうしようもないのだ。それでも作戦は阻止しなければなるまい。キリマンジャロ攻略は後に回してでも、その艦隊の一部をこちらに回せるよう手配すべきではないのか。

 「信じていただけないのですか?」

 サラは悲鳴をあげるが、クワトロは取り合わなかった。もう一度カミーユに、サラを連れて行くように言っただけだった。

 

 甲板まで案内するあいだ、カミーユは居心地の悪さを振り払うためにサラに話しかけていた。もうひとりの監視員の目も気になったが、サラ・ザビアロフ曹長の若さも気になったのである。

 「そんなにティターンズのやりようが気に入らなければ、やめてしまえばいいと思いはしないのか」

 いずれティターンズに飲み込まれてしまうであろう連邦軍に見切りをつけた躬らをなぞらえてみる。

 「率直なつもりなのでしょうが、ティターンズを見限る気など私には露ほどもありません。あなたは、本当のティターンズを知らないのでしょう」

 誰にだって、信じているモノがある。これといって譲れぬモノがある。だからこそ戦争が起こるのだが、カミーユは、ティターンズに魅力など感じてはいなかった。彼らの傍若無人な悪行が認められないというだけではない。確かにこのまま本格的にティターンズの一党独裁体制になってしまっては健全な政治など望めなくなってしまうという意識はある。しかしそれ以上に、ティターンズに在籍することは自分を殺してしまうことになるという不安が湧き上がってくるのだ。他人には言葉では説明の出来ない、まるで根拠がないと言われてしまうほどに漠然としたものではある。

 「あいにく、ティターンズを知ったのは三十バンチ事件なもんでね。それまでは、辺境アステロイドにいた」

 「私の情報を信じてくれなければ、またティターンズは新たな作らなくてもいい敵を作ってしまいます」

 「ティターンズに敵が増えるのなら、エゥーゴとしては歓迎したいな」

 サラが必死になっているのをカミーユは茶化すしかなかった。逆に言ってしまえば、エゥーゴがこの毒ガス作戦を完全に阻止したとしても、ティターンズに敵対心を持つ存在を増やすことは明白だ。そして、サラの情報が本物でもそうでなくても、阻止をするもしないもカミーユが決められることではない。艦長のブライトでさえ《アーガマ》の行き先を決めることなど出来はしないのだ。

 「少尉こそ、キメラのような組織にいることの方が不安ではないのですか?」

 苛立ちまぎれにサラは、エゥーゴの構成を否定していた。下っ端の士官や下士官が論じたところで詮無きことではある。

 確かに、純血種を自認するティターンズにしてみればエゥーゴなど不安定な寄り合い所帯にしか見えないのだろう。地球出身者のみをエリートとする思想。地球出身者だけの仲間意識。自分がその対象になりうることはない自覚があるからか、カミーユはそういった選民思想を嫌忌していた。

 

 「くだらない話しだったけれど、楽しむことは出来ました」

 《ハンブラビ》の足下、甲板で軽く敬礼をしながら、サラは微笑んだ。

 その微笑みが皮肉ではないと判ったから、カミーユも素直に敬礼を反す。

 「サラ曹長の話、僕は信じるけれど《アーガマ》は動けないかも知れない」

 カミーユは、素直に微笑みを反すことは出来なかった。サラのことをエゥーゴが信じたとしても、だからといってサイド4の救援に動くとは限らない。軍というのは常に何かを守るために作戦行動を起こす。しかし、その何かが常にその場の人命だとは限らないこともカミーユは知っていた。大事の前の小事を見捨てることなど躊躇すらしてはならないモノなのである。

 「ティターンズだってそうだけど、エゥーゴだってスーパーマンではないものね」

 サラは、甲板を蹴ると《ハンブラビ》のコックピットに向かった。

 その姿を視線で追いかけながら、次に彼女とまみえることがあればそれは戦場であろうということに、それが解ってしまえることに切なさを感じていた。

 

 

 エゥーゴ首脳部の判断は、サイド4の救援を決定した。

 そのために、キリマンジャロ攻略作戦に回していた艦のうち三隻が《アーガマ》の支援にまわされることになった。

 キリマンジャロ攻略の要は陸軍であるためにそれも難しいことではない。宇宙軍は静止衛星軌道上からのミサイル攻撃がメインで、いわばバックアップにすぎない。軍艦の四隻を戦隊としてまわすことは、さほど無理な相談でもないのだ。

 それに、ガス攻撃の後にそのコロニーを落とす先がエゥーゴの最大拠点であるアンマン市というのでは黙って見過ごすわけにもいかない。さらに、常にスペースノイドの保護者であるというエゥーゴの姿勢を世界に見せておかなければならないということもある。情報がそのティターンズからもたらされたいじょう、エゥーゴがスペースノイドを見捨てたというプロパガンダを流布されるのは避けなければならない。サラのもたらした情報の正誤を考察する必要はないというのはそういうこともあるのだ。偽情報でも、エゥーゴの戦隊が万難を排してサイド4に向かう必要があった。

 そして、作戦をうまく阻止してみせればティターンズを軍事的にも政治的にも追い詰めることが出来るという期待もあった。

 「サラ・ザビアロフ曹長の情報を信じるんですね?」

 ブリーフィングルームにカミーユが飛び込んできた。アストナージに聞いたのだろう。

 「君の期待するような、美しいものではないさ」

 クワトロは苦笑した。戦争というものは常に作為的、政治的なもので心情などの割り込む余地などありはしない。

 「十二時間後にはサイド4の領空圏内にはいる。今のうちに食事をして休んでおけ」

 そのブライトの言葉に応じてカミーユが踵を反そうとすると、「これも食べろ」とクワトロはオレンジを投げ渡した。アンマン市でクワトロが個人的に購入したものだと言った。

 カミーユは礼を言うと唇をかみしめた。

 

 「カミーユの《マーク2》は、大丈夫なのかな?」

 カミーユが退出したのをみとめると、ブライトは不安げな表情をクワトロに向けた。

 「アムロ・レイの再来を演出することが士気を上げることができると言ったのは艦長だぞ?」

 ブライトの心中を察しながらも、クワトロは意地悪く微笑みつつサングラスをはずす。サングラスのブリッジで見えにくくなっていた眉間を縦断する大きな傷痕が見えたが、ブライトは見慣れているのか忖度はしなかった。

 実戦に初めて役使する兵や兵器に不安を感じるのは艦長の常である。カミーユと《ガンダムマーク2》の組み合わせはその要素がダブっているのだからブライトが旧知のクワトロに気弱なところを晒すのも仕方のないことだった。

 「カミーユを見ていると、アムロにずいぶん似ているような気がするんだな」

 この言葉に、ブライトの懸念は今度の作戦のことばかりではないということにクワトロは気付いた。

 たった一機の兵器が、戦局を左右することなどありえはしない。戦後の連邦軍はそういった一般常識を隠し、一年戦争時アムロ・レイ少尉の操縦する《ガンダム》が連邦の劣勢をはね返したと啓蒙した。確かに彼のスコアは異常とも言えるもので、戦況を好転させたという情報以外に嘘はなかった。連邦軍としては、戦後の兵員不足を補うためにはアムロに憧れる人間がひとりでも入隊することが重要だったのである。そうして入隊してきた新米が無茶をするのをたくさん見てきているし、なまじアムロと親交のあったブライトとしては哀れにも感じるのだ。カミーユがプッレッシャーに押しつぶされはしないかと気になりだしたのだろう。

 ブライト・ノアはこういう男だから子供にまで恵まれたのだなと思い、だから自分は未だに嫁さんも貰えんのだと思いながらクワトロはその心中に気付かないふりをした。

 「少尉はあのグラナダで、モビルアーマーに追いかけられながらも《アーガマ》までたどり着いたんだ。できもしないことをやらせようっていう状態ではないさ。パッケージングはそのままだしな」

 クワトロは、ブライトを慰めるように言った。クワトロの援護があったとはいえ、モビルアーマーから逃げきったのは確かなことだ。操縦技術についての明言できないが、運は持っている士官だろう。《ゼータ》の研究開発のことが憲兵に漏洩してティターンズ本部に拘束されても、そこにエマ・シーン中尉の《ガンダムマーク2》が不時着したこととて彼の運気に違いあるまい。エゥーゴに幸運を運んできてくれているのかも知れないというくらいには思っていた。

 「《マーク2》は、《リック・ディアス》と同程度だと思っていればいいということだったよな」

 「戦場で《リック・ディアス》と編隊が組めないほどではないさ。それよりも、」

 とクワトロは別の話を切り出した。

 それはサラ・ザビアロフ曹長の所属はフォン・ブラウン市の駐留部隊だろうという見解だった。

 エゥーゴの宣戦布告をうけて、ティターンズのバスク・オム大佐は素早くティターンズ機動部隊を月面都市に駐留させようとしたが、アンマン市とフォン・ブラウン市は中立工作に入っているのを理由に拒否したのである。後に、フォン・ブラウン市の方は中立を取り下げるが、自治軍だけでエゥーゴの脅威を凌ぐには充分とティターンズ籍の軍艦の駐留は一隻までという制限が加えられたのだ。

 「エゥーゴ最大の部隊は、連邦のアンマン駐留軍と自治軍だからな。あそこからティターンズが来ることはないと考えられるから、モビルスーツの航続距離からしてフォン・ブラウンということか」

 ブライトは顎を撫でた。

 「情報では、フォン・ブラウンにいる《ドゴス・ギア》の艦長はパプテマス・シロッコという士官だそうだ。知っているか?」

 知らない男だと、ブライトは顔の前で掌を振った。

 確かに無名ではあるのだが、軍の一部にはいわくがあることをクワトロは知っていた。

 あわやグラナダ市占拠かと言われた、一年前にあった木星師団による反乱事件の首謀者だというのだ。アステロイドベルト方面軍の辺境守備隊を沈黙させ、まさにこのグラナダ市を制圧する寸前にまで迫っていた。反乱そのものは失敗に終わってしまったのだが、その指揮能力と何より胆力を買われ、ジャミトフ・ハイマンの政治力で軍法会議をくぐり抜けたのである。代わりにティターンズ入りを強要されたとはいえ、反乱に失敗して戦力を大きく欠かれたシロッコにしてみれば、ティターンズへの編入は望むところだっただろう。

 ティターンズはいずれ連邦軍を呑み込むほどに権力を増しているし、ジャミトフ・ハイマン大将の庇護下にいるほうが、もと被告人としては身動きもとりやすいということだ。

 「その元謀反者のシロッコが、何かを考えていると?」

 この世の中には二種類の人間がいるんだよなとブライトは深くため息をついた。いちどの失敗に懲りて消極的になり社会のすみでひっそりと暮らしていく者と、いつまでも野心をたぎらせて機会を虎視眈々と狙う者である。パプテマス・シロッコがそのどちらなのか。

 今回の情報が罠ではないとすると、ティターンズの内部軋轢が露呈したのかも知れないというのがクワトロの見解だ。

 それがジャミトフ・ハイマンとバスク・オムの間だけなのか、パプテマスという男の叛意なのか、三つ巴なのかといったところだろう。

 罠でないことを祈るのは当たり前だが、それがティターンズの分裂の兆候になるのならばありがたいことだとブライトは思った。

 「エゥーゴもたいがい鵺のような組織だが、ティターンズもうまくいっていないようだ」

 クワトロは自嘲気味に笑った。

 

 ティターンズの内情がうまくいっていようとそうでなくても、《アーガマ》を旗艦とした四隻の戦隊で、十五隻からなるティターンズの機動部隊に勝てるはずはない。それ以前に、三隻の援軍が間に合うという可能性も低い。ただ、今回の作戦は毒ガスのコロニーへの注入を阻止すればいいという性格のものだから、作戦は成功させられるのではないかという見積もりがブライトにはあった。

 「結局は、サイド4の駐留軍と自治軍がどこまでふんばってくれるかなのだが」

 阻止できる見積もりはあったが、舌打ちをしていた。サイド4というのは、もっとも付き合いにくいサイドとしても有名なのである。

 中立体制の維持に執着するサイド6をのぞけば、いちばんエゥーゴ化が進んでいないのがサイド4だ。ティターンズのやりようを否定も肯定もしなかったのはサイド4だけで、そこからもわかるようにその外交は非常に掴み所がなく、エゥーゴ勢力を浸透させるのが安全なのか、それをサイドの民衆が望んでいるのかどうか解らず、ほぼ手つかずだというのが現状なのである。もし、他のサイドなみにエゥーゴの勢力が浸透していれば、サラ・ザビアロフのリークなどなくても《アーガマ》はもっと早くに然るべく機動部隊を組んで目的地に向かっていただろう。意志や意見をしっかりと表明するのは敵を作ることでもあるが、曖昧な態度というのは身方を作れないということの好例である。悪意さえもたなければ国際社会の誰かが助けてくれる、正義の身方が助けてくれるだなどと考えるのは幼稚な発想に他ならない。

 「あのサイドは、さきの独立戦争の時から変わっちゃあいないのさ。地勢的にも、サイド6と同じように戦渦に巻き込まれずにすむ可能性のあったサイドなのに、曖昧にすませようとするからジオンの進駐を許すことになった。今度も……」

 クワトロの笑い声は乾いていた。

 ジオン独立戦争において、事実上自治政府の崩壊にまで追いやられたサイド5についで、打撃を受けたのがサイド4だった。総人口の四分の三が失われ、コロニー再生計画最優先サイドにまで認定されたほどである。限りなく人口ゼロとまで言われたサイド5は国民の救出こそ優先されたが、コロニーの再生そのものは完全に後回しにされたのである。講和の条件とはいえ、戦後にコロニー再生を敵国であったサイド3にやらせているという現状を“当たり前”というだけの小学生的な感情論で方つけてしまっているところがサイド4自治政府の限界ということなのだろう。

 「とはいえ、意志をはっきりさせるといえば、アンマンの中立宣言こそがエゥーゴとの癒着を疑われたかな」

 ブライトは、エゥーゴの判断を否定するように言った。

 その気持ちは理解できるが、ティターンズが暴挙にでる前にエゥーゴは組織作りを完成させられなかったことの否定までにしてくれとクワトロは頭を掻いた。

 「今のアンマン港にティターンズの機動部隊を駐留させるわけにもいかんからな」

 明確にエゥーゴに着くと宣言をしてティターンズを拒否するという手段もあったが、エゥーゴの首脳陣はアンマン市にはそれをやらないように進言していた。ティターンズのようにあちこちに拠点を持っている組織ならばいいが、いわば政治運動から始まったエゥーゴは、その様なものを持つにはまだ至ってはいない。アンマン市は、エゥーゴ宇宙軍の最大にして唯一の拠点なのだ。疑われるだけならまだしも、はなからめのかたきにされるわけにはいかないのである。本当に政治とは難しいものだと、クワトロはブライトにもオレンジを手渡した。

 「今度の戦争は早く終わらせて、地球にいる家族に会いに行きたいよ」

 と、ブライトはオレンジの礼を言って、弱気は禁物だったなとも言ってオレンジの皮を剥きはじめた。

 クワトロは軽く笑って、今度の作戦はパイロットをやらせてもらうのだから休ませてもらうと言って部屋を出ようとしたところで、連絡し忘れていたことがあったと立ち止まった。

 「ここだけの話しなんだが、アステロイドベルトのアクシズが動き出したようだ。連邦軍の辺境守備隊では止められなかったということだな」

 「そりゃ、また」

 口調はおどけてみせていたが、ブライトは唾を飲み込んだ。

 一年戦争終結後に、武装解除を拒否して潜伏したジオン軍残党のうちの最大派閥がアクシズである。木星と火星のあいだに公転軌道をもつアステロイド、そこの小惑星アクシズに入植していた残党がついに動き出したというのだ。

 「推測できる戦力から言えば、小競り合いではすまんことになる。実際、ティターンズどころではない」

 クワトロは、そう言ってその資料の入ったメモリーディスクをブライトに投げ渡した。

 「ティターンズのことは速やかに片付けないと、エゥーゴはバラバラになるな」

 ブライトは、嫌な汗が出ているなと思ってハンカチを取り出した。

 エゥーゴの構成のうち三割がジオン軍の残党である。アクシズが地球圏に帰還すれば、いや、この情報が漏洩しただけでもエゥーゴは空中分解をしてしまうかも知れない。

 アクシズのことがエゥーゴ中に知れわたるのが、見積もって十ヶ月。

 アクシズの帰還が一年後。

 ティターンズとの戦後処理には二ヶ月。

 「四ヶ月ほどでティターンズとの決着をさせておかないと、独立戦争の何倍もの被害を地球がこうむることになる。アンマンでこの情報がはいってきた時は私も愕然とした」

 疑いの余地はないのかと半ば条件反射で言いそうになったが、ブライトはその言葉を飲み込んだ。クワトロのアクシズに関しての情報は疑う必要はないと知っていた。彼の素性を知れば、地球圏の誰よりも正確に早くアクシズの情報が入手できると納得できるだろう。

 「遅らせられるように、工作は出来ないかな」

 縋るようにブライトが言うと、クワトロは眉間の傷痕を抑さえ、サングラスをかけた。

 「それも既に部下にやらせてはいる。それより艦長、今はサイド4だ」

 そして、自分が切り出したということは棚に上げて、神妙な面持ちになっているブライトを笑い飛ばした。

 

 

 スペースコロニーの大半は、旧世紀にジェラルド・オニールが発案した“島三号”という円筒型である。直径六キロメートル、全長三十キロメートルの一基でも巨大な建造物だ。その円筒が一分五十秒で一回転し、その内壁に地球と同等の1G重力を発生させる。円筒内部は軸方向に六つの区画に分かれていて、交互に市街地と採光部の区画となっている。採光部の外側には太陽光を反射する可動式の鏡が設置され、昼夜や季節の変化を作りだすという形態である。

 サイド4もこの“島三号”のコロニー群である。

 

 《アーガマ》がサイド4の空域に到着したときには、既にサイド4自治軍とティターンズの戦闘は始まっていた。

 後ろから迫ることで、表側のサイド4自治軍とティターンズ機動部隊を挟み撃ちには出来ると言えば有利なように見えるが、いかんせん《アーガマ》側の戦力が少ない。

 

 《ガンダムマーク2》のコックピットに収まったカミーユは、発進命令を待った。

 『エゥーゴの戦隊はやはり間に合わないが、サイド4はよくも降伏しなかったな』

 カミーユが聞き知るサイド4の外交態度と今回のそれには大きく隔たりあるように思えた。とにかく戦争を、と言うよりも戦闘を嫌うのだ。誰だって殺されたくはないし、特殊な趣味でもなければ人殺しとてしたくはないだろう。だが、サイド4のそれは一種アレルギー化してしまっていて、戦争と殺人の境界線を見極めるだけの冷静さを欠いていた。盲目滅法に戦争を否定さえすればいいという世論が支配的なのである。士官学校で知り合ったサイド4の出身者などは、サイド4が軍事力を撤廃すれば戦争がなくなると信じている人間がいることを憂慮していた。

 「ティターンズはサイド4の軍隊を理由に毒ガスを持ってきたわけじゃあるまいにさ。いい加減な態度が招いたんだって……」

 カミーユがそう口の中で愚痴るように言っていると発進命令が下った。

 

 ティターンズの強襲を受けているのはサイド4の三バンチ、月に移動させるのに障害物の最も少ない位置にあるコロニーだった。

 そのコロニーが掌ほどくらいの大きさにしか見えないうちからの発進命令に、カミーユは絶叫した。

 「三百キロ近くあるじゃないですか。溺れちゃいますよ!」

 大気が希薄で視界が明瞭すぎる宇宙空間では、距離感がつかみにくい。遠くのものが霞まないのだ。パイロットの視界であるスクリーンは、距離が実感できるようにフィルター処理がなされはするが、大気内でのそれを完全にシミュレートできてはいない。掴みどころのない宇宙空間で、パイロットは溺れたような心理状態に陥るのである。大地ではないが、コロニーや宇宙船といった巨大なものの近くにいることが溺れるのを回避する手段なのだが、今のサイド4までの泳ぐ空域は長すぎるのである。とはいえ、援軍が間に合わなくても交戦状態になったいじょうはモビルスーツを少しでも早く戦闘空域に投入する必要があった。《アーガマ》の最高速度よりもモビルスーツの脚のほうが最大瞬間速度は速いということだ。

 “泣き言はやめろよ少尉。目標は目に見えているんだ。そのうえ空域まではオールグリーン。赤ん坊だってたどり着けるさ”

 この作戦で編隊を組むことになったアポリー中尉が無線ごしに笑った。

 戦闘空域までのプロペラントはある。理屈ではアポリーの言うとおりだが、人間心裡はそんなに簡単なものではない。

 カミーユの《マーク2》とアポリーの《リック・ディアス》は甲板のカタパルトに固定された《ベースジャバー》に乗った。押しつぶして板のようになった風体の爆撃機《ベースジャバー》に、二機のモビルスーツが肩を並べて乗るというような体裁である。今回のようにモビルスーツの移動距離が百キロメートルを超えると予想される場合、一般にフライトサポートシステムを使用することになる。飛行スピードを補う目的もあるが、プロペラント目的という側面のほうが大きかった。ひそかにカミーユは、絵本で読んだ孫悟空のようだと思っていた。

 “久しぶりの戦場でもビビルなよ。クワトロ大尉、ロベルト、フォーティーの隊がボンベを探して潰す。俺たちは、それに敵を近づけさえしなけりゃいい”

 「了解」

 アポリーの叱咤にカミーユは短く返事をした。

 実際かなりの緊張はしていた。ほぼ二年ぶりの実戦。訓練はしたが、未だに乗りなれていないのではないかと思えてしまうモビルスーツ。緊張するなと言うほうが無理というものだ。

 それでも舌打ちをするくらいの余裕が自分にあるのだと信じて、カミーユは発進の加重を感じていた。

 

 サイド4の自治軍は、物量はあるが前大戦時のままの旧装備のままである。最新鋭でかためたティターンズに対しての善戦は期待できなかった。無駄に消耗するだけで、結局はティターンズのいいようにされてしまうだろう。そこがエゥーゴの頑張り処でもあった。

 「とはいえ地球衛星軌道上からの援軍はまだ届いていないし、《アーガマ》にはモビルスーツは十機しかいない」

 カミーユはひとりごちた。

 敵の毒ガスのボンベを破壊するだけでいいというだけの作戦ではある。

 エゥーゴとの戦端が開かれた現状で、ティターンズがサイド4を軍事的に制圧することは考えにくかった。エゥーゴの拠点が明確でないまま無駄に部隊を拡散させることはできないはずだからである。そうであれば、ガスのボンベを失った敵は撤退するというのがこの作戦の目論見であった。だから簡単なものだとブライト艦長はブリーフィングで笑ってみせたが、作戦内容がいかに簡略化されていても物量とは無関係で侮れないものである。現にアステロイドの辺境守備隊にいたときは、旧型の装備でも圧倒的な物量でジオンの残党を退けてきたのだ。そして今、敵にしているティターンズは最新鋭の兵器を大量に保有している状態なのである。

 

 一基のコロニーに住む人間を総て殺すのに必要だといわれているG3という毒ガスの必要量はおおよそ三千リットル。そのボンベひとつが一千リットルで、予備を加算すれば四つ?五つものボンベが持ち込まれているという算段が成り立つ。やはり、この作戦にはかなり無理があるのではないかと思っていた。索敵班からの情報どおりなら、敵のモビルスーツは三十機。G3の運搬に二機ずつ配備されているとすると、二十機前後の護衛モビルスーツを相手にしなければならない。こちらで、自由に動けるモビルスーツはアポリーと自分、そしてもう一編隊の合計四機だけ。クワトロはじめ三編隊の六機はG3ボンベの破壊担当となってしまうから、サイド4自治軍が動いてくれているのを加味したとしてもざっとひとりでニ?三機のモビルスーツを相手にしなくてはならないということだ。戦闘空域まで泳がされる距離といい、敵との兵力バランスといいとんでもない軍隊に入ってしまったと思う。援軍の戦隊が一分でも早く来てくれることを願った。

 

 

 フォン・ブラウン港に駐留している重巡洋艦《ドゴス・ギア》のブリッジで、サラ・ザビアロフ准尉は雀躍したい気分をこらえた。

 サイド4の防衛にエゥーゴの《アーガマ》が動いているという情報が入ったからである。

 「衛星軌道上にいたエゥーゴ艦隊のうちの一部も援護にまわったということだ」

 と言うシロッコも胸をなでおろしていた。

 とはいえ、援護の方は間に合わないだろうと思った。もう少し早く情報をリークできればよかったが、自分も《ドゴス・ギア》の体制を整えることに忙殺されて他の隊に気をまわしている余裕がなかったのだ。

 サイド4の伝統的な外交姿勢からすれば、狙われやすいサイドのひとつであることとエゥーゴのような秘密組織が入り込みにくいことは容易に想像できることで、シロッコの洞察力からしてみればこのようなことになるのは明白だった。バスク大佐直属の艦隊にいるときには身動きが取れないまでも、ジャミトフ閣下からこの《ドゴス・ギア》を任されたときに速やかに動いていればもっとエゥーゴが早くに作戦展開できたのではないかと思うとそれが悔やまれた。ただ、あのバスクでも二度目の毒ガス作戦を行うとは思いもよらなかったというのも本当なのだ。バスクの発案も予想外ならば、ジャマイカン少佐がそれを受け入れて機動部隊を動かしているのも常軌を逸している。ティターンズはすでにおかしくなりはじめているとしか思えなかった。

 「カミーユ・ビダン少尉が約束を守ってくれたということです」

 サラは、どこか細く幼いイメージのあるカミーユの貌を思い出していた。

 本来ならば、身方であるとはいえみずから出撃して阻止したいような作戦である。しかし、今それをすることは更にジャミトフ閣下を困らせるだけだろう。パプテマス・シロッコ大尉の方策は、サイド4の人々の命を救い、同時にエゥーゴを消耗させられる素晴らしい作戦だと思った。地球出身者ばかりで構成されているティターンズの歪みは、そのまま地球圏の歪みでもある。サラは約束を守ってくれたカミーユに感謝しつつ、どうか《アーガマ》が勝ってくれることを胸の中で祈った。

 「カミーユという名前は、前に聞いたな。《ガンダムマーク2》をグラナダで強奪した連邦の士官だ。よい青年のようだな?」

 「はい。誠実な人です。願わくはエゥーゴではなくティターンズにいてくれればと思えます」

 サラは、カミーユの印象を包み隠さずシロッコに伝えた。

 サラの瞳の輝きをシロッコは不憫だと思った。カミーユ・ビダンという青年が連邦軍席を持っていたことは確かであり、それが現在エゥーゴにいるのであれば思想あってのことだろう。単純な説得に応じてティターンズに鞍替えをするとは思えなかった。

 『とはいえ、地球圏の王配になれるかも知れない青年か』

 カミーユという心根がサラの心に引っかかっているのであれば、その可能性もあるだろう。

 そして、エゥーゴの戦隊がサイド4に向かっているのにカミーユの働きは無関係であろうとも、サラがそれを信じているのならばそれでいい。現在の立場は違えど、そのカミーユが自分達に肯定的なのは嬉しいことだった。

 『志や実行が素晴らしくても結果が伴わなければ仕方がないが、《アーガマ》には紅い彗星がいたな』

 《ガンダムマーク2》強奪事件のときに所属不明艦がグラナダ港にいて、それが《アーガマ》だという調べはついていた。それならばあの紅いモビルスーツは《アーガマ》所属であろう。一機のモビルスーツが、ひとりのパイロットが戦争を左右することなどありはしない。とはいえ、戦場のメーキングならば出来る。紅い彗星ならば今回の劣勢を乗り切れるのではないかという漠然とした期待感はあった。

 

 

 敵が《アーガマ》に取り付きさえしなければ、毒ガス攻撃を阻止してみせられるのだという明確な自信がクワトロにはあった。ブライトではないが、毒ガスのボンベを潰してしまえばいいだけのことだからである。それくらいのパフォーマンスは《アーガマ》にならある。

 舷側やモビルスーツに施された敵のマーキングはダヴィンチのモナリザ。ジャマイカン・ダニンガン少佐の機動部隊だ。クワトロの知るジャマイカンの性格なら、ガスボンベを総て失ってしまえば撤退するはずだ。数に任せれば、《アーガマ》に対する報復も容易なはずだがそれはすまい。そして、今後のエゥーゴの想定される動きを考えれば、ティターンズの機動部隊がサイド4に駐留することが危険だということは解っているはずだ。よって、サイド4に次の攻撃をしかけることも想像しにくい。コロニー落としの為の再攻撃の可能性はもっとあるまい。生きている人間が中にいる状態でのコロニー落としがどれほどのリスクを伴うのかは明白である。百人や二百人の住人であればしれているが、中には一千万人からの人間がいるのだ。武装していないとはいえ、どのような抵抗にでられるかわかったものではない。コロニーに穴をあけてしまうという作戦もあるが、中にいる総ての人間を行動不能にするほどの穴をあける労力はいち機動部隊をしても容易なことではない。あけられる穴で、中の人間が死ぬのを待つには時間がかかりすぎる。機動部隊で開けられる穴でコロニーを沈黙させられるのであれば、はじめから毒ガスを使う必要もないのだ。

 「あの気の短いジャマイカンなら、考えられんな」

 クワトロは口の中でそう言った。

 

 『大尉の背中には目がついているのか』

 クワトロの操る《リック・ディアス》の飛び方に、カミーユはサーカスでも観ている気分になった。

 半ば敵に囲まれている常態で、四方八方から降りかかるメガ粒子の火線を余分な回避運動をとらずに的確に躱していた。あれならば余計な燃料は使わないし、機体の損傷も最小限に抑さえられるはずだ。

 『一年戦争の紅い彗星って、シャア・アズナブルだったかな』

 搭乗機が紅い《リック・ディアス》で、有名すぎるパイロットの名前だとはいえ、戦死したとされているジオン軍士官の名前が脳裡に浮かんだことに内心笑った。

 大袈裟ではあるが、自分やアポリー中尉が護衛する必要などないようにすら見えた。

 

 スペースコロニーまでの巨大な建造物になると、実際には円柱でも壁のようにしか感じられない。広大な宇宙でおぼれるのを回避する手段がこうした巨大建造物の近くにいることなのだが、その代償は圧迫感として反ってくる。極端に大気の薄い宇宙空間において、とくに全貌がつかめなくなっているモノとの距離感をつかむのはモビルスーツが搭載している多彩なセンサーを用いても把握しきるのは難しい。それが、圧迫感としてパイロットを襲う。

 コロニーの外壁に毒ガスのボンベを取り付ける作業というのは、まさにそれとのせめぎ合いである。

 モビルスーツにマニピュレータがついているのは、こういった作業をするためでもあるが、実際にそれを用いて人間がそうするのとよろしく溶接して取り付けるというのは至難の業なのである。この作業をするモビルスーツは、この作業だけに忙殺されてしまう。故にG3取り付け部隊には護衛がつけられはするのだが、隙があることには違いがなかった。

 とんがり帽子の《ハンブラビ》が、コロニーの外壁に既にとりついてG3のボンベを溶接しはじめようとしていた。いかに視界がかすまない宇宙空間でも、大量のモビルスーツが投入されているなかで、特定のモビルスーツを捜し出すのには骨が折れる。G3の量から考えれば毒ガス攻撃をされるのはサイド4のなかでもひとつのコロニーに限定される。コロニーの太陽光を取り入れる採光部以外の三分の一の外壁なのだから、G3部隊を探すのは簡単に思えるが、全長三十キロメートルというコロニーの巨大さはスペースノイドにしてみても、人知を越えているのである。巨人とはいえ、二十メートルほどしかないモビルスーツでは簡単に見つけられるものではない。

 クワトロは、まさにその僥倖を感謝しながら、ビームバズーカのトリガーを引き、神業とも言える狙撃でG3ボンベを狙撃、破壊していた。

 「まずひとつ!」

 《アーガマ》部隊が介入して十分も経つというのにやっとひとつだ、既に他の部隊はG3を注入してしまったのではないかとクワトロは唾を飲み込んだ。しかし、狙撃連絡の応答に、まだそこまでには至ってないと知り胸をなで下ろした。他の部隊も、それぞれG3部隊を補足するまでは成功している。そして、コロニーの外壁にとりついてはいないということだ。

 とりあえずひと息つけると思えたクワトロは、敵のモビルスーツ、それもG3部隊の動きが特に緩慢だったような気がしだしていた。

 「大尉。僕は地球圏での戦闘は初めてなんですが、敵のモビルスーツの動きってこんなもんなんですか?」

 接近してきたカミーユも同じことを感じていると知り、クワトロは自分の感覚が混乱しているわけではないと安心した。

 「なるほど、こんな嫌な作戦なら実行している敵とて乗り気にはなれないということだな」

 敵とはいえ、ティターンズ将兵のことをクワトロは、不憫に思った。

 軍人というのは、上官の命令が総てだ。そんな中でも、得心のいかない作戦ならその腰が引けてしまうこともあるということであろう。戦場では命を落としかねないことではあるが、極めて人間らしい心裡だ。

 「実際に手を汚さないなら、何でもさせられるのが上官ということですか」

 技術の向上と政治の民主化が戦争を悲惨にし、組織の上層部では結果しか受け止めないということでもある。カミーユは、まるで少年のような憤りを感じていた。

 クワトロは無線越しにそれを感じると、カミーユを心強く思い、北叟笑んだ。

 「ロベルトとフォーティーの隊も、ボンベを補足している。他にもあるぞ。サイド4自治軍と連絡を密にとって全力で捜せ」

 

 

 それから二十分ほどで戦闘は終了していた。

 どうにか無傷でいられたと、カミーユは深呼吸した。《ガンダムマーク2》も傷をつけなかったから、アストナージに嫌みを言われることもないだろう。

 毒ガスの注入を防ぐことに成功し、クワトロ大尉の予想どおりジャマイカン・ダニンガン機動部隊は速やかに撤退をしてくれた。

 採光部に三カ所ほどの小さな穴が開いたが、その程度ならばコロニーも無傷と言っていい。コロニー公社に座標を連絡しておいたから程なくは処置されるだろう。

 「防衛戦ってのはつらいな」

 “ハハハ。よくもやってくれたよ。少尉のおかげで、俺はずいぶん楽ができたぜ”

 カミーユの繰り言を聞きつけたアポリーが、無線ごしに笑った。エゥーゴでの初陣には最高の喝采だ。

 実際、逃げ道のない防衛というのはプレッシャーが大きい。辺境守備隊にいたときは、基本的に追う側だったのだ。立場の逆転に、ジオンの残党の気持ちが解ったような気がする、と、シャレにならない軽口を言いたい気分にもなっていた。

 

 

 両軍あわせて五十機以上ものモビルスーツ、二十隻の艦艇が投入されて一時間に満たなかった戦闘というのは地球圏戦史に新たな記録として残るだろう。原因は、G3作戦という特殊性である。一年戦争時、催眠ガスと言い含められたジオン軍士官が使用させられ、その結果に精神症になってしまったという。上官の命令で、敵将兵を殺すのが軍人の仕事だ。それは人殺しには違いがないが、であるが故に、相手もまた自分と同じ軍人であるということは重要なことである。それを大きく逸脱しているのがG3作戦である。一般人を手にかけるのは、志ある軍人が嫌忌することのひとつだ。「G3作戦のようなものは、実行する方も被害者のようなものだ」と、クワトロは言ったが、まさにその通りで、それがジャマイカン・ダニンガン少佐の短気とあいまって、異例の戦闘時間となったのである。その作戦内容にティターンズの側こそ、乗り気ではなかったということだろう。

 この戦闘によって、エゥーゴはサイド4にも拠点を持つことになった。実際の戦闘のほとんどは、サイド4自治軍が行ったとはいえ、それを援護した功績は大きい。六つもあったG3のボンベのうち三つをエゥーゴのモビルスーツが破壊したのは、その功績をアピールするのには充分だった。

説明
機動戦士Zガンダム。
映画シナリオの叩き台をシミュレートしました。
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