「絶望、希望、私、貴女」番外編:ずっと一緒
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五月、まだ春の雰囲気を少し残した外の景色。

子供達は元気に外ではしゃぎまわっている。

キャッキャッ

小さく聞こえる子供の声に安らかな気分を抱く。

望は宿直室の机に顔を乗せて目を閉じる。

(ああ、なんて心地が良いのだろう…)

今この部屋には望しかいない。

交は遊びに出かけ、霧は別のところに引き籠っているのだろうか気配がしない。

「たまにはこういう静かな時間もあってもいいですね…」

「本当ですね…」

「あなたもそう思いますか…って何でいるんですか!」

どうやら静かな時間はもう終わりの様である。

「いやだなぁ、最初からいましたよ」

可符香は微笑みながら望の質問を返す。

溜息をついて望は可符香に言う

「最初からって…まあいいですけど」

「…………………」

望は自分をじーっと見つめている可符香を見て首をかしげる。

「風浦さん?」

望は可符香を呼ぶ。

「名前…………」

「ハイ…?」

可符香の呟いた言葉がうまく聞き取れず聞き返す。

「先生って私の事いつも名字で呼んでいるじゃないですか」

「まあ、そうですね」

望は何をいまさらという顔をする。

「だから、えっと…名前で呼んで…ほしい…」

可符香は恥ずかしそうに呟く。

「何ですって?」

望はさらに聞き返す。

「もういいです!」

可符香は少し怒ったようにそっぽを向いてしまう。

(ふーんだ、先生のバカ…)

可符香は悲しそうに俯く。

望はそんな可符香を見て優しく微笑んでゆっくりと近づく。

「可符香さん…」

可符香を優しく抱きしめて甘い声で耳元で囁く。

「へっ!?」

可符香は一瞬何が起こったか分からなかった。

そしてそれに気付いた後すぐに顔を赤く染めた。

「あぅ……先生…」

いきなりの事に言葉が出てこない。

「どうしたんですか可符香さん?」

望はわざとらしく名前を言う。

「たまには名前で呼ぶのもいいかもしれませんね」

望は意地悪そうに笑う。

すこし落ち着いてきた可符香が恥ずかしそうに呟く。

「やっぱり当分は名字でいいです…まともに話していられません」

「そうですか?」

望は少し残念そうに言う。

「ほら先生、もうすぐ授業が始まっちゃいますよ」

少し話を逸らすように可符香が言う。

「そうですね風浦さんでは行きますか」

いつも通りの呼び方に戻っている事に可符香は少し安心したような顔になる。

 

 

「えーつまりここは作者の悲しい気持ちが書かれているんですよ」

坦々と国語の授業が行われる。

いつもの騒ぎもなく平和な時が続いていた。

「では次の文章を可符香さん……」 (はっ!?…しまった!)

慣れない事をすると思いがけない失敗をするものである…

今回は間違えただけ…だが一番最悪な状況でやってしまった。

「えっ?」

まさかまたそう呼ばれると思っていなかった可符香は固まってしまう。

その瞬間にクラスが騒ぎだす。

「先生、どういう事ですか?」

一番に反応したのは千里だった。

「いや…あのこれは…ですね」

早くも暴走しそうな千里を見て慌てる望。

「まさか間違いなんて事は無いですよね? 今までそんな事なんて無かったんですから」

望は逃げ道を失ってしまった。

(風浦さん…には助けを求めれませんね…)

固まっている可符香を見てあきらめる。

(とにかくどうにかしなければ…)

「木津さん、一体何をそんなに怒っているんですか!?本当に少し間違えただけなんで…」

しかし千里は聞く耳を持たずスコップを振りおろした。

「うなっ!」

いつも通りの掛け声とともに望の意識が途絶える。

 

 

ゆっくりと目を開く…

「ここは…?」

まだ視界がぼやける。

周りがよく見えない。

少しずつ目が光に慣れてくる。

「保健室ですか…」

長い間気絶していたのだろう時計を見るともう六時を過ぎている。

ガラリと音がしてドアが開かれる。

その音に振り返ると可符香が立っていた。

「先生、目が覚めたんですね」

「ええ、心配かけてしまいましたね」

「そうでもないですよ」

可符香は望を見て笑う。

「先生は丈夫な人ですから、心配なんてしませんよ」

「そうですか…」

望は変な信頼に何か釈然としない。

「他の人達はもう帰ったんですか?」

「はい、そうですよ」

望は窓から外の景色を見る。

外は少し暗くなっている。

「すみませんね、私なんかの為にこんな時間まで…」

「そんな事ないですよ…」

可符香は望のいるベットに座る。

「それに、先生と一緒にいられる時間が増えましたから」

可符香は望に寄り掛かる。

望は可符香を支える為に体を少し横にずらす。

すぐ近くの望のぬくもりに可符香は安心したような表情をする。

「風浦さん……そうですね、たまにはこんな時間の過ごし方もいいかもしれませんね」

そう言いながら可符香の頭を撫でる。

「先生、もう少しこのままでいさせてください…」

「しょうがないですね」

そんな事を言いながらも望は少し嬉しそうな顔をした。

 

 

どのくらいの時間が経っただろうか…

窓を見ると外は完全に真っ暗になっていた。

「あの…風浦さん、そろそろ…」

望は可符香の方に目を向ける。

「…って、寝てるんじゃないですか…」

しょうがないので望は可符香を起こさないようにベットに寝かせる。

望は可符香を見つめる。

思えばこれまで色々な事があった…

今までにあったどんな事もかけがえのない大事な思い出。

時には絶望もして周囲の人々に沢山迷惑もかけた。

(だけどあなたはこんな私を好きと言ってくれた、それが何よりも嬉しかった。

 私もあなたが好きです、それは誰が何を言おうと変えようのない真実です)

お互いの気持ちを確かめ合ったあの日から、彼女の事を思わない日は無かった。

「どうやら私は、かなり重度な病気にかかってしまったようですね」

微笑みながら可符香の額に軽くキスをする。

(さて、これからどうしましょうか…)

今の望に可符香を起こすという選択肢は無い。

起こす事は簡単なのだが望は可符香の寝顔にかなり弱い、幸せそうな寝顔を見てしまうと

起こす気をなくしてしまう。

「……んっ…」

(起こしてしまいましたか?)

可符香の方を振り向く。

(なんだ寝返りをしただけですか…)

突然可符香の手が望の腕を掴んだ。

(どうやら移動するのは無理になったようですね…)

望は困ったように苦笑いをする。

しようがないので可符香が起きるのを待つことにした。

しかし時計はもう十二時を過ぎていた…

徐々に眠気が襲い、望が眠りについてしまうのに時間はかからなかった。

 

 

「…ん…い」

「せん…い」

(……ん?…)

「先生…起きて…ださい」

(もう少し寝させてください…)

「起きないならこっちにも考えがありますよ…」

(何でもいいですから寝かせてください…)

「後で後悔しても知りませんよ」

普段の望ならその言葉で顔を青ざめながら起き上るだろう。

今の望は完全に睡眠の方に意識が向いていた。

ガチャリと音がした後に何かが体の上に乗りかかる。

(………?)

望は流石に目を開く。

「あっ、やっと起きた」

目を開いてすぐに目にはいったのは可符香の笑顔だった。

すぐに目にはいったのは可符香の顔が近すぎてそれしか見る事が出来なかったからだ。

「近っ!」

思わず起き上ろうとしたが何かに邪魔されてそれは叶わなかった。

望の手は一体何処から手に入れたのか分からない手錠でベットに繋がれていた。

「あの…風浦さん、これは一体…」

「先生が起きないので繋いでしまいました」

可符香は悪意のない笑顔で言う。

「繋いでしまいました、じゃないですよ!」

望は精一杯のツッコミをする。

「まぁいいです、とりあえず退いてくれませんか?」

「それは無理ですよ」

「何故ですか!」

「もう一つの手を見てください」

「………?」

言われるまま自分の繋がれていないもう一つの手を見る。

その手は別の手錠で可符香の手と繋がっていた。

「えっ!?」

可符香は驚いている望を見て楽しそうに笑う。

「先生、これ見てください」

可符香の手には小さな鍵が握られていた。

「手錠の鍵ですか早く開けてください」

望は少しホッとしたような表情をしたその瞬間

「えいっ!」

可符香がその鍵を遠くに投げる。

「な、なんて事するんですか!」

さっきも言った通り二人はベットに繋がれている、そんな今の状態で遠くに飛んで

いった鍵を取りに行くのは不可能だった。

可符香は嬉しそうに言う。

「先生、もう誰かがここに来ないとベットから離れる事が出来ませんよ」

「今の状態を他の人に見られたら完全に誤解されるじゃないですか!」

可符香がそれを狙ってやっている事を望も気付いている、だがそう言う事しか出来ないのである。

「大体、人が来なかったらどうするんですか」

「それならその分だけ先生を一人占め出来ますから私は構いませんよ」

「ぐっ……」

そう言われてしまったらもう黙る事しか出来ない、一緒にいられるのは望にとっても

嬉しい事なのだから。

「さて、先生これからどうします?」

「どうするって何も出来ないじゃないですか」

「うーんそうですね…」

可符香は少し考える。

何か思いついたような顔をして可符香は望に抱きつく。

「ちょっ、風浦さん!?」

「えへへ…何も出来ないならずっとこのままでいましょうか」

可符香は望の胸に顔をうずめる。

「……そうですね」

少し顔を赤くして望は可符香を受け入れる。

「可符香さん」

望に名前で呼ばれ可符香は思わず顔をあげる。

「先生、恥ずかしいので名前で呼ばないでくだ…、んっ…!!?」

言い終わる前に望は可符香の唇を塞いだ。

望の舌が可符香の口の中に侵入する。

「ん…ふぁ……んんっ…」

可符香の顔が真っ赤に染まる。

望は夢中になって可符香の舌に絡みつく。

お互いの酸素が無くなるギリギリで望は口を離す。

「ぷはぁ…せん…せ…い」

可符香はとろけるような表情をして望を見つめる。

「いつも私を困らせている仕返しですよ」

「先生…意地悪です…」

赤い顔で涙ぐみながら望を見つめる。

そんな仕草が望にはとてつもなく愛おしく感じた。

「可符香さん、可愛いですよ…」

「むー……」

もう可符香は何も言う事が出来なかった。

「……お前ら何やってんだ……」

その言葉に驚いて二人は声のした方を振り向く。

「ま、交!!!!!??」

その先には望の甥の交が顔を赤くして立っていた。

望の顔が青くなる。

「変な声がしたから気になって…」

(つまり最悪の部分が見られたという事ですね…)

「交君、あのね…」

可符香が慌てて交をなだめようとする。

「俺はちゃんとノックしたぞ、何で気付かなかったんだよ」

夢中になってて気付かなかったとは口が裂けても言えない。

「俺は悪くない!」

居た堪れなくなった交は走り去っていった。

「あっ、誤解を産んだまま行かないでください!」

まぁ誤解では無いのだが…

「望のやつがぁぁぁーーーーーーー!!!!!!」

遠くで交の叫ぶ声が聞こえる。

「はぁ…、交ならたぶん言いふらす事は無いでしょうが…」

「どうしましょうか…」

今二人は手錠でここから動く事が出来ない。

「一体何があったんですか?」

交の大声が聞こえていた智恵が通りかかった。

(智恵先生の声!まずい)

「風浦さん、少しの間声をださないでください」

望はそう言うと可符香が見えないように布団を被せた。

「糸色先生、そんなところで何しているんですか?」

「いやぁ、ベットに繋がれてしまいましてね、困っていたんですよ…」

智恵にベットの方の手錠を見せる。

「よかったらそこにある鍵を取ってくれると嬉しいのですが…」

「いいですよ」

智恵は近くに落ちていた鍵を拾う。

智恵がベットの手錠を外す。

「ありがとうございます。

 智恵先生、申し訳ないのですが交を慰めてやってください。

少し過激な物を見てしまったらしく…」

何がどう過激なのかは望の口からは言う事が出来ない。

「わかりました…」

智恵は保健室のドアに手をかける。

「あ、そうそう糸色先生…」

ドアを開けた後に智恵が振り返る。

「何でしょう?」

「頭隠して尻隠さずって言葉知っていますよね?」

「はい」

「スカート見えていますよ」

「へっ!?」

智恵は驚く望を見てクスリと笑って出ていった。

「最初からバレバレだったみたいですね…」

「はい………」

望は嘘をつくのが下手な自分に絶望する。

「まぁいいでしょう手錠は外れるんですから」

望はもう一つの手錠を外そうとする。

ところがそこで異変が起こった…

「あの…風浦さん…鍵が合わないんですが…」

望は可符香の方を向く。

その先には天使のような笑顔をした可符香がいた。

「実は別々の鍵を使っているんですよ」

嬉しそうに言う可符香を見て望は怒る気も失せてしまった。

「あなたには敵いませんね…」

望は小さく呟いた後に可符香の手を握って保健室から出ていった。

「これからもずっと一緒ですね!」

そう言う可符香の顔はこれ以上ないくらいの嬉しそうな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

……『ずっと一緒』……

手錠なんて無くたって、私とあなたは繋がってます

あなたの横を私が歩き、私の横をあなたが歩く…

何処までも歩いて行きましょう

二人でずっと一緒に

 

 

説明
番外
これで本当に最後です。
前の話から一ヶ月後ぐらいの話です。
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タグ
さよなら絶望先生 糸色望 風浦可符香 望カフ 

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