サンドリヨン回想
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「俺に、君の足を見せてくれないか」

 

 彼がこれ以上なく真剣な顔で彼女にそう頼んだ時、

さすがの彼女も言葉を失くした。

 だって、突然そんなことをいわれても困る。

 なにしろ『足』なのだ。

 たしかにこの世にはさまざまな趣味の人がいるが、

まさか同級生で同じ部活の男の子から、こんな頼みを

されるとは思わなかった。

 とはいえ同じ部の仲間である。彼女も彼が真面目で

義理堅い人だと知っている。そして、その彼が彼女の

目を真っ直ぐ見て「足をみせて欲しい」と頼んでいる。

 だから彼女は思った。理由(わけ)があるのだと。

 予感がした。もしも――それが彼にとって必要なこと

なら。そして自分がそれを手伝えるなら。

 彼女にとってもそれは『必要』なことなのだ、と。

 

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 だから、誰もいない朱の光に染まる夕暮れの剣道場で。

 彼女はたった一つしかないパイプいすに浅く腰掛け、濃紺色の袴をたくしあげた。

 たったそれだけのことでため息が漏れた。何しろ彼女の足元に彼がひざまずいている。

 少し顎を上げて彼を見下ろす彼女を一顧だにせず、彼はふくらはぎまでむき出しにな

った彼女の足を凝視して

「――!」

その手で彼女の足をそっと掴んだ。

 ぞくり。と鳥肌が立つ。羞恥のあまり顔に血が昇るのが自覚できた。子供の頃から剣道

をしてきた彼女の足は、けっしてきれいではない。

 ほんの子供の頃から厳しい稽古で足裏を削り、酷使し続けたため無駄な脂肪が一切ない。

 激しい転倒の末、一つ間違えば選手生命にすら関わったかもしれない怪我もした。

 彼女の足は、そんな年相応の可憐さ、可愛らしさとは一番縁遠い無骨な足。

 だが彼は、そんな彼女の足をまるでガラスの靴であるかのようにそっと掌に乗せたのだ。

「きれいだ」

「うそ」

「なぜ、俺が嘘をつかねばならない」

「だって」

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 私の足はけっして女の子らしくないから、と彼女は言った。

「そんなことはない」

 元来、彼は能弁ではない。今もただ必死に自身の思いを伝えようと言葉を重ねている。

 曰く、美しい足とは健康な足だ。曰く、土ふまずでバランス良く体重を支える事が可能

な足。曰く、健康な人間が必ず美しい足をしているととは言い切れない。でも、美しい足

の持ち主は歩くことをいとわず、すぐれた姿勢を保持し、身のこなしが優雅になる。etc

「俺は、うちの剣道部で君の足が一番きれいだとおもった」

 ぞくり。今度はその言葉で、彼女の背筋をさっきと違う何かが駆け上る。

 夕暮れ時で幸いだった。どれほど赤い顔をしていても気づかれないはず。

「そう……よかった」

 あなたの役に立ててよかった。彼のそう伝えるかわりに彼女は照れ臭そうに笑った。

「でも、こんなことまでするなんて、その……大変だね」

「他の奴はやらないだろう。だが俺は中途半端はしたくない。それがたとえ、美術の粘土

細工の課題であろうとも」

「……宮沢くんらしいよ」

「笑ってくれていいぞ」

「どうして? 私は笑ったりしないよ」

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「そうか」と軽くうなずいて、彼、宮沢謙吾は立ち上がった。彼女は彼に確認した。

「それで? 本当に私の靴を作る気なの?」

 そうだ。と謙吾はうなずいた。

「俺は君の足にふさわしい靴を作る。それが今の俺が最高の靴を作るたった一つの方法だ」

 まったく揺るぎない表情。鉄の決意が見て取れた。

 夕映えの空を見上げる彼に聞こえないように、彼女は「ほう」と息を吐き、それからも

う一度繰り返すことにした。

「ほんと……宮沢くんらしいよ」

 

 結論からいえば。

 謙吾は勘違いをしていた。美術の課題は『靴』ではなく『鞄』だったのだ。

 謙吾は笑われた。クラス中から笑われた。話が広まって学年中、いや学校中で笑われた。

こいつだけに笑われたくないと思っていたバカにまで「バカじゃねえか」と大笑いされた。

 しかし、それでも。

 彼の『靴』をとても喜んだ人物が一人いたから、

「まあいいか」

と謙吾は思った。

説明
ありがたいことに延長戦とか。あっためていたやつを投下いたします。なお本編登場の彼女は作者が勝手に作ったオリキャラであり、通りすがりの中学生剣道部員であるため、外見はおろか名前の設定もありません。あらかじめご了承ください。
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